【実施例】
【0019】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0020】
本実施例は、工具本体の外周に工具先端から基端側に向かう螺旋状の切り屑排出溝2が一若しくは複数設けられた刃部1と、基端側に前記刃部1より径大なシャンク本体3を有するシャンク部4とを少なくとも含んで構成され、前記刃部1は炭化タングステン及びコバルトを含有する超硬合金で形成され、前記シャンク本体3はステンレス鋼で形成されており、前記シャンク本体3の先端側には先端側程先細るシャンクテーパ部6が形成され、このシャンクテーパ部6の少なくともシャンク本体近傍部位はステンレス鋼で形成された穴明け工具であって、少なくとも前記超硬合金で形成された刃部1の外周面12並びに前記シャンクテーパ部6の前記ステンレス鋼で形成された部位には硬質皮膜が被覆され、前記シャンク本体3の外周面は硬質皮膜が被覆されていないものである。
【0021】
本実施例は、シャンク本体3として、硬さがロックウェルCスケールで35HRC以上であるものを採用している。ドリルは穴明け時にシャンク本体3がチャッキングされるため、チャッキングにより減耗しないようにある程度の硬さが必要であり、ロックウェルCスケールで35HRC以上であることが望ましいためである。
【0022】
また、超硬合金は高価であるため、超硬合金を必要最小限の量にしてPCBドリルを構成することでドリルのコストを下げるのがコンポジットタイプドリルの狙いである。そのため、少なくともシャンク本体3はステンレス鋼にして、超硬合金とステンレス鋼の接合位置をできるだけ刃部1に近い位置に設けることがコスト面で有利になる。したがって、刃部1とシャンク本体3との間に設けられる連結部材5のうち、少なくともシャンクテーパ部6のシャンク本体近傍部位はステンレス鋼で形成されていることが望ましい。一方、超硬合金とステンレス鋼との接合面積が小さすぎると接合強度が小さくなるため、ある程度の接合面積が必要となる。
【0023】
本実施例においては、刃部1とシャンク本体3との間の連結部材5は、シャンク本体3の先端に連設されるシャンクテーパ部6と、このシャンクテーパ部6の先端に連設される中間円柱部7と、この中間円柱部7の先端に連設される第2テーパ部8とで構成されている。この第2テーパ部8の先端には刃部1の基端が連設される(
図1参照)。そして、超硬合金とステンレス鋼との接合位置(境界A)が中間円柱部7の途中に配置されている。なお、超硬合金とステンレス鋼との接合位置が、シャンク本体3に連設されるシャンクテーパ部6の途中に配置されても良い。
【0024】
また、被覆される硬質皮膜は、金属成分として少なくともAl(アルミニウム)とCr(クロム)とを含み、非金属成分として少なくともN(窒素)を含むものであり、この硬質皮膜の膜厚は1μm以上5μm以下としている。
【0025】
金属成分として少なくともAlとCrとを含み、非金属成分として少なくともNを含む硬質皮膜は、鉄鋼材料を切削するための工具用皮膜として一般的であるが、PCBの穴明けにも有効である。このような硬質皮膜を被覆することで穴明け時の工具母材の摩耗を抑制するが、加工とともに皮膜自体が摩耗するため適度な厚さが必要であり、1μm以上あることが望ましい。一方、厚すぎると皮膜の内部応力が大きくなり皮膜が剥離しやすくなるため、5μm以下であることが望ましい。
【0026】
また、本発明者等が被覆の場所を様々に変えて硬質皮膜被覆PCBドリルを作製し、PCBへの穴明けテストを行った結果、硬質皮膜被覆PCBドリルの耐摩耗性には刃部外周面に被覆された硬質皮膜が支配的に影響していることを見出した。
【0027】
本実施例は
図2に図示したように、所謂ストレートタイプの2刃2溝ドリルである。
【0028】
具体的には、刃部1の先端部の外径をD1(工具外径D1)とし、先端側から基端側に向かって漸次縮径するバックテーパ形状を成している、所謂ストレートタイプと称呼されるドリルである。図中、符号12は刃部1の外周面である。この工具本体(刃部1)の外周に工具先端から基端側に向かう螺旋状の切り屑排出溝2が2つ設けられている。
【0029】
また、前記切り屑排出溝2のすくい面と工具先端に設けられた第一逃げ面9との交差稜線部に切れ刃11が形成されている。前記第一逃げ面9の工具回転方向後方側には第二逃げ面10が連設され、前記第一逃げ面9と前記第二逃げ面10とで工具先端面9,10を成している。
【0030】
工具先端面9,10と切り屑排出溝2の内面に硬質皮膜が被覆されていてもかまわないが、その場合、切り屑排出溝2を形成した後、硬質皮膜を被覆させて、その後にシャンク本体3の外周面を研削する必要があり、刃部1の中心軸とシャンク本体3の中心軸とにズレが生じる可能性がある。刃部1の中心軸とシャンク本体3の中心軸とにズレが生じると、穴明け時に刃部1が振れることになり、折損や穴位置精度の悪化につながる。
【0031】
そこで、本実施例においては、工具先端面9,10と切り屑排出溝2を形成する前に工具先端からシャンクテーパ部6に硬質皮膜を被覆し、その後、シャンク本体3の外周面を研削し、その後に工具先端面9,10と切り屑排出溝2を形成している。この場合、刃部1の外周面12には硬質皮膜が被覆されるが、工具先端面9と切り屑排出溝2の内面には硬質皮膜が被覆されていないドリルとなる。なお、シャンクテーパ部6の一部をステンレス鋼で形成した場合、刃部1とシャンクテーパ部6の当該ステンレス鋼部分にのみ硬質皮膜を被覆すれば良い。
【0032】
以上、本発明の説明を簡便に記載するために上述したドリル形状で説明したが、ドリルの形状は上記に限るものではない。
【0033】
例えば本発明の別例を
図3に図示したように、アンダーカットタイプの2刃2溝ドリルであって、切削抵抗を低減させるためにドリル先端側の所定領域に二番取り面を形成することでクリアランスを設けたドリルであっても良い。
【0034】
この別例は具体的には、刃部1の先端部の外径をD1(工具外径D1)とし、この刃部1の基端側を工具外径D1よりも一段小径なアンダーカット径D2とした所謂アンダーカットタイプのドリルである。この工具本体(刃部1)の外周に工具先端から基端側に向かう螺旋状の切り屑排出溝2が2つ設けられており、この切り屑排出溝2の工具回転方向前方側には刃部1の外周面12より一段低い位置に工具先端から基端側に向かう螺旋状の二番取り面13が設けられクリアランスを形成している。
【0035】
また、前記切り屑排出溝2のすくい面と工具先端に設けられた第一逃げ面9との交差稜線部に切れ刃11が形成されている。前記第一逃げ面9の工具回転方向後方側には第二逃げ面10が連設され、前記第一逃げ面9と前記第二逃げ面10とで工具先端面9,10を成している。
【0036】
この別例においては、工具先端面9,10、切り屑排出溝2及び二番取り面13を形成する前に工具先端からシャンクテーパ部6に硬質皮膜を被覆し、その後、シャンク本体3の外周面を研削し、その後に工具先端面9,10、切り屑排出溝2及び二番取り面13を形成している。この場合、刃部1の外周面12には硬質皮膜が被覆されるが、工具先端面9,10、切り屑排出溝2の内面及び二番取り面13には硬質皮膜が被覆されていないドリルとなる。
【0037】
以上の構成で高温のプロセスで高い皮膜特性を有する硬質皮膜を被覆してもシャンク本体3が錆びにくい硬質皮膜被覆ドリルを実現できる理由は以下の通りである。
【0038】
即ち、本発明者等は焼入れ処理されたマルテンサイト系ステンレス鋼で構成されたシャンク本体3とシャンクテーパ部6を持つコンポジットタイプのドリルに硬質皮膜を被覆して、ステンレス鋼の部材に生じる錆について様々な研究を行った結果、硬質皮膜が被覆された部分には錆が生じにくいこと、硬質皮膜被覆プロセスが終了した後に表面を研削すると、その研削面は錆が生じにくいことを見出した。これらの現象のメカニズムについては今後の研究成果が待たれるところであるが、前者は硬質皮膜が酸素の侵入を防いでステンレス鋼を錆びにくくしているものと考えられ、また、後者は被覆プロセスで変質したステンレス鋼の表面を除去することで錆が生じにくくなったものと考えられる。
【0039】
本発明者等は、この現象を利用して、シャンクテーパ部6に硬質皮膜を被覆し、シャンク本体3は被覆プロセスの後に外周面を研削することで(結果として、シャンク本体3は硬質皮膜が被覆されていない部材となる)、刃部1に高い皮膜特性を持つ硬質皮膜を被覆することと、シャンク本体3を錆びにくくすることの両立に成功した。なお、シャンクテーパ部6は穴明け時にチャッキングされる部材ではないが、一旦錆が生じると、その錆の部分が広がって行き、隣接するシャンク本体3にも錆が生じやすくなる。そのため、シャンクテーパ部6も錆を生じにくくさせる必要がある。
【0040】
本実施例は上述のように構成したから、ステンレス鋼で形成されたシャンクテーパ部6に硬質皮膜が被覆されることで、当該ステンレス鋼部分の錆の発生が抑制される。また、シャンク本体3の外周面を研削し硬質皮膜が成膜されていない状態とすることで、硬質皮膜の被覆プロセスで変質したシャンク本体3の表面を除去し当該被覆プロセスに起因するシャンク本体3の錆の発生が抑制される。
【0041】
よって、本実施例は、高温のプロセスで高い皮膜特性を有する硬質皮膜を被覆してもシャンク本体が錆びにくいものとなる。
【0042】
本実施例の効果を裏付ける実験例について説明する。
【0043】
シャンク径3.175mm、ドリル全長38.1mm、刃部直径0.3mm、切り屑排出溝長さ5.5mmのコンポジットタイプドリル(シャンク本体及びシャンク本体近傍のシャンクテーパ部がステンレス鋼で構成されている上記本実施例の構成の超硬合金製ドリル)に硬質皮膜としてAlCrN皮膜を被覆(成膜時の温度:500℃)し、温度40℃、湿度95%の環境試験室に48時間放置して、シャンク本体及びその近傍部の錆の発生状況を調べた。その実験結果を
図4に示す。
【0044】
図4の写真は第2テーパ部からシャンク本体の途中までを撮影したものである。
【0045】
図4の写真にはテーパ部が2か所撮影されているが、右側のテーパがシャンクテーパ部である。シャンクテーパ部の右側がシャンク本体、シャンクテーパ部の左側はシャンク本体と刃部とをつなぐ中間円柱部である。中間円柱部の左側に第2テーパ部があり、その左側に刃部が配置されている。
【0046】
図4の(C)が本実施例であり、アークイオンプレーティング法によりシャンクテーパ全面とそれより左側の部材にAlCrN皮膜が被覆され、シャンク本体には硬質皮膜が被覆されていない。
図4の(A)と(B)は比較例であり、(A)は硬質皮膜を被覆していないドリル、(B)はアークイオンプレーティング法により工具先端側から(シャンクテーパ全面ではなく)シャンクテーパの途中までAlCrN皮膜を被覆した(ステンレス鋼部分が一部露出する)ドリルである。
【0047】
図4の実験結果から、(C)のドリルは硬質皮膜を被覆しているにもかかわらず(A)のドリルと同様に錆が生じていないことが認められる。一方、(B)のドリルはシャンクテーパからシャンク本体にかけて錆が生じていることが認められる。なお、(B)ではシャンクテーパの硬質皮膜被覆部の一部と中間円柱部の硬質皮膜被覆部の一部にも錆が生じている。これは、まず、硬質皮膜が被覆されていないシャンクテーパ部分に錆が生じ、それがシャンクテーパの硬質皮膜被覆部と中間円柱部の硬質皮膜被覆部に広がったものと考えられる。
【0048】
以上の実験結果から、本実施例の構成によれば、硬質皮膜を被覆してもシャンク本体が錆びにくいものとなることが確認できた。