特許第5780596号(P5780596)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5780596
(24)【登録日】2015年7月24日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】遺伝的に改変された植物細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20150827BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20150827BHJP
   A01H 5/00 20060101ALI20150827BHJP
【FI】
   C12N5/00 103
   C12N15/00 AZNA
   A01H5/00 A
【請求項の数】1
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2011-538415(P2011-538415)
(86)(22)【出願日】2010年10月25日
(86)【国際出願番号】JP2010068858
(87)【国際公開番号】WO2011052539
(87)【国際公開日】20110505
【審査請求日】2013年9月18日
(31)【優先権主張番号】特願2009-245416(P2009-245416)
(32)【優先日】2009年10月26日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度農林水産省、生物系特定産業技術研究支援センター基礎的試験研究委託事業「クロマチン構造と細胞周期制御による高等植物の高効率・高精度遺伝子操作技術の開発」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501167644
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業生物資源研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】土岐 精一
(72)【発明者】
【氏名】刑部 敬史
【審査官】 鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】 刑部敬史 他,ジンクフィンガーヌクレアーゼを用いたイネゲノム遺伝子の改変,第27回日本植物細胞分子生物学会(藤沢)大会・シンポジウム要旨集,2009年 7月,Vol.27th,p.147 2Ea-02
【文献】 SHUKLA,V.K. et al.,Precise genome modification in the crop species Zea mays using zinc-finger nucleases.,Nature,2009年 5月21日,Vol.459, No.7245,pp.437-41
【文献】 TOWNSEND,J.A. et al.,High-frequency modification of plant genes using engineered zinc-finger nucleases.,Nature,2009年 5月21日,Vol.459, No.7245,pp.442-5
【文献】 SCHULTE-UENTROP,L. et al.,Distinct roles of XRCC4 and Ku80 in non-homologous end-joining of endonuclease- and ionizing radiation-induced DNA double-strand breaks.,Nucleic Acids Res.,2008年 5月,Vol.36, No.8,pp.2561-9
【文献】 WEST,C.E. et al.,Disruption of the Arabidopsis AtKu80 gene demonstrates an essential role for AtKu80 protein in efficient repair of DNA double-strand breaks in vivo.,Plant J.,2002年 8月,Vol.31, No.4,pp.517-28
【文献】 OSAKABE,K. et al.,Site-directed mutagenesis in Arabidopsis using custom-designed zinc finger nucleases.,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2010年 6月29日,Vol.107, No.26,pp.12034-9
【文献】 OSAKABE K., et al.,Deficiency of end-protection activity increases the efficiency of error-prone re-joining with increa,第32回日本分子生物学会年会講演要旨集,2009年12月10日,Vol.32,p.82 2P-0166
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00−5/28
A01H 5/00−5/12
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ku80の機能が人為的に抑制されている植物細胞において、ジンクフィンガーヌクレアーゼを発現させ、該植物細胞の染色体におけるジンクフィンガーヌクレアーゼの標的DNA部位で二重鎖切断を誘導し、該植物細胞における切断された標的DNA部位の非相同末端結合による修復過程を通じて、該標的DNA部位に変異を生じさせる、遺伝的に改変された植物細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、染色体上の特定の標的DNA部位に変異が導入された植物細胞を製造する方法に関する。より詳しくは、制限エンドヌクレアーゼによるDNA二重鎖切断と非相同末端結合を介して、染色体上の標的DNA部位に変異が導入された植物細胞を製造する方法において、切断された二重鎖DNAの修復に関与するタンパク質の機能が抑制されている植物細胞を利用する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物バイオテクノロジーの主要な焦点は、作物の遺伝的な修飾および改良である。この目的のため、モデル植物であるアラビドプシスや、イネ、トウモロコシ、コムギ、ダイズ、およびトマトを含む多くの作物において、大規模なゲノム解析がなされてきた。これにより膨大な量のゲノム配列情報が利用可能になり、この配列情報を基に、高等植物のゲノム上の標的とする遺伝子を、直接的に改変しうる方法の開発の必要性が高まってきた。しかしながら、これまで、効率的で汎用性の高い方法は開発されていない。
【0003】
最も広く用いられている部位特異的変異誘発の戦略は、相同組換えを利用したジーンターゲティングである。効率的なジーンターゲティング法は、酵母(非特許文献1)やマウス(非特許文献2)において20年以上に渡って利用されてきている。さらに、アラビドプシスやイネにおいてもジーンターゲティングが行われてきた(非特許文献3から6)。ジーンターゲティング事象は、典型的には、処理された細胞のうち、少ない割合で生じている(酵母においては細胞当たり10-6から10-2のジーンターゲティング事象、マウスES細胞において細胞当たり10-7から10-5のジーンターゲティング事象)。高等植物においては、細胞当たりのジーンターゲティング効率は、極端に低い(細胞当たり10-7未満のジーンターゲティング事象)(非特許文献3、7から11)。
【0004】
このような高等植物における低いジーンターゲティング頻度は、DNA二重鎖切断の修復のための、相同組換えと非相同末端結合(NHEJ)との競合から生じていると考えられており、主要な二重鎖切断の修復経路は、非相同末端結合であると思われる(非特許文献12、13)。その結果として、ドナー分子の末端において、相同組換えよりも非相同末端結合が関与することになり、ジーンターゲティング効率が減少するようである。広範囲に及ぶデータにより、高等植物における非相同末端結合による二重鎖切断の修復が、エラーが生じやすいことが示唆されている。二重鎖切断は、往々にして、挿入および/または欠失を伴う非相同末端結合過程により修復される(非特許文献14、15)。これらの観察結果を考え合わせると、高等植物における標的化された変異誘発のための非相同末端結合に基づく戦略は、相同組換えに基づく戦略よりも効率的であることが示唆される。実際、染色体上で低い頻度で切断を生じさせる制限酵素、I-SceIの発現が、アラビドプシスやタバコにおいて、I-SceIの切断部位における変異を誘導することが示されている(非特許文献16)。にもかかわらず、この酵素が利用できるのは、まれに生じる天然の認識部位か人工的な標的部位に限定されている。
【0005】
この問題を克服するため、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFNs)が開発されてきた。ジンクフィンガーヌクレアーゼは、ジンクフィンガーを基礎とする人工的な結合ドメインとDNA切断ドメインとからなるキメラタンパク質である。ジンクフィンガーヌクレアーゼは、そのDNA結合部位を修飾することにより、事実上、どのような長さの二重鎖DNA配列をも切断するように、特別に設計することができる(非特許文献17、18)。
【0006】
非相同末端結合に基づく標的化された変異誘発の戦略は、最近、人工的なジンクフィンガーヌクレアーゼを特定のゲノム部位における二重鎖切断を生じさせるために用いることにより、いくつかの生物において発展してきた(非特許文献19から23)。非相同末端結合による二重鎖切断の修復により、しばしば、結合部位において欠失および/または挿入が生じる。2つのグループは、ジンクフィンガーヌクレアーゼを用いて、ゼブラフィッシュの胚において遺伝子を遺伝的に変異させることに成功している。特異的なジンクフィンガーモチーフが、区別可能なDNA配列を認識するように設計されてきた(非特許文献19、20)。ジンクフィンガーヌクレアーゼをコードするmRNAが一細胞期胚に導入され、高割合の動物が、所望の変異と表現型を保持した。これらの研究から、ジンクフィンガーヌクレアーゼを利用すれば、特異的かつ効率的に生殖系列における所望の座位に遺伝的変異を作り出すことができること、そして、このジンクフィンガーヌクレアーゼにより誘導されたアレルが後代に伝搬されることが実証されている。
【0007】
Lloydら(非特許文献21)は、アラビドプシスにおいて、部位特異的変異誘発のために、ジンクフィンガーヌクレアーゼを用いた。そして、予期された通り、ジンクフィンガーヌクレアーゼ発現の誘導により、後代幼植物において、7.9%の頻度で染色体上の標的部位に変異が生じることを報告している。しかしながら、この報告においては、従前に報告された3フィンガー型のZFN_QQR(非特許文献24)に対する人工的な標的部位を用いたモデル系が用いられている。このため、アラビドプシスにおける内在性遺伝子の標的部位において、ジンクフィンガーヌクレアーゼが効率的に切断を生じさせ、変異を誘発させるかについては、いまだ不明のままである。また、ごく最近、トウモロコシとタバコにおいてジンクフィンガーヌクレアーゼにより内在性の遺伝子の標的部位において変異を誘発できることが報告されたが(非特許文献25、26)、変異導入効率を改善する可能性については報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005-237316号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Rothstein R Methods Enzymol 194: 281-301, 1991
【非特許文献2】Capecci MR Science 244: 1288-1292, 1989
【非特許文献3】Hanin M, et al. Plant J 28: 671-677, 2001
【非特許文献4】Halfter U,et al. Mol Gen Genet 231: 186-193, 1992
【非特許文献5】Hrouda M & Paszkowski J Mol Gen Genet 243: 106-111, 1994
【非特許文献6】Lee KY, et al. Plant Cell 2: 415-425, 1990
【非特許文献7】Offringa R, et al. EMBO J 9: 3077-3084, 1990
【非特許文献8】Paszkowski J, et al. EMBO J 7: 4021-4026, 1988
【非特許文献9】Terada R, et al. Nat Biotechnol 20: 1030-1034, 2002
【非特許文献10】Endo M, Osakabe K, Ichikawa H, Toki S Plant Cell Physiol 47: 372-379, 2006
【非特許文献11】Endo M, et al. Plant J 52: 157-166, 2007
【非特許文献12】Ray A & Langer M Trends Plant Sci 7: 435-440, 2002
【非特許文献13】Britt AB & May GD Trends Plant Sci 8: 90-95, 2003
【非特許文献14】Gorbunova VV & Levy AA Trends Plant Sci 4: 263-269, 1999
【非特許文献15】Britt AB Trend in Plant Sci 4: 20-25, 1999
【非特許文献16】Kirik A, et al. EMBO J 19: 5562-5566, 2000
【非特許文献17】Kim YG et al. Proc Natl Acad Sci USA 93: 1156-1160, 1996
【非特許文献18】Cathomen T & Joung JK Mol Ther 16: 1200-1207, 2008
【非特許文献19】Doyon Y, et al. Nat Biotechnol 26: 702-708, 2008
【非特許文献20】Meng X, et al. Nat Biotechnol 26: 695-701, 2008
【非特許文献21】Lloyd A, et al. Proc Natl Acad Sci USA 102: 2232-2237, 2005
【非特許文献22】Beumer KJ, et al. Proc Natl Acad Sci USA 105: 19821-19826, 2008
【非特許文献23】Santiago Y, et al. Proc Natl Acad Sci USA 105: 5809-5814, 2008
【非特許文献24】Smith J, et al. Nucleic Acids Res 28: 3361-3369, 2000
【非特許文献25】Shukla VK, et al. Nature 459: 437-441, 2009
【非特許文献26】Townsend JA, et al. Nature 459: 442-445, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、制限エンドヌクレアーゼを利用して、染色体上の特定の標的DNA部位に変異が導入された植物細胞を製造する方法において、効果的に変異を導入しうる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、植物における内在性遺伝子上にジンクフィンガーヌクレアーゼの標的DNA部位が存在した場合でも、ジンクフィンガーヌクレアーゼによるDNA二重鎖切断とその後の非相同末端結合による修復が生じるか否かを調査するために、まず、アラビドプシスにおける内在性遺伝子上に標的DNA部位を持つジンクフィンガーヌクレアーゼを特別に設計した。そして、これを発現するベクターをアラビドプシスに導入し、標的DNA部位における二重鎖切断の誘導を行い、標的DNA部位における変異の検出を行った。その結果、本発明者らは、内在性遺伝子上の標的DNA部位での二重鎖切断とその後の非相同末端結合による修復を介して、アラビドプシスの内在性遺伝子上においても、変異が導入されることを見出した。しかしながら、標的DNA部位における変異の多くは、そのコードするタンパク質のアミノ酸配列に変化をもたらさず、表現型に影響を与えないサイレント変異であるか、点変異であることが判明した。変異の導入による植物遺伝子の機能を解析する目的においても、作物を遺伝的に改良して有用な形質を持つ作物を作出する目的においても、導入される変異においてサイレント変異が高頻度で生じることは好ましくない。また、点変異の場合は、復帰変異が生じる可能性があり、変異の安定性の観点からは、導入される変異が点変異であることは好ましくない。
【0012】
そこで、本発明者らは、次に、サイレントでない、あるいは点変異でない変異の頻度を高めるための手法につき、鋭意検討を行った。ここで、本発明者らは、非相同末端結合による修復に関与するタンパク質の活性が、DNA二重鎖切断末端における大きな欠失および/または挿入のような劇的な変異の導入を阻害しているとの仮説をたて、これらタンパク質の機能が抑制された細胞を用いて、ジンクフィンガーヌクレアーゼによる標的DNA部位での二重鎖切断の誘導を行い、その後の非相同末端結合により導入される変異を調査した。その結果、これらタンパク質の機能の抑制によっては、DNA二重鎖切断後の非相同末端結合によりもたらされる変異の頻度に変化はなかったが、生じた変異の大部分が、アラビドプシスの表現型に影響を与える可能性の高い欠失を伴う変異になることが判明した。
【0013】
これまで、非相同末端結合に必要なタンパク質の機能を抑制することで、非相同組換えの頻度が減少し、相同組換えの頻度が向上することが報告されているが(特許文献1)、本発明者らは、これらタンパク質の機能を抑制した場合でも、非相同組換えである不正確な非相同末端結合の頻度が減少しないばかりか、非相同末端結合により導入される変異の質が劇的に変化することを解明した。
【0014】
即ち、本発明者らは、植物において、標的DNA部位が内在性遺伝子上に存在した場合でも、制限エンドヌクレアーゼによるDNA二重鎖切断が可能であることを見出すとともに、非相同末端結合による修復に関与するタンパク質の機能を人為的に抑制した植物細胞を用いることにより、切断された二重鎖DNAの非相同末端結合による修復過程において、サイレントでない変異の頻度を飛躍的に高めることが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
従って、本発明は、ジンクフィンガーヌクレアーゼなどの制限エンドヌクレアーゼを利用して、染色体上の特定の標的DNA部位に変異が導入された植物細胞を製造する方法において、非相同末端結合に関与するタンパク質の機能を人為的に抑制した植物細胞を用いる方法に関するものであり、より詳しくは、下記の発明を提供するものである。
(1) Ku80の機能が人為的に抑制されている植物細胞において、ジンクフィンガーヌクレアーゼを発現させ、該植物細胞の染色体におけるジンクフィンガーヌクレアーゼの標的DNA部位で二重鎖切断を誘導し、該植物細胞における切断された標的DNA部位の非相同末端結合による修復過程を通じて、該標的DNA部位に変異を生じさせる、遺伝的に改変された植物細胞の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
これまで、制限エンドヌクレアーゼ処理により、高等植物において標的遺伝子に変異を導入することが可能であることは知られていたが、導入される変異の多くは1塩基置換であり、変異が表現型に表れないサイレント変異である場合が多かった。また、変異が1塩基の置換の場合には、復帰変異が生じる可能性があった。これに対し、非相同末端結合に関与するタンパク質の機能を人為的に抑制した植物細胞を用いる本発明の方法によれば、制限エンドヌクレアーゼによる切断部位に、数塩基から10塩基程度の欠失を高頻度で生じさせることが可能である。従って、本発明の方法によれば、植物の表現型に現われる可能性の高い突然変異の直接的な誘導を効率的に行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】ジンクフィンガーヌクレアーゼ発現ベクターの構築過程を示す図である。
図2】ジンクフィンガーヌクレアーゼ発現バイナリーベクターのT-DNAを示す図である。図中、「LB」は左側境界配列を、「RB」は右側境界配列を、「gfbsd2」は、GFPとブラストサイジンS耐性遺伝子の融合遺伝子、2xカリフラワーモザイクウイルス35S遺伝子プロモーターで作動されるgfbsd2発現カセット、およびノパリン合成酵素遺伝子のターミネーターを、「Phsp18.2」は、アラビドプシスHSP18.2遺伝子プロモーターを、「Tp5」は、アラビドプシスのpolyA結合タンパク質であるPAB5の遺伝子のターミネーターを、各々示す。
図3atku80細胞のABI4遺伝子におけるジンクフィンガーヌクレアーゼによる切断後に、非相同末端結合により修復されたDNAの頻度と正確性を示す図である。(A)は、結合部における欠失の長さの分布を示す。欠失は、DNA二重鎖切断の両側の部位における失った塩基対の合計である。(B)は、ジンクフィンガーヌクレアーゼによる切断後に、野生型植物とatku80植物のゲノムDNAから得た、修復されたDNA配列の例である。ジンクフィンガーヌクレアーゼ認識部位を強調文字で示す。推定切断部位を小文字で示す。変異をアンダーラインで、欠失をハイフンで示す。(C)は、ジンクフィンガーヌクレアーゼによるDNA二重鎖切断の誘導の後の変異率を示す。不正確な末端結合の相対的な頻度は、試験したDNAクローンの数に対する、SURVEYORヌクレアーゼ解析で陽性を示したDNAクローンの数から、算出した。実験は3回繰り返し、データを平均±SDで示した。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、制限エンドヌクレアーゼにより誘導されるDNA二重鎖切断を介して、染色体上の特定の標的DNA部位に変異が導入された植物細胞を製造する際に、非相同末端結合による修復に関与するタンパク質の機能が抑制されている植物細胞を利用すると、導入される変異の質が劇的に変化するという本発明者らの発見に基づいている。
【0019】
本発明の遺伝的に改変された植物細胞の製造方法は、非相同末端結合による修復に関与するタンパク質の機能が人為的に抑制されている植物細胞において、制限エンドヌクレアーゼを発現させ、該植物細胞の染色体における制限エンドヌクレアーゼの標的DNA部位で二重鎖切断を誘導し、該植物細胞における切断された標的DNA部位の非相同末端結合による修復過程を通じて、該標的DNA部位に変異を生じさせることを特徴とする。
【0020】
非相同末端結合による修復に関与するタンパク質の機能が抑制された植物細胞を用いることにより、二重鎖切断された標的DNA部位における非相同末端結合による修復過程において、サイレントでない変異の頻度を飛躍的に高めることができる。本発明によれば、野生型対照(非相同末端結合による修復に関与するタンパク質の機能が抑制されていない場合)と比較して、サイレントでない変異の頻度を、通常、2倍以上、好ましくは2.5倍以上(例えば、約2.7倍)高めることができる。本発明の方法によって標的DNA部位に導入されるサイレントでない変異は、典型的には、塩基の欠失である。図3に示すように、本発明の方法によれば、標的DNA部位において、1から3塩基の欠失、4から6塩基の欠失、7から15塩基の欠失、および15塩基を超える欠失が導入される頻度を、野生型の場合と比較して向上させることができる。本発明によれば、特に4塩基以上の欠失が導入される頻度を、野生型の場合と比較して、飛躍的に向上させることができる。
【0021】
本発明において、機能を抑制する対象となる「非相同末端結合による修復に関与するタンパク質」としては、その機能を抑制した場合、二重鎖切断された標的DNA部位の非相同末端結合による修復過程において、上記サイレントでない変異の頻度を高めることができるタンパク質であれば特に制限はない。好ましくは、Ku70またはKu80である。なお、アラビドプシス由来のKu70およびKu80遺伝子については、文献(Tamura K, et al. Plant J, 29: 771-781, 2002)に、マング・ビーン(Mung bean)由来のKu70およびKu80遺伝子については、文献(Liu PF, et al. Biochem Biophys Acta, 1769: 443-454, 2007)に開示されている。アラビドプシス由来のKu70のアミノ酸配列を配列番号:1に、該アミノ酸配列をコードするDNAの塩基配列を配列番号:2に示す。また、アラビドプシス由来のKu80のアミノ酸配列を配列番号:3に、該アミノ酸配列をコードするDNAの塩基配列を配列番号:4に示す。
【0022】
本発明において「タンパク質の機能の抑制」とは、タンパク質の機能の完全な抑制と部分的な抑制の双方を含む意である。タンパク質の機能を抑制する方法としては、例えば、RNA干渉技術を利用する方法、アンチセンス技術を利用する方法、リボザイム技術を利用する方法、標的遺伝子を破壊する方法など、当業者にとって周知の方法が使用可能である。
【0023】
RNA干渉を利用する方法においては、標的遺伝子の転写産物と相補的なdsRNA(二重鎖RNA)をコードするDNAを用いる。細胞に約40〜数百塩基対のdsRNAが導入されると、ヘリカーゼドメインを持つダイサー(Dicer)と呼ばれるRNaseIII様のヌクレアーゼが、ATP存在下で、dsRNAを3'末端から約21〜23塩基対ずつ切り出し、siRNA(short interference RNA)が生じる。このsiRNAに、特異的なタンパク質が結合して、ヌクレアーゼ複合体(RISC:RNA-induced silencing complex)が形成される。この複合体はsiRNAと同じ配列を認識して結合し、RNaseIII様の酵素活性によってsiRNAの中央部で標的遺伝子の転写産物(mRNA)を切断する。また、この経路とは別にsiRNAのアンチセンス鎖がmRNAに結合してRNA依存性RNAポリメラーゼ(RsRP)のプライマーとして作用し、dsRNAが合成される。このdsRNAが再びダイサーの基質となって、新たなsiRNAを生じて作用を増幅する経路も考えられている。
【0024】
dsRNAをコードするDNAは、標的遺伝子の転写産物(mRNA)のいずれかの領域に対するアンチセンスRNAをコードしたアンチセンスDNAと、該mRNAのいずれかの領域のセンスRNAをコードしたセンスDNAを含み、該アンチセンスDNAおよび該センスDNAより、それぞれアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させることができる。また、これらのアンチセンスRNAおよびセンスRNAよりdsRNAを作製することができる。
【0025】
sRNAの発現システムをベクター等に保持させる場合の構成としては、同一のベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる場合と、異なるベクターからそれぞれアンチセンスRNAとセンスRNAを発現させる場合がある。同一のベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる構成としては、例えば、アンチセンスDNAおよびセンスDNAの上流にそれぞれpolIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセットとセンスRNA発現カセットをそれぞれ構築し、これらカセットを同方向にあるいは逆方向にベクターに挿入する構成である。
【0026】
また、異なる鎖上に対向するように、アンチセンスDNAとセンスDNAとを逆向きに配置した発現システムを構成することもできる。この構成では、アンチセンスRNAコード鎖とセンスRNAコード鎖とが対となった一つの二本鎖DNA(siRNAコードDNA)が備えられ、その両側にそれぞれの鎖からアンチセンスRNAとセンスRNAとを発現し得るようにプロモーターを対向して備える。この場合には、センスRNAとアンチセンスRNAの下流に余分な配列が付加されることを避けるために、それぞれの鎖(アンチセンスRNAコード鎖、センスRNAコード鎖)の3'末端にターミネーターをそれぞれ備えることが好ましい。このターミネーターは、A(アデニン)塩基を4つ以上連続させた配列などを用いることができる。また、このパリンドロームスタイルの発現システムでは、二つのプロモーターの種類は異なっていることが好ましい。
【0027】
また、異なるベクターからアンチセンスRNAおよびセンスRNAを発現させる構成としては、例えば、アンチセンスDNAおよびセンスDNAの上流にそれぞれpolIII系のような短いRNAを発現し得るプロモーターを連結させたアンチセンスRNA発現カセットとセンスRNA発現カセットとをそれぞれ構築し、これらカセットを異なるベクターに保持させる構成である。
【0028】
本発明に用いるdsRNAとしては、siRNAが好ましい。siRNAは、細胞内で毒性を示さない範囲の短鎖からなる二重鎖RNAを意味する。標的遺伝子の発現を抑制することができ、かつ、毒性を示さなければ、その鎖長に特に制限はない。dsRNAの鎖長は、例えば、15〜49塩基対であり、好適には15〜35塩基対でり、さらに好適には21〜30塩基対である。
【0029】
dsRNAをコードするDNAとしては、標的配列のインバーテッドリピートの間に適当な配列(イントロン配列が望ましい)を挿入し、ヘアピン構造を持つダブルストランドRNA(self-complementary 'hairpin' RNA(hpRNA))を作るようなコンストラクト(Smith, N.A., et al. Nature, 407: 319, 2000、Wesley, S. V. et al. Plant J. 27: 581, 2001、Piccin, A. et al. Nucleic Acids Res. 29: E55, 2001)を用いることもできる。
【0030】
dsRNAをコードするDNAは、標的遺伝子の塩基配列と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の配列の同一性を有する。配列の同一性は、BLASTプログラムにより決定することができる。
【0031】
dsRNAにおけるRNA同士が対合した二重鎖RNAの部分は、完全に対合しているものに限らず、ミスマッチ(対応する塩基が相補的でない)、バルジ(一方の鎖に対応する塩基がない)などにより不対合部分が含まれていてもよい。本発明においては、dsRNAにおけるRNA同士が対合する二重鎖RNA領域中に、バルジおよびミスマッチの両方が含まれていてもよい。
【0032】
また、アンチセンス技術を利用する方法においては、標的遺伝子の転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA(アンチセンスDNA)を用いる。アンチセンスDNAが標的遺伝子の発現を抑制する作用としては、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造がつくられた部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエキソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制などが挙げられる。これらは、転写、スプライシング、または翻訳の過程を阻害して、標的遺伝子の発現を抑制する(平島および井上「新生化学実験講座2 核酸IV 遺伝子の複製と発現」,日本生化学会編,東京化学同人, pp.319-347, 1993)。本発明で用いられるアンチセンスDNAは、上記のいずれの作用で標的遺伝子の発現を抑制してもよい。一つの態様としては、標的遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的であろう。しかし、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用し得る。このように、遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含むDNAも、本発明で利用されるアンチセンスDNAに含まれる。使用されるアンチセンスDNAは、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。
【0033】
アンチセンスDNAは、標的遺伝子の配列情報を基にホスホロチオネート法(Stein, Nucleic Acids Res., 16:3209-3221, 1988)などにより調製することが可能である。アンチセンスDNAの配列は、標的遺伝子の転写産物と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に阻害できる限り、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的とする遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上(例えば、95%、96%、97%、98%、99%以上)の相補性を有する。効果的に標的遺伝子の発現を阻害するには、アンチセンスDNAの長さは、少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。通常、用いられるアンチセンスDNAの長さは5kbよりも短く、好ましくは2.5kbよりも短い。
【0034】
また、リボザイム技術を利用する方法においては、標的遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNAを用いる。リボザイムには、グループIイントロン型や、RNasePに含まれるM1RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子、タンパク質核酸酵素, 35:2191, 1990)。
【0035】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15のC15の3'側を切断するが、活性にはU14が9位のAと塩基対を形成することが重要とされ、15位の塩基はCの他にAまたはUでも切断されることが示されている(Koizumi et. al., FEBS Lett. 228:225, 1988)。リボザイムの基質結合部を標的部位近傍のRNA配列と相補的になるように設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することが可能である(Koizumi et. al., FEBS Lett. 239:285, 1988、小泉誠および大塚栄子,タンパク質核酸酵素,35:2191, 1990、Koizumi et. al., Nucleic. Acids. Res. 17:7059, 1989)。
【0036】
また、ヘアピン型リボザイムも、本発明の目的のために有用である。ヘアピン型リボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan, Nature 323:349, 1986)。このリボザイムも、標的特異的なRNA切断を起こすように設計できることが示されている(Kikuchi and Sasaki, Nucleic Acids Res. 19:6751, 1992、菊池洋,化学と生物 30:112, 1992)。標的を切断できるよう設計されたリボザイムは、植物細胞中で転写されるようにカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどのプロモーターおよび転写終結配列に連結される。このような構成単位をタンデムに並べ、標的遺伝子内の複数の部位を切断できるようにして、より効果を高めることもできる(Yuyama et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 186:1271, 1992)。このようなリボザイムを用いて標的遺伝子の転写産物を特異的に切断し、該遺伝子の発現を抑制することができる。
【0037】
これら標的遺伝子の機能を抑制する分子を植物細胞内で発現させるためのベクターやベクターを植物細胞へ導入する手法については、後述する制限エンドヌクレアーゼを発現させるためのベクターの場合と同様である。
【0038】
また、標的遺伝子を破壊する方法においては、例えば、相同組換えを利用したノックアウト技術を用いることができる。ノックアウト技術においては、標的遺伝子領域との間で相同組換えが生じるように、該標的遺伝子領域の少なくとも一部の配列と相同な配列を持つターゲティングDNA構築物を細胞に導入する。ターゲティングDNA構築物は、典型的には、標的遺伝子を破壊するためのDNAの各末端に、標的DNA部位の配列と相同な配列からなるDNAが隣接した構造を有している。即ち、相同DNAは、ターゲティングDNA構築物の左右のアームにあり、標的遺伝子を破壊するためのDNAは、この2本のアームの間に位置している。ここで「相同」とは、配列同士が完全に(即ち、100%)同一である場合の他、相同組換えが生じる限り、一部の配列が相違している場合も含まれる。通常、少なくとも95%以上、好ましくは97%以上、さらに好ましくは99%以上の配列が同一である。染色体上の標的遺伝子領域とターゲティングDNA構築物の相同な配列とが相互作用することにより、標的遺伝子領域の特定の配列と、ターゲティングDNA構築物上のDNAが交換され、これにより標的遺伝子をノックアウトすることができる。ターゲティングDNA構築物の作製においては、例えば、クローン化した標的遺伝子の内部にマーカー遺伝子を挿入したDNAを利用することができる。
【0039】
その他、トランスポゾンの転移により標的遺伝子が破壊された植物細胞や、紫外線などの高エネルギーの電磁波の照射あるいは変異原性化学物質などで化学的に標的遺伝子が破壊された植物細胞を、本発明において用いることもできる。
【0040】
なお、本発明に用いるDNAの組換え、ベクターの構築、及びベクターの細胞への導入などの基本的な操作や手法については、文献(サムブルックらの分子クローニング:研究室マニュアル、コールドスプリングハーバー、NY)を参照のこと。
【0041】
本発明に用いる植物細胞の由来する植物に特に制限はなく、例えば、アラビドプシス、イネ、オオムギ、トウモロコシ、トマト、ダイズ、ジャガイモ、タバコなどが挙げられる。本発明に用いる植物細胞には、培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。また、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス、未熟胚、花粉などが含まれる。
【0042】
本発明においては、上記植物細胞において、制限エンドヌクレアーゼを発現させ、該植物細胞の染色体における制限エンドヌクレアーゼの標的DNA部位で二重鎖切断を誘導する。
【0043】
本発明に用いられる制限エンドヌクレアーゼとしては、標的DNA部位に、その認識配列を持つ所望の制限エンドヌクレアーゼを用いることができる。ここで「標的DNA部位」とは、二重鎖切断後の非相同末端結合を介して変異を導入することを意図する染色体上の位置を意味する。
【0044】
本発明に用いる好ましい制限エンドヌクレアーゼとしては、特異的ヌクレオチド配列を認識するジンクフィンガードメインと制限酵素からの非特異的DNA開裂ドメインとを融合して調製したジンクフィンガーヌクレアーゼ(キメラ制限エンドヌクレアーゼ)(国際公開第00/46386号パンフレット、国際公開第03/080809号パンフレット)である。キメラ制限エンドヌクレアーゼの調製においては、ジンクフィンガードメインと非特異的DNA開裂ドメインは、単一の連続ユニットして調製することもでき、また、別々に製造した上で、結合することもできる。
【0045】
また、本発明においては、染色体上にその認識部位がある限り、染色体上で低い頻度で切断を生じさせるメガヌクレアーゼ酵素を用いることもできる。メガヌクレアーゼ酵素としては、例えば、18塩基配列(5'-TAGGGATAA↓CAGGGTAAT-3’)を認識し,3'-OHの4塩基突出末端を生成するI-SceIが挙げられるが、本発明においては、目的に応じて、I-ChuI、I-DmoI、I-CreI、I-CsmI、PI-SceI、PI-PfuIなど、その他種々のメガヌクレアーゼ酵素を用いることができる。また、目的に応じて、当初のメガヌクレアーゼとは異なる部位を認識・切断するように変異させた、カスタムメイドメガヌクレアーゼ(国際公開第2004/067736号パンフレット)を、本発明において用いることもできる。
【0046】
二重鎖切断を生じさせるために、制限エンドヌクレアーゼは、それをコードする核酸を含むベクターとして植物細胞に導入し、発現させることができる。細胞内で制限エンドヌクレアーゼを発現させるためのベクターとしては、特に制限はなく、目的に応じて種々のベクターを使用すること可能である。ベクターにおいて、制限エンドヌクレアーゼをコードする核酸は、少なくとも1個の発現制御配列に機能的に(即ち、細胞内で発現させることが可能な形態で)連結されている。このような発現制御配列には、プロモーター配列及びエンハンサーが含まれる。本発明のDNAを誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、高温、低温、乾燥、紫外線の照射、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入、特定の化合物の散布などの外因によって発現することが知られているプロモーターなどが挙げられる。このようなプロモーターとしては、例えば、高温によって誘導されるアラビドプシスのHSP18.2遺伝子のプロモーターやイネのhsp80遺伝子とhsp72遺伝子のプロモーター、低温によって誘導されるイネのlip19遺伝子のプロモーター、乾燥によって誘導されるアラビドプシスのrab16遺伝子のプロモーター、紫外線の照射によって誘導されるパセリのカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター、嫌気的条件で誘導されるトウモロコシのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーター、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入によって発現するイネキチナーゼ遺伝子のプロモーターやタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーターなどが挙げられる。また、イネキチナーゼ遺伝子のプロモーターとタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーターはサリチル酸などの特定の化合物によって、rab16は植物ホルモンのアブシジン酸の散布によっても誘導される。一方、恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター、イネのアクチンプロモーター、トウモロコシのユビキチンプロモーターなどが挙げられる。
【0047】
植物細胞へのベクターの導入は、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など当業者に公知の種々の方法を用いることができる。
【0048】
制限エンドヌクレアーゼの作用によって切断された標的DNA部位は、植物細胞内において、非相同末端結合による修復過程を受ける。この修復過程で、該標的DNA部位に変異が生じうる。本発明の方法によって製造される植物細胞は、好ましくは、標的DNA部位において、上記のサイレントでない変異を有するものである。
【0049】
本発明の方法により製造された植物細胞は、再生させることにより植物体を得ることができる。標的DNA部位にサイレントでない変異が導入された植物細胞は、内在性遺伝子の機能が抑制されるため、このような植物細胞から再生させた植物体は、内在性遺伝子の機能の抑制に伴い、表現型が変化しうる。従って、本発明の方法を利用すれば、植物の育種を効率的に行うことが可能である。
【0050】
植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、アラビドプシスであればAkamaら(Plant Cell Reports 12: 7-11, 1992)に記載の方法が挙げられ、イネであればDatta(In Gene Transfer To Plants(Potrykus I and Spangenberg Eds.) pp66-74, 1995)に記載された方法、Tokiら(Plant Physiol. 100: 1503-1507, 1992)に記載された方法、Christouら(Bio/technology, 9: 957-962, 1991)に記載された方法およびHieiら(Plant J. 6: 271-282, 1994)に記載された方法が挙げられ、オオムギであれば、Tingayら(Plant J. 11: 1369-1376, 1997)に記載された方法、Murrayら(Plant Cell Report 22: 397-402, 2004)に記載された方法、およびTravallaら(Plant Cell Report 23: 780-789, 2005)に記載された方法が挙げられ、トウモロコシであればShillitoら(Bio/Technology, 7: 581, 1989)に記載された方法やGorden-Kammら(Plant Cell 2: 603, 1990)に記載された方法が挙げられ、トマトであればMatsukuraら(J. Exp. Bot., 44: 1837-1845, 1993)に記載された方法が挙げられ、ダイズであれば、特許公報(米国特許第5,416,011号)に記載された方法が挙げられ、ジャガイモであればVisserら(Theor. Appl. Genet, 78: 594, 1989)に記載された方法が挙げられ、タバコであればNagataとTakebe(Planta, 99: 12, 1971)に記載された方法が挙げられる。
【0051】
一旦、染色体上の標的DNAに変異が導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本発明には、染色体上の標的DNAに変異が導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料が含まれる。
【0052】
本発明は、また、上記本発明の方法に用いるためのキットを提供する。本発明のキットは、少なくとも、(a)切断された二重鎖DNAの修復に関与するタンパク質の機能が人為的に抑制されている植物細胞、(b)植物細胞において、切断された二重鎖DNAの修復に関与するタンパク質の機能を人為的に抑制するためのDNA構築物(例えば、上記の、二重鎖RNAをコードするDNA、アンチセンスRNAをコードするDNA、またはリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA、を発現可能に保持するベクター)、(c)制限エンドヌクレアーゼを植物細胞内で発現させるためのDNA構築物(例えば、上記の、制限エンドヌクレアーゼをコードするDNAを発現可能に保持するベクター)、のいずれか一つの標品を含む。さらに、本発明のキットは、キットの使用説明書を含んでいてもよい。
【実施例】
【0053】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
(実施例1) ジンクフィンガーヌクレアーゼを利用した、アラビドプシスのABI4遺伝子における変異の導入と、導入される変異におけるKu80欠損の効果
アラビドプシスにおいてジンクフィンガーが仲介した部位特異的変異誘発を証明するために、本発明者らは、ABI4遺伝子を選択した。本発明者らは、ABI4において、ジンクフィンガーヌクレアーゼの完全なコンセンサス標的部位[5’-NNCNNCNNCNNNNNGNNGNNGNN-3’(N=A,C,GおよびT)/配列番号:5]を見出した。
【0055】
本実施例において、ジンクフィンガーヌクレアーゼを構築するための、モジュールの組み立てにおいては、Wrightら(Wright DA, et al. Nat Protoc 1: 1637-1652, 2006)により報告された方法に多少の改変を施した方法を用いた。特異性決定残基の近傍のアミノ酸配列は、ZF-AAA(GGA GGA GGAを標的とする)においては、フィンガー1「QRAHLER/配列番号:6」、フィンガー2「QSGHLQR/配列番号:7」、およびフィンガー3「QRAHLER/配列番号:8」、ZF-TCC(GTG GCG GCGを標的とする)においては、フィンガー1「RSDALTR/配列番号:9」、フィンガー2「RSDDLQR/配列番号:10」、およびフィンガー3「RSDDLQR/配列番号:11」である。ジンクフィンガータンパク質のこれらのコード配列(アニールさせた表1に記載のオリゴDNA)をpGB-FBベクター(Wright DA, et al. Nat Protoc 1: 1637-1652, 2006)のXbaI部位とBamHI部位の間にクローニングした(図1)。
【0056】
【表1】
【0057】
XbaI-BamHI消化により、このベクターからZF1/ZF2/ZF3ドメインを切り出し、これをpP1.2gfPhsZFNベクターに挿入し、ジンクフィンガー発現ベクター「pP1.2gfbPhsZFN-ABI4」を構築した(図2)。このプラスミドは、アラビドプシスのヒートショックタンパク質HSP18.2遺伝子のプロモーター(Takahashi T, et al., Plant J 2: 751-761, 1992)を持ち、ヒートショックによりジンクフィンガーヌクレアーゼを一過性に発現させることができる。このため、細胞毒性を回避できるという利点がある(Porteus MH, Mol Ther 13: 438-446, 2006)。
【0058】
ジンクフィンガーヌクレアーゼ活性の誘導が、in vivoにおいてアラビドプシスゲノムを消化し、アラビドプシス細胞におけるその認識配列で変異を誘導することができるか否かを決定するために、エレクトロポレーションにより、このベクターをアグロバクテリウム・ツメファシエンス株GV3101に導入し、フローラルディップ法(Clough SJ & Bent AF, Plant J 16: 735-743, 1998)によりアラビドプシスに導入した。形質転換植物は、1.5μg/mlのブラストサイジン-Sを含む培地上で、GFP蛍光の出現により選抜した(Ochiai-Fukuda T, et al. J Biotechnol 122: 521-527, 2005)。幼植物は、22℃で12日間、プレート上で育成した。その後、プレートをプラスチックラップで包み、ヒートショックとして、40℃で90分間、水に浸した。幼植物は、22℃でさらに24時間育成し、その後、DNAを抽出した。本発明者らは、非熱誘導の対照実験のため、熱誘導前のこれらの系の本葉からもDNAを抽出した。
【0059】
ジンクフィンガー活性の誘導がその認識配列において変異を誘導することができるか否かを決定するために、本発明者らは、ミスマッチ特異的エンドヌクレアーゼを利用した方法を開発した。この方法においては、ジンクフィンガーヌクレアーゼにより誘導されたABI4遺伝子内の変異を検出するために、SURVEYOR Mutation Detection Kit(Transgenomic社)を使用した。ZFN-AAA/ZFN-TCCペア部位を囲む685塩基対領域を、高正確性DNAポリメラーゼであるKOD-Plus(TOYOBO社)を用いて、PCRにより増幅した。PCR反応(50μl)を2.5ユニットのKOD-Plus(TOYOBO社)を用い、0.2mMのdNTPsおよび1mMのプライマー(ABI4-F1:5’-TGGACCCTTTAGCTTCCCAACATCAACACA-3’/配列番号:24、およびABI4-R1:5’-ACCGGAACATCAGTGAGCTCGATGTCAGAA-3’/配列番号:25)を含むバッファー中で実施した。約30ngのゲノムDNAをPCR反応の鋳型として使用した。PCR反応プログラムは、95℃で15秒の変性、次いで、「95℃で15秒、65℃で15秒、68℃で60秒;68℃で7分の最終伸長」を35サイクルである。ジンクフィンガーヌクレアーゼにより誘導された変異を決定するために、最初のPCR産物をpCR-TOPOベクター(Invitrogen社)にクローニングし、ABI4遺伝子断片を含む各々の単一コロニーを作製した。これらコロニーから再度PCR反応を行い、得られた産物を上記のSURVEYORヌクレアーゼ解析により解析し、この解析において変異を示した単一コロニーからプラスミドを単離し、その塩基配列を決定した。
【0060】
解析の結果、ジンクフィンガーヌクレアーゼがヒートショックで誘導されていない対照の幼植物体には、変異を含むクローンは見出されなかった。一方、ヒートショックを与えた系の標的配列では変異が認められたが、変異の大部分は、大きな欠失や挿入を伴わない、置換型であった。
【0061】
本発明者らは、Kuタンパク質の活性が、DNA二重鎖切断末端における大きな欠失および/または挿入のような劇的な修飾を阻害しているとの仮説を立て、これを検証するために、非相同末端結合が欠損したアラビドプシス変異体である「atku80」(West SC, et al., Plant J 31: 517-528, 2002)における変異タイプと頻度を調査した。ジンクフィンガーヌクレアーゼを、PEG-カルシウム法(Yoo S-D, et al., Nat protocols 2: 1565-1572, 2007)により、pP1.2gfbPhsZFN-ABI4を野生型およびatku80の植物から調製したプロトプラストに導入し、一過性で発現させ、変異の分析を、上記の通り実施した。
【0062】
野生型植物とatku80植物における変異の頻度と分布を図3に示す。atku80細胞において、表現形に表れる修復が起こる割合は、2.7倍に増加した(図3A、B)。特に、4塩基以上の欠失は、劇的に増加し、野生型と比較して20倍となった(図3A)。しかしながら、atku80細胞における変異の頻度は、野生型と同等であった(図3C)。以上から、本発明者らは、AtKu80がジンクフィンガーヌクレアーゼによるDNA二重鎖切断部位における末端分解を回避するために機能していると結論づけた。しかしながら一方変異の頻度は変わらなかったことから、atku80変異体においては、DNA二重鎖切断末端の削りこみが行われた後、相同組換えによる正確な修復が行われる頻度が高くなるのではないかと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明により、制限エンドヌクレアーゼによるDNA二重鎖切断後の非相同末端結合による修復過程を介した、遺伝的に改変された植物細胞の製造において、標的DNA部位内にサイレントでない変異が導入される頻度を飛躍的に向上させることが可能となった。これまで、特に高等植物では、DNA二重鎖切断によるサイレントでない変異の導入効率が低く、その実用化を妨げてきたが、本発明により、その効率を飛躍的に高めることが可能となった。従って、本発明は、植物の遺伝子の機能解析のみならず、植物の品種改良の進展において、大きく貢献するものと考えられる。
【配列表フリーテキスト】
【0064】
配列番号5
<223> nはa、c、g、又はtを示す
<223> ZFNsのコンセンサス標的サイト
配列番号6〜11
<223> 人工的に合成されたジンクフィンガーのアミノ酸配列
配列番号12〜23
<223> 人工的に合成されたジンクフィンガーをコードする塩基配列
配列番号24〜25
<223> 人工的に合成されたプライマーの塩基配列
図1
図2
図3
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]