(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5781118
(24)【登録日】2015年7月24日
(45)【発行日】2015年9月16日
(54)【発明の名称】光分析装置、光分析方法並びに光分析用コンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 21/64 20060101AFI20150827BHJP
【FI】
G01N21/64 E
【請求項の数】26
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2013-82690(P2013-82690)
(22)【出願日】2013年4月11日
(62)【分割の表示】特願2012-503060(P2012-503060)の分割
【原出願日】2011年2月18日
(65)【公開番号】特開2013-137332(P2013-137332A)
(43)【公開日】2013年7月11日
【審査請求日】2013年12月4日
(31)【優先権主張番号】特願2010-44714(P2010-44714)
(32)【優先日】2010年3月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000376
【氏名又は名称】オリンパス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100071216
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 昌毅
(74)【代理人】
【識別番号】100130395
【弁理士】
【氏名又は名称】明石 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】山口 光城
(72)【発明者】
【氏名】近藤 聖二
(72)【発明者】
【氏名】田邊 哲也
(72)【発明者】
【氏名】堀 邦夫
【審査官】
波多江 進
(56)【参考文献】
【文献】
特表平04−500274(JP,A)
【文献】
特表2008−536093(JP,A)
【文献】
国際公開第2009/117033(WO,A1)
【文献】
米国特許第04251733(US,A)
【文献】
Mira Park et al.,Counting the Number of Fluorophores Labeled in Biomolecules by Observing the Fluorescence-Intensity,Bulletin of the Chemical Society of Japan,2005年 8月30日,Vol.78, No.9,pp.1612-1618,Published on the web August 30, 2005
【文献】
Shuming Nie et al.,Probing Individual Molecules with Confocal Fluorescence Microscopy,SCIENCE,1994年11月11日,Vol.266, No.5187,pp.1018-1021
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/64
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析装置であって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、
前記光検出領域からの光を検出する光検出部と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記光検出部にて検出された前記光検出領域からの光の時系列の光強度データを生成し、前記時系列の光強度データに於いてパルス状信号の存在する領域を検出し、前記検出されたパルス状信号の存在する領域に於ける光強度の時間変化に対する釣鐘状関数のフィッテングによって、前記検出されたパルス状信号の存在する領域に於ける光強度の時間変化が前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有すると判定されたとき、その領域の光強度の時間変化を一つの発光粒子の光信号として個別に検出することにより、前記発光粒子の各々からの光信号を個別に検出する信号処理部と
を含むことを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、前記信号処理部が、前記個別に検出された発光粒子からの光信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数することを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1又は2の装置であって、前記光検出領域移動部が所定の速度にて前記光検出領域の位置を移動することを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかの装置であって、前記光検出領域移動部が前記発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて前記光検出領域の位置を移動することを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかの装置であって、前記一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルが、略釣鐘状であることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかの装置であって、前記信号処理部が、所定の閾値より大きい強度を有する光信号が検出されたときに1つの発光粒子が前記光検出領域に入ったことを検出することを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかの装置であって、前記信号処理部が前記検出された発光粒子の数に基づいて、前記試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定することを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかの装置であって、前記発光粒子の特性又は前記試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて前記光検出領域の位置の移動速度が変更可能であることを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項1乃至9のいずれかの装置であって、前記光検出領域の位置の移動軌跡が円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であることを特徴とする装置。
【請求項10】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析方法であって、
前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動する過程と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら前記光検出領域からの光を検出する過程と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら検出された前記光検出領域からの光の時系列の光強度データを生成し、前記時系列の光強度データに於いてパルス状信号の存在する領域を検出し、前記検出されたパルス状信号の存在する領域に於ける光強度の時間変化に対する釣鐘状関数のフィッテングによって、前記検出されたパルス状信号の存在する領域に於ける光強度の時間変化が前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有すると判定されたとき、その領域の光強度の時間変化を一つの発光粒子の光信号として個別に検出することにより、前記発光粒子の各々からの光信号を個別に検出する過程と
を含むことを特徴とする方法。
【請求項11】
請求項10の方法であって、更に、前記個別に検出された発光粒子からの光信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数する過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項10又は11の方法であって、前記光検出領域の位置を移動する過程に於いて、前記光検出領域の位置が所定の速度にて移動されることを特徴とする方法。
【請求項13】
請求項10乃至12のいずれかの方法であって、前記光検出領域の位置を移動する過程に於いて、前記光検出領域の位置が前記発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とする方法。
【請求項14】
請求項10乃至13のいずれかの方法であって、前記一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルが、略釣鐘状であることを特徴とする方法。
【請求項15】
請求項10乃至14のいずれかの方法であって、所定の閾値より大きい強度を有する光信号を検出したときに1つの発光粒子が前記光検出領域に入ったことが検出されることを特徴とする方法。
【請求項16】
請求項10乃至15のいずれかの方法であって、更に、前記検出された発光粒子の数に基づいて、前記試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項17】
請求項10乃至16のいずれかの方法であって、前記光検出領域の位置の移動速度が前記発光粒子の特性又は前記試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて設定されることを特徴とする方法。
【請求項18】
共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、
前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域の位置を移動するべく前記光学系の光路を変更する手順と、
前記試料溶液内に於ける前記光検出領域の位置の移動中に前記光検出領域からの光を検出する手順と、
前記試料溶液内に於いて前記光検出領域の位置を移動させながら検出された前記光検出領域からの光の時系列の光強度データを生成し、前記時系列の光強度データに於いてパルス状信号の存在する領域を検出し、前記検出されたパルス状信号の存在する領域に於ける光強度の時間変化に対する釣鐘状関数のフィッテングによって、前記検出されたパルス状信号の存在する領域に於ける光強度の時間変化が前記光検出領域内を相対的に移動する一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルを有すると判定されたとき、その領域の光強度の時間変化を一つの発光粒子の光信号として個別に検出することにより、前記発光粒子の各々からの光信号を個別に検出する手順と
をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項19】
請求項18のコンピュータプログラムであって、更に、前記個別に検出された発光粒子からの光信号の数を計数して前記光検出領域の位置の移動中に検出された前記発光粒子の数を計数する手順を含むことを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項20】
請求項18又は19のコンピュータプログラムであって、前記光学系の光路を変更する手順に於いて、前記光検出領域の位置が所定の速度にて移動されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項21】
請求項18乃至20のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記光学系の光路を変更する手順に於いて、前記光検出領域の位置が前記発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項22】
請求項18乃至21のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記一つの発光粒子からの光に於いて想定されるプロファイルが、略釣鐘状であることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項23】
請求項18乃至22のいずれかのコンピュータプログラムであって、所定の閾値より大きい強度を有する光信号を検出したときに1つの発光粒子が前記光検出領域に入ったことが検出されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項24】
請求項18乃至23のいずれかのコンピュータプログラムであって、更に、前記検出された発光粒子の数に基づいて、前記試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する手順を含むことを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項25】
請求項18乃至24のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記光検出領域の位置の移動速度が前記発光粒子の特性又は前記試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて設定されることを特徴とするコンピュータプログラム。
【請求項26】
請求項18乃至25のいずれかのコンピュータプログラムであって、前記光検出領域の位置の移動軌跡が円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であることを特徴とするコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はこれらの凝集体(以下、これらを「粒子」と称する。)からの光を検出して、溶液中の粒子の状態を分析又は解析するための光分析装置、光分析方法並びにそのためのコンピュータプログラムに係り、より詳細には、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いて、種々の粒子、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の対象物、或いは、非生物学的な粒子の状態(相互作用、結合・解離状態など)の分析又は解析に於いて有用な情報を取得することが可能な光分析装置、光分析方法並びに光分析用コンピュータプログラムに係る。
【背景技術】
【0002】
近年の光計測技術の発展により、共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング(1光子検出)も可能な超高感度の光検出技術とを用いて、一光子又は蛍光一分子レベルの微弱光の検出・測定が可能となっている。そこで、そのような微弱光の計測技術を用いて、生体分子等の分子間相互作用又は結合・解離反応の検出を行う装置又は方法が種々提案されている。例えば、蛍光相関分光分析(Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS。例えば、特許文献1、2、非特許文献1−3参照)に於いては、レーザー共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術を用いて、試料溶液中の微小領域(顕微鏡のレーザー光が集光された焦点領域−コンフォーカル・ボリュームと称される。)内に出入りする蛍光分子又は蛍光標識された分子(蛍光分子等)からの蛍光強度の測定が為され、その測定された蛍光強度の自己相関関数の値から決定される微小領域内に於ける蛍光分子等の平均の滞留時間(並進拡散時間)及び滞留する分子の数の平均値に基づいて、蛍光分子等の運動の速さ又は大きさ、濃度といった情報の取得、或いは、分子の構造又は大きさの変化や分子の結合・解離反応又は分散・凝集といった種々の現象の検出が達成される。また、蛍光強度分布分析(Fluorescence-Intensity Distribution Analysis:FIDA。例えば、特許文献3)やフォトンカウンティングヒストグラム(Photon Counting Histogram:PCH。例えば、特許文献4)では、FCSと同様に計測されるコンフォーカル・ボリューム内に出入りする蛍光分子等の蛍光強度のヒストグラムが生成され、そのヒストグラムの分布に対して統計的なモデル式をフィッティングすることにより、蛍光分子等の固有の明るさの平均値とコンフォーカル・ボリューム内に滞留する分子の数の平均値が算定され、これらの情報に基づいて、分子の構造又は大きさの変化、結合・解離状態、分散・凝集状態などが推定されることとなる。更に、特許文献5、6に於いては、共焦点顕微鏡の光学系を用いて計測される試料溶液の蛍光信号の時間経過に基づいて蛍光性物質を検出する方法が提案されている。特許文献7は、フローサイトメータに於いて流通させられた蛍光微粒子又は基板上に固定された蛍光微粒子からの微弱光をフォトンカウンティング技術を用いて計測してフロー中又は基板上の蛍光微粒子の存在を検出するための信号演算処理技術を提案している。
【0003】
特に、FCS、FIDA等の共焦点顕微鏡の光学系とフォトンカウンティング技術とを用いた微小領域の蛍光測定技術を用いた方法によれば、測定に必要な試料は、従前に比して極めて低濃度且微量でよく(一回の測定で使用される量は、たかだか数十μL程度)、測定時間も大幅に短縮される(一回の測定で秒オーダーの時間の計測が数回繰り返される。)。従って、これらの技術は、特に、医学・生物学の研究開発の分野でしばしば使用される希少な或いは高価な試料についての分析を行う場合や、病気の臨床診断や生理活性物質のスクリーニングなど、検体数が多い場合に、従前の生化学的方法に比して、低廉に、或いは、迅速に実験又は検査が実行できる強力なツールとなることが期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−098876
【特許文献2】特開2008−292371
【特許文献3】特許第4023523号
【特許文献4】国際公開2008−080417
【特許文献5】特開2007−20565
【特許文献6】特開2008−116440
【特許文献7】特開平4−337446号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】金城政孝、蛋白質 核酸 酵素 Vol.44、No.9、1431−1438頁 1999年
【非特許文献2】エフ・ジェイ・メイヤー・アルムス(F.J.Meyer-Alms)、フルオレセンス・コリレーション・スペクトロスコピー(Fluorescence Correlation Spectroscopy)、アール・リグラー編(R.Rigler)、スプリンガー(Springer)、ベルリン、2000年、204−224頁
【非特許文献3】加藤則子外4名、遺伝子医学、Vol.6、No.2、271−277頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のFCS、FIDA、PCHなどの光分析技術では、概して述べれば、計測された蛍光強度の時間的なゆらぎの大きさが統計的処理により算出され、そのゆらぎの大きさに基づいて試料溶液中の微小領域内に出入りする蛍光分子等の種々の特性が決定される。従って、上記の光分析技術に於いて有意な結果を得るためには、試料溶液中の観測対象となる蛍光分子等の濃度又は数密度は、平衡状態に於いて、一回の秒オーダーの長さの計測時間のうちに統計的処理が可能な数の蛍光分子等が微小領域内を入出するように、好適には、微小領域内に常に一個程度の蛍光分子等が存在しているように調製されていることが好ましい(典型的には、コンフォーカル・ボリュームの体積は、1fL程度となるので、蛍光分子等の濃度は、1nM程度若しくはそれ以上であることが好ましい。)。換言すれば、試料溶液中の観測対象粒子の濃度又は数密度が統計的処理の可能な程度よりも大幅に下回るときには(例えば、1nMを大幅に下回るときには)、観測対象物が微小領域内に計測時間のうちに稀にしか進入してこない状態が発生し、蛍光強度の計測結果に於いて、観測対象物が微小領域内に全く存在していない状態が長期間に亘って含まれると共に、有意な蛍光強度の観測量が少なくなるので、上記の如き蛍光強度の統計的なゆらぎに基づく光分析技術では、有意な又は精度の良い分析結果を望むことができなくなる。
【0007】
特許文献5、6に記載された共焦点顕微鏡の光学系を用いた蛍光性物質の検出方法では、上記の如き蛍光強度のゆらぎに関する統計的処理を行うことなく、数秒間に亘る計測時間に於ける有意な強度の蛍光信号の発生の有無により、試料中に於ける観測対象となる蛍光分子等の有無が特定でき、有意な強度の蛍光信号の頻度と試料中の蛍光分子等の粒子数とに相関が得られることが開示されている。特に、特許文献6では、試料溶液中を攪拌するランダムな流れを発生させると、検出感度が向上することが示唆されている。しかしながら、これらの方法に於いても、拡散により又はランダムな流れにより確率的に微小領域内に進入する蛍光分子等の存在を検出することに留まっており、微小領域内の蛍光分子等の粒子の振る舞いを把握することができず、例えば、粒子のカウンティングや粒子の濃度又は数密度を定量的に算出するといったことは達成されていない。また、特許文献7に記載された技術は、フローサイトメータに於けるフロー中の蛍光微粒子又は基板上に固定された蛍光微粒子の存在を個別に検出するものであり、試料溶液中に通常の状態にて溶解又は分散している分子やコロイドなどの粒子、即ち、試料溶液中にてランダムに運動している粒子の検出を行うための技術ではないので、試料溶液中に溶解又は分散した粒子の濃度又は数密度を定量的に算出するといったことは達成されていない。また、特許文献7の技術は、フローサイトメータに於ける計測或いは基板上への蛍光粒子の固定化処理といった過程を含むため、検査に必要な試料量は、FCS、FIDA、PCHなどの光分析技術の場合に比して大幅に多くなるとともに、実施者に於いて複雑で高度な操作技術が要求されると考えられる。
【0008】
かくして、本発明の一つの課題は、FCS、FIDA、PCHなどの光分析技術にて実行されている如き、統計的処理を含まず、従って、観測対象粒子の濃度又は数密度がそれらの光分析技術で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の観測対象粒子の状態又は特性を検出することが可能な新規な光分析技術を提供することである。
【0009】
また、本発明のもう一つの課題は、上記の如き新規な光分析技術を実現する光分析装置、方法又はそのためのコンピュータプログラムであって、FCS、FIDA、PCHなどの光分析技術と同様に測定に必要な試料が微量(例えば、数十μL程度)であってもよく、また、測定時間が短く、観測対象粒子の濃度又は数密度等の特性を定量的に特定することが可能な光分析装置、光分析方法又は光分析用コンピュータプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
概して述べれば、本発明に於いては、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系などの溶液中の微小領域からの光が検出可能な光学系を用いて、試料溶液中に分散してランダムに運動する光を発する粒子(以下、「発光粒子」と称する。)からの光を検出する光分析技術であって、試料溶液内に於いて光の検出領域である微小領域の位置を移動させながら、即ち、微小領域により試料溶液内を走査しながら、微小領域からの光を検出し、これにより、微小領域内を横切る発光粒子を個別に検出して、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度又は数密度に関する情報の取得を可能にする新規な方式の光分析技術が提案される。
【0011】
本発明によれば、一つの態様として、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中に分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析装置であって、前記の光学系の光路を変更することにより試料溶液内に於いて光学系の光検出領域の位置を移動する光検出領域移動部と、光検出領域からの光を検出する光検出部と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出部にて検出された光から個々の発光粒子からの光信号を個別に検出する信号処理部とを含むことを特徴とする装置が提供される。かかる構成に於いて、「試料溶液中に分散しランダムに運動する発光粒子」とは、試料溶液中に分散又は溶解した原子、分子又はそれらの凝集体などの、光を発する粒子であって、基板などに固定されず、溶液中を自由にブラウン運動している粒子であれば任意の物であってよい。かかる発光粒子は、典型的には、蛍光性粒子であるが、りん光、化学発光、生物発光、光散乱等により光を発する粒子であってもよい。共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系の「光検出領域」とは、それらの顕微鏡に於いて光が検出される微小領域であり、対物レンズから照明光が与えられる場合には、その照明光が集光された領域に相当する(共焦点顕微鏡に於いては、特に対物レンズとピンホールとの位置関係により確定される。発光粒子が照明光なしで発光する場合、例えば、化学発光又は生物発光により発光する粒子の場合には、顕微鏡に於いて照明光は要しない。)。なお、本明細書に於いて、「発光粒子からの光信号」という場合には、「発光粒子からの光を表す信号」を意味している。
【0012】
上記から理解される如く、本発明の装置の基本的な構成に於いては、まず、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動しながら、即ち、試料溶液内を光検出領域により走査しながら、逐次的に、光の検出が行われる。そうすると、移動する光検出領域が、ランダムに運動している発光粒子を包含したときには、発光粒子からの光が光検出部にて検出され、これにより、一つの発光粒子の存在が検出されることとなる。そして、装置の信号処理部は、逐次的に検出される光検出部の信号に於いて発光粒子からの光信号を検出して、これにより、発光粒子の存在を一つずつ個別に逐次的に検出し、発光粒子の溶液内での状態に関する種々の情報が取得されることとなる。具体的には、例えば、上記の本発明の装置に於いて、信号処理部が、個別に検出された発光粒子からの光信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数するようになっていてよい(発光粒子のカウンティング)。かかる構成によれば、発光粒子の数と光検出領域の位置の移動量とを組み合わせることにより、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度に関する情報が得られることとなる。特に、任意の手法により、例えば、所定の速度にて光検出領域の位置を移動するなどして、光検出領域の位置の移動軌跡の全体積を特定すれば、発光粒子の数密度又は濃度が具体的に算定できることとなる。勿論、絶対的な数密度値又は濃度値を直接的に決定するのではなく、複数の試料溶液又は濃度若しくは数密度の基準となる標準試料溶液に対する相対的な数密度若しくは濃度の比を算出するようになっていてもよい。また、上記の本発明に於いては、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動するよう構成されていることにより、光検出領域の移動は、速やかであり、且つ、試料溶液に於いて機械的振動や流体力学的な作用が実質的に発生しないので、検出対象となる発光粒子が力学的な作用の影響を受けることなく安定した状態にて、光の計測が可能である(試料溶液中に振動や流れが作用すると、粒子の物性的性質が変化する可能性がある。)。そして、試料溶液を流通させるといった構成が必要ではないので、FCS、FIDA等の場合と同様に微量(1〜数十μL程度)の試料溶液にて計測及び分析が可能である。
【0013】
本発明の装置の信号処理部の処理に於いて、逐次的な光検出部からの信号から1つの発光粒子が光検出領域に入ったか否かの判定は、光検出部にて検出された時系列の光信号の形状に基づいて為されてよい。実施の形態に於いて、典型的には、所定の閾値より大きい強度を有する光信号が検出されたときに、1つの発光粒子が光検出領域に入ったと検出されるようになっていてよい。
【0014】
また、上記の本発明の装置に於いて、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて適宜変更可能となっていてよい。当業者に於いて理解される如く、発光粒子から検出される光の態様は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度によって変化し得る。特に、光検出領域の移動速度が速くなると、一つの発光粒子から得られる光量は低減することとなるので、一つの発光粒子からの光が精度よく又は感度よく計測できるように、光検出領域の移動速度は、適宜変更可能となっていることが好ましい。
【0015】
更に、本発明の装置に於いて、試料溶液内での光検出領域の位置の移動速度は、好適には、検出対象となる発光粒子の拡散移動速度(ブラウン運動による粒子の平均の移動速度)よりも高く設定される。上記に説明されている如く、本発明の装置は、光検出領域が発光粒子の存在位置を通過したときにその発光粒子から発せられる光を検出して、発光粒子を個別に検出する。しかしながら、発光粒子が溶液中でブラウン運動することによりランダムに移動して、複数回、光検出領域を出入りする場合には、1つの発光粒子から複数回、(発光粒子の存在を表す)光信号が検出されてしまい、検出された光信号と1つの発光粒子の存在とを対応させることが困難となる。そこで、上記の如く、光検出領域の移動速度を発光粒子の拡散移動速度よりも高く設定し、これにより、1つの発光粒子を一つの(発光粒子の存在を表す)光信号に対応させることが可能となる。なお、拡散移動速度は、発光粒子によって変わるので、上記の如く、発光粒子の特性(特に、拡散定数)に応じて、本発明の装置は、光検出領域の移動速度が適宜変更可能であるよう構成されていることが好ましい。
【0016】
光検出領域の位置の移動のための光学系の光路の変更は、任意の方式で為されてよい。例えば、レーザー走査型光学顕微鏡に於いて採用されているガルバノミラーを用いて光路を変更して光検出領域の位置が変更されるようになっていてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、任意に設定されてよく、例えば、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
【0017】
実施の形態に於いて、本発明による共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中の発光粒子からの光を検出する光分析装置は、前記光学系の光路を変更することにより前記試料溶液内に於いて前記光学系の光検出領域を前記発光粒子の前記試料溶液中での拡散移動速度よりも速い速度にて移動しながら前記光検出領域内に進入した個々の発光粒子からの光信号を個別に検出し、前記光信号を計数することにより前記光検出領域内に進入した発光粒子の数を検出するようになっていてよい。
【0018】
上記の本発明の装置に於いて試料溶液内に於ける光検出領域の位置を移動させながら光検出を行い、個々の発光粒子からの光信号を個別に検出するという特徴的な光分析技術の処理は、汎用のコンピュータによっても実現可能である。従って、本発明のもう一つの態様によれば、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出するための光分析用コンピュータプログラムであって、前記の光学系の光検出領域の試料溶液内に於ける位置を移動するべく光学系の光路を変更する手順と、試料溶液内に於ける光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出する手順と、検出された光から個々の発光粒子からの光信号を個別に検出する手順をコンピュータに実行させることを特徴とするコンピュータプログラムが提供される。
【0019】
かかるコンピュータプログラムに於いても、個別に検出された発光粒子からの光信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数する手順及び/又は検出された発光粒子の数に基づいて、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する手順が含まれていてよい。また、光検出領域の位置を移動するべく光学系の光路を変更する手順に於いて、光検出領域の位置が所定の速度にて或いは発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されるようになっていてよく、光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて設定されるようになっていてよい。更に、信号処理に於いて、1つの発光粒子が光検出領域に入ったことは、検出された時系列の光信号の形状に基づいて、例えば、所定の閾値より大きい強度を有する光信号を検出したときに判定されてよい。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線及び曲線のうちから選択可能であってよい。
【0020】
更に、上記の本発明の装置又はコンピュータプログラムによれば、上記の如く、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出を行って個々の発光粒子からの光信号を個別に検出する新規な光分析方法が実現される。従って、本発明の共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光学系を用いて試料溶液中にて分散しランダムに運動する発光粒子からの光を検出する光分析方法は、前記の光学系の光路を変更することにより光学系の光検出領域の試料溶液内に於ける位置を移動する過程と、試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動させながら光検出領域からの光を検出する過程と、検出された光から個々の発光粒子からの光信号を個別に検出する過程とを含むことを特徴とする。
【0021】
かかる方法に於いても、個別に検出された発光粒子からの光信号の数を計数して光検出領域の位置の移動中に検出された発光粒子の数を計数する過程及び/又は検出された発光粒子の数に基づいて、試料溶液中の発光粒子の数密度又は濃度を決定する過程が含まれていてよい。また、光検出領域の位置を移動する過程に於いて、光検出領域の位置が所定の速度にて或いは発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動されるようになっていてよく、光検出領域の位置の移動速度は、発光粒子の特性又は試料溶液中の数密度又は濃度に基づいて設定されるようになっていてよい。更に、信号処理過程に於いては、1つの発光粒子が光検出領域に入ったことは、検出された時系列の光信号の形状に基づいて、例えば、所定の閾値より大きい強度を有する光信号を検出したときに判定されてよい。
【発明の効果】
【0022】
上記の本発明による装置、方法又はコンピュータプログラムにより実現される光分析技術は、その光検出機構自体については、FCS、FIDA、PCHなどの光分析技術の場合と同様に、共焦点顕微鏡又は多光子顕微鏡の光検出領域からの光を検出するよう構成されているので、試料溶液の量は、同様に微量であってよい。しかしながら、本発明に於いては、蛍光強度のゆらぎを算出するといった統計的処理が実行されないので、本発明の光分析技術は、発光粒子の数密度又は濃度がFCS、FIDA、PCH等の光分析技術に必要であったレベルよりも大幅に低い試料溶液に適用可能である。
【0023】
また、本発明では、溶液中に分散又は溶解した発光粒子の各々を個別に検出するようになっているので、その情報を用いて、定量的に、発光粒子のカウンティングや試料溶液中の発光粒子の濃度若しくは数密度の算定又は濃度若しくは数密度に関する情報の取得が可能となる。例えば、特許文献5,6に記載の技術では、所定時間内に於ける所定の閾値以上の強度を有する蛍光信号の頻度の集計値と試料溶液中の蛍光分子等の粒子数との相関を得ることが可能であるが、計測領域を通過する粒子の動的な振る舞い(粒子が計測領域を真直ぐ通過したのか、粒子が計測領域内に滞留していたのか)を把握することはできず、従って、所定の閾値以上の強度を有する蛍光信号と計測領域を通過する粒子との対応が不明確であったため、発光粒子のカウンティングは原理的に不可能であり、試料溶液中の粒子の濃度を精度よく決定することが困難であった。しかしながら、本発明によれば、光検出領域を通過する発光粒子と検出された光信号とを1対1に対応させて発光粒子を一つずつ検出するので、溶液中に分散してランダムに運動する発光粒子のカウンティングが可能となり、従前に比して、精度よく試料溶液中の粒子の濃度又は数密度を決定することが可能となる。
【0024】
更に、光学系の光路を変更して試料溶液中を光検出領域にて走査する態様によれば、試料溶液に対して機械的振動や流体力学的な作用を与えずに、試料溶液内を一様に或いは試料溶液が機械的に安定した状態で観測することになるので、例えば、試料に流れを発生させる場合(流れを与える場合には常に一様な流速を与えることは困難であると共に、装置構成が複雑となり、また、必要な試料量が大幅に増大すると共に、流れによる流体力学的作用によって溶液中の粒子又は物質が変質又は変性してしまう可能性がある。)に比して、定量的な検出結果の信頼性が向上し、また、試料溶液中の検出対象となる発光粒子に対して力学的な作用による影響又はアーティファクトの無い状態で計測が行えることとなる。
【0025】
本発明の光分析技術は、典型的には、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞などの粒子状の生物学的な対象物の溶液中の状態の分析又は解析の用途に用いられるが、非生物学的な粒子(例えば、原子、分子、ミセル、金属コロイドなど)の溶液中の状態の分析又は解析に用いられてもよく、そのような場合も本発明の範囲に属することは理解されるべきである。
【0026】
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】
図1(A)は、本発明による光分析装置の内部構造の模式図である。
図1(B)は、コンフォーカル・ボリューム(共焦点顕微鏡の観察領域)の模式図である。
図1(C)は、ミラー7の向きを変更して試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動する機構の模式図である。
【
図2】
図2(A)、(B)は、それぞれ、本発明による光分析技術による光検出の原理を説明する模式図及び計測される光強度の時間変化の模式図である。
【
図3】
図3(A)、(B)は、それぞれ、発光粒子がブラウン運動をしながら光検出領域を横切る場合のモデル図と、その場合のフォトンカウント(光強度)の時間変化の例を示す図である。
【
図4】
図4(A)、(B)は、それぞれ、試料溶液内の光検出領域の位置を発光粒子の拡散移動速度よりも速い速度にて移動することにより発光粒子が光検出領域を横切る場合のモデル図と、その場合のフォトンカウント(光強度)の時間変化の例を示す図である。
【
図5】
図5は、本発明による光分析技術により計測されたフォトンカウント(光強度)の時間変化から発光粒子のカウンティングをするための検出信号の二値化処理を含む信号処理過程の一つの例を説明する図である。
【
図6】
図6は、本発明による光分析技術により計測されたフォトンカウント(光強度)の時間変化から発光粒子のカウンティングをするための検出信号の微分処理を含む信号処理過程の一つの例を説明する図である。
【
図7】
図7は、本発明による光分析技術による発光粒子の検出及びカウンティングの計算実験のモデルを説明する図である。
【
図8】
図8(A)、(B)、(C)は、それぞれ、本発明の光分析技術により計測された時系列フォトンカウントデータ、時系列フォトンカウントデータを平滑化したデータ(スムージング処理を適用して得られたデータ)、平滑化された時系列フォトンカウントデータに対してフィッティングされたガウス関数曲線の例を示している。
図8(D)は、平滑化された時系列フォトンカウントデータに於いてパルス存在領域を決定する処理を示している。
【
図9】
図9は、本発明の光分析技術により計測されたフォトンカウントデータの実測例(棒グラフ)と、データをスムージングして得られる曲線(点線)と、ピーク存在領域にてフィッティングされたガウス関数(実線)を示している。図中、「ノイズ」と付された信号は、ノイズ又は異物による信号であるとして無視される。
【
図10】
図10(A)、(B)は、それぞれ、本発明に従った発光粒子数検出実験の結果、プレートリーダーを用いた発光粒子の蛍光強度測定実験の結果を示している。図中、縦グラフは、それぞれ、3回の測定の平均値を示し、エラーバーは、3回の測定のSD値を示している。
図10(C)は、各試料溶液について本発明に従った発光粒子数検出実験を実行して得られた時系列フォトンカウントデータに於いて検出された発光粒子に対応するパルス信号の数(パルス数)と、同一の時系列フォトンカウントデータに於いて検出された光子数の総計(光子数)とを試料溶液中の発光粒子濃度に対してプロットしたグラフ図である。
【
図11】
図11は、従来の蛍光強度のゆらぎを算出する光分析技術に於いて得られるフォトンカウント(光強度)の時間変化の例であり、(A)は、試料内の粒子の濃度が、十分な計測精度が与えられる程度である場合であり、(B)は、(A)の場合よりも大幅に試料内の粒子の濃度が低い場合である。
【符号の説明】
【0028】
1…光分析装置(共焦点顕微鏡)
2…光源
3…シングルモードオプティカルファイバー
4…コリメータレンズ
5…ダイクロイックミラー
6、7、11…反射ミラー
8…対物レンズ
9…マイクロプレート
10…ウェル(試料溶液容器)
12…コンデンサーレンズ
13…ピンホール
14…バリアフィルター
15…マルチモードオプティカルファイバー
16…光検出器
17…ミラー偏向器
17a…ステージ位置変更装置
18…コンピュータ
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0030】
光分析装置の構成
本発明による光分析技術を実現する光分析装置は、基本的な構成に於いて、
図1(A)に模式的に例示されている如き、FCS、FIDA等が実行可能な共焦点顕微鏡の光学系と光検出器とを組み合わせてなる装置であってよい。同図を参照して、光分析装置1は、光学系2〜17と、光学系の各部の作動を制御すると共にデータを取得し解析するためのコンピュータ18とから構成される。光分析装置1の光学系は、通常の共焦点顕微鏡の光学系と同様であってよく、そこに於いて、光源2から放射されシングルモードファイバー3内を伝播したレーザー光(Ex)が、ファイバーの出射端に於いて固有のNAにて決まった角度にて発散する光となって放射され、コリメーター4によって平行光となり、ダイクロイックミラー5、反射ミラー6、7にて反射され、対物レンズ8へ入射される。対物レンズ8の上方には、典型的には、1〜数十μLの試料溶液が分注される試料容器又はウェル10が配列されたマイクロプレート9が配置されており、対物レンズ8から出射したレーザー光は、試料容器又はウェル10内の試料溶液中で焦点を結び、光強度の強い領域(励起領域)が形成される。試料溶液中には、観測対象物である発光粒子、典型的には、蛍光性粒子又は蛍光色素等の発光標識が付加された粒子が分散又は溶解されており、かかる発光粒子が励起領域に進入すると、その間、発光粒子が励起され光が放出される。放出された光(Em)は、対物レンズ8、ダイクロイックミラー5を通過し、ミラー11にて反射してコンデンサーレンズ12にて集光され、ピンホール13を通過し、バリアフィルター14を透過して(ここで、特定の波長帯域の光成分のみが選択される。)、マルチモードファイバー15に導入されて、光検出器16に到達し、時系列の電気信号に変換された後、コンピュータ18へ入力され、後に説明される態様にて光分析のための処理が為される。なお、当業者に於いて知られている如く、上記の構成に於いて、ピンホール13は、対物レンズ8の焦点位置と共役の位置に配置されており、これにより、
図1(B)に模式的に示されている如きレーザー光の焦点領域、即ち、励起領域内から発せられた光のみがピンホール13を通過し、励起領域以外からの光は遮断される。
図1(B)に例示されたレーザー光の焦点領域は、通常、1〜10fL程度の実効体積を有する本光分析装置に於ける光検出領域であり(典型的には、光強度が領域の中心を頂点とするガウス様分布となる。実効体積は、光強度が1/e
2となる面を境界とする略楕円球体の体積である。)、コンフォーカル・ボリュームと称される。また、本発明では、1つの発光粒子からの光、例えば、一つの蛍光色素分子からの微弱光が検出されるので、光検出器16としては、好適には、フォトンカウンティングに使用可能な超高感度の光検出器が用いられる。また、顕微鏡のステージ(図示せず)には、観察するべきウェル10を変更するべく、マイクロプレート9の水平方向位置を移動するためのステージ位置変更装置17aが設けられていてよい。ステージ位置変更装置17aの作動は、コンピュータ18により制御されてよい。かかる構成により、検体が複数在る場合にも、迅速な計測が達成可能となる。
【0031】
更に、上記の光分析装置の光学系に於いては、光学系の光路を変更して試料溶液内を光検出領域により走査する、即ち、試料溶液内に於いて焦点領域、即ち、光検出領域の位置を移動するための機構が設けられる。かかる光検出領域の位置を移動するための機構としては、例えば、
図1(C)に模式的に例示されている如く、反射ミラー7の向きを変更するミラー偏向器17が採用されてよい。かかるミラー偏向器17は、通常のレーザー走査型顕微鏡に装備されているガルバノミラー装置と同様であってよい。また、所望の光検出領域の位置の移動パターンを達成するべく、ミラー偏向器17は、コンピュータ18の制御の下、光検出器16による光検出と協調して駆動される。光検出領域の位置の移動軌跡は、円形、楕円形、矩形、直線、曲線又はこれらの組み合わせから任意に選択されてよい(コンピュータ18に於けるプログラムに於いて、種々の移動パターンが選択できるようになっていてよい。)。上記の如く、試料溶液を移動するのではなく、光学系の光路を変更して光検出領域の位置を移動する構成によれば、試料溶液内に機械的な振動や流体力学的な作用が実質的に発生することがなくなり、観測対象物に対する力学的な作用の影響を排除することが可能となり、安定的な計測が達成される。なお、対物レンズは、典型的には、水浸対物レンズが用いられるが、油浸対物レンズ、シリコーン浸対物レンズ又はドライ(空浸)対物レンズであってもよい。水浸対物レンズの場合には、図示していないが、対物レンズ8を上下に移動することにより、光検出領域の位置が上下方向に移動されるようになっていてもよい。
【0032】
観測対象物となる発光粒子が多光子吸収により発光する場合には、上記の光学系は、多光子顕微鏡として使用される。その場合には、励起光の焦点領域(光検出領域)のみで光の放出があるので、ピンホール13は、除去されてよい。また、観測対象物となる発光粒子が化学発光や生物発光現象により励起光によらず発光する場合には、励起光を生成するための光学系2〜5が省略されてよい。発光粒子がりん光又は散乱により発光する場合には、上記の共焦点顕微鏡の光学系がそのまま用いられる。更に、光分析装置1に於いては、図示の如く、複数の励起光源2が設けられていてよく、発光粒子の励起波長によって適宜、励起光の波長が選択できるようになっていてよい。同様に、光検出器16も複数個備えられていてよく、試料中に波長の異なる複数種の発光粒子が含まれている場合に、それらから光をその波長によって別々に検出できるようになっていてよい。
【0033】
本発明の光分析技術の原理
FCS、FIDA等の分光分析技術は、従前の生化学的な分析技術に比して、必要な試料量が極めて少なく、且つ、迅速に検査が実行できる点で優れている。しかしながら、FCS、FIDA等の分光分析技術では、原理的に、観測対象粒子の濃度や特性は、蛍光強度のゆらぎに基づいて算定されるので、精度のよい測定結果を得るためには、試料溶液中の観測対象粒子の濃度又は数密度が、
図11(A)に模式的に描かれているように、蛍光強度の計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域CV内に存在するレベルであり、同図の右側に示されている如く、計測時間中に常に有意な光強度(フォトンカウント)が検出されることが要求される。もし観測対象粒子の濃度又は数密度がそれよりも低い場合、例えば、
図11(B)に描かれているように、観測対象粒子がたまにしか光検出領域CV内へ進入しないレベルである場合には、同図の右側に例示されている如く、有意な光強度(フォトンカウント)が、計測時間の一部にしか現れないこととなり、精度のよい光強度のゆらぎの算定が困難となる。また、観測対象粒子の濃度が計測中に常に一個程度の観測対象粒子が光検出領域内に存在するレベルよりも大幅に低い場合には、光強度のゆらぎの演算に於いて、バックグラウンドの影響を受けやすく、演算に十分な量の有意な光強度データを得るために計測時間が長くなる。
【0034】
そこで、本発明に於いては、観測対象粒子の濃度が、上記の如きFCS、FIDA等の分光分析技術にて要求されるレベルよりも低い場合でも、観測対象粒子の数密度又は濃度等の特性の検出を可能にする新規な原理に基づく光分析技術が提案される。
【0035】
本発明の光分析技術に於いて、実行される処理としては、端的に述べれば、光検出領域の位置を移動するための機構(ミラー偏向器17)を駆動して光路を変更し、
図2にて模式的に描かれているように、試料溶液内に於いて光検出領域CVの位置を移動しながら、即ち、光検出領域CVにより試料溶液内を走査しながら、光検出が実行される。そうすると、例えば、
図2(A)の如く、光検出領域CVが移動する間(図中、時間to〜t2)に於いて一つの発光粒子(図中、蛍光色素)の存在する領域を通過する際(t1)には、
図2(B)に描かれている如く有意な光強度(Em)が検出されることとなる。かくして、上記の光検出領域CVの位置の移動と光検出を実行し、その間に出現する
図2(B)に例示されている如き有意な光強度を一つずつ検出することによって、発光粒子が個別に検出され、その数をカウントすることにより、計測された領域内に存在する発光粒子の数、或いは、濃度若しくは数密度に関する情報が取得できることとなる。かかる本発明の光分析技術の原理に於いては、蛍光強度のゆらぎの算出の如き、統計的な演算処理は行われず、発光粒子が一つずつ検出されるので、FCS、FIDA等では十分な精度にて分析ができないほど、発光粒子(観測対象粒子)の濃度が低い試料溶液でも、発光粒子の濃度若しくは数密度に関する情報が取得可能であることは理解されるべきである。
【0036】
本発明の光分析装置の作動と処理操作過程
図1(A)に例示の光分析装置1を用いた本発明による光分析に於いては、具体的には、(1)発光粒子(観測対象粒子)を含む試料溶液の光強度の測定処理過程と、(2)測定された光強度の分析処理過程とが実行される。
【0037】
(1)試料溶液の光強度の測定
本発明の光分析技術の観測対象物となる粒子は、溶解された分子等の、試料溶液中にて分散し溶液中にてランダムに運動する粒子であれば、任意のものであってよく、例えば、タンパク質、ペプチド、核酸、脂質、糖鎖、アミノ酸若しくはこれらの凝集体などの生体分子、ウイルス、細胞、或いは、金属コロイド、その他の非生物学的分子などであってよい。観測対象物となる粒子が光を発する粒子でない場合には、発光標識(蛍光分子、りん光分子、化学・生物発光分子)が観測対象物となる粒子に任意の態様にて付加されたものが用いられる。試料溶液は、典型的には水溶液であるが、これに限定されず、有機溶媒その他の任意の液体であってよい。
【0038】
本発明の光分析に於ける光強度の測定は、測定中にミラー偏向器17を駆動して、試料溶液内での光検出領域の位置の移動(試料溶液内の走査)を行う他は、FCS又はFIDAに於ける光強度の測定過程と同様の態様にて実行されてよい。操作処理に於いて、典型的には、マイクロプレート9のウェル10に試料溶液を注入して顕微鏡のステージ上に載置した後、使用者がコンピュータ18に対して、測定の開始の指示を入力すると、コンピュータ18は、記憶装置(図示せず)に記憶されたプログラム(試料溶液内に於いて光検出領域の位置を移動するべく光路を変更する手順と、光検出領域の位置の移動中に光検出領域からの光を検出する手順)に従って、試料溶液内の光検出領域に於ける励起光の照射及び光強度の計測が開始される。かかる計測中、コンピュータ18のプログラムに従った処理動作の制御下、ミラー偏向器17は、ミラー7(ガルバノミラー)を駆動して、ウェル10内に於いて光検出領域の位置の移動を実行し、これと同時に光検出器16は、逐次的に検出された光を電気信号に変換してコンピュータ18へ送信し、コンピュータ18では、任意の態様にて、送信された光信号から時系列の光強度データを生成して保存する。なお、典型的には、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器であるので、時系列光強度データは、時系列のフォトンカウントデータであってよい。
【0039】
光強度の計測中の光検出領域の位置の移動速度は、任意に、例えば、実験的に又は分析の目的に適合するよう設定された所定の速度であってよい。検出された発光粒子の数に基づいて、その数密度又は濃度に関する情報を取得する場合には、光検出領域の通過した領域の大きさ又は体積が必要となるので、移動距離が把握される態様にて光検出領域の位置の移動が実行される。なお、計測中の経過時間と光検出領域の位置の移動距離とが比例関係にある方が測定結果の解釈が容易となるので、移動速度は、基本的に、一定速度であることが好ましいが、これに限定されない。
【0040】
ところで、光検出領域の位置の移動速度に関して、計測された時系列の光強度データからの発光粒子の個別の検出、或いは、発光粒子の数のカウンティングを、定量的に精度よく実行するためには、かかる移動速度は、発光粒子のランダムな運動、即ち、ブラウン運動による移動速度よりも速い値に設定されることが好ましい。本発明の光分析技術の観測対象粒子は、溶液中に分散又は溶解されて自由にランダムに運動する粒子であるので、ブラウン運動によって位置が時間と伴に移動する。従って、光検出領域の位置の移動速度が粒子のブラウン運動による移動に比して遅い場合には、
図3(A)に模式的に描かれている如く、粒子が領域内をランダムに移動し、これにより、光強度が
図3(B)の如くランダムに変化し(既に触れた如く、光検出領域の励起光強度は、領域の中心を頂点として外方に向かって低減する。)、個々の発光粒子に対応する有意な光強度の変化を特定することが困難となる。そこで、好適には、
図4(A)に描かれている如く、粒子が光検出領域を略直線に横切り、これにより、時系列の光強度データに於いて、
図4(B)に例示の如く、個々の発光粒子に対応する光強度の変化のプロファイルが略一様となり(発光粒子が略直線的に光検出領域を通過する場合には、光強度の変化のプロファイルは、励起光強度分布と略同様となる。)、個々の発光粒子と光強度との対応が容易に特定できるように、光検出領域の位置の移動速度は、粒子のブラウン運動による平均の移動速度(拡散移動速度)よりも速く設定される。
【0041】
具体的には、拡散係数Dを有する発光粒子がブラウン運動によって半径Woの光検出領域(コンフォーカルボリューム)を通過するときに要する時間Δtは、平均二乗変位の関係式
(2Wo)
2=6D・Δt …(1)
から、
Δt=(2Wo)
2/6D …(2)
となるので、発光粒子がブラウン運動により移動する速度(拡散移動速度)Vdifは、概ね、
Vdif=2Wo/Δt=3D/Wo …(3)
となる。そこで、光検出領域の位置の移動速度は、かかるVdifを参照して、それよりも十分に早い値に設定されてよい。例えば、観測対象粒子の拡散係数が、D=2.0×10
−10m
2/s程度であると予想される場合には、Woが、0.62μm程度だとすると、Vdifは、1.0×10
−3m/sとなるので、光検出領域の位置の移動速度は、その10倍以上の15mm/sと設定されてよい。なお、観測対象粒子の拡散係数が未知の場合には、光検出領域の位置の移動速度を種々設定して光強度の変化のプロファイルが、予想されるプロファイル(典型的には、励起光強度分布と略同様)となる条件を見つけるための予備実験を繰り返し実行して、好適な光検出領域の位置の移動速度が決定されてよい。
【0042】
(2)光強度の分析
上記の処理により試料溶液の時系列の光強度データが得られると、コンピュータ18に於いて、記憶装置に記憶されたプログラム(検出された光から個々の発光粒子からの光信号を個別に検出する手順)に従った処理により、下記の如き光強度の分析が実行されてよい。
【0043】
(i)一つの発光粒子の検出
時系列の光強度データに於いて、一つの発光粒子の光検出領域を通過する際の軌跡が、
図4(A)に示されている如く略直線状である場合、その発光粒子に対応する光強度の変化は、
図5(A)に模式的に描かれている如く、(光学系により決定される)光検出領域の光強度分布を反映したプロファイル(通常、略釣鐘状)を有する。そこで、発光粒子の検出の一つの手法に於いて、光強度に対して閾値Ioが設定され、その閾値を超える光強度が継続する時間幅Δτが所定の範囲にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの発光粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されるようになっていてよい。光強度に対する閾値Io及び時間幅Δτに対する所定の範囲は、光検出領域に対して所定の速度にて相対的に移動する発光粒子から発せられる光の強度として想定されるプロファイルに基づいて定められるところ、具体的な値は、実験的に任意に設定されてよく、また、観測対象粒子の特性によって選択的に決定されてよい。
【0044】
また、発光粒子の検出の別の手法として、光検出領域の光強度分布が、ガウス分布:
I=A・exp(−2t
2/a
2) …(4)
であると仮定できるときには、有意な光強度のプロファイル(バックグラウンドでないと明らかに判断できるプロファイル)に対して式(4)をフィッティングして算出された強度A及び幅aが所定の範囲内にあるとき、その光強度のプロファイルが一つの発光粒子が光検出領域を通過したことに対応すると判定され、一つの発光粒子の検出が為されてよい。(強度A及び幅aが所定の範囲外にあるときには、ノイズ又は異物として分析に於いて無視されてよい。)
【0045】
(ii)発光粒子のカウンティング
発光粒子のカウンティングは、上記の発光粒子の検出の手法により検出された発光粒子の数を、任意の手法により、計数することにより為されてよい。しかしながら、発光粒子の数が大きい場合には、例えば、以下に示す如き態様にて為されてよい。
【0046】
図5(B)を参照して、時系列の光強度(フォトンカウント)データから発光粒子のカウンティングを行う手法の一つの例に於いては、まず、検出された時系列のフォトンカウントデータ(上段)に対して、スムージング処理が為される(中段)。発光粒子の発する光は確率的に放出されるものであり、微小な時間に於いてデータ値の欠落が生じ得るため、かかるスムージング処理によって、前記の如きデータ値の欠落を無視できることとなる。スムージング処理は、例えば、移動平均法により為されてよい。次いで、スムージング処理が為された時系列フォトンカウントデータに於いて、所定の閾値以上の強度を有するデータ点(時間)に1を割り当て、閾値未満の強度を有する強度を有するデータ点に0を割り当てることにより、時系列フォトンカウントデータが二値化される(下段)。そして、全データに於いて、1から0に又は0から1に遷移する個所を計数することにより、計測中に光検出領域を横切った発光粒子の数がカウントされることとなる。
【0047】
時系列の光強度(フォトンカウント)データから発光粒子のカウンティングを行う手法のもう一つの例に於いては、
図5(B)の場合と同様にスムージング処理を施した時系列のフォトンカウントデータ(
図6(A))に対して微分処理が実行される(
図6(B))。かかる微分処理されたデータに於いて、強度のピーク点は、時間の増大方向に値が低減しており且つ値が0又は二次微分値が0の点であるので、かかる点を計数することにより、計測中に光検出領域を横切った発光粒子の数がカウントされることとなる。
【0048】
(iii)発光粒子の数密度又は濃度の決定
発光粒子のカウンティングが為されると、光検出領域の通過した領域の総体積を用いて、発光粒子の数密度又は濃度が決定される。しかしながら、光検出領域の実効体積は、励起光又は検出光の波長、レンズの開口数、光学系の調整状態に依存して変動するため、設計値から算定することは困難である。そこで、本実施形態に於いては、発光粒子の濃度が既知の溶液(対照溶液)について、検査されるべき試料溶液の測定と同様の条件にて、上記に説明した光強度の測定、発光粒子の検出及びカウンティングを行い、検出された発光粒子の数と対照溶液の発光粒子の濃度とから、光検出領域の通過した領域の総体積、即ち、発光粒子の検出数と濃度との関係が決定されるようになっていてよい。対照溶液の発光粒子としては、好ましくは、観測対象粒子と同様の波長特性を有する発光標識(蛍光色素等)であってよい。具体的には、例えば、発光粒子の濃度Cの対照溶液について、対照溶液の発光粒子の検出数がNであったとすると、光検出領域の通過した領域の総体積Vtは、
Vt=N/C …(5)
により与えられる。また、対照溶液として、発光粒子の複数の異なる濃度の溶液が準備され、それぞれについて測定が実行されて、算出されたVtの平均値が光検出領域の通過した領域の総体積Vtとして採用されるようになっていてよい。そして、Vtが与えられると、発光粒子のカウンティング結果がnの試料溶液の発光粒子の数密度cは、
c=n/Vt …(6)
により与えられる。なお、光検出領域の体積、光検出領域の通過した領域の総体積は、上記の方法によらず、任意の方法にて、例えば、FCS、FIDAを利用するなどして与えられるようになっていてよい。また、本実施形態の光分析装置に於いては、想定される光検出領域の移動パターンについて、種々の標準的な発光粒子についての濃度Cと発光粒子の数Nとの関係(式(5))の情報をコンピュータ18の記憶装置に予め記憶しておき、装置の使用者が光分析を実施する際に適宜記憶された関係の情報を利用できるようになっていてよい。
【0049】
計算実験
本発明の光分析技術の原理により、試料溶液内の発光粒子の数密度に対応した発光粒子のカウンティング結果が得られることを確認するために、下記の如き計算実験を行った。
図7は、計算実験に於いて仮定したモデルを説明する図を示している。
【0050】
同図を参照して、計算実験に於いては、まず、X−Y−Z座標に於いて、一辺の長さLの立方体を、その中心を原点として配置し、その立方体の中で、試料溶液内にて自由にランダムな運動をする発光粒子として、8個の拡散係数Dを有する粒子の位置が時間幅Δt=10μ秒毎にランダムな方向に変位するモデルを設定した。立方体の辺の長さLは、粒子の濃度に応じて設定され、例えば、粒子濃度を10pMとしたときには、L=11.0μmとした。なお、常に、8個の粒子が立方体内に存在し、最初に設定された濃度が維持されるように、粒子が変位して立方体の境界面(X,Y,Z=±L/2の面)を超えたときに、対向する境界面から再度立方体内へ進入するよう設定した(例えば、或る粒子がX=L/2の面を超えたときには、X=−L/2の面から立方体内へ進入させる。)。また、試料溶液内に於いて、実際の発光粒子から得られる光強度は、典型的には、光検出領域の中心を頂点として放射方向にガウス分布に従って変化すると想定されるので、立方体内に於いて、原点を中心とした光強度分布:
I=A・exp[−2(X
2+Y
2+Z
2)/Wo
2] …(7)
を設定し、立方体内の座標(X,Y,Z)に位置する粒子が、式(7)によって与えられる光を発すると仮定した。式(7)に於いて、Aは、中心の強度であり、A=1とし、Woは、ビームウェストであり、Wo=620nmとした。Woを半径とする球体は、実効的な光検出領域に相当し、その体積が略1fLに設定されることとなる。更に、本発明の光分析技術では、光検出領域の位置が試料溶液に対して移動せしめられる。即ち、試料溶液の空間が光検出領域に対して相対的に移動するということもできる。そこで、モデルに於いて、光検出領域が−X方向に移動速度Vにて空間(試料溶液)に対して移動することをモデル化すべく、立方体内の各粒子のΔt=10μ秒毎の変位に於いて、X方向に、V・Δtが加算されるものとした。
図5(B)の上段は、光検出領域の移動速度を15mm/s、粒子濃度を10pMとして、上記のモデルに従って2m秒間に亘って、立方体内の粒子を変位させた場合に得られた光強度データであり、図から理解される如く、直観的に2つの粒子が光検出領域を通過し、強度変化のプロファイルは、それぞれ、概ね、ガウス分布となることが確認された。
【0051】
更に、種々の濃度の立方体内の粒子が、上記のモデルの設定に従って任意の時間に亘って変位し且つ光を発するものとし、その間の空間から発せられる光強度の総量を逐次的に算出して時系列の光強度データを生成し、得られた時系列の光強度データに於いて、上記に説明された発光粒子のカウンティングの方法に従って、発光粒子の数を計数した。
【0052】
上記のモデルに於いて、粒子濃度を10pM、0.1pMとし、光検出領域の移動速度を15mm/sとし、計測時間(粒子の変位の実行時間)を10秒として発光粒子のカウンティングを行う実験を5回繰り返した場合の粒子のカウント数の平均値とCV値(標準偏差/平均値)は、以下の通りとなった。
濃度 10pM 0.1pM
カウント数 3668個 35.6個
CV値 1.7% 13.3%
この結果から理解される如く、設定された粒子濃度に略比例した粒子のカウント数が得られた。即ち、この結果は、或る特性を有する色素等の発光粒子を、所与の強度の励起光にて励起し、所与の光検出領域の移動速度、計測時間の条件に於いて、発光粒子のカウンティングを実行すると、発光粒子の濃度に定量的に対応したカウント数が得られ、発光粒子の濃度を決定できることを示している。更に、上記と同様の手法にて光検出領域の移動速度を60mm/sとして実験を行ったところ、粒子のカウント数の平均値とCV値(標準偏差/平均値)は、以下の通りとなった。
濃度 10pM 0.1pM
カウント数 11499個 126個
CV値 1.1% 9.4%
この結果によれば、光検出領域の移動速度を増大すると、CV値が低減し、即ち、発光粒子のカウンティングのばらつきを低減することが可能であることを示している。また、同様に、粒子濃度を1fMとし、光検出領域の移動速度を100mm/sとして実験を行ったところ、粒子のカウント数の平均値とCV値(標準偏差/平均値)は、それぞれ、11.6個、7.7%となった。この結果によれば、観測対象粒子の濃度がFCS、FIDAに於いて通常取り扱われる濃度よりも大幅に低い場合でも、本発明に於いては、発光粒子のカウンティングが実行できることを示唆している。
【0053】
かくして、上記の本発明の光分析技術によれば、試料溶液内に於いて光検出領域である微小領域の位置を移動させながら、即ち、試料溶液内を走査しながら、光検出領域内を横切る発光粒子を個別に検出し、或いは、かかる発光粒子のカウンティングを行うという手法によって、FCS、FIDA等に於いて実行される蛍光強度のゆらぎの演算等の統計的処理を含まず、従って、観測対象粒子の濃度又は数密度がFCS、FIDA等で取り扱われるレベルよりも低い試料溶液中の観測対象粒子の状態又は特性を検出することが可能となる。
【0054】
なお、本発明の光分析技術は、基本的には、FCS、FIDA等と同様の光学系を使用するので、FCS、FIDA等と組み合わせて実行されてもよい。例えば、複数種の物質を含む溶液中に於いて複数種の物質の間の相互作用等検出する場合などであって、物質の濃度差が大きいとき、例えば、一方の物質の濃度がnMオーダーであり、他方の物質がpMオーダーであるときなどに於いて、濃度の高い物質については、FCS又はFIDAにより測定及び分析を行い、濃度の低い物質については、本発明の光分析技術を用いて測定及び分析を行うといった分析態様が実行されるであろう。そのような場合、
図1(A)に例示されている如く、複数個の光検出器を準備しておくと有利である。
【0055】
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の如き実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
【実施例1】
【0056】
発光粒子として、蛍光色素であるATTO633(シグマ−アルドリッチ社(Signma-Aldrich) Cat.No. 18620)を用い、本発明による試料溶液中の発光粒子の濃度の測定可能範囲を検証した。なお、対照実験として、プレートリーダーにより計測される蛍光強度による発光粒子濃度の測定可能範囲も測定した。
【0057】
試料溶液としては、ATTO633を、その濃度が0fM(色素なし)、10fM、100fM、1pM、10pM、100pM、1nMとなるようにリン酸緩衝液(0.05% Tween20を含む)をそれぞれ調製した。なお、対象実験のために、ATTO633を10nM、100nMにて含む溶液も調製した。
【0058】
本発明の光分析技術による計測に於いては、光分析装置として、共焦点蛍光顕微鏡の光学系とフォトンカウンティングシステムを備えた1分子蛍光測定装置MF−20(オリンパス株式会社)を用い、上記の「(1)試料溶液の光強度の測定」にて説明した態様に従って、上記の各試料溶液について、時系列の光強度データを取得した。対物レンズには、水浸対物レンズ(40倍、NA=1.15、WD=0.26)を用いた。なお、光検出器16は、一光子の到来を検出できる超高感度光検出器を用い、光の検出は、所定時間に亘って、逐次的に、所定の単位時間毎(BIN TIME)に、光検出器に到来するフォトンの数を計測する態様にて実行されるフォトンカウンティングとした。従って、時系列の光強度のデータは、時系列のフォトンカウントデータである。また、励起光は、633nmのレーザー光を用い、検出光波長は、バンドパスフィルターを用いて660−710nmとした。試料溶液中に於ける光検出領域の位置の移動速度は、15mm/秒とし、BIN TIMEを10μ秒とし、2秒間の測定を3回行った。2秒間の測定により得られた時系列フォトンカウントデータの例が
図8(A)に示されている。
【0059】
上記の光強度の測定後、以下の処理手順に従って、各試料溶液について取得された時系列のフォトンカウントデータ中にて検出された光信号を計数した。
(a)時系列フォトンカウントデータのスムージング処理−移動平均法により、時系列フォトンカウントデータのスムージングを行った。一度に平均するデータ点は9個とし、移動平均処理を5回繰り返した。
図8(B)は、
図8(A)のデータをスムージングした結果を示している。
(b)時系列フォトンカウントデータに於けるパルス状の信号の存在領域の検出−(a)の処理により得られたスムージング処理後の時系列フォトンカウントデータに於けるパルス状の信号の始点と終点とを決定し、パルス状の信号の存在する領域を画定した。具体的には、まず、スムージング処理後の時系列フォトンカウントデータの全域に亘って時間についての一次微分値を演算し、時系列のフォトンカウントデータの微分値データを調製した。そして、時系列のフォトンカウントデータの微分値データ上の値を参照して、
図8(D)に模式的に例示されている如く、パルス状の信号の微分値の変化が大きくなる点をパルス状の信号の始点として選択し、パルス状の信号の微分値の変化が小さくなる点をパルス状の信号の終点として選択して、かかる始点と終点との間をパルス状の信号の存在領域として画定した。パルス状の信号の存在領域の画定は、時系列のフォトンカウントデータの全域に亘って実行した。
(c)釣鐘状関数のフィッティング−(b)の処理により画定されたパルス状の信号の存在領域の各々に対して、釣鐘状関数の関数として、式(4)のガウス関数をフィッティングした。フィッティングは、最小二乗法により行い、(ガウス関数に於ける)ピーク強度A、ピーク幅(半値全幅)a、相関係数を決定した。
図8(C)は、
図8(B)のデータにフィッティングされた関数を示している。
(d)発光粒子のカウンティング−フィッティングされた関数のピーク強度、ピーク幅及び相関係数を参照して、下記の条件:
20μ秒<ピーク幅<400μ秒
ピーク強度>1(フォトン/10μ秒) …(A)
相関係数>0.95
を満たすパルス状信号のみを発光粒子に対応する光信号であると判定する一方、上記の条件を満たさないパルス状信号はノイズとして無視し、発光粒子に対応する光信号であると判定された信号の数を「パルス数」として計数した。
図9は、発光粒子の光信号として判定された信号の例とノイズとして判定された信号との例を示している。
【0060】
対照実験に於いては、プレートリーダーSH−8000lab(コロナ社)を用いて、上記の各試料溶液について蛍光強度を測定した。励起光波長は、633nmとし、検出光波長は、657nmとし、バンド幅は、励起側、検出側共に12nmに設定した。蛍光強度の計測に際しては、励起光のフラッシュ回数を50回とした計測を3回実行し、その平均を最終的な蛍光強度値とした。
【0061】
図10(A)、(B)は、それぞれ、各濃度の試料溶液について検出された上記の本発明の光分析技術による測定結果(パルス数)及び対照実験による測定結果(蛍光輝度)を示している(値は、それぞれ、3回の測定の平均値である。)。まず、
図10(A)を参照して、本発明により測定されたパルス数(発光粒子の光信号としてカウントされた信号数)は、発光粒子濃度が100fM以上に於いて、発光粒子濃度の増大に概ね比例して増大した。この結果により、本発明の光分析技術によって、発光粒子一つ一つが検出可能であること、そして、本発明の光分析技術に従って個々の発光粒子を計数することにより、その濃度を定量的に決定できることが明らかになった。
【0062】
また、
図10(B)の対照実験に於いては、発光粒子濃度が0Mであるときの蛍光強度と、発光粒子濃度が100pMであるときの蛍光強度に有意な差が見られないのに対し、
図10(A)の本発明の光分析技術に於いては、発光粒子濃度が0Mであるときのパルス数と、発光粒子濃度が100fMであるときのパルス数に於いて有意な差が見られた。これは、プレートリーダーにより計測された蛍光強度には、ノイズや異物による光信号が重畳されているため、蛍光強度に対するノイズ又は異物の寄与が相対的に大きくなる低濃度域では、S/N比が悪化するのに対し、本発明の場合には、時系列光信号データに於ける個々のパルス状の信号が発光粒子に対応するか否かを判定し、ノイズ又は異物と判定される信号を無視するので(
図9参照)、蛍光強度に対するノイズ又は異物の寄与が相対的に大きくなる低濃度域でもS/N比を比較的良好に維持できるようになったためであると考えられる。実際、各試料溶液について、本発明の光分析技術に従った2秒間の測定に於いて計測された時系列フォトンカウントデータに光子数の総計を参照すると、
図10(C)に示されている如く、光子数の総計は、発光粒子濃度が100pMを下回ると、発光粒子濃度が0Mである場合と有意な差が観察されなかった。即ち、本発明によれば、単に時系列フォトンカウントデータに於ける光子数を計数するのではなく、発光粒子の光信号を時系列フォトンカウントデータから検出してその数を計数するという手法により、濃度の検出感度が大幅に向上されることが示された(本実施例の場合には、2桁低い濃度まで測定可能であった。)。
【0063】
かくして、本発明の光分析技術によれば、従前の蛍光強度を利用した方法に於いて計測可能であった数密度又は濃度限界よりも低い濃度範囲まで、発光粒子の数密度又は濃度を決定可能であることが示された。更に、蛍光強度のゆらぎの算出などの統計的処理を含むFCS、FIDA、PCH等の光分析技術に於いて計測可能な粒子濃度の下限が1nM程度であったのに対し、本実施例の計測可能な粒子濃度の下限は、〜100fMであり、従って、本発明によれば、FCS、FIDA、PCH等の光分析技術の場合よりも大幅に低い濃度域の粒子について計測可能であることが示された。
【実施例2】
【0064】
本発明の光分析技術による発光粒子の検出がドライ対物レンズによっても達成可能であることを確認した。実験は、対物レンズとして、ドライ対物レンズ(40倍、NA=0.95、WD=0.18)を用いた点を除いて、実施例1と同様に行った(光検出領域の移動速度は、17mm/秒とした。)。下記の表は、ドライ対物レンズを使用した場合と、水浸対物レンズを使用した場合とに於いて検出された発光粒子の光信号の個数を示している。(数値は、2秒間の3回の測定の平均値とSD値である。)
【表1】
上記の表から理解される如く、ドライ対物レンズを使用した場合でも、発光粒子濃度に対応して発光粒子の光信号の数が増大することが確かめられた。このことは、本発明の光分析技術に於いて、ドライ対物レンズも利用可能であることが示された。