特許第5778778号(P5778778)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5778778
(24)【登録日】2015年7月17日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】補聴器および改善された音声再生方法
(51)【国際特許分類】
   H04R 25/00 20060101AFI20150827BHJP
【FI】
   H04R25/00 L
【請求項の数】13
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2013-541221(P2013-541221)
(86)(22)【出願日】2010年12月8日
(65)【公表番号】特表2013-544476(P2013-544476A)
(43)【公表日】2013年12月12日
(86)【国際出願番号】EP2010069145
(87)【国際公開番号】WO2012076044
(87)【国際公開日】20120614
【審査請求日】2013年5月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】500011045
【氏名又は名称】ヴェーデクス・アクティーセルスカプ
(74)【代理人】
【識別番号】100080322
【弁理士】
【氏名又は名称】牛久 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100104651
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 正
(74)【代理人】
【識別番号】100114786
【弁理士】
【氏名又は名称】高城 貞晶
(72)【発明者】
【氏名】スィーデアベア・ヨアアン
(72)【発明者】
【氏名】アンデルセン・ヘニング・ハウゴォア
(72)【発明者】
【氏名】メインッケ・メテ・ダール
(72)【発明者】
【氏名】ニールセン・アンドレーアス・ブレンク
【審査官】 大野 弘
(56)【参考文献】
【文献】 特表2008−544660(JP,A)
【文献】 特開2009−048209(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号を高周波数帯域および低周波数帯域に分割する手段(52)と,
上記高周波数帯域における第1の特徴周波数を検出可能な第1の周波数検出器(31)および上記低周波数帯域における第2の特徴周波数を検出可能な第2の周波数検出器(32)を備え,検出された第1の特徴周波数と検出された第2の特徴周波数の両方が同じ基本周波数の高調波であってかつ検出された第1の特徴周波数が偶数高調波周波数であることを確認し,これらが確認されたときに検出された第1の特徴周波数を転移のための基礎として選択する周波数追跡装置(22)と,
周波数シフト信号を生成するために上記高周波数帯域からの信号を,上記第1の特徴周波数が上記第2の特徴周波数に一致することになる適切な距離だけ低周波数がわにシフトする手段(23,24,70)と,
上記周波数シフト信号を上記低周波数帯域の入力信号に重畳し,上記周波数シフト信号と上記低周波数帯域の入力信号の結合信号を出力トランスデューサ(56)にもたらす出力セレクタ(55)と,
を備える補聴器。
【請求項2】
上記第1の周波数検出器(31)が第1のノッチ勾配を有する第1のノッチ・フィルタであり,上記第2の周波数検出器(32)が第2のノッチ勾配を有する第2のノッチ・フィルタである,請求項1に記載の補聴器。
【請求項3】
上記周波数追跡装置(22)が,上記第1および第2のノッチ勾配を結合することによって結合勾配を生成する手段(34)を備えている,請求項2に記載の補聴器。
【請求項4】
上記高周波数帯域の信号を上記低周波数帯域にシフトする手段(23,24,70)が結合勾配を生成する上記手段(34)によって制御される,請求項3に記載の補聴器。
【請求項5】
上記入力信号における有声音信号の存在を検出する手段(81)および無声音信号の存在を検出する手段(82)を備えている,請求項1に記載の補聴器。
【請求項6】
上記有声音信号の存在を検出する手段(81)が上記有声音信号の周波数シフトをできなくする手段(97)を含む,請求項5に記載の補聴器。
【請求項7】
上記無声音信号の存在を検出する手段(82)が上記無声音信号の周波数シフトを可能にする手段(96)を含む,請求項5に記載の補聴器。
【請求項8】
上記有声音信号の存在を検出する手段(81)が上記入力信号からエンベロープ信号を抽出するエンベロープ・フィルタ(83)を含む,請求項5に記載の補聴器。
【請求項9】
上記無声音信号の存在を検出する手段(82)が上記エンベロープ信号における無声音レベルを検出するためのゼロ交差回数カウンタ(93)および平均ゼロ交差回数カウンタ(94)を含む,請求項8に記載の補聴器。
【請求項10】
入力信号を取得し,
上記入力信号における高周波数帯域中の第1の優位周波数を検出し,
上記入力信号における低周波数帯域中の第2の優位周波数を検出し,
上記入力信号の上記高周波数帯域中の第1の周波数範囲を上記入力信号の上記低周波数帯域中の第2の周波数範囲にシフトし,
上記入力信号の周波数シフトされた第1の周波数範囲を上記入力信号の第2の周波数範囲に重畳する,
補聴器において音周波数をシフトする方法であって,
上記検出された第1の優位周波数と上記検出された第2の優位周波数の両方が同じ基本周波数の高調波であってかつ上記検出された第1の優位周波数が偶数高調波周波数であることを確認し,
これらが確認されたときに,
上記検出された第1の優位周波数を転移のための基礎として選択し,
上記第1の周波数範囲をシフトするステップが,上記高周波数帯域からの信号を上記第1の優位周波数が上記第2の優位周波数に一致することになる適切な距離だけ低周波数がわにシフトする,
方法。
【請求項11】
上記入力信号における第1の優位周波数および第2の優位周波数を検出するステップが,上記入力信号から第1のノッチ勾配および第2のノッチ勾配を導出することを含む,請求項10に記載の方法。
【請求項12】
上記第1の周波数範囲をシフトするステップが,上記第1のノッチ勾配と第2のノッチ勾配を結合して結合勾配とすること,および上記入力信号の上記第1の周波数範囲を上記入力信号の上記第2の周波数範囲にシフトするために上記結合勾配を用いることを含む,請求項11に記載の方法。
【請求項13】
上記第1の優位周波数および上記第2の優位周波数を検出するステップが,上記入力信号中の有声音信号および無声音信号の存在をそれぞれ検出し,上記無声音信号の周波数シフトを増強し,かつ有声音信号の周波数シフトを抑制するステップを含む,請求項11に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は補聴器に関する。より詳細には,この発明は,さもなければ聴覚障害者の知覚限界を超える周波数の音(sounds at frequencies otherwise beyond the perceptive limits of a hearing-impaired user)を再生する手段を有する補聴器に関する。さらにこの発明は,補聴器における信号処理の方法に関する。
【背景技術】
【0002】
聴覚が低下した者は生活中に様々な不便や不利益に遭遇する。しかしながら知覚力が残っていれば,補聴器,すなわち聴覚不足を補うように周囲音を適切に増幅するように構成された電子機器を用いることからの利益を受けることができる。一般に聴覚損失は様々な周波数で生じ(established at various frequencies),上記補聴器はその周波数にしたがう聴覚損失を補償するために,周波数の関数として選択的に増幅を行うように調整することができる。
【0003】
補聴器は小型の電池駆動の装置として定義され,マイクロフォン,音声処理装置および音響出力トランスデューサを備え,聴覚障害者によって耳の中または耳の後ろに装着されるように構成される。ユーザの聴覚損失の計測から算出される処方(prescription)にしたがって補聴器をフィッティングすることによって,補聴器は所定の周波数帯(複数)を増幅してその周波数帯における聴覚損失を補償することができる。正確かつフレキシブルな増幅を提供するために,近年のほとんどの補聴器はデジタルタイプのものである。デジタル補聴器は上記マイクロフォンからの音声信号を処理して,上記処方にしたがって上記音響出力トランスデューサを駆動するのに適切な電気信号にするデジタル信号処理装置を含む。
【0004】
しかしながら,高周波数に非常に深刻な聴力損失を持つ者もおり,そのような者はその周波数の増幅によっては言語知覚を向上させることができない。聴力は,低周波数では正常に近いものの,他方高周波数では劇的に低下することがある。このような急勾配の聴覚損失はスキースロープ難聴(ski-slope hearing loss)とも呼ばれ,オージオグラムにおいてその損失を表す非常に特徴的な曲線を描く。急勾配の聴覚損失は蝸牛中の毛細損傷によって生じる感音性難聴のタイプのものである。
【0005】
高周波数(典型的には2〜8kHzないしそれ以上)の聴覚を持たない者は,音声(会話)の知覚のみならず,現代社会において発生する他の有用な音の知覚にも困難を覚える。この種の音には,アラーム音,ドアベル,電話の呼出音,もしくは小鳥のさえずりも含まれるし,何らかの交通音または速やかな対応を必要とする機械からの音の変化などもある。たとえば,洗濯機のベアリングからの異常なきしみ音は正常な聴覚を持つ者の注意を引き,故障または危険な状態の発生に先立ってベアリングを固定したりまたは交換したりする対策を採ることができる。最新の補聴器の能力を超える深刻な高周波難聴を持つ者は,たとえば補聴器の助けを借りていても,上記音の主要周波数成分がその者の有効可聴範囲の外にあるためこの音に全く気がつかないことがある。
【0006】
しかしながら高周波数情報は,高周波数の音響エネルギーを知覚できない者に別のやり方で伝達することができる。この別のやり方は,周波数の選択される範囲または帯域を,難聴を持つ者が知覚できない周波数スペクトルの部分から同じ人物が未だ少なくともいくらかの聴力を残している他の周波数スペクトルの部分に転移(置換)すること(transposing)を含む。
【0007】
国際特許公開2007/000161は,補聴器ユーザが知覚可能な音声周波数範囲の外で生じる周波数を再生する手段を有する補聴器を提供する。ソース帯域(source band)として示される知覚することができない周波数範囲が選択され,適切な帯域制限の後,ターゲット帯域(target band)として示される補聴器ユーザの知覚可能な音声周波数範囲に周波数転移され,そこで未転移の信号部分(untransposed part)と合成される。この周波数シフトを選択するために,上記装置は上記ソース帯域の優位周波数(主周波数)(dominant frequency)および上記ターゲット帯域の優位周波数を検出し(detecting)かつ追跡し(tracking),これらの周波数を用いて,上記ソース帯域の転移される優位周波数を上記ターゲット帯域の上記優位周波数に一致させるために,どの程度の距離に(how far)ソース帯域を転移すべきかを非常に高精度に決定する。この追跡は好ましくはノッチ・フィルタからの出力が最小化するように上記ノッチ・フィルタの中心周波数を上記ソース帯域の優位周波数に向けて移動することが可能な適応ノッチ・フィルタによって実行される。この場合上記ノッチ・フィルタの上記中心周波数が上記優位周波数に一致する。
【0008】
このケースでは必ずしも必要ではないが,上記ターゲット周波数帯域は通常上記ソース周波数帯域よりも低い周波数からなる。上記ソース帯域の優位周波数および上記ターゲット帯域の優位周波数はいずれも同じ基本波の高調波(harmonics of the same fundamental)であると推定される。上記転移は,上記ソース帯域の優位周波数と上記ターゲット帯域の優位周波数とが常に相互に一定の整数関係(mutual, fixed integer relationship)を持つという前提に基づく。たとえば,上記ソース帯域の優位周波数が上記ターゲット帯域の優位周波数の1オクターブ上であれば,一定整数関係は2である(fixed integer relationship is 2)。すなわち,上記ソース帯域が適切な距離だけ周波数を下げるように転移されると,転移される優位ソース周波数は,1オクターブ下の周波数のターゲット帯域の対応する周波数と一致する。発明者は,いくつかのケースにおいては,この前提が完全でなくなることがあることを発見した。以下,詳細に説明する。
【0009】
基本周波数および複数の高調周波数(harmonic frequencies)からなる自然発生音を考える。この音は,たとえば,楽器,または鳥のさえずりや誰かの話し声といった何らかの自然現象から生じる。第1のケースにおいて,ソース帯域の優位周波数が上記基本周波数の偶数高調波(even harmonic)である,すなわち上記高調波の周波数が基本周波数に偶数を乗算することによって得られるものであることがある。第2ケースにおいて,優位高調波周波数が基本周波数の奇数高調波(odd harmonic)である,すなわち上記高調波の周波数が基本周波数に奇数を乗算することによって得られるものであることがある。
【0010】
上記ソース周波数帯域の上記優位高調波周波数が上記ターゲット帯域の基本周波数の偶数高調波であれば,上述した従来技術の転移アルゴリズムは,転移される優位高調波周波数が上記ターゲット周波数帯域の他の高調波周波数に一致するように常に上記ソース周波数帯域を転移することができる。しかしながら,上記ソース周波数帯域の優位高調波周波数が基本周波数の奇数高調波である場合には,上記優位ソース周波数はもはやターゲット帯域に存在するどの周波数とも相互一定整数関係を共有せず,このために転移されるソース周波数帯はターゲット周波数帯域の対応する高調波周波数と一致しない。
【0011】
上記の結果として得られるターゲット帯域および転移されたソース帯域の結合音は,上記ターゲット帯域の音および上記転移ソース帯域の音の間の識別可能な関係性(identifiable relationship)をもはや上記結合音中に提示しないので,したがって聴取者に対して混乱または不快感をもたらすことがある。
【0012】
従来技術の転移アルゴリズムが持つ別の明白な問題は,信号を転移するときに音声の存在(the presence of speech)を考慮していないことにある。従来技術のアルゴリズムによって有声音信号(voiced-speech signal)が転移された場合,上記音声信号中に存在するフォルマント(formants)が残りの信号と一緒に転移される。フォルマント周波数は人間の脳内の音声理解処理に重要な鍵となる特徴であるために,これは明瞭度の深刻な損失につながる可能性がある。他方において,破裂音(plosives)または摩擦音(fricatives)といった無声音信号(unvoiced-speech signals)は,無声音信号の周波数が聴覚障害者の知覚可能な周波数範囲から外れている場合には特に,転移からの利益を実際に得ることができる。
【発明の開示】
【0013】
この発明によると,補聴器が案出され,上記補聴器は信号処理装置を有しており,信号処理装置が,入力信号を第1の周波数帯域および第2の周波数帯域に分割する手段,上記第1の周波数帯域における第1の特徴周波数(first characteristic frequency)を検出可能な第1の周波数検出器,上記第2の周波数帯域における第2の特徴周波数を検出可能な第2の周波数検出器,上記第1の周波数帯域の信号を所定周波数距離分シフトして上記第2の周波数帯域の周波数範囲に入る信号を形成する手段(means for shifting the signal of the first frequency band a distance in frequency in order to form a signal falling within the frequency range of the second frequency band),上記第1および第2の周波数検出器によって制御される少なくとも一つの発振器,上記第2の周波数帯域に入る周波数シフト信号を作成するために上記第1の周波数帯域の信号に上記発振器からの出力信号を乗算する手段,上記周波数シフト信号を上記第2の周波数帯域に重畳する手段,および上記周波数シフト信号と上記第2の周波数帯域の結合信号を出力トランスデューサにもたらす手段を備え,上記第1の周波数帯域の信号をシフトする手段が,上記第1の周波数と第2の周波数の間の一定関係(the fixed relationship)を決定する手段によって制御される。
【0014】
音信号を転移するときに上記第1の周波数と第2の周波数の間の関係を考慮に入れることによって,処理信号のより高い忠実性が達成される。
【0015】
この発明は,補聴器において音周波数を転移する方法にも関する。この方法は,入力信号を取得し,上記入力信号における第1の優位周波数を検出し,上記入力信号における第2の優位周波数を検出し,上記入力信号の第1の周波数範囲を上記入力信号の第2の周波数範囲にシフトし,上記入力信号から派生されるパラメータ・セットにしたがって上記入力信号の周波数シフトされた第1の周波数範囲を上記入力信号の上記第2の周波数範囲に重畳し,上記第1の優位周波数および第2の優位周波数を検出するステップは,上記第1の優位周波数と第2の優位周波数との間の一定関係の存在を検出するステップを含み,上記第1の周波数範囲をシフトするステップが上記第1の優位周波数と第2の優位周波数との間の上記一定関係によって制御される。
【0016】
上記補聴器信号の転移の制御に第1および第2の検出周波数の間の一定関係を利用することによって,転移信号のより分かりやすい再生が得られる。
【0017】
さらなる特徴および実施態様が従属請求項に開示されている。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】従来技術の補聴器用周波数トランスポーザのブロック図である。
図2】従来技術の周波数トランスポーザの動作を示す周波数グラフである。
図3】従来技術による信号の転移の問題を示す周波数グラフである。
図4】この発明の実施例による高調波周波数追跡装置を含む周波数トランスポーザのブロック図である。
図5】この発明とともに用いるための音声検出器のブロック図である。
図6】この発明において用いるためのコンプレックス変調ミキサのブロック図である。
図7】この発明の実施例による高調波周波数追跡装置のブロック図である。
図8】高調波周波数追跡を用いた信号の転移を示す周波数グラフである。
図9】この発明の実施例による周波数トランスポーザを含む補聴器のブロック図である。
【実施例】
【0019】
以下,図面を参照してこの発明をより詳細に説明する。
【0020】
図1は従来技術の補聴器用周波数トランスポーザ1のブロック図を示している。周波数トランスポーザは,ノッチ解析(分析)ブロック2,発振器ブロック3,ミキサ4,および帯域通過フィルタ・ブロック5を備えている。入力信号が上記ノッチ解析ブロック2の入力に与えられる。上記入力信号は,もとのまま再生される低周波数部分と転移される高周波数部分の両方を含む入力信号である。
【0021】
上記ノッチ解析ブロック2において,上記入力信号に存在する優位周波数(主周波数)(dominant frequencies)が検出されかつ解析され,上記解析の結果は上記発振器ブロック3を制御するのに適する周波数値(a frequency value)である。上記発振器ブロック3は,上記ノッチ解析ブロック2によって決定される周波数を持つ連続サイン波(continuous sine wave)を生成し,このサイン波が上記ミキサ4のための変調信号として用いられる。上記入力信号が上記ミキサ4の入力に搬送信号として与えられると,上記ミキサ4において,上記発振器ブロック3からの出力信号を用いた変調によって,上記入力信号から上側側波帯および下側側波帯(an upper and a lower sideband)が生成される。
【0022】
上記上側側波帯は上記帯域通過フィルタ・ブロック5によってフィルタリングされて除去される(filtered out)。上記下側側波帯は上記ターゲット周波数帯域に追加されるために準備される上記入力信号の周波数転移バージョンを含み,上記フィルタ5を通過して上記周波数トランスポーザ1の出力に向かう。上記周波数トランスポーザ1からの上記周波数転移出力信号は適切に増幅され(増幅手段の図示は省略)てその全体レベルと上記入力信号の低周波部分のレベルとが慎重に均衡化され,上記入力信号の転移高周波部分と上記入力信号の低周波部分の両方が補聴器ユーザに可聴にされる(rendered audible)。
【0023】
図2は,周波数転移がどのように動作するのかを示すもので,1次,2次,3次,…22次高調波までの一連の高調波周波数を含む入力信号の周波数スペクトルを示している。分かりやすくするために,上記一連の高調波に対応する信号の基本周波数は図2において示されていない。2kHzを超えるすべての周波数を聴取できない聴覚損失を持つ潜在的な補聴器ユーザを考える。この補聴器ユーザが聞くことができる最高の周波数をもともとは超えている信号を知覚することができるようにするために,2kHzから4kHzの選択された周波数帯域を,1kHzおよび2kHzのそれぞれによって区切られる周波数帯域内に収まるように周波数低下転移することで,この者は上記信号部分を有することからの恩恵を得ることができる。これが図2において,上記トランスポーザについてのソース帯域を規定する第1のボックスSBと,上記トランスポーザについてのターゲット(目標)帯域を規定する第2のボックスTBによって示されている。図2において,上記ソース周波数帯域SBは2kHzの幅を持ち,上記ターゲット周波数帯域TBは1kHzの幅を持つ。上記トランスポーザのアルゴリズムが上記転移周波数帯域を正しくマッピングするために,上記ターゲット帯域上に重畳される前に,1kHz幅に帯域制限される(band-limited)。これは,上記転移のための上記ソース帯域から優位周波数の周りの1kHzの帯域をフレーミングする,「周波数窓」(frequency window)として知られている。
【0024】
図2における11次および12次の高調波周波数は,この例における人物の上側周波数限界(可聴域上限)を超えているが,ソース帯域周波数範囲内にある。したがってこれらの高調波周波数は,この例における補聴器ユーザによって知覚可能なものにするために,上記ソース帯域について周波数低下転移される周波数帯域を制御するための優位周波数の候補(candidates for dominating frequencies)である。
【0025】
従来技術のトランスポーザは,適切な帯域通過フィルタリングによって上記ソース帯域SBを1kHzに帯域制限し,上記ターゲット帯域のターゲット周波数を算出して上記入力信号の上記帯域制限部分をターゲット帯域に低下転移し,転移処理によって上記ソース帯域の信号をターゲット帯域上にマッピングする。上記ターゲット周波数は,上記ソース帯域における優位周波数(dominating frequency)を追跡し,上記優位周波数に関する所定係数を用いてこの優位周波数の周囲の1kHzの周波数帯を低下転移することによって算出される。すなわち,上記所定係数が2で,上記ソース帯域において追跡された上記優位周波数がたとえば3200Hzであれば,上記転移信号は1600Hzの周波数の周囲にマッピングされる。このようにして上記転移信号は上記ターゲット帯域中にすでに存在する信号上に重畳されて,その結果として得られる信号が補聴器ユーザに対して調整されてかつ提示される。
【0026】
上記入力信号の上記ソース周波数帯域SBの転移は,上記ソース周波数帯域信号に対して事前算出されるサイン波関数を乗算することによって行われ,上記サイン波関数の周波数は上述したようにして算出される。多くの自然音では,上記ソース帯域で追跡される周波数は周波数スペクトルの低いところに同時発生する基本周波数に属する。検出された周波数に対して1または2オクターブだけ上記ソース周波数帯信号を低下転移することは,理想的にそれを上記難聴周波数限界以下の対応する高調波周波数に一致させることになり,上記信号の未転移部分と快適かつ理解可能に合成される。
【0027】
上記周波数スペクトルにおけるソース帯域信号を転移するのに先だって,上記追跡された上記ソース帯域SBの高調波周波数と上記ターゲット帯域TBの対応する高調波周波数との間の正しい高調波関係(correct harmonic relationship)を確保することに注意が払われない場合,上記ソース帯域からの転移される優位高調波周波数(transposed, dominant harmonic frequency)が,上記ターゲット帯域の対応する高調波周波数に一致せずに,むしろそこからいくらかの距離だけ離れた周波数に行き着くように上記転移信号が突発的に転移されることがある。これは,ユーザに対して耳障りで不快な音体験の結果をもたらす。それは,上記ソース帯域からの上記転移高調波周波数と上記ターゲット帯域に既に存在する対応する未転移高調波周波数との間の関係性が制御されないからである。このような状況が図3に示されている。
【0028】
図3のスペクトルには,図2に示す一連の高調波周波数に類似する従来技術による補聴器の入力信号の一連の高調波周波数が示されている。トランスポーザ・アルゴリズムは,上記ターゲット帯域TBに一致させるために上記ソース帯域SBを1オクターブだけ低下転移するように構成されている。ソース帯域SBにおいて11次および12次の高調波周波数は同じレベルを有しており,したがってこれらはソース帯域信号部分をターゲット帯域に低下転移する基礎として(as the basis for transposing the source band signal part down to the target band),上記転移アルゴリズムによって同程度に検出されかつ追跡される可能性がある。上記従来技術の転移アルゴリズムが,転移に用いるソース周波数として11次高調波周波数および12次高調波周波数を自由に選択することができる場合,12次の高調波周波数ではなく11次高調波周波数が突発的に選択されることがある。
【0029】
図3において11次高調波は約2825Hzの周波数を有し,それがその周波数の半分のTDの距離だけ低下転移されることで約1412.5Hzにマッピングされると,結果として得られる転移音は不快なものになり,聴取者にとって理解不能になることさえある。上記アルゴリズムによって2980Hzの周波数を持つ12次高調波が転移の基礎として選択された場合であれば,転移される12次高調波周波数はターゲット帯域中の1オクターブ下の1490Hzの6次高調波周波数に完全に一致し,その結果として得られる音はより快適となり,上記聴取者にとって心地よいものとなる。補聴器において音を転移するときのこの不確実性の不都合がこの発明によって軽減される。
【0030】
図4は,この発明による補聴器用周波数トランスポーザ(転移器,置換器)の実施例を示している。上記周波数トランスポーザ20は,入力セレクタ21,周波数追跡装置(周波数トラッカー)22,第1のミキサ23,第2のミキサ24,および出力セレクタ25を備えている。図4にはさらに,音声(会話)検出器(speech detector)ブロック26および音声増強器(speech enhancer)ブロック27も示されている。入力信号は,上記入力信号の周波数スペクトルのいずれの部分を周波数転移すべきかを決定するために上記入力セレクタ21に与えられ,かつ上記信号の周波数転移部分に上記信号の未転移部分を加入するために上記出力セレクタ25に与えられる。上記周波数トランスポーザ20は,ソース信号の2つの異なる周波数帯域を独立に転移することができ,これらの周波数帯域を2つの異なるターゲット帯域上に独立かつ同時にマッピングすることができる。この特徴によって,補聴器のフィッティング中に転移周波数の帯域制限のより柔軟な設定を行うことができ,一つのソース帯域が用いられる場合よりもより柔軟な周波数転移を実行することが可能になる。上記入力セレクタ21は転移されない入力信号の部分の適切なフィルタリングも行う。
【0031】
上記入力信号をより多い数のソース部およびターゲット部に分割するように構成される他の実施例を,同じ原理を用いて実現することができる。
【0032】
有声音信号(voiced-speech signals)は,転移からの利益を受けることができる多くの他の音と同様に,基本周波数および複数の対応する高調波周波数を含む。しかしながら,有声音信号は,有声音中に存在するフォルマント周波数のために,転移されると明瞭性の劣化(deterioration of intelligibility)を蒙ることがある。フォルマント周波数は音声において異なる母音を認識しかつ区別することに関連する認知プロセスにおいて非常に重要な役割を果たす。フォルマント周波数が周波数スペクトルにおいてその自然位置(ナチュラル・ポジション)から移動すると,一の母音と他の母音を区別するのが難しくなる。これに対して無声音信号(unvoiced-speech signal)は,転移からの利益を実際に得ることができる。上記音声検出器26は音声信号(speech signals)の存在を検出しかつ有声音信号および無声音信号を分離するタスクを実行して,無声音信号を転移しかつ有声音信号を未転移のままにとどめる。この目的のために,上記音声検出器26は上記入力セレクタ21のための3つの制御信号を生成する。それは,上記入力信号中の有声音の存在の確度を表す有声音確率信号(voiced-speech probability signal)VS,上記入力信号中の音声の存在を示す音声フラグ信号SF,および入力信号中の無声音の存在を示す無声音フラグUSFである。上記音声検出器は上記音声増強器27のための出力信号も生成する。
【0033】
上記入力信号および上記音声検出器26からの制御信号(複数)から,上記入力セレクタ21は次の6つの別々の信号を生成する。上記周波数追跡装置22に用いられる,第1のソース帯域制御信号SC1,第2のソース帯域制御信号SC2,第1のターゲット帯域制御信号TC1および第2のターゲット帯域制御信号TC2と,上記第1のミキサ23に用いられる第1のソース帯域ダイレクト信号SD1と,第2のミキサ24に用いられる第2のソース帯域ダイレクト信号SD2である。上記周波数追跡装置22は,内部的に,上記第1のソース帯域制御信号SC1,上記第2のソース帯域制御信号SC2,上記第1のターゲット帯域制御信号TC1,および上記第2のターゲット帯域制御信号TC2のそれぞれから,第1のソース帯域周波数,第2のソース帯域周波数,第1のターゲット帯域周波数および第2のターゲット帯域周波数を決定する。上記ソース帯域周波数(複数)および上記ターゲット帯域周波数(複数)が既知であるとき,上記周波数追跡装置22によって上記ソース周波数(複数)および上記ターゲット周波数(複数)の間の関係(relationship)を算出することができる。
【0034】
上記第1および第2のソース帯域周波数は,第1および第2の搬送信号C1およびC2をそれぞれ生成するために用いられ,上記第1のミキサ23において上記第1のソース帯域ダイレクト信号と,上記第2のミキサ24において上記第2のソース帯域ダイレクト信号とそれぞれミックス(混合)されて,第1および第2の周波数転移信号FT1およびFT2がそれぞれ生成される。上記第1および第2のダイレクト信号SD1およびSD2は,転移される信号の帯域制限部分(band-limited parts)である。
【0035】
上記音声検出器26からの上記有声音確率信号VSのレベルによって示されることで上記入力信号に有声音信号が存在する場合,上記入力信号を転移すべきではない。したがって上記入力セレクタ21は,上記有声音信号が検出される間,上記第1のソース帯域ダイレクト信号SD1および上記第2のソース帯域ダイレクト信号SD2のレベルを約12dBだけ低減し,上記有声音確率信号VSが所定レベル未満となったときに上記第1のソース帯域ダイレクト信号SD1および上記第2のソース帯域ダイレクト信号SD2のレベルを戻すか,または上記音声フラグSFを論理LOWにするように構成されている。このようにすることで,有声音が入力信号において検出される間上記トランスポーザ20からの出力信号レベルが低減されることになる。ここで,このメカニズムは,上記転移信号のレベルと未転移信号のレベルの間の均衡を制御することを意図していることを理解されたい。複数の周波数帯域の各周波数帯域に対して与えられるべき適切な増幅は,信号処理機構における後段ステージにおいて決定される。
【0036】
上述したように上記音声検出器26によって生成される制御信号VS,USFおよびSFを利用するために,上記入力セレクタ21は次のように動作する。上記音声フラグSFが論理HIGHである間,有声音または無声音の音声信号が転移されるべき入力信号に存在することが入力セレクタ21に示される。上記入力セレクタは上記有声音確率レベル信号VSを用いて上記入力信号中に存在する有声音の量(the amount of voiced speech )を決定する。
【0037】
上記有声音確率レベルVSが所定限度を超える間,上記第1のソース帯域ダイレクト信号SD1および上記第2のソース帯域ダイレクト信号SD2の振幅が相応して(correspondingly)低減され,これにより上記出力セレクタ25に与えられる上記第1のミキサ23からの変調信号FT1の信号レベルおよび上記第2のミキサ24からの変調信号FT2の信号レベルが低減する。全体結果として,有声音信号が上記入力信号に現れる間上記信号の転移部分が抑制され,これによって上記周波数トランスポーザ20によって転移されるものから有声音信号が効果的に除かれる。
【0038】
上記音声検出器26からの上記無声音フラグUSFによって示されることで上記入力信号中に無声音信号が存在する場合,上記入力信号は転移されるべきである。したがって上記入力セレクタ21は,所定量だけ転移信号のレベルを増加して,無声音信号の期間の間(for the duration of the unvoiced-speech signal),無声音信号を増強する(enhance)ように構成される。上記入力信号のレベル増加の所定量は難聴の程度に依存することができる所定量であり,したがって補聴器のフィッティング中に適切なレベルに調整することができる。このようにして,上記トランスポーザ20は無声音信号を知覚することについて上記補聴器ユーザに対して恩恵をもたらすことができる。
【0039】
転移を実行するときに残存信号(residual signals)を避けるために,図4に示す上記トランスポーザの上記ミキサ23および24は,好ましくは複素ミキサ(complex mixers)として実装される。複素ミキサは,以下の一般式を持つ複素搬送関数(complex carrier function)yを利用する。
【0040】
【数1】
【0041】
ここでXreは上記複素搬送関数の実数部,Ximは上記複素搬送関数の虚数部であり,φは上記周波数追跡装置からの信号WMの位相角(ラジアン)である。ミキシングに複素関数を用いることによって,この処理中において上記転移信号の上側側波帯(the upper sideband)が除去され,このようにすることでその後に残差のフィルタリングまたは除去の必要性が無くなる。
【0042】
他の実施態様では,実数ミキサ(real mixer)または変調器(modulator)が上記トランスポーザに用いられる。実数ミキサを用いて変調される信号では,上側側波帯および下側側波帯が生成されることになる。この実施態様においては上記上側側波帯がフィルタによって除去され,その後に上記転移信号がベース帯域信号に加算される。付加フィルタの存在を有することによる追加的な複雑さ以外にも,この方法は,上記信号の転移部分に必然的にエイリアシング残差(aliasing residue)を残す。したがってこの実施態様は現時点においてさほど支持されるものではない。
【0043】
第1の周波数転移信号FT1は,1オクターブ分(by one octave),すなわち1/2分(by a factor of 2)低下転移される上記第1のソース帯域中の信号であり,第1の周波数転移信号FT1は第1のターゲット周波数帯域中の対応する信号に一致させられる。第2の周波数転移信号FT2は1/3(by a factor of 3)低下転移される上記第2のソース帯域中の信号であり,第2の周波数転移信号FT2は第2のターゲット周波数帯域中の対応する信号と一致させられる。この特徴は,2つの異なるソース周波数帯域を同時に転移させることを可能にし,第1および第2のターゲット帯域を互いに異ならせることができることを意味する。
【0044】
上記第1のミキサ23において上記第1のソース帯域ダイレクト信号SD1と上記周波数追跡装置22からの第1の出力信号C1を混合(ミックス)することによって,上記出力セレクタ25のための第1の周波数転移ターゲット帯域信号FT1が生成され,かつ第2のミキサ24において上記第2のソース帯域信号SD2と上記周波数追跡装置22からの第2の出力信号C2を混合(ミックス)することによって,上記出力セレクタ25のための第2の周波数転移ターゲット帯域信号FT2が生成される。上記出力セレクタ25において,2つの周波数転移信号FT1およびFT2が,それぞれ,未転移信号部分のレベルと転移信号部分のレベルの間の適切な均衡(バランス)を構築する適切なレベルにおいて,上記入力信号の未転移部分(複数)と混合(ブレンド)される。
【0045】
図5は,この発明に関連して用いられる音声検出器26のブロック図を示している。上記音声検出器26は,入力信号から有声音信号および無声音信号を検出しかつ区別することが可能なもので,有声音検出器81,無声音検出器82,無声音弁別器(unvoiced-speech discriminator)96,有声音弁別器(voiced-speech discriminator)97,およびORゲート98を備えている。上記有声音検出器81は,音声エンベロープ(包絡線)・フィルタ・ブロック(speech envelope filter block)83,エンベロープ帯域通過フィルタ・ブロック84,周波数相関算出ブロック(frequency correlation calculation block)85,特徴周波数ルックアップ・テーブル(characteristic frequency lookup table)86,音声周波数カウント・ブロック(speech frequency count block)87,有声音周波数検出ブロック88,および有声音確率ブロック89を備えている。上記無声音検出器82は,低レベル・ノイズ弁別器(low level noise discriminator)91,ゼロ交差検出器(zero-crossing detector)92,ゼロ交差カウンタ(zero-crossing counter)93,ゼロ交差平均カウンタ(zero-crossing average counter)94および比較器(コンパレータ)95を備えている。
【0046】
上記音声検出器26は,入力信号中の有声音および無声音の存在および特徴(特性)を決定するものである。この情報を音声増強(speech enhancement)の実行に利用することができ,またはこのケースにおいて入力信号中の有声音の存在の検出に用いることができる。上記音声検出器26に与えられる信号は多数の周波数帯域の中からの帯域分割信号である。有声音および無声音のそれぞれの検出の目的のために,上記音声検出器26は各周波数帯域において順次動作する。
【0047】
有声音信号はほぼ75Hzから約285Hzの範囲に特徴エンベロープ周波数(characteristic envelope frequency)を持つ。したがって周波数帯域分割入力信号における有声音信号の存在を検出する確実なやり方は,個々の周波数帯域における入力信号を解析して,関連するすべての周波数帯域において同じエンベロープ周波数の存在を決定すること(to determine the presence of the same envelope frequency),またはそのエンベロープ周波数の倍数の存在(the presence of the double of that envelope frequency)を決定することである。これは,上記入力信号から上記エンベロープ周波数信号を分離し,上記エンベロープ信号を帯域通過フィルタリングして他の音から音声周波数を分離し,上記帯域通過フィルタリングされたエンベロープ信号における特徴エンベロープ周波数の存在を,たとえば上記帯域通過フィルタリングされたエンベロープ信号の相関解析(分析)を実行することによって検出し,上記相関解析によって導出される検出された特徴エンベロープ周波数を蓄積し(accumulating),そして入力信号から導出されたこれらの要素(factors)から解析された信号における有声音の存在の確度を算出することによって行われる。
【0048】
上記特徴エンベロープ周波数を検出する目的のために上記周波数相関算出ブロック85によって実行される上記相関解析は,自己相関解析であって,以下で近似される。
【0049】
【数2】
【0050】
ここでkは検出される上記特徴周波数であり,nはサンプルであり,Nは相関ウインドウによって用いられるサンプル数である。上記相関解析によって検出可能な最高周波数は,上記システム(系)のサンプリング周波数fによって定められ,最低検出可能周波数は上記相関ウインドウのサンプル数Nに依存する。すなわち,次の通りである。
【0051】
【数3】
【0052】
上記相関解析は遅延解析(delay analysis)であり,上記相関は遅延時間が特徴周波数にマッチするたびに最大になる。上記入力信号が上記有声音検出器81の入力に与えられると,上記入力信号の音声エンベロープが上記音声エンベロープ・フィルタ・ブロック83によって抽出され,かつ上記エンベロープ帯域通過フィルタ・ブロック84の入力に与えられ,そこで音声エンベロープ信号中の特徴音声周波数(characteristic speech frequencies)を超えるおよび未満の周波数がフィルタ・アウトされる,すなわちほぼ50Hz未満の周波数および1kHzを超える周波数がフィルタ・アウトされる。次に上記周波数相関算出ブロック85が,上記検出されたエンベロープ周波数を,上記特徴周波数ルックアップ・テーブル86に記憶されている所定のエンベロープ周波数セットに対して比較することによって,上記帯域通過フィルタ・ブロック84からの上記出力信号の相関解析を実行し,相関値を生成してそれを出力とする。
【0053】
特徴周波数ルックアップ・テーブル86は,表1に示すセットのような一対の特徴音声エンベロープ周波数(Hz)のセットを備えている。
【0054】
【表1】
【0055】
表1の上段は相関音声エンベロープ周波数(correlation speech envelope frequencies)を表し,表1の下段は対応する2倍または1/2倍の相関音声エンベロープ周波数を表している。相関解析において比較的少数の離散周波数のテーブルを使用するのは,テーブルサイズ,検出速度,運用堅牢性,および十分な精度のバランスを取ることを意図しているためである。上記相関解析を実行する目的は主要な(支配的な)音声信号を検出することにあるので正確な周波数は必要とされず,このように上記相関解析の結果は検出周波数のセットとなる。
【0056】
単一の話者から発せられる純粋な有声音信号が上記入力信号に存在する場合,上記入力信号において瞬間的にほんのわずかに特徴エンベロープ周波数が優勢になる(predominate)。上記有声音信号がノイズによって部分的にマスクされると,もはやそのようにはならない。しかしながら,同じ特徴エンベロープ周波数が3つ以上の周波数帯域において見つかれば,上記周波数相関算出ブロック85によって有声音を依然として十分な正確さで決定することができる。
【0057】
上記周波数相関算出ブロック85は,上記音声周波数カウント・ブロック87の入力に与えられる出力信号を生成する。入力信号は上記相関解析によって見つけられた一または複数の周波数からなる。上記音声周波数カウント・ブロック87は,上記入力信号中の特徴音声エンベロープ周波数の発現をカウントする。特徴音声エンベロープ周波数が見つからない場合には上記入力信号はノイズとみなされる。一の特徴音声エンベロープ周波数,たとえば100Hzまたはその対応高調波すなわち200Hzが3つ以上の周波数帯域において検出された場合,上記信号は一人の話者から発せられた有声音であるとみなされる。しかしながら,2以上の異なる基本周波数が検出された,たとえば100Hzおよび167Hzが検出された場合には,有声音はおそらくは二人以上の話者から発せられたものである。この状況も上記処理によってノイズとみなされる。
【0058】
上記音声周波数カウント・ブロック87によって見つけられた複数の相関特徴エンベロープ周波数は,上記有声音周波数検出ブロック88への入力として用いられ,そこでは,異なるエンベロープ周波数対のカウントを相互に比較することによって(by mutually comparing the counts of the different envelope frequency pairs)単一の有声音信号の優位度(degree of predominance)が決定される。少なくとも一つの音声周波数が決定され,そのレベルが入力信号のエンベロープ・レベルよりもかなり大きい場合に,有声音が上記システムによって検出され,上記有声音周波数検出ブロック88は,上記有声音確率ブロック89への入力信号として有声音検出値を出力する。上記有声音確率ブロック89において,上記有声音周波数検出ブロック88で決定された有声音検出値から有声音確率値が導出される。上記有声音確率値は,上記有声音検出器81からの有声音確率レベル出力信号として用いられる。
【0059】
摩擦音,歯擦音,および破裂音のような無声音信号は,明確に規定される周波数を持たない非常に短いバースト音とみなすことができるが,多くの高周波数成分を持つ。デジタル領域において無声音信号の存在を検出するためのコスト的に有効でかつ信頼性のあるやり方はゼロ交差検出器を用いることであり,ゼロ交差検出器は,信号値の符号が変化するたびに短いインパルスをもたらし,インパルスの数をカウントする,すなわち所定時間たとえば十分の一秒中の入力信号におけるゼロ交差の発現数をカウントするカウンタと組合せて,たとえば5秒間にわたって集積されるゼロ交差の平均カウントに対して信号がゼロラインを横切る回数を比較する。有声音が直近,たとえば最後の3秒間内に発生していた場合であって,ゼロ交差の数が平均ゼロ交差カウントよりも大きい場合,上記無声音は上記入力信号に存在する。
【0060】
上記入力信号は,上記音声検出器26の無声音検出器82の入力にも与えられて,上記低レベルノイズ弁別器91の入力に与えられる。上記低レベルノイズ弁別器91は,無声音信号として検出されるものから上記無声音検出器82が背景ノイズを除くことができるようにするために,所定量の閾値未満の信号を排除する。入力信号が上記低レベルノイズ分別器91の閾値を超えるとみなされる間,それが上記ゼロ交差検出器92の入力に入る。
【0061】
上記ゼロ交差検出器92は,1/2FSD(フルスケール偏差:full-scale deflection)として定義される,または処理可能な最大信号値の半分として定義されるゼロを入力信号の信号レベルが横切るたびに検出を行って,上記入力信号が符号を変えるごとにパルス信号を上記ゼロ交差カウンタ93に出力する。上記ゼロ交差カウンタ93は有限時間のタイムフレームにおいて動作し,各タイムフレーム内において上記信号がゼロ閾値を横切った数を累積する。各タイムフレームについてのゼロ交差の数が上記ゼロ交差平均カウンタ94に与えられ,いくつかの連続タイムフレームのゼロ交差の数のスロー平均値(slow average value)を算出し,この平均値をその出力信号として提示する。上記比較器95はその2つの入力信号として,上記ゼロ交差カウンタ93からの出力信号と,上記ゼロ交差平均カウンタ94からの出力信号を取得し,これらの2つの信号を用いて上記無声音検出器82についての出力信号を生成するもので,この出力信号は,上記ゼロ交差カウンタ93からの出力信号が上記ゼロ交差平均カウンタ94からの出力信号よりも大きい場合には上記ゼロ交差カウンタ93からの出力信号に等しく,上記ゼロ交差カウンタからの出力信号が上記ゼロ交差平均カウンタ94からの出力信号よりも小さい場合には上記ゼロ交差平均カウンタ94からの出力信号に等しい。
【0062】
上記有声音検出器81からの出力信号は,有声音確率レベルを伝達するダイレクト出力と,有声音弁別器97の入力とに分岐される。上記有声音弁別器97は,上記有声音検出器81からの上記有声音確率レベルが第1の所定レベルを超える間HIGH論理信号を生成し,上記有声音検出器81からの有声音確率レベルが第1の所定レベルを下回る間LOW論理信号を生成する。
【0063】
上記無声音検出器82からの出力信号は,無声音レベルを伝達するダイレクト出力と,上記無声音弁別器96の第1入力とに分岐される。上記有声音検出器81からの分離信号(separate signal)が上記無声音弁別器96の第2入力に与えられる。この信号は,所定期間,たとえば0.5秒内に有声音が検出されるたびに有効となる。上記無声音弁別器96は上記無声音検出器82から無声音レベルが第2の所定レベルを超え,かつ上記所定時間内に有声音が検出される間HIGH論理信号を生成し,上記無声音検出器82からの有声音レベルが第2の所定レベルを下回る間LOW論理信号を生成する。
【0064】
ORゲート98はその2つの入力信号として上記無声音弁別器96および上記有声音弁別器97のそれぞれからの論理出力信号を取得し,上記補聴器回路の他の部分によって利用するための論理音声フラグを生成する。上記ORゲート98によって生成される上記音声フラグは,上記有声音確率レベルまたは上記無声音レベルのいずれかがそれらのそれぞれについての所定レベルを超えるときに論理HIGHとなり,上記有声音確率レベルおよび上記無声音レベルのいずれもがそれらのそれぞれについての所定レベルを下回る場合に論理LOWとなる。このように上記ORゲート98によって生成される上記音声フラグは,音声が入力信号中に存在している場合を示す。
【0065】
図6は,図4におけるミキサ23および24のそれぞれに実装されるこの発明とともに用いる複素ミキサ70の実施態様のブロック図を示している。複素ミキサの目的は,所望の周波数範囲における入力信号の下側側帯周波数シフトバージョン(lower sideband frequency-shifted version)を生成して,同時に不要な上側側波帯を生成しないようにするもので,不要な上側波帯を排除するように機能する追加的な低域通過フィルタの必要性を排除するものである。上記複素ミキサ70は,ヒルベルト変換器(Hilbert transformer)71,位相累積器(累算器)(フェーズ・アキュムレータ)72,コサイン関数ブロック73,サイン関数ブロック74,第1の乗算ノード75,第2の乗算ノード76および加算器77を備えている。複素ミキサ70の目的は,転移周波数(transposing frequency)Wを持つソース信号の複素乗算によって,上記ソース周波数帯域からのソース信号Xの上記ターゲット周波数への実際の転移を実行することにあり,その結果として周波数転移信号yが得られる。
【0066】
転移されるべき信号が,上記複素ミキサ70のヒルベルト変換器(Hilbert transformer)71に,周波数転移されるべきソース帯域の周波数を表す入力信号Xとして入力する。上記ヒルベルト変換器71は実信号部(a real signal part)xreおよび虚信号部(an imaginary signal part)ximを出力する。上記虚信号部ximは上記実信号部xreに対して−90度位相シフトさせたものである。上記実信号部xreは第1の乗算器ノード75に与えられ,上記虚信号部ximは第2の乗算器ノード76に与えられる。
【0067】
上記転移周波数Wが上記位相累積器72に与えられて位相信号φが生成される。上記位相信号φは2つに分岐されて上記コサイン関数ブロック73および上記サイン関数ブロック74のそれぞれに与えられて,上記位相信号φのコサインおよびサインがそれぞれ生成される。上記第1の乗算器ノード75において上記実信号部xreに上記位相信号φの上記コサインが乗算され,上記第2の乗算器ノード76において上記虚信号部ximに上記位相信号φのサインが乗算される。
【0068】
上記複素ミキサ70の上記加算器77において,上記虚信号部ximと上記位相信号(φ)のサインとの積を伝達する上記第2の乗算器ノード76からの出力信号が,上記実信号部xreと上記位相信号φの積を伝達する上記第1の乗算器ノード75からの出力信号に加算され,上記周波数転移出力信号(frequency-transposed output signal)yが生成される。上記複素ミキサ70からの上記出力信号yは上記周波数転移ソース周波数帯域の下部側波帯(the lower side band of the frequency-transposed source frequency band)であり,上記ターゲット帯域に一致する。
【0069】
転移信号(transposed signal)における第1の高調波周波数が非転移信号(non-transposed signal)における第2の高調波周波数に常に対応することを保証するために,上記第1の高調波周波数と上記第2の高調波周波数の両方が,図4における周波数変換器20の上記周波数追跡装置22によって検出されなければならない。上記第1の高調波周波数と上記第2の高調波周波数の間の相互の周波数関係が,上記第1の高調波周波数に基づくあらゆる転移の実行に先立って認証されなければならない。偶数高調波の周波数は,常にNオクターブ下の対応する高調波の周波数のN倍であるので,2つの高調波周波数が同類である場合を決定するための鍵(the key to determining if two harmonic frequencies belongs together)は,2つのノッチ・フィルタを利用して,一つを上記ソース帯域中の高調波(複数)の検出に用い,かつ一つを上記ターゲット周波数中の対応する高調波(複数)の検出に用い,高調波周波数の間の関係を一定に保つことである。これは,好適には従来用いられているデジタル補聴器内のデジタル信号処理装置によって実行される適切なアルゴリズムによって実現される。このアルゴリズムを以下詳細に説明する。
【0070】
ノッチ・フィルタは,好ましくは以下の一般的な伝達関数を有する2次のIIRフィルタとしてデジタル領域において実現される。
【0071】
【数4】
【0072】
ここでcはノッチ係数であり,rは上記フィルタの極半径(pole radius)である(0<r<1)。上記ノッチ係数cはラジアンにおける周波数wの関数として次のように表現することができる。
【0073】
【数5】
【0074】
上記ノッチ・フィルタの周波数を自由に可変にするために様々なアプローチが従来技術において知られている。この発明の目的のために十分に正確であると考えられる,簡単ではあるが有効な方法は,単純勾配降下法(simplified gradient descent method)として知られる近似法である。この方法は,ノッチ・フィルタ関数の勾配の近似値を求めるもので,伝達関数H(z)の分子D(z)をcに関して微分することによって得ることができ,以下のようにして上記フィルタ伝達関数の勾配が求められる。
【0075】
【数6】
【0076】
ノッチ・フィルタのノッチ周波数は,変換された係数cとしての上記近似勾配を,上記ノッチ・フィルタに適用することによって直接に決定することができる。
【0077】
検出されたソース周波数が基本波の偶数高調波であることを確認するために,検出されたソース周波数と検出されたターゲット周波数の比が,全体として正の定数Nであると推定される(presumed to be a whole, positive constant N)。すなわち,検出されたソース周波数がターゲット周波数のN倍であると推定される。この推定に基づくとソースノッチフィルタのノッチ係数は以下のように表される。
【0078】
【数7】
【0079】
ターゲットノッチフィルタのノッチ係数は以下のようになる。
【0080】
【数8】
【0081】
上記ソース周波数とターゲット周波数の間のオクターブの高調波関係のために,すなわち,N=2のために,cおよびc間の関係は,三角関数の恒等式(trigonometric identities)を用いることで求められる。
【0082】
【数9】
【0083】
上記ソースノッチフィルタ勾配は,cを代入しかつ上述したようにcに関して微分することによって求めることができる。
【0084】
【数10】
【0085】
上記2つのノッチ・フィルタの結合単純勾配G(z)(combined simplified gradient G(z))は個々の単純勾配の重付け合計であり,以下のように表すことができる。
【0086】
【数11】
【0087】
上記2つのノッチ・フィルタの勾配の重付け合計を結合単純勾配G(z)として用いることによって,上記ソース帯域の転移について生成される周波数が,転移されるソース帯域中の優位周波数を上記ターゲット帯域中の正しい優位周波数に常に一致させることが保証される。
【0088】
上記結合単純勾配G(z)は,上記ソース帯域および上記ターゲット帯域のそれぞれの入力信号の極小値(local minima of the input signal)を見つけるために上記トランスポーザによって用いられる。優位周波数が上記ソース周波数帯域に存在する場合には,G(z)の最初の独立の勾配式(the first individual gradient expression)は上記優位ソース周波数に極小値を有し,対応する優位周波数が上記ターゲット周波数帯域に存在する場合には,G(z)の二番目の独立の勾配式も上記優位ターゲット周波数に極小値を持つ。すなわち,上記ソース周波数およびターゲット周波数の両方が極小値となる場合に上記ソース帯域は転移される。
【0089】
この発明の一実施態様において,上記転移アルゴリズムを実行する信号処理装置は32kHzのサンプリング・レートで動作する。上記した勾配降下ベースのアルゴリズムを用いることによって,上記トランスポーザ20の上記周波数追跡装置22は,十分な正確性を維持しつつ,60Hz/サンプルまでのスピード,典型的には2〜10Hz/サンプルのスピードで上記入力信号中の優位周波数を追跡することができる。
【0090】
一つのトランスポーザを用いることで可能になるよりもより高次の高調波周波数帯域を転移するために,上記高調波ソース周波数の2オクターブ下の高調波周波数,すなわちN=3を利用する第2のトランスポーザを,同じ原理を適用することで容易に実装することもできる。この第2のトランスポーザは,第2のソースノッチフィルタおよび第2のターゲットノッチフィルタを備え,上記周波数スペクトルにおいてより高いソース帯域上に別の動作を実行し,4倍,すなわち2オクターブ分の転移に対応する。このケースにおいて,N=3についての上記ソースノッチフィルタ勾配は次のようになる。
【0091】
【数12】
【0092】
このようにして2つ以上のノッチ・フィルタの出力を結合して,適用されるべき単一のノッチ出力および単一の勾配を形成することができる。同様にして,この発明によって,より高次の周波数帯域を転移するためのソースノッチフィルタ勾配,すなわちより大きなNを,上記ターゲット周波数についてより高次の高調波を処理するために利用することができる。
【0093】
図7は,この発明による周波数追跡装置22の一実施態様を示している。周波数追跡装置22は,ソースノッチフィルタブロック31,ターゲットノッチフィルタブロック33,加算器33,勾配重み生成ブロック34,ノッチ適合ブロック(notch adaptation block)35,係数変換器ブロック36および出力位相変換器ブロック35を備えている。上記周波数追跡装置22の目的は,転移プロセスを制御するために,上記ソース帯域および上記ターゲット帯域のそれぞれにおいて対応する優位周波数を検出することにある。
【0094】
上記ソースノッチフィルタ31は,その入力信号としてソース周波数帯域信号SRCおよびソース係数信号CSを取得し,ソースノッチ信号NSおよびソースノッチ勾配信号GSを生成する。上記ソースノッチ信号NSは上記加算器33においてターゲットノッチ周波数信号NTと加算されてノッチ信号Nが生成される。上記ソースノッチ勾配信号GSは上記勾配重み生成ブロック34への第1の入力信号として用いられる。上記ターゲットノッチフィルタブロック32は,その入力信号としてターゲット周波数帯域信号TGTおよびターゲット係数信号CTを取得し,ターゲットノッチ信号NTおよびターゲットノッチ勾配信号GTを生成する。上記ターゲットノッチ信号NTは,上述したように,加算器33において上記ソースノッチ信号NSと加算されてノッチ信号Nが生成される。上記ターゲットノッチ勾配信号GTは,上記勾配重み生成ブロック34への第2の入力信号として用いられる。
【0095】
上記勾配重み生成ブロック34は,上記ターゲット係数信号CTと,上記ソースノッチフィルタ31および上記ターゲットノッチフィルタ32のそれぞれからの上記ノッチ勾配信号GSおよびGTとから勾配信号Gを生成する。ターゲット重み信号WTを生成するために,上記加算器33からの上記ノッチ信号Nが上記ノッチ適合ブロック35への第1の入力として用いられ,上記勾配重み生成ブロック34からの上記勾配信号Gが上記ノッチ適合ブロック35への第2の入力として用いられる。上記ノッチ適合ブロック35からの上記ターゲット重み信号WTは,係数信号CSおよびCTをそれぞれ生成するために上記係数変換器ブロック36への入力信号として用いられるとともに,上記出力位相変換器ブロック37への入力信号として用いられる。
【0096】
上記出力位相変換器ブロック37は,上記ソース周波数帯域を上記ターゲット周波数帯域に転移するために,ミキサ(図示略)のための重付けミキサ制御周波数信号(weighted mixer control frequency signal)WMを生成する。上記重付けミキサ制御周波数信号VMは図6における転移周波数入力(transposing frequency input)Wに対応するもので,以下に説明するように,転移されるべきソース周波数帯域がそのもともとの位置(its origin)からどの程度離れているか直接に決定する。
【0097】
上記周波数追跡装置22は,優位周波数について上記ソース周波数帯域および上記ターゲット周波数帯域の両方を解析し,かつ上記ソース周波数帯域およびターゲット周波数帯域の検出される優位周波数間の関係を利用して,転移されるべきソース周波数帯についての最適な周波数シフト(optimum frequency shift)を決定して,実行する周波数シフトの程度(大きさ)を算出する。この発明によって実行されるこの解析のやり方を以下詳細に説明する。
【0098】
上記周波数追跡装置22にこの発明による上記トランスポーザを制御するための周波数を生成させるために,上記ソースノッチフィルタブロック31によって検出される上記ソースノッチ周波数が基本波の偶数高調波であると仮定し,かつ上記ターゲットノッチフィルタブロック32によって検出される上記ターゲットノッチ周波数が上記ソース周波数帯域の偶数高調波に対して一定関係を有する高調波周波数であると仮定すると,上記ソースノッチフィルタブロック31および上記ターゲットノッチフィルタフィルタブロック32は,上記2つのノッチ・フィルタによって検出された2つのノッチ周波数の間に一定関係が存在することを利用して並行動作する(work in parallel)必要がある。これは結合勾配が上記周波数追跡装置22に利用可能でなければならないことを意味する。上記結合勾配G(z)は,上記したアルゴリズムにしたがって上記ソースノッチフィルタ31および上記ターゲットノッチフィルタ32の勾配の合計として次のように表される。
【0099】
【数13】
【0100】
ここでH(z)は上記ソースノッチフィルタブロック31の伝達関数であり,H(z)は上記ターゲットノッチフィルタブロック32の伝達関数である。
【0101】
図8は,ターゲット周波数の高調波を正しく追跡する問題が,この発明による周波数トランスポーザによってどのようにして解決されるかを示す周波数グラフである。図8の周波数スペクトルには,図2に示す一連の高調波周波数と同様に,この発明による補聴器の入力信号の一連の高調波周波数が示されている。図2および図3と同様に,一連の高調波周波数に対応する基本周波数は示されていない。転移アルゴリズムは11次高調波および12次高調波を自由に選択することができず,これに代えて転移のための基礎として上記ソース帯域中の偶数高調波周波数を選択することが強制される。上に示したように,すべての偶数高調波周波数は,偶数高調波周波数の半分の周波数において対応する高調波を持つ。すなわちこのケースでは,上記周波数トランスポーザによって12次高調波周波数が転移の基礎として選択される。12次高調波周波数は,距離TDだけターゲット帯域TB上に一オクターブ周波数低下転移されたときに,6次高調波と一致することになる。同様にして,図8に示すターゲット帯域TBにおいて,13次高調波周波数は7次高調波周波数と一致し,11次高調波周波数は5次高調波周波数と一致する。
【0102】
この結果は,転移に先立って上記ソース帯域SBにおいて検出された12次高調波周波数および上記ターゲット帯域TBにおける対応する6次高調波周波数を解析し,上記2つの周波数間の高調波関係を確認することによって,この発明により達成される。すなわち,より適切な転移周波数距離(more suitable transposing frequency distance)TDが決定され,図8において細線によって示す,転移信号の10次,11次,12次,13次および14次の転移高調波周波数は,上記転移ソース帯域信号がターゲット帯域上に重畳されたときに,上記ターゲット帯域TBにおいてそれぞれ対応する4次,5次,6次,7次および8次高調波周波数に一致し,その結果,より快適でかつ感じのよい音がユーザに提示される。
【0103】
たとえば12次高調波周波数に代えて上記ソース帯域SBの14次高調波周波数が転移のための基礎として選択されたとすると,この発明によるトランスポーザによって転移されたときに,上記ターゲット帯域TBにおける7次高調波周波数と一致することになり,上記転移ソース帯域SBからの隣接高調波周波数(複数)は同様にして上記ターゲット帯域TBにおけるそれぞれが対応する高調波周波数と一致することになる。上記ソース帯域周波数が上記結合周波数追跡装置(combined frequency trackers)によって基本周波数の偶数高調波周波数として見つけられる限り,この発明による上記トランスポーザは,検出された偶数高調波周波数の周囲の周波数帯域をより低い周波数帯域に低下転移して,そこに存在する検出された高調波周波数と一致させることができる。
【0104】
図9は,この発明による周波数トランスポーザ20を備える補聴器50を示すブロック図である。上記補聴器50は,マイクロフォン51,帯域分割フィルタ52,入力ノード53,音声検出器26,音声増強器27,周波数トランスポーザ20,出力ノード54,圧縮器55,および出力トランスデューサ56を備えている。分かりやすくするために,補聴器の増幅器,プログラム記憶手段,アナログ/デジタル変換器,デジタル/アナログ変換器,および周波数依存処方増幅器手段は図9において示されていない。
【0105】
使用中,音響信号が上記マイクロフォン51によってピックアップされ,上記補聴器50による増幅に適する電気信号に変換される。上記電気信号は上記帯域分割フィルタ52において複数の周波数帯域に分割され,その結果得られる帯域分割信号が上記入力ノード53を通じて上記周波数トランスポーザ20に入力する。上記周波数トランスポーザ20において,図4に関連して提示したように信号が処理される。
【0106】
上記帯域分割フィルタ52からの出力信号は,上記周波数トランスポーザブロック20のために用いられる3つの制御信号VS,USFおよびSF(図4の内容において説明した)の生成のために,かつ上記音声増強器ブロック27のために用いられる第4の制御信号の生成のために,上記音声検出器26の入力にも与えられる。上記圧縮器55のゲイン値を制御することによって広帯域ノイズレベルが所定限界を超える場合に,上記音声増強器ブロック27は音声が検出された周波数帯域中の信号レベルを上げるタスクを実行する。上記音声増強器ブロック27は,音声が検出されかつノイズが特定周波数帯域において音声を超えて優勢となっていない場合に,上記音声検出器26からの制御信号を使用して個々の周波数帯域における信号に与えられるゲインに対して音声増強ゲイン値を算出して与える。これは,音声信号を含む周波数帯域を,広帯域ノイズを超えて増幅させて音声明瞭度を向上することを可能にする。
【0107】
上記周波数トランスポーザ20からの出力信号は,上記出力ノード54を介して上記圧縮器55の入力に与えられる。上記圧縮器55の目的は,補聴器処方にしたがう結合出力信号のダイナミックレンジを低減して,補聴器ユーザのいわゆる上限快適限界(UCL)を超える大きな音信号のリスクを低減し,他方においてソフトな音信号が上記補聴器ユーザの聴覚閾値限界(HTL)を超えて十分に増幅されることを確保することにある。上記圧縮は,上記信号の周波数転移部分についても補聴器処方にしたがって圧縮されることを確保するために,周波数転移の後に行われる。
【0108】
上記圧縮器55からの出力信号は増幅されかつ調節され(増幅および調節手段の図示は省略),補聴器50からの出力信号の音響再生のための出力トランスデューサ56を駆動する。上記信号は入力信号の非転移部分とそこに重畳される入力信号の周波数転移部分とを含み,さもなければ周波数範囲を知覚することができない周波数転移部分が難聴のユーザに知覚可能にされる。さらに,入力信号の周波数転移部分は入力信号の非転移部分が可能な限り明確になるようにして可聴にされる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9