特許第5780511号(P5780511)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5780511セルアレイソータ、その製造方法及び細胞ソート方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5780511
(24)【登録日】2015年7月24日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】セルアレイソータ、その製造方法及び細胞ソート方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20150827BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20150827BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20150827BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20150827BHJP
【FI】
   C12M1/00 A
   C12M1/34 B
   C12M3/00 A
   C12Q1/02
【請求項の数】9
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2011-17111(P2011-17111)
(22)【出願日】2011年1月28日
(65)【公開番号】特開2012-157244(P2012-157244A)
(43)【公開日】2012年8月23日
【審査請求日】2013年10月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(73)【特許権者】
【識別番号】391003668
【氏名又は名称】トーヨーエイテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077931
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 弘
(74)【代理人】
【識別番号】100110939
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100110940
【弁理士】
【氏名又は名称】嶋田 高久
(74)【代理人】
【識別番号】100113262
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 祐二
(74)【代理人】
【識別番号】100115059
【弁理士】
【氏名又は名称】今江 克実
(74)【代理人】
【識別番号】100117581
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 克也
(74)【代理人】
【識別番号】100117710
【弁理士】
【氏名又は名称】原田 智雄
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【弁理士】
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100124671
【弁理士】
【氏名又は名称】関 啓
(74)【代理人】
【識別番号】100131060
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 靖也
(74)【代理人】
【識別番号】100131200
【弁理士】
【氏名又は名称】河部 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100131901
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 雅典
(74)【代理人】
【識別番号】100132012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩下 嗣也
(74)【代理人】
【識別番号】100141276
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 康二
(74)【代理人】
【識別番号】100143409
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 亮
(74)【代理人】
【識別番号】100157093
【弁理士】
【氏名又は名称】間脇 八蔵
(74)【代理人】
【識別番号】100163186
【弁理士】
【氏名又は名称】松永 裕吉
(74)【代理人】
【識別番号】100163197
【弁理士】
【氏名又は名称】川北 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100163588
【弁理士】
【氏名又は名称】岡澤 祥平
(72)【発明者】
【氏名】白石 浩平
(72)【発明者】
【氏名】杉山 一男
(72)【発明者】
【氏名】山田 康枝
(72)【発明者】
【氏名】河済 博文
(72)【発明者】
【氏名】中谷 達行
(72)【発明者】
【氏名】岡本 圭司
(72)【発明者】
【氏名】新田 祐樹
【審査官】 福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−033177(JP,A)
【文献】 特開2008−259499(JP,A)
【文献】 特開2008−228585(JP,A)
【文献】 特開2007−202489(JP,A)
【文献】 第59回高分子学会年次大会予稿集,2010年,Vol.59, No.1,p.1933
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
CA/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板の上に形成され、開口部を有し、厚さが30nmを越える第1の層と、
前記基板の前記開口部から露出した部分に固定された温度応答性ポリマーと、
前記第1の層における前記開口部を除く領域に固定された細胞非接着性ポリマーとを備え、
前記温度応答性ポリマーは、温度に応答して細胞接着性の状態と細胞非接着性の状態とが変化し、
前記開口部は、第1の温度において細胞を接着し、接着された細胞を前記第1の温度と異なる第2の温度において遊離する細胞接着スポットであることを特徴とするセルアレイソータ。
【請求項2】
前記第1の層は、金膜又はダイヤモンド様膜からなることを特徴とする請求項1に記載のセルアレイソータ。
【請求項3】
前記細胞非接着性ポリマーは、ポリ2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリ2−エトキシアクリレート若しくはポリエチレングリコール又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンをコモノマーとして含む共重合体であることを特徴とする請求項1又は2に記載のセルアレイソータ。
【請求項4】
前記温度応答性ポリマーは、N−2−ヒドロキシプロピルメタクリルアミド及びメタクリル酸メチルをコモノマーとして含む共重合体又はN−イソプロピルアクリルアミドの重合体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のセルアレイソータ。
【請求項5】
基板の上に複数の開口部を有し、厚さが30nmを越える第1の層を形成する工程と、
前記基板の前記開口部から露出した部分に第1の重合開始剤を固定する工程と、
固定された前記第1の重合開始剤を用いて、温度に応答して細胞接着性の状態と細胞非接着性の状態とが変化する温度応答性ポリマーを重合する工程と、
前記第1の層の上に第2の重合開始剤を固定する工程と、
前記第2の重合開始剤を用いて細胞非接着性ポリマーを重合する工程とを備えていることを特徴とするセルアレイソータの製造方法。
【請求項6】
前記第1の層は、金膜又はダイヤモンド様膜からなることを特徴とする請求項5に記載のセルアレイソータの製造方法。
【請求項7】
前記細胞非接着性ポリマーは、ポリ2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリ2−エトキシアクリレート若しくはポリエチレングリコール又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンをコモノマーとして含む共重合体であることを特徴とする請求項5又は6に記載のセルアレイソータの製造方法。
【請求項8】
複数の細胞接着スポットを有するセルアレイソータを準備する工程(a)と、
第1の温度において、前記細胞接着スポットに細胞を接着させる工程(b)と、
前記細胞接着スポットに接着された細胞を、細胞の特性に基づいて選択的に標識する工程(c)と、
標識された細胞の温度を選択的に上昇させることにより標識された細胞を死滅させて、前記細胞接着スポットから剥離させる工程(d)と、
前記工程(d)よりも後で、前記第1の温度と異なる第2の温度とすることにより、残存している細胞を前記細胞接着スポットから遊離させる工程(e)とを備え、
前記セルアレイソータは、基板の上に形成され、開口部を有し、厚さが30nmを越える第1の層と、前記基板の前記開口部から露出した部分に固定され、温度に応答して細胞接着性の状態と細胞非接着性の状態とが変化する温度応答性ポリマーと、前記第1の層における前記開口部を除く領域に固定された細胞非接着性ポリマーとを有し、
前記細胞接着スポットは、前記開口部であることを特徴とする細胞ソート方法。
【請求項9】
前記工程(d)は、レーザ光を照射する工程であることを特徴とする請求項8に記載の細胞ソート方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の単離及び培養を行うセルアレイソータ、その製造方法及び細胞ソート方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞を培養したり、細胞に対して薬剤の影響等を評価したりする細胞工学の分野が著しい発展を遂げている。細胞に対して種々のアッセイを行うためには、まず組織又は病巣等の細胞同士をばらばらにして浮遊させ、種々の細胞が含まれる浮遊液から目的とする細胞を単離し、単離した細胞を必要に応じて培養した後、薬剤の影響等を評価する必要がある。
【0003】
細胞を用いて種々のアッセイを行うために、細胞が接着されるスポット状の接着領域を基板の上に適当な間隔で配列したセルアレイが用いられている。セルアレイは、浮遊液中の細胞を接着領域に接着させて培養することができるだけでなく、接着された細胞を個別に評価することができる。従来は細胞集団としてしか細胞の機能を評価することができなかった。しかし、セルアレイを用いることにより、一定のDNAを有する細胞、一定のタンパク質を発現している細胞又は一定の細胞膜構造を有する細胞等を選別して培養することが可能となる。従って、特定の細胞に対して、種々のアッセイを行うことができ、薬物の毒性や安全性評価等をより正確に行うことが可能となる。
【0004】
セルアレイを用いてアッセイを行った細胞をさらに利用するためには、細胞をセルアレイから遊離させて回収する必要がある。細胞をセルアレイから遊離させる最も単純な方法は、接着された細胞の一部をトリプシンを用いて分解することである。しかし、トリプシンを用いた細胞の回収は、細胞にダメージを与える。細胞にダメージを与えることなく細胞を回収する方法として、接着領域を温度応答性高分子等を用いて形成することにより接着領域における接着性を制御し、細胞を遊離する方法が検討されている(例えば、特許文献1を参照。)。このように、細胞の培養を行うだけでなく、細胞にダメージを与えることなく回収することができるセルアレイソータは、細胞工学の分野において重要なツールとなると期待される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−33177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来のセルアレイソータは、接着領域が有効に利用できていないという問題がある。細胞ごとに精密なアッセイを行うためには、基板内における接着領域の位置が明確であることが好ましい。また、接着領域以外の領域に細胞が接着しないように、接着領域とその周囲の領域との材質が異なっていることが好ましい。このため、基板の上に金等からなる突出したスポットを形成し、そのスポットを接着領域とすることが行われている。しかし、従来のセルアレイソータは、スポットの5%〜20%程度にしか細胞が接着されず、細胞の接着から回収までの工程を効率良く行うことができていない。
【0007】
また、突出したスポットの側面にも細胞が接着されてしまうおそれがあるという問題もある。接着領域の側面に細胞が接着されると、接着領域から細胞が脱落したり、接着領域の周囲の基板表面の影響を受けて細胞が変形したりしやすくなる。また、1つの接着領域の側面に複数の細胞が接着されてしまい、細胞の精密なアッセイができなくなるという問題もある。
【0008】
本発明は、前記の問題を解決し、より効率的な細胞のアッセイを可能にするセルアレイソータを実現できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するため、本発明はセルアレイソータを、温度応答性ポリマーが固定された凹状の細胞接着スポットを備えている構成とする。
【0010】
具体的に、本発明に係るセルアレイソータは、基板と、基板の上に形成され、開口部を有する第1の層と、開口部内に固定された温度応答性ポリマーと、第1の層における開口部を除く領域に固定された細胞非接着性ポリマーとを備え、温度応答性ポリマーは、温度に応答して細胞接着性の状態と細胞非接着性の状態とが変化し、開口部は、第1の温度において細胞を接着し、接着された細胞を第1の温度と異なる第2の温度において遊離する細胞接着スポットである。
【0011】
本発明のセルアレイソータは、開口部を有する第1の層と、開口部内に固定された温度応答性ポリマーを備えている。このため、細胞接着スポットである開口部に細胞が接着されやすく、細胞接着スポットへの細胞の接着率を大きく向上させることができる。凸状の細胞接着スポットの場合には、細胞接着スポットの側面に細胞が接着しやすく、細胞培養時に細胞が細胞接着スポットから脱落したり、細胞接着スポット以外の領域の影響を受けて細胞が変形するおそれがある。しかし、開口部内に細胞を保持できるため、細胞接着スポットからの細胞の脱落及び細胞の変形等が生じにくいという効果も得られる。また、基板に透明な材料を用いることにより、接着された細胞を透過型の顕微鏡により観察することが可能となり、接着された細胞の形態をより詳細に観察することが可能となる。
【0012】
本発明のセルアレイソータにおいて、第1の層は、例えば金膜又はダイヤモンド様膜とすればよい。
【0013】
本発明のセルアレイソータにおいて、細胞非接着性ポリマーは、例えばポリ2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリ2−エトキシアクリレート若しくはポリエチレングリコール又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンをコモノマーとして含む共重合体とすればよい。
【0014】
本発明のセルアレイソータにおいて、温度応答性ポリマーは、例えばN−2−ヒドロキシプロピルメタクリルアミド及びメタクリル酸メチルをコモノマーとして含む共重合体又はN−イソプロピルアクリルアミドの重合体とすればよい。
【0015】
本発明に係るセルアレイソータの製造方法は、基板の上に複数の開口部を有する第1の層を形成する工程と、開口部内に第1の重合開始剤を固定する工程と、固定された第1の重合開始剤を用いて、温度に応答して細胞接着性の状態と細胞非接着性の状態とが変化する温度応答性ポリマーを重合する工程と、第1の層の上に第2の重合開始剤を固定する工程と、第2の重合開始剤を用いて細胞非接着性ポリマーを重合する工程とを備えている。
【0016】
本発明のセルアレイソータの製造方法において、第1の層は、例えば金又はダイヤモンド様膜とすればよい。
【0017】
本発明のセルアレイソータの製造方法において、細胞非接着性ポリマーは、例えばポリ2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリ2−エトキシアクリレート若しくはポリエチレングリコール又は2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンをコモノマーとして含む共重合体とすればよい。
【0018】
本発明に係る細胞ソート方法は、複数の細胞接着スポットを有するセルアレイソータを準備する工程(a)と、第1の温度において、細胞接着スポットに細胞を接着する工程(b)と、細胞接着スポットに接着された細胞を、細胞の特性に基づいて選択的に標識する工程(c)と、標識された細胞の温度を選択的に上昇させることにより標識された細胞を死滅させて、細胞接着スポットから剥離させる工程(d)と、工程(d)よりも後で、第1の温度と異なる第2の温度とすることにより、残存している細胞を細胞接着スポットから遊離させる工程(e)とを備え、セルアレイソータは、基板の上に形成され、開口部を有する第1の層と、開口部内に固定され、温度に応答して細胞接着性の状態と細胞非接着性の状態とが変化する温度応答性ポリマーと、第1の層における開口部を除く領域に固定された細胞非接着性ポリマーとを有し、細胞接着スポットは、開口部である。
【0019】
本発明の細胞ソート方法において、工程(d)は、例えばレーザ光を照射する工程とすればよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係るセルアレイソータによれば、細胞にダメージを与えることなく細胞接着スポットからの細胞の遊離を行うことができると共に、細胞接着スポットへの細胞の接着性を向上させることができ、より効率的な細胞のアッセイが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】一実施形態に係るセルアレイソータを示す断面図である。
図2】一実施形態に係るセルアレイソータの変形例を示す断面図である。
図3】(a)及び(b)はセルアレイソータの開口部の近傍におけるSPM像であり、(a)は細胞非接着性ポリマーの固定前の状態を示し、(b)は細胞非接着性ポリマーの固定後の状態を示す。
図4】細胞を接着させたセルアレイソータの顕微鏡像であり、(a)は凸状の細胞接着領域を有するセルアレイソータの場合を示し、(b)は凹状の細胞接着領域を有するセルアレイソータの場合を示す。
図5】一実施形態に係るセルアレイソータの顕微鏡像であり、(a)は細胞を接着させた状態を示し、(b)は細胞を遊離させた状態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1に示すように、一実施形態に係るセルアレイソータは、ガラス等からなる基板101の上に、金等からなる第1の層102が形成され、第1の層102は行列状に配置された複数の開口部102aを有している。基板101の開口部102aから露出した部分には温度応答性ポリマー103が固定されており、第1の層102の開口部102aを除く領域の上には細胞非接着性ポリマー104が固定されている。温度応答性ポリマー103は、特定の相転移温度において急激な相転移が生じ、疎水性の状態と親水性の状態とを可逆的にスイッチできるポリマーである。細胞非接着性ポリマー104は、細胞の非特異的な接着が生じにくいポリマーである。
【0023】
温度応答性ポリマー103が固定されている開口部102aは、細胞が接着する細胞接着スポットである。通常の細胞は、疎水性の状態において接着されやすく、親水性の状態において接着されにくい。このため、相転移温度を境に、疎水性と親水性とがスイッチする温度応答性ポリマーを用いることにより、細胞接着スポットを細胞接着性の状態としたり、細胞非接着性の状態としたりすることができる。例えば、相転移温度よりも高い温度において疎水性となり、低い温度において親水性となる温度応答性ポリマー103を固定した開口部102aは、相転移温度よりも高い温度とすることにより細胞を接着することができ、相転移温度よりも低い温度とすることにより細胞を遊離させることができる細胞接着スポットとなる。
【0024】
基板の上には、複数の細胞接着スポットが形成されており、1つのセルアレイソータには複数の細胞を接着させて培養することができる。しかし、周囲よりも突出した従来の細胞接着スポットの場合には、基板の上に形成された細胞接着スポットのうちの5%から多くても20%程度にしか細胞を接着させることができなかった。また、細胞が突出部の側面に接着されやすいという傾向が認められた。細胞が突出部の側面に接着された場合には、細胞と接着スポットとの接触面積が小さくなるため、温度応答性ポリマーを接着状態とした場合にも細胞が脱離してしまうおそれがある。また、突出部の側面に接着され、細胞接着領域の外側にはみ出した細胞は、細胞接着スポット以外の領域の影響を受ける。このため、細胞接着スポットの周囲の状態によっては、接着された細胞が変形したり、正常な機能を発現しなかったりするおそれがある。さらに、突出部の周囲に複数の細胞が接着され細胞を正確に分別することができなくなるおそれもある。
【0025】
一方、本実施形態のセルアレイソータは、細胞接着スポットが周囲よりも凹んだ凹状である。細胞接着スポットを凹状とすることにより、基板の上に形成した細胞接着スポットのほぼ全てに細胞を接着させることが可能となることを本願発明者らは見出した。また、細胞を確実に保持することができ、温度応答性ポリマー103を接着状態とした場合には細胞の脱離がほとんど生じなくなる。開口部102aから細胞がはみ出しにくくなるため、接着された細胞が細胞接着スポットの周囲の領域からの影響を受けにくくなる。このため、細胞の変形等が生じにくくなるという利点も得られる。さらに、開口部102aの大きさを細胞に合わせて調整することにより、1つの細胞接着スポットに1つの細胞だけを接着しやすくすることが容易にできる。
【0026】
ガラス等からなる透明な基板の上に、金等からなる突出した細胞接着スポットを形成した場合には、細胞接着スポットに接着された細胞を透過型の顕微鏡により観察することができず、蛍光顕微鏡等により観察する必要がある。一方、本実施形態のセルアレイソータは、第1の層102が形成されていない開口部102aを細胞接着スポットとしている。このため、細胞接着スポットに接着された細胞を位相差顕微鏡等により観察することができ、接着された細胞の状態をより詳細に観察することが可能となる。また、突出した細胞接着スポットを形成する場合には、基板上の全面に金等の膜を一旦形成した後、細胞接着スポット以外の部分に形成された膜を除去する必要があり、大面積のエッチングが必要となる。一方、本実施形態のセルアレイソータの場合には、第1の層102に小さな開口部を形成するだけでよく、形成が容易であり、形成精度も向上させることができる。
【0027】
細胞接着スポットとなる開口部102aのサイズは目的に応じて適宜設定すればよいが、直径dを20μm〜500μm程度とすればよい。また、中心間の間隔pは直径dに応じて決めればよいが、30μm〜500μm程度のマトリックス状に配置すれば、細胞の評価に適している。開口部102aの深さは、第1の層102の厚さによって決まる。第1の層102は、材質にもよるがスパッタリング法、化学気相堆積法、めっき法等により形成すればよく、その厚さは通常数nm〜数十μmとなる。形成方法によっては厚さが100μmを越える第1の層102を形成することも可能である。開口部102aの深さは細胞にとってわずかに凹んでいる程度でも十分であり、第1の層102の厚さは通常は数nm〜数百nmあればよい。この程度の厚さであれば、第1の層102を容易に形成することができる。細胞の一般的な大きさは数十μm〜数百μm程度であるため、第1の層102の厚さを1μm〜10μm程度とすれば、開口部102a内に接着された細胞をより脱落しにくくすることができる。さらに、第1の層102の厚さを100μm程度とすれば開口部102aから細胞が突出しないようにすることが可能となるため、細胞をより確実に保持することが可能となる。第1の層102が金膜である場合には、形成の容易さを考えると、第1の層102の膜厚を30nm〜300nm程度とすればよい。但し、細胞の保持という観点からは、製造できる上限まで厚くしてもかまわない。
【0028】
開口部102aは次のようにして形成すればよい。まず、例えばガラス等からなる基板101上に、スパッタリング法又は電子線蒸着等により金膜等からなる第1の層102を形成する。この後、フォトリソグラフィーによりレジストマスクを形成し、ウエットエッチング又はドライエッチングにより金膜を選択的に除去すればよい。
【0029】
温度応答性ポリマー103は、高温において疎水性となり相分離し、低温において溶解するものであっても、低温において疎水性となり相分離し、高温において溶解するものであってもよい。高温において相分離する場合には、一般に下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution Temperature:LCST)以上の温度に加熱すると白濁し、それ以下の温度に冷却すると再び溶解して透明に戻るという可逆的な相分離挙動を示す。逆に低温において相分離する場合には、上限臨界溶液温度(Upper Critical Solution Temperature:UCST)以下の温度になると相分離し、上限臨界温度以上の温度に加熱すると再び溶解するという可逆的な相分離挙動を示す。下限臨界溶液温度を示す温度応答性高分子の例としては、ポリ(N−置換アクリルアミド)、ポリ(N−置換メタクリルアミド)、ポリエーテル類及びメチルセルロース等がある。上限離間溶液温度を示す温度応答性高分子の例としては、双極性高分子であるスルホベタインポリマー等がある。目的に応じてどちらのタイプの温度応答性高分子を用いてもよい。
【0030】
より具体的には、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)に代表される、ポリ(N−アルキル(メタ)アクリルアミド)(但し、アルキル基はエチル、n-プロピル、イソプロピル、3−エトキシプロピル、イソブチル、シクロヘキシルアクリルアミド、ヒドロキシメチル、ヒドロキシエチル、2−ヒドロキシプロピル、アセチル、trans−(2−エトキシ−1,3−ジオキサン−5−イル、ピレニル等である。)とすればよい。
【0031】
また、ポリ(メタクリロイルD,L−アラニンアルキルエステル(但し、アルキル基はメチル、エチル、プロピル等である。)、(Nα−アセチル−Nε−メタクリルアミド−D,L−リジンメチルエステル)、ポリ(Nε−アセチル−Nα−メタクリルアミド−D,L−リジンメチルエステル、及びポリ(N−(メタ)アクリロイル−D,L−プロリン)(但し、エステルアルキル基はエチル、メチル、プロピル等である。)等のアミノ酸誘導体ポリマーとしてもよい。この場合、光学異性体のL−体及びD−体の一方であっても、D−体及びL−体の混合物であってもよい。さらにD−体とL体との繰り返し単位が形成されていてもよい。
【0032】
ポリ(ビニルカプロラクタム)、ポリビニルエーテル類、アルキルセルロース類(アルキル基はエチル、メチル、プロピル等)、ポリ(N−アルキルフマルアミド)、ポリ(エチルエチレンホスフェート)、ポリ(N,N−ジメチルアクリルアミド)、ポリ(γ−グルタメート)、ポリ(スチレンスルホン酸塩)、ポリ(ビニルイソブチルアミド)、ポリ(ビニルカプロラクタム)、及びポリ(スルホベタイン)からなるポリマーの繰り返し単位を有する多元ランダム共重合体、ブロック共重合体又はグラフト共重合体であってもよい。
【0033】
また、先に述べた種々のポリマーがN,N-メチレンビスアクリルアミド等の架橋剤によりゲル化していたり、相互貫入型ポリマーネットワークとなっていてもよい。これらのポリマーのいずれかが、コア−シェル型ポリマー構造の少なくとも一方に含まれている構造であってもよい。これらのポリマーがシリカ若しくはマイカ等の無機担体表面又はポリホスファゼンの表面にグラフト重合した構造であってもよい。これらのポリマーとヒドロキシエチルセルロース若しくはヒドロキシプロピルセルロース等のポリマー担体又は無機担体との混合物であってもよい。
【0034】
さらに、以下のような成分を共重合体成分として含んでいてもよい。アクリル酸、(メタ)アクリル3−(トリアルコキシシリル)プロピル、N−ビニルピロリドン、(3−(メタ)アクリルアミドプロピル)トリメチルアンモニウムクロリド、(メタ)アクリル酸メトキシトリエチレングリコール、(メタ)アクリル酸アルキル(メチル、エチル、プロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、2−ヘチルヘキシル等)、2−ビニルピリジン、4−ビニルピリジンスチレン、フマル酸アルキルエステル(メチル、エチル、プロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル等)、N−(メタ)アクリロイルスクシンイミド、ビニルホルムアミド、酢酸ビニル、(メタ)アクリル酸2−メトキシエチル、(メタ)アクリル酸2−ヒドロキシエチル、(メタ)アクリル酸2−フェノキシエチル、(メタ)アクリル酸塩、メタクリル酸3−スルホプロピル塩、5−メタクリロイルオキシウンデンカン酸塩、11−メタクリロイルオキシウンデカン酸塩、ウンデセン酸、金属ポルフィリン錯体、O−(メタ)アクリロイル−D,L−セリン、O−(メタ)アクリロイル−D,L−トレオニン、N−D,L−アミノ酸(メタ)クリルアミド、D,L−アミノ酸(メタ)アクリル酸エステル(但し、アミノ酸はグリシン、アラニン等である。)2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン、ポリフェロセン−ブロック−ポリシロキサン、ポリフェニレンビニレン−ブロック−ポリスチレン、ポリブタジエン−ブロック−ポリエチレンオキシド、ポリスチレン−ブロック−ポリアクリル酸、ポリエチレンオキシド−ブロック−ポリ((メタ)アクリル酸2−テトラヒドロピラニル)、ポリエチレンオキシド−ブロック−ポリプロピレンオキシド−ブロック−ポリエチレンオキシド、ポリ(L−ラクチド−starブロック−ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、デキストラン−グラフト−ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド−co−N,N−ジメチルアクリルアミド)、及びポリエチルグリシジルエーテル−ブロック−ポリエチレングリコール等。
【0035】
また、温度応答性ポリマーを固定しやすくするために、末端にアミノ基又はカルボキシル基等が導入されるような開始剤を用いて重合を行ったり、共重合成分を添加して重合を行ったりしてもよい。
【0036】
温度応答性ポリマーは、細胞培養の際に細胞接着性のタンパク質及びペプチド等を補助物質として細胞を接着させる足場を形成でき、温度変化によって接着した細胞が表面から遊離する性質を有していればよい。細胞の温度応答性ポリマーからの遊離は、温度変化によるポリマー鎖の媒体への溶解性の変化、ポリマー表面の親水性と疎水性との間の変化又はポリマー表面のイオン状態の変化等により引き起こすことができる。従って、これらの少なくとも1つの変化が生じるポリマーを温度応答性ポリマーとして用いることができる。細胞が温度応答性ポリマーから遊離する際に、タンパク質及びペプチド等の細胞接着の補助物質が共に遊離してもよく、補助物質の遊離が生じなかったり、補助物質の遊離が別のタイミングで生じてもよい。
【0037】
温度応答性ポリマーは、相転移温度において、培養細胞の接着あるいは増殖時には細胞が接着できる足場となる細胞接着性の状態と、細胞が遊離する細胞非接着性の状態とがシャープに変化することが好ましい。相転移温度は、目的培養細胞に応じて、細胞の接着及び増殖が効果的にできる温度域にあることが好ましい。目的細胞が一般的な細胞の場合には、相転移温度は20℃〜40℃付近とすればよい。また、疎水性の変化により細胞の接着性を変化させる場合には、細胞が接着状態となる場合に接触角を50°〜80°程度とし、細胞が遊離状態となる場合に接触角がそれ以下となるようにすればよい。
【0038】
温度応答性ポリマー103の開口部102aへの固定はどのようにして行ってもよいが、基板101がガラス又はシリコン等からなる場合には、例えばシリコンと反応するシランカップリング剤等を用いて、温度応答性ポリマー103を基板101の開口部102aから露出した部分に固定すればよい。具体的には、末端にアミノ基又はカルボキシル基等を有する温度応答性ポリマー103を重合した後、温度応答性ポリマーの末端をアルコキシルシラン等により修飾し、修飾した温度応答性ポリマー103を基板101の露出部分と反応させればよい。また、基板101の露出部分に予めω−アミノプロピルテトラアルコキシシラン等のシランカップリング剤をリンカーとして導入した後、導入したリンカーと温度応答性ポリマー103とを反応させることにより、温度応答性ポリマーを固定してもよい。
【0039】
さらに、シランカップリング剤を介在させて重合開始剤を、基板101の露出部分に導入した後、導入した重合開始剤を用いて温度応答性ポリマー103を重合してもよい。具体的には、まずリンカーとして3−アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基を有するシランカップリング剤を、基板101の開口部102aから露出した部分に導入する。この後、4,4’−アゾビス(2−シアノ吉草酸)クロライド等のカルボキシル基を有する重合開始剤をシランカップリング剤のアミノ基と反応させ、重合開始剤をカップリングする。カップリングされた重合開始剤によりN−イソプロピルアクリルアミド等の温度応答性を発現するモノマーを重合して温度応答性ポリマーを形成すればよい。リンカーのアミノ基と重合開始剤のカルボキシル基とを反応させる例を示したが、これに限らずどのようにしてリンカーと重合開始剤とを結合させてもよい。
【0040】
シリコンと反応する部位を有する(2−ブロモ−2−メチル)プロピオニルオキシヘキシルトリエトキシシラン又は2−フェニル−2−[(2,2,6,6−テトラメチルピペリジノ)オキシ]オクチルトリエトキシシラン等を用いれば、リンカーを用いることなく重合開始剤を基板101の露出部分に導入できる。この場合には、原子移動ラジカル重合(ATRP)法等により温度応答性ポリマーを形成すればよい。なお、ATRP法に限らず熱重合法、光重合法又は付加開裂移動型(RAFT)重合法等のどのような重合方法を用いてポリマーの重合を行ってもよい。さらに、導入する開始剤を適宜選択することによりアニオン重合又はカチオン重合を用いてもよい。
【0041】
さらに、温度応答性ポリマーは共有結合により開口部に固定されている必要はなく、アミノ基とカルボキシル基との間等に生じるイオン結合により固定されていたり、疎水結合等により固定されていてもよい。また、細胞を遊離させる際に温度応答性ポリマーも基板から剥離する構成としてもよい。
【0042】
第1の層102の開口部102aを除く領域の上には、細胞の非特異的吸着を防ぐために細胞非接着性ポリマー104が固定されていることが好ましい。第1の層102の開口部102aを除く領域の上に細胞非接着性ポリマー104を固定することにより、どのような材料を用いて第1の層102を形成しても、細胞接着スポットである開口部102a以外の領域に細胞が接着することを抑制することができるという利点が得られる。細胞非接着性ポリマー104は、第1の層102よりも細胞との相互作用が小さく、細胞の非特異的な接着が少ない材料であればどのような材料であってもよい。一般的に細胞は親水性の表面には接着しにくいため、細胞接着性ポリマー104として第1の層102よりも親水性が高いポリマーが好ましい。例えば、ポリ2−メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン等の合成リン脂質系ポリマー、ポリ2−エトキシアクリレート又はポリエチレングリコール等とすればよい。合成リン脂質系ポリマーは、メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンと2−(メタ)アクリロイルオキシエチルイソシアネートとの共重合体等であってもよい。ポリエチレングリコールは、ポリ(メタ)アクリル酸ポリエチレングリコール又はポリ(メタ)アクリル酸ポリエチレングリコールアルキルエステル等とすればよい。
【0043】
また、ポリビニルアルコールと、ポリエチレングリコール、ポリアクリルアミド、ポリスチレンスルホン酸の水溶性塩、ポリアクリル酸の水溶性塩、ポリグルタミン酸の水溶性塩及びポリビニルピロリドン等のうちの少なくとも1つとからなる混合高分子の含水ゲル成型物等を用いてもよい。ポリ(MPC)等の双性構造イオンのポリマー、ポリ(O−メタクリロイル−L−セリン)等の両性イオン構造のポリマー並びにポリアクリル酸及びポリエチレンイミン等のポリイオンコンプレックスを用いてもよい。さらに、これらのポリマーセグメントに、ランダム、ブロック又はグラフト状に他の共重合セグメントが含まれている構成としてもよい。合成ポリマーに限らず細胞非接着性のタンパク質等の天然高分子を用いてもよい。さらに、親水性にするのではなく、フッ素樹脂等を用いて高撥水性の表面とすることにより細胞非接着性を実現してもよい。
【0044】
細胞非接着性ポリマー104の固定はどのようにして行ってもよいが、第1の層102が金膜である場合には例えば、細胞非接着性ポリマー104の末端にチオール(SH)基を導入し、チオール基が導入された細胞非接着性ポリマー104と金膜である第1の層102とを反応させればよい。チオール基の導入はポリマー鎖末端がカルボキシル基であれば、メルカプトアミンと反応させればよい。このとき、カルボキシル基やアミノ基を活性化するカルボジイミド系縮合剤を使用して末端の反応性を高めてもよい。末端基の反応性を高めポリマー鎖中に含まれる水酸基、アミド基及びエステル基等と反応しない試薬であれば、活性化剤はカルボジイミド系に限るものではない。チオール基と金膜との反応は、金膜を酸化処理剤等により洗浄して活性化した後、直ちに行うことが好ましい。また、反応の際に超音波等を印加してもよい。
【0045】
金膜からなる第1の層102に、チオール基及びアミノ基等と反応する官能基を有する2官能性のリンカーを固定した後、細胞非接着性ポリマーのアミノ基とリンカーとを反応させてもよい。リンカー分子には、ジチオビススクシニミジルウンデカノエート(DSU)等を用いればよい。また、リンカー分子は、2官能性に限らず3官能性以上のリンカーを用いてもよい。
【0046】
また、次のような方法を用いてもよい。金膜からなる第1の層102の表面を酸化処理剤等で洗浄したのち、第1の層102の表面とアルキルチオール又はチオコレステロール等のチオール化合物とを反応させて第1の層102の表面に有機薄膜を形成する。チオール化合物は、エタノール等の溶剤に溶解させた溶液として反応させればよい。反応終了後、未反応のチオール化合物を溶剤により除去し、真空乾燥する。次に、形成した有機薄膜に酸素又はアルゴン等のプラズマを照射して、有機薄膜の表面にフリーラジカルを発生させる。発生させたフリーラジカルは酸素を含むガス中に暴露することにより過酸化物に転化する。過酸化物を重合開始剤として細胞非接着性ポリマー104をポストグラフト重合すればよい。フリーラジカルは、紫外光、γ線等の高エネルギー粒子線又は酸化処理剤等を利用して発生させてもよい。また、フリーラジカルを酸素含むガス中において発生させることにより、フリーラジカルから過酸化物への転化を同時に行ってもよい。有機薄膜を形成するチオール化合物は、低温プラズマの照射によってフリーラジカルを生成しやすいチオール化合物を用いることが好ましい。
【0047】
また、以下のようにして第1の層102の表面に細胞非接着性ポリマーを固定してもよい。まず、金膜の表面をヨウ素及びヨウ化アンモニウムを含む溶液によりエッチングした後、金膜の表面にDSU、ω−ヒドロキシアミノアルカンチオール、ω−ヒドロキシアミノアルキルアミノ−1,3,5−トリアジン2,4−ジチオール又はα−リポ酸等のリンカーを固定する。次に、4,4'−アゾビス(4−イソシアノ吉草酸クロリド)等の重合開始剤のアミノ基、水酸基又はカルボキシル基をリンカーと縮合反応させて、重合開始剤を金膜の表面に導入する。この後、金膜の表面に細胞非接着性を発現する2−(メタクリロイルオキシ)エチルホスホリルコリン等のモノマーをグラフト重合する。グラフト重合には、例えば光照射下の熱重合を用いればよい。
【0048】
最初に金膜と反応させるリンカーは、チオール基、カルボキシル基、アミノ基若しくは水酸基又はジスルフィド結合等を有し金膜の表面に導入でき、且つ重合開始剤と縮合反応させることができる分子であればよい。ペプチド又はタンパク質等の分子も利用可能である。
【0049】
重合開始剤には、過酸化水素、1,1,3,3−テトラメチルブチルヒドロパーオキサイド、クメンヒドロパーオキサイド、t−ブチルヒドロパーオキサイド、2,2'−アゾビス[2−メチル−N−(2−ヒドロキシエチル)プロピオンアミド、2,2'−アゾビス[N−(2−カルボキシエチル)−2−メチルプロピオンアミド]、2,2'−アゾビス[2−メチル−N−[1,1−ビス(ヒドロキシメチル)−2−ヒドロキシエチル]プロピオンアミド、2,2'−アゾビス[2−(2−イミダゾリン−2−イル)プロパン、2,2'−アゾビス[2−[1−(2−ヒドロキシエチル)−2−イミダゾリン−イル]プロパン等を用いることができる。2−ブロモプロピオニルブロミド等を開始剤として用いれば、原子移動ラジカル重合(ATRP)法によるグラフト重合も可能である。
【0050】
また、金膜と反応する2−ブロモ−2−メチルプロパン酸11−メルカプトウンデシル又はジチオビス(2−ブロモ−2−メチルプロパン酸ウンデシル)等を用いればリンカー分子を用いなくても金膜の表面に重合開始剤を導入できる。この場合、ATRP法により細胞非接着性ポリマーの重合を行えばよい。
【0051】
ポリマーの重合は、熱、光、付加開裂移動型(RAFT)重合又は原子移動ラジカル重合(ATRP)法等のどのようなものであってもよい。さらに、導入する開始剤を適宜選択することによりアニオン重合又はカチオン重合を用いてもよい。
【0052】
さらに、細胞非接着性ポリマーは共有結合により第1の層の表面に固定されている必要はなく、アミノ基とカルボキシル基との間等に生じるイオン結合により固定されていたり、疎水結合等により固定されていてもよい。
【0053】
以上のような反応により細胞非接着性ポリマー104を固定する場合には、第1の層102はチオール基と反応する材料からなる膜であればよい。例えば、金(Au)に変えて、銀(Ag)、白金(Pt)又はパラジウム(Pd)等の貴金属からなる膜を用いることができる。また、チタン(Ti)、ジルコン(Zr)、タンタル(Ta)、スズ(Sn)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)、バナジウム(V)、アンチモン(Sb)、インジウム(In)、ハフニウム(Hf)、イットリウム(Y)、セリウム(Ce)、スカンジウム(Sc)、ランタン(La)、エルビウム(Eu)、ニッケル(Ni)、コバルト(Co)又は鉄(Fe)等の遷移金属からなる膜を用いてもよい。遷移金属の酸化物又は窒化物等を用いることも可能である。さらにポリ(p−フェニレンビニレン)、ポリフルオレン、ポリチオフェン、ポリアニリン、フラーレンC60、ポリN−ビニルカルバゾール、ポリテトラフロオロエチレン等の有機膜であってもよい。
【0054】
第1の層102に炭素質膜を用いることも可能である。炭素質膜とは、sp2炭素−炭素結合及びsp3炭素−炭素結合を有するダイヤモンド様(DLC)膜等の膜である。炭素質膜は、スパッタ法及びCVD法等の既知の方法により形成すればよい。また、炭素質膜にシリコン又はフッ素等を添加してもかまわない。炭素質膜と基板との密着性を向上させるために、炭素質膜と基板との間に中間層を形成してもよい。
【0055】
炭素質膜の表面に細胞非接着性ポリマー104を固定する場合には、炭素質膜にプラズマを照射してカルボキシル基又はアミノ基等の官能基を導入した後、導入した官能基と細胞非接着性ポリマー104の末端官能基とを反応させればよい。この場合、ヒドロキシスクシンイミド等を用いてどちらか一方の官能基をさらに修飾して活性化したり、2官能性のリンカー分子を介して接続したりしてもよい。また、炭素質膜にプラズマを照射してラジカルを発生させ、発生したラジカルを重合開始点としてモノマーをグラフト重合することにより細胞非接着性ポリマー104を固定してもよい。
【0056】
なお、第1の層102をチタン合金又は酸化チタン等の細胞非接着性の材料により形成する場合には、細胞非接着性ポリマー104を用いなくてもよい。
【0057】
基板101を透明ガラス基板とする例を示したが、基板101はガラスに限らず、シリコン、セラミックス、金属又はプラスチック等どのような材料であってもよい。基板101に透明な材料を用いることにより、細胞接着スポットに接着された細胞を透過型の顕微鏡により観察できるという利点が得られる。しかし、蛍光顕微鏡等により観察を行う場合には不透明の材料を用いてもよい。温度応答性ポリマー103を基板の露出部分に固定する方法は、基板の材質に応じて適宜変更すればよい。また、基板101と第1の層102との間に第2の層を形成してもよい。例えば、図2に示すようにガラス等からなる基板101の上に金膜である第2の層105を形成し、第2の層105の上に開口部102aを有する炭素質膜である第1の層102を形成する。第2の層105の開口部102aから露出した部分に、温度応答性ポリマー103を固定し、第1の層102の開口部102aを除く領域の上に細胞非接着性ポリマー104を固定する。第2の層105を炭素質膜とし、第1の層102を金膜としてもよい。
【0058】
以下に、本実施形態のセルアレイソータの使用方法の一例について説明する。温度応答性ポリマーとしてポリ−N−イソプロピルアクリルアミドを用いた場合、セルアレイソータに標的細胞及び標的外細胞を含む細胞浮遊液を37℃にて播種することにより、細胞接着スポットに細胞を接着させることができる。接着した細胞を培養した後、標的外細胞の細胞膜を特異的に認識する一次抗体を反応させ、続いて、アルラレッド等の可視光を吸収する色素により標識され、一次抗体を特異的に認識する二次抗体を反応させることにより標的外細胞のみを標識することができる。次に、例えば波長が523nmのレーザ光をセルアレイソータ全体に照射することにより、標識された標的外細胞を特異的に加熱することができる。加熱により標的外細胞を死滅させ、細胞接着スポットから剥離させることができる。剥離した標的外細胞を除去した後、温度を25℃とすることにより、細胞接着スポットに接着されていた標的細胞を遊離させ回収することができる。
【0059】
二次抗体を標識する色素は、照射するレーザ光の波長に応じて適宜変更すればよい。また、抗体を用いて細胞表面の特性により細胞を標識する例を示したが、細胞染色用蛍光標識試薬等を用いて、標的細胞を標識してもよい。また、標識した色素にレーザ光を吸収させることにより標的外細胞を死滅させる例を示したが、標識をターゲットにしてピンポイントでレーザ光を照射して、標的外細胞を死滅させてもよい。
【0060】
(一実施例)
以下に、実際にセルアレイソータに細胞を接着させた実施例を説明する。凹状の細胞接着スポットを有するセルアレイソータは以下のようにして形成した。10mm角のガラスからなる基板101の上に、金膜からなる第1の層102を形成した。第1の層102は、スパッタリング法により厚さが130nmとなるように形成した。フォトレジストとリソグラフィーとを用いてレジストパターンを形成し、レジストパターンをマスクとしてウエットエッチングを行い、直径が50μmの開口部102aを選択的に形成した。開口部102aは、基板101の中央部の7mm角の領域に100μmピッチで形成した。基板の開口部から露出した部分に、シランカップリング剤を用いて重合開始剤を固定した。固定した重合開始剤により、N−イソプロピルアクリルアミドを重合し、ポリN−イソプロピルアクリルアミド(ポリNiPAAm)からなる温度応答性ポリマー103を固定した。具体的には、シランカップリング剤には3−アミノプロピルトリメトキシシランを用いた。重合開始剤には4,4’−アゾビス(2−シアノ吉草酸)クロライドを用いた。重合は80℃で20時間行った。ポリNiPAAmを固定した場合の水に対する接触角は、25℃では約40°となり、37℃では約52°となった。
【0061】
第1の層102における開口部102aを除く領域の上に、人工リン脂質ポリマーからなる細胞非接着性ポリマー104を固定した。細胞非接着性ポリマー104の固定は以下のようにして行った。金膜の表面をヨウ素とヨウ化アンモニウムとの混合溶液によりエッチングした後、ジチオビススクシニミジルウンデカノエート(DSU)及び4,4’−アゾビス(2−シアノ吉草酸)クロライドを含む溶液を反応させ、金膜の表面に重合開始剤を固定した。固定した重合開始剤により2−(メタクリロイルオキシ)エチルホスホリルコリンを重合して、ポリ2−(メタクリロイルオキシ)エチルホスホリルコリン(ポリMPC)からなる細胞非接着性ポリマー104を固定した。重合は80℃で20時間行った。
【0062】
図3(a)及び(b)は、開口部102aの近傍を走査型プローブ顕微鏡(SPM)により観察した結果であり、(a)はポリMPCを固定する前の状態を示し、(b)はポリMPCを固定した後の状態を示している。図3(b)においては、(a)と比べて金膜の表面にポリMPCによる凹凸形成が認められる。また、ポリMPCを固定する前に68°であった水に対する接触角は、ポリMPCを固定することにより10°以下となり、開口部102aを除くセルアレイソータの表面の親水性が大きく向上している。
【0063】
同様の方法により、凸状の細胞接着スポットを有するセルアレイソータを形成した。この場合には、ガラス基板の上に金膜からなる直径が50μmの凸部を形成し、金膜の上にポリNiPAAmを固定し、金膜が形成された部分を除くガラス基板の上にポリMPCを固定した。
【0064】
図4(a)及び(b)は、細胞を接着させたセルアレイソータを顕微鏡により観察した結果であり、(a)は凸状の細胞接着スポットを有するセルアレイソータを蛍光顕微鏡により観察した場合を示し、(b)は凹状の細胞接着スポットを有するセルアレイソータを位相差顕微鏡により観察した場合を示している。
【0065】
セルアレイソータへの細胞の接着は以下のようにして行った。まず、セルアレイソータを0.1%コラーゲン溶液中に37℃で12時間浸漬した。浸漬は5%CO2雰囲気において行った。次に、ヒーラ(HeLa)細胞を1×105個/mlの濃度に調製した細胞浮遊液中にセルアレイソータを浸漬して、セルアレイソータへの細胞の接着を行った。さらに、5%CO2雰囲気において37℃の温度で20時間の培養を行った。細胞を培養した後、上澄み液を静かに除去し、セルアレイソータを蛍光顕微鏡又は位相差顕微鏡により観察した。
【0066】
図4(a)に示すように、凸状の細胞接着スポットを有するセルアレイソータの場合には、細胞が接着されていない細胞接着スポットが多数認められる。一方、図4(b)に示すように、凹状の細胞接着スポットを有するセルアレイソータの場合には、ほとんどの細胞接着スポットに細胞の接着が認められた。100倍の倍率の視野内において観察された細胞接着スポットのうち、1個以上の細胞が接着された細胞接着スポットの割合は凸状の場合には約5%〜20%であり、凹状の場合には約90%〜100%であった。このように、凹状の細胞接着スポットを有しているセルアレイソータは、凸状の細胞接着スポットを有しているセルアレイソータと比べて、はるかに効率良く細胞の接着及び培養を行うことが可能となる。
【0067】
図5(a)及び(b)は、凹状の細胞接着スポットを有するセルアレイソータについて、温度を変化させて細胞の剥離を行った結果を示している。図5(a)はHL60細胞を播種後、分化誘導試薬であるテトラデカノイルホルボールアセテート(tetradecanoylphorbol acetate:TPA)を投与して37℃で24時間培養した直後のセルアレイソータを観察した結果を示している。ほとんどの細胞接着スポットに細胞が接着されている。図5(b)は温度を25℃とした後のセルアレイソータを観察した結果を示している。ほとんどの細胞接着スポットから細胞の遊離が認められた。顕微鏡の視野内において細胞が遊離した細胞接着スポットの割合は90%以上であった。一方、温度応答性ポリマーを固定していない場合には、温度を37℃から25℃に変化させた場合に細胞が遊離した細胞接着スポットの割合は20%以下であった。このように、凹状の細胞接着スポットに温度応答性ポリマーを固定したセルアレイソータは、温度変化により容易に細胞を遊離させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明に係るセルアレイソータは、細胞にダメージを与えることなく細胞接着スポットからの細胞の遊離を行うことができると共に、細胞接着スポットへの細胞の接着効率を向上させることができ、セルアレイソータ等として有用である。
【符号の説明】
【0069】
101 基板
102 第1の層
102a 開口部
103 温度応答性ポリマー
104 細胞非接着性ポリマー
105 第2の層
図1
図2
図3
図4
図5