特許第5780651号(P5780651)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 不二製油株式会社の特許一覧 ▶ 学校法人近畿大学の特許一覧

<>
  • 特許5780651-エクオールの不斉合成法 図000016
  • 特許5780651-エクオールの不斉合成法 図000017
  • 特許5780651-エクオールの不斉合成法 図000018
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5780651
(24)【登録日】2015年7月24日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】エクオールの不斉合成法
(51)【国際特許分類】
   C12P 41/00 20060101AFI20150827BHJP
【FI】
   C12P41/00 C
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2011-531959(P2011-531959)
(86)(22)【出願日】2010年9月16日
(86)【国際出願番号】JP2010066026
(87)【国際公開番号】WO2011034126
(87)【国際公開日】20110324
【審査請求日】2013年8月27日
(31)【優先権主張番号】特願2009-216601(P2009-216601)
(32)【優先日】2009年9月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000236768
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000125347
【氏名又は名称】学校法人近畿大学
(74)【代理人】
【識別番号】100081422
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 光雄
(74)【代理人】
【識別番号】100084146
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100157956
【弁理士】
【氏名又は名称】稲井 史生
(72)【発明者】
【氏名】宮澤 三雄
(72)【発明者】
【氏名】堀部 功
(72)【発明者】
【氏名】荒木 秀雄
【審査官】 吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】 特表2009−503079(JP,A)
【文献】 特開2008−061584(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 41/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】

【化1】
のダイゼインを出発物質としてエクオールを製造する方法であって、
(1)ダイゼインのヒドロキシル基に保護基を導入し、
(2)工程(1)で得られた化合物のαβ−不飽和ケトンを還元し、シス−トランス異性体を分離して、式
【化2】
の化合物、ここで、Proは保護基を示す、を含む画分を得て
(3)工程(2)で得られた画分をPseudomonas属由来のリパーゼにより不斉エステル化し、
(4)工程(3)で得られた化合物のアシルオキシ基を還元的に脱離し、
(5)工程(4)で得られた化合物から保護基を除去する、
工程を含むことを特徴とする光学活性なエクオール・エナンチオマーを得る方法。
【請求項2】
さらに工程(3)において、リパーゼにより不斉エステル化された化合物と、不斉エステル化されなかった物質を分離することを含む、請求項に記載の方法。
【請求項3】
リパーゼがPseudomonas fluorescens由来である、請求項またはの何れかに記載の方法。
【請求項4】
保護基がメトキシメチルである、請求項1〜の何れかに記載の方法。
【請求項5】
エクオールが(S)エナンチオマー過剰率60%以上のエクオールである、請求項1〜の何れかに記載の方法。
【請求項6】
(S)エナンチオマー過剰率が90%以上である、請求項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイゼインを原料として、光学活性なエクオールを合成化学的に得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソフラボン類の代謝産物であるエクオールは、乳がん、前立腺がん等に対する予防効果を有すること、そして更年期障害、閉経後の骨粗鬆症、高脂血症、高血圧等に対する改善効果を有することが知られている。
【0003】
イソフラボン類からエクオールへの代謝はヒトの腸内細菌により行われるが、これには個体差があり、エクオール産生菌を持たないヒトもいる。エクオール産生菌を持たないヒトは、大豆製品等によりイソフラボン類を摂取してもこれを代謝して活性物質であるエクオールを産生することができないため、その有用な効果を十分に享受できない。したがってこのような場合には、大豆製品等によるイソフラボン類の摂取ではなく、エクオールを直接摂取することが必要である。したがって、エクオールを生体外で、安価かつ大量に製造する方法が必要である。
【0004】
エクオールを生体外で生産する方法として、ダイゼインを微生物(通常は乳酸菌)により資化してエクオールを産生する発酵法での生産が試みられているが(特許文献1〜3)、大豆製品そのものを原料とするため、収率が低い、大規模な設備が必要である、嫌気的条件下で長時間発酵させなければならない、精製工程が煩雑である等、エクオールを得る方法としては効率が悪い。
【0005】
これに対して、合成化学的な手法でのエクオール合成の検討も行われている(特許文献4、非特許文献1〜3)。しかし、天然のエクオールが(S)-光学活性体であるのに対し、通常の合成法ではラセミ体が得られ、光学活性体は得られない。(S)-エクオールが(R)-エクオールよりも高い抗がん作用を有することが知られているので、光学純度のより高い(S)-エクオールを提供することが望まれる。そこで、化学合成法の中でも光学分割により、特定の光学活性体を得る試みもなされているが、光学分割に用いる試薬が非常に高価であったり、光学活性体が得られるものの光学純度が低いなどの問題がなおも存在する。
【0006】
一方、リパーゼを用いる光学分割法についても知られているが、ダイゼイン類に関してリパーゼを用いることは知られていない(特許文献5)。
【特許文献1】国際公開第WO2005/000042号公報
【特許文献2】国際公開第WO2007/066655号公報
【特許文献3】特表2006−504409号公報
【特許文献4】米国特許出願第20070027329号
【特許文献5】特開平06−056774号公報
【非特許文献1】Stereoselective Synthesis of Isoflavonoids, (R)- and (S)-Isoflavans, M. Versteeg, B.C.B.Bezuidenhoudt and D. Ferreira, Tetrahedron 55 3365 - 3376 (1999)
【非特許文献2】Total Synthesis of (S)-Equol, J. M. Heemstra et. Al. Org. Letters 8 (24) 5441 - 5443 (2006)
【非特許文献3】New synthetic route to (S)-(-)-equol through allylic substitution, Y. Takashima, Y. Kobayashi, Tetrahedron Letters 49 5156 - 5158 (2008)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題とするところは、エクオールの製造において微生物発酵法のように生産効率に問題がある方法ではなく、また既に知られている他の化学合成法のように費用や光学純度に問題がある方法でもない、安価に行うことが可能で、しかも効率のよい製造法として、光学活性なエクオールを得るための優れた化学合成法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究するなかで、光学活性なエクオールの合成における複数工程中で、リパーゼを用いた不斉エステル化反応が有利に適用可能であることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は、式
【化1】
のダイゼインを出発物質としてエクオールを製造する方法において、リパーゼによる不斉エステル化反応による光学分割の工程を含むことを特徴とする光学活性なエクオール・エナンチオマーを得る方法を提供する。
【0010】
また本発明は、好ましい態様において、
(1)ダイゼインのヒドロキシル基に保護基を導入し、
(2)工程(1)で得られた化合物のαβ−不飽和ケトンを還元し、
(3)工程(2)で得られた化合物をリパーゼにより不斉エステル化し、
(4)工程(3)で得られた化合物のアシルオキシ基を還元的に脱離し、
(5)工程(4)で得られた化合物から保護基を除去する
ことを含む上記方法を提供する。
【0011】
より好ましい態様において、本発明は、さらに上記工程(2)において、シス−トランス異性体を分離することを含む上記方法を提供する。
【0012】
より好ましい態様において、本発明は、さらに工程(3)において、リパーゼにより不斉エステル化された化合物と、不斉エステル化されなかった物質を分離することを含む上記方法を提供する。
【0013】
より好ましい態様において、本発明は、リパーゼがPseudomonas fluorescens由来である上記方法を提供する。
【0014】
より好ましい態様において、本発明は、保護基がメトキシメチルである上記方法を提供する。
【0015】
より好ましい態様において、本発明は、エクオールが(S)エナンチオマー過剰率60%以上のエクオールである上記方法を提供する。
【0016】
より好ましい態様において、本発明は、(S)エナンチオマー過剰率が90%以上である上記方法を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法により、天然型である、(S)-エクオールが簡便かつ安定的に、化学合成法によって得られる。また、本発明の方法は、リパーゼを用いて不斉的にエクオールを合成するため、特殊な試薬を用いることなく光学活性なエクオール・エナンチオマーを高光学純度で合成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の(S)-エクオール合成スキームを示す。
図2】イソフラボン誘導体のH NMR(核磁気共鳴)スペクトルデータを示す。
図3】イソフラボン誘導体の13C NMRスペクトルデータを示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
第1の態様において、本発明は、ダイゼインを出発物質としてエクオールを製造する方法において、リパーゼによる不斉エステル化反応による光学分割の工程を含むことを特徴とする光学活性なエクオール・エナンチオマーを得る方法を提供する。
【0020】
より具体的な態様において、本発明は、式
【化2】
のダイゼインを出発物質として光学活性なエクオール・エナンチオマーを合成する方法であって、
(1)ダイゼインのヒドロキシル基に保護基を導入し、
(2)工程(1)で得られた化合物のαβ−不飽和ケトンを還元し、
(3)工程(2)で得られた化合物をリパーゼにより不斉エステル化し、
(4)工程(3)で得られた化合物のアシルオキシ基を還元的に脱離し、
(5)工程(4)で得られた化合物から保護基を除去する
ことを含む方法を提供する。
【0021】
さらに具体的な態様において、例えば(S)-エクオールを合成するための本発明の方法は、ダイゼインを出発物質として、下記スキームに従って行うことができる:
【化3】
(上記式中、Proは保護基、例えばエーテル保護基、好ましくはメトキシメチル(MOM)を意味し、RはC1−7アシル基、好ましくはアセチルを意味し、波線はそれぞれ独立して、くさび型結合と破線結合のいずれかを意味する)。上記式中、特に好ましい保護基はメトキシメチル基であり、例えばダイゼインにメトキシメチル保護基を導入して精製することによって、グリシテイン等の出発物質中の不純物を分離することができる。
【0022】
本明細書において、「アシル」はRx−CO−で示される基であり得る。「アシルオキシ」はRx−COO−で示される基であり得る。上記RxはC1−6アルキル、C3−6シクロアルキルまたはフェニルである。アシルまたはアシルオキシ中のアルキル部分は、直鎖であっても、分枝鎖であってもよい。
【0023】
さらなる態様において、本発明は、上記ダイゼインを出発物質として光学活性なエクオール・エナンチオマーを合成する方法であって、工程(3)においてリパーゼにより不斉エステル化して得られた(+)または(-)化合物と、不斉エステル化が行われなかった他方の化合物との分離を含む方法に関する。上記方法の工程(4)および(5)は不斉エステル化して得られた(+)または(-)化合物の反応を意図しているが、不斉エステル化が行われなかった他方の化合物を常套の反応によってアシル化した後、上記方法の反応工程(4)および(5)を続けて実施することもできる。
【0024】
本発明の方法において出発物質として用いることができるダイゼインは、ダイゼインそのものであっても、ダイゼインを含む物質、例えば大豆、葛、葛根、レッドクローブ、アルファルファ等の植物自体、当該植物の一部もしくはその抽出物などの加工品、または当該植物起源、半合成もしくは合成イソフラボン誘導体、特に市販のイソフラボン誘導体であってもよい。典型的には本発明において、出発物質として大豆から抽出されたイソフラボン誘導体、特に市販の大豆抽出イソフラボン(ソヤフラボン)を用いることができる。特に好ましい態様において、ダイゼインを含む物質中のダイゼインの純度を向上させるため、当該物質を例えば酸または酵素で処理するなどの常套の方法によって前処理することができる。
【0025】
本発明において、光学活性なエクオール・エナンチオマーとは、(S)-エクオールと(R)-エクオール
【化4】
の何れか一方、特に(S)-エクオールが富化されたそれらの混合物、またはそれらの何れか一方のみの純粋なエクオール・エナンチオマーを意味する。典型的には、本発明の光学活性なエクオール・エナンチオマーは、エナンチオマー過剰率(ee、多い方の物質量から少ない方の物質量を引き、全体の物質量で割った値の100倍)60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上を有する。
【0026】
本明細書において用いる用語は、特に本明細書中に定義されていない限り、当該技術分野、特に有機合成の分野において一般に理解される意味を有する。当業者は、本願明細書の記載に基づいて、所望により一般的な文献、例えば有機合成のための参考書を参照しながら、本願発明を十分に実施することができる。
【0027】
本発明の方法における上記工程(1)において、使用し得る保護基は、ヒドロキシル基の保護に使用することができる常套のエーテル保護基の何れかである。好ましくは1−エトキシエチル基、2−メトキシエチル基、特に好ましくはメトキシメチル基を保護基として用いる。保護基の導入は、使用する保護基に応じて、当該技術分野において既知の適切な条件下で行うことができる。例えば保護基がメトキシメチル基であるとき、例えば、ジクロロメタンまたは1,2−ジクロロエタンなどの適切な溶媒中、1N 水酸化金属塩(ナトリウム塩、カリウム塩など)の水溶液と異相間移動触媒、例えばアドゲンなどの存在下、0℃〜室温でクロロメチルメチルエーテルで処理する。より好ましくは上記ジクロロメタンなどの適切な溶媒中、N,N-ジイソプロピルエチルアミンの存在下、0℃〜40℃、例えば室温で、クロロメチルメチルエーテルで1〜5時間、好ましくは3時間処理してダイゼインにメトキシメチル保護基を導入することができる。
【0028】
本発明の方法における上記工程(2)において、還元は当該技術分野において既知の適切な条件下で行うことができる。例えば、好ましくはメタノール、エタノール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテルなどの適切な溶媒中、より好ましくはテトラヒドロフラン中、0℃〜40℃、例えば室温で、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素リチウムなどの還元剤、より好ましくは水素化ホウ素ナトリウム(例えばそのエタノール懸濁液)で長時間(5時間〜1日)処理して、還元を行うことができる。あるいは、Pd/C、Pd(OH)2またはPdO2のような触媒を用いて接触還元を行ってもよい。
【0029】
典型的には、上記工程(2)の還元反応において4種の異性体が生じ得る。すなわち、式
【化5】
の化合物がそれぞれ得られる(ただし、それぞれの異性体の相対的な物質量は反応条件に依存して変化し得て、特定の異性体が実質的に得られないこともあり得る)。好ましくは、工程(2)において適切な還元条件を用いるか、あるいはクロマトグラフ等による精製を行うことによって、次の工程(3)に用いる何れかの異性体の純度を高めることができる。特に好ましくは、本明細書の実施例に記載のように、クロマトグラフによってシス−トランス化合物を分離することができる。
【0030】
本発明の方法における上記工程(3)において、使用し得るリパーゼは、例えばリパーゼAS(Aspergillus niger由来)、リパーゼAYS(Candida rugosa由来)、リパーゼPS(Burkholderia cepacia由来)、リパーゼAK(Pseudomonas fluorescens由来)、リパーゼMY(Candida cylindracea由来)、リパーゼPP(Porcine pancreas由来)、リパーゼRM(Rhizomucor miehei由来)、リパーゼCA(Candida antarctica由来)を含むが、これらに限定されない。例えば(S)-エクオールを合成するとき、特に好ましいリパーゼはPseudomonas fluorescens由来のものである。工程(3)の不斉エステル化反応は、何れかの上記リパーゼの存在下、使用するリパーゼの種類に従う適切な条件下、例えば10〜80℃、好ましくは20〜70℃、より好ましくは50〜60℃、好ましくはヘキサン、シクロヘキサン、イソプロピルエーテル、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、トルエン、アセトンなどの適切な溶媒中、より好ましくはイソプロピルエーテル中、工程(2)の反応生成物と適切なエステル化剤、例えばビニルアセテート、イソプロペニルアセテート、より好ましくはビニルアセテートを反応させて行うことができる。
【0031】
本発明の技術的範囲は理論に縛られないが、例えばリパーゼAKを用いて不斉エステル化を行うとき、リパーゼAKは、工程(2)の4種の異性体のうち、エステル化剤の存在下では、式
【化6】
のヒドロキシル基OHのみを立体選択的にエステル交換すると考えられる。より具体的には、エステル化剤とリパーゼから生成するアシル酵素中間体を、上記化合物のみが求核反応することで、立体選択的にエステル交換が行われ、式
【化7】
のエステル化化合物と他の立体配置を有する工程(2)の異性体が得られる。
【0032】
好ましい態様において、本発明の方法における上記工程(3)において、エステル化化合物と非エステル化化合物とを分離する工程を含んでいてもよい。かかる分離はクロマトグラフ等の当該技術分野において既知の何れかの方法を用いて行うことができ、例えば好ましくは、本明細書の実施例に記載の方法に準じて行うことができる。
【0033】
本発明の方法における上記工程(4)において、例えば、好ましくはドライアイス−アセトンまたはドライアイス−エーテルのような寒剤の存在下、液体アンモニア中、金属リチウムまたは金属ナトリウムのような金属還元剤の存在下、メタノール、エタノール、塩化アンモニウムなどをプロトン源として、好ましくは塩化アンモニウムを用いて、上記式のアシルオキシOR基の還元的脱離反応を行うことができる。
【0034】
本発明の方法における上記工程(5)において、工程(1)で導入した保護基の種類に応じて、当該技術分野において既知の適切な条件下で当該保護基の除去を行うことができる。例えば保護基がメトキシメチル基であるとき、加水分解によって、例えば、メタノール、エタノール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、アセトン、ジクロロメタンなどの適切な溶媒中、好ましくはメタノール:ジクロロメタン=(1:1)の混合溶媒中、0℃〜40℃、例えば室温で、塩酸、硫酸、過塩素酸などの強酸、より好ましくは濃塩酸と長時間、好ましくは5〜6時間処理してメトキシメチル保護基を除去することができる。
【0035】
本発明の方法における各上記工程後、所望により、目的生成物とその他の物質、例えば出発物質、副生成物、溶媒、反応剤などを分離して精製することができる。精製は当該技術分野において既知の何れかの方法、例えば抽出、クロマトグラフ、濾過、蒸発等によって、特に好ましくは本明細書の実施例に記載の方法に準じて、容易に行うことができる。具体的な精製条件は、目的生成物とその他の物質の性質および用いる精製方法に従って、当業者が容易に決定することができる。
【0036】
また、本発明の方法における上記各工程において得られた物質が目的物質であることを確認するため、各工程後、所望により、一般的な構造決定方法、例えば質量分析またはNMR測定によって得られた物質の構造を確認してもよい。あるいは同じ目的で、得られた物質の融点測定、質量分析またはTLC等のクロマトグラフ法による保持時間測定等によって得られるデータと参照データを比較して、目的物質が得られたことを確認することもできる。さらに、クロマトグラフ法等の常套の方法によって、得られた生成物の純度を確認することもできる。あるいは、各工程中に上記何れかの測定などを行って、反応の進行を確認してもよい。
【0037】
かかる方法によって、ダイゼインを出発物質として光学活性なエクオール・エナンチオマーを化学合成的に製造することができる。上記製造方法において、記載した各工程の好ましい条件は、それぞれ独立して、組み合わせることができる。また、記載していない様々な条件は、当該技術分野において一般的な条件の何れかであることを意味し、反応の規模、反応に参加する物質、安全性、コスト等の多様な要因によって、当業者が適宜決定することができる。
【0038】
本発明の方法によって得られる光学活性なエクオール・エナンチオマーは、エナンチオマー過剰率60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上を有する。
【0039】
下記実施例において、本発明の方法の具体的な実施態様を説明するが、本発明がこれにより限定されるものではない。
【実施例1】
【0040】
下記実施例において、化合物1〜7のそれぞれについて、融点、IR(赤外線)スペクトル、1H NMRスペクトルおよび13C NMRスペクトルを測定した。化合物1〜6のNMRスペクトルはCDCl3中で、化合物7は1H NMRと13C NMRのいずれについてもDMSO-d6中で、テトラメチルシランを内部標準として使用して測定し、1H NMRについては500 MHz、13C NMRについては125 MHzでそれぞれ記録した。光学活性化合物5〜7のそれぞれについては比旋光度も測定した。結果を下記実施例または図2および3に示す。
【0041】
実施例1:(S)-(−)-エクオールの合成
前処理
ソヤフラボンHG(登録商標(株)不二製油)(40g)を1N HCl (500 ml) に懸濁し、3時間加熱還流した。反応液を室温に一晩静置後、沈殿物を濾取し、水にて3回洗浄した。風乾により褐色粉末のアグリコン混合物 ( 16g ) を得た。
【0042】
工程(1):保護基導入
【化8】
アグリコン混合物 ( 20g ) をジクロロメタン ( 500 ml ) に懸濁し、氷冷撹拌下、
N,N―ジイソプロピルエチルアミン ( 54.8 ml, 0.315 mol ) およびクロロメチルメチルエーテル ( 54.9 ml, 0.3 mol ) を順次滴下し室温にて3時間攪拌した。反応液に氷水を加え、5% HCl にて弱酸性に調整した後ジクロロメタンで抽出した。ジクロロメタン層を水洗、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧下に留去した。残渣を中圧カラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:酢酸エチル=10:1)にて分離精製し、非極性画分よりダイゼインジメトキシメチルエーテル1 ( 7.38g ) を得て、極性画分よりグリシテインジメトキシメチルエーテル2 (4.02g ) を得た。
化合物1:m.p.116−117℃、IR cm-1:( Nujol ) 1635, 1607, 1243, 1150, 1077, 1002, 830. 1H NMRおよび13C NMRはそれぞれ表1および表2を参照。
化合物2:m.p.110−111℃、IR cm-1:( Nujol ) 1639, 1609, 1267, 1232, 1155, 1078, 1000, 842. 1H NMR δ:( CDCl3 ) 3.50 (3H, s), 3.55 (3H, s), 4.00 (3H, s), 5.22 (2H, s), 5.36 (2H, s), 7.11 (2H, d, J=8.8 Hz), 7.24 (1H, s), 7.51 (2H, d, J=8.8 Hz), 7.66 (1H, s), 7.95 (1H, s) ppm.
【0043】
工程(2):還元
【化9】
化合物1( 6.60g, 19.2 mmol ) のテトラヒドロフラン ( 250 ml ) 溶液に、激しく撹拌下、水素化ホウ素ナトリウム ( 7.29g, 192 mmol ) のエタノール ( 230 ml ) 懸濁液を30分かけて少量ずつ滴下し、2日間撹拌した。反応液を減圧下に半量まで濃縮し、飽和塩化アンモニウム水溶液 ( 200 ml) を加え、酢酸エチルにて抽出した。酢酸エチル層を飽和食塩水で洗い、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧下に溶媒を留去した。残渣を中圧カラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=7:4)にて分離精製し、非極性画分より無色油状の化合物3 ( 4.56g, 収率 68% ) を得た。また、極性画分より白色粉末の化合物4 (1.62g, 収率 24% ) を得た。
化合物3(±):無色油状物、IR cm-1:( film ) 3467, 1617, 1585, 1236, 1154, 1077, 1006, 923, 836. 1H NMRおよび13C NMRはそれぞれ表1および表2を参照。
化合物4: m.p.80.5−81.5℃、IR cm-1:( Nujol ) 3286, 3194, 1618, 1587, 1245, 1154, 1079, 1005, 923, 832. 1H NMRおよび13C NMRはそれぞれ表1および表2を参照。
【0044】
工程(3):不斉エステル化
【化10】
化合物3 ( 2.00g, 5.78 mmol ) をイソプロピルエーテル ( 40 ml ) に溶解し、ビニルアセテート ( 5.33 ml, 57.8 mmol ) とリパーゼAK(登録商標(株)天野エンザイム)( 4.00g ) を加え、55℃に調整した恒温槽内で5日間撹拌した。反応液を室温に戻しセライトを用いて不溶物を濾去、酢酸エチルにて洗浄した。炉液、洗液を合わせ減圧濃縮した。残渣を中圧カラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:2)にて分離精製した。非極性画分より光学活性なエステル化合物 (S)-5 ( 1.03g, 収率 45% ) が得られ、極性画分よりエステル化されずに残った光学活性化合物 (R)-3 (1.03g ) を回収した。
【0045】
エステル化合物はキラルカラムを用いた逆層 HPLC 分析 ( SUMICHIRAL OA-7000, 5μm, 4.6 i.d.×250 mm, アセトニトリル:水= 60 : 40, 1 ml / 分) に付しエナンチオマー過剰率を求めた。ラセミ体 (±)-5 は保持時間 5.79 分(S体由来)、7.24 分(R体由来)に分離し、面積強度の検量線から求めたエステル化合物 (S)-5のエナンチオマー過剰率は>99%であった。
無水酢酸/ピリジン/4−ジメチルアミノピリジンを用いて常法どおり回収された (R)-3の一部をアセチル化して、得られた酢酸エステルを上記 HPLC 分析に付したところ、エナンチオマー過剰率は 80.8% であった。
化合物 (S)-5:無色油状物, 〔α〕D ―205.7゜(C=1.250 in CHCl3), IR cm-1:( film ) 1737, 1619, 1585, 1235, 1154, 1078, 1003, 922, 837. 1H NMRおよび13C NMRはそれぞれ表1および表2を参照。
【0046】
工程(4):還元
【化11】
ドライアイス−アセトン冷却下、液体アンモニア ( 75 ml ) に金属リチウム ( 300 mg, 43.2 mmol ) を溶解し、撹拌しつつ化合物 (S)-5 ( 525 mg, 1.35 mmol ) の無水テトラヒドロフラン ( 10 ml ) 溶液を滴下した。1時間反応後、塩化アンモニウム (7.5g, 140 mmol ) を少量ずつ加えて反応を止め、室温に放置して液体アンモニアを留去した。残渣に水を加えエーテル抽出し、エーテル層を水洗、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。減圧濃縮して得られた残渣を中圧カラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)にて精製し、白色粉末の化合物6 (375 mg, 収率84%)を得た。
得られた生成物を逆層HPLC 分析 ( SUMICHIRAL OA-7000, 5μm, 4.6 i.d.×250 mm, アセトニトリル:水= 60 : 40, 1 ml / 分) に付し、保持時間 5.02 分(S体由来)、5.81 分(R体由来)に分離して、その面積強度からエナンチオマー過剰率99.4% を得た。
化合物6:無色アモルファス, m.p. 39−40℃,〔α〕D―13.3゜(C=0.510 in CHCl3), IR cm-1:( Nujol ) 1616, 1580, 1158, 1077, 995, 910, 833. 1H NMRおよび13C NMRはそれぞれ表1および表2を参照。
【0047】
工程(5):加水分解
【化12】
化合物6 ( 660 mg, 2.00 mmol ) をメタノール:ジクロロメタン=(1:1)の混合溶媒 ( 14 ml ) に溶解し、氷冷撹拌下、濃塩酸 ( 1.4 ml ) を加え、室温にて5時間半撹拌した。反応液を氷冷した飽和炭酸水素ナトリウム水溶液にあけ、酢酸エチルにて抽出した。酢酸エチル層を飽和食塩水にて洗浄、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧下に留去した。残渣を中圧カラムクロマトグラフィー(ジクロロメタン:酢酸エチル=6:1)により精製し、無色粉末状の化合物7 (467 mg, 収率96%)を得た。
化合物7はキラルカラムを用いた逆層HPLC 分析 (SUMICHIRAL OA-7000, 5μm, 4.6 i.d.×250 mm, アセトニトリル:水= 45 : 55, 1 ml / 分) に付しエナンチオマー過剰率を決定した。ラセミ体 (±)-7 は保持時間 14.78 分(S体由来)と22.50 分(R体由来)に分離し、その面積強度の検量線から求めた化合物7のエナンチオマー過剰率は>99%であった。
化合物7: m.p. 185−186℃,〔α〕D−22.3゜(C=0.400 in EtOH), IR cm-1:( Nujol ) 3250, 1613, 1599, 1247, 1153, 1120, 1023, 827. 1H NMRおよび13C NMRはそれぞれ表1および表2を参照。
図1
図2
図3