特許第5783146号(P5783146)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5783146
(24)【登録日】2015年7月31日
(45)【発行日】2015年9月24日
(54)【発明の名称】鋼管用ねじ継手
(51)【国際特許分類】
   F16L 15/04 20060101AFI20150907BHJP
【FI】
   F16L15/04 A
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-175861(P2012-175861)
(22)【出願日】2012年8月8日
(65)【公開番号】特開2014-35012(P2014-35012A)
(43)【公開日】2014年2月24日
【審査請求日】2014年8月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120581
【弁理士】
【氏名又は名称】市原 政喜
(74)【代理人】
【識別番号】100180426
【弁理士】
【氏名又は名称】剱物 英貴
(74)【代理人】
【識別番号】100081352
【弁理士】
【氏名又は名称】広瀬 章一
(72)【発明者】
【氏名】鵜飼 信
(72)【発明者】
【氏名】杉野 正明
(72)【発明者】
【氏名】山口 優
(72)【発明者】
【氏名】岡田隆志
【審査官】 杉山 豊博
(56)【参考文献】
【文献】 特表2011−501075(JP,A)
【文献】 特開2011−220528(JP,A)
【文献】 特表2011−508858(JP,A)
【文献】 特表2014−535023(JP,A)
【文献】 米国特許第05964486(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16L 15/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ねじ部およびねじ無し金属部をそれぞれ有するピンとボックスとから構成され、
前記ねじ無し金属部は、前記ピンおよび前記ボックスが半径方向に互いに干渉接触するシール部と、前記鋼管用ねじ継手の軸方向に互いに当接するショルダ部とを含むねじ無し金属接触部と、前記シール部より前記ピンの先端側に、前記ピンおよびボックスが互いに接触しない非接触部とを備えるとともに、
該非接触部から前記ねじ無し金属接触部におけるピンおよびボックスの界面を経由して鋼管用ねじ継手の内部空間に連通する溝を備える鋼管用ねじ継手であって、
該溝の鋼管用ねじ継手の周方向断面における、前記ねじ無し金属接触部における接触表面と該接触表面に接続する部分をなす溝の側面との成す角度が、ねじ締付け方向の少なくとも前記ピンにおける後側において3°以内であること
を特徴とする鋼管用ねじ継手。
【請求項2】
前記成す角度が、ねじ締付け方向の前記ピンにおける前側および後側のいずれにおいても3°以内であることを特徴とする請求項1に記載の鋼管用ねじ継手。
【請求項3】
前記成す角度は0.3〜1.5°の範囲であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鋼管用ねじ継手。
【請求項4】
前記溝が、前記ピン側のねじ無し金属接触部に形成されている請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の鋼管用ねじ継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼管用ねじ継ぎ手に関し、詳しくは、一般に油井やガス井の探査や生産に使用されるチュービングおよびケーシングを包含する油井管(oil country tubular goods, OCTG)、ライザー管、ならびにラインパイプなどの鋼管の接続に用いるねじ継手に関し、より詳しくは、ねじ部に加えて、シール面あるいはショルダ面を有する、耐圧シール性に優れた鋼管用ねじ継手に関する。
【背景技術】
【0002】
油井管、ライザー管、ラインパイプなど産油産業設備に使用される鋼管の接続に広く使用される鋼管用ねじ継手は、第1管状部材の端部に設けた雄ねじ要素であるピンと、第2管状部材の端部に設けた雌ねじ要素であるボックスとから構成され、いずれもテーパねじである雄ねじと雌ねじの嵌合により締結が行われる。
【0003】
典型的には第1管状部材が油井管などのパイプであり、第2管状部材は別部材のカップリングである。この種の鋼管用ねじ継手をカップリング方式という。その場合、ピンはパイプ両端に、ボックスはカップリングの両端にそれぞれ形成される。カップリングを使用せずに、パイプの一端の外面にピンを、他端の内面にボックスを形成したインテグラル方式の鋼管用ねじ継手もある。その場合には、第1管状部材は第1のパイプ、第2管状部材は第2のパイプとなる。
【0004】
油井管の締結は、従来はAPI(米国石油協会)規格に規定された標準的なねじ継手が主に使用されてきた。しかし、近年、原油や天然ガスの掘削・生産環境が苛酷化しているため、API規格に規定されていないプレミアムジョイントと呼ばれる高性能の特殊ねじ継手を使用することが増加している。
【0005】
プレミアムジョイントでは、ピンとボックスのそれぞれが、締付けを可能にするテーパねじに加えて、ねじ部近傍の周面に設けられて密封性能を担うメタルタッチシールが可能なシール面と、継手の締付け時に当接ストッパの役目を担うショルダ面とを備える。ピンとボックスのシール面の間には干渉量と呼ばれる半径方向の締め代が設けられ、ピンとボックスのショルダ面同士が突き当たるまで継手を締め込むと、これら両部材のシール面同士が継手の全周にわたって密着して、金属−金属の直接接触によるシール(メタルシール)を形成する。ショルダ面は、締付け時における当接ストッパの役割のほかに、継手に作用する圧縮荷重を負担する役目も担う。
【0006】
図10は、カップリング形式の一般的なプレミアムジョイント型の鋼管用ねじ継手の模式的説明図であり、図10(A)が全体図であり、図10(B)が部分拡大図である。この鋼管用ねじ継手は、図10(B)に示すように、パイプ端部に設けられた雄ねじ要素であるピン1と、カップリングの両側に設けられた対応する雌ねじ要素であるボックス2とを備える。
【0007】
ピン1は、外面に、テーパ雄ねじ11と、雄ねじ11に隣接して先端に設けられた、リップと呼ばれるねじ無し円筒衝突部分(以下、リップ部という)12とを有する。リップ部12は、その外周面にシール面13を、端面にショルダ面14を有する。シール面13はピン先端に向かって径が漸減するテーパ面(円錐台面)となっている。
【0008】
ピン1に相対するボックス2は、その内面に、テーパ雌ねじ21、シール面23、およびショルダ面24を有しており、これらはそれぞれピン1のテーパ雄ねじ11、シール面13、およびショルダ面14と螺合または当接することができる。
【0009】
端面がショルダ面14となるリップ部12は、図10(B)に示すようにピン1の先端部に設けられることが多い。ショルダ面14は締付けストッパ(トルクショルダ)の役割を担うほかに、継手に作用する圧縮荷重を負担する役目も担う。
【0010】
垂直井が主流であった時代では、鋼管用ねじ継手は、それに連結された管の重さによる引張り荷重に耐えることができ、かつその内部を通過する高圧流体の漏洩を防止できれば十分に機能できていた。
【0011】
しかし、近年は、深井戸化が進み、かつ地中で坑井が屈曲する傾斜井や水平井が増加してきていること、海洋や極地など劣悪な環境での井戸の開発が増加してきていることなどから、鋼管用ねじ継手には、特に内外圧力の存在下での対圧縮性能やシール性能の向上が強く求められるようになっている。
【0012】
特許文献1には、ショルダ面を二つの異なる角度により構成することによって上記要求を満たす鋼管用ねじ継ぎ手が開示されている。特許文献1により開示された鋼管用ねじ継ぎ手は、シール面及びショルダ面の中間に形成される非接触領域に封入されるグリース状潤滑剤がこの空間に残留して高圧となることによりピンとボックスのシール面の接触面圧を低下させ、継手のシール性能が損なわれることを防止するために、ショルダ面に溝を有しており、この溝によりグリース状潤滑剤を管内部へ逃がす機能を有する(特許文献1の段落0064〜0073参照)。
【0013】
また、プレミアムジョイントではシール面やショルダ面が接触し摺動することにより摩擦によってシール面、ショルダ面が局部的に融着し、ゴーリングと呼ばれる表面損傷を引き起こすことがある。シール面にゴーリングが生じると、継手のシール性能が著しく損なわれるので、プレミアムジョイントには耐ゴーリング性能も求められている。
【0014】
特許文献2には、ピンのシール面上に周状の溝を設けることで耐ゴーリング性能を向上させる油井管用ねじ継ぎ手が開示されている。
【0015】
しかし、特許文献1および2にあるように金属の摺動面に溝を設けると、金属面間の接触面圧が著しく高い場合に、溝の近傍でゴーリングが発生することがある。この現象は、高合金鋼、特にCrを13質量%以上含んだ鋼管用ねじ継手において著しい。
【0016】
特許文献3には、Crを9質量%以上含有する鋼管用ねじ継手において、ボックスにメッキを施すことによりゴーリングを防止する油井鋼管用ねじ継ぎ手が開示されている。しかしながら、この手法は金属表面間の摺動時に発生するゴーリングの防止を目的としたものであり、金属表面に溝が設けられてある場合への適用可能性は全く考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】国際公開第2009/060729号パンフレット
【特許文献2】米国特許第5,064,224号明細書
【特許文献3】特開2003−74763号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、ピンまたはボックスの接触表面に一つ以上の溝を有する鋼管用ねじ継手において、十分なトルク性能およびシール性能を確保し、かつ溝の近傍におけるゴーリングの発生を防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、以下に列記の知見A〜Cを得て、本発明を完成した。
【0020】
(A)溝の縁部と金属表面とのなす角度が小さく、かつ滑らかに接続している溝を形成すれば上記課題は解決される。
【0021】
(B)特許文献1,2により開示された溝は、いずれもその縁部(側面)と金属表面が大きな角度で交差する断面形状を有しており、かつ鋭い角を形成している。このように急な角度で溝の側面と金属表面とが接触し、かつ摺動すると、角の部分に極めて大きな負荷が生じてゴーリングの原因となる。
【0022】
(C)溝の縁部(側面)と金属表面とのなす角が小さく、かつ滑らかに接続すれば、溝の縁にかかる負荷を減少させることができ、ゴーリングを防止できる。具体的には、溝の鋼管用ねじ継手の周方向断面における、溝とねじ無し金属接触部における接触表面との成す角度が、ねじ締付け方向の少なくともピンにおける後側において3°以内であれば、鋼管用ねじ継手の十分なトルク性能およびシール性能を維持しながら、溝の近傍におけるゴーリングの発生を防止できる。
【0023】
本発明は、以下に列記の通りである。
(1)ねじ部およびねじ無し金属部をそれぞれ有するピンとボックスとから構成され、
前記ねじ無し金属部は、前記ピンおよび前記ボックスが半径方向に互いに干渉接触するシール部と、前記鋼管用ねじ継手の軸方向に互いに当接するショルダ部とを含むねじ無し金属接触部と、前記シール部より前記ピンの先端側に、前記ピンおよびボックスが互いに接触しない非接触部とを備えるとともに、
該非接触部から前記ねじ無し金属接触部におけるピンおよびボックスの界面を経由して鋼管用ねじ継手の内部空間に連通する溝を備える鋼管用ねじ継手であって、
該溝の鋼管用ねじ継手の周方向断面における、前記ねじ無し金属接触部における接触表面と該接触表面に接続する部分をなす溝の側面との成す角度が、ねじ締付け方向の少なくとも前記ピンにおける後側において3°以内であること
を特徴とする鋼管用ねじ継手。
【0024】
(2)前記成す角度が、ねじ締付け方向の前記ピンにおける前側および後側のいずれにおいても3°以内であることを特徴とする(1)項に記載の鋼管用ねじ継手。
【0025】
(3)前記成す角度は0.3〜1.5°の範囲であることを特徴とする(1)項または(2)項に記載の鋼管用ねじ継手。
【0026】
(4)前記溝が、前記ピン側のねじ無し金属接触部に形成されている(1)項から(3)項までのいずれか1項に記載の鋼管用ねじ継手。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、ピンまたはボックスの接触表面に一つ以上の溝を有する鋼管用ねじ継手において、十分なトルク性能およびシール性能を確保しながら、溝の近傍におけるゴーリングの発生を防止できる。このため、本発明によれば、鋼管用ねじ継手のねじ、リップ、シール、ショルダおよびその他のデザインによって期待される対圧縮性能、気密性能、その他の性能を、当初の設計目標通りに発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、本発明に係る鋼管用ねじ継手を模式的に示す全体説明図である。
図2図2は、本発明に係る鋼管用ねじ継手の部分拡大図である。
図3図3(A)〜図3(D)は、ピンのショルダ面に形成された溝を示す説明図であり、図3(A)は部分斜視図、図3(B),図3(C)は端面図、図3(D)はピン端面付近のピンおよびボックスの模式的な軸方向断面図である。
図4図4は、本発明に係る鋼管用ねじ継手の周方向断面を拡大して示す説明図である。
図5図5は角度θを示す説明図である。
図6図6(A)及び図6(B)は、基礎実験における溝角度を示す説明図である。
図7図7は、角度θの値とショルダ面積の減少率との関係を示すグラフである。
図8図8は、本発明の溝を切削加工するのに好適な刃物を示す説明図である。
図9図9は、実施例1における溝の摺動方向断面を示す説明図である。
図10図10は、カップリング形式の一般的なプレミアムジョイント型の鋼管用ね継手の模式的説明図であり、図10(A)が全体図であり、図10(B)が部分拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明を、添付図面を参照しながら説明する。
本発明に係る鋼管用ねじ継手は、カップリング方式とインテグラル方式のいずれにも適用することができる。カップリング方式の場合、典型的にはピンがパイプ両端に、ボックスがカップリングの両側に形成されるが、逆の組合せとすることも可能である。
【0030】
図1は、本発明に係る鋼管用ねじ継手を模式的に示す全体説明図であり、図2は、本発明に係る鋼管用ねじ継手の部分拡大図であって図1におけるZ部を拡大して示す。さらに、図3(A)〜図3(D)は、ピンのショルダ面に形成された溝を示す説明図であり、図3(A)は部分斜視図、図3(B),図3(C)は端面図、図3(D)はピン端面付近のピンおよびボックスの模式的な軸方向断面図である。なお、以降の説明では、図10と同一の部分には同一の符号を付することにより重複する説明を省略する。
【0031】
本発明に係る鋼管用ねじ継ぎ手は、図1〜3に示すように、ピン1とボックス2とから構成される。ピン1は、テーパ雄ねじ部11とねじ無し金属部15とを有する。ボックス2も、テーパ雌ねじ部21とねじ無し金属部25とを有する。
【0032】
ねじ無し金属部15,25は、シール部16,26と、ねじ無し金属接触部17、27と、非接触部18,28とを有する。シール部16,26では、ピン1とボックス2が半径方向に互いに干渉接触する。ねじ無し金属接触部17,27は、ねじ継手の軸方向に互いに当接するショルダ面14,24を含む。さらに、非接触部18,28は、シール部16,26よりピン1の先端側に形成され、ここではピン1とボックス2とが互いに接触しない。
【0033】
本発明に係る鋼管用ねじ継ぎ手は、図3(A)〜図3(D)に示すように、溝30A、30Bを有する。
【0034】
図3(A)に示した例では、リップ部の端面であるピンのショルダ面が2つの溝30、すなわち外側の第1の溝部分30Aと内側の第2の溝部分30Bとからなる溝30を有する。外側の溝部分30Aはサブショルダ面14−2を斜めに横断し、内側の溝部分30Bはメインショルダ面14−1を斜めに横断する。図3(B)は、それぞれ2つの溝部分30A,30Bを有する3本の溝がリップ端面の円周に沿って配置された、このリップ部の端面図である。
【0035】
上記機能を果たすためには溝部分30Aと溝部分30Bとが互いに連通していなければならない。そのため、図3(D)に示すように、ピンのショルダ面の頂点部(ピン1のメインショルダ面14−1とサブショルダ面14−2との接続部)に対向するボックスショルダの最奥部の円周方向部分に沿って、外側の溝部分30Aの内側端部に対向する地点から、内側の溝部分30Bの外側端部に対向する地点までに達するように、窪み(凹部)32を接続チャネルとして設けることができる。それにより、ピンショルダの溝部分30A,30Bは、ボックスショルダ上に円周方向頂部に沿って設けられた窪み32を介して連通するようになる。
【0036】
あるいは、溝部分30Aと30Bとの間の接続チャネルは、ピンショルダ面に円周方向頂点部に沿って、外側の溝部分30Aの内側端部から内側の溝部分30Bの外側端部に達するように、チャンファー(面取り)または窪みを形成することによっても達成することができる。より好ましくは、このような接続用の窪みまたはチャネルは、ピンショルダ面とボックスショルダ面の両方に形成することができる。
【0037】
図3(C)に示すように、外側の溝部分30Aと内側の溝部分30Bとを、これらが直接連通するように、すなわち、外側の溝部分30Aの内側端部と内側の溝部分30Bの外側端部とが接続するように、配置してもよい。この配置は上述したような接続チャネルの形成が不要となるが、図3(A)に示すように、外側と内側の溝部分を円周方向で同じ位置に設ける方が、溝削り加工(溝の形成)はいくらか容易となる。いずれの場合も、溝または逃がし溝の溝削り加工は、例えば、NC(数値制御)旋盤システムを用いて行うことができる。
【0038】
さらに別の形態として、サブショルダ面14−2の外側の溝部分30Aおよびメインショルダ面14−1の内側の溝部分30Bを、図3(A)〜図3(C)に示すような斜め方向ではなく、半径方向に、好ましくは半径方向に伸びる2つの溝部分が直接つながるように、設けてもよい。それにより、各溝部分30A,30Bの長さは最短となり、流体を容易に逃がすことができ、またNC旋盤を用いずに溝削り加工が可能となる。ただし、特殊な溝削り加工用の装置が必要となる。
【0039】
図3(B)および図3(C)に示した態様では、ノーズ部空間とねじ継手内部空間との間の連通路を確保するための、それぞれ外側溝部分30Aおよび内側溝部分30Bからなる溝30は、ピン端面のショルダ面の円周方向に沿って等間隔で3個所に設けられている。このような溝30は最低1個所あればよく、溝30の設置個数の上限は特に制限されないが、通常は8個所以下で十分である。好ましくはピンおよび/またはボックスショルダはこのような溝30を2〜4個有する。
【0040】
溝30の断面形状は特に制限されないが,流体が通過できる程度の横断面積のものとすべきである。溝30の深さは少なくとも0.1mm以上、好ましくは0.2mm以上あるのが良い。溝30の形成により生ずるメインショルダ面14−1の断面積の減少による圧縮下でのねじ継手の性能の著しい低下を防止するために、内側溝部分30Bおよび外側溝部分30Aのそれぞれの円周方向長さは、各溝部分30A,30Bがショルダ面14の円周に沿って180°以内にしか達しないようにすることが好ましい。例えば、図3(B)または図3(C)に示すように、メインショルダ面14−1とサブショルダ面14−2のそれぞれに3個ずつの溝部分が設けられている場合、各溝部分は好ましくは180°以下の角度、より好ましくは120°以下の角度の円弧に沿った長さとする。
【0041】
このように、溝30A,30Bは、非接触部18,28からねじ無し金属接触部17,27におけるピン1とボックス2の界面を経由して、ねじ継手の内部空間に連通する。この溝30A,30Bにより、例えば特許文献1により開示された発明と同様に、シール部16,26及びショルダ面14,24の中間に形成される非接触部18,28に封入されるグリース状潤滑剤がこの空間に残留して高圧となることによりピン1とボックス2のシール面の接触面圧を低下させ、継手のシール性能が損なわれることを防止できる。
【0042】
図4は、本発明に係る鋼管用ねじ継手の周方向断面を拡大して示す説明図であり、図5は角度θを示す説明図である。以降の説明は溝30Aを例にとって行うが、溝30Bにおいても同様である。
【0043】
図4に示すように、本発明に係る鋼管用ねじ継ぎ手では、溝30Aのねじ継手の周方向断面、すなわちねじ無し金属接触部17における周方向接触表面33(図4における破線)が溝30Aと交差する点における接線Lを含む断面における、溝30Aの側面30A−1とねじ無し金属接触部17における接触表面33との成す角度θが、ねじ締付け方向の少なくともピンにおける後側において3°以内である。
【0044】
これにより、十分なトルク性能およびシール性能を確保しながら、溝30A,30Bの近傍におけるゴーリングの発生を防止できる。本発明において上記の角度θを3°以内に限定する理由を、基礎実験データを参照しながら説明する。
【0045】
図6(A)及び図6(B)は、基礎実験における溝角度を示す説明図である。図6(A)は試験片に加工された溝を示す二面図であり、図6(B)は図6(A)の下図の囲み部のの拡大図である。
【0046】
図6(A)及び図6(B)に示すように、Crを13質量%含有する鋼材を用い、試験片40の一方には溝41を加工し、もう一方には銅メッキを施して、潤滑剤として鉱物油を塗布して2つの試験片を押し当てて摺動させた。摺動速度はおよそ60mm/secで往復各20秒摺動させた。往路では3kN/secで押し付け荷重が増加するようにし、復路では3kN/secで押しつけ荷重が減少するようにした。
【0047】
なお、この基礎実験では、図6(A)および図6(B)に示すように、溝角度θは、溝41に直角な断面(図6(B)により示される断面)における溝41の端面41aと平面42とがなす角度と規定した。この基礎実験では、実際のねじ継手同様に、軸方向に圧縮の力を負荷しており、また金属面の摺動する方向と溝41の「角度」の方向が一致している。この2点から基礎実験の結果は実際のねじ継手に適用可能である。
【0048】
試験結果を表1にまとめて示す。
【0049】
【表1】
【0050】
表1に示すように、溝角度θが3°以内であれば、比較的良好な耐焼付き性を得ることができる。また、溝角度θが1.5°以内では焼付きは生じず、きわめて良好な耐焼付き性が得られている。
【0051】
特許文献1に記載されるように、ピンのショルダ面に溝を加工した場合、溝を設けた部分の面積だけショルダの当接する面積が減少する。ショルダの面積は継手のトルク性能と直結しており、面積が減少すればそれだけトルク性能も減少する。
【0052】
継手の締付けトルクの推奨最大値は、ショルダが塑性変形を起こす最小トルクの90%以下に抑えられることが多い。よって、溝によるショルダ面積の減少率が10%以上になると、推奨締付けトルクの範囲内で継手の締結を行いながら、ショルダ面が塑性変形を引き起こし継手性能が著しく損なわれる可能性がある。
【0053】
また、溝30Aのねじ締付け方向の前側では当接していた金属が離れていき、荷重が弱まる方向であるので、焼付きの発生にはつながらないが、溝30Aのねじ締付け方向の後ろ側では、それまで離れていた金属面が当接し高い荷重が発生するようになり、焼付きにつながる。すなわち、ねじの進行方向の後ろ側の角度が焼きつきの発生に大きく影響を与えるため、溝30Aの鋼管用ねじ継手の周方向断面における、ねじ無し金属接触部における接触表面とこの接触表面に接続する溝の側面との成す角度が、ねじ締付け方向の少なくともピンにおける後側において3°以内であることが必要である。
【0054】
溝の縁部と表面のなす角度θを小さくすると、それだけ溝の幅が大きくなる。本発明による縁部の斜面の高低差があまりにも小さいと、当接する相手面の表面粗さの影響により、溝の縁部と溝の深さ方向に隣接する表面との角でゴーリングが発生してしまうため、最低限必要な高低差が存在する。この値を0.2mmとすると、溝の幅は最低でも2×0.2/tanθ必要である。ここで、角度θの値とショルダ面積の減少率をプロットすると、図7のグラフに示す関係が得られる。図7のグラフは、直径9.625インチの鋼管の端に形成されたピンのショルダに1本の径方向溝を加工した場合の算出結果である。
【0055】
このグラフより角度θが0.3°よりも小さくなったとき、ショルダの有効面積が、溝がない場合の90%を下回ることが分かる。すなわち、推奨締付けトルク内で塑性変形を引き起こす可能性がある。以上の理由により、角度θの下限を0.3°とすることが好ましい。
【0056】
溝30A、30Bの加工は、切削、研削、鍛造その他任意の方法で行うことができ、本発明では制限されない。鋼管用ねじ継手は、旋盤によって加工されることが多いため、溝30A、30Bの加工も旋盤によって行うのが最も効率的である。このとき、溝30A、30Bの断面を模った刃物で切削すれば数回の加工で溝形状を形成できるので極めて効率的である。
【0057】
図8は、溝を切削加工するのに好適な刃物50の形状を示す説明図である。
図8に示す刃物50では、実現されるべき溝形状を超えて一定角度αのテーパ50aが伸びて形成されている。このことによって、溝の製造公差の範囲内で常に小さな角度での溝縁部の形成が可能になる。なお、図8における破線は被削材を示す。
【0058】
回転しながら支持されたピンの先端に、刃物50を挿入させて溝を旋盤で加工する。
なお、溝30A、30Bの形状によっては、刃物の縁テーパーと、溝30A、30Bの摺動方向の接続角が異なる場合がある。その場合は、溝の幾何形状に基づいて摺動方向の接続角から刃物の逃がし角を計算する必要がある。
【0059】
溝30A、30Bの前記角度は、上述の試験結果より明らかなように、1.5°以内とすればシール性能の確保に加え、耐焼付き性においてもさらに良い結果が得られる。また、下限を0.3°以上とすれば、ショルダ面が塑性変形するおそれもなく、安定したトルク性能が確保され、さらに望ましい。
【0060】
以上の説明は、ピンに溝が設けられているが、ボックスに溝があってもよい。溝の本数および溝が位置する摺動面についても本様態に制限されるものではない。例えば、図2に示すようにショルダ面を斜めに横切る3本ないし6本の溝であってもよい。
【実施例1】
【0061】
本発明の効果を実証するため、実寸大の鋼管用ねじ継手に本発明に係る溝を加工し、締結試験を実施した。
【0062】
試験に供試した鋼管用ねじ継手は、いずれも図1に示すような、シール面とショルダ面とを有するカップリング方式のねじ継手であって、9.625”×53.5(lb/ft)鋼管(外径244.5mm、肉厚13.84mm)に対して使用するものであった。全ての供試ねじ継手の材質は、Crを11〜14質量%、Niを5〜7%含有する鋼材であった。
【0063】
溝は、ピンのショルダに設けられ、図3に示すようにショルダ面に対して斜めに3本設けられた。溝は旋盤によって加工した。
【0064】
図9は、溝の摺動方向の断面形状を示す説明図である。
溝の摺動方向の断面形状を非対称形状とすることにより、溝と表面のなす角が1.5°と4°の2通りの結果を確認できるようになっている。
【0065】
上述したように、ねじの進行方向の後ろ側の角度が焼きつきの発生に大きく影響を与えるため、溝と表面のなす角が1.5°と4°のいずれの角度の断面を後ろに配置するかにより試験条件を選択することができる。なお、ピンのシールおよびボックスには溝を加工していない。またボックス表面には厚さ20μmの銅メッキを施した。
【0066】
このようなピンとボックスを用いて、締付け(メイクアップ)と締め戻し(ブレイクアウト)を実施することにより、耐焼付き性を調べた。各締付けの前に市販のイエロードープをピンの外周面およびボックスの内周面に塗布した。
【0067】
耐焼付き性試験は、ピンの上部に長さ10mの鋼管1本分の錘を取り付けて、地上に固定したボックスに対して、ピンを垂直に挿入して行われた。締付けは、常温で63400Nmのトルクでショルダが当接するまで行われ、締め戻し後に潤滑剤を洗浄し、表面、特に溝の周辺の目視観察を行った。
【0068】
試験結果を表2にまとめて示す。
【0069】
【表2】
【0070】
表2に示すように、表面と溝のなす角度が4°の場合には焼付きが発生し、この角度1.5°の場合には焼付きは発生しなかった。
【符号の説明】
【0071】
11,21 ねじ部
1 ピン
2 ボックス
14,24 ショルダ部
16,26 シール部
17,27 ねじ無し金属接触部
18,28 非接触部
30A,30B 溝
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10