特許第5783641号(P5783641)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5783641
(24)【登録日】2015年7月31日
(45)【発行日】2015年9月24日
(54)【発明の名称】ろう接用ニッケル基塩酸耐食合金
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20150907BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20150907BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20150907BHJP
   C22C 30/02 20060101ALI20150907BHJP
【FI】
   B23K35/30 310D
   C22C19/05 B
   C22C30/00
   C22C30/02
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-533889(P2012-533889)
(86)(22)【出願日】2011年5月26日
(86)【国際出願番号】JP2011062094
(87)【国際公開番号】WO2012035829
(87)【国際公開日】20120322
【審査請求日】2014年2月10日
(31)【優先権主張番号】特願2010-203924(P2010-203924)
(32)【優先日】2010年9月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000239426
【氏名又は名称】福田金属箔粉工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】特許業務法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】乙部 勝則
(72)【発明者】
【氏名】西村 信一
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−225679(JP,A)
【文献】 特開2010−269347(JP,A)
【文献】 特表2011−501700(JP,A)
【文献】 特開2002−144080(JP,A)
【文献】 特表平11−505574(JP,A)
【文献】 特表2009−545451(JP,A)
【文献】 特開昭57−106495(JP,A)
【文献】 特公昭61−034917(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00−35/40
C22C 19/00−19/05
C22C 30/00−30/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Moを6.0〜18.0質量%、Crを10.0〜25.0質量%、Siを0.5〜5.0質量%、Pを4.5〜8.0質量%含有し、残部が40.0〜73.0質量%のNiおよび不可避不純物からなり、SiとPの合計が6.5〜10.5質量%であることを特徴とするろう接用塩酸耐食合金。
【請求項2】
さらにCuを12.0質量%以下の含有量にて含有することを特徴とする請求項1に記載のろう接用塩酸耐食合金。
【請求項3】
さらにCoを20.0質量%以下、Feを15.0質量%以下、Wを8.0質量%以下、Mnを5.0質量%以下、C、B、Al、Ti、Nbを合計で0.5質量%以下含有し、Co、Fe、W、Mn、C、B、Al、Ti、Nbの合計が20.0質量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載のろう接用塩酸耐食合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、汎用の熱交換器やEGR(排気ガス再循環、Exhaust Gas Recirculation)クーラー、廃熱回収装置などの各種熱交換器に用いられる各種ステンレス鋼などの部材を接合するろう材に関するものであり、特に塩酸耐食性が要求される部材の接合に用いられるろう接用塩酸耐食合金に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、各種ステンレス鋼部材の接合で最もよく使用されているものに、JIS Z 3265:1998「ニッケルろう」に記載されるBNi-2、BNi-5、BNi-7があるが、BNi-2は濡れ、流れおよび拡がりなどのろう接性が悪い。また、Bを含有しているため、ろう接するとステンレス鋼基材の粒界内にBが進入して、基材の強度や耐食性が低下する。BNi-5はろう接性が悪いほか、他のNiろう材と比較して融点が高いため、熱影響によりステンレス基材に変形や劣化などの影響を及ぼす可能性がある。BNi-7は材料強度が低いため、ろう接した場合の接合強度が低いという問題がある。
【0003】
また、下記の特許文献1に示されるNi-Cr-Si-P系ろう材、特許文献2に示されるNi-Cr-B-Si-P系ろう材、特許文献3に示されるNi-Cr-Cu-Si-P系ろう材は、適度な融点と接合強度を有し、ろう接性に優れているが、塩酸に対する耐食性が低く、塩酸耐食性が要求される部材への適用には不適当である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-144080号公報
【特許文献2】特開2007-75867号公報
【特許文献3】特開2009-202198号公報
【0005】
現在、産業用に使用されている各種Niろう材には、耐熱・耐酸化性、耐食性、適度な融点、ろう接性、接合強度などが要求され、その全てを兼ね備えたろう材が存在しないことから、使用環境に応じてNiろう材は使い分けられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に、Niろう材は接合強度と耐熱性および耐食性を備えたろう材として、現在、各種の熱交換器に広く用いられている。そして、その熱交換器のひとつに、排気ガス再循環システム用のEGRクーラーが挙げられ、近年の環境負荷低減の観点から、EGRクーラーの適応範囲が拡大している。
【0007】
このEGRクーラーには接合強度と耐酸化性と耐硫化腐食性が要求されるため、現在、BNi-2、BNi-5や特許文献1に示されるNi-Cr-Si-P系ろう材、特許文献2に示されるNi-Cr-B-Si-P系ろう材、特許文献3に示されるNi-Cr-Cu-Si-P系ろう材などが使用されている。しかしながら、その使用環境は、近年厳しさを増しており、特に不純物の多い燃料を使用した場合には、耐酸化性、耐硫化腐食性以外に塩酸腐食が生じるため、塩酸耐食性に優れたNiろう材の開発が課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明では、塩酸耐食性に優れたNiろう材の開発を行うための合金組成の検討にあたっては、下記の目標値を設定し、これを全て満足することを条件とした。
(目標値)
(1) 液相線温度〔融点〕が1130℃以下であること
(2) 抗折力〔材料強度〕が500N/mm2以上であること
(3) ろう接性〔SUS304に対する濡れ拡がり試験〕において、ろう付後の濡れ拡がった面積が110mm2以上であること
(4) 塩酸耐食性〔10%塩酸に対する腐食減量〕が3.0mg/m2・s以下であること
【0009】
上記の目標値(1)〜(4)を全て満足する本発明のろう接用塩酸耐食合金は、その組成が質量%で、Moを6.0〜18.0%、Crを10.0〜25.0% 、Siを0.5〜5.0%、Pを4.5〜8.0%含み、残部が40.0〜73.0%のNiおよび不可避不純物からなり、SiとPの合計が6.5〜10.5%であることを特徴とする。
ここで、不可避不純物とは、意図的に添加していないのに、各原料の製造工程等で不可避的に混入する不純物のことであり、このような不純物としては、Mg, S, O, N, V, Zr, Snなどが挙げられ、これらの総量は通常0.3質量%以下であり、本発明の作用に影響を及ぼす程ではない。
【0010】
また、本発明は、上記の特徴を有するろう接用塩酸耐食合金において、Cuを12.0質量%以下含有することを特徴とするものでもある。
【0011】
さらに、本発明は、上記の特徴を有するろう接用塩酸耐食合金において、さらにCoを20.0質量%以下、Feを15.0質量%以下、Wを8.0質量%以下、Mnを5.0質量%以下、C、B、Al、Ti、Nb合計0.5質量%以下含有し、これらの合計が20.0質量%以下であることを特徴とするものでもあり、これらの添加元素は、上記の目標値(1)〜(4)の特性に影響を及ぼさない
【0012】
次に、本発明に係わる塩酸耐食合金の各成分範囲を限定した理由を述べる。
【0013】
Moは、基質(マトリックス)となるNi固溶体に固溶して、塩酸耐食性を向上させる効果があるが、含有量が6.0質量%(以下、%と記す)未満では十分な効果が得られない。また、18.0%を超えるとPと金属間化合物を多量に形成して強度が低下し、目標とする抗折力(500N/mm2以上)が得られない。このため、Moの含有量は6.0〜18.0%の範囲に定めた。
【0014】
Crは、Ni固溶体に固溶し、耐熱・耐酸化性や強度を向上させ、さらに融点の調整に寄与するが、10.0%未満では、目標とする材料強度が得られないほか、固相線温度が低くなり、固相線と液相線の温度幅が広がって、ろう接の時に溶け分かれが生じる。また、25.0%を超えると塩酸に対する耐食性が著しく低下するため、Crの含有量は10.0〜25.0%の範囲に定めた。
【0015】
Siは、Niとの共晶反応により、合金の融点を低下させる効果があるが、含有量が0.5%未満では、十分な効果が得られず、目標の液相線温度(1130℃以下)を超える。また、5.0%を超えると過共晶となり、大幅に材料強度が低下して、目標とする抗折力が得られない。このため、Siの含有量は0.5〜5.0%の範囲に定めた。
【0016】
PはSiと同様に、Niと共晶反応により、合金の融点を低下させ、さらに、ろう接性を向上させるが、4.5%未満では、融点やろう接性の面で十分な効果が得られない。また、8.0%を超えると過共晶となり、大幅に強度が低下して、目標とする抗折力が得られない。このため、Pの含有量は4.5〜8.0%の範囲に定めた。
【0017】
さらにSi、Pに関しては、Si+Pの量を限定することで特に融点と材料強度を制御することができる。すなわち、Si+Pが6.5%未満では融点が高くなり、目標とする液相線温度を超える。また、Si+Pが10.5%を超えると、過共晶となり、大幅に強度低下して、目標とする抗折力が得られない。このため、Si+Pは6.5〜10.5%の範囲に定めた。
【0018】
Cuは、Ni固溶体に固溶して耐食性を向上させるが、12.0%を超えると材料強度が低下して、目標とする抗折力が得られないため、Cuは12.0%以下とした。
【0019】
本発明のろう接用塩酸耐食合金において、物性に悪影響を及ぼさない添加元素として、Coを20.0%以下、Feを15.0%以下、Wを8.0%以下、Mnを5.0%以下、C、B、Al、Ti、Nbを合計で0.5%以下含むことができるが、塩酸耐食性、融点、材料強度、ろう接性を損なわないようにするため、Co、Fe、W、Mn、C、B、Al、Ti、Nbの合計量の上限値を20.0%に定めた。
【発明の効果】
【0020】
本発明のNiろう材は、以下の特徴を有しているので、塩酸耐食性を有したNiろう材として広範囲な用途への適応が可能となる。
(1) 液相線温度が1130℃以下であるので、汎用の産業用雰囲気炉を用いたろう接施工が可能である。
(2) 抗折力は500N/mm2以上を有しており、Niろう材として適度な強度を備えている。
(3) SUS304に対するろう付後の濡れ拡がり面積が110mm2以上で、ろう接時のろう材が基材表面で良く濡れ、流れ、拡がるため、ろう接における作業性が優れている。
(4) 10%塩酸(60℃)腐食試験において、腐食減量が3.0mg/m2・s以下であり、塩酸に対する耐食性が優れている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の合金は、ベースとなるNiと、添加成分のMo、Cr、Si、Pを調整・配合し、必要に応じてCu、Fe、Co、Mnなどが所定の質量%になるように添加した地金を、溶解炉のルツボ内で完全に溶解した後、溶融合金をアトマイズ法や溶融粉砕法により粉末とするか、所定の型に鋳造して棒状や板状にして、得ることができる。
【0022】
特にアトマイズ法で製造した合金粉末は、目的の施工方法に適した粒度に調整されるが、ステンレス鋼基材に本発明ろう材を設置する方法として、基材面にバインダと粉末をふりかけ塗布(散布)する方法、バインダと粉末を混合したペースト状にして塗布する方法、シート状あるいは箔状に加工して設置する方法、粉末を溶射して設置する方法などが選択できる。
【実施例】
【0023】
上記のように調整・配合した本発明の実施例合金および比較例合金を溶製し、以下に示す方法で、融点(液相線温度)、抗折力、濡れ拡がり性、塩酸に対する耐食性を評価した。
【0024】
(1)融点(液相線温度)測定;各合金の配合組成を有する100gの地金を、電気炉を用いアルゴン気流中で約1500℃まで加熱して溶解し、その後、炉内で自然冷却させながら合金の温度を連続的に測定する熱分析法により、融点温度を測定した。即ち、溶湯中央部に挿入した熱電対に連結する記録計に熱分析曲線を描かせ、その冷却曲線から液相線温度を読み取った。
【0025】
(2)抗折力試験;上記(1)と同じ方法で地金を溶解し、その溶湯を石英ガラス管に鋳造した後、約φ5×35mmに機械加工して、試験片とした。次に、抗折力試験冶具(三点支持、支持間距離25.4mm(JIS Z 2511:2006「金属粉―抗折試験による圧粉体強さ測定方法に記載される冶具」)に試験片を設置し、万能試験機により荷重をかけて破断したときの荷重を測定し、試験片形状と破断荷重から合金の抗折力(N/mm2)を算出した。
【0026】
(3)濡れ拡がり試験;上記(2)で得られた直径約5mmの丸棒を0.15g(約0.6mm厚さ)となるように切断し、試験片とした。次にアセトンにより脱脂したSUS304ステンレス鋼基材上に試験片を設置し、1150℃で30分間、10-3Pa領域の真空中でろう付熱処理を行った。ろう付熱処理後、ろう材が基材上に、濡れて流れ、拡がった面積を測定し、ろう接性(濡れ拡がり性)を評価した。
評価の指標を下記に示す。
『ろう付熱処理後の面積≧110mm2:○』
『ろう付熱処理後の面積<110mm2:×』
【0027】
(4)10%塩酸における腐食試験;上記(1)と同じ方法で地金を溶解し、その溶湯をシェル鋳型内に鋳造した後、この鋳造片を約10×10×20mmに機械加工して、試験片とした。次に300ccビーカー内に10%塩酸水溶液を用意し、その中に試験片を入れて、全浸漬法による腐食試験を行った。試験条件は、試験温度60℃、試験時間6時間とした。そして、試験前後の単位面積、単位時間あたりの質量減少量を算出して腐食減量(mg/m2・s)とし、塩酸に対する耐食性を評価した。
評価の指標を下記に示す。
『腐食減量≦3.0mg/m2・s:○』
『腐食減量>3.0mg/m2・s:×』
【0028】
表1に本発明の実施例を、表2および表3に比較例を示す。
【0029】
【表1】
【0030】
【表2】
【0031】
【表3】
【0032】
表2に示す比較例合金の(a)〜(o)は、本発明の請求範囲から外れた組成の合金である。比較例(a)はMoが請求範囲の下限を下回り、比較例(d)はCrが請求範囲の上限を上回ったもので、いずれも腐食減量が目標値を満足していない。比較例(b)はMoが請求範囲の上限を上回り、比較例(c)はCrが請求範囲の下限を下回ったもので、いずれも液相線温度が目標値を満足せず、比較例(b)は抗折力も低い。比較例(e)はSiが請求範囲の下限を下回り、且つSi+Pの合計が下限を下回ったもの、比較例(i)はPが請求範囲の上限を上回り、且つSi+Pの合計が上限を上回ったもので、いずれも液相線温度が目標値を満足せず、比較例(i)は抗折力も低い。比較例(f)、(j)は各添加元素は請求の範囲内だが、Si+Pの請求範囲を脱したもので、いずれも液相線温度が目標値を満足せず、比較例(f)は濡れ拡がり性が、比較例(j)は抗折力が目標を満たしていない。比較例(g)はSiが請求範囲の上限を上回り、抗折力が目標値を満足しない。比較例(h)はPが請求範囲の下限を下回り、且つNiの範囲が上限を上回ったもので、液相線温度が高く、濡れ拡がり性が目標値を満足しない。比較例(k)はCuが請求範囲の上限を上回り、抗折力が低い。比較例(l)〜(o)はその他の添加元素が請求範囲の上限を上回り、且つ、比較例(l)はNiの範囲が下限を下回ったもので、液相線温度、抗折力、濡れ拡がり性のいずれかが目標値を満足していない。
【0033】
表3に示す比較例合金の(A)、(B)、(C)は、JIS Z 3265に規定された代表的なNiろう材であり、比較例合金(D)〜(K)は、前記特許文献1、特許文献2、特許文献3にそれぞれ記載された合金である。比較例(A)は腐食減量と濡れ拡がり状態が目標値を満足しておらず、比較例(B)は液相線温度、腐食減量、濡れ拡がり性が目標値を満足していない。また、比較例(C)は抗折力が低い。そして、比較例(G)、(H)は抗折力が低いほか、比較例(D)〜(K)の全ての合金は、いずれも腐食減量が目標値を満足していない。
【0034】
これに対して、本発明の実施例合金1〜31は、表1からも明らかなように、液相線温度、抗折力、濡れ拡がり性と腐食減量のいずれも目標値を満足しており、ニッケルろう材として適度な融点、材料強度、ろう接性を有し、且つ優れた塩酸耐食性を備えている。
【0035】
なお、本発明の実施例合金はSUS304以外のオーステナイト系ステンレス鋼やフェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、さらには、インコネルやハステロイなどのNi基耐熱合金・耐食合金に対しても良好なろう接性を示す。
【0036】
また、ろう付雰囲気は真空のほか、還元性の水素雰囲気や不活性のアルゴン雰囲気中、あるいは窒素雰囲気でも良好なろう接性を示す。
【0037】
さらに、実施例合金は塩酸のほか、硫酸や硝酸など各種の酸やアンモニア水などに対しても良好な耐食性を有しており、特にCuを添加した実施例合金では、硫酸に対する耐食性を著しく向上させる。
【産業上の利用可能性】
【0038】
以上、述べたように、本発明のNiろう材は融点、強度、耐食性に優れ、各種ステンレス鋼やNi合金部材のろう付において、ろう接性が良好であることから、EGRクーラーに限らず、広く環境・エネルギー関連の熱交換器や給湯部品などのろう付装置部品を製造するための接合材料として、広く活用できる。