(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.10%以下、Si:1.0%以下、Mn:5%以下、Cr:10〜30%、Ni:20〜32%、Ti:2.5〜4.5%、Al:0.1〜5%、N:0.050%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.05%以下、Sが0.05%以下、O(酸素)が0.020%以下の化学組成を有し、金属組織の結晶粒度がASTMによる粒度番号で8.0以上であって、オーステナイト結晶粒界に析出した長径100nm以上のη相の個数が粒界長さ10μm当たり3.5個以下であることを特徴とする、引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
さらに、質量%で、Mo:3.0%以下およびW:6.0%以下のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1に記載の引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
さらに、質量%で、V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Zr:5.0%以下、Hf:0.01%以下およびTa:0.40%以下のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1または2に記載の引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
さらに、質量%で、B:0.020%以下、Cu:5.0%以下およびCo:10.0%以下のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1から3までのいずれかに記載の引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
さらに、質量%で、Mg:0.0050%以下、Ca:0.0050%以下、La:0.20%以下、Ce:0.20%以下、Y:0.40%以下、Sm:0.40%以下、Pr:0.40%以下およびNd:0.50%以下のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1から4までのいずれかに記載の引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
【背景技術】
【0002】
近年、水素を燃料として走行する燃料電池自動車の開発、ならびに燃料電池自動車に水素を供給する水素ステーションの実用化研究が進められている。ステンレス鋼は、燃料電池自動車の車載用配管や容器、バルブや継手等の用途に用いられる候補材料のひとつであるが、高圧の水素ガス環境ではステンレス鋼といえども水素ガスによる脆化(水素環境脆化)を起こす場合がある。高圧ガス保安法に定められる自動車用圧縮水素容器例示基準では、水素脆化を起こさないステンレス鋼としてオーステナイト系のSUS316Lの使用が認められている。
【0003】
しかしながら、燃料電池自動車の軽量化ならびに水素ステーションの高圧操業の必要性を考慮した場合、容器や配管等に用いられるステンレス鋼には既存のSUS316L以上の高強度を有し、かつ水素ガス環境で水素環境脆化を起こさないステンレス鋼が要望されている。
【0004】
鋼の強度を高める方法としては冷間加工が代表的な手法として挙げられる。特許文献1には、オーステナイトステンレス鋼における冷間加工と水素環境脆化特性に関する記載がある。断面減少率が30%以下の範囲の冷間加工であれば水素環境脆化特性に大きな影響は無いことが確認されており、20〜30%の断面減少率の冷間加工で800MPa以上の引張強度が実現できる可能性が示されている。
【0005】
特許文献2ならびに特許文献3には、微細窒化物による析出強化を活用した高圧水素ガス用高強度ステンレス鋼が提案されており、当該ステンレス鋼は800MPa以上の高強度でありながら優れた耐水素環境脆化特性を具備するとされている。
【0006】
また、非特許文献1に示されるように、水素ガス環境で水素環境脆化を起こしにくい高強度ステンレス鋼として、SUH660(A286)が挙げられる。SUH660は主に耐熱用の合金として使用されてきた経緯がある。このステンレス鋼は固溶化熱処理後に時効熱処理を行うことにより金属間化合物であるγ´相[立方晶Ni
3(Ti,Al)]を析出させることにより、引張強さ約1100MPaの強度を得ることができるとされている。また近年では、高圧水素用材料の候補としても検討されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、高圧水素ガス用のステンレス鋼としては、さらに高強度のものが求められている。特に、燃料電池自動車の車載用配管や容器、バルブや継手には、軽量化の観点から、1150MPa以上の引張強さを有する高強度の鋼材が求められている。しかし、引張強さ1150MPa以上の高強度と耐水素環境脆化特性を両立するステンレス鋼はこれまで存在しなかった。
【0010】
上記特許文献1に示された、冷間加工により高強度のオーステナイトステンレス鋼を得る手法では、安定的に1150MPa以上の引張強さを実現することはできないし、冷間加工により伸びや水素環境脆化特性が低下する問題がある。この対策として、冷間加工を2段階以上とし、異なる加工方向に冷間加工することで水素環境脆化特性の低下および伸びの低下を抑制する技術を開示するが、かなり複雑な冷間加工を余儀なくされる。
【0011】
上記特許文献2および3に示されたオーステナイトステンレス鋼は、固溶化熱処理後に時効熱処理を行うことで引張強度800MPa以上の高強度を実現しているが、安定的に1150MPa以上の引張強さを実現することはできない。
【0012】
上記非特許文献1に示された高強度ステンレス鋼SUH660は、固溶化熱処理後に時効熱処理を行うことで引張強度1100MPa以上の高強度を実現しているが、安定的に1150MPa以上の引張強さを実現することはできない。
【0013】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであって、1150MPa以上の引張強さを有し、かつ水素ガス環境で水素環境脆化を起こさないステンレス鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、かかる課題を解決すべく、SUH660(A286)と同等以上の耐水素環境脆化特性を有し、かつそれ以上の高強度を得る手法として、Tiの活用に着目した。そして、種々検討の結果、次の(a)〜(f)に示す知見を得た。
【0015】
(a) Niを含有するオーステナイト系ステンレス鋼にTiを含有させ、固溶化熱処理後に時効熱処理を施せば、長径が30nm以下の微細な金属間化合物であるγ´相[立方晶Ni
3(Ti,Al)]が析出し、析出強化により高強度化が可能である。SUH660(A286)はJIS規格(G4132)において、Ti含有量の上限が2.35%とされているが、本発明者等は、γ´相の析出を促進する元素としてTiに着目し、Tiをさらに多く含有させることで、さらなる高強度化を図ることが可能かどうかを検討した。その結果、単純にTiを増加させるだけでは高強度化と耐水素環境脆化特性の両立はできず、次に示す改善が必要であることが分かった。
【0016】
(b) すなわち、目標の引張強さである1150MPa以上を得るためには、Ti含有量を2.5%以上とし、析出強化に寄与するγ´相を多く析出させる必要がある。
【0017】
(c) 一方、Ti含有量の増加は長径100nm以上の粗大な金属間化合物η相(正方晶Ni
3Ti)を結晶粒界に多数生成させ、粒界破断型の水素環境脆化を引き起こしやすくする。この水素環境脆化を防止するには、前記の粗大なη相の生成数を電子顕微鏡観察にて観察される粒界長さ10μm当たり3.5個以下とする必要がある。
【0018】
(d) また、結晶粒の微細化も、耐水素環境脆化特性の向上に有効であるとともに、析出核を分散させるのでη相の生成防止にも有効である。これらの効果を得るには、ASTMによる結晶粒度番号で8番以上となるように結晶粒を微細化する必要がある。
【0019】
(e) 粗大なη相の生成を防止し、結晶粒を微細化させるためには、固溶化熱処理条件および時効熱処理条件を適切に管理すればよい。
【0020】
(f) Ni含有量の増加もγ´相の生成促進に有効だが、過剰に含有させると転位の局在化(プラナー化)が起こり易くなり、耐水素環境脆化特性が低下する。
【0021】
本発明は、上記の知見に基づいて完成したものであって、その要旨は下記の(1)〜(5)に示す高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼にある。
【0022】
(1) 質量%で、C:0.10%以下、Si:1.0%以下、Mn:5%以下、Cr:10〜30%、Ni:20〜32%、Ti:2.5〜4.5%、Al:0.1〜5%、N:0.050%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のPが0.05%以下、Sが0.05%以下、O(酸素)が0.020%以下の化学組成を有し、金属組織の結晶粒度がASTMによる粒度番号で8.0以上であって、オーステナイト結晶粒界に析出した長径100nm以上のη相の個数が粒界長さ10μm当たり3.5個以下であることを特徴とする、引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
【0023】
(2) さらに、質量%で、Mo:3.0%以下およびW:6.0%以下のうちの1種または2種を含有することを特徴とする、上記(1)の引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
【0024】
(3) さらに、質量%で、V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Zr:5.0%以下、Hf:0.01%以下およびTa:0.40%以下のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)の引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
【0025】
(4) さらに、質量%で、B:0.020%以下、Cu:5.0%以下およびCo:10.0%以下のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかの引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
【0026】
(5) さらに、質量%で、Mg:0.0050%以下、Ca:0.0050%以下、La:0.20%以下、Ce:0.20%以下、Y:0.40%以下、Sm:0.40%以下、Pr:0.40%以下およびNd:0.50%以下のうちの1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)〜4のいずれかの引張強さが1150MPa以上の高圧水素ガス用オーステナイトステンレス鋼。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、1150MPa以上の引張強さを有し、かつ水素ガス環境で水素環境脆化を起こさないステンレス鋼を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明において、鋼板の化学組成および金属組織を限定する理由は次のとおりである。
【0029】
(A)鋼の化学組成
鋼の各成分の作用効果および各成分の好ましい含有量は下記のとおりである。なお、含有量に関する「%」は「質量%」を意味する。
【0030】
C:0.10%以下
Cは、オーステナイト安定化元素ではあるが、同時に鋭敏化の原因にもなるので、本発明においては、Cは少ない方がよい。Cが0.10%を超えるとM
23C
6型炭化物が粒界に析出しやすくなり、靱性等への悪影響を及ぼすため、Cは0.10%以下に抑制する。Cの含有量は0.080%以下がより好ましく、0.055%以下がさらに好ましい。
【0031】
Si:1.0%以下
Siは多量に含有されると、Ni、Cr等と金属間化合物を形成したり、シグマ相などの金属間化合物の生成を助長したりして、熱間加工性を著しく低下させる場合がある。そのため、Siの含有量を1.0%以下とした。好ましくは0.5%以下である。なお、Siは少ないほどよいが、精錬コストを考慮すれば、Siの含有量は0.001%以上とするのが望ましい。
【0032】
Mn:5%以下
Mnは、安価なオーステナイト安定化元素であり、含有させればNi、N等と同様にオーステナイト組織を安定化させる作用を有する。一方で、過剰に含有させると偏析し易くなり、また熱間加工性の低下などを招くため、Mnの含有量の上限を5%とする。好ましくは3%以下、さらに好ましくは1.5%以下である。Mnの含有量の下限は、好ましくは0.05%であり、より好ましくは、0.1%であり、更に好ましくは0.25%である。
【0033】
Cr:10〜30%
Crは、耐候性や耐酸性などのステンレス鋼としての一般的な耐食性を確保する元素として有効である。その含有量が10%未満では、本発明では耐食性が不十分である。一方、30%を超えて含有させても本発明が対象とする高圧水素ガス用途のステンレス鋼としての耐食性は飽和するため、Crの含有量の上限を30%とする。Crの含有量の好ましい下限は12%、より好ましい下限は14%である。そして、Crの含有量の好ましい上限は25%であり、より好ましい上限は20%である。
【0034】
Ni:20〜32%
Niは、オーステナイト安定化元素であり、かつ本発明では微細なγ´相[立方晶Ni
3(Ti,Al)]を析出させ鋼の高強度化に作用する元素として重要である。ただし、Niの含有量が20%未満ではこれらの充分な効果が得られない。一方、32%を超えて含有させると転位の局在化(プラナー化)が起こり易くなり、水素環境脆化特性が低下するため、その上限を32%とする。Niの含有量の好ましい下限は22%、より好ましい下限は23%である。そして、好ましい上限は30%であり、より好ましい上限は28%である。
【0035】
Ti:2.5〜4.5%
Tiは、時効処理により微細なγ´相[立方晶Ni
3(Ti,Al)]を析出させ鋼の高強度化に作用する元素として本発明では重要な元素である。ただし、Tiの含有量が2.5%未満ではγ´相の析出量が不十分であり、所望の高強度が得られない。一方、4.5%を超えて含有させると熱間加工性が著しく低下するため、上限を4.5%とした。Tiの含有量の好ましい下限は2.7%、より好ましい下限は2.8%である。そして、好ましい上限は4.0%であり、より好ましい上限は3.5%である。
【0036】
Al:0.1〜5%
Alは脱酸剤として作用し、さらに本発明では微細なγ´相[立方晶Ni
3(Ti,Al)]を安定化させその析出を促進するのに有効であり、Tiと共に鋼の強化に寄与する。この観点から、Alは0.1%以上の含有が必要である。望ましくは0.75%%以上、さらに望ましくは1.0%%以上である。一方、5%を超えて含有させてもその効果は飽和するため、その上限を5%とする。ここで、Alとは「sol.Al(酸可溶性Al)」を意味する。
【0037】
N:0.05%以下
Nは、含有させればオーステナイト組織を安定化させる効果を有する。また、Nは窒化物を形成しやすく、析出強化に寄与する。しかし、多量のTiを含有する場合はTiNを形成して、γ´相の形成を妨げ、窒化物を形成し機械的特性を劣化させる。そのため、N含有量の上限を0.05%とする。好ましくは0.015%以下であり、さらに好ましくは0.01%以下である。
【0038】
P:0.05%以下
Pは鋼の靭性等に悪影響を及ぼす不純物元素であり、0.05%以下でできるだけ少ない方がよい。好ましくは0.025%以下、さらに好ましくは0.015%以下である。
【0039】
S:0.05%以下
SもPと同様に、鋼の靭性等に悪影響を及ぼす不純物元素であり、0.05%以下でできるだけ少ない方がよい。好ましくは0.01%以下、さらに好ましくは0.005%以下である。
【0040】
O:0.020%以下
O(酸素)は不純物であって、鋼の靭性等に悪影響を及ぼすことがあり、0.020%以下でできるだけ少ない方がよい。好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.010%以下である。
【0041】
本発明に係る鋼は、上記の化学組成を有し、残部がFeおよび不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼を工業的に製造する際に鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分である。
【0042】
本発明に係る鋼は、上記の成分のほか、必要に応じて、次の第1群から第4群までの少なくとも1群から選んだ1種以上の成分を含有させることができる。以下、これらの群に属する成分について述べる。
【0043】
第1群に属する元素は、MoおよびWである。これらは炭窒化物の生成と安定化を促し、かつ固溶強化にも寄与するという共通の作用効果を有する。それぞれの含有量の限定理由は以下のとおりである。
【0044】
Mo:3.0%以下、W:6.0%以下
これらの元素は炭窒化物を形成し結晶粒を微細化する効果を有し、また固溶強化にも寄与するので、これらのうちの1種又は2種を必要に応じて含有させることができる。しかし、過剰に含有させてもその効果は飽和するため、これらを含有させる場合には含有量を、Moについては3.0%以下、そして、Wについては6.0%以下とする。なお、Moの効果を得たい場合にはMoを0.3%以上含有させるのが好ましい。また、Wの効果を得たい場合にはWを0.3%以上含有させるのが好ましい。
【0045】
第2群に属する元素は、Zr、Hf、Taである。これらは炭窒化物の生成を促進する共通の作用効果を有する。
【0046】
V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Zr:5.0%以下、Hf:0.01%以下、Ta:0.40%以下
V、Nb、Zr、HfおよびTaは、合金炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する効果を有するので、これらのうちの1種又は2種以上を必要に応じて含有させることができる。ただし、過剰に含有させてもその効果は飽和するため、VおよびNbの上限をそれぞれ1.0%、Zrの上限を5.0%、Hfの上限を0.01%、そして、Taの上限を0.40%とする。なお、合金炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する効果を得たい場合には、VおよびNbに関してはそれぞれ0.01%以上含有させることが好ましく、そして、Zr、HfおよびTaについてはそれぞれ0.001%以上含有させることが好ましい。
【0047】
第3群に属する元素は、B、CuおよびCoである。これらは鋼の高強度化に寄与するので、これらのうちの1種又は2種以上を必要に応じて含有させることができる。それぞれの含有量の限定理由は次のとおりである。
【0048】
B:0.020%以下
Bは、析出物を微細化しオーステナイト結晶粒径の微細化して、強度を上げるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、含有量が過多になると低融点の化合物を形成して熱間加工性を低下させる場合があるので、その上限を0.020%とする。なお、この効果を得たい場合は0.0001%以上含有させるのが好ましい。
【0049】
Cu:5.0%以下
Cuはオーステナイト安定化元素であり、固溶強化により高強度化に寄与するため、必要に応じて含有させることができる。しかし、効果と材料コストとの兼ね合いから含有量の上限は5.0%とする。なお、この効果を得たい場合は0.3%以上含有させるのが好ましい。
【0050】
Co:10.0%以下
Coはオーステナイト安定化元素であり、固溶強化により高強度化に寄与するため、必要に応じて含有させることができる。しかし、効果と材料コストとの兼ね合いから含有量の上限は10.0%とする。なお、この効果を得たい場合は0.3%以上含有させるのが好ましい。
【0051】
第4群に属するのは、Mg、Ca、La、Ce、Y、Sm、PrおよびNdである。これらは鋳造時の凝固割れを防止する共通の作用を有する。
【0052】
Mg:0.0050%以下、Ca:0.0050%以下、La:0.20%以下、Ce:0.20%以下、Y:0.40%以下、Sm:0.40%以下、Pr:0.40%以下、Nd:0.50%以下
MgとCaおよび遷移金属の中でLa、Ce、Y、Sm、PrおよびNdは、鋳造時の凝固割れを防止する作用を有するので、これらのうちの1種または2種以上を必要に応じて含有させることができる。ただし、過剰に含有させた場合には熱間加工性の低下を招くため、含有量の上限を、MgとCaについては0.0050%、LaとCeについては0.20%、Y、SmおよびPrについては0.40%、Ndについては0.50%とする。なお、この効果を得たい場合には、それぞれ、0.0001%以上含有させるのが好ましい。
【0053】
(B)鋼の組織
結晶粒界に析出した長径100nm以上の粗大なη相は耐水素環境脆化特性を低下させるため、その析出数は粒界長さ10μm当たり3.5個以下とする必要がある。粗大なη相の析出を抑制するには、結晶粒径を微細化することが有効な手段のひとつであり、結晶粒度番号をASTM結晶粒度番号(ASTM E 112)で8.0以上とする必要がある。好ましくは9.0以上、より好ましくは9.3以上である。
【0054】
また、本発明鋼で対象とするような高強度ステンレス鋼では結晶粒界の水素環境脆化感受性は本来高いため、結晶粒の微細化は粗大なη相の析出抑制だけでなく、耐水素環境脆化特性の向上にも有効である。この観点からも結晶粒度番号は8.0番以上である必要がある。
【0055】
(C)製造方法
本発明の鋼の製造方法は、特に限定するものではないが、粗大なη相の生成を防止し、結晶粒を微細化させるために、その固溶化熱処理条件および時効熱処理条件を適切に管理するのがよい。
【0056】
本発明の鋼の製造に当たっては、まず目的とする所定の形状を得る。前述の化学組成を有する鋼塊を溶製した後、鋳造ままあるいは鍛造や分解圧延により、例えばビレットとする。その後、熱間押出しや熱間鍛造、熱間圧延等の熱間加工を行う。熱間加工前の加熱温度は1000℃〜1200℃が望ましい。熱間加工終了温度は1000℃以上が望ましい。熱間加工後、最終熱処理を行ってもよい。また、必要に応じて冷間加工を加えてもよい。
【0057】
粗大なη相の生成防止と充分な耐水素環境脆化特性効果を得るには、固溶化熱処理温度は850℃〜950℃で均熱5分以上保持し、その後水冷するのがよい。固溶化熱処理温度を850℃以上とすると、後の時効処理により充分な強度を得ることができる。また、固溶化熱処理温度が950℃以下であると、結晶粒は微細であり、粗大なη相の生成が防止されるとともに充分な耐水素環境脆化特性効果を得ることができる。
【0058】
次に、時効熱処理によりγ´相を析出させることによって、高強度化が可能となる。γ´相を適正に析出させることができる時効熱処理温度は630〜770℃であり、その熱処理時間は8時間以上である。時効熱処理温度を630℃以上にするとγ´相を十分に析出させることができ、目標の強度を得ることができる。ただし、時効熱処理温度が770℃を超えると過時効となり、γ´相が粗大化するとともに、粒界に粗大な金属間化合物η相が析出し易くなり、耐水素環境脆化特性が低下する。そして、時効熱処理時間が8時間未満ではγ´相の析出が不充分で所望の強度が得られない。時効熱処理時間の上限は特にないが、熱処理時間が過剰に長くなると製造コストが増加するため、24時間以内が望ましい。
【実施例】
【0059】
以下、実施例に基づき、本発明の効果を説明する。
【0060】
表1に示す化学組成を有するステンレス鋼を50kg真空溶解し、熱間鍛造により40〜60mmの厚さのブロックとし、このブロックを用いて15mm厚まで熱間圧延を行い、固溶化熱処理および時効熱処理を施し強度を調整した。
【0061】
【表1】
【0062】
板材から圧延長手方向に垂直な断面を観察できるように樹脂埋めし、電解エッチング後、結晶粒度番号(ASTM E 112準拠)を測定した。また、同じく圧延長手方向に垂直な断面の樹脂埋め込み材を用いて、薄膜法による電子顕微鏡観察により、結晶粒界近傍の析出物の観察を行った。30000倍の倍率で粒界を含む10μm
2の領域を計10視野観察し、粒界長さと大きさ100〜1000nmの析出物の個数を計測し、粒界長さ10μm当たりの100〜1000nmの析出物の個数を算出した。なお、ここで計測された析出物はいずれもη相[正方晶Ni
3Ti]であった。
【0063】
板材の長手方向に、平行部直径が2.5mmの丸棒引張試験片を採取し、常温大気中でまたは常温の85MPaの高圧水素ガス中で、ひずみ速度3×10
−6(s
−1)で引張試験を行い、引張強さ(TS)、相対破断伸びを測定した。水素の影響は延性の低下に顕著に現れることから、水素中破断伸びと大気中破断伸びの比を相対破断伸びとした。なお、この相対破断伸びが80%以上であれば水素による延性低下は軽微であり、耐水素環境脆化特性に優れると判断した。相対破断伸びは、次式で計算される。
相対破断伸び(%)=(水素中破断伸び)/(大気中破断伸び)×100
【0064】
表2に、各試験材の熱処理条件、結晶粒度番号、η相の計測数、引張強さ(TS)、相対破断伸びを整理して示す。
【0065】
【表2】
【0066】
ここで、試験番号1〜31は本発明例であり、結晶粒度番号が8番以上で、η相の個数は粒界長さ10μm当たり3.5個以下、引張強さ(TS)は1150MPa以上であり、相対破断伸びも80%以上で良好な耐水素環境脆化特性を有していた。
【0067】
これに対して、試験番号32〜45は比較例である。試験番号32は固溶化熱処理温度が低すぎ、固溶化の効果が不充分で偏析等の残留により粗大なη相が析出し、強度も目標値未満であり、さらに耐水素環境脆化特性にも劣っていた。試験番号33および34では固溶化熱処理温度が高すぎ、結晶粒の粗大化、さらにはη相の析出も起こり、耐水素環境脆化特性に劣っていた。
【0068】
試験番号35は固溶化熱処理温度が高すぎたため結晶粒が粗大化し、時効熱処理条件が適正であったにもかかわらず、η相の個数が過大となり耐水素環境脆化特性は劣っていた。試験番号36は時効温度が低すぎ、γ´相の析出が不充分で強度が目標に達しなかった。試験番号37は時効時間が不足し、γ´相の析出が不十分で目標とする強度が得られなかった。試験番号38は時効時間が不足し、γ´相の析出が不十分で目標とする強度が得られなかった。試験番号39は固溶化熱処理温度が高すぎた上に、時効時間が不足し、γ´相の析出が不十分で目標とする強度が得られなかった。試験番号40は時効温度が高すぎ、γ´相が粗大化し強度も目標に達せず、η相も析出して耐水素環境脆化特性も著しく低下した。
【0069】
試験番号41および42はTi含有量が低すぎて、γ´相の生成が不充分で強度が目標に達しなかった。試験番号43はNi含有量が低すぎて、γ´相の生成が不充分で強度が目標に達しなかった。試験番号44はNi含有量が高すぎて、転位のプラナー化により耐水素環境脆化特性が低下した。試験番号45はsol.Alの含有量が低すぎて、η相が粗大化し、耐水素環境脆化特性も低下した。