【実施例】
【0023】
以下、実施例について、実験例とともに示す。
実施例として、コバルトの添加量を8,10,12質量%と変化させた球状黒鉛鋳鉄溶湯を試験用鋳型に鋳込んで鋳造物を得、その後、この鋳造物をこれに熱処理を施して硬さがHRC45以上の鋳鉄材料にしたものを作成した。
図2には、実施例の化学組成を示す。実施例に係る鋳込み直後の鋳造物(分析用チル試験片)を用いて発光分光分析装置で測定した。
【0024】
次に、上記組成の鋳造物に対して、焼入れを行った。焼入れは、各組成のものに、850℃,900℃,950℃の各温度で30分保持後水冷した。
図3に、各実施例の焼入れ温度と硬さ(HRC)との関係を表にして示す。これによれば、いずれの組成の場合も、900℃で焼入れを行った試験片の硬さが高くなった。
【0025】
この実施例の内、Coが10質量%の鋳鉄材料(以下「10%Co」という)について、各焼入れ温度毎の組織写真を
図4に示す。この組織写真において、850℃の焼入れ材には、白色のフェライトと微細パーライト相そして一部マルテンサイトが観察された。900℃では、白色のフェライト相が一部残留し、マルテンサイトが観察された。また、950℃では、基地部は、マルテンサイト相が多くなった。
【0026】
また、8%Co、10%Co、12%Coについて、熱膨張試験を行い、変態温度Ac
1を測定した結果を
図5に示す。
この結果から、8%Coにおいて、Ac
1温度は843℃、10%Coにおいて、Ac
1温度は858℃、12%Coにおいて、Ac
1温度は859℃であった。したがって、
図4の10%Coにおいて、フェライトと微細パーライトが多くなった理由は、加熱温度が850℃では、本合金は完全なオーステナイト相に十分に変態していないためと考えられる。
また、
図4の焼入れ組織からすると、950℃焼入れ材はマルテンサイト相が多くなり、硬さも向上すると考えられる。しかし実際に測定すると900℃焼入れ材の方が硬さは高かった。この理由は、マルテンサイト相の炭素の含有量やマルテンサイト相の大きさなどの影響があったものと考えられる。
【0027】
次に、実施例として、上記焼入れした各鋳造物の内、900℃で30分保持後水冷した鋳造物において、焼戻しを行った。焼戻しは、200℃,300℃,400℃,500℃で30分保持し、その後、空冷して行った。
図6に、各実施例の焼戻し温度と硬さ(HRC)との関係を表にして示す。
【0028】
この焼戻しを行った実施例の内、10%Coにおいて、焼戻し温度が300℃,400℃,500℃のものについて、組織写真を
図7に示す。300℃焼戻し材は、焼戻しマルテンサイトとなっている。また500℃焼戻し材は、微細パーライト組織となっている。400℃焼戻し材は300℃と500℃のちょうど中間の組織を呈した。
【0029】
図8には、焼入れした各鋳造物の内、900℃で30分保持後水冷した鋳造物において、各鋳造物を500℃で焼戻したときの組織写真を示す。いずれの組織も微細パーライト組織となっており、コバルト添加量が増加するほど、セメンタイトの寸法は細かくなり、白色のフェライト相が多くなる傾向にあった。
【0030】
また、焼戻しを行った実施例の内、10%Coにおいて、焼戻し温度による引張強さと伸びを測定した。結果を
図9に示す。これによれば、温度が高いほど、引張強さは高くなり、伸びも若干であるが向上することが分かった。
【0031】
熱処理によるコバルト添加鋳鉄材料の機械的性質についてまとめると、焼入れ温度は850℃の温度ではオーステナイト相に完全に変態するまでに十分な時間を必要とするため、それぞれのAc
1温度より、50〜70℃以上高くすることが望ましいと考えられる。また、焼戻し温度が高くなるほど、マルテンサイトは焼戻しマルテンサイト、微細パーライトと変化するため、硬さが低くなるが、いずれの組成でも500℃の焼戻し温度で硬さはHRC45以上となり、スリーブとしては十分利用可能な硬さとなることが分かった。これまでの結果で、スリーブとしてのコバルト添加量について考慮すると、引張強さは黒鉛粒径などによって変化するため、硬さを高くする場合は、10%Coを、また靭性を考慮すると8%Coとした方が望ましい。
【0032】
次に、実施例について、耐溶損性の試験を行った。
図10に示すように、φ20×φ25×50mmの断付き丸棒試験片を用いて、アルミニウム合金溶湯(ADC12)に対する溶損試験を行った。溶損試験は、800℃のアルミニウム合金溶湯中に試験片を浸漬し、試験片を900rpmで回転させ60min後に取り出し、試験前後の減量から溶損率を求めた。
【0033】
先ず、10%Coのもので各温度で焼入れを行った鋳鉄材料について、試験を行った。比較例として、10%Coのもので900℃空冷の焼なまし処理を行った焼なまし材を用いた。
図11に、試験片の写真を示す。本試験片は溶損試験後に、30%水酸化ナトリウム水溶液中で付着したアルミニウム合金を除去している。この写真から、焼なまし材の溶損(溶損率:42.3%)が最も多くなることが分かる。この試験片は、断付き丸棒であったが、最早段付形状になっておらず、試験片の回転方向に溶損し減耗した。焼なまし材の溶損が多い理由は、硬さがHRC16と低いためと考えられた。溶損が多いのは順に、850℃焼入れ材(溶損率:5.2%)、950℃焼入れ材が0.8%の溶損率となった。900℃焼入れ材は、溶損率0.3%で試験前の形をほぼそのまま保っていた。900℃焼入れ材の溶損率が最も少なかった理由は、
図3の結果で焼入れ後の硬さが高かったためと考えられた。これより、硬さと溶損率では比例関係があると考えられた。
【0034】
次に、
図12には、コバルト添加鋳鉄材料の焼入れ、焼戻し後の溶損率を示した。これより、8%Coの硬さは低いが、溶損率は少なくなることが分かった。
図8の結果から、それぞれの焼戻し組織は微細パーライトとなっていることが分かっている。従って、同じ微細パーライト組織でもフェライトが多く硬さが低い方が、溶損率は少なくなることが分かった。また、溶損率は各材料のAc
1温度の影響も考えられる。
図5の熱膨張試験温度の測定結果では、8%CoのAc
1温度が843℃となっているため、オーステナイト変態が進行していないと考えられた。
溶損試験の結果より、溶損率は、硬さに依存するところも大きいが、合金中のフェライトやパーライト面積率なども影響することが分かった。また同じ微細パーライト組織でもフェライトが多く、調質され組織的に安定している8%Coの溶損率が小さくなることが分かった。
【0035】
次にまた、本発明の実施例に係るダイカストマシン用スリーブを作成し、実際にダイカストマシンに組み込んで耐久試験を行った。
コバルト添加鋳鉄原料の溶解は、500kg高周波誘導炉を用いて鋼屑、加炭材、フェロマンガン、フェロシリコンそして電解コバルトなどを原料として350kg溶製した。溶解温度は1540℃とし、球状化処理を行った後、接種を行った。そして鋳型への鋳込み温度は約1480℃とした。
これにより、実施例に係るスリーブの組成は、8%Coとした。
【0036】
そして、鋳込み直後の350t用スリーブ、650t用スリーブを作成した。鋳造直後の製品は硬すぎて、切削加工が困難であった。そこでこれらの鋳造品から湯口等を切断除去した後、現場の電気炉にて900℃空冷の焼なまし処理を行った。この焼なまし処理を行ったスリーブは切削加工が可能であった。
次に、粗加工したスリーブの硬さの調整を行うために焼入れ、焼戻しの熱処理を行った。熱処理の条件は、930℃焼入れ、500℃焼戻しの条件で行った。焼入れは、水冷でなく油冷とした。焼戻し処理は、500℃で1hr保持した後空冷した。焼入れ焼戻し後の硬さはHRC48であった。
【0037】
試作したスリーブについて、数台の実機による評価を行った。350t用スリーブについては、約8000ショット、15000ショット使用し、その状態を見た。約8000ショットの使用で、熱衝撃による影響が僅かに見られたが、約15000ショット使用した後もほとんど変化無く、剥がれや溶損などによる損耗は全く観察されなかった。
更に、通常利用しているSKDスリーブとの比較も行った、SKDスリーブは約30000ショットでクラックが多く発生し、溶損と熱衝撃により一部剥がれ落ちる現象が生じていた。これに対して、実施例に係る650tスリーブでは、32000ショット使用してもクラックはほとんど生じず、外観の傷やカケも無く、操業上のトラブルも全く問題なく利用された。