【実施例】
【0034】
以下には、本発明の非水系マグネシウム電池について具体的に説明する。ここでは、(1)正極活物質としてハロゲンを用いるマグネシウム−ハロゲン電池、(2)正極活物質として空気を用いるマグネシウム−空気電池、(3)正極へのマグネシウムのインターカレーションを利用するマグネシウムイオン電池について具体的に説明する。
【0035】
(1)マグネシウム−ハロゲン電池
(1−A)ハロゲン:I
2
[実施例1]
(評価セルの作製)
正極は次のようにして作製した。まず、導電材としてのケッチェンブラック(三菱化学製ECP−6000)146mgと、結着材としてのテフロンバインダー(ダイキン工業製、テフロンは登録商標)20mgとを乾式で乳鉢を用いて練り合わせてシート状の正極合材を得た。この正極合材4mgをPtメッシュ(ニラコ製)に圧着して0.2cm
2の正極とした。また、負極には厚さ0.2mmで10mm×10mmのマグネシウム・アルミニウム・亜鉛合金(大阪富士工業製AZ31(Al:3質量%,Zn:1質量%))を用いた。イオン伝導媒体としての電解液は、次のようにして調製した。まず、支持塩としてのマグネシウムパークロレート(アルドリッチ製)0.5mol/Lを、電解液溶媒(非水系溶媒)としてのリン酸トリメチル(アルドリッチ製)に溶解させて溶液を調製した。この溶液12mLにヨウ素(アルドリッチ製)200mg(0.066mol/L)を溶解させて電解液とした。このようにして得られた正極、負極、電解液を用いて、アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で、次のように評価セルを作製した。まず、
図2に示すように、正極22及び負極24を評価セル(ビーカーセル)20にセットし、電解液26を注入した。次に、評価セル20の開放部にプラスチック製の蓋28を取り付け、評価セル20を密閉した。なお、ビーカーセル内の空間にはアルゴンが充填されている。また、評価セル20の容量は約30mlである。このようにして得られた評価セルを実施例1とした。
【0036】
(充放電試験)
組み立てた評価セルを北斗電工製の充放電装置(HJ1001SM8A)に接続し、正極と負極との間で0.010mA(正極材料面積あたり0.05mA/cm
2)の電流を流して放電させた。
【0037】
[実施例2]
電解液溶媒として重水素化ジメチルスルホキシド(和光純薬製、NMR用)を用い、負極にニラコ製のMg棒を用いた以外は実施例1と同様の工程を経て実施例2の評価セルを作製し、充放電試験を行った。なお、ここでは便宜上重水素化ジメチルスルホキシドを用いたが、重水素化していないジメチルスルホキシドを用いてもよい。
【0038】
[比較例1]
電解液溶媒としてプロピレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒(体積比1:1,キシダ化学製)を用いた以外は実施例1と同様の工程を経て比較例1の評価セルを作製し、充放電試験を行った。
【0039】
(1−B)ハロゲン:ICl
3
[実施例3]
ヨウ素の代わりにヨウ化トリクロリド(アルドリッチ製,純度97%)655mg(0.23mol/L)を用いた以外は、実施例1と同様の工程を経て実施例3の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0040】
[比較例2]
電解液溶媒にプロピレンカーボネートを用いた以外は実施例3と同様の工程を経て比較例2の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0041】
[実施例4,5]
電解液溶媒にリン酸トリエチル(アルドリッチ製)を用い、負極にMg棒を用いた以外は実施例3と同様の工程を経て実施例4の評価セルを作製し充放電試験を行った。また、電解液溶媒にアセトニトリル(和光純薬製、脱水品)を用い、負極にMg棒を用いた以外は実施例3と同様の工程を経て実施例5の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0042】
(1−C)ハロゲン:ICl
[実施例6]
ヨウ化トリクロリドの代わりにヨウ化モノクロリド(アルドリッチ製)765mg(0.39mol/L)を用いた以外は実施例5と同様の工程を経て実施例6の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0043】
[比較例3]
電解液溶媒にアセトニトリルの代わりにプロピレンカーボネートを用いた以外は実施例6と同様の工程を経て比較例3の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0044】
(1−D)ハロゲン:Br
2
[実施例7]
ヨウ化トリクロリドの代わりに臭素(アルドリッチ製)765mg(0.79mol/L)を用いた以外は実施例3と同様の工程を経て実施例7の評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0045】
[実験結果]
表1にマグネシウム−ハロゲン電池(実施例1〜7及び比較例1〜3)の実験結果を示す。
図3は、ハロゲンとしてI
2を用いた実施例1,2及び比較例1の放電曲線である。
図4は、ハロゲンとしてICl
3を用いた実施例3〜5及び比較例2の放電曲線である。
図5は、ハロゲンとしてIClを用いた実施例6及び比較例3の放電曲線である。
図6は、ハロゲンとしてBr
2を用いた実施例7の放電曲線である。表1及び、
図3〜6より、実施例1〜7では、比較例1〜3と比較して、高い放電電圧を維持できることがわかった。ハロゲンとしては、ICl
3を用いた実施例3〜5や、IClを用いた実施例6,Br
2を用いた実施例7で高い放電電圧を維持し、中でもICl
3を用いたものがより高い放電電圧を維持できることがわかった。電解液溶媒としては、アセトニトリルを用いた実施例5,6が高い放電電圧を維持できることがわかった。特に、アセトニトリルは、リチウム電池ではリチウムと反応してしまい適用できないことから、マグネシウム電池に特に適しているといえる。
【0046】
【表1】
【0047】
(2)マグネシウム−空気電池
[実施例8]
(評価セルの作製)
正極は次のようにして作製した。まず、酸化還元触媒としての電解二酸化マンガン(三井金属鉱山製)10mgと、導電材としてのケッチェンブラック(三菱化学製ECP−600)116mgと、結着材としてのテフロンバインダー(ダイキン工業製、テフロンは登録商標)24.8mgとを乾式で乳鉢を用いて練り合わせてシート状の正極合材を得た。この正極合材5mgをSUSメッシュ(ニラコ製)に圧着して正極部材を得た。負極には厚さ0.2mmで10mm×10mmの金属マグネシウム(和光純薬工業製)を用いた。 イオン伝導媒体としての電解液は、次のようにして調整した。まず、支持塩としてのマグネシウムパークロレート(アルドリッチ製)0.5mol/Lを、電解液溶媒としてのアセトニトリルに溶解させて溶液を調整した。この溶液10mLに、ヨウ化トリクロリド3mg(0.46mmol/L)を溶解させて電解液とした。このようにして得られた正極、負極、電解液を用いて、アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で、次のように評価セル(F型電気化学セル)30を作製した。まず、
図7に示すように、SUS製のケーシング32に負極34を設置し、正極36と負極34とを対向するようにセットした。そして、電解液38を5mL注入し、15時間保持して、負極表面の不動態膜を除く処理を行った。その後、正極36に発泡ニッケル板42を載せ、その上に、空気が正極36側へ流通可能なガス溜め44を配置し、セルを固定して実施例8の評価セル30を得た。なお、評価セル30のガス溜め44にはドライ酸素を充填した。
【0048】
(充放電試験)
組み立てた評価セル30を北斗電工製の充放電装置(HJ1001SM8A)に接続し、正極と負極の間で0.010mAの電流(正極材料あたり2mA/g)を流して、正極材料あたり300mAh/gまで放電させた。
【0049】
[比較例4]
電解液を、ヨウ化トリクロリドを含まないものとした以外は、実施例8と同様の工程を経て評価セルを作製し充放電試験を行った。
【0050】
[実験結果]
表2にマグネシウム−空気電池(実施例8及び比較例4)の実験結果を示す。
図8は、実施例8及び比較例4の放電曲線である。
図9は、実施例8及び比較例4について、放電電流密度を変えたときの放電開始10秒後の電圧を示すグラフである。ハロゲンを用いない比較例4よりハロゲンを用いた実施例8の方が高い放電電圧を維持していた。このことから、本発明のものでは、空気電池であっても、高い放電電圧を維持できることがわかった。また、実施例8では、電流密度を大きくした場合に、放電電圧の小さくなる割合が小さかった。このことから、本発明では、大電流特性も良好であることがわかった。
【0051】
【表2】
【0052】
(3)マグネシウムイオン電池
[参考例1]
(評価セルの作製)
正極は次のようにして作製した。まず、導電材としてのアセチレンブラック(三井金属鉱山製)80mg、正極活物質としての五酸化バナジウム(アルドリッチ製)120mg、結着材としてのテフロンバインダー(ダイキン工業製、テフロンは登録商標)35mgとを乾式で乳鉢を用いて練り合わせてシート状の正極合材を得た。この正極合材5mgをSUSメッシュ(ニラコ製)に圧着して正極部材を得た。負極には直径16mm、厚さ0.2mmのマグネシウム(和光純薬工業属製)を用いた。この負極は、ヨウ化トリクロリド3mg(0.46mmol/L)を溶解させたリン酸トリメチル10mLに30分間浸漬し、負極表面の不動態膜を除く処理を行ってから実験に用いた。イオン伝導媒体としての電解液は次のようにして調整した。まず、支持塩としてのマグネシウムパークロレート(アルドリッチ製)0.5mol/Lを電解液溶媒としての3−メトキシプロピオニトリル(和光純薬製)に溶解させて溶液を調整した。このようにして得られた正極、負極、電解液と、ポリエチレン製のセパレータ(東燃化学製)を用いて、アルゴン雰囲気下のグローブボックス内で、評価セルを作成した。このようにして得られた評価セルを参考例1とした。
【0053】
(充放電試験)
組み立てた評価セルを北斗電工製の充放電装置(HJ1001SM8A)に接続し、正極と負極の間で0.010mAの電流(正極材料あたり2mA/g)を流して、0.70mAhまで放電した。
【0054】
(表面分析)
評価セルに組み込む前の負極の表面について、MgO量を二次イオン質量分析により測定した(IONTOF社、TOFSIMS5)。具体的には、ヨウ化トリクロリド3mgを溶解させたリン酸トリメチル10mLへ30分間浸漬させ、その後リン酸トリメチル、トルエンの順に洗浄したものについて評価した。
【0055】
[参考例2]
負極を負極表面の不動態膜を除く処理を行わずに用いた以外は参考例1と同様の工程を経て参考例2の評価セルを作製し、充放電試験及び表面分析を行った。なお、表面分析には、負極をそのまま用いた。
【0056】
[実験結果]
表3にマグネシウムイオン電池(参考例1,2)の実験結果を示す。
図10は、参考例1,2の放電曲線である。参考例1では参考例2より高い放電電圧を維持することができた。参考例1では、電解液中に非水系溶媒とハロゲンとの分子錯体が含まれていないが、予めこうした分子錯体を含む処理液で負極を処理することで負極表面のMgO被膜(不動態被膜)が除去されたため、参考例2と比べて良好な結果が得られたものと推察された。ここで、負極表面のMgO被膜が除去されたことは、
図11に示す二次イオン質量分析による表面分析の結果より確認された。
図11より、ICl
3溶液で処理すると、処理をしていない場合に比べてMg表面のMgO量が減ったことがわかった。こうしたことから、実施例1〜8の電池は、表面のMgO被膜を予め除去することなくそのまま負極を用いて組み立てたものであるが、電解液中に分子錯体が含まれていたため、予め表面のMgO被膜を除去した負極を用いた参考例1の電池と同様、MgO被膜が除去されて放電電圧を高く維持する効果が得られた考えられる。つまり、予め負極表面のMgO被膜を除去する処理を行わなくても、電解液中に非水系溶媒とハロゲンとの分子錯体を含ませておけば、放電電圧を高く維持することができるといえる。なお、マグネシウムイオン電池においても、表面のMgO被膜を予め除去することなくそのまま負極を用い、電解液中に非水系溶媒とハロゲンとの分子錯体を含むようにすれば、参考例1と同等の効果が得られると推察された。
【0057】
【表3】
【0058】
以上詳述した実施例では、ハロゲンとして、ヨウ素、臭素、ヨウ化モノクロリド、ヨウ化トリクロリドのいずれを用いても高い放電電圧を維持することができたことから、ハロゲンは、実施例で用いたもの以外でも、同様の効果が得られるものと推察された。例えば、塩素やヨウ化モノブロミド、ヨウ化トリブロミドなどでもよいと推察された。
【0059】
(4)不動態被膜除去試験
本発明において、高い放電容量を維持できる理由としては、本発明の構成とすることで、Mg負極表面の不動態被膜の主成分であるMgOの分解が起こるためと推察された。このことを確認するため、以下の実験を行った。まず、サンプルとして、以下の参考例3〜7を用意した。MgO(アルドリッチ製、純度99.99%)27mgを9mLのスクリュー管に入れ、これに、ヨウ素8.3mgを溶解した重水素化ジメチルスルホキシド3mLを試液として加え、参考例3とした。また、ヨウ素を含まない以外は参考例3と同様にして得たものを参考例4とした。また、重水素化ジメチルスルホキシドの代わりにリン酸トリメチルを用いた以外は参考例3と同様にして得たものを参考例5とした。また、ヨウ素を含まない以外は参考例5と同様にして得たものを参考例6とした。さらに、重水素化ジメチルスルホキシドの代わりにプロピレンカーボネート(キシダ化学)を用いた以外は参考例3と同様にして得たものを参考例7とした。このようにして得られた参考例3〜7のサンプルを、80℃の恒温槽に3日間放置し、MgOの分解の有無を調べた。加熱試験後の試液の色変化を目視で観察するとともに、溶解したMg量をICP発光分析により定量した。
【0060】
表4に参考例3〜7の実験結果を示す。ジメチルスルホキシドにヨウ素を加えた参考例3や、リン酸トリメチルにヨウ素を加えた参考例5では、試液の色が赤褐色から脱色したことや、試液中に溶解したMg量が25μg/gや28μg/gであったことから、これらの試液ではMgOを分解して溶解する効果があることが確認された。また、ヨウ素を加えなかった参考例4,6では、試液の色が無色のまま変化せず、試液中に溶解したMg量が0.2μg/g未満であったことから、これらの試液ではMgOを分解して溶解する効果がほとんどないことが確認された。このことから、MgOの分解が起こるにはハロゲンが必要であることがわかった。また、ヨウ素を加えたものであっても、プロピレンカーボネートを用いた参考例7では、試液の色が赤褐色のまま変化せず、試液中に溶解したMg量が0.2μg/g未満であり、MgOを分解して溶解する効果がほとんどないことが確認された。ここで、プロピレンカーボネートはハロゲンと分子錯体を形成する能力があると考えられるが、その能力が低いため、効果が得られなかったと考えられる。このことから、非水系溶媒は、ハロゲンとの間で分子錯体を形成するだけでなく、分子錯体を形成する能力が高いもの、具体的には、硫黄と酸素との二重結合を1以上有する含硫黄有機化合物、リンと酸素との二重結合を1以上有する含リン有機化合物、炭素と窒素との三重結合を1以上有する含窒素有機化合物のいずれか1以上である必要があることがわかった。
【0061】
【表4】
【0062】
(5)ラマンスペクトル分析
電解液溶媒がハロゲンと分子錯体を形成していることを確認するため、ラマンスペクトル分析を行った。具体的には、ジメチルスルホキシド(DMSO)およびリン酸トリメチル(TMP)について、ヨウ素を添加しないものとヨウ素を添加したものとを用意し、ラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトル分析は、レーザラマン分光システム(日本分光(株)製、NRS−3300)を用い、波長532nmの励起光で行った。
図12は、DMSOのラマンスペクトル測定結果である。
図12において、ヨウ素を含むものでは、ヨウ素を含まないものと比較してDMSOのS=O伸縮に基づく1045〜1055cm
-1付近のシグナルが低波数側にシフトし、強度が弱くなった。このような差異は、DMSOとヨウ素とが分子錯体を形成し、二重結合が弱まったことに起因するものと推察された。また、
図13及び
図14は、TMPのラマンスペクトル測定結果である。TMPでは、特徴的なピークが2つ観察され両者が離れているため、高波数側のものを
図13、低波数側のものを
図14に示した。
図13において、ヨウ素を含むものでは、ヨウ素を含まないものと比較してTMPのP=O伸縮に起因する1270〜1280cm
-1付近のシグナルの強度が弱くなった。また、
図14において、ヨウ素を含むものでは、ヨウ素を含まないものと比較してTMPのO−P−O対称伸縮に起因する730〜740cm
-1付近のシグナルが低波数側にシフトし、強度が弱くなった。このような差異は、TMPとヨウ素とが分子錯体を形成したことに起因するものと推察された。
【0063】
リン酸トリメチル(TMP)について、臭素を添加しないものと臭素を添加したものとを用意し、上述と同様にしてラマンスペクトルを測定した。
図15及び
図16はTMPのラマンスペクトルである。TMPでは、特徴的なピークが2つ観察され両者が離れているため、高波数側のものを
図15、低波数側のものを
図16に示した。
図15において、臭素を含むものでは、臭素を含まないものと比較してTMPのP=O伸縮に起因する1270〜1280cm
-1付近のシグナルが高波数側にシフトした。また、
図16において、臭素を含むものでは、臭素を含まないものと比較してTMPのO−P−O対称伸縮に起因する730〜740cm
-1付近のシグナルが高波数側にシフトした。このような差異は、TMPと臭素とが分子錯体を形成したことに起因するものと推察された。