【課題を解決するための手段】
【0006】
本出願の第1の発明は、水酸化ニッケルと、
菱面体構造で空間群R3m構造の結晶構造を有するオキシ水酸化コバルト相と、ホタル石構造で空間群Fm3m構造の結晶構造を有する二酸化セリウム相とを含み、オキシ水酸化コバルト相におけるコバルトの一部がセリウムに置換されると共に、二酸化セリウム相におけるセリウムの一部がコバルトに置換されたコバルトセリウム化合物と、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物とを含む正極材料を含む正極を備えてアルカリ蓄電池が構成されていることを特徴構成とする。
【0007】
すなわち、アルカリ蓄電池のニッケル電極にホルミウム(Ho)等の化合物を添加して上記酸素発生電位を上昇させる効果は、添加量の増大に応じて酸素発生電位が上昇して行き、ある量よりも添加量を更に増加させても酸素発生電位の上昇度合いが小さくなる現象として知られている。
更に、上記の酸素発生電位の上昇度合いが小さくなる領域では、上記の添加元素として複数種類のものを添加しても、酸素発生電位の上昇効果は、夫々の添加元素についての酸素発生電位の上昇効果の足し合わせとはならず、それらの添加物の総量に相当する量を単独材料で添加した場合の酸素発生電位の上昇効果より向上することはないことが経験的に知られている。
換言すると、複数種類の元素を添加しても、結局のところ添加物の総量が増えるだけで、単独材料の添加の場合の添加量の増加に対する上記の酸素発生電位の上昇の程度の関係を超えて酸素発生電位が上昇することはないと考えられていた。
【0008】
これに対して本出願の発明者は、アルカリ蓄電池の正極材料を構成する材料の組み合わせによっては、更に酸素発生電位を上昇させ得ることを見出した。
すなわち、カルシウム(Ca),イットリウム(Y),ユウロピウム(Eu),ホルミウム(Ho),エルビウム(Er),ツリウム(Tm),イッテルビウム(Yb)及びルテチウム(Lu)のうちの少なくとも一つの元素の化合物に加えて、コバルトセリウム化合物を正極材料として使用する。
【0009】
上記コバルトセリウム化合物は、上記特許文献1におけるコバルト化合物と同様に導電助剤としての機能を有するものであるが、セリウムの含有割合を増加させるとコバルト化合物に比べて高い耐還元性を有して過放電発生時にも導電助剤としての機能を維持し得るものである。
このコバルトセリウム化合物と、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物とを組み合わせて正極材料として使用することで、酸素発生電位の上昇の程度が小さくなって、それを超える酸素発生電位の向上は望めないと考えられていた領域においても、更に酸素発生電位を上昇させることができたのである。
【0010】
このように酸素発生電位を上昇させることができるのは、化合物によっては上記の効果が生じる原因を特定しきれていない面もあるが、コバルトセリウム化合物と、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物とが相互に補完しあって、酸素発生電位の上昇に寄与していることによるものと推定される。
【0011】
以上、酸素発生電位の上昇効果のみに着目して説明してきたが、コバルトセリウム化合物については、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物とは異なる特質を有している。
すなわち、上記カルシウム等の化合物は一般に抵抗率の高い材料となる場合が多く、添加量が多くなり過ぎると導電率の低下等を招いてしまうが、導電助剤であるコバルトセリウム化合物であれば、そのような問題は生じることはなく、高機能な導電助剤として的確に機能しながら、酸素発生電位の向上にも寄与できる。
【0012】
又、本出願の第2の発明は、上記第1の発明の構成に加えて、前記水酸化ニッケルの形状が粒子状に形成され、前記コバルトセリウム化合物が、粒子状の前記水酸化ニッケルの表面を被覆する状態で配置され、ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物が、粒子状の前記水酸化ニッケルの内部に分布する状態で配置されていることを特徴構成とする。
すなわち、上記第1の発明の構成において列挙した、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物のうち、ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物については、これらの化合物が正極材料中で特徴的な配置形態をとっていることを解析によって確認できた。
【0013】
これを、ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちのイッテルビウムを例にとって説明する。
活物質である水酸化ニッケルと、イッテルビウムの化合物(より具体的には、Yb
2O
3を例示)と、共沈法により同時析出したコバルトとセリウムとを含むコバルトセリウム化合物とを組み合わせて正極材料としたものでアルカリ蓄電池の正極を構成し、そのアルカリ蓄電池を充放電した後の上記正極材料について、材料分析機能を有する走査型電子顕微鏡にて観察した結果を
図3に示す。ここで、水酸化ニッケルは粒子状に形成したものを使用している。
図3(a)は通常の電子顕微鏡写真であり、
図3(a)中において特に識別し易い状態で水酸化ニッケル粒子の断面が現れている位置を「(P)」及び「(Q)」として示している。
図3(b),
図3(c)及び
図3(d)は、夫々、コバルト元素,セリウム元素及びイッテルビウム元素の分布を示すものであり、
図3(a)とはわずかに撮影倍率が異なるものの同一箇所の画像を示し、各図において
図3(a)における水酸化ニッケル粒子の位置「(P)」及び「(Q)」を比較のために表示している。
【0014】
図3(d)から、イッテルビウム化合物は充放電によって水酸化ニッケル粒子の内部へと分散して分布していることがわかる。水酸化ニッケル粒子には多数の細孔が存在し、イッテルビウム化合物がその細孔に進入することで、水酸化ニッケル粒子の内部で酸素が発生するのを抑制しているものと考えられている。
一方、セリウム元素の方は、
図3(c)から、水酸化ニッケル粒子の内部へはほとんど進入せず、水酸化ニッケル粒子の表面上に分散している。このように水酸化ニッケル粒子の表面上に分散しているセリウムが水酸化ニッケル粒子の表面上での酸素の発生を抑制しているものと推測できる。
つまり、イッテルビウム化合物とセリウムとは、水酸化ニッケル粒子に対して分布する位置が互いに異なり、双方が酸素発生電位の上昇に寄与するのである。
この関係は、ツリウム化合物やルテチウム化合物にも共通する。
【0015】
尚、比較のために、共沈法によって水酸化ニッケル粒子の表面上にコバルトセリウム化合物を析出させるのではなく、セリウム化合物(具体的には、CeO
2を例示)を粉体混合によって正極材料に混在させた場合の解析結果についても説明する。
水酸化ニッケル粒子の表面をコバルト化合物にて被覆すると共に、セリウム化合物を粉体混合した正極材料によってアルカリ蓄電池の正極を構成し、そのアルカリ蓄電池を上記と同様に充放電した後の解析結果を
図4に示す。
図4(a)は通常の電子顕微鏡写真であり、
図4(b)及び
図4(c)は、夫々、コバルト元素及びセリウム元素の分布を示すものであり、各図において水酸化ニッケル粒子の位置を「(R)」で表示している。
図4(b)からコバルト元素は水酸化ニッケル粒子の表面上を主体に分布しているが、セリウム元素の方は、
図4(c)からわかるように、水酸化ニッケル粒子の表面に分散せずに凝集している。すなわち、粉体混合で正極材料中に混在させたセリウム元素(セリウム化合物)については酸素発生電位の上昇には関与していない、ということになる。
【0016】
ちなみに、上記第1の発明の構成において列挙した、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物のうちの、ツリウムの化合物,イッテルビウムの化合物及びルテチウムの化合物以外の化合物については、上述のような現象が発生しないか、あるいは、上述のような現象の発生が確認されていないが、未確認の現象によって酸素発生電位を向上させている。
更に、ツリウムの化合物,イッテルビウムの化合物及びルテチウムの化合物については、高温でも酸素発生電位を向上させる効果が大きいという特質を有している。
【0017】
又、本出願の第3の発明は、上記第1の発明の構成に加えて、
前記水酸化ニッケルと、
前記コバルトセリウム化合物と、カルシウムの化合物とを含む正極材料を含む正極が備えられ、前記カルシウムの化合物が、前記水酸化ニッケルと前記コバルトセリウム化合物と前記カルシウム化合物との合計に対する前記カルシウム元素の存在割合で0.1質量%以上となる混合割合に設定されていることを特徴構成とする。
すなわち、カルシウムの化合物が、正極材料全体に対するカルシウム元素の存在割合で0.1質量%以上となる混合割合の領域では、添加する化合物の増加に対する酸素発生電位の上昇度合いが小さくなる。
従って、このような領域において、上記コバルトセリウム化合物と、カルシウムの化合物とを組み合わせることで、酸素発生電位を上昇させる点で特に有効に作用するものと言える。
【0018】
又、本出願の第4の発明は、上記第1の発明の構成に加えて、
前記水酸化ニッケルと、
前記コバルトセリウム化合物と、イットリウムの化合物とを含む正極材料を含む正極が備えられ、前記イットリウムの化合物が、前記水酸化ニッケルと、コバルトセリウム化合物と、イットリウムの化合物との合計に対する前記イットリウム元素の存在割合で0.5質量%以上となる混合割合に設定されていることを特徴構成とする。
すなわち、イットリウムの化合物が、正極材料全体に対するイットリウム元素の存在割合で0.5質量%以上となる混合割合の領域では、添加する化合物の増加に対する酸素発生電位の上昇度合いが小さくなる。
従って、このような領域において、上記コバルトセリウム化合物と、イットリウムの化合物とを組み合わせることで、酸素発生電位を上昇させる点で特に有効に作用するものと言える。
【0019】
又、本出願の第5の発明は、上記第1の発明の構成に加えて、
前記水酸化ニッケルと、
前記コバルトセリウム化合物と、ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物を含む正極材料を含む正極が備えられ、ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物が、前記水酸化ニッケルと前記コバルトセリウム化合物と前記ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物との合計に対する前記元素の存在割合で1質量%以上となる混合割合に設定されていることを特徴構成とする。
すなわち、ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物が、正極材料全体に対する前記元素の存在割合で1質量%以上となる混合割合の領域では、添加する化合物の増加に対する酸素発生電位の上昇度合いが小さくなる。
従って、このような領域において、上記コバルトセリウム化合物と、ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物とを組み合わせることで、酸素発生電位を上昇させる点で特に有効に作用するものと言える。
【0020】
又、本出願の第6の発明は、アルカリ蓄電池用正極材料の製造方法として、水酸化ニッケルと、
菱面体構造で空間群R3m構造の結晶構造を有するオキシ水酸化コバルト相と、ホタル石構造で空間群Fm3m構造の結晶構造を有する二酸化セリウム相とを含み、オキシ水酸化コバルト相におけるコバルトの一部がセリウムに置換されると共に、二酸化セリウム相におけるセリウムの一部がコバルトに置換されたコバルトセリウム化合物と、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物とを混合することによって正極材料を作製することを特徴構成とする。
この発明によれば、上記の化合物の組み合わせにより、酸素発生電位を上昇させることができる。さらに、電極材料の導電性を高く維持しつつ、コバルトの耐還元性も高めることができる。
【0021】
また、コバルトセリウム化合物にて被覆された水酸化ニッケル粒子を作製した後、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物を粉体混合することによって正極材料を作製することが好ましい。
この発明によれば、セリウムは凝集することなくニッケル粒子表面に分散させることができる。さらに、カルシウム,イットリウム,ユウロピウム,ホルミウム,エルビウム,ツリウム,イッテルビウム及びルテチウムのうちの少なくとも一つの元素の化合物をコバルトセリウム化合物にて被覆された水酸化ニッケル粒子に容易に混合することができる。
また、水溶液中の水酸化ニッケル粒子の表面に共沈法による同時析出でコバルトとセリウムとを含む化合物を析出させる工程を含むことが好ましい。
【0022】
コバルトセリウム化合物は二酸化セリウム相を含むことが好ましい。コバルト化合物が二酸化セリウム相を含むことによって、過放電の状態になった場合に、オキシ水酸化コバルトが還元されることを抑制する効果がある。
オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相との合計に対する二酸化セリウム相の存在割合が、6.5質量%以上であると耐還元性が顕著に現れる。
【0023】
オキシ水酸化コバルト相と二酸化セリウム相との合計に対する二酸化セリウム相の存在割合が、13質量%以上であればさらに好ましい。比抵抗値は、二酸化セリウムの存在割合が49質量%のときはセリウムを全く添加していない状態とほとんど変わらない低い値を維持している。88質量%では比抵抗値が上昇しているが、実用的には十分に小さい値である。
【0024】
すなわち、水酸化ニッケル粒子が存在する水溶液に対して共沈法を適用して、コバルトとセリウムとを含む化合物を析出させると、その析出物は水酸化ニッケル粒子の表面を被覆するように析出する。
共沈法によりコバルトセリウム化合物を作製するには、水酸化ニッケル粒子が液中に存在しない状態で、コバルトセリウム化合物を生成するための材料のみによって作製することもでき、このようにして作製したコバルトセリウム化合物を正極材料に使用することでも酸素発生電位の上昇に対して効果を有するが、上記のように水酸化ニッケル粒子の表面をコバルトセリウム化合物で被覆することで、少ない材料で有効に導電助剤として機能させられると共に、効率良く酸素発生電位を上昇させることができる。