【実施例】
【0061】
実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0062】
《試料の製作》
(1)先ず、表面テクスチャが形成されていない市販の切削チップ(住友電工株式会社製 ハードメタル H1)を用意した。この切削チップ(適宜「ブランクチップ」という。)はK種超硬合金(JIS B4053)からなり、アルミニウム合金製の被削材に対応している。
【0063】
(2)ブランクチップの(主)切れ刃から連なるすくい面の所定領域(接触表面上の一部)に、パルスレーザ(高エネルギービーム)を照射して、表1Aおよび表1B(両表を併せて適宜「表1」という。)に示す種々の表面テクスチャを有する試料を製作した(テクスチャ形成工程)。なお、各表に示したテクスチャの諸元値は狙い値であって実測値ではないが、少なくとも本明細書の記載に沿ってテクスチャを形成する限り、狙い値と実測値に大差はなく、
図3Bの如くその誤差は±1μm程度である。
【0064】
用いたパルスレーザは、パルス幅がナノ秒レベルであるナノ秒パルスレーザと、パルス幅がフェムト秒レベルであるフェムト秒パルスレーザである。各試料の表面テクスチャは、基本的にナノ秒パルスレーザを用いて形成したが、一部の比較試料の表面テクスチャは、既述した特許文献2(特開2009−202283号公報)の記載を参照しつつ、フェムト秒パルスレーザを用いて形成した。各レーザの照射は表3に示す条件下で行い、いずれの場合も大気雰囲気中で行った。
【0065】
この際、パルスレーザの焦点位置は、ブランクチップの最表面とした。レーザを照射した際に散乱が発生することを防止するために、その最表面(照射面)は予め鏡面研磨しておいた(表面粗さRmax(JIS)で0.1μm)。これにより所望パターンの表面テクスチャが高精度に形成されるようになった。
【0066】
こうして形成した表面テクスチャのパターンは、連続した凹部(溝)からなる溝型テクスチャ(
図16参照)と、ドット状の凹部(窪み)からなるドット型テクスチャ(
図17Aおよび
図17B参照)である。溝型テクスチャに係る試料では、それぞれの溝幅(D)、その間隔(縦周縁間距離:L)およびピッチ(P)を種々変更した。ドット型テクスチャに係る試料では、それぞれの窪み径(D)、縦方向の間隔(縦周縁間距離:L)および横方向の間隔(横周縁間距離:A)を種々変更した。そしてドット型テクスチャについては、窪みを並列配置した試料(
図17B参照)と、交互配置(
図17A参照)した試料を製作した。なお、いずれの試料も、同一試料中における縦周縁間距離(L)または横周縁間距離(A)は一定とした。
【0067】
並列配置の一例として、窪みを最密に配置したパターン(A=L=0)を
図17Cに示した。この並列配置パターン(
図17C)の横方向に並ぶ中央の窪み列を、全体的に横方向へD/2だけシフトした交互配置パターンを
図17Dに示した。また交互配置の一例として、窪みを最密に配置したパターン(A=0、L=√3D−D)を
図17Eに示した。
【0068】
ちなみに、真円状の窪みからなるドット型テクスチャを考えると、
図17Aに示した交互配置パターンでA=D、L=3Aとしたときの(理論)切屑接触面積率は80.4%となる。これは
図17Bに示した並列配置パターンでA=L=Dとしたときの切屑接触面積率に等しい。交互配置パターンでA=L=Dとすると、切屑接触面積率はさらに減少して60.7%となる。また
図17Cに示した並列配置パターンの切屑接触面積率は21.5%となる。これは
図17Dに示した交互配置パターンの切屑接触面積率に等しい。さらに
図17Eに示した交互配置パターンの切屑接触面積率は9.6%となり、ドット型テクスチャ中で最小となる。
【0069】
ところで、溝型テクスチャの溝は、レーザをすくい面上に照射しつつ、直線状に連続移動(走査)させることにより形成した。この操作を繰り返すことにより、所望数の平行な溝からなる溝型テクスチャが形成された。ドット型テクスチャの窪みは、レーザをすくい面上の所定位置で単発的に照射して形成した。レーザの移動と照射を他の所定位置でも繰り返すことにより、所望数の窪みからなるドット型テクスチャが形成された。
【0070】
表面テクスチャの形成領域(テクスチャ域)は、切れ刃の延在方向(切れ刃方向)の一辺(3.5〜5mm)と、それに垂直な方向(切屑排出方向)の一辺(2〜5mm)とからなる方形状とした。このテクスチャ域と切れ刃(すくい面の先端、刃先)の間には、切れ刃の直線性と刃先強度を確保するため、特に断らない限り20μmの切れ刃(刃先)マージンを設けた(
図1A参照)。但し、フェムト秒パルスレーザを用いた試料では、テクスチャ域を5mm角の正方形状とし、切れ刃マージンは設けなかった(
図2参照)。
【0071】
《表面テクスチャ》
(1)観察
一部の試料のすくい面に形成された表面テクスチャを光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した様子を
図1A、
図2、
図3Aおよび
図4に示した。また
図1Aおよび
図3Aに示した試料の表面テクスチャの表面粗さをレーザ顕微鏡で測定し、得られた各表面テクスチャの深さ方向の変化をそれぞれ
図1Bおよび
図3Bに示した。
【0072】
(2)測定
各試料のすくい面に形成された表面テクスチャの諸元を、既述した方法に基づいて測定または算出した。その結果を表1に併せて示した。表1に示した溝幅または窪み径:D、縦間隔(縦周縁間距離):Lおよび横間隔(横周縁間距離):Aは、前述したよう
図16、
図17Aおよび
図17Bに示した各距離を既述の方法に基づき実測し、算出した値である。また、切屑接触面積率の算出に必要なテクスチャ域の特定、そのテクスチャ域の面積および各凹部(溝、窪み)を除く残面積の測定等も既述した方法により行った。それらに基づき、各試料の切屑接触面積率を算出して、表1に併せて示した。
【0073】
《切削試験》
(1)主分力および背分力
上述した方法により製作した各種の切削チップ(ブランクチップを含む)を用いて切削試験を行った。この切削試験の概要を
図19Aおよび
図19Bに模式的に示した。被削材Wには、特に断らない限りアルミニウム合金(JIS A6063/H18)からなる引き抜き管材(外径φ50mm×内径φ46mm)を用いた。
【0074】
この被削材Wを旋盤(株式会社森精機製作所社製 MR−1000G)のチャック(図略)に取り付け、上述した切削チップCを先端にセットしたバイトホルダーHを、旋盤の刃物台(図略)に固定した。この刃物台には、図示しない切削分力動力計(キスラー社製 9257A)を取り付けた。これにより切削時に発生する切削抵抗力(主分力Fmおよび背分力Fb)の測定が可能となる。この旋盤を稼動させて、二次元切削を行い、主分力Fmおよび背分力Fbを測定した結果を表1に併せて示した。
【0075】
なお、この二次元切削は、特に断らない限り切削速度(V):216m/min、切削幅:2mm(被削材の厚み分)、切込み量(送り量):0.1mm/rev(1回転あたり0.1mm)、切削距離:235.6mとした。なお、切削雰囲気は、特に断らない限り完全ドライ環境としたが、一部の比較試料についてはウエット環境とした。完全ドライ環境は、切削前に、バイトホルダー(切削チップCを含む)Hと被削材Wの表面をヘキサンで脱脂して実現した。ウエット環境は、切削前に、バイトホルダーHと被削材Wの表面に、不水溶性切削油剤(JX日鉱日石エネルギー株式会社製ユニカットテラミDS5)を刷毛で塗布して実現した。
【0076】
いずれの切削試験でも、切削工具である切削チップCの切れ刃(刃先)Ceで被削材Wの端面が切削され、切屑Scが生じ、この切屑Scが切削チップCのすくい面Sr上に形成された表面テクスチャTに接触しつつ排出される点は共通であった。
【0077】
(2)切屑厚さ
各切削チップCで二次元切削を行った際に排出された切屑Scの厚さをポイントマイクロメータで測定した。その結果を表1に併せて示した。
【0078】
(3)凝着性
切削試験後の各切削チップCに係る表面テクスチャTの表面を走査型電子顕微鏡(SEM)または光学顕微鏡で観察した一部を、
図5A〜
図5Dと
図6Aに示した。
【0079】
《評価》
〈表面テクスチャの表面性状〉
(1)切削試験前
図1A、
図3Aおよび
図4からわかるように、ナノ秒パルスレーザを用いることにより、凹部の境界が明確で所望する形態の表面テクスチャが得られることが確認された。一方、
図2からわかるように、フェムト秒パルスレーザを用いて形成した従来の表面テクスチャ(試料No.A16)は、各溝が非常に微細で溝の形態が安定していなかった。
【0080】
図1Bおよび
図3Bからわかるように、ナノ秒パルスレーザを用いて形成した表面テクスチャの凹部(溝、窪み)は、いずれも深さが安定しておりほぼ一定となっていることが確認された。さらに、レーザ加工した凹部の周囲には、高さ1〜3μm程度の僅かに盛り上がった部分(バリ)が生じることもわかった。但し、このバリは切削性に殆ど影響を与えず、実際に切削加工を行うと除去されることが確認されている。
【0081】
(2)切削試験後
図5Bから明らかなように、切屑排出方向に連続した凹部が形成されていない表面テクスチャの場合、つまり切屑排出方向に断続的な凹部からなる表面テクスチャの場合、
図5Dに比べて、切削試験後も被削材(切屑)の凝着が少ないことがわかる。ちなみに、
図5Bと
図5Dに示したSEM像を画像処理(二値化処理)して、それぞれのすくい面における被削材(アルミニウム合金)の凝着量を調べた。その結果、
図5Bに係る凝着量は面積率で60.9%であったが、
図5Dに係る凝着量は面積率で82.5%であった。このことからも、すくい面に表面テクスチャを設けることにより、被削材の凝着が大幅に低下することが確認された。
【0082】
逆に、
図5Cから明らかなように、所定間隔毎で一つの切屑排出方向に配列された凹部からなる表面テクスチャの場合、その凹部の周囲にある切屑排出方向に沿った連続的な表面(残面)に、被削材(切屑)が連続的に凝着することがわかった。さらに
図5Dから明らかなように、表面テクスチャのない場合、すくい面の全面に、切屑排出方向に沿った連続的な凝着が観察された。従って、被削材のすくい面における凝着を抑制して切削性の向上を図る上で、いずれの切屑排出方向にも断続的(不連続的)に凹部が交互に配置された表面テクスチャをすくい面に設けると好ましいことがわかった。
【0083】
図6Aに示した観察結果から測定した切屑接触長さと切屑接触面積率の関係を
図6Bに示した。切屑接触長さは、切屑排出方向における接触表面内の最大凝着長さを測定して算出したものである。これら
図6Aおよび
図6Bから明らかなように、ドット型テクスチャ(窪み径:30μm)の場合、切屑接触面積率が大きくなるほど、被削材の凝着が多くなっている。また後述するが、
図13B(窪み径:30μm)に示すように、切屑接触面積率が小さいほど切削性がよいこともわかっている。これらを併せて考えると、すくい面(特に表面テクスチャ)における凝着性と切削工具の切削性との間には切屑接触面積率をパラメータとした相関がある。そして本発明では、その切屑接触面積率を適切な範囲内に設定したことにより、凝着性と切削性の両方が大きく改善されたといえる。
【0084】
〈溝型テクスチャ〉
(1)表1に示す結果に基づき、溝型テクスチャの溝幅と完全ドライ環境下における切削性との関係を
図7に示した。表面テクスチャを形成していない試料No.D0(溝幅:0μm)を除き、
図7に示した試料No.A11、A13およびA15の切屑接触面積率は全て75%である。
【0085】
図7からわかるように、溝型テクスチャを設けることにより、切屑厚さが急減した。また、溝幅が2μm以上になると、主分力および背分力(両者を合わせて適宜「切削抵抗力」という。)が共に大幅に低下した。
【0086】
ちなみに、切屑排出方向(切れ刃方向に垂直な方向)に溝が形成された溝型テクスチャを有する切削チップを用いて切削試験を行った場合、主分力、背分力および切屑厚みのいずれも、ほとんど低減しないことは確認済みである。このことから、切削性の向上には、切屑排出方向に連続した溝からなる溝型テクスチャではなく、切屑排出方向に断続した溝からなる溝型テクスチャが有効であることがわかる。
【0087】
(2)表1に示す結果に基づき、溝型テクスチャの切屑接触面積率と切削性の関係を
図8に示した。表面テクスチャを形成していない試料No.D0を除き、
図8に示した試料No.A12〜14の溝幅は全て5μmである。
【0088】
図8からわかるように、溝型テクスチャを設けることにより、切屑厚さが大幅に低減した。また切屑接触面積率が60〜85%のときに、主分力および背分力が共に大幅に低減し、切削性が向上した。
【0089】
(3)表1に示す結果に基づき、表面テクスチャの形成に用いたレーザの種類と切削性の関係を
図9に示した。
図9に示したナノ秒パルスレーザ加工した試料は、前述した溝幅:5μm、切屑接触面積率:75%の溝型テクスチャを有する試料No.A13である。
【0090】
図9からわかるように、フェムト秒パルスレーザ加工した従来の溝型テクスチャを有する試料No.A16でも、レーザ加工していない試料No.D0に対して、切削性が多少向上した。しかし、その程度は僅かであった。
【0091】
従って、フェムト秒パルスレーザで形成された従来の溝型テクスチャでは、完全ドライ環境における切削性の向上は、殆ど望めない。また、フェムト秒パルスレーザを用いると、基材(ブランクチップ)への熱的影響を小さくしつつ微細な加工が可能であるが、ナノ秒パルスレーザで加工した場合と同様な大きさの表面テクスチャを形成するには長時間を要し、加工効率が悪いと思われる。
【0092】
〈円形状のドット型テクスチャ〉
(1)先ず、ドット型テクスチャを有する試料No.B19とすくい面が平滑な試料No.D0を用いて、アルミニウム合金管材(外径φ100mm×内径φ94mm)を切削して切削速度と切削性の関係を調べた。この結果を
図10に示した。
図10から明らかなように、切削速度に拘わらず、すくい面に表面テクスチャを設けることにより切削性が向上した。つまり、すくい面に表面テクスチャを設けた場合に、切削速度が切削性に及ぼす影響は小さいことが確認できた。
【0093】
(2)次に、ドット型テクスチャを有する試料No.B20を用いて、切れ刃マージンと切削性の関係を調べた。この結果を
図11に示した。
図11から明らかなように、切れ刃マージンが少なくとも300μm程度までなら、切れ刃マージンの大小に拘わらず、すくい面に表面テクスチャを設けることにより切削性が向上した。つまり、すくい面に表面テクスチャを設けた場合に、切れ刃マージンが切削性に及ぼす影響は小さいことが確認できた。
【0094】
(3)表1に示す結果に基づき、ドット型テクスチャの窪み径と完全ドライ環境下における切削性との関係を
図12Aに示した。表面テクスチャを形成していない試料No.D0を除き、
図12Aに示した試料No.B13、B14、B18、B42、B43、B44およびB45の切屑接触面積率は9.6%〜55.8%である。
図12Aからわかるように、ドット型テクスチャを設けることにより、窪み径に拘わらず切屑厚さが急減した。そのうち、窪み径が30〜300μmのときに切削抵抗力が大幅に低下した。
【0095】
(4)表1に示す結果に基づき、ドット型テクスチャの窪み深さと完全ドライ環境下における切削性との関係を
図12Bに示した。
図12Bに示したドット型テクスチャを有する試料は、試料No.B20(窪み径:30μm、切屑接触面積率:63.5%)をベースにして、窪み深さを種々変更したものである。
図12Bからわかるように、ドット型テクスチャを設けることにより、窪み深さに拘わらず切削性が大幅に向上した。つまり、窪み深さが切削性に及ぼす影響は小さいことがわかった。
【0096】
(5)表1に示す結果に基づき同様に、ドット型テクスチャの切屑接触面積率と切削性の関係を
図13A〜
図13Eに示した。表面テクスチャを形成していない試料No.D0を除き、
図13A〜
図13Eの各図に示した各試料の窪み径は、順に14μm、30μm、50μm、100μmおよび300μmである。
【0097】
これらから明らかなように、ドット型テクスチャの切屑接触面積率が90%以下さらには85%以下となるとき、窪み径の大小に拘わらず、切削性の大幅な向上が観られた。特に窪み径が30〜100μmのとき、切屑接触面積率の低下と共に切削性が顕著に向上した。
【0098】
〈窪み配置と切削環境〉
表1に示す結果に基づき、ドット型テクスチャのパターンと切削性の関係を
図14Aおよび
図14Bに示した。
図14Aは完全なドライ環境下で切削試験を行った場合であり、
図14Bはウエット環境下で切削試験を行った場合である。表面テクスチャを形成していない試料No.D0および試料No.D1を除き、各図に示した試料No.B15および試料No.C11〜C13はいずれも、窪み径:14μm、切屑接触面積率:61.5%である。
【0099】
交互配置の場合、並列配置の場合よりも、切削抵抗力と切屑厚さが共に小さくなり、切削性に優れることが明らかとなった。この傾向はドライ環境下でもウエット環境下でも同様であった。
【0100】
また、並列配置の場合はドライ環境下でもウエット環境下でも切削性に大差なかったが、交互配置の場合はドライ環境下よりもウエット環境下で切削性がより向上した。これは、交互配置された窪みの方が、並列配置された窪みよりも、液溜まり性に優れるためと考えられる。
【0101】
〈被削材とすくい面の表面処理〉
先ず、表面テクスチャが形成されていない市販の超硬製切削チップ(住友電工株式会社製ハードメタル ST20E)と、すくい面がTiAlN/AlCrN積層被膜でコーティングされた市販の超硬製切削チップ(住友電工株式会社製ハードメタル AC510U)を用意した。これら切削チップ(適宜「ブランクチップ」という。)は、ステンレス鋼製の被削材に対応している。各ブランクチップのすくい面に、表2Aに示す交互配置したドット型テクスチャを形成した。この表面テクスチャの形成は、ナノ秒パルスレーザを用いて既述した方法により行った。
【0102】
被削材にステンレス鋼(JIS SUS304)製の溶接丸管(外径φ50mm×内径φ46mm)を用いて、既述した方法で切削試験を行った。なお、切削速度は122m/minまたは216m/minとした。こうして得られた結果を表2Aに併せて示すと共に
図15Aおよび
図15Bに示した。
【0103】
これらの結果から、被削材が鋼材でも、表面テクスチャを設けることにより切削性の向上(特に背分力の低減)が図られることが確認できた。もっとも、ステンレス鋼はアルミニウム合金の場合よりも表面テクスチャによる効果はさほど大きくななかった。被削材がステンレス鋼の場合、凝着よりも耐チッピング性が重要となり、被膜もその観点に基づいて形成されているためと考えられる。
【0104】
〈空間体積〉
ドット型テクスチャの場合、切屑接触面(テクスチャ域)の単位面積あたりにできる凹部の空間(空間体積)は、前述したように1.0×10
−3〜1.0×10
−1mm
3/mm
2さらには9.0×10
−3〜4.5×10
−2mm
3/mm
2であると好ましい。
【0105】
例えば、ドット型テクスチャを構成する窪みが半球面状であるとすると、窪み径:5μm、切屑接触面積率:85%、窪み深さ:2μmのときの空間体積は1.8×10
−4mm
3/mm
2 となる。同様に、窪み径:300μm、切屑接触面積率:9%、窪み深さ:50μmのときの空間体積は2.3×10
−2mm
3/mm
2となる。
【0106】
〈破線溝状のドット型テクスチャ〉
上述した円形状のドット型テクスチャに替えて、
図18に示すような破線溝状(長円状)のドット型テクスチャをすくい面に形成した切削チップを複数用意して、前述した場合と同様にアルミニウム合金管材をドライ切削した。これにより得られた各試料に係る表面テクスチャと切削性の関係を表2Bに示した。また、各試料に係る切屑接触面積率と切削性の関係を
図20に示した。
【0107】
ドット型テクスチャを構成する窪みが破線溝状であっても、円形状の場合と同様な傾向を示すことがわかった。特に破線溝状のドット型テクスチャの場合、切屑接触面積率を90%以下さらには60%以下とすることにより、優れた切削性が得られることがわかった。
【0108】
〈切削距離と切削性〉
試料No.B43に示したドット型テクスチャ(窪み径:100μm、切屑接触面積率:9.6%)を有する切削チップを用いて、上述した場合よりも切削距離が長い切削試験を行い、各切削距離毎の切削性を測定した。この結果を
図21に示した。なお、
図21中で最小の切削距離は15.7mである。
図21から明らかなように、ドット型テクスチャを設けた切削チップは、切削距離が10倍(235.6m→2356m)に伸びても、良好な切削性を安定して発揮し、耐久性にも優れることがわかった。
【0109】
〈すくい面の表面性状〉
上述した切削試験(切削距離:2356m)後の試料No.B43に係る切削チップのすくい面を電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)で観察した写真を
図22Aおよびその拡大写真である
図22Bに示した。これらから明らかなように、切削後の切屑接触面領域(窪み周縁から外方に向かう領域)において、Coが濃化(逆にCは薄化)していることがわかる。このような表面性状がすくい面上に現れる理由は現状定かではないが、
この表面性状が少なくとも超硬合金製切削チップに係る優れた切削性や耐久性に何らかの影響を及ぼしている可能性はあり得る。
【0110】
【表1A】
【0111】
【表1B】
【0112】
【表2A】
【0113】
【表2B】
【0114】
【表3】