特許第5786540号(P5786540)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5786540
(24)【登録日】2015年8月7日
(45)【発行日】2015年9月30日
(54)【発明の名称】非水系マグネシウム電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/054 20100101AFI20150910BHJP
   H01M 10/0568 20100101ALI20150910BHJP
   H01M 10/0569 20100101ALI20150910BHJP
   H01M 12/08 20060101ALI20150910BHJP
【FI】
   H01M10/054
   H01M10/0568
   H01M10/0569
   H01M12/08 H
   H01M12/08 K
【請求項の数】3
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2011-174918(P2011-174918)
(22)【出願日】2011年8月10日
(65)【公開番号】特開2013-37993(P2013-37993A)
(43)【公開日】2013年2月21日
【審査請求日】2014年6月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】特許業務法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】志賀 亨
(72)【発明者】
【氏名】長谷 陽子
(72)【発明者】
【氏名】井上 雅枝
(72)【発明者】
【氏名】武市 憲典
【審査官】 市川 篤
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−142048(JP,A)
【文献】 特開2009−117126(JP,A)
【文献】 特開2005−050808(JP,A)
【文献】 特開2003−100347(JP,A)
【文献】 特開2000−133307(JP,A)
【文献】 特表2006−505109(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/054
H01M 12/06
H01M 12/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極と、
マグネシウムを含む負極活物質を有する負極と、
前記正極と前記負極との間に介在し、マグネシウムイオン、ハロゲン、及び、非水系溶媒を含み、マグネシウムイオンを伝導するイオン伝導媒体と、
を備えた非水系マグネシウム電池であって、
前記イオン伝導媒体は、前記ハロゲンとして、ヨウ素、臭素及び塩素から選ばれた2種以上の元素の化合物を含み、
前記非水系溶媒は、前記ハロゲンと分子錯体を形成するものであり、硫黄と酸素との二重結合を1以上有する含硫黄有機化合物、リンと酸素との二重結合を1以上有する含リン有機化合物、炭素と窒素との三重結合を1以上有する含窒素有機化合物からなる群より選ばれた1種以上である、
非水系マグネシウム電池。
【請求項2】
前記非水系溶媒は、スルホキシド化合物、スルホン化合物、ホスフィンオキシド化合物、及び、ニトリル化合物からなる群より選ばれた1種以上を含む、請求項1に記載の非水系マグネシウム電池。
【請求項3】
前記イオン伝導媒体は、前記ハロゲンとして、ヨウ化モノブロミド(IBr)、ヨウ化モノクロリド(ICl)、及び、ヨウ化トリクロリド(ICl3)からなる群より選ばれた1種以上を含む、請求項1又は2に記載の非水系マグネシウム電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水系マグネシウム電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話や電子メール端末などの携帯型情報機器の市場が急速に拡大しつつある。また、環境問題やエネルギー危機の観点からハイブリッド車や電気自動車への期待が高まっている。こうした背景を踏まえ、高エネルギーの蓄電デバイスが求められている。
【0003】
例えば、マグネシウムの標準電極電位は−2.375Vと低く、金属の中では比較的軽量であり、リチウムに比べて安全性も高く且つ資源的にも豊富である(クラーク数1.93)。このため、マグネシウムは電池の負極として優れた材料といえる。マグネシウムを負極に用いる電池としては、水溶液系の電池として海水電池(特許文献1,2)、マグネシウム空気電池(非特許文献1,2)などが提案されている。また、非水系の電池として、マグネシウムイオンのインターカレーション反応を利用する二次電池(非特許文献3,特許文献3〜6)、正極反応に酸素が関わる空気電池(非特許文献3,特許文献7)、正極に硫黄を含む硫黄電池(特許文献8)などが提案されている。本発明者らは、負極にマグネシウムを用い、ハロゲンを添加したカーボネート系の非水電解質を用いて電池を作製したところ、大容量且つ高出力とすることができた(特許文献9)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61−082675号公報
【特許文献2】特開平7−226213号公報
【特許文献3】特開2007−280627号公報
【特許文献4】特開2007−157416号公報
【特許文献5】特開2007−87938号公報
【特許文献6】特許第3587791号公報
【特許文献7】特開2010−086924号公報
【特許文献8】特開2004−265675号公報
【特許文献9】特開2009−117126号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】ジャーナル オブ エレクトロケミカルソサエティ エレクトロケミカル テクノロジー、116巻、1588ページ(1969年)
【非特許文献2】アンゲバンデ・ケミー・インターナルエディション、45巻、6009ページ(2006年)
【非特許文献3】ネイチャー 407巻、724ページ(2000年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献9に記載の電池では、大容量且つ高出力とすることができるが、初期の放電電圧が低いことや、放電に伴い放電電圧が低下することがあった。
【0007】
本発明は、このような問題を解決するためになされたものであり、ハロゲンを含むイオン伝導媒体を用いたものにおいて、高い放電電圧を維持することのできる非水系マグネシウム電池を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した目的を達成するために、本発明者らは、イオン伝導媒体としてハロゲンの他にこのハロゲンと分子錯体を形成する非水系溶媒を含むものを用いたところ、高い放電電圧を維持することができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の非水系マグネシウム電池は、正極と、マグネシウムを含む負極活物質を有する負極と、前記正極と前記負極との間に介在し、マグネシウムイオン、ハロゲン、及び、非水系溶媒を含み、マグネシウムイオンを伝導するイオン伝導媒体と、を備えた非水系マグネシウム電池であって、前記非水系溶媒は、前記ハロゲンと分子錯体を形成するものであり、硫黄と酸素との二重結合を1以上有する含硫黄有機化合物、リンと酸素との二重結合を1以上有する含リン有機化合物、炭素と窒素との三重結合を1以上有する含窒素有機化合物からなる群より選ばれた1種以上であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
この非水系マグネシウム電池では、ハロゲンを含むイオン伝導媒体を用いたものにおいて、高い放電電圧を維持することができる。すなわち、初期の放電電圧を高くすると共に、放電に伴い放電電圧が低下するのを抑制することができる。このような効果が得られる理由は明らかではないが、イオン伝導媒体中のハロゲン分子と非水系溶媒とが分子錯体を形成し、この分子錯体がマグネシウム表面に形成される酸化マグネシウムを分解するためと考えられる。マグネシウム表面に形成される酸化マグネシウムは、導電性が低く、負極表面での抵抗を大きくするが、このような酸化マグネシウムを除去することで、高い放電電圧を維持することができる。ここで、分子錯体とは、2種以上の安定な分子同士が一定の割合で直接に結合してできる化合物をいい、分子化合物とも称することができる。なお、ハロゲンと分子錯体を形成するか否かは、ラマンスペクトルにおける、所定の結合の伸縮に起因するピークが、ハロゲンを添加した際に移動するか否かにより判断するものとしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の非水系マグネシウム電池10の一例を模式的に示す説明図である。
図2】評価セル20の構成の概略を示す説明図である。
図3】実施例1,2及び比較例1の放電曲線である。
図4】実施例3〜5及び比較例2の放電曲線である。
図5】実施例6及び比較例3の放電曲線である。
図6】実施例7の放電曲線である。
図7】評価セル30の構成の概略を示す説明図である。
図8】実施例8及び比較例4の放電曲線である。
図9】実施例8及び比較例4の放電電流密度と電圧との関係を示すグラフである。
図10】参考例1及び参考例2の放電曲線である。
図11】参考例1及び参考例2で用いた負極の表面分析結果である。
図12】ヨウ素を加えたDMSOのラマンスペクトルである。
図13】ヨウ素を加えたTMPのラマンスペクトル(高波数側)である。
図14】ヨウ素を加えたTMPのラマンスペクトル(低波数側)である。
図15】臭素を加えたTMPのラマンスペクトル(高波数側)である。
図16】臭素を加えたTMPのラマンスペクトル(低波数側)である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の非水系マグネシウム電池は、正極と、マグネシウムを含む負極活物質を有する負極と、正極と負極との間に介在しマグネシウムイオンを伝導するイオン伝導媒体とを備えたものである。この非水系マグネシウム電池は、例えば、ハロゲンを正極活物質として用いるマグネシウム−ハロゲン電池としてもよいし、空気を正極活物質として用いるマグネシウム−空気電池ともよいし、マグネシウムのインターカレーション反応を利用するマグネシウムイオン電池としてもよい。
【0013】
本発明の非水系マグネシウム電池において、正極は特に限定されない。例えば、マグネシウム−ハロゲン電池の場合には、正極は、ハロゲンを正極活物質とすることができる。この正極活物質は、イオン伝導媒体に溶解したハロゲンにより供給されるものとしてもよい。この正極は、ハロゲンの酸化還元触媒を含んでいてもよい。ハロゲン酸化還元触媒により、正極活物質であるハロゲンの還元反応が促進され、正極活物質としての機能が向上すると考えられるためである。ハロゲンの酸化還元触媒としては、例えばニッケルや二酸化マンガンなどが挙げられる。また、マグネシウム−空気電池の場合には、正極は、気体からの酸素を正極活物質とすることができる。気体としては、空気であってもよいし酸素ガスであってもよい。正極は、酸素の酸化還元触媒を含んでいることが好ましい。正極での反応をより効率よく行うことができるからである。酸素の酸化還元触媒としては、二酸化マンガン、四酸化三コバルトなどの金属酸化物であってもよいし、Pt、Pd、Coなどの金属であってもよいし、金属ポルフィリン、金属フタロシアニン、イオン化フラーレン、カーボンナノチューブなどの有機及び無機化合物であってもよい。このうち、電解二酸化マンガンであれば、容易に入手することができる点で好ましい。また、例えば、マグネシウムイオン電池の場合には、正極は、マグネシウムを吸蔵放出する正極活物質を有するものとすることができる。このような正極活物質としては、例えば、五酸化バナジウム(V25)などが挙げられる。
【0014】
正極は、上述した酸化還元触媒や正極活物質と、導電材と結着材とを混合し、適当な溶剤を加えてペースト状の正極材としたものを、集電体の表面に塗布乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成してもよい。導電材は、電池の性能に悪影響を及ぼさない電子伝導性材料であれば特に限定されず、例えば、天然黒鉛(鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛)や人造黒鉛などの黒鉛、アセチレンブラック、カーボンブラック、ケッチェンブラック、カーボンウィスカ、ニードルコークス、炭素繊維、活性炭、金属(銅、ニッケル、アルミニウム、銀、金など)などの1種又は2種以上を混合したものを用いることができる。これらの中で、導電材としては、電子伝導性及び塗工性の観点より、カーボンブラック及びアセチレンブラックが好ましい。結着材は、酸化還元触媒粒子や正極活物質粒子と導電材粒子とを繋ぎ止める役割を果たすものであり、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、フッ素ゴム等の含フッ素樹脂、或いはポリプロピレン、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂、エチレン−プロピレン−ジエンマー(EPDM)、スルホン化EPDM、天然ブチルゴム(NBR)等を単独で、あるいは2種以上の混合物として用いることができる。また、水系バインダーであるセルロース系やスチレンブタジエンゴム(SBR)の水分散体等を用いることもできる。酸化還元触媒や正極活物質、導電材、結着材を分散させる溶剤としては、例えばN−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、酢酸メチル、アクリル酸メチル、ジエチルトリアミン、N,N−ジメチルアミノプロピルアミン、エチレンオキシド、テトラヒドロフランなどの有機溶剤を用いることができる。また、水に分散剤、増粘剤等を加え、SBRなどのラテックスで活物質をスラリー化してもよい。増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロースなどの多糖類を単独で、あるいは2種以上の混合物として用いることができる。塗布方法としては、例えば、アプリケータロールなどのローラコーティング、スクリーンコーティング、ドクターブレイド方式、スピンコーティング、バーコータなどが挙げられ、これらのいずれかを用いて任意の厚さ・形状とすることができる。集電体には、銅、ニッケル、ステンレス鋼、チタン、焼成炭素、導電性高分子、導電性ガラスなどのほか、接着性、導電性及び耐還元性向上の目的で、例えば銅などの表面をカーボン、ニッケル、チタンや銀などで処理したものも用いることができる。これらについては、表面を酸化処理することも可能である。集電体の形状については、箔状、フィルム状、シート上、ネット上、パンチ又はエキスパンドされたもの、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群の形成体などが挙げられる。集電体の厚さは、例えば1〜500μmのものが用いられる。
【0015】
本発明の非水系マグネシウム電池において、負極は、マグネシウムを含むものである。このような負極としては、例えば金属マグネシウムやマグネシウム合金などが挙げられる。マグネシウム合金としては、例えば、アルミニウムやシリコン、ガリウム、亜鉛、マンガンなどとマグネシウムとの合金が挙げられる。
【0016】
本発明の非水系マグネシウム電池において、イオン伝導媒体は、マグネシウムイオンと、ハロゲンと、非水系溶媒と、を含み、マグネシウムイオンを伝導するものである。このイオン伝導媒体は、非水系溶媒に、ハロゲンと、支持塩と、を溶解した非水系電解液としてもよい。ハロゲンは、ヨウ素(I2)、臭素(Br2)、塩素(Cl2)などの単体でもよいし、ヨウ素、臭素及び塩素から選ばれた2種以上の元素の化合物でもよい。このうち、ヨウ素(I2)、臭素(Br2)、ヨウ化モノブロミド(IBr)、ヨウ化モノクロリド(ICl)、ヨウ化トリクロリド(ICl3)などが、取り扱いが容易であり好ましい。このうち、ヨウ化トリクロリド、ヨウ化モノクロリド及び臭素が、高い電圧を維持できるため好ましく、なかでも、ヨウ化トリクロリドが好ましい。
【0017】
イオン伝導媒体における非水系溶媒は、ハロゲンと分子錯体を形成するものである。ここで、分子錯体とは、2種以上の安定な分子同士が一定の割合で直接に結合してできる化合物をいい、分子化合物とも称することができる。なお、ハロゲンと分子錯体を形成するか否かは、ラマンスペクトルにおける、酸素とその他の原子との結合など所定の結合の伸縮に起因するピークが、ハロゲンを添加した際に移動するか否かにより判断するものとしてもよい。例えば、ハロゲンがヨウ素である場合には、低波数側に移動するか否かにより判断するものとしてもよい。また、ハロゲンが臭素である場合には、高波数側に移動するか否かにより判断するものとしてもよい。
【0018】
この非水系溶媒は、硫黄と酸素との二重結合を1以上有する含硫黄有機化合物、リンと酸素との二重結合を1以上有する含リン有機化合物、及び、窒素と炭素との三重結合を1以上有する含窒素有機化合物からなる群より選ばれた1種以上を含むものである。このうち、含窒素有機化合物を含むものであれば、高い放電電圧を維持できるため好ましい。なお、酸素との二重結合を2個以上有する含硫黄有機化合物は、1つの硫黄に対して2つの酸素が結合することにより2個の2重結合を有するものとしてもよい。また、酸素との二重結合を2個以上有する含リン有機化合物は、1つのリンに対して2つの酸素が結合することにより2個の2重結合を有するものとしてもよい。なお、非水系溶媒は、非プロトン性溶媒であることが好ましい。
【0019】
含硫黄有機化合物は、酸素と二重結合した硫黄が、直接又は酸素を介して炭化水素基と結合しているものとしてもよい。ここで、炭化水素基としては、鎖状(直鎖でもよいし分岐鎖を有していてもよい)の炭化水素基や環状の炭化水素基が好ましく、炭素数は1〜20が好ましい。鎖状の炭化水素基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デカニル基、ウンデカニル基、ドデカニル基などの飽和炭化水素基;ビニル基、プロペニル基、ブテニル基、ペンテニル基、ヘプテニル基、オクテニル基、ノネニル基、デセニル基、ウンデセニル基、ドデセニル基などの不飽和炭化水素基などが挙げられる。また、環状の炭化水素基としては、シクロプロピル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基などの環状飽和炭化水素基;フェニル基、ナフチル基などの芳香族炭化水素基などが挙げられる。また、これらの炭化水素基は置換基を有していてもよい。また、硫黄と結合する2つの炭化水素基は同種でもよいし異種でもよい。また、炭化水素基は、酸素と二重結合した硫黄を含む環状構造を形成していてもよい。なお、炭化水素基は、各々、炭素数10以下が好ましく、6以下がより好ましい。含硫黄有機化合物は、環状構造を有するものでもよい。環状構造は、酸素と二重結合した硫黄と結合するフェニル基などの環状の炭化水素基で構成されるものでもよいし、酸素と二重結合した硫黄を環状構造に含むものでもよい。
【0020】
含硫黄有機化合物としては、1つの硫黄に1つの酸素が二重結合したスルホキシド化合物や、1つの硫黄に2つの酸素が二重結合したスルホン化合物などが挙げられる。スルホキシド化合物としては、鎖状の炭化水素基が硫黄に直接結合した化合物であるジメチルスルホキシド(式(1))やジエチルスルホキシド、環状の炭化水素基が硫黄に直接結合した化合物であるジフェニルスルホキシド(式(2))、鎖状の炭化水素基が硫黄に酸素を介して結合した化合物であるジエチルサルファイト(式(3))、硫黄を環状構造に含む化合物であるテトラメチレンスルホキシド(式(4))などが挙げられる。また、スルホン化合物としては、鎖状の炭化水素基が硫黄に直接結合した化合物であるジメチルスルホンやジエチルスルホン(式(5))、硫黄を環状構造に含む化合物であるスルホラン(式(6))や3−メチルスルホラン(式(7))、ジメチルスルホランなどが挙げられる。
【0021】
【化1】
【0022】
含リン有機化合物は、酸素と二重結合したリンが、直接又は酸素を介して炭化水素基と結合しているものとしてもよい。ここで、炭化水素基としては、含硫黄有機化合物の説明で列挙した炭化水素基などを用いることができる。酸素と二重結合したリンと結合する3つの炭化水素基は同種でもよいし異種でもよい。また、炭化水素基は、酸素と二重結合したリンを含む環状構造を形成していてもよい。なお、炭化水素基は、各々、炭素数4以下が好ましく、2以下がより好ましい。
【0023】
含リン有機化合物としては、1つのリンに1つの酸素が二重結合したホスフィンオキシド化合物や、1つのリンに2つの酸素が二重結合した化合物などが挙げられる。なお、上述したホスフィンオキシド化合物は、炭化水素とリンとの結合に酸素を介するものを含まないホスフィンオキシド化合物のほか、酸素を介するものを1つ含むホスフィン酸化合物や、酸素を介するものを2つ含むホスホン酸化合物、全ての炭化水素基が酸素を介して結合するリン酸化合物をも含むものである。ホスフィンオキシド化合物としては、リン酸トリエステル、より具体的には、鎖状の炭化水素基が酸素を介してリンに結合した化合物であるリン酸トリメチル(式(8))やリン酸トリブチル(式(9))、リン酸トリエチル(式(10))、環状の炭化水素基が酸素を介してリンに結合した化合物であるリン酸トリフェニルなどが挙げられる。また、ホスフィンオキシド化合物としては、この他に、鎖状の炭化水素基が直接リンに結合した化合物であるトリエチルホスフィンオキシド(式(11))、環状の炭化水素基が直接リンに結合した化合物であるトリフェニルホスフィンオキシドなどが挙げられる。
【0024】
【化2】
【0025】
含窒素有機化合物は、窒素と三重結合した炭素が、炭化水素基と結合しているものとしてもよい。ここで、炭化水素基としては、含硫黄有機化合物の説明で列挙した炭化水素基などを用いることができる。含窒素有機化合物としては、アルキルニトリル、より具体的には、アセトニトリル(式(12))やプロピオニトリル、ブチロ二トリル、グルタロニトリル(式(13))などが挙げられる。
【0026】
【化3】
【0027】
イオン伝導媒体は、ハロゲンと分子錯体を形成する非水系溶媒の他に、例えば、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、γ−ブチロラクトン(γ−BL)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジオキサン、ヘキサエトキシシクロトリフォスファゼンなど従来の二次電池やキャパシタに使われる有機溶媒、又はそれらの混合溶媒を含むものとしてもよい。また、例えば、ポリフッ化ビニリデンやポリエチレングリコール、ポリアクリロニトリルなどの高分子のほか、アミノ酸誘導体や、ソルビトール誘導体などの糖類などと混合してゲル状として用いてもよい。
【0028】
イオン伝導媒体において、ハロゲンと分子錯体を形成する非水系溶媒に対するハロゲンの濃度は特に限定されないが、0.01mol/L以上が好ましい。このうち、0.02mol/L以上が好ましく、0.03mol/L以上がより好ましく、0.05mol/L以上がさらに好ましい。ハロゲンの濃度が0.01mol/L以上では、正極活物質としての機能を十分に発揮することができ、十分な充放電容量を得られると考えられるからである。また、イオン伝導媒体に含まれるハロゲンの濃度は、飽和濃度(最大で溶媒とハロゲンがモル比で1:1まで)以下であることが好ましく、1.0mol/L以下がより好ましい。飽和濃度以下であれば、ハロゲンがイオン伝導媒体に溶存しているため、マグネシウムイオンの伝導を阻害しにくいと考えられるからである。
【0029】
イオン伝導媒体において、支持塩は、特に限定されるものではないが、例えば、マグネシウムパークロレート(Mg(ClO42)、マグネシウムビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(Mg[N(CF3SO322)、マグネシウムトリフルオロメタンスルホネート(Mg(CF3SO32)、マグネシウムノナフルオロブタンスルホネート(Mg(C49SO32)などの公知の支持塩を用いることができる。このような支持塩を含むイオン伝導媒体は、マグネシウムイオンを含むこととなる。支持塩の濃度としては、0.1mol/L以上2.0mol/L以下であることが好ましく、0.8mol/L以上1.2mol/L以下であることがより好ましい。
【0030】
本発明の非水系マグネシウム電池は、正極と負極との間にセパレータを備えていてもよい。セパレータとしては、非水系マグネシウム電池の使用範囲に耐えうる組成であれば特に限定されないが、例えば、ポリプロピレン製不織布やポリフェニレンスルフィド製不織布などの高分子不織布、ポリエチレンやポリプロピレンなどのオレフィン系樹脂の微多孔フィルムが挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、複合して用いてもよい。
【0031】
本発明の非水系マグネシウム電池の形状は、特に限定されないが、例えばコイン型、ボタン型、シート型、積層型、円筒型、偏平型、角型などが挙げられる。また、電気自動車等に用いる大型のものなどに適用してもよい。図1は、本発明の非水系マグネシウム電池の一例を模式的に示す説明図である。この非水系マグネシウム電池10は、マグネシウム金属からなる負極14と正極16とをイオン伝導媒体18を介して対向して配置したものである。このうち、正極16は、導電材16bやバインダ16cを混合したあと白金メッシュなどの集電体16aにプレス成形して作製されている。また、イオン伝導媒体18は、マグネシウムパークロレート等のマグネシウム塩、ハロゲン、非水系溶媒を含むものである。このイオン伝導媒体18において、非水系溶媒は、ハロゲンと分子錯体を形成する化合物である。
【0032】
なお、例えば、ジメチルスルホキシドと溶存ハロゲンとの分子錯体は、溶媒分子骨格内のS=O部位にハロゲンが配位する形で形成される。すなわち、S=O部位のπ結合とハロゲンのσ結合との電気的な相互作用により錯体が形成されると考えられている(ジャーナル オブ アメリカンケミカルソサエティ 85巻、3125頁、1963年 参照)。このことから、本発明において、イオン伝導媒体に含まれる溶媒は、含硫黄有機化合物においてはS=O部位のπ結合とハロゲン分子のσ結合との電気的な相互作用により、溶媒分子にハロゲンが配位して分子錯体を形成していると考えられる。また、含リン有機化合物においてはP=O部位のπ結合とハロゲン分子のσ結合との電気的な相互作用により、溶媒分子にハロゲンが配位して分子錯体を形成していると考えられる。
【0033】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例】
【0034】
以下には、本発明の非水系マグネシウム電池について具体的に説明する。ここでは、(1)正極活物質としてハロゲンを用いるマグネシウム−ハロゲン電池、(2)正極活物質として空気を用いるマグネシウム−空気電池、(3)正極へのマグネシウムのインターカレーションを利用するマグネシウムイオン電池について具体的に説明する。
【0035】
(1)マグネシウム−ハロゲン電池
(1−A)ハロゲン:I2
[実施例1]
(評価セルの作製)
正極は次のようにして作製した。まず、導電材としてのケッチェンブラック(三菱化学製ECP−6000)146mgと、結着材としてのテフロンバインダー(ダイキン工業製、テフロンは登録商標)20mgとを乾式で乳鉢を用いて練り合わせてシート状の正極合材を得た。この正極合材4mgをPtメッシュ(ニラコ製)に圧着して0.2cm2の正極とした。また、負極には厚さ0.2mmで10mm×10mmのマグネシウム・アルミニウム・亜鉛合金(大阪富士工業製AZ31(Al:3質量%,Zn:1質量%))を用いた。イオン伝導媒体としての電解液は、次のようにして調製した。まず、支持塩としてのマグネシウムパークロレート(アルドリッチ製)0.5mol/Lを、電解液溶媒(非水系溶媒)としてのリン酸トリメチル(アルドリッチ製)に溶解させて溶液を調製した。この溶液12mLにヨウ素(アルドリッチ製)200mg(0.066mol/L)を溶解させて電解液とした。このようにして得られた正極、負極、電解液を用いて、アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で、次のように評価セルを作製した。まず、図2に示すように、正極22及び負極24を評価セル(ビーカーセル)20にセットし、電解液26を注入した。次に、評価セル20の開放部にプラスチック製の蓋28を取り付け、評価セル20を密閉した。なお、ビーカーセル内の空間にはアルゴンが充填されている。また、評価セル20の容量は約30mlである。このようにして得られた評価セルを実施例1とした。
【0036】
(充放電試験)
組み立てた評価セルを北斗電工製の充放電装置(HJ1001SM8A)に接続し、正極と負極との間で0.010mA(正極材料面積あたり0.05mA/cm2)の電流を流して放電させた。
【0037】
[実施例2]
電解液溶媒として重水素化ジメチルスルホキシド(和光純薬製、NMR用)を用い、負極にニラコ製のMg棒を用いた以外は実施例1と同様の工程を経て実施例2の評価セルを作製し、充放電試験を行った。なお、ここでは便宜上重水素化ジメチルスルホキシドを用いたが、重水素化していないジメチルスルホキシドを用いてもよい。
【0038】
[比較例1]
電解液溶媒としてプロピレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒(体積比1:1,キシダ化学製)を用いた以外は実施例1と同様の工程を経て比較例1の評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0039】
(1−B)ハロゲン:ICl3
[実施例3]
ヨウ素の代わりにヨウ化トリクロリド(アルドリッチ製,純度97%)655mg(0.23mol/L)を用いた以外は、実施例1と同様の工程を経て実施例3の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0040】
[比較例2]
電解液溶媒にプロピレンカーボネートを用いた以外は実施例3と同様の工程を経て比較例2の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0041】
[実施例4,5]
電解液溶媒にリン酸トリエチル(アルドリッチ製)を用い、負極にMg棒を用いた以外は実施例3と同様の工程を経て実施例4の評価セルを作製し充放電試験を行った。また、電解液溶媒にアセトニトリル(和光純薬製、脱水品)を用い、負極にMg棒を用いた以外は実施例3と同様の工程を経て実施例5の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0042】
(1−C)ハロゲン:ICl
[実施例6]
ヨウ化トリクロリドの代わりにヨウ化モノクロリド(アルドリッチ製)765mg(0.39mol/L)を用いた以外は実施例5と同様の工程を経て実施例6の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0043】
[比較例3]
電解液溶媒にアセトニトリルの代わりにプロピレンカーボネートを用いた以外は実施例6と同様の工程を経て比較例3の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0044】
(1−D)ハロゲン:Br2
[実施例7]
ヨウ化トリクロリドの代わりに臭素(アルドリッチ製)765mg(0.79mol/L)を用いた以外は実施例3と同様の工程を経て実施例7の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0045】
[実験結果]
表1にマグネシウム−ハロゲン電池(実施例1〜7及び比較例1〜3)の実験結果を示す。図3は、ハロゲンとしてI2を用いた実施例1,2及び比較例1の放電曲線である。図4は、ハロゲンとしてICl3を用いた実施例3〜5及び比較例2の放電曲線である。図5は、ハロゲンとしてIClを用いた実施例6及び比較例3の放電曲線である。図6は、ハロゲンとしてBr2を用いた実施例7の放電曲線である。表1及び、図3〜6より、実施例1〜7では、比較例1〜3と比較して、高い放電電圧を維持できることがわかった。ハロゲンとしては、ICl3を用いた実施例3〜5や、IClを用いた実施例6,Br2を用いた実施例7で高い放電電圧を維持し、中でもICl3を用いたものがより高い放電電圧を維持できることがわかった。電解液溶媒としては、アセトニトリルを用いた実施例5,6が高い放電電圧を維持できることがわかった。特に、アセトニトリルは、リチウム電池ではリチウムと反応してしまい適用できないことから、マグネシウム電池に特に適しているといえる。
【0046】
【表1】
【0047】
(2)マグネシウム−空気電池
[実施例8]
(評価セルの作製)
正極は次のようにして作製した。まず、酸化還元触媒としての電解二酸化マンガン(三井金属鉱山製)10mgと、導電材としてのケッチェンブラック(三菱化学製ECP−600)116mgと、結着材としてのテフロンバインダー(ダイキン工業製、テフロンは登録商標)24.8mgとを乾式で乳鉢を用いて練り合わせてシート状の正極合材を得た。この正極合材5mgをSUSメッシュ(ニラコ製)に圧着して正極部材を得た。負極には厚さ0.2mmで10mm×10mmの金属マグネシウム(和光純薬工業製)を用いた。 イオン伝導媒体としての電解液は、次のようにして調整した。まず、支持塩としてのマグネシウムパークロレート(アルドリッチ製)0.5mol/Lを、電解液溶媒としてのアセトニトリルに溶解させて溶液を調整した。この溶液10mLに、ヨウ化トリクロリド3mg(0.46mmol/L)を溶解させて電解液とした。このようにして得られた正極、負極、電解液を用いて、アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で、次のように評価セル(F型電気化学セル)30を作製した。まず、図7に示すように、SUS製のケーシング32に負極34を設置し、正極36と負極34とを対向するようにセットした。そして、電解液38を5mL注入し、15時間保持して、負極表面の不動態膜を除く処理を行った。その後、正極36に発泡ニッケル板42を載せ、その上に、空気が正極36側へ流通可能なガス溜め44を配置し、セルを固定して実施例8の評価セル30を得た。なお、評価セル30のガス溜め44にはドライ酸素を充填した。
【0048】
(充放電試験)
組み立てた評価セル30を北斗電工製の充放電装置(HJ1001SM8A)に接続し、正極と負極の間で0.010mAの電流(正極材料あたり2mA/g)を流して、正極材料あたり300mAh/gまで放電させた。
【0049】
[比較例4]
電解液を、ヨウ化トリクロリドを含まないものとした以外は、実施例8と同様の工程を経て評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0050】
[実験結果]
表2にマグネシウム−空気電池(実施例8及び比較例4)の実験結果を示す。図8は、実施例8及び比較例4の放電曲線である。図9は、実施例8及び比較例4について、放電電流密度を変えたときの放電開始10秒後の電圧を示すグラフである。ハロゲンを用いない比較例4よりハロゲンを用いた実施例8の方が高い放電電圧を維持していた。このことから、本発明のものでは、空気電池であっても、高い放電電圧を維持できることがわかった。また、実施例8では、電流密度を大きくした場合に、放電電圧の小さくなる割合が小さかった。このことから、本発明では、大電流特性も良好であることがわかった。
【0051】
【表2】
【0052】
(3)マグネシウムイオン電池
[参考例1]
(評価セルの作製)
正極は次のようにして作製した。まず、導電材としてのアセチレンブラック(三井金属鉱山製)80mg、正極活物質としての五酸化バナジウム(アルドリッチ製)120mg、結着材としてのテフロンバインダー(ダイキン工業製、テフロンは登録商標)35mgとを乾式で乳鉢を用いて練り合わせてシート状の正極合材を得た。この正極合材5mgをSUSメッシュ(ニラコ製)に圧着して正極部材を得た。負極には直径16mm、厚さ0.2mmのマグネシウム(和光純薬工業属製)を用いた。この負極は、ヨウ化トリクロリド3mg(0.46mmol/L)を溶解させたリン酸トリメチル10mLに30分間浸漬し、負極表面の不動態膜を除く処理を行ってから実験に用いた。イオン伝導媒体としての電解液は次のようにして調整した。まず、支持塩としてのマグネシウムパークロレート(アルドリッチ製)0.5mol/Lを電解液溶媒としての3−メトキシプロピオニトリル(和光純薬製)に溶解させて溶液を調整した。このようにして得られた正極、負極、電解液と、ポリエチレン製のセパレータ(東燃化学製)を用いて、アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で、評価セルを作成した。このようにして得られた評価セルを参考例1とした。
【0053】
(充放電試験)
組み立てた評価セルを北斗電工製の充放電装置(HJ1001SM8A)に接続し、正極と負極の間で0.010mAの電流(正極材料あたり2mA/g)を流して、0.70mAhまで放電した。
【0054】
(表面分析)
評価セルに組み込む前の負極の表面について、MgO量を二次イオン質量分析により測定した(IONTOF社、TOFSIMS5)。具体的には、ヨウ化トリクロリド3mgを溶解させたリン酸トリメチル10mLへ30分間浸漬させ、その後リン酸トリメチル、トルエンの順に洗浄したものについて評価した。
【0055】
[参考例2]
負極を負極表面の不動態膜を除く処理を行わずに用いた以外は参考例1と同様の工程を経て参考例2の評価セルを作製し、充放電試験及び表面分析を行った。なお、表面分析には、負極をそのまま用いた。
【0056】
[実験結果]
表3にマグネシウムイオン電池(参考例1,2)の実験結果を示す。図10は、参考例1,2の放電曲線である。参考例1では参考例2より高い放電電圧を維持することができた。参考例1では、電解液中に非水系溶媒とハロゲンとの分子錯体が含まれていないが、予めこうした分子錯体を含む処理液で負極を処理することで負極表面のMgO被膜(不動態被膜)が除去されたため、参考例2と比べて良好な結果が得られたものと推察された。ここで、負極表面のMgO被膜が除去されたことは、図11に示す二次イオン質量分析による表面分析の結果より確認された。図11より、ICl3溶液で処理すると、処理をしていない場合に比べてMg表面のMgO量が減ったことがわかった。こうしたことから、実施例1〜8の電池は、表面のMgO被膜を予め除去することなくそのまま負極を用いて組み立てたものであるが、電解液中に分子錯体が含まれていたため、予め表面のMgO被膜を除去した負極を用いた参考例1の電池と同様、MgO被膜が除去されて放電電圧を高く維持する効果が得られた考えられる。つまり、予め負極表面のMgO被膜を除去する処理を行わなくても、電解液中に非水系溶媒とハロゲンとの分子錯体を含ませておけば、放電電圧を高く維持することができるといえる。なお、マグネシウムイオン電池においても、表面のMgO被膜を予め除去することなくそのまま負極を用い、電解液中に非水系溶媒とハロゲンとの分子錯体を含むようにすれば、参考例1と同等の効果が得られると推察された。
【0057】
【表3】
【0058】
以上詳述した実施例では、ハロゲンとして、ヨウ素、臭素、ヨウ化モノクロリド、ヨウ化トリクロリドのいずれを用いても高い放電電圧を維持することができたことから、ハロゲンは、実施例で用いたもの以外でも、同様の効果が得られるものと推察された。例えば、塩素やヨウ化モノブロミド、ヨウ化トリブロミドなどでもよいと推察された。
【0059】
(4)不動態被膜除去試験
本発明において、高い放電容量を維持できる理由としては、本発明の構成とすることで、Mg負極表面の不動態被膜の主成分であるMgOの分解が起こるためと推察された。このことを確認するため、以下の実験を行った。まず、サンプルとして、以下の参考例3〜7を用意した。MgO(アルドリッチ製、純度99.99%)27mgを9mLのスクリュー管に入れ、これに、ヨウ素8.3mgを溶解した重水素化ジメチルスルホキシド3mLを試液として加え、参考例3とした。また、ヨウ素を含まない以外は参考例3と同様にして得たものを参考例4とした。また、重水素化ジメチルスルホキシドの代わりにリン酸トリメチルを用いた以外は参考例3と同様にして得たものを参考例5とした。また、ヨウ素を含まない以外は参考例5と同様にして得たものを参考例6とした。さらに、重水素化ジメチルスルホキシドの代わりにプロピレンカーボネート(キシダ化学)を用いた以外は参考例3と同様にして得たものを参考例7とした。このようにして得られた参考例3〜7のサンプルを、80℃の恒温槽に3日間放置し、MgOの分解の有無を調べた。加熱試験後の試液の色変化を目視で観察するとともに、溶解したMg量をICP発光分析により定量した。
【0060】
表4に参考例3〜7の実験結果を示す。ジメチルスルホキシドにヨウ素を加えた参考例3や、リン酸トリメチルにヨウ素を加えた参考例5では、試液の色が赤褐色から脱色したことや、試液中に溶解したMg量が25μg/gや28μg/gであったことから、これらの試液ではMgOを分解して溶解する効果があることが確認された。また、ヨウ素を加えなかった参考例4,6では、試液の色が無色のまま変化せず、試液中に溶解したMg量が0.2μg/g未満であったことから、これらの試液ではMgOを分解して溶解する効果がほとんどないことが確認された。このことから、MgOの分解が起こるにはハロゲンが必要であることがわかった。また、ヨウ素を加えたものであっても、プロピレンカーボネートを用いた参考例7では、試液の色が赤褐色のまま変化せず、試液中に溶解したMg量が0.2μg/g未満であり、MgOを分解して溶解する効果がほとんどないことが確認された。ここで、プロピレンカーボネートはハロゲンと分子錯体を形成する能力があると考えられるが、その能力が低いため、効果が得られなかったと考えられる。このことから、非水系溶媒は、ハロゲンとの間で分子錯体を形成するだけでなく、分子錯体を形成する能力が高いもの、具体的には、硫黄と酸素との二重結合を1以上有する含硫黄有機化合物、リンと酸素との二重結合を1以上有する含リン有機化合物、炭素と窒素との三重結合を1以上有する含窒素有機化合物のいずれか1以上である必要があることがわかった。
【0061】
【表4】
【0062】
(5)ラマンスペクトル分析
電解液溶媒がハロゲンと分子錯体を形成していることを確認するため、ラマンスペクトル分析を行った。具体的には、ジメチルスルホキシド(DMSO)およびリン酸トリメチル(TMP)について、ヨウ素を添加しないものとヨウ素を添加したものとを用意し、ラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトル分析は、レーザラマン分光システム(日本分光(株)製、NRS−3300)を用い、波長532nmの励起光で行った。図12は、DMSOのラマンスペクトル測定結果である。図12において、ヨウ素を含むものでは、ヨウ素を含まないものと比較してDMSOのS=O伸縮に基づく1045〜1055cm-1付近のシグナルが低波数側にシフトし、強度が弱くなった。このような差異は、DMSOとヨウ素とが分子錯体を形成し、二重結合が弱まったことに起因するものと推察された。また、図13及び図14は、TMPのラマンスペクトル測定結果である。TMPでは、特徴的なピークが2つ観察され両者が離れているため、高波数側のものを図13、低波数側のものを図14に示した。図13において、ヨウ素を含むものでは、ヨウ素を含まないものと比較してTMPのP=O伸縮に起因する1270〜1280cm-1付近のシグナルの強度が弱くなった。また、図14において、ヨウ素を含むものでは、ヨウ素を含まないものと比較してTMPのO−P−O対称伸縮に起因する730〜740cm-1付近のシグナルが低波数側にシフトし、強度が弱くなった。このような差異は、TMPとヨウ素とが分子錯体を形成したことに起因するものと推察された。
【0063】
リン酸トリメチル(TMP)について、臭素を添加しないものと臭素を添加したものとを用意し、上述と同様にしてラマンスペクトルを測定した。図15及び図16はTMPのラマンスペクトルである。TMPでは、特徴的なピークが2つ観察され両者が離れているため、高波数側のものを図15、低波数側のものを図16に示した。図15において、臭素を含むものでは、臭素を含まないものと比較してTMPのP=O伸縮に起因する1270〜1280cm-1付近のシグナルが高波数側にシフトした。また、図16において、臭素を含むものでは、臭素を含まないものと比較してTMPのO−P−O対称伸縮に起因する730〜740cm-1付近のシグナルが高波数側にシフトした。このような差異は、TMPと臭素とが分子錯体を形成したことに起因するものと推察された。
【符号の説明】
【0064】
10 非水系マグネシウム電池、14 負極、16 正極、16a 集電体、16b 導電材、16c バインダ、18 イオン伝導媒体、20 評価セル(ビーカーセル)、22 正極、24 負極、26 電解液、28 蓋、30 評価セル(F型電気化学セル)、32 ケーシング、34 負極、36 正極、38 電解液、42 発泡ニッケル板、44 ガス溜め。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16