(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5780716
(24)【登録日】2015年7月24日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】耐酸化性および二次加工性に優れたフェライト系ステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20150827BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20150827BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
【請求項の数】4
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2010-151312(P2010-151312)
(22)【出願日】2010年7月1日
(65)【公開番号】特開2012-12674(P2012-12674A)
(43)【公開日】2012年1月19日
【審査請求日】2013年6月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(72)【発明者】
【氏名】西田 幸寛
(72)【発明者】
【氏名】藤村 佳幸
(72)【発明者】
【氏名】奥 学
【審査官】
佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−167443(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下,Si:3%以下,Mn:1.0%以下,P:0.04
%以下,S:0.01%以下,Ni:0.5%以下,Cr:11〜21%,Al:1.5
〜6%,Cu:0.01〜0.5%,Mo:0.01〜0.5%,Nb:0.1%以下,
Ti:0.005〜0.50%,Sn:0.001〜0.1%,N:0.03%以下,O:
0.002%以下,H:0.00005%以下,Pb:0.01%以下を含み、残部がF
eおよび不可避的不純物の組成を有するフェライト系ステンレス鋼。
【請求項2】
質量%で、Cr:15〜20%,Si:0.8%以下,Al:1.5〜3.5%未満で
あることを特徴とする請求項1記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項3】
更にV:0.01〜0.50質量%,Y:0.001〜0.1質量%,REM(希土類元
素):0.001〜0.1質量%, Ca:0.001〜0.01質量%を1種または2種以
上を含むことを特徴とする、請求項1または2記載のフェライト系ステンレス鋼。
【請求項4】
500℃以上の高温排ガス雰囲気で使用する部材用であることを特徴とする請求項1〜
3のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、500℃以上の水蒸気を含む酸化性雰囲気に曝される部材全般で好適に使用できる耐酸化性および二次加工性に優れたFe−Cr−Alフェライト系ステンレス鋼に関する。
用途としては、熱をエネルギーに利用するシステムである固体酸化物型燃料電池、燃料電池の高温改質装置、高温熱交換器、マイクロガスエンジン、マイクロガスタービン、排ガス発電およびその他のコージェネシステムや各種高温燃焼機器などを挙げることができる。
中でも特に自動車排ガス経路に設置されるセンサ、例えば酸素センサ、A/Fセンサ、NOxセンサ、温度センサの構成部位全般に関するが,その中でも特に素子カバーとして高成形加工を施し、なおかつ高温環境下で使用される部材に対して最も好適である。
【背景技術】
【0002】
Fe−Cr−Alフェライト系ステンレス鋼は,非常に優れた耐高温酸化性を特徴とし、電熱器の発熱体や燃焼筒、自動車排ガス経路の触媒コンバーター等、高温に曝される部位の材料に使用されている。Fe−Cr−Alフェライト系ステンレス鋼が優れた耐高温酸化性を示すのは、高温下で材料表面に主にAl酸化物からなる強固で緻密な酸化皮膜を形成し、これが酸化に対して保護層の役割を果たすからである。
【0003】
自動車分野においては、自動車の排ガス規制の強化により、排ガス温度の上昇にともない耐熱性に優れた鋼が必要とされつつある。エンジンに隣接したエキゾーストマニホールド部や排ガス経路部に設置されている排ガスセンサ等に用いられる材料は、500℃以上の高温に曝されるため優れた耐高温酸化性が要求される。また、製品形状が複雑で、多段絞りが施されるため二次加工性も重要である。
【0004】
自動車の排ガス経路に設置されるセンサ用素子カバー材は、高級品種であるSUS310Sが主に使用されているが、コスト低減の観点からフェライト系ステンレスを適用できれば工業的な価値は非常に高いといえる。ここで、センサは、水蒸気を含む最高1050℃の排ガス雰囲気に曝されるため、耐酸化性に優れるFe−Cr−Alフェライト系ステンレス鋼は、本用途に好適といえる。しかしながら、センサ用素子カバー材は、厳しい加工が施されるためオーステナイト系ステンレスよりも伸び、張り出し性、二次加工性等が劣るフェライト系ステンレスでは、多段成形において冬季に脆性的な割れが発生することがある。
さらに、これらの部位には加工後に溶接を施されることが多く、溶接時の高温割れに対する感受性も十分に考慮する必要がある。このように加工性や溶接性の点では、耐高温酸化性に優れた従来のFe−Cr−Alフェライト系ステンレス鋼でも、要求特性を十分満たすものとは言えなくなってきた。
【0005】
一般にフェライト系ステンレス鋼の二次加工性を向上させる元素としてBが知られている。Bを添加して加工性を改善したFe−Cr−Al系フェライト系ステンレス鋼としては、特開2001−316773号公報や特開2004−307918号公報に記載がある。これらは、B添加によって、加工性や成形時の二次加工割れを防止する効果があると開示されている。特開平10−158791号は、Bを含有することで素材製造段階での靭性や加工性の改善および耐酸化性の改善が述べられており、B添加量は0.002質量%以上、好ましくは0.004〜0.02質量%と開示されている。しかし、部品への成形性や溶接性に対するBの効果は記載されておらず、上述した目的を満足する成分系は明確でない。また、TiやNbなどの炭窒化物形成元素を含有していないため、固溶Cや固溶Nの弊害がどの程度現れるか明確でない。また、特開平5−202449号は、Bの添加により耐高温脆化性が改善されている。一方で、B添加鋼の場合、上記のような良好な特性を示し、かつBの添加による溶接高温割れ感受性の低下を抑制するためには、少なくとも鋼中でボライドを形成させないよう配慮する必要があり、そのような成分範囲は非常に狭い範囲で制御する必要がある。そのため、B無添加で良好な二次加工性を示すようなFe−Cr−Al系フェライト系ステンレス鋼が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−316773号公報
【特許文献2】特開2004−307918号公報
【特許文献3】特開平10−158791号公報
【特許文献4】特開平5−202449号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、1000℃程度の排ガスに曝される部位で使用されても異常酸化されにくく、かつ、二次加工性と溶接性に優れるFe−Cr−Alフェライト系ステンレス鋼を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明においては鋼材の合金成分を以下のように定める。
請求項1に係る鋼材は、質量%で、C:0.03%以下,Si:3%以下,Mn:1.0%以下,P:0.04%以下,S:0.01%以下,Ni:0.5%以下,Cr:11〜21%,Al:6%以下,Cu:0.01〜0.5%,Mo:0.01〜0.5%,Nb:0.1%以下,Ti:0.005〜0.50%,Sn:0.001〜0.1%,N:0.03%以下,O:0.002%以下,H:0.00005%以下,Pb:0.01%以下を含み、残部がFeおよび不可避的不純物の組成を有するフェライト系ステンレス鋼である。
請求項2に係る鋼材は、質量%で、Cr:15〜20%,Si:0.8%以下,Al:1.5〜3.5%未満であることを特徴とする、請求項1記載のフェライト系ステンレス鋼である。
請求項3に係る鋼材は、更にV:0.01〜0.50質量%,Y:0.001〜0.1質量%,REM(希土類元素):0.001〜0.1質量%, Ca:0.001〜0.01質量%を1種または2種以上を含むことを特徴とする、請求項1または2記載のフェライト系ステンレス鋼である。
請求項4に係る鋼材は、500℃以上の高温排ガス雰囲気で使用する部材用であることを特徴とする、請求項1〜3記載のフェライト系ステンレス鋼である。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るFe−Cr−Alフェライト系ステンレス鋼は、1000℃程度の排ガスに曝される部位で使用されても異常酸化されにくく、かつ、二次加工性と溶接性に優れている。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、18Cr−3Al鋼をベースに上述した諸特性に及ぼす合金元素の影響を検討した結果、特に鋼中のHおよびOが鋼の靭性を低下させ、さらには二次加工脆性も著しく低下させるために、センサの素子カバー用途として必要なだけの二次加工性が得られなくなってしまうことを見出した。このため、特にAlを含有するフェライト系ステンレス鋼を本用途に適用するためには、H:0.00005質量%以下,かつO:0.002質量%以下とする必要があることを見出し、更に他の成分元素を調整することで本発明に至った。
【0011】
以下に各元素の限定理由を述べる。
C:0.03質量%以下
C含有量が高いと、異常酸化が発生しやすくなる。また、高Al含有フェライト系ステンレス鋼においては、C含有量が高くなると、スラブやホットコイルの靱性が劣化し、製造性が劣化する。したがって、C含有量の上限を0.03質量%以下に限定する。
【0012】
Si:3質量%以下
Siは、フェライト系ステンレス鋼の靱性および二次加工性を劣化させる元素であるため、Siの含有量を3質量%以下とする。好ましくは0.8質量%未満,更に好ましくは0.5質量%以下である。
【0013】
Mn:0.5質量%以下
Mnは、Mn系酸化物を生成して、緻密なAl酸化物層の形成を阻害し、耐高温酸化特性に悪影響を及ぼす。したがって、耐高温酸化特性を維持するために、Mnの含有量を0.5質量%以下に限定する。
【0014】
P:0.04質量%以下
Pは、耐高温酸化性および熱延板の靱性に悪影響を及ぼすので、その含有量を0.04質量%以下に限定する。
【0015】
S:0.005質量%以下
Sは、鋼中に不可避的に含まれる成分であり、Al
2O
3皮膜の形成を著しく阻害する。したがって、S含有量は0.005質量%以下に限定する。
【0016】
Ni:0.25質量%以下
Niは、鋼中に不可避的に含まれる成分である。微量のNiの添加は、靭性改善に有効であるが、耐酸化性に悪影響を及ぼすことから0.5質量%以下とする。好ましくは0.3質量%以下,さらに好ましくは0.25質量%以下とする。
【0017】
Cr:11〜21質量%
Crは、耐高温酸化性を向上させる元素として基本的かつ有効な元素であり、良好な耐高温酸化性を得るためには11質量%以上の添加が必要である。しかし、過剰の添加はスラブやホットコイルの靱性を劣化させる。したがって、Cr含有量は11〜21質量%に限定する。好ましくは15〜20質量%,更に好ましくは17〜19.5質量%である。
【0018】
N:0.03質量%以下
Nは、鋼中のAlと結合してAlNを形成して、異常酸化の起点となる。したがって、耐高温酸化性の向上のため、N含有量は0.03質量%以下に限定する。
【0019】
Al:6質量%以下
Alは、Crと同様、耐高温酸化性を得るために最も重要な元素である。しかし、Alを過剰に含有させるとスラブやホットコイルの靱性が劣化するので、上限を6質量%以下に限定する。なお、優れた耐高温酸化性は鋼の表面に形成される緻密なAl酸化物によって得られ、この層を形成させるのに必要なAl含有量は1.5質量%以上である。また、Alが3.5質量%未満でもほぼ十分な耐高温酸化性が得られるため、1.5〜3.5質量%に規定するのが好ましい。さらに、薄肉化または更なる耐酸化性が要求される場合、好ましくは2.5〜3.5質量%未満、さらに好ましくは3.0超〜3.5質量%未満である。
【0020】
H:0.00005質量%以下
Hは進入型元素として固溶することで、Fe−Cr−Al系ステンレス鋼の靭性および二次加工性を低下させる極めて有害な元素である。
0.00005質量%を超えて含有した場合この悪影響が顕著に現れるため、上限を0.00005質量%とする。
O:0.002質量%以下
Oが0.002質量%を超えると、鋼中に酸化物系の介在物を生成し、清浄度を悪化させる。この介在物は二次加工割れの基点となりやすく、極力低減させる必要がある。なお、好ましくは0.001質量%以下である。
【0021】
Cu:0.01〜0.5質量%,Mo:0.01〜0.5質量%
これらはいずれもFe−Cr−Al系ステンレス鋼の靭性を向上させる。その効果を十分に発揮させるためには0.01質量%以上の添加を必要とする。一方、過剰な添加は逆に鋼の靭性を低下させるとともに、鋼の硬質化および製造コストの増大につながる。従い、上限を0.5質量%とする。好ましくは0.01〜0.2質量%である。
【0022】
Nb:0.1質量%以下
NbはFe−Cr−Al系ステンレス鋼の靭性および二次加工性を損なうため、極力低減させることが望ましく、少なくとも0.1質量%以下に低減する必要がある。好ましくは0.02質量%以下,さらに好ましくは0.01質量%未満である。
【0023】
Ti:0.005〜0.50質量%
Tiは析出強化によりフェライト系ステンレス鋼の高温強度を改善させるとともに、Alを含むフェライト系ステンレス鋼の欠点である溶接性および靱性を向上させる効果がある。本特許ではTi:0.005〜0.50質量%とした。
【0024】
Sn:0.001〜0.1質量%
ステンレス鋼の耐酸性および酸露点腐食性を改善する元素である。水蒸気と酸素を含む燃焼環境では燃焼時に燃料などに含まれるSおよび燃焼時に発生する水分により、運転停止時もしくは局所的に温度が低下する箇所において酸性の凝縮水が結露することがある。Snを0.001質量%以上含有することで、酸露点腐食性を向上させる。また、Snには快削性および加工性を向上させる効果もある。ただし、0.1質量%以上の添加は鋼の二次加工性および熱間加工性を著しく低下させるため、上限を0.1質量%とした。好ましくは0.001〜0.05質量%である。
Pb:0.01質量%以下
ステンレス鋼の靭性を低下させる元素であり、0.01質量%を超えて含有するとその影響が顕著に現れるため0.01質量%以下に制限する。好ましくは0.005質量%以下である。
【0025】
V:0.01〜0.5質量%
Vは析出強化によりフェライト系ステンレス鋼の高温強度を改善させるとともに、Alを含むフェライト系ステンレス鋼の欠点である溶接性および靱性を向上させる効果があるため、必要に応じて添加する。本発明においては、0.01〜0.5質量%とした。
【0026】
Y:0.001〜0.1質量%,
REM(希土類元素):0.001〜0.1質量%,
Ca:0.001〜0.01質量%
何れも必要に応じて添加される合金成分であり、酸化皮膜中に固溶し、酸化皮膜を強化する作用を呈する。このような効果は、Y:0.001質量%以上,REM:0.001質量%以上,Ca:0.001質量%以上,Zr:0.03質量%で顕著になる。しかし、0.1質量%を超える過剰量のY,0.1質量%を超える過剰量のREM,0.01質量%を超える過剰量のCaを添加すると、鋼材が過度に硬質化するばかりでなく、製造時に表面疵が生じやすくなり製造コストの上昇を招く。
【実施例】
【0027】
表1に供試材の化学成分値を示す。表1に示す鋼を真空溶解し、熱間圧延を施した後、焼鈍および冷間圧延を繰り返して、0.5mmの板材を作製した。最終焼鈍は、10
−3Paの真空中で950℃,3分保持し、その後、300℃まで30℃/s以上の速度で冷却させた。得られた板材から、25×35mmの大きさの試験片を作製しエメリー紙で最終番手#400で乾式研磨を施した後、エレマ電気炉にて、炉内加熱1200℃×300h(板厚;0.5mm)の連続酸化試験を10体積%の水蒸気雰囲気(残りは空気)でそれぞれ実施した後、試験片の重量を測定した。評価は、測定結果を試験前の重量と比較し、重量変化が10mg/cm
2以下のものを○(良好)、10mg/cm
2を超える重量変化があったものを×として評価した。二次加工性の評価は落重試験で行った。評価サンプルは、酸化試験と同様な方法で作製した板厚0.5mmの冷延焼鈍板を用いた。サンプルは、φ40mmに打抜き、絞り比2の一次絞りを施した後、−20℃に保持した状態で3kgの分銅を高さ100mmから落下(3J・mに相当)させ、割れが発生しなかったものを○,発生したものを×とした。
【0028】
【表1】
【0029】
それぞれの試験結果を表2に示す。
表2の試験結果にみられるように、本発明例1〜10の鋼は、いずれも耐酸化性、二次加工性について、それぞれ満足している。比較例No.11〜18の場合では、いずれも耐酸化性と二次加工性の特性を両立せず不十分である。鋼種No.11〜16は、Sn,H,O,Nb,Cu,Mo,Pbおよび/またはTiの値が本請求範囲を外れており、二次加工性を満足することは出来なかった。また、No.17および18はCr,Alのいずれかが低く、耐酸化性に関して要求特性を満足することが出来なかった。
【0030】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明に係る鋼は500℃以上の高温で使用するセンサ用途,特に素子カバー材として好適である。
他にも、例えば熱をエネルギーに利用するシステムである固体酸化物型燃料電池、燃料電池の高温改質装置、高温熱交換器、マイクロガスエンジン、マイクロガスタービン、排ガス発電およびその他のコージェネシステムや各種高温燃焼機器など、500℃以上で水蒸気を含む酸化性雰囲気に曝される部材全般で好適に使用できる。