(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態(以下実施形態という)を図面に従って説明する。
【0021】
図1は、本発明の実施形態に係る火花点火式内燃機関1の概略構成を示す図であり、シリンダ11の軸線方向と直交する方向から見た内部構成の概略を示す。本実施形態に係る火花点火式内燃機関1は、例えばガソリンエンジンにより構成され、点火栓23により燃焼室13内の混合気に火花点火して火炎伝播燃焼させるものである。
【0022】
内燃機関(例えばガソリンエンジン)1は、シリンダブロック9及びシリンダヘッド10を備え、シリンダブロック9及びシリンダヘッド10によりシリンダ11を形成する。シリンダ11内には、その軸線方向に往復運動するピストン12が収容されている。ピストン12の頂面12a、シリンダブロック9の内壁面9a、及びシリンダヘッド10の下面10aに囲まれた空間は、燃焼室13を形成する。シリンダヘッド10には、燃焼室13に連通する吸気ポート14、及び燃焼室13に連通する排気ポート15が形成されている。さらに、吸気ポート14と燃焼室13との境界を開閉する吸気弁16、及び排気ポート15と燃焼室13との境界を開閉する排気弁17が設けられている。吸気ポート14には燃料噴射弁19が設置されており、燃料噴射弁19から吸気ポート14内に燃料(例えばガソリン等の炭化水素系燃料)が噴射され、吸気行程にて燃料と空気の混合気がシリンダ11内に導入される。シリンダヘッド10には、点火栓(点火プラグ)23がその火花放電部分を燃焼室13内のほぼ中央部に臨ませて配置されており、点火時期にて点火栓23の火花放電により燃焼室13内の混合気に点火することで、燃焼室13内の混合気を火炎伝播燃焼させる。燃焼室13内の燃焼ガスは、排気行程にて排気ポート15へ排出される。シリンダブロック9には、冷却水ジャケット18が形成されており、冷却水ジャケット18に冷却水が供給されることで、内燃機関1の冷却が行われる。
【0023】
本実施形態では、燃焼室13を形成する母材の少なくとも一部の、燃焼室13内に臨む(面する)壁面上には、燃焼室13内の燃焼ガスから母材への伝熱を抑制するための断熱用薄膜20が形成されている。ここでは、燃焼室13を形成する母材として、シリンダブロック(シリンダライナ)9、シリンダヘッド10、ピストン12、吸気弁16、及び排気弁17を挙げることができる。そして、燃焼室13内に臨む壁面として、シリンダブロック内壁面(シリンダライナ内壁面)9a、シリンダヘッド下面10a、ピストン頂面12a、吸気弁底面(傘部底面)16a、及び排気弁底面(傘部底面)17aのいずれか1つ以上を挙げることができる。
図1では、シリンダブロック内壁面9a、シリンダヘッド下面10a、ピストン頂面12a、吸気弁底面16a、及び排気弁底面17aの各々に断熱用薄膜20を形成した例を示している。ただし、必ずしもシリンダブロック内壁面9a、シリンダヘッド下面10a、ピストン頂面12a、吸気弁底面16a、及び排気弁底面17aのすべてに断熱用薄膜20を形成する必要はない。つまり、断熱用薄膜20については、シリンダブロック内壁面9a、シリンダヘッド下面10a、ピストン頂面12a、吸気弁底面16a、及び排気弁底面17aのいずれか1つ以上に形成することができる。
【0024】
前述したように、内燃機関のサイクルにおいては、シリンダ内ガス温度Tgが時々刻々変化するが、断熱用薄膜20により燃焼室壁面温度Twallをシリンダ内ガス温度Tgに追従させるよう変化させることで、(1)式における(Tg−Twall)の値を小さくすることができ、シリンダ内における熱損失Qlossを低減することができる。その結果、内燃機関の熱効率を向上させることができ、燃費を改善することができる。その際には、吸気行程での燃焼室壁面温度Twallの上昇を抑えつつ、1サイクルにおける燃焼室壁面温度Twallの変動幅(スイング幅)を増加させることが好ましく、そのためには、断熱用薄膜20の熱伝導率及び単位体積あたりの熱容量を低くすることが好ましい。
【0025】
ここで、断熱用薄膜20の熱伝導率をλとし、断熱用薄膜20の厚さをLとし、断熱用薄膜20の表面と、断熱用薄膜20と母材の界面との温度差をΔTとすると、断熱用薄膜20から母材への熱移動量Qは、λ/L×ΔTに比例する。また、クランク角(圧縮上死点が0°)に対する燃焼室壁面温度Twallの履歴は、例えば
図2に示すように、圧縮終わりと燃焼行程中に上昇し、膨張・排気行程では降下して次のサイクルの吸気・圧縮行程へと繰り返す。
図2は、断熱用薄膜20の厚さLが12.5μm、50μm、200μmである条件で燃焼室壁面温度Twallの履歴を計算した結果を示す。断熱用薄膜20の厚さLを厚くすると、
図2に示すように、1サイクルにおける燃焼室壁面温度Twallのスイング幅が増加する。ただし、断熱用薄膜20の厚さLを厚くすると、熱抵抗λ/Lが小さくなり、断熱用薄膜20から母材への熱移動量Qが小さくなる。また、断熱用薄膜20の厚さLが厚くなることで、断熱用薄膜20の熱容量も増加する。その結果、
図2に示すように、燃焼行程中に上昇した燃焼室壁面温度Twallが、膨張・排気行程中に下がりきらず、次のサイクルの吸気行程開始時において高くなる。吸気行程開始時における燃焼室壁面温度Twallが高くなると、吸気行程中に燃焼室壁からシリンダ内ガスへ伝わる熱量が増加して、シリンダ内ガスの加熱量が増加する。吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量が増加すると、充填効率が低下して出力が低下しやすくなる。さらに、圧縮ガスから燃焼室壁への熱損失が減少するため、圧縮端でのガス温度が上昇してノッキングが発生しやすくなる。
【0026】
本願発明者は、断熱用薄膜20の熱伝導率λ、熱拡散率κ、及び厚さLの条件をそれぞれ変更しながら、「吸気行程中に燃焼室壁からシリンダ内ガスに流入する熱の移動量」と、「吸気・圧縮・燃焼・排気の全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁に流入する熱の移動量の積算値」を計算した。計算の際には、まず火花点火式内燃機関の3D−CFDを実施し、「シリンダ内平均ガス温度の時間履歴」と、「燃焼室壁面平均熱伝達率の時間履歴」を算出した。3D−CFDにおいては、火花点火式内燃機関の燃焼室13(
図3参照)と、ガス交換を実施する吸気ポート14(
図3参照)及び排気ポート(図示省略)を計算対象とし、燃焼室13と吸気ポート14及び排気ポート部分の軸対称性を仮定して、
図3に示すような計算格子を作成した(排気ポートは図示を省略)。境界条件については、燃焼室壁温度を例えば
図3に示すような一定温度と仮定した。これらの条件を基に、燃焼室13内の燃焼計算を各クランク角毎に実施した。計算に使用するソフトウェアとしては、例えばSTAR−CD(登録商標)等の市販のCFDソフトウェアを使用することが可能である。3D−CFDによって算出した代表点における「シリンダ内平均ガス温度[K]の時間履歴」と「燃焼室壁面平均熱伝達率[W/(m
2・K)]の時間履歴」の一例を
図4,5にそれぞれ示す。
図4,5において、クランク角は圧縮上死点を0°としている。
【0027】
次に、燃焼室壁面を模擬した無限平板とその表面に形成した断熱用薄膜20を対象として、断熱用薄膜20に対して垂直方向の1次元熱伝導解析を実施し、「吸気行程中に燃焼室壁からシリンダ内ガスに流入する熱の移動量」と、「吸気・圧縮・燃焼・排気の全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁に流入する熱の移動量の積算値」を計算した。1次元熱伝導解析においては、
図6に示すような母材30(例えばアルミニウム合金)と断熱用薄膜20を計算対象とし、断熱用薄膜20の熱物性(熱伝導率λ、密度ρ、比熱C、熱拡散率κ)と厚さLを計算パラメータとして変更し、シリンダ内ガスからの入り熱Qについて、3D−CFDによって算出した「シリンダ内平均ガス温度の時間履歴」と「燃焼室壁面平均熱伝達率の時間履歴」を入力する境界条件とし、エンジン回転数としては、ノッキングの発生しやすい低回転数の代表点(例えば2000rpm)を用い、全負荷の条件とした。これらの条件を基に、1次元熱伝導解析によって算出した「吸気行程中に燃焼室壁からシリンダ内ガスに流入する熱の移動量Q_intake」と、「吸気・圧縮・燃焼・排気の全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁に流入する熱の移動量Q_total」の一例を
図7に示す。
図7においては、断熱用薄膜20の熱伝導率λを0.1875[W/(m・K)]、熱拡散率κを1.0[mm
2/s]にそれぞれ固定し、断熱用薄膜20の厚さL[μm]を変化させた場合における熱の移動量Q_intake,Q_totalの特性をそれぞれ計算している。
図7における熱の移動量Q_intake,Q_totalを示す縦軸の値については、断熱用薄膜20が有る場合の熱の移動量を断熱用薄膜20が無い場合(非断熱)の熱の移動量で割って正規化している。なお、断熱用薄膜20の熱物性である熱伝導率λ、密度ρ、比熱C、及び熱拡散率κに関しては、λ=ρ×C×κが成立し、これら4つのうち3つが決まれば残り1つは自動的に決まる。
【0028】
図7に示すように、「吸気・圧縮・燃焼・排気の全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁に流入する熱の移動量の積分値Q_total」は、1より小さく(断熱用薄膜20が無い場合より小さく)、さらに、断熱用薄膜20の厚さLが厚いほど小さくなる。つまり、断熱用薄膜20が有る場合は、断熱用薄膜20が無い場合と比較して、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalが低減し、さらに、断熱用薄膜20の厚さLが厚いほど、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalの低減効果が向上する。一方、「吸気行程中に燃焼室壁からシリンダ内ガスに流入する熱の移動量Q_intake」は、断熱用薄膜20の厚さLの増加に対して、1より小さくなって(断熱用薄膜20が無い場合より小さくなって)、ある厚さまでは減少するが、ある厚さを超えると増加に転じ、厚さLがさらに増加すると、1より大きくなる(断熱用薄膜20が無い場合より大きくなる)。つまり、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeは、断熱用薄膜20の厚さLの増加に対して、断熱用薄膜20が無い場合より小さくなって、ある厚さまでは減少するが、ある厚さを超えると増加に転じ、厚さLがさらに増加すると、断熱用薄膜20が無い場合より大きくなる。吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeが小さいほど、ノッキングの抑制効果が向上する。
【0029】
図7に示す計算結果から、断熱用薄膜20が無い場合と比較して、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalを低減しつつ、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeを低減可能な(ノッキングを抑制可能な)断熱用薄膜20の厚さLの範囲が存在すること、及び吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeが最小となる(ノッキング抑制効果が最も得られる)断熱用薄膜20の厚さLが存在することがわかる。さらに、断熱用薄膜20の熱伝導率λ及び熱拡散率κをそれぞれ変化させながら、断熱用薄膜20の厚さLに対するQ_total,Q_intakeの特性を計算しても、同様の傾向を示す計算結果が得られた。本実施形態では、断熱用薄膜20が無い場合と比較して、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalを低減し、且つノッキングが発生しやすくならないように、断熱用薄膜20の厚さLを設定する。さらに、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeが最小となる(ノッキング抑制効果が最も得られる)ように、断熱用薄膜20の厚さLを設定することが好ましい。
【0030】
ただし、ノッキングに影響を及ぼすのは、点火時期での圧縮されたガス温度である。断熱用薄膜20が無い場合と比較して、点火時期でのガス温度上昇が10℃以内であれば、ノッキング悪化は無視できる。圧縮端でのガス温度上昇を10℃以内に抑えるとする場合、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeは、断熱用薄膜20が無い場合と比較して10%の増加まで許容できる。そこで、Q_intake=1.1となる、つまり吸気行程中に燃焼室壁からシリンダ内ガスに伝わる熱の移動量Q_intakeが、断熱用薄膜20が無い場合と比較して10%増加する断熱用薄膜20の厚さLを、断熱用薄膜20の上限厚さLmaxとする。一方、断熱用薄膜20が無い場合と比較して、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalが2%以上低ければ、顕著な熱効率向上効果を得ることができる。そこで、Q_total=0.98となる、つまり全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁に伝わる熱の移動量の積算値Q_totalが、断熱用薄膜20が無い場合と比較して2%減少する断熱用薄膜20の厚さLを、断熱用薄膜20の下限厚さLminとする。さらに、Q_intakeが最小となる断熱用薄膜20の厚さLを、断熱用薄膜20の最適厚さLoptとする。断熱用薄膜20の熱伝導率λ=0.1875[W/(m・K)]、熱拡散率κ=1.0[mm
2/s]である場合の
図7に示す計算結果では、Q_intake=1.1となる断熱用薄膜20の上限厚さLmax=207.4[μm]、Q_total=0.98となる断熱用薄膜20の下限厚さLmin=3.125[μm]であるため、断熱用薄膜20の厚さL[μm]を、3.125≦L≦207.4の範囲内に設定する。さらに、Q_intakeが最小となる断熱用薄膜20の最適厚さLopt=122[μm]であるため、断熱用薄膜20の厚さL[μm]を122[μm]に設定することが好ましい。
【0031】
さらに、断熱用薄膜20の熱伝導率λ及び熱拡散率κをそれぞれ変化させながら、断熱用薄膜20の厚さLに対するQ_total,Q_intakeの特性を
図7と同様に計算し、Q_intake=1.1となる断熱用薄膜20の上限厚さLmax[μm]、Q_intakeが最小となる断熱用薄膜20の最適厚さLopt[μm]、及びQ_total=0.98となる断熱用薄膜20の下限厚さLmin[μm]をそれぞれ計算した結果を
図8に示す。
図8においては、与えられた熱伝導率λ及び熱拡散率κに対して、上段の値が上限厚さLmax、中段の値が最適厚さLopt、下段の値が下限厚さLminを示し、例えばλ=1.5[W/(m・K)]、κ=1[mm
2/s]に対して、Lmax=207.4[μm]、Lopt=122[μm]、Lmin=25[μm]である。前述したように、吸気行程での燃焼室壁面温度Twallの上昇を抑えつつ、1サイクルにおける燃焼室壁面温度Twallのスイング幅を増加させるためには、断熱用薄膜20の熱伝導率λ及び単位体積あたりの熱容量ρCが小さいことが好ましいため、
図8に示す計算結果では、断熱用薄膜20の熱伝導率λが1.5[W/(m・K)]以下、且つ断熱用薄膜20の単位体積あたりの熱容量ρCが3000[kJ/(m
3・K)])以下となる範囲内で、断熱用薄膜20の上限厚さLmax[μm]、最適厚さLopt[μm]、及び下限厚さLmin[μm]を計算している。
【0032】
図8に示す計算結果では、断熱用薄膜20の最適厚さLoptは、断熱用薄膜20の熱拡散率κに応じて変化し、熱拡散率κが小さいほど最適厚さLoptも小さくなる。同様に、断熱用薄膜20の上限厚さLmaxも、断熱用薄膜20の熱拡散率κに応じて変化し、熱拡散率κが小さいほど上限厚さLmaxも小さくなる。吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeは、断熱用薄膜20がどれだけ熱を溜め込みやすかにより影響を受け、断熱用薄膜20の単位体積あたりの熱容量(体積比熱)ρCが大きいと、断熱用薄膜20内に熱を溜め込みやすくなる。一方、断熱用薄膜20の熱拡散率κが大きいと、断熱用薄膜20内の熱を母材に逃がしやすくなる。このバランスで加熱量Q_intakeが変化し、Q_intakeが最小となる断熱用薄膜20の最適厚さLopt、及びQ_intake=1.1となる断熱用薄膜20の上限厚さLmaxも変化する。すなわち、体積比熱ρCが大きく、熱拡散率κが小さいものほど、最適厚さLopt及び上限厚さLmaxが小さくなる。断熱用薄膜20の体積比熱ρCが同じ場合、熱拡散率κが大きいと、熱が背面の母材に逃げやすいので、最適厚さLopt及び上限厚さLmaxが大きくなる。一方、熱拡散率κが小さいと、熱が背面の母材に逃げ難いので、最適厚さLopt及び上限厚さLmaxが小さくなる。したがって、
図8に示す計算結果のように、熱拡散率κが小さいほど、最適厚さLopt及び上限厚さLmaxが小さくなる。
図8に示す計算結果を基に、断熱用薄膜20の最適厚さLopt[μm]を熱拡散率κ[mm
2/s]の関数で表すと、以下の(2)式で表すことが可能であり、断熱用薄膜20の上限厚さLmax[μm]を熱拡散率κ[mm
2/s]の関数で表すと、以下の(3)式で表すことが可能である。
【0033】
Lopt=122×(κ)
0.5 (2)
Lmax=207.4×(κ)
0.5 (3)
【0034】
一方、
図8に示す計算結果では、断熱用薄膜20の下限厚さLminは、断熱用薄膜20の熱伝導率λに応じて変化し、熱伝導率λが大きいほど下限厚さLminも大きくなる。全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalは、断熱用薄膜20の熱抵抗λ/Lに応じて変化するため、遮熱の指標として熱抵抗λ/Lを考えると、熱損失Q_totalを一定とするために熱抵抗λ/Lを一定にするには、断熱用薄膜20の熱伝導率λが大きいほど厚さLを厚くする必要がある。そのため、
図8に示す計算結果のように、熱伝導率λが大きいほど、Q_total=0.98となる下限厚さLminが大きくなる。
図8に示す計算結果を基に、断熱用薄膜20の下限厚さLmin[μm]は、熱抵抗λ/Lが一定となる条件で表すことができ、熱伝導率λ[W/(m・K)]の関数で表すと、以下の(4)式で表すことが可能である。
【0036】
このように、顕著な熱効率向上効果が得られ且つノッキングが発生しやすくならないような断熱用薄膜20の厚さLの範囲(下限厚さLmin及び上限厚さLmax)は、断熱用薄膜20の熱伝導率λや熱拡散率κ等の熱特性に応じて変化する。これに対して本実施形態では、断熱用薄膜20の厚さL[μm]を、以下の(5)式が成立する範囲内に設定する。これによって、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeの増加によるノッキングの悪化を招くことなく、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalを低減することができ、熱効率を向上させることができる。この効果は断熱用薄膜20の材料(熱特性)に関係なく得ることができるため、断熱用薄膜20の材料の選択性の自由度も高まる。
【0037】
16.7×λ≦L≦207.4×(κ)
0.5 (5)
【0038】
さらに、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeが最小となる(ノッキング抑制効果が最も得られる)ような断熱用薄膜20の最適厚さLoptは、断熱用薄膜20の熱拡散率κに応じて変化する。これに対して本実施形態では、断熱用薄膜20の厚さL[μm]を、以下の(6)式が成立する(あるいはほぼ成立する)ように設定する。これによって、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeを最大限に減少させて、ノッキング抑制効果を最大限に得ることができるともに、熱効率を向上させることができる。
【0040】
なお、断熱用薄膜20の上限厚さLmaxについては、断熱用薄膜20が無い場合と比較して、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeが増加しないように設定することも可能であり、Q_intake=1.0となる、つまり吸気行程中に燃焼室壁からシリンダ内ガスに伝わる熱の移動量Q_intakeが、断熱用薄膜20が無い場合と等しくなる断熱用薄膜20の厚さLを、断熱用薄膜20の上限厚さLmaxとすることも可能である。断熱用薄膜20の熱伝導率λ及び熱拡散率κをそれぞれ変化させながら、Q_intake=1.0となる断熱用薄膜20の上限厚さLmax[μm]を計算した結果を最適厚さLopt[μm]及び下限厚さLmin[μm]とともに
図9に示す。
図9に示す計算結果でも、Q_intake=1.0となる断熱用薄膜20の上限厚さLmaxは、断熱用薄膜20の熱拡散率κに応じて変化し、熱拡散率κが小さいほど上限厚さLmaxも小さくなる。
図9に示す計算結果を基に、Q_intake=1.0となる断熱用薄膜20の上限厚さLmax[μm]を熱拡散率κ[mm
2/s]の関数で表すと、以下の(7)式で表すことが可能である。
【0041】
Lmax=146.4×(κ)
0.5 (7)
【0042】
したがって、本実施形態では、断熱用薄膜20の厚さL[μm]を、以下の(8)式が成立する範囲内に設定することもできる。これによって、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeの増加を抑制して、ノッキングの発生を抑制することができるともに、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalを低減することができ、熱効率を向上させることができる。
【0043】
16.7×λ≦L≦146.4×(κ)
0.5 (8)
【0044】
なお、前述したように、吸気行程での燃焼室壁面温度Twallの上昇を抑えつつ、1サイクルにおける燃焼室壁面温度Twallのスイング幅を増加させるためには、断熱用薄膜20の熱伝導率λ及び単位体積あたりの熱容量ρCが低いことが好ましい。例えば、断熱用薄膜20の熱伝導率λが1.5[W/(m・K)]以下で、且つ断熱用薄膜20の単位体積あたりの熱容量ρCが3000[kJ/(m
3・K)]以下であることが好ましい。
【0045】
次に、断熱用薄膜20の具体的構成例について説明する。
図10は、断熱用薄膜20の構成例を示す断面図である。
図10に示す構成例では、燃焼室13を形成する母材30の、燃焼室13内に臨む壁面30a上に形成された断熱用薄膜20は、粒状に形成された多数の断熱材(第1の断熱材)21と、膜状に形成された断熱材(第2の断熱材)22と、を含んで構成されている。ここでの母材30は、シリンダブロック(シリンダライナ)9であってもよいし、シリンダヘッド10であってもよいし、ピストン12であってもよいし、吸気弁16であってもよいし、排気弁17であってもよい。つまり、母材30の壁面30aは、シリンダブロック内壁面(シリンダライナ内壁面)9aであってもよいし、シリンダヘッド下面10aであってもよいし、ピストン頂面12aであってもよいし、吸気弁底面16aであってもよいし、排気弁底面17aであってもよい。
【0046】
断熱材22は、母材30以下の(あるいは母材30よりも低い)熱伝導率を有し、且つ母材30よりも低いまたは母材30とほぼ同等の単位体積あたりの熱容量を有する。一方、断熱材21は、母材30よりも低い熱伝導率及び母材30よりも低い単位体積あたりの熱容量を有し、さらに、断熱材22よりも低い熱伝導率及び断熱材22よりも低い単位体積あたりの熱容量を有する。断熱材22は、母材30の壁面30a上にコーティングもしくは接合されており、燃焼室13内の燃焼ガスと接触する。断熱材22は、燃焼室13内の高温及び高圧の燃焼ガスに対する耐熱性及び耐圧性を有しており、断熱材21よりも高い耐熱温度を有し、且つ断熱材21よりも高い強度を有する。一方、多数の断熱材21は、断熱材22の内部に混入されていることで、燃焼室13内の燃焼ガスとは接触しない。ここでの断熱材22は、燃焼室13内の燃焼ガスから母材30への伝熱を抑制する機能の他に、断熱材21を燃焼室13内の高温及び高圧の燃焼ガスから保護する保護材としての機能も有する。さらに、断熱材22は、多数の断熱材21をつなぐ接着材としての機能も有する。一方、断熱材21は、断熱用薄膜20全体での熱伝導率及び単位体積あたりの熱容量を下げる機能を有する。なお、
図10では図示を省略しているが、断熱用薄膜20(断熱材22)と母材30との間には、断熱用薄膜20(断熱材22)と母材30との接合やコーティングを強固にするための薄い中間材が形成されていても構わない。断熱用薄膜20と母材30との接合やコーティングを強固にするための手法としては、物質同士の結合を強化することや、断熱用薄膜20と母材30の熱膨張率を同等にして熱衝撃による剥離を防ぐことが考えられる。したがって、中間材としては、断熱用薄膜20と母材30との結合を強化するための中間材や、断熱用薄膜20と母材30との線膨張率差を緩和するような中間材を用いることが好ましい。また、中間材は、断熱材21または断熱材22と同程度の熱伝導率及び単位体積あたりの熱容量を有することが好ましい。また、断熱用薄膜20には、この断熱用薄膜20を補強して強度を向上させるための高強度・高耐熱性の補強用繊維材等の補強用材が多数混入されていても構わない。
【0047】
断熱材22の具体例としては、例えばジルコニア(ZrO
2)、シリコン、チタン、またはジルコニウム等のセラミックや、炭素・酸素・珪素等を含んだ有機珪素化合物、または高強度且つ高耐熱性のセラミック繊維等を挙げることができる。また、シリカ(二酸化珪素、SiO
2)、アルミナ(Al
2O
3)、ジルコニア、炭化珪素(SiC)、または窒化珪素(Si
3N
4)等の無機物質(セラミック)を主成分とするバインダや、無機物質を主成分とするセラミック接着剤を断熱材22に用いることもできる。さらに、これらの材料を複数組み合わせて断熱材22に用いることもできる。
【0048】
一方、断熱材21の具体例としては、例えば中空のセラミックビーズ、中空のガラスビーズ、シリカやアルミナ等の無機物質(セラミック)主成分とする微細多孔構造の断熱材、またはシリカエアロゲル等を挙げることができる。さらに、これらの材料を複数組み合わせて断熱材21に用いることもできる。中空のセラミックビーズや中空のガラスビーズについては、殻内部が減圧されている方が、熱伝導率が小さくなる点と、膜温度が上昇した際に殻内部の圧力が高くなってビーズが割れるのを防ぐ点で好ましい。また、中空のセラミックビーズについては、殻部の密度を小さくするために、殻を多孔構造とすることが好ましい。また、母材30の具体例としては、例えば鉄(鋼)、アルミニウムもしくはアルミニウム合金、またはセラミック等を挙げることができる。
【0049】
断熱用薄膜20全体での熱伝導率λ、熱拡散率κ、及び単位体積あたりの熱容量ρCは、断熱材21,22の材料や、断熱材21と断熱材22との体積比率に応じて変化する。一例として、
図10に示す断熱用薄膜20において、断熱材21の体積比率が70%、断熱材22の体積比率が30%であり、断熱材21に中空のセラミックビーズ(熱伝導率λ=0.1[W/(m・K)]、単位体積あたりの熱容量ρC=400[kJ/(m
3・K)])、断熱材22にシリカを主成分とする水ガラスバインダ(熱伝導率λ=1.4[W/(m・K)]、単位体積あたりの熱容量ρC=1600[kJ/(m
3・K)])を用いる場合は、断熱用薄膜20全体での熱伝導率λは0.22[W/(m・K)]、熱拡散率κは0.3[mm
2/s]、単位体積あたりの熱容量ρCは750[kJ/(m
3・K)]となる。その際には、レーザフラッシュ法により熱拡散率κを測定し、示差熱量計により比熱Cを測定し、質量と体積を測定して密度ρを算出した。その場合は、Q_total=0.98となる下限厚さLmin=3.7[μm]、Q_intakeが最小となる最適厚さLopt=66.8[μm]、Q_intake=1.1となる上限厚さLmax=113.6[μm]となる。したがって、その場合は、(5)式が成立するように、3.7[μm]以上且つ113.6[μm]以下の範囲内に断熱用薄膜20の厚さL[μm]を設定する。さらに、(6)式が成立する(あるいはほぼ成立する)ように、断熱用薄膜20の厚さL[μm]が66.8[μm]に等しくなる(あるいはほぼ等しくなる)ように設定することが好ましい。また、Q_intake=1.0となる上限厚さLmax=80.2[μm]となるため、(8)式が成立するように、3.7[μm]以上且つ80.2[μm]以下の範囲内に断熱用薄膜20の厚さL[μm]を設定することも可能である。
【0050】
図10に示す構成例では、断熱材21を断熱材22の内部に混入して断熱用薄膜20を形成するものとしたが、
図11に示すように、断熱材21に代えて気泡31を断熱材22の内部に多数形成することもできる。
図11に示す構成例では、断熱用薄膜20は、母材30よりも低い熱伝導率を有し且つ母材30よりも低いまたは母材30とほぼ同等の単位体積あたりの熱容量を有する材料の内部に気泡31が多数形成された断熱材(発泡断熱材)22を含んで構成されている。断熱材22を形成する(内部に気泡31が形成された)材料の具体例としては、
図10に示す構成例における断熱材22の具体例と同様である。また、断熱材21と気泡31の両方を断熱材22の内部に多数形成することも可能である。
【0051】
一例として、
図11に示す断熱用薄膜20において、気泡31(空気)の体積比率が80%、断熱材22の体積比率が20%であり、断熱材22にシリカを主成分とする水ガラスバインダ(熱伝導率λ=2.5[W/(m・K)]、単位体積あたりの熱容量ρC=1600[kJ/(m
3・K)])を用いる場合は、断熱用薄膜20全体での熱伝導率λは0.2[W/(m・K)]、熱拡散率κは0.65[mm
2/s]、単位体積あたりの熱容量ρCは300[kJ/(m
3・K)]となる。その際には、レーザフラッシュ法により熱拡散率κを測定し、示差熱量計により比熱Cを測定し、質量と体積を測定して密度ρを算出した。その場合は、Q_total=0.98となる下限厚さLmin=3.3[μm]、Q_intakeが最小となる最適厚さLopt=98.4[μm]、Q_intake=1.1となる上限厚さLmax=167.2[μm]となる。したがって、その場合は、(5)式が成立するように、3.3[μm]以上且つ167.2[μm]以下の範囲内に断熱用薄膜20の厚さL[μm]を設定する。さらに、(6)式が成立する(あるいはほぼ成立する)ように、断熱用薄膜20の厚さL[μm]が98.4[μm]に等しくなる(あるいはほぼ等しくなる)ように設定することが好ましい。また、Q_intake=1.0となる上限厚さLmax=118[μm]となるため、(8)式が成立するように、3.3[μm]以上且つ118[μm]以下の範囲内に断熱用薄膜20の厚さL[μm]を設定することも可能である。
【0052】
なお、
図10,11に示す構成の断熱用薄膜20の製造方法の例としては、中空ビーズをバインダと一緒に塗布して焼成したり、バインダを発泡・焼成させて成膜する方法が挙げられる。また、表面処理を成膜法として用いる例も考えられる。例えばアルミニウムの陽極酸化処理によって母材表面にナノサイズの細孔を形成する方法である。その際には、例えば10〜50%の気孔率を有する膜を必要厚さ形成することで、同様の効果が期待できる。
【0053】
また、燃焼室13を形成する母材である、シリンダブロック(シリンダライナ)9、シリンダヘッド10、ピストン12、吸気弁16、及び排気弁17では、材料が異なるため、燃焼室13内に臨む壁面上に形成する断熱用薄膜20の材料が異なる場合があり、その場合は、断熱用薄膜20の熱伝導率λや熱拡散率κや単位体積あたりの熱容量ρC等の熱特性も異なってくる。母材における燃焼室13内に臨む壁面上に、熱拡散率κが互いに異なる複数種類の断熱用薄膜20を形成する場合は、ノッキングが悪化しない断熱用薄膜20の厚さLの範囲(上限厚さLmax)は、各断熱用薄膜20毎に異なり、熱拡散率κが大きい断熱用薄膜20ほど、厚さLの範囲(上限厚さLmax)が増加する側に移動する。さらに、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeが最小となる(ノッキング抑制効果が最も得られる)断熱用薄膜20の最適厚さLoptも、各断熱用薄膜20毎に異なり、熱拡散率κが大きい断熱用薄膜20ほど、断熱用薄膜20の最適厚さLoptが増加する。したがって、その場合は、熱拡散率κが大きい断熱用薄膜20ほど、その厚さLを厚く設定する。これによって、各断熱用薄膜20において、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeの増加によるノッキングの悪化を招くことなく、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalを低減することができ、熱効率を向上させることができる。その際には、(5)式が成立するように、熱拡散率κが大きい断熱用薄膜20ほど、その厚さLを厚く設定することが好ましい。さらに、(8)式が成立するように、熱拡散率κが大きい断熱用薄膜20ほど、その厚さLを厚く設定することも可能である。
【0054】
さらに、(2)式から、Lopt/(κ)
0.5は一定値となるため、L/(κ)
0.5が略一定になるように、各断熱用薄膜20の厚さLを熱拡散率κに基づいて設定することが好ましい。これによって、各断熱用薄膜20において、吸気行程におけるシリンダ内ガスの加熱量Q_intakeを最大限に減少させて、ノッキング抑制効果を最大限に得ることができるともに、全行程においてシリンダ内ガスから燃焼室壁へ逃げる熱損失Q_totalを低減することができる。その際には、(2)式から、L/(κ)
0.5が122に等しくなる(あるいはほぼ等しくなる)ように、各断熱用薄膜20の厚さLを熱拡散率κに基づいて設定することが好ましい。
【0055】
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、本発明はこうした実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々なる形態で実施し得ることは勿論である。