【実施例】
【0037】
実施した管腔形成試験は、マウスの血管内皮細胞KOPを使用し、抗血管新生剤として既知なsuraminの管腔形成に対する阻害効果を調べる試験である。シャーレに入れた成長因子類の含有量を少なくした基底膜マトリゲル上でKOP細胞を18時間培養し管腔を形成させる。このとき、1μM、10μM、20μM、40μM、60μM、80μM、100μMと濃度を変えたsuraminを加えてそれぞれの阻害効果を調べる。細胞染色や細胞標識の処置は省いた。
図8は、濃度毎にシャーレ内で位置を変えて光学顕微鏡下で撮影した細胞画像の一部である。画像は640×480画素であり、各画素は8ビット256階調の輝度を有している。Suraminの濃度に応じて、画像上で認められる管腔形成による網目模様が消失していく過程と、太さが均一であった管腔が濃度に応じて不均一になり、さらに凝集により細胞塊となっていく過程が観察される。
濃度毎の画像数は以下の通りである。
管腔形成(0μM):22、1μM:12、10μM:16、20μM:25、40μM:10、60μM:7、80μM:9、100μM:11
【0038】
網目領域の計測手段21はこれらの画像から網目領域を抽出し、濃度毎に各画像での結果を計測結果テーブル31に保存した。
図9は、そのテーブルであり、計測した領域数は、濃度毎に各画像の計測数の欄に保存されている。面積は、濃度毎に各画像で計測した面積の平均値が計測数の欄に保存されている。
【0039】
網目領域は、各画像を極小領域に分割し、そこでの輝度の標準偏差のヒストグラムを使用して抽出した。
図10は画像群全体の結果である。各濃度での網目領域数の標準誤差は、
図10(a)で示した程度の変動である。特にsuraminを作用させていない、0μMの管腔が形成された状態、すなわち管腔形成能を100とする状態では、標準誤差は極めて小さい。そこで、各濃度での網目領域数は平均値で代表させている。
図10(b)は、各濃度での領域数に関する評価である。この図では、0μMでの平均値との相対値を領域数として示している。研究者とは、管腔形成試験の視感評価の経験が長い2名の研究者の評価であり、0μMでの管腔形成能を100としたときの各濃度での相対的な視感評価値の平均値である。先行技術の評価では、高濃度の物質によって阻害された状態で研究者の視感評価とのずれが生じていたが、領域数による評価では、中濃度と高濃度において研究者の評価とほぼ合致しており、評価のずれは解消されている。しかし、領域数だけでは、低濃度において研究者より厳しく評価しており、すれが生じている。
【0040】
領域属性の計測手段22は、領域属性としての評価項目について、すべての画像について計測した。各画像での計測量の平均値を計測結果テーブル31の計測数の欄に保存した(
図9)。
【0041】
網目領域計測手段21で計測した網目領域の面積、網目の拡張面積、拡張周長、拡張処理回数の4つに関して、どれも0μMでの標準誤差は極めて小さいことから網目領域数と同様に、0μMでの平均値を100としたときの各濃度での平均値の相対値を各濃度での指標としている。管腔形成能の算出手段23は、計測結果テーブル31において濃度毎に各評価項目について保存されている計測数の平均値を算出して、それぞれの評価項目の平均値の欄に保存し、さらにその平均値に対して0μMでの平均値を100としたときの相対値を算出して、それぞれの相対値の欄に保存した(
図9)。
【0042】
図11は低濃度と中濃度での画像の一部である。矢印で示した箇所で管腔が切断されているため、破線で示した網目領域が形成され、画像上に示したような網目領域数とその面積の変化が観察される。このような観察から、濃度が高くなるにつれて、網目領域数は単調に減少するが、面積は一時的に増加しながら減少するという阻害の過程が認められる。
ここで観察される管腔形成の阻害の実際を勘案すると、網目領域は、0μMでの網目領域が複数集まってひとつの網目領域となることがあり、面積は0μMでのそれより大きくなる可能性がある。高濃度では、
図5(b)で示すように管腔の凝集によって孤立した網目領域が現われ、このような場合では管腔部が太くなり、網目の拡張面積や拡張処理回数は0μMでのそれより大きくなる可能性が出てくる。したがって、
図9のテーブルのように、相対値が0μMを表す100を超えることもあり得る。このような状況も阻害効果として評価するため、管腔形成能の算出手段23は、0μMの指標100との絶対誤差を100から減算した指標を管腔形成能として算出し、計測結果テーブル31の管腔形成能の欄に保存した(
図9)。
【0043】
図12は、各濃度での管腔形成能の特徴を把握し、かつ濃度変化に応じた管腔形成能の変化を視覚的に評価できるようにレーダーチャート作成手段24で作成された濃度別レーダーチャートである。
レーダーチャートは、特許文献2の腫瘍細胞に対する阻害剤の増殖抑制効果を評価する方法、特許文献3のご飯外観の数値評価方法や特許文献4の皮膚表面形態特徴検出方法などで使用されている。ひとつの対象に対して計測した複数項目の指標群を一括して表示するグラフとして多用され、対象の特徴が総合的に表現できると認められている。レーダ探知機を模倣して複数項目の指標群を表示するために、放射状に等間隔に配置された、統一された縮尺による項目軸上に、あらかじめ各項目において正規化された値が点として示され、これらを結んで多角形が描かれている。観察者は、この多角形を視感評価して、その対象の特徴を定性的に読み取っている。
【0044】
図12において、濃度変化に応じた管腔形成能の変化をレーダーチャートの多角形の変化として観察すると、1μM、10μM、20μMでのチャートの多角形は、形状がほぼ相似形として変化している。多角形の重心はほぼ原点中心付近にあるが、大きさが徐々に小さくなり、形状も領域数の軸で扁平になり、40μMで多角形は大きさが極端に小さくなっている。60μMでの多角形は面積の軸で縮み、拡張回数の軸で突出して形状が大きく歪み、多角形の重心も大きく移動している。80μMで多角形は大きさが小さくなり、100μMでは多角形はなく、完全に管腔形成能が消失したことが読み取れる。
40μMと100μMでのチャート上の劇的な変化は、
図8の画像を観察して得られる視感評価と合致している。したがって、計算した網目領域数、網目領域の面積、その拡張面積、拡張領域の周長、拡張処理の回数が低濃度、中濃度、高濃度への変化に対応した阻害効果を定量評価する項目として有効であることが、視覚的に確かめられた。
【0045】
しかし、管腔形成試験の結果として、濃度依存的阻害曲線や一般的な薬理作用の指標である50%阻害濃度が求められている。管腔形成試験を培養細胞の画像から評価する装置にも、このような阻害効果の数量評価が必要である。したがって、レーダーチャートの視感評価を数量評価とするために、複数の評価項目の指標群から作られるチャート多角形を計算対象として、その大きさと形状に関する特徴を反映した指標群の合算方法が必要となる。
【0046】
管腔形成試験に限らず一般に、指標群は単純合算による総和や平均値によってひとつの数値にまとめられ、並行して視覚的に観察するためにレーダーチャートで表示されている。特許文献5で述べられている個人認証の方法では、まず条件を変えて測定した複数項目のデータを履歴データとして保存しておく。次に、同様に測定された測定データと各履歴データとを照合して差分分析値を算出する。その測定データに対する総合評価では、条件を変えた測定を和事象として取り扱うために個々の差分分析値の総和を計算し、ひとつの数値にまとめている。計算対象は指標群だけであり、指標群によって構成されるチャートの多角形ではない。レーダーチャートは計算方法の解釈や認証結果の確認だけに使用されている。したがって、この合算方法は、レーダーチャートの観察によって得られた、多角形の大きさや形状で表現されている特徴を定量化していない。
【0047】
レーダーチャートの多角形を計算対象としないが、管腔形成試験での複数項目の指標群をひとつの数値へまとめる観点から上記の計算方法の適応について考察する。この計算方法は、計測する項目に対応する現象が次々に起こる和事象として捉えて、複数項目の指標群を和算でまとめる。和事象で捉える例として、
図13は平均値で合算した管腔形成能を示している。和算によって管腔形成能の変化が階段状になっており、変化が潰れたり、極端に下がったりと不連続的な変化になっている。濃度変化に応じた阻害過程が捉えにくく、特に60μM、80μMの高濃度では、視感評価と大きくずれた評価となっている。
【0048】
本実施例は、ある濃度の物質をある時間作用させた結果の画像から複数項目の指標群を計測している。そのため、各項目で計測される現象が同時に起きたと考えて積事象として捉える必要がある。したがって、指標群を表す数値の積算でなければならない。積事象で捉える簡単な例として、各濃度の管腔形成能を0μM指標100に対する各項目の指標比の積算を考える。これも
図13に同時に示している。積事象と捉えることによって、和事象とする平均値に比べ、濃度依存的な阻害過程が単調に減少する管腔形成能の変化として表現されているが、全体に管腔形成能が極端に厳しく評価されている。40μMでの劇的な変化は表現されているが、それ以降の高濃度での管腔形成能の変化が潰れているため、やはりレーダーチャートでの視感評価とずれた評価となっている。
【0049】
レーダーチャートでの視感評価に合致した数量評価とするために、チャートの多角形を計算対象とする。視感評価では多角形の大きさ、すなわち面積を考慮に入れ、広い面積をもつ多角形は管腔形成能が高いと捉えられることから、管腔形成能を0μMでの多角形に対する各濃度の多角形の面積比とした。これも同様に
図13に示している。この場合、指標比の積に比べ緩やかな阻害過程を示す管腔形成能となっているが、10μMと20μMで、40μMと60μMで管腔形成能が逆転している。これは、レーダーチャートを観察すれば、多角形の歪みが計算されていないためと考えられる。また、面積比の管腔形成能の変化は、平均値による変化と相関している。多角形の面積は、レーダーチャートで隣接する項目軸上の2点とチャート原点で作られる三角形の面積の和である。したがって、2項目をまとめて評価する和事象と捉えるため、平均値による管腔形成能と同様な変化を示している。濃度が高くなるにつれて管腔形成能が阻害される過程が示されていない。特に高濃度では、視感評価と大きくずれた評価となっている。
【0050】
一般にひとつの対象に対して計測した複数項目の指標群をレーダーチャートで表現し、その多角形の面積の大きさに着目したかのような視感評価による講評が多見される。しかし、本実施例での評価の逆転が示すように、面積では、正多角形に近い形状なのか、ある項目が極端に突出した多角形なのかという形状の要素が計算に反映されていない。複数の対象について、視感評価では、面積の大小が判断しにくい場合も多く、無意識には多角形の形状に着眼しても、面積の大小と歪みを同時に判断して視感評価で順位付けるのは困難である。
【0051】
本発明では、多角形を大きさと形状によって数量評価するために、多角形と等しい面積の円を導入する。多角形の大きさは円の半径に置き換える。形状の歪みは、その半径に対する各項目の指標である管腔形成能との比で表している。すなわち各濃度での評価は、複数項目すべてについての歪みと0μMの各項目満点のときの半径に対するその濃度での半径比とを積算し、さらに各項目満点のときの値との相対値としている。本発明の合算法を一般式で表せば、濃
の指標群から作られるレーダーチャートのn角形と等しい面積の円の半径をr
iとする。このときの濃度iにおける評価P
iを数1の式で算出する。
【数1】
【0052】
本実施例では5つの評価項目を用いたため、チャート多角形に基づいた合算手段25では、nを5として計測結果テーブル31における各濃度の各管腔形成能を合算してその濃度の管腔形成能を算出した。
図14には、本発明の合算法による管腔形成能を示しており、これまで検討した計算法の管腔形成能もともに示している。本発明の合算法によって、濃度が高くなるにつれて最も緩やかに徐々に阻害されていく過程が示されている。1μMにおいて多角形の大きさだけでなく、歪みが少ないことも評価されたため、面積比より高い管腔形成能と評価されている。20μMにおいては、10μMよりも歪みが現れており、それまでの多角形とはやや異なった形状となっているため、面積比より低い管腔形成能となっている。40μMの劇的な変化は、この合算法でも示されているが、大きさは劇的に小さくなるが、形状は20μMと相似形であることが評価され、面積比より高い管腔形成能となっている。60μMでは、大きく歪みが現れているため、面積比よりかなり低く評価され、さらに80μM、100μMと管腔形成能が緩やかではあるが、明確な差として表されている。この管腔形成能の変化は、レーダーチャートの視感評価、さらに顕微鏡画像の視感評価とも合致している。
【0053】
薬理効果は、シグモイド曲線によって表現されると言われている。濃度依存的阻害曲線と50%阻害濃度の算出手段26は、算出した管腔形成能をシグモイド曲線の定義のひとつである一般的なロジスティック関数Richard‘s curveへ当てはめ、近似式を求めた。
図15は、シグモイド曲線に近似された濃度依存的阻害曲線を示している。本発明の合算法による管腔形成能の計測値と、研究者視感評価と、端的に管腔が形成された状態を示す網目領域数も示している。また、近似式から算出した50%阻害濃度も示している。低濃度において、領域数だけでは研究者より厳しく評価していたが、面積などの4つの評価項目が加わることによって補われ、研究者の評価に接近している。
【0054】
図16は、非特許文献2で示されているBDバイオサイエンス社によるsuraminの管腔形成試験の計測結果である。評価項目を合算した総合評価ではなく、個々の項目による評価である。本発明による評価と異なり、低濃度、中濃度、高濃度へと変化する濃度に応じて徐々に連続的に阻害される過程が表されていない。また、高濃度における管腔の面積、長さの評価項目で、濃度の変化に対応して評価が低下していない。
【0055】
図15に示すように本発明による濃度依存的阻害曲線はシグモイド曲線で近似され、経験豊富な研究者でも判断に迷うと言われている中濃度において、研究者や領域数に比べ高い管腔形成能となっている。研究者の評価が低いのは、管腔形成の状態から管腔が切断され、元の網目の崩壊現象は評価されているが、その結果生じた大域的な網目となる管腔形成の状態が評価されていないためと考えられる。低濃度では、管腔形成の状態から徐々に管腔が切断され、元の網目が崩壊していく。これは、錯視の概念に例えれば、黒を図柄とした現象として認知できる。中濃度では崩壊の結果生じた大域的な網目となる管腔形成の状態が出現する。この現象は白を図柄としなければ認知しにくい。研究者は低濃度で黒を図柄として崩壊現象に注目してきたため、中濃度で急に白を図柄とした認知に切り替えられないため、大域的な管腔形成を認知できない。高濃度では大域的な管腔形成が崩壊し、さらに凝集により細胞塊となるが、これも黒を図柄として認知できる現象である。このように阻害過程を錯視の概念から捉えれば、研究者の評価は、白の背景に黒の図柄として認知する対象に留まっている。錯視は我々の視覚特性であり、白の背景に黒の図柄として認知する対象と黒の背景に白の図柄として認知する対象を同時に知覚できない。この両者を観察するという明確な意思がなければ、一方の白の背景に黒の図柄を認知するのが通例であり、研究者の評価は視感評価の限界とも言える。本発明法は錯視の概念を踏まえ網目領域に着目した解析法であるため、この二通りに認知される対象が解析されており、低濃度、中濃度、高濃度へと変化する濃度に対応した阻害過程が客観的に評価されている。また、本発明は、視感評価の限界を明らかにするとともに、装置による解析の利点も明確にした。
【0056】
画像を濃度別にほぼ同数の二群に機械的に分けて、本発明法で濃度依存的阻害曲線を求めた。
図17は、それぞれ計測値1、計測値2として計測した管腔形成能と、それぞれ近似値1、近似値2として近似した濃度依存的阻害曲線と、それぞれ管腔形成能1、管腔形成能2として算出した50%阻害濃度を示している。画像を機械的に二群に分けたが、得られた濃度依存的阻害曲線や50%阻害濃度に大きな差はなく、シャーレ毎の変動や撮影位置の影響は少ないことが確かめられた。
【0057】
本実施例は、評価項目を領域数、面積、拡張面積、拡張周長、拡張処理回数の5項目とした。これらの濃度毎の計測結果群に対して主成分分析を適用し、5項目の最適性について検討した。表1は結果群の相関行列を用いた主成分分析を行った結果である。表1(a)が示すように第二主成分までで累積寄与率が0.97となり、全分散の97%が説明できていた。各主成分と各項目との相関を表す因子負荷量は、第一主成分では5項目すべてが高い値を示しているが、第二主成分では絶対値として拡張面積が他に比べ小さい値となっている。このことから、拡張面積を除いた4項目でも主成分分析を行った。表1(b)が示すように第二主成分までの累積寄与率は等しく0.97であり、因子負荷量も5項目の場合と同程度になっているため、拡張面積を除外しても評価に及ぼす影響は少ないと判断できる。
【表1】
【0058】
図18は、拡張面積を除いた4項目による評価のレーダーチャートである。阻害過程が四角形の大きさと歪みの形態変化として表現されている。5項目の場合と同様に、各濃度について本発明の合算法によって算出した管腔形成能をRichard‘s curveへ当てはめ、近似的に濃度依存的阻害曲線を求めた。
図19は拡張面積を除外した4項目による管腔形成能の計測値と近似値を5項目による
図15と同様に示している。両者にほとんど差はなく、50%阻害濃度もほぼ同等に算出されている。
【0059】
本実施例では、網目領域数、その面積、拡張領域の周長、拡張処理回数の4項目で濃度変化に応じた阻害過程が捉えられた。拡張領域の面積は、周長と同一のプロセスで計算できるため、除外によって処理効率の向上よりむしろ結果解釈の平易化が期待できる。管腔形成試験の予備施行の段階においても本発明法で評価し、本実施例で示したように、使用する細胞や物質に応じて評価項目を取捨選択して、それぞれの系に適した評価項目の構成が可能である。
【0060】
本発明の合算法によって、拡張面積を除外した4項目の指標群から各濃度における管腔形成能を算出した。これは、この合算法においてnが4の場合の実施例である。本発明の合算法は、複数の対象について、各対象を複数項目の指標群で表し、これらの指標を総合的に判断して順位付ける際などに、一般に適用できる計算方法である。