特許第5787309号(P5787309)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5787309
(24)【登録日】2015年8月7日
(45)【発行日】2015年9月30日
(54)【発明の名称】D−酒石酸又はその塩類の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 51/295 20060101AFI20150910BHJP
   C07C 59/255 20060101ALI20150910BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20150910BHJP
【FI】
   C07C51/295
   C07C59/255
   !C07B61/00 300
【請求項の数】9
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2011-36162(P2011-36162)
(22)【出願日】2011年2月22日
(65)【公開番号】特開2012-171927(P2012-171927A)
(43)【公開日】2012年9月10日
【審査請求日】2013年12月19日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】593171592
【氏名又は名称】学校法人玉川学園
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】星野 達雄
(72)【発明者】
【氏名】田副 正明
(72)【発明者】
【氏名】小林 節子
(72)【発明者】
【氏名】清水 明子
【審査官】 井上 千弥子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−245497(JP,A)
【文献】 米国特許第02043950(US,A)
【文献】 米国特許出願公開第2003/0097029(US,A1)
【文献】 特開2012−147728(JP,A)
【文献】 Eur. J. Org. Chem.,2001年,4,pp. 735-740
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 51/00−59/92
CAplus/REGISTRY/CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4−ケト−D−アラボン酸カリウムからD−酒石酸又はその塩類を製造する方法であって、
4−ケト−D−アラボン酸カリウムを含む水溶液に炭酸塩を好気的に接触させて反応液中にD−酒石酸又はその塩類を生産することを特徴とする、
D−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項2】
前記炭酸塩が、炭酸カリウム塩である、
請求項1に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項3】
前記炭酸カリウム塩の濃度が、0.005〜1.5Mである、
請求項1又は2に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項4】
前記炭酸カリウム塩と、
銅化合物、マンガン化合物、ニッケル化合物、鉄化合物からなる群から選択された少なくとも1種の遷移金属化合物とを接触させる、
請求項1〜3のいずれか1項に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項5】
前記遷移金属化合物が、酸化銅(II)、塩基性炭酸銅(II)、硫酸マンガン(II)、酸化マンガン(IV)、硫酸ニッケル(II)、硫酸鉄(II)、硫酸鉄(III)からなる群から選択された少なくとも1種の遷移金属化合物である、
請求項4に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項6】
前記遷移金属化合物の濃度が、0.0001〜2%(w/v)である、
請求項4又は5に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項7】
前記反応が、pH8〜12、温度15〜60℃で1〜5日間行われる、
請求項1〜6のいずれか1項に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項8】
さらに、前記反応液からD−酒石酸又はその塩類を精製する工程を有する、
請求項1〜7のいずれか1項に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【請求項9】
前記精製工程で精製されたD−酒石酸塩が、D−酒石酸の1カリウム塩である、
請求項8に記載のD−酒石酸又はその塩類の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類からD−酒石酸又はその塩類を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
D−酒石酸及びその塩類は、光学活性を有する有機化合物であり、医薬品や農薬を製造する際の光学分割剤や不斉化合物の原料として用いられると共に、D−酒石酸誘導体の原料としても工業的に広く利用されている重要な物質である。
【0003】
D−酒石酸の製造方法としては、例えば、ワイン製造の際に副産物として生ずるL−酒石酸を化学的にラセミ化して得られるDL−酒石酸のそれぞれの結晶形の違いによってD−酒石酸を選択的に採取する化学的分割法(特許文献1〜3、非特許文献1及び2)、DL−酒石酸からL−酒石酸のみ特異的に反応する脱水酵素を用いて異化物質に変換し、残留成分からD−酒石酸を採取する酵素法(特許文献4)、DL−酒石酸を炭素源とする発酵法によってL−酒石酸のみを選択的に資化させ、残留するD−酒石酸を採取する選択的発酵法(特許文献5)、石油成分のベンゼンから化学合成によって得られるシスエポキシコハク酸にD体特異的な加水分解酵素を作用させ、D−酒石酸を製造する方法(特許文献6)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】ソ連特許第694492号明細書
【特許文献2】特開昭59−55851号公報
【特許文献3】特開昭59−29636号公報
【特許文献4】特開昭50−24490号公報
【特許文献5】特公平8−17718号公報
【特許文献6】特開平8−245497号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】リ(R.Li)、「イヤオ ゴンギー(Yiyao Gongye)」、(ソ連)、1988、19、p.442
【非特許文献2】モスコヴェッツら(O.F.Moskovets et al.)、「デポジテッド ドット ビニティ(Deposited Dot.VINITI)」、(ソ連)、1983、p.81−83
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、D−酒石酸製造での基質原料としては、L−酒石酸を原料としたDL−酒石酸や原油を原料としたシスエポキシコハク酸が利用されているが、より安価な基質原料を用いた効率的な高純度D−酒石酸の製造が求められている。
【0007】
本発明は、4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類からD−酒石酸又はその塩類を高収量、かつ高収率で製造する方法であって、工業的な製造に利用可能な実用性の高い方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類からD−酒石酸又はその塩類を効率良く、かつ、低コストで製造でき、工業的な生産に利用し得る実用性の高い方法についての最適条件を見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類からD−酒石酸又はその塩類を製造する方法であって、4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類を含む水溶液に炭酸塩を好気的に接触させて反応液中にD−酒石酸又はその塩類を生産することを特徴とする、D−酒石酸又はその塩類の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類に炭酸塩を好気的に接触させることでD−酒石酸又はその塩類を効率良く、かつ、低コストで製造することができる。さらに、炭酸塩と触媒機能をもつ遷移金属化合物を同時に接触させれば、D−酒石酸又はその塩類をより効率良く製造することができる。そのため、本発明の製造方法は、工業的な製造に利用することが可能であり、実用性もきわめて高い。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明の実施形態について詳細に説明する。すなわち、本実施形態における基質である4−ケト−D−アラボン酸とは、遊離型の4−ケト−D−アラボン酸を示し、その塩類とは、4−ケト−D−アラボン酸のカリウム塩、ナトリウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩等を例示することができる。
【0012】
本実施形態における前記基質の4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類の濃度は、特に制限されないが、5〜15%(w/v)の範囲が好ましく、5〜10%(w/v)の範囲であることがより好ましい。
【0013】
本実施形態において、4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類に接触させる炭酸塩には、カリウム、ナトリウム、カルシウム、アンモニウム等の炭酸塩を用いることができる。
【0014】
また、本実施形態における前記炭酸塩濃度は、D−酒石酸又はその塩類の収率を向上させる観点から、0.005〜1.5Mの範囲が好ましく、0.5〜1Mの範囲であることがより好ましい。
【0015】
前記反応においては、D−酒石酸又はその塩類の収率を向上させる観点から、pH8〜12の範囲であることが好ましく、pH9〜11の範囲であることが特に好ましい。
【0016】
前記pH調整には、塩酸、硫酸、硝酸等の酸溶液や水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、アンモニア等のアルカリ溶液を用いることができる。
【0017】
前記酸溶液及びアルカリ溶液は、前記反応前及び/又は反応途中に添加することができる。
【0018】
本実施形態における反応温度は、D−酒石酸又はその塩類の収率を向上させる観点から、15〜60℃の範囲であることが好ましく、15〜40℃の範囲であることがより好ましい。
【0019】
本実施形態における反応は、好気的条件下で行うことが必須であり、フラスコなどの小型反応器を用いる場合には、反応容器に通気性の良い栓を付けて往復又は回転振とうによって行い、また反応タンク等の大型反応槽を用いる場合には、空気又は酸素を供給しながら撹拌を行う。
【0020】
本実施形態において、前記の条件で反応を行うと、1〜5日間、好ましくは1〜3日間で反応は終了し、高効率でD−酒石酸又はその塩類を生産することが可能である。
【0021】
本実施形態において、前記4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類に炭酸塩と触媒機能をもつ遷移金属化合物とを好気的に接触させることによって、より優れたD−酒石酸又はその塩類への変換効率が得られるため、特に好ましい。
【0022】
前記遷移金属化合物は、遷移金属類である銅、マンガン、ニッケル、鉄等の塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩等の水溶性金属化合物を用いることができ、酸化銅、酸化マンガン、酸化鉄等の不溶性金属化合物も用いることができる。特に、該不溶性金属化合物は、該反応終了後に遠心分離によって容易に回収することができ、回収した該不溶性金属化合物を再度、該反応に用いることができるため好ましい。
【0023】
本実施形態における遷移金属化合物の添加量は、D−酒石酸又はその塩類の収率を向上させる観点から、反応液に対して0.0001〜2%(w/v)の範囲であることが好ましく、0.001〜1%(w/v)の範囲であることがより好ましい。
【0024】
本実施形態における前記遷移金属化合物の存在下での炭酸塩濃度は、D−酒石酸又はその塩類の収率を向上させる観点から、0.005〜1.5Mの範囲が好ましく、0.1〜1.0Mの範囲がより好ましく、0.3〜0.5Mの範囲がさらに好ましい。
【0025】
本実施形態において、前記4−ケト−D−アラボン酸又はその塩類に炭酸塩と遷移金属化合物とを好気的に接触させると、1〜4日間、好ましくは1〜2日間で反応は終了し、より高効率でD−酒石酸又はその塩類を生産することが可能である。
【0026】
さらに、前記で得た反応液から、D−酒石酸又はその塩類を精製する方法は、特に制限されないが、例えば、D−酒石酸水素カリウム(D−酒石酸1カリウム塩とも言う。)が水に対して難溶性の性質であることを利用する一般的な方法を用いることで容易に精製することができる。
【0027】
すなわち、前記反応液を遠心分離によって遠心上澄液と不溶性成分とに分ける。なお、回収した不溶性成分には、遷移金属化合物が含まれているため、再度、該反応に利用することができる。
【0028】
一方、前記遠心上澄液に塩酸等の無機酸を添加してpHを3.5〜4.0の範囲に下げることで、D−酒石酸水素カリウム塩を沈殿物として得ることができる。また、D−酒石酸水素カリウム塩の回収率を高めるために、低温で保存する方が好ましい。
【0029】
前記工程によって得たD−酒石酸水素カリウム塩を含む沈殿物は、遠心分離やろ過等の方法によって回収できる。
【0030】
また、回収した沈殿物は、少量の水に懸濁させ、アルカリ溶液として5M水酸化カリウムを添加しながら溶解させた後、残存している不溶性成分の遷移金属化合物等を遠心分離によって再度除去し、遠心上澄液を得ることができる。
【0031】
この遠心上澄液を前記と同様に塩酸等の無機酸を添加してpH3.5〜4.0の範囲に下げて、低温(例えば、5℃)で一晩保持することで、D−酒石酸水素カリウム塩の再結晶化を効率よく行うことができる。また、これらの操作を繰り返すことによって、D−酒石酸水素カリウム塩の純度を高めることができる。
【0032】
前記D−酒石酸水素カリウム塩の結晶は、遠心分離によって回収することができ、回収した該結晶を真空減圧下で乾燥させると、高純度のD−酒石酸水素カリウム塩を得ることができる。
【0033】
さらに、前記D−酒石酸水素カリウム塩を水に懸濁し、攪拌しながら水酸化カリウム溶液を加えてpHを7〜8に調整すると水溶性のD−酒石酸二カリウムとなり、これをH型陽イオン交換樹脂を充填したカラムに通過させた後、さらに脱イオン水で該カラムの洗浄を行い、カラムを通過した非吸着画分及び洗液を回収することもできる。
【0034】
前記回収液を35℃で減圧濃縮し、得られたペースト状の濃縮物を少量のエタノールに溶解させ、これを5℃の冷蔵庫で保持することで遊離型のD−酒石酸結晶を析出することができる。
【0035】
また、前記結晶を遠心分離によって回収し、これを真空乾燥することで高純度の遊離型のD−酒石酸を得ることができる。
【0036】
本実施形態における4−ケト−D−アラボン酸及び酒石酸の定量は、Herrmannらが報告した高速液体クロマトグラフィー(以下、HPLCと示す。)法(Herrmann et.al,Appl.Microbiol.Biotechnol.,64,86−90,2004)を用いることもできるが、その方法を改良した定量法で分析することがより好ましい。なお、その改良した定量法を以下に示す。
【0037】
前記改良した定量法とは、カラムにショウデックス RSpak DE−613カラム(6.0mm内径×150mm長、ショウデックス社製)を用い、移動相溶媒として9mM過塩素酸溶液を1分間あたり0.5mlの流速で流すこととし、波長210nmの紫外線(UV)検出器で検出し、そのピ−クを記録計で記録することで定量計算を行う。なお、該条件下においては、4−ケト−D−アラボン酸が7.71分及びD−酒石酸が8.76分の保持時間を示す。
【0038】
本実施形態における反応液中の4−ケト−D−アラボン酸及びD−酒石酸の定量は、それぞれのサンプルのピ−ク面積を既知濃度の4−ケト−D−アラボン酸及びD−酒石酸標準液のピ−ク面積と比較することによって、その濃度を算出する。
【0039】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0040】
1.炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液の濃度の検討
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウムを含む0.0005M、0.005M、0.05M、0.1M、0.3M、0.5M、1.0M又は1.5M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は30℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。なお、対照には炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液の代わりに蒸留水を用い、該混合液を5M水酸化カリウム溶液でpH10.0に調整した。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、この希釈液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表1に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
表1に示したように、1.0M炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)を用いた場合、D−酒石酸の生成量が最大値を示し、11.3g/L(モル収率は16.5%)であった。
【0043】
2.炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液中に添加する遷移金属化合物の検討
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)、塩基性炭酸銅(II)1水和物(和光純薬社)、硫酸マンガン(II)5水和物(和光純薬社)、粉末酸化マンガン(IV)(シグマ社)、硫酸ニッケル(II)6水和物(和光純薬社)、硫酸鉄(III)n水和物(和光純薬社)又は硫酸鉄(II)6水和物(和光純薬社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。なお、遷移金属化合物無添加の場合を対照とした。反応開始46時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
表2に示したように、試験した7種の遷移金属化合物の全ての場合において、反応液中のD−酒石酸濃度が無添加(対照)の場合より高い値を示した。特に銅化合物、マンガン化合物又は鉄化合物の添加がD−酒石酸の生成に有効であった。
【0046】
3.炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液中に添加する酸化銅(II)濃度の検討
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.0001%(w/v)、0.001%(w/v)、0.01%(w/v)、0.05%(w/v)、0.1%(w/v)、0.5%(w/v)、1.0%(w/v)又は2.0%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。なお、該粉末酸化銅(II)無添加の場合を対照とした。反応開始44時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
表3に示したように、酸化銅(II)(粉末)を添加した全ての場合において、反応液中のD−酒石酸濃度が無添加(対照)の場合より高い値を示した。特に、0.01%(w/v)添加の場合では、23.6g/L(モル収率は34.4%)、0.05%(w/v)添加の場合では21.9g/L(モル収率は31.9%)とD−酒石酸の生成に有効であった。
【0049】
4.酸化銅(II)単独によるD−酒石酸への変換
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.0001%(w/v)、0.001%(w/v)、0.01%(w/v)、0.05%(w/v)、0.1%(w/v)、0.5%(w/v)、1.0%(w/v)又は2.0%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む蒸留水(5M水酸化カリウム溶液でpH10.0に調整した。)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。なお、粉末酸化銅(II)無添加の場合を対照とした。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表4に示す。
【0050】
【表4】
【0051】
表4に示したように、炭酸塩非存在下において、酸化銅(II)による触媒効果はほとんど認められず、反応液中のD−酒石酸濃度が0.5〜1.8g/L(モル収率0.7〜2.6%)であった。この結果から、酸化銅(II)単独では、4−ケト−D−アラボン酸からのD−酒石酸への変換効率は低いことが分かった。
【0052】
5.炭酸塩の検討
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)、0.3M(終濃度)炭酸二ナトリウム−炭酸水素ナトリウム溶液(pH10.0)又は0.3M(終濃度)炭酸二アンモニウム−アンモニア溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表5に示す。
【0053】
【表5】
【0054】
表5に示したように、試験した全ての場合においてD−酒石酸は生成され、特に炭酸二カリウム−炭酸水素カリウムの場合及び炭酸二ナトリウム−炭酸水素ナトリウムの場合で高い値を示した。
【0055】
6.粉末酸化銅(II)存在下での炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム濃度の検討
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.0005M、0.005M、0.05M、0.1M、0.3M、0.5M、1.0M又は1.5M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。なお、対照には炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液の代わりに蒸留水を用い、該混合液を5M水酸化カリウム溶液でpH10.0に調整した。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表6に示す。
【0056】
【表6】
【0057】
表6に示したように、炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の濃度が0.3〜0.5Mの場合、反応液中のD−酒石酸濃度が20.3〜22.9g/L(収率は29.6〜33.4モル%)と特に高い値を示した。
【0058】
7.酸化銅(II)存在下での炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液のpHの検討
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH8.00、9.00、10.0、11.0又は12.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表7に示す。
【0059】
【表7】
【0060】
表7に示したように、試験した全てのpHにおいてD−酒石酸が16.2〜23.6g/L(モル収率は23.6〜34.4%)生成され、特にpH10.0の場合に最も高い値を示した。
【0061】
8.温度の検討
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は15℃、28℃、40℃又は60℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。反応開始44時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表8に示す。
【0062】
【表8】
【0063】
表8に示したように、試験した全ての温度においてD−酒石酸が11.5〜23.6g/L(モル収率は16.8〜34.4%)生成され、特に反応温度が28℃の場合に、23.6g/L(収率は34.4モル%)と最も高い値を示した。
【0064】
9.酸素の有無
277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて大気雰囲気下又は窒素ガス雰囲気下で撹拌しながら行った。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表9に示す。
【0065】
【表9】
【0066】
表9に示したように、大気雰囲気下ではD−酒石酸が23.6g/L(モル収率34.4%)生成され、一方、窒素ガス雰囲気下においてはD−酒石酸は全く生成されなかった。
【0067】
10.基質濃度の検討
5%(w/v)、7.5%(w/v)、10%(w/v)又は15%(w/v)の4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表10に示す。
【0068】
【表10】
【0069】
表10に示したように、試験した全ての濃度においてD−酒石酸が14.2〜30.7g/L(モル収率は23.6〜34.4%)生成された。
【0070】
11.Tris・HCl溶液での検討
D−酒石酸の生成に及ぼす炭酸塩の有無について、炭酸塩からなる炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH9.5)と、炭酸塩を含まず同様の緩衝能をもつTris・HCl溶液(pH9.5)とを用い、粉末酸化銅(II)の存在下又は非存在下でのD−酒石酸の生成について検討した。
【0071】
すなわち、粉末酸化銅(II)の存在下の場合では、277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH9.5)又は0.75M(終濃度)Tris・HCl溶液(pH9.5)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。
【0072】
一方、粉末酸化銅(II)の非存在下の場合では、277mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウムを含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH9.5)又は0.75M(終濃度)Tris・HCl溶液(pH9.5)の総量が3mlとなるように100ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。
【0073】
これらの反応は28℃で1分間あたり220回転させて撹拌しながら行った。なお、対照には蒸留水を用い、該混合液を5M水酸化カリウム溶液でpH9.5に調整した。反応開始48時間後、該反応液を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、これら希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量した。なおこの時、1g/L濃度のD−酒石酸標準液を基準にして定量を行った。また、反応液中のD−酒石酸濃度に換算した結果を表11に示す。
【0074】
【表11】
【0075】
表11に示したように、Tris・HCl溶液を用いた場合、粉末酸化銅(II)非存在下では1.9g/L(モル収率2.8%)、粉末酸化銅(II)存在下では9.1g/L(モル収率13.3%)のD−酒石酸が生成された。一方、炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液の場合では、D−酒石酸が粉末酸化銅(II)非存在下では6.5g/L(モル収率9.5%)、粉末酸化銅(II)存在下では22.5g/L(モル収率32.8%)のD−酒石酸が生成され、Tris・HCl溶液を用いた場合のそれぞれの値と比べて高い値を示した。
【0076】
12.D−酒石酸の精製及び同定
923mgの4−ケト−D−アラボン酸カリウム及び0.01%(w/v)の粉末酸化銅(II)(シグマ社)を含む0.3M(終濃度)炭酸二カリウム−炭酸水素カリウム溶液(pH10.0)の総量が10mlとなるように300ml容三角フラスコ内で調製して反応を開始した。また、該反応は28℃で1分間あたり220回転させて好気的に撹拌しながら行った。また、反応開始45時間後、該反応液の一部を9mM過塩素酸で51倍に希釈し、この希釈液を10,000回転で10分間の遠心分離を行い、該遠心上澄液に含まれるD−酒石酸をHPLCで定量したところ、23.5g/L(モル収率は34.3%)のD−酒石酸が生成した。
【0077】
前記反応液を10℃、10,000回転で10分間遠心分離を行い、遠心上澄液を得た。また、この遠心上澄液に6M塩酸を徐々に加えてpH3.7とし、沈殿物が生成したところで、5℃の冷蔵庫で一晩保持した。
【0078】
前記沈殿物を含む冷水溶液を5℃、10,000回転で10分間遠心分離を行い、沈殿物と上澄液とに分けた。なお、目的のD−酒石酸塩が沈殿物に含まれていることをHPLCで確認した後、該沈殿物に5M水酸化カリウム溶液を加えてpH12に調整することで再度これを溶解し、5℃、10,000回転で10分間遠心分離を行い、微細粒子を除去した。
【0079】
前記遠心上澄液に、再度6M塩酸を徐々に加えてpH3.7とし、沈殿物が生成したところで、5℃の冷蔵庫で一晩保持した。
【0080】
前記沈殿物をガラスフィルタ−で集め、これを粉砕した後、室温で4時間、真空乾燥を行い、221mg(回収率は94%)の白色粉末のD−酒石酸水素カリウムを得た。
【0081】
また、前記白色粉末を用いて正確に1g/Lの水溶液を調製し、これをHPLCで分析したところ、検出されたピークはD−酒石酸の保持時間と一致し、その純度は99.7%であることが分かった。さらに、前記白色粉末200mgを水に溶解し、これを50mlのアーバンライトCG120陽イオン交換樹脂(H型、ロ−ム・アンド・ハ−ス社製)を充填したカラムに通過させた後、さらに脱イオン水でカラムの洗浄を行い、該カラムを通過した非吸着画分及び洗液を回収した。
【0082】
前記回収液を35℃で減圧濃縮し、得られたペ−スト状の濃縮物を50℃で少量のエタノ−ルに溶解させ、これを5℃の冷蔵庫で2〜3日保持し、結晶を得た。
【0083】
該結晶を遠心分離によって回収し、これを4時間の真空乾燥を行い、57mgの結晶を得た。
【0084】
ところで、酒石酸の分子中には2つの不斉炭素が存在するため、酒石酸にはD体、L体、meso体の3つの立体異性体が存在し、D体、L体の酒石酸が光学活性を有する。
【0085】
そこで、前記で得た結晶の比旋光度を測定し、その光学純度を求めた。すなわち、前記結晶20mgを2mlの純水に溶かし、ミクロセルを装着した旋光計(高速自動旋光計SEPA−300、堀場社製)で旋光度を3回測定し、それらの平均値から比旋光度を求めた。また、該結晶の融点を融点測定器(モデルMP−500D、柳本製作所社製)によって3回測定した。その結果を表12に示す。
【0086】
【表12】
【0087】
表12に示したように、該結晶の比旋光度及び融点は、報告されているD−酒石酸の比旋光度及び融点ともに近似値を示し、上述のHPLCにおける保持時間とも一致していることから、該結晶はD−酒石酸と同定された。