【0022】
また、本発明において「麻黄を構成生薬として含有する漢方薬」としては、例えば、
鳥頭湯(うずとう)、鳥薬順気湯(うやくじゅんきとう)、越婢湯(えっぴとう)、華蓋散料(かがいさんりょう)、葛根加半夏湯(かっこんかはんげとう)、甘草麻黄湯(かんぞうまおうとう)、桂姜棗草黄辛附湯(けいきょうそうそうおうしんぶとう)、桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいっとう)、厚朴麻黄湯(こうぼくまおうとう)、五虎二陳湯(ごこにちんとう)、柴葛解肌湯(さいかつげきとう)、小続命湯(しょうぞくめいとう)、続命湯(ぞくめいとう)、大青竜湯(だいせいりゅうとう)、射干麻黄湯(やかんまおうとう)、越婢加半夏湯(えっぴかはんげとう)、
葛根解肌湯(かっこんげきとう)、葛根続命湯(かっこんぞくめいとう)、還魂湯(かんこんとう)、款冬花丸(かんとうかがん)、行気香蘇散(こうきこうそさん)、
桂枝二麻黄一湯(けいしにまおういっとう)、古今録験麻黄湯(ここんろくけんまおうとう)、五積交加散(ごしゃくこうかさん)、五粒回春丹(ごりゅうかいしゅんたん)、小青竜湯加石膏(しょうせいりゅうとうかせっこう)、大続命湯(だいぞくめいとう)、知母麻黄湯(ちもまおうとう)、定喘湯(ていぜんとう)、独活葛根湯(どっかつかっこんとう)、独活湯(どっかつとう)、半夏麻黄丸(はんげまおうがん)、白虎続命湯(びゃっこぞくめいとう)、風引湯(ふういんとう)、附子続命湯(ぶしぞくめいとう)、麻黄加朮湯(まおうかじゅつとう)、麻黄丸(まおうがん)、
麻黄甘草附子湯(まおうかんぞうぶしとう)、麻黄キョウ活湯(まおうきょうかつとう)、
麻黄桂枝湯(まおうけいしとう)、麻黄五味湯(まおうごみとう)、麻黄散(まおうさん)、麻黄升麻湯(まおうしょうまとう)、麻黄蒼朮湯(まおうそうじゅつとう)、麻黄続命湯(まおうぞくめいとう)、麻黄人参芍薬湯(まおうにんじんしゃくやくとう)、麻黄附子甘草湯(まおうぶしかんぞうとう)、麻黄防風湯(まおうぼうふうとう)、麻黄連ショウ赤小豆湯(まおうれんしょうしゃくしょうずとう)、麻桂飲(まけいいん)、麗沢通気散(れいたくつうきさん)等を例示することができる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例〕
本発明者らは麻黄湯の標的分子の探索を行い、麻黄湯がHGF-METシグナリングを強力に抑制することを発見した。HGF-METシグナリングよって誘導される現象(細胞増殖、細胞運動、及び細胞分散など)は、癌細胞の種類によって異なることから、METを発現しているヒト癌細胞株3種(肝臓癌細胞株HepG2細胞及び HuH-7細胞、乳癌細胞株MDA-MB-231細胞)を用いて解析した。また、実験に用いた漢方薬エキスは、ヒトの一日量(常用量)の漢方処方に精製水600 mlを加えて、容量が300 mlになるまで煎じ、そのエキスを凍結乾燥した粉末を培地に溶かして濾過滅菌して用いた。麻黄湯の添加濃度は、これまでの研究で細胞毒性がなく、かつ癌細胞の運動能を80%抑制した100 μg/mlの濃度を用いた(Hyuga, S., et al., Mao-to, a Kampo medicine, inhibits migration of highly metastatic osteosarcoma cells, J. Trad. Med., 21(4), 174-181 (2004))。構成生薬の「麻黄(Mao)」及び麻黄抜き麻黄湯である「麻黄湯−麻黄(Maoto-Mao)」、対照処方の「四君子湯(Shikunshito)」及び「十全大補湯(Juzentaihoto)」の添加濃度は、表1のエキス量の割合から換算した。
【0033】
【表1】
【0034】
(1) BALB/cマウスに水、麻黄湯エキス10 mg、あるいは四君子湯エキス19 mgを朝夕2回経口投与し、3日目の夕方に餌を除いた。4日目朝に経口投与し、2時間後に全採血し、マウス血清 (MS) を得た。以降、水投与マウス血清はWater-MS、麻黄湯投与マウス血清はMaoto-MS、四君子湯投与マウス血清はShikunshito-MSと記す。これらの血清を1%含有するDMEM培地中で、ヒト肝臓癌細胞株HepG2細胞を48時間培養すると、島状に増殖した(
図1)。一方、100 ng/ml HGFを添加したWater-MS及びShikunshito-MS含有DMEM 培地で48時間培養すると、HepG2細胞の細胞分散が観察された。しかし、Maoto-MS含有DMEM培地では、HGFを添加しても細胞分散が観察されなかった(図 1)。
これらの結果から、麻黄湯を経口投与したマウスの血清中には、HGFにより誘導される細胞分散を抑制する成分が含まれていることが明らかとなった。
【0035】
(2) 麻黄湯が、HGFにより誘導されるHepG2細胞の細胞分散を抑制するかを確かめるために、麻黄湯の添加実験を行った。HepG2細胞を1%牛胎児血清(FCS)含有DMEM培地中で48〜72時間培養すると島状に増殖し、100 ng/ml HGFを添加した1% FCS含有DMEM培地中で培養すると細胞分散が観察された(
図2)。一方、100μg/ml麻黄湯の存在下では、HepG2細胞のHGFで誘導される細胞分散が抑制された。さらに、麻黄湯の構成生薬である麻黄40 μg/mlの存在下では、麻黄湯と同様にHGFで誘導される細胞分散が抑制された。しかし、麻黄湯から麻黄を除いた「麻黄湯−麻黄」を57 μg/mlの濃度で添加しても、あるいは、対照処方の四君子湯を190 μg/mlの濃度で添加しても、HGFで誘導される細胞分散は抑制されなかった。
これらの結果から、HGFで誘導されるHepG2細胞の細胞分散は、麻黄湯および麻黄によって抑制され、麻黄湯から麻黄を除いた処方では、その抑制効果が消失したことから、麻黄湯による細胞分散の抑制効果は、構成生薬の麻黄に由来することが明らかになった。
【0036】
(3) HGFで誘導されるHepG2細胞の細胞分散は、HGFが細胞膜表面に発現している受容体METに結合し、METの2量体化が誘導され、自己リン酸化によってMETの細胞内ドメインのチロシン残基がリン酸化され、下流にシグナルが伝達されることによって生じる。そこで、HepG2細胞の発現しているMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるかを調べた。予備検討において、HepG2細胞のMETは、HGF刺激後5分で最も強くリン酸化されることを確認した。HepG2細胞に各漢方薬と100 ng/ml HGFを添加し、5分間培養後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体を用いて免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色し、METのリン酸化の程度を調べた。その結果、麻黄湯あるいは麻黄の添加により、METのチロシンリン酸化は強く抑制された。また、対照処方の四君子湯や麻黄の主成分であるエフェドリンは、METのチロシンリン酸化に影響を与えなかった(
図3)。さらに、HGFによるMETチロシンリン酸化は、麻黄湯あるいは麻黄の添加濃度依存的に抑制された(
図4)。
これらの結果から、麻黄湯および麻黄は、HGFで誘導されるMETのチロシンリン酸化を抑制することにより、細胞分散を抑制していることが明らかとなった。
【0037】
(4) 麻黄湯および麻黄は、METに作用しているのかを確かめるために、HepG2細胞を各漢方薬で前処理した後、HGFによって誘導されるMETのチロシンリン酸化を調べた。100 μg/ml麻黄湯、40 μg/ml麻黄、57 μg/ml「麻黄湯−麻黄」、190 μg/ml 四君子湯あるいは、377 μg/ml 十全大補湯をHepG2細胞に添加し、10分間インキュベートした後、各漢方薬溶液を除去し、DMEM培地で細胞を洗浄した。この細胞に、100 ng/ml HGFを添加し、5分間インキュベートした後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体で免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色した。その結果、麻黄湯あるいは麻黄の前処理により、METのチロシンリン酸化が強力に抑制されたが、「麻黄湯−麻黄」、四君子湯、あるいは、十全大補湯の前処理では、METのチロシンリン酸化は抑制されなかった(
図5)。
これらの結果から、麻黄湯あるいは麻黄は癌細胞表面に発現しているMETに作用して、チロシンリン酸化を抑制し、HGF-METシグナルを抑制していることが明らかとなった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0038】
(5) 麻黄によるMETのチロシンリン酸化の抑制効果を詳細に検討するため、種々の濃度の麻黄を前処理したHepG2細胞におけるMETのチロシンリン酸化の程度を調べた。METチロシンリン酸化の検出は、上記(4)と同様に行い、NIHイメージによってチロシンリン酸化強度及びMET発現強度を定量した。各細胞におけるMETのチロシンリン酸化の程度は、リン酸化強度をMET発現強度で補正して評価した。その結果、麻黄の前処理濃度に依存して、HGFで誘導されるMETのリン酸化チロシン量は低下し、麻黄のIC50は10μg/mlであった(
図6)。
麻黄は種々の成分を含有する混合物であるにも関わらず、IC50が低濃度であること、また、麻黄とHepG2細胞をわずか10分間インキュベートしただけでリン酸化阻害効果が得られることから、麻黄中にはMETのチロシンリン酸化を強力に抑制する分子が存在することが明らかとなった。
【0039】
(6) ヒト肝臓癌細胞株HuH-7細胞の増殖は、1%FCS-DMEM培地に種々の濃度のHGFを添加して、3日間培養した後に、細胞数をCell Counting Kitで検出することにより調べた。その結果、HGF濃度依存的に細胞増殖が誘導され、20 ng/ml HGFによって最も細胞増殖が促進された(
図7A)。20 ng/ml HGFの存在下に種々の濃度の麻黄湯をHuH7細胞に添加し3日間培養すると、麻黄湯の濃度に依存して細胞増殖が抑制された(
図7B)。さらに、20 ng/ml HGFの存在下に100 μg/ml麻黄湯、もしくは40 μg/ml麻黄の添加は、HGFにより誘導される細胞増殖を有意に抑制するが、57 μg/ml「麻黄湯−麻黄」および190 μg/ml四君子湯の添加は、細胞増殖に影響を与えなかった(
図8)。
これらの結果から、麻黄湯及び麻黄はHGFで誘導されるHuH-7細胞の増殖を抑制することが明らかになった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0040】
(7) HGFにより誘導されるHuH-7細胞のMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるのかどうかを調べた。予備検討において、HuH-7細胞のMETは、HGF刺激後10分で最も強くリン酸化されることを確認した。100 μg/ml麻黄湯、40 μg/ml麻黄、57 μg/ml「麻黄湯−麻黄」、あるいは190 μg/ml 四君子湯をHuH-7細胞に添加し、20分間インキュベートした後、各漢方薬溶液を除去し、DMEM培地で細胞を洗浄した。そして、20 ng/ml HGFを添加し、10分間インキュベートした後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体で免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色した。その結果、麻黄湯あるいは麻黄による細胞の前処理により、METのチロシンリン酸化は強力に抑制されるが、「麻黄湯−麻黄」あるいは四君子湯の前処理では、METリン酸化は抑制されなかった(
図9)。
これらの結果から、麻黄湯あるいは麻黄はHuH-7細胞が発現しているMETに作用して、チロシンリン酸化を抑制することにより、HGFによって誘導される細胞増殖を抑制していることが明らかになった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0041】
(8) HGFで誘導される細胞運動が、麻黄湯あるいは麻黄で抑制されるかを調べた。トランスウエルの上部ウエルに50000個のヒト乳癌細胞株MDA-MB-231細胞を加え、下部ウエルには50 ng/ml HGFを添加して、24時間インキュベーションした後、下部ウエルに移動した細胞数を数えることで運動能の指標とした。下部ウエルへHGFを含まないDMEM培地を添加すると(コントロール)、MDA-MB-231細胞はほとんど下部ウエルへ移動しないが、下部ウエルへ50 ng/ml HGFを添加すると有意に運動能が誘導された(
図10)。一方、上部ウエルに100 μg/ml 麻黄湯あるいは麻黄を40 μg/ml添加すると、運動能はコントロールレベルまで低下したが、対照処方の四君子湯200 μg/mlを上部ウエルに添加しても、HGFによって誘導される運動能に対する影響は観察されなかった(
図10)。
これらの結果から、HGFによって誘導されるMDA-MB-231細胞の運動は、麻黄湯とその構成生薬の麻黄によって抑制されることが明らかになった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0042】
(9) HGFによって誘導されるMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるのかを調べた。予備検討において、MDA-MB-231細胞のMETは、HGF刺激後20分で最も強くリン酸化されることを確認した。MDA-MB-231細胞に各漢方薬と50 ng/ml HGFを添加し、20分間培養後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体を用いて免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色し、METのリン酸化の程度を調べた。その結果、麻黄湯あるいは麻黄の添加により、METのチロシンリン酸化は強く抑制されたが、対照処方の四君子湯は、METのチロシンリン酸化に影響を与えなかった(
図11)。
これらの結果から、麻黄湯および麻黄は、HGFにより誘導されるMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化を抑制することにより、運動能を抑制していることが明らかとなった。
【0043】
(10) 麻黄湯あるいは麻黄が、MDA-MB-231細胞のMET発現に与える影響について調べた。100 μg/ml麻黄湯、40 μg/ml麻黄あるいは190 μg/ml 四君子湯をMDA-MB-231細胞に添加し、24時間インキュベートした後、各漢方薬溶液を除去し、DMEM培地で細胞を洗浄した。そして、50 ng/ml HGFを添加し、10分間インキュベートした後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体で免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色した。その結果、麻黄湯あるいは麻黄による細胞の24時間前処理により、MET発現は低下し、見かけ上、METのチロシンリン酸化も低下したが、四君子湯の24時間前処理は、MET発現及びチロシンリン酸化に影響を与えなかった(
図12)。
これらの結果から、麻黄湯あるいは麻黄は、短時間処理ではMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化を抑制し、長時間処理ではMETの発現を低下させることが明らかになった。一方、HepG2細胞あるいはHuH-7細胞を麻黄湯あるいは麻黄で24時間処理しても、METの発現は変化せず、チロシンリン酸化のみ抑制された。したがって、麻黄湯あるいは麻黄は、細胞種によってはMETの発現を抑制しうることが明らかとなった。
【0044】
以上の結果から、麻黄湯はMET発現癌細胞のMETチロシンリン酸化を抑制することにより、HGFによって誘導される様々な現象(細胞分散、細胞増殖、及び運動能など)を抑制することが明らかとなった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。すなわち、麻黄はMET阻害剤として利用可能であると結論付けた。さらに、癌細胞種によっては、METの発現レベルを抑制させることも明らかになった。