(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.05〜0.35%、Si:0.5%以下、Mn:0.5〜2.5%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.1%以下、およびN:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、かつ鋼材の断面を観察することにより測定された炭化物の面積から求めた円相当直径である粒径が0.2μm以上である鋼中の炭化物の断面において、取りうる最大軸の長さに対する前記最大軸に直交する軸の長さの比であるアスペクト比を求め、前記アスペクト比を算出した炭化物の個数に対する前記アスペクト比が3以下である炭化物の個数の比率である球状化率が0.60〜0.90である鋼組織を有し、前記炭化物の数密度が0.50個/μm2以上であることを特徴とする熱処理用鋼材。
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、B:0.005%以下、Ti:0.1%以下、Cr:0.5%以下、Nb:0.1%以下、Ni:1.0%以下およびMo:0.5%以下からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有することをさらに特徴とする請求項1または請求項2に記載の熱処理用鋼材。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境問題および衝突安全性能の観点から、自動車用構造部品の薄肉化および高強度化が求められている。
これらの要求に応えるべく、高強度鋼板を素材とする自動車用構造部品が増加している。しかし、高強度鋼板を素材としてプレス成形により自動車用構造部品を製造すると、しわやスプリングバックといった成形不良が生じやすくなる。このため、高強度鋼板を素材としてプレス成形により自動車用構造部品を製造することは容易ではない。
【0003】
このような問題を解決する手法として、焼入れ等の熱処理を利用して鋼材の高強度化を図ることが知られている。
例えば、熱間プレス加工は、700℃以上の高温域に加熱した鋼板をプレス成形し、次いでプレス金型内またはプレス金型外で焼入れを行うことにより、高強度の成形品を製造する方法である。
【0004】
熱間プレス加工によれば、鋼板の強度が低下する高温域で成形を施すため、上述した成形不良を抑制することができる。また、成形後に焼入れを行うことによって成形品を高強度化することができる。したがって、熱間プレス加工によれば、例えば1500MPa級以上の高強度を有する自動車用構造部品等の成形品を製造することができる。
【0005】
熱間プレス加工に関しては、例えば特許文献1に、熱間プレス加工の成形時に破断や割れを発生せずに良好な成形を可能とするとされる熱間成形用鋼板が開示されている。
また、近年、高強度の成形品の製造を可能にする新たな技術が提案されている。
【0006】
例えば、特許文献2には、金属材の押し通し曲げ加工方法において、加熱装置および冷却装置を金属材に対して相対移動させながら、加熱装置により金属材を局部的に加熱し、加熱により変形抵抗が大幅に低下した部位に曲げモーメントを与えて二次元または三次元に屈曲した所望の形状に曲げ加工し、次いで冷却装置により冷却して焼入れする技術(本明細書では「熱間三次元曲げ加工」という)が開示されている。
【0007】
この熱間三次元曲げ加工によれば、高い曲げ加工精度を有する高強度の成形品を効率よく製造することができる。したがって、熱間三次元曲げ加工によっても、例えば900MPa級以上の高強度を有する自動車用構造部品等の成形品を製造することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
自動車用構造部品には、使用環境における耐食性を確保するために、コスト面で優れる亜鉛系めっき鋼材(特に合金化溶融亜鉛めっき鋼材)が多用される。このため、熱間プレス加工や熱間三次元曲げ加工などの熱処理により自動車用構造部品を製造する場合には、素材として亜鉛系めっき鋼材を用いる必要性が高い。
【0010】
しかし、このような処理の素材に亜鉛系めっき鋼材を用いるには、解決すべき課題が存在する。
すなわち、亜鉛系めっき鋼材を熱処理の素材として用いると、亜鉛系めっき鋼材は、大気中で700℃以上の温度、一般的にはAc
1点以上、さらにはAc
3点以上という高温域に加熱される。一方、亜鉛の蒸気圧は、例えば、200mmHg:788℃、400mmHg:844℃であるように、温度の上昇とともに急増する。
【0011】
このため、亜鉛系めっき鋼材を上述した高温域に加熱すると、亜鉛系めっきの大部分が気化して失われる可能性がある。また、大気中で加熱されるため、亜鉛の酸化が著しく進行してしまい、亜鉛系めっきによる防食機能が損なわれる可能性がある。さらに、600℃以上、特にΓ相(Fe
3Zn
10)が分解する660℃を超える温度に加熱すると、亜鉛系めっきの基材である鋼素地のフェライト中へZnが著しく固溶してしまい、亜鉛系めっきの大部分が失われる可能性がある。
【0012】
このように、亜鉛系めっき鋼材を上記のような熱処理の素材として用いたとしても、熱処理により得られる鋼材(以下、素材である「熱処理用鋼材」と区別するために「熱処理鋼材」ともいう)は、その表面に亜鉛系めっきが十分に残存しなかったり、亜鉛系めっきが残存したとしても防食機能が損なわれたりして、亜鉛系めっきによる防食機能を十分に発揮できない可能性がある。
【0013】
したがって、熱処理に供される亜鉛系めっき鋼材には、熱処理が施された後においても熱処理鋼材表面に亜鉛系めっき層が極力残存させることを可能にするように、低温かつ短時間の加熱でも十分に焼きが入り、高強度の成形品を製造できる性能を有することが望まれる。
【0014】
そして、このような性能は、亜鉛系めっき鋼材に限ったものではなく、亜鉛系めっきを有しない非めっき鋼材についても望まれる。すなわち、熱処理の素材に非めっき鋼材を用いると、加熱および冷却中に鋼材表面にスケールが生成する。このため、後工程においてショットや酸洗によりスケールを除去する必要がある。ここで、非めっき鋼材が、低温かつ短時間の加熱でも十分に焼きが入り、高強度の成形品を製造できる性能を有すると、上記スケールの生成を効果的に抑制することが可能となり、スケール除去に要するコストを低減することができる。
【0015】
したがって、熱処理に供される非めっき鋼材には、熱処理が施された後において熱処理鋼材表面のスケールを軽度とすることを可能にするように、低温かつ短時間の加熱でも十分に焼きが入り、高強度の成形品を製造できる性能を有することが望まれる。
【0016】
本発明は、このような従来の技術の課題を解決するためになされたものであり、低温かつ短時間の加熱でも十分に焼きが入り、高強度の成形品を製造できる性能を有する、熱処理の素材に好適な熱処理用鋼材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。この際、熱処理に供する前の熱処理用鋼材に予成形を施す場合があることを考慮し、焼入前の熱処理用鋼材の加工性を良好なものとすることについても併せて検討を行った。
【0018】
その結果、鋼組織における炭化物の形態に着目し、焼入前において良好な加工性を確保しつつ低温かつ短時間の加熱でも炭化物が速やかに固溶するように適度な球状化率にするという、従来技術において全く検討されていなかった技術思想を着想したのである。なお、従来技術において焼入前の鋼材の加工性を高めるために施されていた炭化物の球状化処理は、炭化物の完全な球状化(球状化率:100%)を目的するものである。
【0019】
すなわち、焼入れを施す熱処理用鋼材にはMn等の焼入性を向上させる合金元素を含有させることが通常行われるのであるが、球状化炭化物にはMn等の置換型合金元素が濃化しやすい。そして、Mn等の置換型合金元素が濃化した炭化物は、焼入れに際しての加熱工程において固溶が遅延してしまい、低温かつ短時間の加熱では炭化物の固溶が不十分となる。このため、未固溶状態の炭化物が残存して、鋼組織の均一化が十分に図られないとともに、実際の焼入性が低くなる場合が生じる、ということを新たに知見したのである。そして、低温かつ短時間の加熱でも炭化物の固溶が速やかに進行し、実際の焼入性が十分に高まるように、炭化物の球状化率の上限を制限することにより焼入れに際しての加熱工程において炭化物の固溶を促進させることを新たに着想したのである。さらに、炭化物の球状化率の下限を制限することにより焼入前の熱処理用鋼材の加工性を良好なものとすることを新たに着想したのである。
【0020】
なお、本発明においては、後述するように、鋼材の靭性および焼入性を高める作用を有するBを含有させる場合があるが、Bによる上記作用を十分に発揮させるうえにおいても、焼入れに際しての加熱工程において炭化物の固溶を促進させることが非常に有効である。すなわち、Bによる上記作用はBが鋼中で固溶状態にある場合に発揮されるのであるが、Bは炭化物を形成して炭化物中に存在しやすい。したがって、焼入れに際しての加熱工程において炭化物の固溶を促進させることにより、鋼中で固溶状態にあるBの存在比率を高められ、Bによる上記作用が十分に発揮されるのである。
【0021】
本発明は上記新たな知見および着想に基づくものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)質量%で、C:0.05〜0.35%、Si:0.5%以下、Mn:0.5〜2.5%、P:0.03%以下、S:0.01%以下、sol.Al:0.1%以下およびN:0.01%以下を含有し、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、かつ
鋼材の断面を観察することにより測定された炭化物の面積から求めた円相当直径である粒径が0.2μm以上である鋼中の炭化物の
断面において、取りうる最大軸の長さに対する前記最大軸に直交する軸の長さの比であるアスペクト比を求め、前記アスペクト比を算出した炭化物の個数に対する前記アスペクト比が3以下である炭化物の個数の比率である球状化率が0.60〜0.90である鋼組織を有し、前記炭化物の数密度が0.50個/μm
2以上であることを特徴とする熱処理用鋼材。
【0022】
(2)前記
鋼中の炭化物に占める粒径0.5μm以上の粗大炭化物の個数比率が0.15以下である上記(1)に記載の熱処理用鋼材。
【0023】
(
3)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、B:0.005%以下、Ti:0.1%以下、Cr:0.5%以下、Nb:0.1%以下、Ni:1.0%以下およびMo:0.5%以下からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有する上記(1)
または(
2)に記載の熱処理用鋼材。
【0024】
(
4)表面に亜鉛系めっき層を有する、上記(1)〜(
3)の何れかに記載の熱処理用鋼材。
炭化物の球状化率とは、アスペクト比が3以下である炭化物の割合を意味し、具体的には後述する方法により、アスペクト比を求めた炭化物の個数に対するアスペクト比が3以下である炭化物の個数の比として求められる。また、後述する理由により、アスペクト比を求める炭化物は、粒径が0.2μm以上の炭化物である。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係る熱処理用鋼材は、低温かつ短時間の加熱でも十分に焼きが入り、高強度の成形品を製造できる性能を有するので、熱処理の素材として好適である。
上記熱処理用鋼材が亜鉛系めっき鋼材である場合には、熱処理鋼材の表面に亜鉛系めっきをより多く残存させることができるので、良好な耐食性を有する熱処理鋼材を得ることができる。
【0026】
また、上記熱処理用鋼材が非めっき鋼材である場合には、熱処理鋼材の表面に生成されるスケールを軽度なものとすることができるので、後工程におけるスケール除去に要するコストを低減することができる。
【0027】
本発明に係る熱処理鋼材の適用部位としては、自動車部品の場合には、高強度化を図ることで車体軽量化を図ることができる部位が好ましく、例えば、ピラー、ドアビーム、ルーフやバンパのレインフォース等が例示される。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明に係る熱処理用鋼材の化学組成および鋼組織の限定理由を説明する。以下の説明において、鋼の化学組成に関する%はいずれも質量%である。
(1)化学組成
[C:0.05〜0.35%]
Cは、焼入後の鋼材の強度を決定する重要な元素である。C含有量が0.05%未満では焼入後において十分な強度が得られない。したがって、C含有量は0.05%以上とする。好ましくは0.1%以上、さらに好ましくは0.15%以上である。一方、C含有量が0.35%超では、焼入後の鋼材について靱性や耐遅れ破壊性の劣化が著しくなる。また、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、熱処理に供する前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、C含有量は0.35%以下とする。好ましくは0.30%以下である。
【0030】
[Si:0.5%以下]
Siは、一般に不純物として含有されるが、鋼材の焼入性を高める作用を有するので、積極的に含有させてもよい。しかし、Si含有量が0.5%超では、Ac
3点の上昇が著しくなり、焼入れに際しての加熱温度の低温化が困難となる。また、鋼材の化成処理性や亜鉛系めっき鋼材を製造する際のめっき性の劣化が著しくなる。したがって、Si含有量は0.5%以下とする。好ましくは0.3%以下である。上記作用による効果をより確実に得るには、Si含有量を0.1%以上とすることが好ましい。
【0031】
[Mn:0.5〜2.5%]
Mnは、Ac
3点を低下させて鋼材の焼入性を高める作用を有する。Mn含有量が0.5%未満では、上記作用による効果を得ることが困難である。したがって、Mn含有量は0.5%以上とする。好ましくは、1.0%以上である。一方、Mn含有量が2.5%超では、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、熱処理に供する前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。また、Mnの偏析に起因したバンド状組織を生じやすくなり鋼材の靭性の劣化が著しくなる。したがって、Mn含有量は2.5%以下とする。好ましくは2.0%以下である。
【0032】
[P:0.03%以下]
Pは、不純物として含有され、焼入前の鋼材の加工性を劣化させ、焼入後の鋼材の靱性を劣化させる作用を有する。したがって、P含有量は少ないほど好ましく、本発明ではP含有量を0.03%以下とする。好ましくは0.015%以下である。
【0033】
[S:0.01%以下]
Sは、不純物として含有され、焼入前の鋼材の成形性を劣化させ、焼入後の鋼材の靱性を劣化させる作用を有する。したがって、S含有量は少ないほど好ましく、本発明ではS含有量を0.01%以下とする。好ましくは0.005%以下である。
【0034】
[sol.Al:0.1%以下]
Alは、一般に不純物として含有されるが、脱酸により鋼材を健全化する作用を有するので、積極的に含有させてもよい。しかし、sol.Al含有量が0.1%超では、Ac
3点の上昇が著しくなり、焼入れに際しての加熱温度の低温化が困難となる。したがって、sol.Al含有量は0.1%以下とする。好ましく0.05%以下である。上記作用による効果をより確実に得るには、sol.Al含有量を0.005%以上とすることが好ましい。
【0035】
[N:0.01%以下]
Nは、不純物として含有され、焼入前の鋼材の成形性を劣化させる作用を有する。したがって、N含有量は少ないほど好ましく、本発明では0.01%以下とする。好ましくは0.005%以下である。
【0036】
次に、任意元素について説明する。
[B:0.005%以下、Ti:0.1%以下、Cr:0.5%以下およびNb:0.1%以下、Ni:1.0%以下およびMo:0.5%以下からなる群から選択される1種または2種以上]
B、Ti、Cr、Nb、NiおよびMoは任意元素であり、いずれも鋼材の靭性および焼入性を高める作用を有する。したがって、これらの元素群から選択される1種または2種以上を含有させてもよい。
【0037】
しかし、B含有量が0.005%超では、上記作用による効果は飽和して、コスト的に不利となる。したがって、B含有量は0.005%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るにはB含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。
【0038】
Ti含有量が0.1%超では、鋼中のCと結合してTiCを多量に形成して、焼入れにより鋼材の強度向上に寄与するCを減少させてしまい、焼入後の鋼材について高い強度が得られない場合がある。したがって、Ti含有量は0.1%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るにはTi含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
【0039】
なお、Tiは、鋼中の固溶Nと結合してTiNを形成することにより、鋼中の固溶Nの量を減じて、焼入前の鋼材の成形性を向上させる作用を有する。また、TiはBに比して優先的に鋼中の固溶Nと結合するため、BNの形成による固溶Bの量の低下を抑制し、上述したBの作用をより確実に発揮させる作用を有する。したがって、TiとBとを複合して含有させることが好ましい。
【0040】
Cr含有量が0.5%超では、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、熱処理に供する前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、Cr含有量は0.5%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Cr含有量は0.18%以上とすることが好ましい。
【0041】
Nb含有量が0.1%超では、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、熱処理に供する前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、Nb含有量が0.1%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Nb含有量は0.03%以上とすることが好ましい。
【0042】
Ni含有量が1.0%超では、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、熱処理に供する前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、Ni含有量は1.0%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Ni含有量は0.18%以上とすることが好ましい。
【0043】
Mo含有量が0.5%超では、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、熱処理に供する前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、Mo含有量は0.5%以下とする。上記作用による効果をより確実に得るには、Mo含有量は0.03%以上とすることが好ましい。
【0044】
上記元素以外の残部はFeおよび不純物である。
(2)鋼組織
本発明に係る熱処理用鋼材は、炭化物の球状化率が0.60〜0.90である鋼組織を有する。上記炭化物の数密度は0.50個/μm
2以上であることが好ましく、上記炭化物に占める粒径が0.5μm以上の粗大炭化物の個数比率は0.15以下であることが好ましい。
【0045】
ここで、炭化物の形状を示す「粒径」とは、鋼材の断面を観察することにより測定された炭化物の面積から求めた円相当直径を意味する。そして、本発明において規定する炭化物とは粒径が0.2μm以上の炭化物である。この炭化物には、セメンタイトやM
23C
6等の金属元素比率が高い炭化物も含まれ、また炭窒化物も含まれる。
【0046】
本発明において規定する炭化物として粒径が0.2μm以上の炭化物を対象にするのは、鋼中における炭化物の粒径、球状化率、数密度、及び粗大炭化物の存在比率を適正に評価するためである。すなわち、炭化物の観察に際しての測定倍率が低すぎると、粗大な炭化物のみを評価することとなり、加熱工程において速やかに固溶して焼入れ性に寄与する微細な炭化物の多寡について適正に評価することができない。一方、炭化物の観察に際しての測定倍率が高すぎると、観察視野が狭いために局所的な炭化物の状況のみを評価することとなり、鋼材全体の焼入れ性に及ぼす影響を適正に評価することができない。したがって、炭化物を観察する際の測定倍率は2000倍とすることが適正であり、斯かる条件下で十分な精度で測定可能な炭化物の粒径の下限が0.2μmであるため、粒径が0.2μm以上の炭化物を対象として炭化物を規定する。
【0047】
炭化物の粒径測定は、鋼材の断面を走査型電子顕微鏡で観察することにより行うことができる。観察部位は、平均的な熱処理を受けている、鋼材の表面と中心との中間の部位が適当である。すなわち、鋼材が鋼板であれば、鋼板断面の表面から板厚の1/4の位置で断面を観察することが好ましい。鋼中の炭化物の観察は、ピクラール(5%ピクリン酸エタノール溶液)エッチングした鋼材の断面観察により行う。ピクラールエッチングにより現出する粒径0.2μm以上の粒子は実質的にすべて炭化物であると判断できる。
【0048】
炭化物の形状を示す「球状化率」とは、上記の粒径の計測のために観察した炭化物のアスペクト比(観察された炭化物の断面において取りうる最大軸長に対するこの最大軸に直交する軸長の比)を求め、アスペクト比を算出した炭化物の個数に対するアスペクト比が3以下である炭化物の個数の比率を意味する。球状化率は、鋼材断面を倍率2000倍の電子顕微鏡で観察して、炭化物のアスペクト比を算出することにより求める。観察視野は2以上とすることが好ましい。
【0049】
炭化物以外の残部鋼組織は、焼入前の鋼材の加工性の観点から実質的にフェライトであることが好ましい。なお、パーライト、ベイナイトおよび焼戻しマルテンサイトは、炭化物とフェライトとからなる組織であるから、炭化物とフェライトとからなる鋼組織には、これらの組織の何れかが含まれる場合も含まれる。ただし、鋼組織には、上記化学組成とすることにより不可避的に形成されるMnSやTiN等の介在物が含まれる。
【0050】
[炭化物の球状化率:0.60〜0.90]
上述したように、球状化炭化物にはMn等の置換型合金元素が濃化しやすい。Mn等の置換型合金元素が濃化した炭化物は、焼入れ時の加熱工程において固溶が遅延し、低温かつ短時間の加熱では炭化物の固溶が不十分となり、十分に焼きが入らないという不具合を生じ易い。したがって、低温かつ短時間の加熱でも炭化物が速やかに固溶して、鋼材に十分な焼きが確実に入るように、炭化物の球状化率の上限を制限する。それにより、焼入れに際しての加熱工程において炭化物の固溶を促進させることができる。具体的には、炭化物の球状化率が0.90超では、低温かつ短時間の加熱では炭化物の固溶が不十分となり十分に焼きが入らない場合が生じる。したがって、炭化物の球状化率は0.90以下とする。好ましくは0.87以下、さらに好ましくは0.85以下である。
【0051】
一方、所定の高温域に保持する球状化焼鈍を施すことにより鋼中の炭化物を球状化させ、焼入前の鋼材の軟質化を図ることが従来から行われていることからわかるように、焼入前の鋼材の加工性を高めるには、炭化物の球状化率をある程度高めることが必要である。炭化物の球状化率が0.60未満では、焼入前の鋼材の加工性の劣化が著しくなり、熱処理に供する前の鋼材に予成形を施す場合に好ましくない。したがって、炭化物の球状化率は0.60以上とする。好ましくは0.63以上、さらに好ましくは0.65以上である。
【0052】
[炭化物の数密度:0.50個/μm
2以上]
焼入れに際しての加熱工程における鋼組織は、先ず炭化物を起点としてオーステナイトの核が生成し、次いでオーステナイトの核が成長することにより完全オーステナイト化が達成される。したがって、オーステナイトの核の起点となる炭化物の数密度を高くすると、完全オーステナイト化に要するオーステナイトの成長距離が短くなり、より低温かつ短時間で完全オーステナイト化を達成することができる。すなわち、低温かつ短時間の加熱でもより確実に焼きが入る。
【0053】
炭化物(粒径0.2μm以上)の数密度を0.50個/μm
2以上とすることにより、焼入れに際しての加熱工程における完全オーステナイト化を効果的に促進することができる。したがって、炭化物の数密度は0.50個/μm
2以上とすることが好ましい。さらに好ましくは0.60個/μm
2以上、最も好ましくは0.70個/μm
2以上である。
【0054】
[炭化物に占める粒径が0.5μm以上の粗大炭化物の個数比率:0.15以下]
粗大炭化物は、微細炭化物に比して、焼入れに際しての加熱工程における固溶が遅延する。したがって、粗大炭化物の個数比率を小さくすると、焼入れに際しての加熱工程における炭化物の固溶が促進され、低温かつ短時間の加熱でもより確実に焼きが入る。
【0055】
炭化物(粒径0.2μm以上)に占める粒径が0.5μm以上の粗大炭化物の個数比率を0.15にすることにより、焼入れに際しての加熱工程における炭化物の固溶を効果的に促進することができる。したがって、炭化物に占める粒径が0.5μm以上の粗大炭化物の個数比率は0.15以下とすることが好ましい。この粗大炭化物の個数比率は、さらに好ましくは0.14以下、最も好ましくは0.13以下である。
【0056】
上記炭化物の形態の制御は、目的とする形態を得るための熱間圧延条件や焼鈍条件を経験的に求め、これらを調整することにより達成できる。例えば、熱間圧延条件に関しては、巻取温度を高温にすると、炭化物の球状化は促進され、炭化物の数密度は低下し、粗大炭化物の個数比率は増大することが知られているから、これらの定性的傾向に基づいて上記炭化物の形態を得るための熱間圧延条件を経験的に求めることができる。また、焼鈍条件に関しては、冷却速度を低下させると、炭化物の球状化は促進され、炭化物の数密度は低下し、粗大炭化物の個数比率は増大することが知られているから、これらの定性的傾向に基づいて上記炭化物の形態を得るための焼鈍条件を経験的に求めることができる。
【0057】
(3)製造条件
本発明に係る熱処理用鋼材は上記化学組成と鋼組織を満足するものであればよく、その製造条件は特に限定する必要はない。以下では、本発明に係る熱処理用鋼材が鋼板である場合についての好適な製造条件を説明する。
【0058】
上記化学組成を有する鋼を、常法により溶製し、連続鋳造により鋼塊、または、鋳造後に分塊圧延して鋼片とする。生産性の観点からは連続鋳造法を用いることが好ましい。
連続鋳造法を用いる場合には、鋳造速度を2.0m/分未満とすると、Mnの中心偏析あるいはV字状偏析が効果的に抑制されるので好ましい。また、鋳造速度を1.2m/分以上とすると、鋳片表面部の清浄度を良好な状態に保つことができるとともに生産性も確保することができるので好ましい。
【0059】
次いで、得られた鋼塊または鋼片に熱間圧延を施す。
熱間圧延条件は、炭化物をより均一に生成させる観点から、1000℃以上、1300℃以下の温度域で熱間圧延を開始し、熱間圧延完了温度を850℃以上とすることが好ましい。巻取温度は、加工性の観点からは高い方が好ましいが、高すぎるとスケール生成による歩留まりが低下するので、500℃以上、650℃以下とすることが好ましい。
【0060】
熱間圧延により得られた熱延鋼板に酸洗等により脱スケール処理を施す。
本発明に係る熱処理用鋼材は、焼鈍を施さない熱延鋼板、焼鈍を施した熱延焼鈍鋼板、上記熱延鋼板または上記熱延焼鈍鋼板に冷間圧延を施した冷間圧延ままの冷延鋼板、上記冷延鋼板に焼鈍を施した冷延焼鈍鋼板のいずれであってもよい。製品の板厚精度要求レベル等に合わせてプロセスを適宜選択すればよい。
【0061】
したがって、脱スケール処理が施された熱延鋼板には、必要に応じて焼鈍を施して熱延焼鈍鋼板とする。また、熱延鋼板や熱延焼鈍鋼板には、必要に応じて冷間圧延を施して冷延鋼板とする。また、冷延鋼板には、必要に応じて焼鈍を施して冷延焼鈍鋼板とする。なお、冷間圧延に供する鋼材が硬質である場合には、冷間圧延前に焼鈍を施して冷間圧延に供する鋼材の加工性を高めておくことが好ましい。
【0062】
炭化物は硬質であるため、冷間圧延によってその形態が変化することはなく、冷間圧延ままの冷延鋼板における炭化物の形態(粒径、球状化率、数密度、粗大炭化物の個数比率等)は、冷間圧延に供する鋼板における炭化物の形態と実質的に同一である。したがって、冷間圧延ままの冷延鋼板の炭化物の形態の制御は、冷間圧延に供する鋼板の炭化物の存在形態を制御することによって行うことができる。すなわち、焼鈍を施さない熱延鋼板に冷間圧延を施す場合には、熱延条件を制御して熱延鋼板における炭化物の存在形態を制御することにより冷延鋼板の炭化物の形態制御を行うことができる。また、焼鈍を施した熱延焼鈍鋼板に冷間圧延を施す場合には、焼鈍条件の制御、または熱延条件と焼鈍条件の制御によって熱延焼鈍鋼板における炭化物の存在形態を制御するより、冷延鋼板の炭化物の形態制御を行うことができる。
【0063】
冷間圧延は常法より行えばよい。良好な平坦を確保する観点からは、冷間圧延における圧下率は30%以上とすることが好ましい。また、荷重が過大となることを避けるために、圧下率は80%以下とすることが好ましい。
【0064】
熱延鋼板または冷延鋼板に焼鈍を施す場合には、必要に応じて常法に従って脱脂などの処理を施してから、焼鈍を施す。この時の均熱温度はオーステナイト単相域まで加熱することが好ましい。このようにすることにより、バンド状組織の形成を抑制して鋼組織を均一化することができ、鋼板の焼入性を一層高めることができる。また、均熱後Ar
3点から(Ms点+200℃)までの平均冷却速度を20℃/秒以上とすることが好ましい。このようにすることにより、均熱後の冷却時において鋼組織が不均一化することが抑制され、鋼板の焼入性を一層高めることができる。
【0065】
鋼組織を均一化する観点および生産性の観点からは、焼鈍は連続焼鈍ラインで焼鈍することが好ましい。その場合、Ac
3点以上、(Ac
3点+100℃)以下の温度域で1秒間以上、1000秒間以下の時間で均熱した後に、250℃以上、550℃以下の温度域に1分間以上、30分間以下保持して焼鈍を行うことが好ましい。
【0066】
炭化物の形状が本発明で規定する条件を満たす鋼組織を得るための熱延条件および焼鈍条件は、当業者には明らかなように鋼材の化学組成により変動し、前述したように経験的に求めることができる。
【0067】
鋼板の表面に亜鉛系めっきを施す場合には、生産性の観点からは、連続溶融亜鉛めっきラインにおいて溶融亜鉛系めっきを施すことが好ましい。その場合、連続溶融亜鉛めっきラインにおいて溶融亜鉛系めっきに先立って焼鈍を施してもよく、均熱温度を低温にして焼鈍を施さずに亜鉛系めっきのみを施すものであってもよい。また、溶融亜鉛めっき後に合金化熱処理を行って、合金化溶融亜鉛めっき鋼板にしてもよい。亜鉛系めっきは電気めっきにより施すこともできる。
【0068】
亜鉛系めっきの例としては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、溶融亜鉛−アルミニウム合金めっき、電気ニッケル−亜鉛合金めっき、電気鉄−亜鉛合金めっきなどが例示される。めっき付着量は特に制限されず、従来と同様でよい。亜鉛系めっきは、鋼材の表面の少なくとも一部に施すことができるが、鋼板の場合には、片面または両面の全面に施すのが普通である。
【0069】
本発明に係る熱処理用鋼板に施される熱処理は公知の方法によればよいが、本発明による効果を享受するには加熱工程を短時間で行うことが好ましいので、高周波加熱や通電加熱による急速加熱を採用することが好ましい。熱処理温度での保持時間も比較的短い時間とすることができる。本発明に係る熱処理用鋼板は、比較的低温・短時間での加熱により焼きが入るので、好ましい熱処理は焼入れである。焼入れ後に、常法に従って焼き戻しを行ってもよい。
【0070】
以上では鋼材が鋼板である場合を例にとって説明したが、鋼材は鋼板に限られず、例えば、管材、棒材、異形材などであってもよく、また長尺材と、長尺材から切り出され、場合により予成形が施された切断材、のいずれであってもよい。
【実施例1】
【0071】
表1に示す化学組成を有する連続鋳造鋳片A〜Iを加熱炉に装入して加熱し、加熱炉から抽出し、1150℃で熱間圧延を開始し、870℃で熱間圧延を完了し、20〜1000℃/秒の平均冷却速度で冷却し、450〜600℃で巻き取って、板厚3.6mmの熱延鋼板とした。このようにして得られた熱延鋼板を酸洗により脱スケールした。こうして得られた鋼板を「熱延材」と呼ぶ。
【0072】
脱スケールした熱延鋼板の一部を50%の冷間圧延率で冷間圧延を行い、冷延鋼板とした。この鋼板を「フルハード材」と呼ぶ。
得られた冷延鋼板の一部を加熱炉にて650℃で20時間保持した後に室温まで空冷した。この鋼板を「加熱炉材」と呼ぶ。
【0073】
また、別の一部の冷延鋼板は、連続焼鈍シミュレーターによって、750〜900℃の温度で1分間均熱し、650℃から450℃までの平均冷却速度を10〜200℃/秒として冷却し、420℃で4分間保持した後に、室温まで冷却した。この鋼板を「連焼材」と呼ぶ。
【0074】
【表1】
【0075】
このようにして、表2に示す試料No.1〜22の鋼板(板厚1.8mm)を製作した。 なお、同一の鋼種でも試料No.ごとに熱間圧延条件および焼鈍条件(連焼材の場合)は異なる。また、「熱延材」は、3.6mm厚の熱延鋼板を両面研削して1.8mm厚とし、他のサンプルと板厚を揃えたものである。
【0076】
また、これらの試料No.1〜22の鋼板に、炭化物の形態が変化しないように、A1点以下の温度域で溶融亜鉛めっきと合金化処理とを施して、試料No.1〜22の合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製作した。
【0077】
このようにして得られた試料No.1〜22の鋼板の断面組織を、走査型電子顕微鏡を用いて2000倍の倍率で各4視野観察し、炭化物の球状化率、数密度および粗大炭化物比率を測定した。観察する視野は、鋼板表面から板厚1.8mmの1/4に相当する0.45mmの位置とした。炭化物粒子はピクラール(5%ピクリン酸エタノール溶液)エッチングして観察した。この観察中に各視野において観察した炭化物の総数は300〜3000個であった。その際パーライトに関しては、パーライトラメラに含まれるセメンタイトをそれぞれ1個の炭化物として測定を行った。
【0078】
試料No.1〜22の鋼板を、焼入れシミュレーターを用いて、500℃/秒で600〜1100℃に加熱し、各温度に到達した後、直ちに水冷することにより焼入れを施し、焼入れ後のビッカース硬さ(Hv)を測定した。その際、
図1に示すように、最高硬さに到達する最低温度(最低焼入温度)の測定を行った。
【0079】
また、試料No.1〜22の合金化溶融鋼板を用いて、500℃/秒で最低焼入温度に加熱し、最低焼入温度に到達した後に水冷して焼入れを施し、亜鉛の酸化に伴って白色の酸化亜鉛が生成されることから、鋼材表面の白色比率を目視観察することにより、めっき層の残存状態を評価して、めっき品質を次の基準で判定した:
A:ほぼ完全に残存、B:合格レベル、C:少量残存、D:ほぼ残存なし。
【0080】
別に、試料No.1〜22の鋼板を、焼入シミュレーターを用いて、500℃/秒で焼入温度まで加熱し、上記最低焼入温度に3秒間保持した後に水冷し、鋼板表面に形成されたスケールの厚さを測定した。
【0081】
結果を表2に示す。
【0082】
【表2】
【0083】
表1、2および
図1に示すように、本発明例の鋼板は、同一鋼種の比較例の鋼板に比して、最低焼入温度が低温であり、低温かつ短時間の加熱によっても高い強度を得ることができる。また、合金化溶融亜鉛めっき鋼板においては最低焼入温度に加熱してもかなりの量のめっき層を残存させることができる。非めっき鋼板においては、最低焼入温度に加熱してもスケールの厚み5μm以下と薄くすることができる。