特許第5786164号(P5786164)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5786164
(24)【登録日】2015年8月7日
(45)【発行日】2015年9月30日
(54)【発明の名称】麻黄を成分とするMET阻害剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/17 20060101AFI20150910BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20150910BHJP
   A61P 35/04 20060101ALI20150910BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20150910BHJP
【FI】
   A61K36/17
   A61P35/00
   A61P35/04
   A61P43/00 111
【請求項の数】3
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2009-86363(P2009-86363)
(22)【出願日】2009年3月31日
(65)【公開番号】特開2010-235529(P2010-235529A)
(43)【公開日】2010年10月21日
【審査請求日】2012年2月16日
【審判番号】不服2014-2253(P2014-2253/J1)
【審判請求日】2014年2月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】597128004
【氏名又は名称】国立医薬品食品衛生研究所長
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100091638
【弁理士】
【氏名又は名称】江尻 ひろ子
(72)【発明者】
【氏名】花輪 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】日向 須美子
(72)【発明者】
【氏名】日向 昌司
【合議体】
【審判長】 蔵野 雅昭
【審判官】 横山 敏志
【審判官】 渕野 留香
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−119148(JP,A)
【文献】 J.Trad.Med.,2004,21,174−181
【文献】 J.Trad.Med.,2007,24,168−172
【文献】 日本生薬学会第54回(2007年)年会講演要旨集,2007,第246頁[2P−C15]欄
【文献】 Phytother Res.,2003,17(1),70−76
【文献】 Clin Cancer Res.,2004,10(19),6686−6694
【文献】 Cancer Res.,2007,67(9),4408−4417
【文献】 Cancer Sci.,2003,94(4),321−327
【文献】 医学のあゆみ,2008,224(1),51−54
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K36/00−36/9068
A61P35/00
A61P35/04
A61P43/00
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
麻黄を有効成分とするMET阻害剤
【請求項2】
麻黄を構成生薬として含有する漢方薬を有効成分とするMET阻害剤であって、前記漢方薬が、鳥頭湯、鳥薬順気湯、越婢湯、越婢加朮湯、華蓋散料、葛根湯、葛根湯加川キュウ辛夷、葛根加半夏湯、甘草麻黄湯、桂姜棗草黄辛附湯、桂枝芍薬知母湯、桂枝二越婢一湯、桂枝麻黄各半湯、厚朴麻黄湯、五虎湯、五虎二陳湯、五積散、柴葛解肌湯、小青竜湯、小続命湯、神秘湯、続命湯、大青竜湯、独活葛根湯、防風通聖散、麻黄湯、麻黄附子細辛湯、麻杏甘石湯、麻杏ヨク甘湯、射干麻黄湯、ヨク苡仁湯、または麗沢通気散である、MET阻害剤
【請求項3】
麻黄の起源植物がエフェドラシニカ(Ephedra sinica)、エフェドラインターメディア(Ephedra intermedia)、もしくはエフェドラエクイセティナ(Ephedra equisetina)である、請求項1に記載のMET阻害剤
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、麻黄もしくは麻黄を含有する漢方薬を成分とするMET阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
METは、胃癌、大腸癌、肺癌、卵巣癌、乳癌、骨肉腫、脳腫瘍など種々の癌細胞表面に発現している受容体チロシンキナーゼで、そのリガンドである肝細胞増殖因子(HGF)は、間葉系細胞由来の液性因子で血清中に存在するが、癌細胞自身が産生することで、オートクリン因子として悪性化に関与することもある。すなわち、HGFとMETの結合によって活性化されるシグナルは、癌細胞の増殖、運動能、細胞分散、アポトーシスからの保護、生存、血管新生を促進することで、癌細胞の増殖、浸潤及び転移の鍵となる。したがって、MET阻害剤は、HGFを介した癌細胞の増殖、浸潤及び転移を阻害する医薬品として応用可能であると期待される。現在、医薬品として上市されたものは存在しないが、ファイザー社、メルク社などがMET阻害剤の第1相臨床試験あるいは第2相臨床試験を行っている(非特許文献1)。また、最近、肺癌の分子標的薬であるGefitinibの耐性発現にMET発現の亢進が関与しているとういう報告や、METを阻害することでGefitinib感受性が回復したという報告がある(非特許文献2)。このように、癌治療における新規な医薬品として、MET阻害剤の開発は、急務の課題として注目されている。
しかし、麻黄がMET阻害活性を有することは、これまでのところ知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Paolo,M., et al., Drug development of MET inhibitors: targeting oncogene addiction and expedience, Nature Reviews: Drug Discovery, 7, 504-516,(2008)
【非特許文献2】J. A. Engelman, et al., MET amplification leads to Gefitinib resistance in lung cancer by activating ERBB3 signaling, Science, 316, 1039-1043 (2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、新規MET阻害剤の提供を課題とする。より詳しくは、麻黄、もしくは麻黄を構成生薬として含有する漢方薬を成分とするMET阻害剤の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決すべく本発明者らは鋭意研究を行い、麻黄湯が新たな癌の分子標的として注目を集めているMETの活性を阻害することを初めて見出した。また、麻黄湯の構成生薬の麻黄がMET阻害作用を有することも突き止めた。すなわち、麻黄および麻黄由来の成分は、MET発現癌に対して有効な癌治療薬となることを見出した。
【0006】
本発明者は、麻黄もしくは麻黄を構成生薬として含む漢方薬が、MET阻害剤としての新たな用途を有することを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
本発明は、麻黄もしくは麻黄を構成生薬として含有する漢方薬を成分とするMET阻害剤に関し、より具体的には
〔1〕 マオウ科植物、または該植物を起源植物とする生薬を有効成分とするMET阻害剤、
〔2〕 前記生薬が麻黄である、〔1〕に記載のMET阻害剤、
〔3〕 麻黄を構成生薬として含有する漢方薬を有効成分とするMET阻害剤
を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明者らはこれまでに、漢方薬による癌の再発を防止する治療法の開発を目指して、癌細胞の転移を抑制するような処方をスクリーニングしてきた。漢方薬は経口投与が中心であることから、種々の漢方薬を経口投与したマウスの血清を用いて、癌転移と相関性の高い癌細胞の運動能に着目し、その抑制効果を指標にスクリーニングを行ってきた。その結果、麻黄湯を経口投与したマウスの血清中に強い運動能抑制活性があることを見出し、さらに麻黄湯を正常マウス血清に添加しても同様な活性があることから、麻黄湯中に癌細胞の運動能を抑制する活性が存在することを見出した。また、この癌細胞の運動能抑制活性は構成生薬の麻黄に由来していることも突き止めた(Hyuga, S., et al., Mao-to, a Kampo medicine, inhibits migration of highly metastatic osteosarcoma cells, J. Trad. Med., 21(4), 174-181 (2004))。さらに、自然転移モデルマウスを作成し、麻黄湯の経口投与が転移を抑制するかどうかを調べたところ、水投与マウスやコントロールの十全大補湯投与マウスは、肝臓へ多数の転移巣を形成したのに対して、麻黄湯投与マウスは、肝臓への転移を80%抑制した(Hyuga, S., et al.: Maoto, Kampo medine, suppresses the metastatic potential of highly metastatic osteosarcoma cells, J. Trad. Med., 24, 51-58 (2007))。麻黄湯の作用機構は、これまで漢方薬の作用の中心と考えられてきた免疫賦活化作用ではなく、癌細胞の運動能の抑制、MMPsの活性化、TIMPs遺伝子の発現増加、COX-2遺伝子の発現低下など、癌の転移過程を直接抑制する作用によるものであることを明らかにした(Hyuga, S., et al, Maoto, Kampo medicine, induces the alteration of metastatic-related gene expression in metastatic cells, 67th Annual Meeting of the Japanese Cancer Association, October 28-30, 2008, Nagoya)。
【0009】
しかし、これらの作用発現に至るシグナル伝達経路は複数存在し、また、そのシグナルを受ける細胞膜上の受容体も複数存在することから、麻黄がMET阻害作用を有すると想到することは当業者であっても困難であった。
【0010】
また、麻黄湯内服後の健常人ボランティアの血清中に、ヒト癌細胞の運動能抑制効果があることを見出した。最近、旭川医科大学の佐賀らは、腎臓癌の標準的治療であるINF-αに麻黄湯を併用することで、INF-αの副作用である発熱を低下させるだけでなく、抗腫瘍効果も増強させることを報告しており(佐賀 祐司ら、マウス腎細胞癌に対するインターフェロン-αと麻黄湯の併用効果、第45回 日本癌治療学会総会、2007年)、麻黄湯の癌治療への期待が高まってきている。
【0011】
麻黄湯は、これまでの漢方薬のような免疫賦活化作用によって抗癌作用を示すのではなく、癌細胞の運動能や浸潤能を抑制することによって癌の転移を抑制する。したがって、免疫賦活化剤のようにどのような種類の癌にも効果があるわけではないと予想された。したがって、麻黄湯の標的分子を明らかにすることは、麻黄湯が有効な癌を予測するために解決しなければならない課題であった。また、麻黄湯の構成生薬の役割を明らかにすることで、麻黄湯の処方比率の変更、さらには、他の漢方処方においても同等の効果を期待できるかを予測することは、臨床応用上極めて意義深いものと考えられる。
【0012】
本発明者は、麻黄がMET チロシンリン酸化を阻害することでHGF-METシグナリングを強力に抑制し、MET発現癌細胞の増殖、浸潤、及び転移を抑制することを見出した。したがって、本発明は、麻黄、及び麻黄を含む漢方薬・サプリメント・伝統医薬品等をMET阻害剤として利用可能であること、すなわち、METに依存した各種疾患の治療薬や予防薬、もしくはそれらの医薬品原料としての麻黄の利用法を提供するものであり、その代表的な利用法はMET発現癌の分子標的治療薬である。
【0013】
また、麻黄は、我が国の健康保険薬価収載漢方処方として15処方(超婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)、葛根湯(かっこんとう)、葛根湯加川キュウ辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)、桂枝芍薬知母湯(けいししゃくやくちもとう)、桂枝麻黄各半湯(けいしまおうかくはんとう)、五虎湯(ごことう)、五積散(ごしゃくさん)、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、神秘湯(しんぴとう)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、麻黄湯(まおうとう)、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、麻杏ヨク甘湯(まきょうよくかんとう)、ヨク苡仁湯(よくいにんとう))に含まれる生薬であることから、MET阻害を新規な薬効として追加した漢方処方を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】各種血清を1%含有するDMEM培地中で、ヒト肝臓癌細胞株HepG2細胞を48時間培養した結果を示す顕微鏡写真である。水投与マウス血清は「Water-MS」、麻黄湯投与マウス血清は「Maoto-MS」、対照処方である四君子湯投与マウス血清は「Shikunshito-MS」と表す。麻黄湯を経口投与したマウスの血清は、HGFにより誘導されるHepG2細胞の細胞分散を抑制した。
図2】HGFにより誘導されるHepG2細胞の細胞分散を麻黄湯が抑制するか否かの確認のための、麻黄湯の添加実験の結果を示す写真である。麻黄湯あるいは麻黄はHGFにより誘導されるヒト肝臓癌細胞HepG2細胞の細胞分散を抑制した。
図3】麻黄湯あるいは麻黄のMETチロシンリン酸化活性に与える影響を調べた実験の結果を示す写真である。麻黄湯あるいは麻黄はHGFにより誘導されるHepG2細胞のMETのチロシンリン酸化を抑制した。
図4】麻黄湯あるいは麻黄の濃度依存的METチロシンリン酸化抑制活性の評価実験の結果を示す写真である。麻黄湯あるいは麻黄の添加濃度依存的にMETのリン酸化が抑制された。
図5】HepG2細胞を各漢方薬で前処理した後、HGFによって誘導されるMETのチロシンリン酸化を調べた実験の結果を示す写真である。麻黄湯あるいは麻黄で前処理したHepG2細胞のMETは、HGFによりチロシンリン酸化がほとんど誘導されなかった。
図6】種々の濃度の麻黄を前処理したHepG2細胞のMETリン酸化の程度を調べた結果を示す写真および図である。麻黄の前処理濃度依存的にHGFによって誘導されるMETのチロシンリン酸化は抑制され、そのIC50 は10μg/mlであった。
図7】麻黄湯がHGFにより誘導されるヒト肝臓癌細胞株HuH-7細胞の増殖に与える影響を調べた実験の結果を示す図である。麻黄湯はHGFにより誘導されるHuH-7細胞の増殖を抑制した。
図8】麻黄湯あるいは麻黄がHGFで誘導されるHuH-7細胞の増殖に与える影響を調べた実験の結果を示す図である。麻黄湯および麻黄はHGFで誘導されるHuH-7細胞の増殖を抑制した。
図9】HGFにより誘導されるHuH-7細胞のMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるかについて調べた実験の結果を示す写真である。麻黄湯および麻黄はHGFで誘導されるHuH-7細胞のMETのチロシンリン酸化を抑制した。
図10】HGFによって誘導されるヒト乳癌細胞株MDA-MB-231細胞の運動能が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるかについてトランスウエルを用いて解析した結果を示す図である。麻黄湯あるいは麻黄はHGFにより誘導されるMDA-MB-231細胞の運動能を抑制した。
図11】HGFによって誘導されるMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるかについて調べた実験結果を示す写真である。麻黄湯あるいは麻黄はHGFによって誘導されるMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化を抑制した。
図12】麻黄湯あるいは麻黄が、MDA-MB-231細胞のMET発現に与える影響について調べた実験の結果を示す写真である。麻黄湯あるいは麻黄はMDA-MB-231細胞のMETの発現を低下させた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
METは、胃癌、大腸癌、肺癌、卵巣癌、乳癌、骨肉腫、脳腫瘍など種々の癌細胞表面に発現している受容体チロシンキナーゼで、そのリガンドはHGF(肝細胞増殖因子)である。HGFとMETの結合によって活性化されるシグナルは、増殖、運動能、細胞分散、アポトーシスからの保護、血管新生を促進することから、癌細胞の増殖、浸潤及び転移に深く関わっている。最近、METを標的とした癌の分子標的治療薬の開発が注目されているが、まだ、医薬品となっているものはない。
【0016】
本発明者は、麻黄湯、及びその構成生薬の麻黄がHGF-METシグナリングを強力に抑制することを発見した。METを発現しているヒト癌細胞株3種(肝臓癌細胞株HepG2細胞及びHuH-7細胞、乳癌細胞株MDA-MB-231細胞)を用いて、HGF-METシグナリングによって誘導される、細胞運動、細胞分散、及び細胞増殖について調べたところ、麻黄湯あるいは麻黄の添加によっていずれも強力に抑制された。また、HGFとMETの結合で生じるMET細胞内ドメインのチロシンリン酸化が、麻黄湯の添加により強く抑制されることが明らかになった。また、構成生薬の麻黄について、METリン酸化抑制効果を調べたところ、低濃度で強力にリン酸化を抑制することを見出し、IC50値は10μg/mlであった。さらに、麻黄抜き麻黄湯ではMETリン酸化抑制効果は消失したことから、HGF-METシグナリング抑制効果を担っているのは麻黄であることが明らかになった。さらに、癌細胞種によっては、麻黄湯あるいは麻黄によって、METの発現レベルが抑制されることも明らかになった。これらの結果から、麻黄はHGF-METシグナリングをブロックすることにより、MET発現癌細胞の増殖、浸潤及び転移を抑制することがわかった。
【0017】
本発明は、麻黄もしくは麻黄を構成生薬として含有する漢方薬(漢方処方)を有効成分とするMET阻害剤(本明細書において「本発明の薬剤」と記載する場合あり)を提供する。
【0018】
麻黄はマオウ科植物を基原植物とする生薬である。本発明の好ましい態様としては、マオウ科植物、もしくは該植物を基原植物とする生薬を有効成分とするMET阻害剤を提供する。本発明におけるマオウ科(Ephedraceae)植物としては、例えば、Ephedra sinicaEphedra intermediaEphedra equisetinaEphedra distachyaEphedra nebrodensisEphedra gerardianaEphedra americana 等を例示することができる。
【0019】
本発明においてMET阻害剤の成分となるマオウ科植物は、必ずしも乾燥処理されている場合に限定されず、生の植物であってもよい。また、本発明における生薬には、マオウ科植物の粉砕末またはマオウ科植物の抽出エキス(抽出物)等が含まれる。
【0020】
本発明のMET阻害剤は、好ましくは、HGFにより誘導されるMETチロシンリン酸化を阻害(抑制)する活性、HGF-METシグナルの抑制活性、HGFにより誘導される 細胞分散の抑制活性(HepG2細胞等)、HGFによって誘導される細胞増殖を抑制する活性(HuH-7細胞等)、HGFにより誘導される細胞運動の抑制活性(MDA-MB-231細胞等)、または、METの発現抑制活性等を有する薬剤として特徴付けられる。
【0021】
本発明のMET阻害剤の成分となる漢方薬(漢方処方)としては、好ましくは麻黄湯を挙げることができる。しかし、本発明においてMET阻害剤の成分となる漢方薬は、麻黄湯に限定されず、麻黄を構成生薬として含有する漢方薬であれば任意のものであってよい。麻黄を構成生薬として含有する漢方薬(漢方処方)としては、例えば、日本の健康保険薬価収載漢方処方中の15処方(超婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)、葛根湯(かっこんとう)、葛根湯加川キュウ辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)、桂枝芍薬知母湯(けいししゃくやくちもとう)、桂枝麻黄各半湯(けいしまおうかくはんとう)、五虎湯(ごことう)、五積散(ごしゃくさん)、小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、神秘湯(しんぴとう)、防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)、麻黄湯(まおうとう)、麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)、麻杏ヨク甘湯(まきょうよくかんとう)、ヨク苡仁湯(よくいにんとう))を好適に例示することができる。
【0022】
また、本発明において「麻黄を構成生薬として含有する漢方薬」としては、例えば、
鳥頭湯(うずとう)、鳥薬順気湯(うやくじゅんきとう)、越婢湯(えっぴとう)、華蓋散料(かがいさんりょう)、葛根加半夏湯(かっこんかはんげとう)、甘草麻黄湯(かんぞうまおうとう)、桂姜棗草黄辛附湯(けいきょうそうそうおうしんぶとう)、桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいっとう)、厚朴麻黄湯(こうぼくまおうとう)、五虎二陳湯(ごこにちんとう)、柴葛解肌湯(さいかつげきとう)、小続命湯(しょうぞくめいとう)、続命湯(ぞくめいとう)、大青竜湯(だいせいりゅうとう)、射干麻黄湯(やかんまおうとう)、越婢加半夏湯(えっぴかはんげとう)、
葛根解肌湯(かっこんげきとう)、葛根続命湯(かっこんぞくめいとう)、還魂湯(かんこんとう)、款冬花丸(かんとうかがん)、行気香蘇散(こうきこうそさん)、
桂枝二麻黄一湯(けいしにまおういっとう)、古今録験麻黄湯(ここんろくけんまおうとう)、五積交加散(ごしゃくこうかさん)、五粒回春丹(ごりゅうかいしゅんたん)、小青竜湯加石膏(しょうせいりゅうとうかせっこう)、大続命湯(だいぞくめいとう)、知母麻黄湯(ちもまおうとう)、定喘湯(ていぜんとう)、独活葛根湯(どっかつかっこんとう)、独活湯(どっかつとう)、半夏麻黄丸(はんげまおうがん)、白虎続命湯(びゃっこぞくめいとう)、風引湯(ふういんとう)、附子続命湯(ぶしぞくめいとう)、麻黄加朮湯(まおうかじゅつとう)、麻黄丸(まおうがん)、
麻黄甘草附子湯(まおうかんぞうぶしとう)、麻黄キョウ活湯(まおうきょうかつとう)、
麻黄桂枝湯(まおうけいしとう)、麻黄五味湯(まおうごみとう)、麻黄散(まおうさん)、麻黄升麻湯(まおうしょうまとう)、麻黄蒼朮湯(まおうそうじゅつとう)、麻黄続命湯(まおうぞくめいとう)、麻黄人参芍薬湯(まおうにんじんしゃくやくとう)、麻黄附子甘草湯(まおうぶしかんぞうとう)、麻黄防風湯(まおうぼうふうとう)、麻黄連ショウ赤小豆湯(まおうれんしょうしゃくしょうずとう)、麻桂飲(まけいいん)、麗沢通気散(れいたくつうきさん)等を例示することができる。
【0023】
本発明の薬剤は、上記の麻黄を構成生薬として含有する漢方薬(漢方処方)から抽出されたエキスを成分とすることができる。例えば、上記漢方薬の熱水抽出エキスは、本発明の薬剤の成分とすることができる。
【0024】
本発明の薬剤は、生理学的に許容される担体、賦形剤、あるいは希釈剤等と混合し、医薬組成物(医薬品)として経口、あるいは非経口的に投与することができる。経口剤としては、顆粒剤、散剤、錠剤、カプセル剤、溶剤、乳剤、あるいは懸濁剤等の剤型とすることができる。非経口剤としては、注射剤、点滴剤、外用薬剤、あるいは座剤等の剤型を選択することができる。注射剤には、皮下注射剤、筋肉注射剤、あるいは腹腔内注射剤等を示すことができる。外用薬剤には、軟膏剤等を示すことができる。主成分である本発明の薬剤を含むように、上記の剤型とする製剤技術は公知である。
【0025】
例えば、経口投与用の錠剤は、本発明の薬剤に賦形剤、崩壊剤、結合剤、および滑沢剤等を加えて混合し、圧縮整形することにより製造することができる。賦形剤には、乳糖、デンプン、あるいはマンニトール等が一般に用いられる。崩壊剤としては、炭酸カルシウムやカルボキシメチルセルロースカルシウム等が一般に用いられる。結合剤には、アラビアゴム、カルボキシメチルセルロース、あるいはポリビニルピロリドンが用いられる。滑沢剤としては、タルクやステアリン酸マグネシウム等が公知である。
【0026】
本発明の薬剤を含む錠剤は、マスキングや、腸溶性製剤とするために、公知のコーティングを施すことができる。コーティング剤には、エチルセルロースやポリオキシエチレングリコール等を用いることができる。
【0027】
また注射剤は、麻黄に含まれる有効成分を適当な分散剤とともに溶解、分散媒に溶解、あるいは分散させることにより得ることができる。分散媒の選択により、水性溶剤と油性溶剤のいずれの剤型とすることもできる。水性溶剤とするには、蒸留水、生理食塩水、あるいはリンゲル液等を分散媒とする。油性溶剤では、各種植物油やプロピレングリコール等を分散媒に利用する。このとき、必要に応じてパラベン等の保存剤を添加することもできる。また注射剤中には、塩化ナトリウムやブドウ糖等の公知の等張化剤を加えることができる。更に、塩化ベンザルコニウムや塩酸プロカインのような無痛化剤を添加することができる。
【0028】
また、本発明の薬剤を固形、液状、あるいは半固形状の組成物とすることにより外用剤とすることができる。固形、あるいは液状の組成物については、先に述べたものと同様の組成物とすることで外用剤とすることができる。半固形状の組成物は、適当な溶剤に必要に応じて増粘剤を加えて調製することができる。溶剤には、水、エチルアルコール、あるいはポリエチレングリコール等を用いることができる。増粘剤には、一般にベントナイト、ポリビニルアルコール、アクリル酸、メタクリル酸、あるいはポリビニルピロリドン等が用いられる。この組成物には、塩化ベンザルコニウム等の保存剤を加えることができる。
【0029】
本発明の薬剤は、上述の医薬組成物(医薬品)の他に、例えば、伝統薬、特定保健用食品、健康補助食品、健康食品、サプリメント、またはハーブティなどとして有用である。
【0030】
すなわち本発明は、METに依存した各種疾患の治療薬や予防薬、もしくはそれらの医薬品原料としての麻黄の利用法を提供するものであり、その代表的な利用法はMET発現癌の分子標的治療薬である。
【0031】
したがって、麻黄もしくは麻黄を構成生薬として含有する漢方薬を有効成分とするMET発現癌特異的抗癌剤もまた本発明に含まれる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例〕
本発明者らは麻黄湯の標的分子の探索を行い、麻黄湯がHGF-METシグナリングを強力に抑制することを発見した。HGF-METシグナリングよって誘導される現象(細胞増殖、細胞運動、及び細胞分散など)は、癌細胞の種類によって異なることから、METを発現しているヒト癌細胞株3種(肝臓癌細胞株HepG2細胞及び HuH-7細胞、乳癌細胞株MDA-MB-231細胞)を用いて解析した。また、実験に用いた漢方薬エキスは、ヒトの一日量(常用量)の漢方処方に精製水600 mlを加えて、容量が300 mlになるまで煎じ、そのエキスを凍結乾燥した粉末を培地に溶かして濾過滅菌して用いた。麻黄湯の添加濃度は、これまでの研究で細胞毒性がなく、かつ癌細胞の運動能を80%抑制した100 μg/mlの濃度を用いた(Hyuga, S., et al., Mao-to, a Kampo medicine, inhibits migration of highly metastatic osteosarcoma cells, J. Trad. Med., 21(4), 174-181 (2004))。構成生薬の「麻黄(Mao)」及び麻黄抜き麻黄湯である「麻黄湯−麻黄(Maoto-Mao)」、対照処方の「四君子湯(Shikunshito)」及び「十全大補湯(Juzentaihoto)」の添加濃度は、表1のエキス量の割合から換算した。
【0033】
【表1】
【0034】
(1) BALB/cマウスに水、麻黄湯エキス10 mg、あるいは四君子湯エキス19 mgを朝夕2回経口投与し、3日目の夕方に餌を除いた。4日目朝に経口投与し、2時間後に全採血し、マウス血清 (MS) を得た。以降、水投与マウス血清はWater-MS、麻黄湯投与マウス血清はMaoto-MS、四君子湯投与マウス血清はShikunshito-MSと記す。これらの血清を1%含有するDMEM培地中で、ヒト肝臓癌細胞株HepG2細胞を48時間培養すると、島状に増殖した(図1)。一方、100 ng/ml HGFを添加したWater-MS及びShikunshito-MS含有DMEM 培地で48時間培養すると、HepG2細胞の細胞分散が観察された。しかし、Maoto-MS含有DMEM培地では、HGFを添加しても細胞分散が観察されなかった(図 1)。
これらの結果から、麻黄湯を経口投与したマウスの血清中には、HGFにより誘導される細胞分散を抑制する成分が含まれていることが明らかとなった。
【0035】
(2) 麻黄湯が、HGFにより誘導されるHepG2細胞の細胞分散を抑制するかを確かめるために、麻黄湯の添加実験を行った。HepG2細胞を1%牛胎児血清(FCS)含有DMEM培地中で48〜72時間培養すると島状に増殖し、100 ng/ml HGFを添加した1% FCS含有DMEM培地中で培養すると細胞分散が観察された(図2)。一方、100μg/ml麻黄湯の存在下では、HepG2細胞のHGFで誘導される細胞分散が抑制された。さらに、麻黄湯の構成生薬である麻黄40 μg/mlの存在下では、麻黄湯と同様にHGFで誘導される細胞分散が抑制された。しかし、麻黄湯から麻黄を除いた「麻黄湯−麻黄」を57 μg/mlの濃度で添加しても、あるいは、対照処方の四君子湯を190 μg/mlの濃度で添加しても、HGFで誘導される細胞分散は抑制されなかった。
これらの結果から、HGFで誘導されるHepG2細胞の細胞分散は、麻黄湯および麻黄によって抑制され、麻黄湯から麻黄を除いた処方では、その抑制効果が消失したことから、麻黄湯による細胞分散の抑制効果は、構成生薬の麻黄に由来することが明らかになった。
【0036】
(3) HGFで誘導されるHepG2細胞の細胞分散は、HGFが細胞膜表面に発現している受容体METに結合し、METの2量体化が誘導され、自己リン酸化によってMETの細胞内ドメインのチロシン残基がリン酸化され、下流にシグナルが伝達されることによって生じる。そこで、HepG2細胞の発現しているMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるかを調べた。予備検討において、HepG2細胞のMETは、HGF刺激後5分で最も強くリン酸化されることを確認した。HepG2細胞に各漢方薬と100 ng/ml HGFを添加し、5分間培養後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体を用いて免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色し、METのリン酸化の程度を調べた。その結果、麻黄湯あるいは麻黄の添加により、METのチロシンリン酸化は強く抑制された。また、対照処方の四君子湯や麻黄の主成分であるエフェドリンは、METのチロシンリン酸化に影響を与えなかった(図3)。さらに、HGFによるMETチロシンリン酸化は、麻黄湯あるいは麻黄の添加濃度依存的に抑制された(図4)。
これらの結果から、麻黄湯および麻黄は、HGFで誘導されるMETのチロシンリン酸化を抑制することにより、細胞分散を抑制していることが明らかとなった。
【0037】
(4) 麻黄湯および麻黄は、METに作用しているのかを確かめるために、HepG2細胞を各漢方薬で前処理した後、HGFによって誘導されるMETのチロシンリン酸化を調べた。100 μg/ml麻黄湯、40 μg/ml麻黄、57 μg/ml「麻黄湯−麻黄」、190 μg/ml 四君子湯あるいは、377 μg/ml 十全大補湯をHepG2細胞に添加し、10分間インキュベートした後、各漢方薬溶液を除去し、DMEM培地で細胞を洗浄した。この細胞に、100 ng/ml HGFを添加し、5分間インキュベートした後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体で免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色した。その結果、麻黄湯あるいは麻黄の前処理により、METのチロシンリン酸化が強力に抑制されたが、「麻黄湯−麻黄」、四君子湯、あるいは、十全大補湯の前処理では、METのチロシンリン酸化は抑制されなかった(図5)。
これらの結果から、麻黄湯あるいは麻黄は癌細胞表面に発現しているMETに作用して、チロシンリン酸化を抑制し、HGF-METシグナルを抑制していることが明らかとなった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0038】
(5) 麻黄によるMETのチロシンリン酸化の抑制効果を詳細に検討するため、種々の濃度の麻黄を前処理したHepG2細胞におけるMETのチロシンリン酸化の程度を調べた。METチロシンリン酸化の検出は、上記(4)と同様に行い、NIHイメージによってチロシンリン酸化強度及びMET発現強度を定量した。各細胞におけるMETのチロシンリン酸化の程度は、リン酸化強度をMET発現強度で補正して評価した。その結果、麻黄の前処理濃度に依存して、HGFで誘導されるMETのリン酸化チロシン量は低下し、麻黄のIC50は10μg/mlであった(図6)。
麻黄は種々の成分を含有する混合物であるにも関わらず、IC50が低濃度であること、また、麻黄とHepG2細胞をわずか10分間インキュベートしただけでリン酸化阻害効果が得られることから、麻黄中にはMETのチロシンリン酸化を強力に抑制する分子が存在することが明らかとなった。
【0039】
(6) ヒト肝臓癌細胞株HuH-7細胞の増殖は、1%FCS-DMEM培地に種々の濃度のHGFを添加して、3日間培養した後に、細胞数をCell Counting Kitで検出することにより調べた。その結果、HGF濃度依存的に細胞増殖が誘導され、20 ng/ml HGFによって最も細胞増殖が促進された(図7A)。20 ng/ml HGFの存在下に種々の濃度の麻黄湯をHuH7細胞に添加し3日間培養すると、麻黄湯の濃度に依存して細胞増殖が抑制された(図7B)。さらに、20 ng/ml HGFの存在下に100 μg/ml麻黄湯、もしくは40 μg/ml麻黄の添加は、HGFにより誘導される細胞増殖を有意に抑制するが、57 μg/ml「麻黄湯−麻黄」および190 μg/ml四君子湯の添加は、細胞増殖に影響を与えなかった(図8)。
これらの結果から、麻黄湯及び麻黄はHGFで誘導されるHuH-7細胞の増殖を抑制することが明らかになった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0040】
(7) HGFにより誘導されるHuH-7細胞のMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるのかどうかを調べた。予備検討において、HuH-7細胞のMETは、HGF刺激後10分で最も強くリン酸化されることを確認した。100 μg/ml麻黄湯、40 μg/ml麻黄、57 μg/ml「麻黄湯−麻黄」、あるいは190 μg/ml 四君子湯をHuH-7細胞に添加し、20分間インキュベートした後、各漢方薬溶液を除去し、DMEM培地で細胞を洗浄した。そして、20 ng/ml HGFを添加し、10分間インキュベートした後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体で免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色した。その結果、麻黄湯あるいは麻黄による細胞の前処理により、METのチロシンリン酸化は強力に抑制されるが、「麻黄湯−麻黄」あるいは四君子湯の前処理では、METリン酸化は抑制されなかった(図9)。
これらの結果から、麻黄湯あるいは麻黄はHuH-7細胞が発現しているMETに作用して、チロシンリン酸化を抑制することにより、HGFによって誘導される細胞増殖を抑制していることが明らかになった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0041】
(8) HGFで誘導される細胞運動が、麻黄湯あるいは麻黄で抑制されるかを調べた。トランスウエルの上部ウエルに50000個のヒト乳癌細胞株MDA-MB-231細胞を加え、下部ウエルには50 ng/ml HGFを添加して、24時間インキュベーションした後、下部ウエルに移動した細胞数を数えることで運動能の指標とした。下部ウエルへHGFを含まないDMEM培地を添加すると(コントロール)、MDA-MB-231細胞はほとんど下部ウエルへ移動しないが、下部ウエルへ50 ng/ml HGFを添加すると有意に運動能が誘導された(図10)。一方、上部ウエルに100 μg/ml 麻黄湯あるいは麻黄を40 μg/ml添加すると、運動能はコントロールレベルまで低下したが、対照処方の四君子湯200 μg/mlを上部ウエルに添加しても、HGFによって誘導される運動能に対する影響は観察されなかった(図10)。
これらの結果から、HGFによって誘導されるMDA-MB-231細胞の運動は、麻黄湯とその構成生薬の麻黄によって抑制されることが明らかになった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。
【0042】
(9) HGFによって誘導されるMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化が、麻黄湯あるいは麻黄によって抑制されるのかを調べた。予備検討において、MDA-MB-231細胞のMETは、HGF刺激後20分で最も強くリン酸化されることを確認した。MDA-MB-231細胞に各漢方薬と50 ng/ml HGFを添加し、20分間培養後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体を用いて免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色し、METのリン酸化の程度を調べた。その結果、麻黄湯あるいは麻黄の添加により、METのチロシンリン酸化は強く抑制されたが、対照処方の四君子湯は、METのチロシンリン酸化に影響を与えなかった(図11)。
これらの結果から、麻黄湯および麻黄は、HGFにより誘導されるMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化を抑制することにより、運動能を抑制していることが明らかとなった。
【0043】
(10) 麻黄湯あるいは麻黄が、MDA-MB-231細胞のMET発現に与える影響について調べた。100 μg/ml麻黄湯、40 μg/ml麻黄あるいは190 μg/ml 四君子湯をMDA-MB-231細胞に添加し、24時間インキュベートした後、各漢方薬溶液を除去し、DMEM培地で細胞を洗浄した。そして、50 ng/ml HGFを添加し、10分間インキュベートした後、細胞溶解液で溶解し、抗MET抗体で免疫沈降した。免疫沈降物は、SDS-PAGE後、PVDF膜に転写し、抗リン酸化チロシン抗体及び抗MET抗体で免疫染色した。その結果、麻黄湯あるいは麻黄による細胞の24時間前処理により、MET発現は低下し、見かけ上、METのチロシンリン酸化も低下したが、四君子湯の24時間前処理は、MET発現及びチロシンリン酸化に影響を与えなかった(図12)。
これらの結果から、麻黄湯あるいは麻黄は、短時間処理ではMDA-MB-231細胞のMETのチロシンリン酸化を抑制し、長時間処理ではMETの発現を低下させることが明らかになった。一方、HepG2細胞あるいはHuH-7細胞を麻黄湯あるいは麻黄で24時間処理しても、METの発現は変化せず、チロシンリン酸化のみ抑制された。したがって、麻黄湯あるいは麻黄は、細胞種によってはMETの発現を抑制しうることが明らかとなった。
【0044】
以上の結果から、麻黄湯はMET発現癌細胞のMETチロシンリン酸化を抑制することにより、HGFによって誘導される様々な現象(細胞分散、細胞増殖、及び運動能など)を抑制することが明らかとなった。また、この抑制作用は、麻黄湯の構成生薬の麻黄に由来することも明らかになった。すなわち、麻黄はMET阻害剤として利用可能であると結論付けた。さらに、癌細胞種によっては、METの発現レベルを抑制させることも明らかになった。
図7
図8
図10
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図9
図11
図12