特許第5780704号(P5780704)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5780704
(24)【登録日】2015年7月24日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】水素含有非晶質硬質炭素被覆部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20150827BHJP
   C01B 31/02 20060101ALI20150827BHJP
   C23C 14/32 20060101ALI20150827BHJP
【FI】
   C23C14/06 F
   C01B31/02 101Z
   C23C14/32 A
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2010-8923(P2010-8923)
(22)【出願日】2010年1月19日
(65)【公開番号】特開2011-149035(P2011-149035A)
(43)【公開日】2011年8月4日
【審査請求日】2012年10月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(72)【発明者】
【氏名】辻 勝啓
【審査官】 安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−220238(JP,A)
【文献】 特開2007−126754(JP,A)
【文献】 特開2004−249412(JP,A)
【文献】 特開2002−212714(JP,A)
【文献】 特開2003−082458(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00〜14/58
C01B 31/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
実質的に炭素及び水素からなり、マトリックスが均質な水素含有非晶質炭素被膜中に、平均粒径0.05μm以上0.5μm以下の実質的に炭素及び水素からなる非晶質炭素微粒子が分散した水素含有非晶質硬質炭素被覆部材。
【請求項2】
前記非晶質炭素微粒子の量が、被覆表面に平行な断面の面積%で2%以上70%以下であることを特徴とする請求項1に記載の水素含有非晶質炭素被覆部材。
【請求項3】
前記非晶質炭素微粒子がアーク放電によって炭素カソードより放出される微粒子であることを特徴とする請求項1又は2に記載の水素含有非晶質硬質炭素被覆部材。
【請求項4】
前記水素含有非晶質硬質炭素被膜を透過型電子顕微鏡により観察したときに、明視野像において、前記非晶質炭素微粒子がまわりのマトリックスより明るくみえるか又は暗くみえることを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の水素含有非晶質硬質炭素被覆部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素含有非晶質硬質炭素被覆部材に関し、特にエンジン部品等の高負荷条件で使用可能な良好な耐摩耗性を備えた水素含有非晶質硬質炭素被覆部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車エンジンを中心とする内燃機関において、高出力化、長寿命化、燃費向上が求められている。そのため、摺動部においては摩擦損失の低減が求められており、低摩擦係数の非晶質硬質炭素被膜を適用することが提案されている。
【0003】
中でも、真空容器内にメタンやアセチレンなどの反応性炭化水素系ガスを導入し、高周波放電や直流放電などによって励起したプラズマを利用するプラズマCVD法や反応性スパッタリング法は比較的平滑な表面の水素含有非晶質硬質炭素被膜を形成することができる。
【0004】
しかし、そのような水素含有非晶質硬質炭素被膜をエンジン部品のような摺動部材に供するためには、耐摩耗性を確保することが不可欠である。このために多くの提案がなされており、例えば、特許文献1には、水素含有非晶質硬質炭素被膜にSiを添加することが開示され、さらに、特許文献2には金属を含有する非晶質硬質炭素被膜の形成方法、特許文献3には非晶質硬質炭素被膜にグラファイトクラスターを内包させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−283134号公報
【特許文献2】特開2001−316800号公報
【特許文献3】特開2001−261318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
水素含有硬質炭素被膜は、成膜方法によらず、これを構成する炭素の結合子の一部が水素によって終端されている。このため当該被膜の炭素間は水素を含まない非晶質硬質炭素被膜に比べ炭素同士が強く結びつくことができず、高負荷状態で使用される摺動部材に適用された場合には被膜摩耗の進行が速い。これは摺動による負荷によって非晶質硬質炭素被膜を構成する炭素間の結合の弱い部分で亀裂が生じ、進展し、摩耗粉となって脱落していくというメカニズムによると考えられている。
【0007】
グラファイトクラスターを内包する非晶質硬質炭素被膜では、これらの内包物はマトリックスと比較して、グラファイト構造によってもたらされるファンデルワールス結合が、炭素原子のsp2結合やsp3結合と比較して弱く、被膜自体の耐摩耗性を低下させる。また、金属元素を添加した場合でも、これを含まない非晶質硬質炭素被膜と比較して硬さが低く、耐摩耗性を向上させる機能は高くない。
【0008】
一方、Siは他の金属元素と異なり、炭素と共有結合により強く結びつく。その結果、被膜硬さが向上するが、sp3結合のみで結びつくため、一部の結合手は未結合となり、形成された被膜は脆く、欠けやすくなる。
【0009】
従って、本発明は、エンジン部品等の高負荷条件で使用可能な良好な耐摩耗性を備えた水素含有非晶質硬質炭素被覆部材を提供することを課題とする。また、高負荷条件での使用においても耐摩耗性に優れた水素含有非晶質硬質炭素被覆部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、基本的には、比較的平滑な表面が得られる水素含有非晶質炭素被膜を利用する。具体的には、この水素含有非晶質炭素被膜が同じ非晶質の炭素微粒子を分散する組織により、平滑な表面と被膜全体の硬度を維持したまま耐欠け性を向上させ、よって部材の耐摩耗性を向上させるものである。本発明者は、鋭意研究の結果、アーク放電によってアーク式蒸発源の炭素カソードより放出される微粒子を被膜中に取り込むことによって、水素含有非晶質炭素被膜に同じ非晶質の炭素微粒子を分散できることに想到した。
【0011】
一般に、炭素カソードを備えるアーク式蒸発源において、アークスポット近傍の状況を模式的に示すと図6のようになる。アーク放電中の炭素カソード100では、アークスポット110から熱電子が放出され、アノード101への電子の流れ141によってアーク放電が維持される。また、アークスポット110の前方にはプラズマコラム140が形成され、炭素イオンの流れ120を維持する働きをする。カソードより放出されイオン化した炭素の大部分は炭素イオンの流れ120として炭素カソード100の前方に放出されるが、一部の炭素イオンは、プラズマコラム140に形成される電場により逆方向の炭素イオンの流れ121として炭素カソード100に向かい、実質的に炭素及び水素からなる非晶質炭素130を形成する。そして、炭素カソードでのアーク放電では、カソード蒸発面に存在するアークスポットの運動速度は金属製カソードを使用した場合と比較して極めて遅いことが知られている。このため、炭素カソードを使用した場合には、逆方向の炭素イオンの流れ121によって金属製カソードの場合と比較して非晶質炭素130が厚く堆積する。この非晶質炭素130がアーク放電の衝撃によって非晶質炭素微粒子131を放出する。
【0012】
本発明は、上記メカニズムによって形成される非晶質炭素微粒子を利用する。すなわち、本発明の非晶質硬質炭素被覆部材は、平均粒径0.05〜0.5μmの実質的に炭素及び水素からなる非晶質炭素微粒子を実質的に炭素及び水素からなるマトリックスが均質な水素含有非晶質炭素被膜中に分散した非晶質硬質炭素被膜を被覆することを特徴とする。この実質的に炭素及び水素からなる非晶質炭素微粒子は、上述のとおり、アーク放電によって炭素カソードより放出される微粒子であり、基材に成膜される水素含有非晶質炭素被膜の中に取り込まれる。ここで、実質的に炭素及び水素からなる非晶質炭素微粒子とは、エネルギー分散型蛍光X線分析(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy:EDX)等による組成元素の定量分析結果において、水素を除き98原子%以上が炭素で構成されていることをいう。水素の含有に関しては、成膜時に水素ガス又は炭化水素系ガスを導入していることから当該硬質炭素被膜中に含まれることは自明であるが、二次イオン質量分析(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS)により確認することができる。また、非晶質炭素微粒子の水素含有量が被膜のマトリックスより多ければ、非晶質炭素微粒子の密度がマトリックスの密度より小さくなり、例えば透過電子顕微鏡の明視野像では、後述するように明るく観察される。逆に、非晶質炭素微粒子の水素含有量が被膜のマトリックスより少なければ、非晶質炭素微粒子の密度がマトリックスの密度より大きくなり、透過電子顕微鏡の明視野像では暗く観察される。上記に鑑み、本発明でいう「粒子」とは、透過電子顕微鏡の明視野像において輝度(明度)の異なる境界で囲まれた領域をいう。本発明では、非晶質炭素微粒子がマトリックスと同等の硬度であったとしても、高強度の非晶質炭素微粒子及び/又は非晶質炭素微粒子とマトリックスの間の弱い界面がクラックの湾曲や偏向に寄与し、被膜を高靱化して耐摩耗性を向上させる。
【0013】
本発明の水素含有非晶質硬質炭素被膜部材は、エンジンのピストン系又は動弁系の摺動部材であり、上記水素含有非晶質炭素被膜をその摺動面に備えたことを特徴とする。具体的には、ピストン、ピストンリング、カム駒、バルブリフター、シム、バルブガイド等の耐久性が要求される摺動部材に適しており、その場合、被膜の膜厚は3〜12μmが好ましい。
【0014】
また、本発明の非晶質硬質炭素被覆部材の製造方法は、炭素カソードを供える蒸発源が有するアーク放電特有の性質を利用する。すなわち、炭素カソードを供えるアーク式蒸発源の附属したアークイオンプレーティング装置を用い、少なくとも水素及び/又は炭化水素ガスを導入しながら実質的に炭素及び水素からなる水素含有非晶質硬質炭素被膜を被覆した部材を製造する方法であって、パルスバイアス電圧を印加し、電流値が45 A以上100 A以下の範囲でアーク放電させることにより、前記炭素カソードから放出される実質的に炭素及び水素からなる非晶質炭素微粒子を前記水素含有非晶質硬質炭素被膜中に取り込むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の水素含有非晶質硬質炭素被覆部材は、水素含有非晶質被膜中に平均粒径0.05〜0.5μmの非晶質炭素微粒子を分散しているため、高強度の非晶質炭素微粒子及び/又は非晶質炭素微粒子とマトリックスの間の弱い界面がクラックの湾曲や偏向に寄与し、被膜の耐欠け性を向上させ、よって優れた耐摩耗性を発揮する。特に高負荷の摺動となるエンジン部品においても、極めて優れた耐摩耗性を示す。また、被膜全体としては、水素含有非晶質硬質炭素被膜の比較的平滑な表面を有しているため、摩擦係数の小さい優れた摺動特性を示す。さらに、この被膜の成膜は、いわゆる反応性アークイオンプレーティング法を利用するため、成膜速度が速く、非晶質炭素皮膜の成膜処理としては著しく生産性を向上する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1(a)】本発明の部材にかかる水素含有非晶質硬質炭素被膜を基材上に被覆した図である。
図1(b)】本発明の部材にかかる水素含有非晶質硬質炭素被膜と基材との間に中間層を導入した図である。
図2】本発明の部材にかかる水素含有非晶質硬質炭素被膜の平面方向断面試料の透過電子顕微鏡で観察した明視野像である。
図3】前記図2の試料において、電子線回折像の観察を実施した位置を示す明視野像であり、*1は非晶質炭素微粒子、*2は被膜本体(マトリックス)の電子線回折像観察位置を示す。
図4】前記図3の*1を観察した時に得られた電子線回折像である。
図5】前記図3の*2を観察した時に得られた電子線回折像である。
図6】炭素カソードを備えるアーク式蒸発源において、炭素カソード表面のアークスポット近傍の状況を模式的に示す図である。
図7】非晶質炭素微粒子/マトリックス界面近傍(境界部)の輝度分布を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は、基材上に被覆した水素含有非晶質硬質炭素被膜の断面組織を模式的に示したものである。図1(a)は、基材11の表面に水素含有非晶質硬質炭素被膜10が形成され、マトリックス12の中に同じ非晶質の炭素微粒子13が分散している。図1(b)は、基材11と水素含有非晶質硬質炭素被膜10の間に、基材との密着性を向上させるために中間層14を設けたものである。
【0018】
水素含有非晶質硬質炭素被膜10の成膜には、原料に炭化水素系ガスを用いるプラズマ化学気相蒸着法(プラズマCVD法)の要素と、炭素カソードを備える蒸発源が有するアーク放電特有の性質を利用するアークイオンプレーティング法(AIP法)の要素を併用した、いわゆる反応性アークイオンプレーティング法を利用する。
【0019】
非晶質炭素微粒子は、特に45〜100Aの電流値でアーク放電することにより効率よく飛散させることができ、また非晶質炭素微粒子の平均粒径も0.05〜0.5μmの範囲になる。アーク放電の電流値が45A未満の場合、アーク放電を安定して維持することが困難となり、アーク放電が停止する頻度が高くなる。一方、アーク放電の電流値が100Aを超えると炭素微粒子が加熱され,グラファイト化が生じるため好ましくない。また、平均粒径が0.05μmより小さい非晶質炭素微粒子は透過電子顕微鏡による25,000倍の倍率では観察されず、平均粒径が0.5μm以下であれば、比較的平滑な表面が得られ、摩擦によりたとえ被膜から脱落したとしても、それによって摺動相手材や被膜自体をアブレッシブ摩耗させてしまうということはない。よって、非晶質炭素微粒子の平均粒径は0.05〜0.5μmとする。さらに、この非晶質炭素微粒子は、被膜表面に平行な断面の面積%で2〜70%含まれることが好ましく、20〜60%含まれることが好ましい。
【0020】
非晶質炭素微粒子13は、透過電子顕微鏡を用いればその大きさや形状を特定することができる。透過電子顕微鏡観察のためには、薄膜試料を作製しなければならないが、収束イオンビーム(Focused Ion Beam: FIB)を利用すれば容易に作製できる。透過電子顕微鏡観察では、観察する物質の密度の違いに応じて散乱吸収の度合いが異なるため、画像の明度が密度に応じて変化する。図2は、平面方向断面試料の透過電子顕微鏡で観察した明視野像である。ここで、倍率は少なくとも5μm×5μmの領域の画像が得られる倍率、例えば25,000倍で観察する。また平面方向とは、水素含有非晶質硬質炭素被膜の表面に平行な方向を意味し、薄片試料は当該被膜の厚さ方向中央部近傍から作製したものである。この明視野像には、大きさの異なる粒子状の斑点、すなわち、炭素微粒子が認められる。それらの多くは、マトリックスに比べてわずかに明るく見える球に近い形状をしており、中には、微粒子の内部がマトリックスとほぼ同じ明るさで、周辺部がより明るく見えるものも存在している。また、アークイオンプレーティング特有のドロップレット(グラファイト)も混在していたが、それらは粒子全体が白く見え、非晶質炭素微粒子とは異なる。非晶質炭素微粒子13とマトリックス間には特にクラックの偏向に寄与する界面が存在する。この界面では炭素密度が低いため、透過電子顕微鏡観察により得られた明視野像において、当該非晶質炭素微粒子13が明るく縁取られる。図7は界面付近の輝度分布を模式的に表した図である。マトリックスに対して非晶質炭素微粒子の輝度が暗い場合や明るい場合があるが、界面ではこれらの輝度より明るいので輝度の極大値を非晶質炭素微粒子13の境界とし,この大きさや形状を特定する。
【0021】
そして、この輪郭像を基に非晶質炭素微粒子の大きさ(粒径)と非晶質炭素微粒子の全体に占める面積比が評価される。各非晶質炭素微粒子の大きさ(粒径)は、その面積と同じ面積をもつ円の直径定義し、その平均値を算出する。
【0022】
また、本発明にかかる炭素微粒子は非晶質であることを要件とするが、透過電子顕微鏡観察の電子線回折像において、特定の輝点やデバイシェーラー環のようなリング状明部の見られないハローが観測されることによって確認することができる。図4は、図3における炭素微粒子の存在する位置*1の電子線回折像である。ハローパターンが観察され、*1に位置する炭素微粒子が非晶質であることが確認された。また、図5は、図3におけるマトリックスの位置*2の電子線回折像である。この場合もハローパターンが観察され、*2の位置のマトリックスも非晶質であることが確認された。
【0023】
非晶質炭素微粒子は、マトリックスの水素含有非晶質硬質炭素とほぼ同じ程度の密度、硬度であったとしても、その平均粒径は0.05〜0.5μmと微細であり、それらの非晶質炭素微粒子を分散した水素含有非晶質硬質炭素膜は、それらを分散しない均質な水素含有非晶質硬質炭素膜に生じる脆性的な挙動を抑えることができるようになる。すなわち、被膜全体としては不均質な組織となるが、クラック伝搬の際にクラックの湾曲や偏向を起こし、結果として破壊靱性を高めることができる。言い換えれば、破壊に余分なエネルギーを必要とする組織とすることによって、高硬度、高靱性、耐摩耗性の向上した水素含有非晶質硬質炭素被覆部材が得られる。また、非晶質炭素微粒子を含むマトリックスは均質な被膜とする
【0024】
本発明の水素含有非晶質硬質炭素被覆部材は、水素含有非晶質硬質炭素被膜の優れた耐摩耗性を発揮させるため、基材との優れた密着性が求められる。密着性の向上には、公知の手法を用いることができる。中間層を設ける場合Cr, Ti, SiC又はWCの中間層が好ましい。
【0025】
本発明の水素含有非晶質硬質炭素被覆部材の製造方法においては、いわゆる反応性アークイオンプレーティング法を使い、水素ガス及び/又は炭化水素系ガスを使用することを特徴としている。炭化水素ガスの解離を促進するため、アルゴン等の不活性ガスが同時に導入されてもよい。炭化水素ガスにはメタン、エタン、アセチレン、など常温において気体状態にあるか、又はベンゼンなど10Pa以下の減圧状態において気化する液体から選ばれる1以上の物質を利用することができる。さらにアーク放電によって形成されるプラズマは電離度が高く、硬質炭素被膜形成のために導入したメタンやアセチレンなどの反応性ガスを解離する効率が高い。このため、硬質炭素被膜形成に寄与する原子や分子の密度を高くすることができ、成膜速度を速くすることが可能となる。その結果、成膜処理時間を短縮でき、生産性を高くすることができる。
【実施例】
【0026】
以下の具体的実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。
実施例1
まず、基材として用いる硬化処理を施した高速度工具鋼(JIS G4403規格材のSKH51材)の円板(φ24 mm、厚さ4 mm)の一方の表面を、表面粗さRz(JIS B0601 ’94の10点平均粗さ)が0.3〜0.5μmになるように研磨加工した。成膜開始直前に、アセトン及びエタノールで順次超音波洗浄を行い、表面に付着した汚れを除去した。クロム(Cr)カソードとグラファイトカソードを備えた反応性アークイオンプレーティング装置内に上記円板をセットし、真空排気した後、イオンボンバード処理を実施し、続いてCr中間層を形成した。次に、アルゴンガス及びアセチレンガスを導入し、アーク放電電流を80Aに設定し、アーク放電によってグラファイトカソード(炭素98at%以上)を蒸発させながら、ピーク電圧−50V、周波数250kHz、ON/OFF比1.0のパルスバイアスを印加する条件で反応性アークイオンプレーティング法によって硬質炭素被膜を形成した。得られた被膜の膜厚は約7μmであった。
【0027】
次に、得られた水素含有非晶質硬質炭素被覆部材の耐摩耗性を評価するため、ボールオンディスク試験(試験装置:TRIBOMETER(CSM Instruments製))を行った。試験条件を表1に示す。
【0028】
【表1】
【0029】
試験後、摺動部を蝕針により摺動方向に対して直角方向の表面形状を測定し、皮膜の摩耗深さを評価した。また、摺動相手材のSUJ2材(JIS G4805 規格材)ボールの摩耗部直径も測定した。さらに、被膜の透過電子顕微鏡観察により非晶質炭素微粒子の平均粒径等について確認した。その結果、皮膜の摩耗深さが1μm、ボールの摩耗部直径が1μm、非晶質炭素微粒子の平均粒径が0.23μm、面積比が11.7%であった。炭素微粒子の電子回折像にはハローが観察された。もちろんマトリックスの電子線回折像にもハローが観察された。
【0030】
実施例2
実施例1のクロム(Cr)カソードをチタン(Ti)カソードに変更した以外は実施例1と同じ条件でTi中間層を形成した。その後は、実施例1のアルゴンガス及びアセチレンガスの代わりに水素ガス及びメタンガスを導入し、実施例1と同じバイアス条件で反応性アークイオンプレーティング法によって硬質炭素被膜を形成した。なお、アーク放電電流は65Aに設定した。
【0031】
実施例3
実施例1と同じ円板基材を装置内にセットし、まず、アルゴンガスとテトラメチルシラン(TMS)ガスを導入し、プラズマCVD法により炭化珪素(SiC)中間層を形成した。その後、アルゴンガス及びベンゼンを導入し、10Pa以下の減圧状態でピーク電圧−100V、周波数200kHz、ON/OFF比0.3のパルスバイアスを印加する条件で反応性アークイオンプレーティング法によって硬質炭素被膜を形成した。なお、アーク放電電流は100Aに設定した。
【0032】
実施例4
実施例1と同じ条件でCr中間層を形成し、そしてアルゴンガス及びアセチレンガスを導入し、反応性アークイオンプレーティング法によって硬質炭素被膜を形成した。なお、アーク放電電流45Aに設定した。
【0033】
比較例1
実施例1と同じ材質、寸法、研磨加工及び洗浄処理を行った円板基材を装置内にセットし、中間層を形成することなく、アルゴンガスとアセチレンガスを導入し、基材に周波数250 kHz、電圧−320V、ON/OFF比1.0のパルスバイアスを印加して高周波放電プラズマを励起し、プラズマCVD法により硬質炭素被膜を形成した。
【0034】
比較例2
実施例2と同じ条件でTi中間層を形成し、水素ガス及びメタンガスを導入し、グラファイト製カソードを用い、実施例1と同じバイアス条件で反応性スパッタリング法により硬質炭素皮膜を形成した。
【0035】
比較例3
アーク放電電流を120Aに設定した以外は、実施例1と同じ条件で反応性アークイオンプレーティング法を利用して硬質炭素被膜を形成した。
【0036】
比較例4
実施例2と同じ条件で、蒸発源の機構のみ変更し、磁気フィルタを備えるアーク式蒸発源を適用した反応性フィルタードアークイオンプレーティング法を利用して硬質炭素被膜を形成した。
【0037】
実施例2〜4及び比較例1〜4についても、得られた水素含有非晶質硬質炭素被覆部材の耐摩耗性を評価するため、実施例1と同じ条件でボールオンディスク試験を行った。その結果を実施例1の結果も含め表2に示す。
【0038】
【表2】
【0039】
表2より、実施例、比較例のマトリックスは電子線回折像にハローが認められ非晶質炭素である。実施例の硬質炭素被膜は、電子線回折像にハローが認められる非晶質炭素微粒子を分散する。これにより良好な耐摩耗性を備え、かつ摺動相材への攻撃性も小さいことが確認された。また、それぞれの被膜摺動部に欠けなど欠陥は認められなかった。一方、被膜に非晶質炭素微粒子を分散しない比較例1、2及び4は被膜摩耗深さが実施例1〜4と比較して大きく、耐摩耗性に劣ることを確認した。比較例4では摺動相手であるボールの摺動軌跡において欠けによる被膜の脱落が点在することを確認した。また、硬質炭素被膜に分散する炭素微粒子電子回折像にハローが認められず、微粒子の平均粒径が0.5 μmを超えた比較例3では、耐摩耗性が劣るとともに、分散した大きな粒子が脱落し、摺動面が粗くなり、摺動相手材への攻撃性も強い。
【符号の説明】
【0040】
10 水素含有非晶質硬質炭素被膜
11 基材
12 水素含有非晶質硬質炭素マトリックス
13 非晶質炭素微粒子
14 中間層
100 炭素カソード
101 アノード
110 アークスポット
120 炭素イオンの流れ
121 炭素イオンの流れ
130 非晶質炭素
131 非晶質炭素微粒子
140 プラズマコラム
141 電子の流れ
図1(a)】
図1(b)】
図6
図7
図2
図3
図4
図5