【実施例1】
【0014】
図1ないし
図10を参照して、本発明の実施例1を説明する。
図1は、本発明の実施例1に係る分光定量装置100の構成を示す系統図である。
図1の左側には、分析対象試料10を示している。分析対象試料10は、例えば、グルコース、スクロース及びフルクトースの混合水溶液である。実施例1では、それらのうち、グルコースが組成比(濃度)未知の定量目的の成分であると仮定する。実施例1の効果(本発明に基づく未知濃度の決定誤差)を評価するため、グルコース濃度の真値を1.05%として分析対象試料10を調製し、その真値が未知であると仮定して以下のステップを実施する。
【0015】
分光定量装置100は、
図1において破線で囲まれた構成を備える。それらの構成は、計測部110と、第1生成部130と、第2生成部150と、抽出部170と、決定部190である。なお、上記の各構成は、後述するようにハードウェア又はソフトウェアを含む多様な手段を用いて実現され得るものであって、必ずしも上記の各構成のとおりに明りょうに区画されたハードウェア又はソフトウェアのブロックが存在することを限定的に意味するものではない。
【0016】
計測部110は、分析対象試料10を透過し又は分析対象試料10から散乱された光(分光分析法において用いられる光又は電磁波を意味する。ここでいう分光分析法は、紫外可視吸収分光分析法、蛍光分光分析法、りん光分光分析法、原子吸光分析法、赤外吸収分光分析法、ラマン分光分析法、X線分光分析法、核磁気共鳴分析法、電子スピン共鳴分析法及びマイクロ波分析法を含む分光分析法一般を意味する。)を受ける受光部111と、そのスペクトルを分析するスペクトル分析部112を備える。計測部110は、使用される分光分析法の種類によって、受光部111に加えて発光部(図示せず。)を含む場合がある。
【0017】
計測部110が、例えばラマン分光分析法を用いるものと仮定する。その場合、計測部110は図示しない発光部を含み、当該発光部及び受光部111は、各種の商品化されたラマン分光分析装置の光学系に相当するように構成される(ここでは詳しい説明を省略する。)。また、スペクトル分析部112は、受光部111が受光したラマン散乱光を分析して、ラマンシフトを一方の軸(通常は横軸)及び光の強度を他方の軸(通常は縦軸)とする平面上にそのスペクトルをプロットすることができる。ラマンシフトを表す軸は、光の波数、波長又は振動数を表す軸(スペクトル軸と呼ぶ。)の一形態である。
【0018】
以上述べたように構成された計測部110は、定量目的の成分であるグルコースを未知の濃度で含む分析対象試料10からラマン散乱光を得て、上述したようにそのスペクトルを計測することができる。分析対象試料10のスペクトルを、原初スペクトルと呼ぶ。計測部110は、さらに、グルコースを既知の濃度で含む標準試料(例えば水溶液)とその溶媒からそれぞれ同様にラマン散乱光を得て、後述する処理を行うことにより、グルコース単独のスペクトルを計測することができる。これを、参照スペクトルと呼ぶ。
【0019】
第1生成部130は、例えばパーソナルコンピュータ(PC)に組み込まれたソフトウェアによって実現され、後述するように原初スペクトルと参照スペクトルを入力とする演算処理を行って、仮想添加スペクトルと呼ぶ複数通りのスペクトル(仮想添加率と呼ぶパラメータを含む。)を生成することができる。
【0020】
第2生成部150は、例えばPCに組み込まれたソフトウェアによって実現され、後述するように複数通りの仮想添加スペクトルを入力とする演算処理を行って、分析対象スペクトルと呼ぶ複数通りのスペクトルを生成することができる。
【0021】
抽出部170は、例えばPCに組み込まれたソフトウェアによって実現され、後述するように複数通りの分析対象スペクトルを入力として多変量解析を含む処理を行うことにより、仮想添加率に対応する前記定量目的の成分の信号強度プロファイルを抽出することができる。
【0022】
決定部190は、例えばPCに組み込まれたソフトウェアによって実現され、後述するように、抽出された信号強度プロファイルの仮想添加率依存性から分析対象試料10に含まれた定量目的の成分の未知の組成比(例えばグルコースの濃度)を決定することができる。
【0023】
分光定量装置100は、
図2に示すように、記憶部120をさらに備えてもよい。記憶部120は、計測部110によって計測された参照スペクトルのデータを記憶すると共に、記憶された参照スペクトルのデータを読み出して第1生成部130に提供することができる。分光定量装置100の具体的な構成は上述したものに限るものではない。それぞれの部分をハードウェア又はファームウェア主体に構成してもよく、ハードウェア又はファームウェアとソフトウェアを適宜組み合わせてもよく、本発明に係るプログラムを商品化された分光分析装置にインストールしたものであってもよい。
【0024】
図3ないし
図10を参照して、実施例1に係る分光定量装置100を用いて実施する分光定量方法を説明する。
図3は、当該分光定量方法を説明するフローチャートである。分析対象試料10は定量目的の成分であるグルコースを未知の濃度で含む混合物(溶液)であり、ラマン分光分析法を用いてその未知の濃度を決定することが、当該分光定量方法の実施の目的である。
【0025】
動作の開始(START)後、まず前処理を行う。前処理とは、定量目的の成分であるグルコースの標準試料から、参照スペクトルを計測するステップ(S310)である。
図4は、実施例1における前処理(
図3におけるステップS310)の方法を説明するサブ・フローチャートである。
図5は、その前処理において計測されるスペクトルの一例を示す図で、横軸はラマンシフト(単位はcm
−1)、縦軸は光の強度(任意単位)をそれぞれ表す。
【0026】
はじめに、定量目的の成分であるグルコースを既知の濃度で含む標準試料(例えば10%濃度の水溶液)を調製する(ステップS311)。続いて、分光定量装置100の計測部110を用いて、調製された標準試料のスペクトルを計測する(ステップS312、
図5の実線のプロット(A))。ここで計測されたスペクトルには、溶質であるグルコースのラマン散乱光のスペクトルのほか、溶媒に由来して散乱されたり放射されたりした光のスペクトルが含まれる。
【0027】
次に、分光定量装置100の計測部110を用いて、上記の標準試料に用いた溶媒(グルコースを含まない)と同じ成分(例えば水)のスペクトルを計測する(ステップS313、
図5の点線のプロット(B))。その結果、溶媒のみに由来して散乱されたり放射されたりした光のスペクトルが計測される。そこで、ステップS312で得たスペクトルとステップS313で得たスペクトルの差分をとることにより、標準試料に既知の濃度で含まれたグルコースのラマン散乱光のスペクトルを得ることができる。スペクトル分析部112は、これを参照スペクトルとして、第1生成部130に入力する(ステップS314、
図5の一点鎖線のプロット(A)−(B))。
【0028】
ここでは、グルコースの水溶液を標準試料として参照スペクトルを計測した。その理由は、分析対象試料(液体)中のグルコースの濃度を決定するために、水溶液中のグルコースのスペクトルを参照スペクトルとする必要性にある(純粋なグルコースは固体であって、溶液中に存在する場合と異なる分子構造を有し、異なるスペクトルを示す。)。他方、定量目的の成分が純粋な状態で液体として存在する場合には、該成分の分析対象試料(液体)中の濃度を決定するために、定量目的の成分(濃度100%)そのものを標準試料としてそのスペクトルを直接に計測し、参照スペクトルとして用いることができる。
【0029】
分光定量装置100が、
図2に示すように記憶部120を備えるものとする。その場合、定量目的の成分の種類ごとに前処理(ステップS310)を一度行って得た参照スペクトルのデータを記憶部120に記憶しておき、必要のとき該データを読み出して第1生成部130に入力することにより、以降に未知濃度を定量しようとするときの前処理を省略することができる。
【0030】
図3に戻り、計測部110を用いて分析対象試料10のスペクトルを計測する(ステップS320)。スペクトル分析部112は、得られたスペクトルを原初スペクトルとして、第1生成部130に入力する。第1生成部130は、先に入力された参照スペクトルに複数通りの係数を乗算して原初スペクトルに加算する(ステップS330)。
【0031】
いまの場合、参照スペクトルは10%濃度のグルコースの水溶液から抽出したグルコース成分のスペクトルであった。したがって、参照スペクトルに係数を乗じて原初スペクトルに加算する処理は、実空間で定量目的の成分の濃度を段階的に変えながら試料に添加する標準添加法をスペクトル空間において仮想的に実行するものといってよい。そこで、上記の係数を仮想添加率と呼び、得られた複数通りのスペクトルを仮想添加スペクトルと呼ぶ。
【0032】
図6は、分析対象試料10から計測した原初スペクトルと、上記の仮想添加スペクトルを例示する図である。中央付近の実線が原初スペクトルを表し、その上下に実線以外の線種で複数通りの仮想添加スペクトルを表す。横軸及び縦軸は
図5と共通であるが、仮想添加率として任意の正負の値が許容されることから、縦軸の数値範囲も正負にわたっている。
【0033】
第1生成部130は、上記の複数通りの仮想添加スペクトルを、第2生成部150に入力する。第2生成部150は、それぞれの仮想添加スペクトルに対して、スペクトル軸(
図6のケースでは、ラマンシフトを表す横軸)方向に1回以上の微分演算を行う。仮想添加スペクトルに含まれた原初スペクトルでは、
図6に例示するように、分析対象試料10に含む成分の自家蛍光や室内光等の迷光からなる背景信号の寄与が支配的である。それらの背景信号がスペクトル軸の広範囲にわたって変化が小さかったり、ゆっくり変化したりする特徴を持つ場合には、そのような背景信号の中から急峻な変化を示すが縦軸方向の振幅が相対的に小さいグルコースの寄与を抽出するため、1回以上の微分演算によって背景信号の寄与分を低減することが有効である。ただし、背景信号の特性その他の条件によっては、上記の微分演算を省略してもよい。
【0034】
図6に示した仮想添加スペクトルに対して1回以上の微分演算を行う(ステップS340)ことにより、分析対象試料10に含まれる未知のグルコース濃度を決定するための分析の対象となる複数通りのスペクトルを得ることができる。これを、分析対象スペクトルと呼ぶ(前述したように、条件によっては微分演算を省略して、仮想添加スペクトルをそのまま分析対象スペクトルにしてもよい。)。
図6に例示した仮想添加スペクトルをスペクトル軸方向に例えば2回微分して得た複数(この図では5)通りの分析対象スペクトルを、
図7に示す(
図6と同じく5本のスペクトルを描いた図である。)。
【0035】
上述したステップS330及びステップS340における動作を、以下に数式を用いて説明する。参照スペクトル及び原初スペクトルを、スペクトル軸上の複数(例えばM個)の離散的な点(ピクセル)におけるそれぞれの信号強度を要素とするベクトルSref及びSorgとして表す。仮想添加率を例えばN個のスカラー量Cj(jは1からNまでの整数とする。)で表し、Cjを係数に含む仮想添加スペクトルをベクトルS(j)で表す。そうすると
S(j)=Sorg+Cj×Sref
となる。ここで、Cjは正負を問わず任意の実数値をとることができる。
【0036】
第2生成部150は、仮想添加スペクトルS(j)を、この実施例ではスペクトル軸の向きに1回以上微分する。いまの場合、
図6に現れた原初スペクトルの背景信号の特性から、2回微分するものとする。第2生成部150は、その結果として得られた分析対象スペクトルをベクトルS2(j)として、抽出部170に入力する。抽出部170は、S2(j)のM個のピクセルに対応する要素を縦向きに並べた列ベクトルS2(j)
Tを、jの値の順に1からNまで横向きに並べることにより、M行N列の行列を得る。この行列を記号Aで表す。行列Aは、仮想添加率の値を複数通りに変えて得られた複数通りの分析対象スペクトルに等価な列ベクトルを並べたものであるから、標準添加法によって添加濃度を変える都度に計測したスペクトル(のうち変化が相対的に急峻なラマン散乱光の寄与分)から等価的に構成されたものと解釈することができる。
【0037】
分析対象試料10を、定量目的外の成分であるグルコース以外の成分と定量目的の成分であるグルコースに分けて考え、それぞれ第1成分及び第2成分と呼ぶ。仮に、第1成分及び第2成分がそれぞれ単独で存在するときのラマンスペクトル(それぞれ、第1成分スペクトル及び第2成分スペクトルと呼ぶ)を求めることができれば、上述した行列Aの(i,j)要素は、第1成分スペクトルのi番目の要素に仮想添加率の数値軸上でj番目の第1成分の信号強度プロファイル(以下、強度プロファイルという。)の要素を乗じた値に、第2成分スペクトルのi番目の要素に仮想添加率の数値軸上でj番目の強度プロファイル要素を乗じた値を加算して求めることができる。この関係は、次の各式で表される。
【0038】
【数1】
【0039】
【数2】
【0040】
【数3】
【0041】
上記の「数1」式右辺のWは、第1成分スペクトル及び第2成分スペクトルをそれぞれ列ベクトルとするM行2列の行列である(「数2」式)。上記の「数1」式右辺のHは、仮想添加率Cjの数値軸に沿った第1成分の強度プロファイル及び第2成分の強度プロファイルをそれぞれ行ベクトルとする2行N列の行列である(「数3」式)。
図3のステップS340の結果として、上記の行列Aが得られた。行列Aから出発して、以下に述べる多変量解析の一方法を適用することにより、行列H及びその行ベクトルである第2成分の強度プロファイルを求めることができる。これは標準添加法において検量線を求めることに等価であるから、分析対象試料10に含まれるグルコースの未知の濃度を知ることができる。
【0042】
抽出部170によって行う解析の方法は、次のとおりである。行列Wの初期値を与えて、行列A及び行列Wの初期値から行列Hを近似する。次に、行列A及び行列Hの近似値から行列Wを近似する。この過程を所定の収束条件が満たされるまで反復することにより、行列Hの最終的な近似値に到達する。
【0043】
行列Wの初期値としては、例えば第1成分スペクトルを原初スペクトルの2回微分スペクトル、第2成分スペクトルを参照スペクトルの2回微分スペクトルで与える(ここで行う微分の回数又は微分の有無は、分析対象スペクトルの生成のときに同じとする。)。また、行列Hの第1成分強度プロファイルは、定量目的外の成分に由来するため仮想添加率の値に依存せず一定であるから、例えばすべての要素が1に等しい行ベクトルに固定する。これらの条件のもとに、行列A及びW・Hの残差の2乗ノルム||A−W・H||
2を行列Hについて最小化する演算(よく知られた最小二乗法)を行うことにより、行列Hを近似することができる。
【0044】
続いて、行列Wを近似する。行列Wの近似においては、第1成分のスペクトルが第2成分のスペクトルに影響されない(元来そのはずであるから)ようにL1ノルム拘束条件を課した最小二乗近似を適用する。これには、LASSO(Least Absolute Shrinkage and Selection Operator)と呼ばれる数学的によく知られた方法(例えば、田中利幸「圧縮センシングの数理」、電子情報通信学会 基礎・境界ソサイエティ Fundamentals Review Vol.4 No.1 p.42、2010年7月)を適用することができる。具体的には、各ピクセルiにおいて次の数式の値を最小にするように行列Wを求める。
【0045】
【数4】
【0046】
上式の第1項は行列A及びW・Hの残差の2乗ノルムであり、第2項は行ベクトルWiのL1ノルムである。係数C
L1は、互いにトレードオフの関係にある近似の精度と収束の速さから決まる制御パラメータである。第1項と第2項の和を行列Wについて最小化するように演算することにより、第1成分スペクトルと第2成分スペクトルの間で互いに疎な関係が成り立つように行列Wを近似することができる。この場合にも、第2成分スペクトルを参照スペクトルSrefの2回微分スペクトルで与える(ここで行う微分の回数又は微分の有無は、分析対象スペクトルの生成のときに同じとする。)。第2成分スペクトルは、本来、定量目的の成分のみに由来するものであるから、この条件を課すことが適切である。
【0047】
以上に説明したとおりL1ノルムを拘束条件とする最小二乗近似を用いて、行列H及び行列Wを交互に近似する演算を例えば行列A及びW・Hの残差の2乗ノルムが所定値以下となる収束条件を満たすまで反復することにより、抽出部170は行列Hの最終的な近似値を得ることができる(
図3のステップS350)。このようにして求めた行列Hの第2成分強度プロファイルは仮想的に求めた検量線を表し、仮想添加率に対して線形の依存性を示している。
【0048】
図8は、上記の収束条件が満たされた後の行列Wの第1成分スペクトル(強度0の前後の実線)及び第2成分スペクトル(振幅の大きい方の点線)を例示する図である。
図9は、抽出部170が同時に求めて決定部190に入力する行列Hの第1成分強度プロファイル(記号h1で表す。)及び第2成分強度プロファイル(記号h2で表す。)を示す。
図9の縦軸及び横軸は、それぞれ信号強度(任意単位)及び仮想添加率Cjである。
【0049】
決定部190は、従来の検量線を用いる場合と同様にして、第1成分強度プロファイルを表す直線上で信号強度ゼロに一致するときの負の仮想添加率(符号Cqで表す。)の絶対値を、標準試料の濃度を単位として分析対象試料10に含まれたグルコースの濃度として決定する。
図9の例では、Cq=−0.108であり、標準試料のグルコース濃度は10%であったから、求められたグルコースの濃度は1.08%である(
図3のステップS360)。分析対象試料10を調製したときのグルコース濃度の真値は1.05%であったから、実施例1における未知濃度決定の誤差は+2.86%である。
【0050】
分析対象試料10の原初スペクトルSorgから定量目的の成分であるグルコースに由来するスペクトルを差し引いて得られるスペクトルを、Sremで表す。そうすると
Sorg=Srem+│Cq│×Sref
であるから、
Srem=Sorg+Cq×Sref ∵Cq<0
となる。このようにして、原初スペクトルを定量目的の成分由来のスペクトルと定量目的外の残余成分由来のスペクトルに分解することができる。
【0051】
上記のように分解された定量目的の成分由来のスペクトルと定量目的外の残余成分由来のスペクトルを、原初スペクトルと共に(それぞれ一点鎖線、点線及び実線で)
図10に示す。
図10の縦横の軸は、値の範囲を別にして
図5ないし
図8と共通である。
図10は、定量目的外の成分由来のスペクトルよりはるかに強度が小さく原初スペクトル中に埋もれている定量目的の成分由来のスペクトルを抽出することができるという本発明の優れた効果を、顕著に示すものである。
【0052】
上述した収束条件は、行列A及びW・Hの残差の2乗ノルムに限らず、行列WのL1ノルム又はCqの値の収束によって判断してもよい。本発明の実施例1によれば、グルコース、スクロース及びフルクトースの混合水溶液である分析対象試料から、ラマン分光分析法を用いてグルコースの未知濃度を高精度で決定することができた。本実施例では1種類の成分(グルコース)の未知濃度を決定したが、複数種類の成分の未知濃度も、以上に述べた方法を各成分について実行することによって一度に決定することができる。
【実施例2】
【0053】
図11ないし
図14を参照して、本発明の実施例2を説明する。実施例2は、実施例1で説明したのと同じ分光定量装置100を用いて実施例1と同様の方法を他の複数種の混合物(溶液)に適用し、定量目的の成分の濃度を決定した結果を列挙するものである。以下に示す各スペクトル図の縦横の軸は、値の範囲を別にして
図5ないし
図8及び
図10と共通である。
【0054】
図11は、アミノ酸水溶液を分析対象試料とする分析の結果(定量目的の成分由来のスペクトルと定量目的外の成分由来のスペクトルへの分解)を示す図である。各スペクトルを表す線種の区別は、
図10に同じとする。アミノ酸水溶液の成分及びそれぞれの濃度の真値は、L−トリプトファン(0.96 ミリグラム(mg)/ミリリットル(mL))、L−グルタミン(9.05 mg/mL)、L−アスパラギン(2.63 mg/mL)及びL−アルギニン(1.15 mg/mL)である。
図11では、ラマンシフトの値が750ないし1600(cm
−1)の範囲を拡大して内側の枠に囲んで表す。
【0055】
上記の各成分のうち、L−トリプトファンを定量目的の成分、他を定量目的外の成分として、実施例1と同様にラマン分光分析法を用いて定量目的の成分の濃度を決定した。その結果は、0.94mg/mLで、真値に対する誤差は−2.1%である。
【0056】
図12は、シクロヘキサン・ベンゼン混合液を分析対象試料とする、
図11と同様の分析の結果を示す図である。各スペクトルを表す線種の区別は、
図10及び
図11に同じとする。定量目的の成分としたベンゼンの濃度の真値は、1.30 モル(mol)/リットル(L)である。
【0057】
上記の混合液に対して、実施例1と同様にラマン分光分析法を用いて定量目的の成分であるベンゼンの濃度を決定した。その結果は、1.21 mol/Lで、真値に対する誤差は−6.9%である。
【0058】
図13は、脂質混合物を分析対象試料とする、
図11と同様の分析の結果を示す図である。各スペクトルを表す線種の区別は、
図10及び
図11に同じとする。脂質混合物の成分及びそれぞれの濃度の真値は、エイコサペンタエン酸(EPA)(148 mg/mL)、オレイン酸(432 mg/mL)、α−リノレン酸(300mg/mL)である。
【0059】
上記の各成分のうち、EPAを定量目的の成分、他を定量目的外の成分として、実施例1と同様にラマン分光分析法を用いて定量目的の成分であるEPAの濃度を決定した。その結果は、154 mg/mLで、真値に対する誤差は+4.1%である。
【0060】
図14は、グルコースの水溶液を分析対象試料とする、
図11と同様の分析の結果を示す図である。各スペクトルを表す線種の区別は、
図10及び
図11に同じとする。
図14では、ラマンシフトの値が1000ないし1500(cm
−1)の範囲を拡大して内側の枠に囲んで表す。定量目的の成分としたグルコースの濃度の真値は、0.095%である。これに対して、実施例1と同様にラマン分光分析法を用いてグルコースの濃度を決定した。その結果は、0.091%で、真値に対する誤差は−4.2%である。
【0061】
実施例2によれば、実施例1で用いたのとは異なる複数種の混合物(溶液)に対して本発明の方法を適用することにより、分析対象試料中の定量目的の成分の濃度を高精度で決定することができた。