特許第5787339号(P5787339)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5787339
(24)【登録日】2015年8月7日
(45)【発行日】2015年9月30日
(54)【発明の名称】糖尿病前症の検査方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20150910BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20150910BHJP
【FI】
   G01N33/53 S
   G01N33/543 545A
【請求項の数】10
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2010-246867(P2010-246867)
(22)【出願日】2010年11月2日
(65)【公開番号】特開2011-154018(P2011-154018A)
(43)【公開日】2011年8月11日
【審査請求日】2013年10月23日
(31)【優先権主張番号】特願2009-297509(P2009-297509)
(32)【優先日】2009年12月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598015084
【氏名又は名称】学校法人福岡大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080160
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 俊明
【審査官】 海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−309147(JP,A)
【文献】 特開平11−246600(JP,A)
【文献】 特開平11−246599(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体より採取した生体検体中に含まれる一般式 [I]:
【化1】
(式中、Rは、水素原子、ヒドロキシ基、タンパク質残基またはペプチド残基を示し、Rは、水素原子、アセチル基、タンパク質残基またはペプチド残基を示す。)
で表されるアルグピリミジン化合物を測定し、対照と比較して前記生体検体中におけるアルグピリミジン化合物濃度が高い場合とインスリン抵抗性又は耐糖能障害ありとを関連付けることによ糖尿病前症におけるインスリン抵抗性ならびに耐糖能障害(IGT)の有無を検査し、その結果を基にしてインスリン抵抗性又は耐糖能障害ありの場合と糖尿病前症とを関連付ける糖尿病前症の検査をすることを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項2】
請求項1に記載の糖尿病前症の検査方法であって、前記アルグピリミジン化合物を、該アルグピリミジン化合物を認識する抗体を用いた測定系で測定することを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項3】
請求項2に記載の糖尿病前症の検査方法であって、前記抗体が前記アルグピリミジン化合物を特異的に認識するモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体であることを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載の糖尿病前症の検査方法であって、該測定系がELISA測定系であることを特徴とする糖尿病前症の検査測定方法。
【請求項5】
請求項2ないし4のいずれか1項に記載の糖尿病前症の検査方法であって、該測定系が:
検体中のアルグピリミジン化合物と一次抗体とを反応させる一次抗体反応工程;
血清アルブミンとメチルグリオキサールとを反応させて得られる血清アルブミン−メチルグリオキサールコンジュゲートを固相化する固相化工程;
該固相化工程にて固相化した該血清アルブミン−メチルグリオキサールコンジュゲートに、該一次抗体反応工程で処理した該検体を添加して該血清アルブミン−メチルグリオキサールコンジュゲートのメチルグリオキサールと、該検体中の一次抗体とを反応させるメチルグリオキサール−一次抗体反応工程;および
該メチルグリオキサール−一次抗体反応工程で反応させた一次抗体を、標識二次抗体と反応させて、該標識二次抗体を測定する測定工程;
からなることを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項6】
請求項に記載の糖尿病前症の検査方法であって、該一次抗体が抗メチルグリオキサールモノクローナル抗体であることを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の糖尿病前症の検査方法であって、該方法が、さらに測定したメチルグリオキサール値を、標準検体の検量線に基づいて該検体中のメチルグリオキサール量を定量することを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項8】
請求項1ないしのいずれか1項に記載の糖尿病前症の検査方法であって、血液検体中のアルグピリミジン測定を行うことを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項9】
請求項に記載の糖尿病前症の検査方法であって、該血液検体の基準血糖値が110 mg/dL未満もしくは126 mg/dL未満であることを特徴とする糖尿病前症の検査方法。
【請求項10】
請求項1に記載の糖尿病前症におけるインスリン抵抗性ならびにIGTの有無を検査し、その結果を基にして糖尿病前症の検査をするための下記組成からなるアルグピリミジン測定による糖尿病前症におけるインスリン抵抗性ならびにIGTの検査用キットであることを特徴とする糖尿病前症検査用キット:
アルグピリミジン(AP)化合物;1次抗体;メチルグリオキサール(MGO)とウシ血清アルブミン(BSA)とのBSA−MGOコンジュゲートを固相化した固相化プレート;2次抗体;標識抗体ならびに標準検体の標準曲線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、糖尿病前症の検査方法に関するものである。更に詳細には、この発明は、アルグピリミジン構造を有する生体内物質であるアルグピリミジン化合物を血液マーカーとして測定することによる、特に糖尿病前症におけるインスリン抵抗性ならびに耐糖能障害の検査方法、およびそれに基づいて一次健康診断段階において糖尿病前症を簡便に検査することが可能な糖尿病前症検査方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
世界の糖尿病患者数は、2030年までには、現在の2億8、500万人から4億人を超えると言われていて、このうちの約9割が生活習慣病を主因とする肥満糖尿病患者にあたる。わが国でも、現在では、すでに肥満糖尿病患者が約1,000万人を超えていると推定され、患者数は年々増加の一途を辿っている。
【0003】
ところが、実際に糖尿病の治療を受けている糖尿病患者は、未だ300万人足らずで、十分な診断を受けずに放置して治療が遅れたために腎症に至る患者は、毎年1万人ずつ増加し続けている。
【0004】
しかも、近年、糖尿病前症(いわゆる糖尿病予備軍)の中でも、空腹時血糖値(Fasting Plasma Glucose: FPG)は正常であるのに、耐糖能障害(Impaired Glucose Tolerance: IGT)のために食後血糖値が極端に高くなり(かくれ糖尿病)、これにより心血管障害を引き起こす患者が増加していることが指摘されている。このため、米国糖尿病学会や世界保健機構は、糖尿病前症をれっきとした疾患と定め、生活習慣の質的改善と薬物治療による糖尿病前症のIGT改善の重要性を唱えている。このような糖尿病前症といわれる患者が、日本でも、推定1,000万人を超えている現状を考え合わせると、糖尿病疾患者数は近い将来激増することは想像に難くない。
【0005】
日本糖尿病学会は、糖尿病前症や糖尿病の診断基準として、一次健康診断では空腹時血糖値(FPG)、また二次健康診断では経口ブドウ糖負荷試験(Oral Glucose Tolerance Test: OGTT)の実施を指導してきた。糖尿病前症患者のIGTは、一次健康診断のFPG検査やグリコヘモグロビン(HbA1c)検査だけでは正確に診断することが困難であるところから、一次健康診断で糖尿病前症が疑われる被検者に対しては、OGTTの二次健康診断の受診を勧められている。このOGTTは、糖摂取という身体的負担を与えるうえに、検査のために休暇取得を余儀なくされるところから、OGTTの二次健康診断の受診は、糖尿病前症の罹患率が高いが仕事に追われている中高年にとっては大きな負担になっているのも事実である。しかし、二次健康診断の受診を怠ってしまう潜在的な糖尿病前症の患者は、糖尿病やその合併症を自覚することなく未治療のまま真性の糖尿病に確実に進んでいき、重篤な合併症を発症するか、腎透析を余儀なくされる結果になる。
【0006】
かかる現状を鑑みると、現在の治療費だけでも既に数兆円レベルに達する腎透析患者の原疾患である糖尿病の患者の約半数が心筋梗塞や脳梗塞などの虚血性疾患で死亡していることを考え合わせると、このままでは糖尿病とその合併症に関わる医療費の高騰は避けられないのが実情である。
【0007】
上述したように、一次健康診断では、通常、空腹時血糖(FPG)、随時血糖あるいはグリコヘモグロビン(HbA1c)を判定指標とした検査が実施されていて、FPG値が100 mg/dL以上、または HbA1c 値が5.2%以上であれば、インスリン抵抗性もしくはそれによるIGTの疑いありと診断されている。しかし、インスリン抵抗性によるIGTは、食後高血糖が主たる初期変化として現れてくることから、従来の一次健康診断で使用されている何れの指標も精度の点で不十分と言われている。
【0008】
そこで、現実的には、一次健康診断において、これらの指標を用いてインスリン抵抗性あるいはIGTが疑われる被検者に対して、二次健康診断あるいはそれ以降の健康診断で75g 経口ブドウ糖負荷試験(75g OGTT)、血中インスリン、Homeostasis model assessment ratio(HOMA−R)などの検査が実施され、これらの手間のかかる試験によってインスリン抵抗性もしくはIGTが陽性であるかどうかの検査が行われ、糖尿病前症の確定診断がなされている。
【0009】
そこで、もし一次健康診断で用いた同じ血糖測定用採血サンプルでOGTTと同等の精度で糖尿病前症を確定できる方法があれば、糖尿病前症患者の検出率は飛躍的に向上するとともに、二次健康診断でのOGTT検査は不要となり、世界保健機構などが提唱する糖尿病前症の早期診断ならびに治療による糖尿病化阻止戦略を推し進めることが可能となる。
【0010】
ここで、二次健康診断またはそれ以降の糖尿病診断で使用される検査方法について簡単に説明する。
(1)75g 経口ブドウ糖負荷試験 (75g OGTT)
この75g 経口ブドウ糖負荷試験 (75g OGTT) は、検査時点のIGTを示す検査であり、ブドウ糖75gを含んだ溶液を飲み干した後、時間経過に従って血糖値、尿糖、血中インスリン値などを測定して経時変化を観察することからなっている。国内の診断基準では、この OGTT の2時間血糖値が採用されている。この75g OGTT は、検査に時間がかかる一方で、ブドウ糖摂取後に重篤な高血糖を招く恐れがあるため慎重に実施すべきとされている。
【0011】
(2)血中インスリン値
近年では、血中インスリン値は、診断基準には含まれていないが、メタボリックシンドロームと関連しても注目されている。肥満糖尿病あるいは糖尿病前症のIGTの大きな要因として、この血中インスリンの感受性の低下すなわちインスリン抵抗性があり、そのためIGTが認められる糖尿病前症あるいは肥満糖尿病患者の血中インスリン濃度は健常人と比べて高値を示す(例えば、早朝空腹時の血中インスリン濃度が15 μU/mL 以上の場合は、明らかなインスリン抵抗性が陽性とされ、IGTが生じている可能性が高い)。
【0012】
(3)Homeostasis model assessment ratio(HOMA−R)
HOMA−Rは、空腹時血糖値が140 mg/dL 以下の場合、IGTの値などとよく相関するといわれ、下記式に示す空腹時血糖値と空腹時血中インスリン濃度との関係によって計算される。
HOMA−R =空腹時インスリン値(μU/mL)× 空腹時血糖値 (mg/dL)/405
上記式において、HOMA−R が2.5以上の場合は、インスリン抵抗性があり、1.6以下では正常であるとされている。ただし、HOMA−R は一次健康診断の項目外であり、インスリン治療中の患者には用いることができない。
【0013】
(4)グルコースクランプ法
グルコースクランプ法は、グルコースとインスリンを注射し、血糖値の定常値を維持するポイントを定めることによって、インスリンが被験者の血糖値をどのくらい下げることができるのか、すなわち投与したインスリンの効果(生体のインスリン感受性)の程度を調べる方法である。このグルコースクランプ法は、現在使用されているインスリン抵抗性の測定においては、最も正確であるとされるが、処理が煩雑なので、一般病院でもあまり行われていないのが現状である。
【0014】
ところで、酸化ストレス誘発因子として知られている最終糖化生成物(Advanced Glycation Endproducts: AGEs)を生成する反応として知られるメイラード反応は、生体内でも進行し、老化や既に発症した糖尿病合併症の進展に関与していることが知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0015】
このメイラード反応は、前期段階と後期段階の2段階からなる反応であって、前期段階の反応では、タンパク質の側鎖アミノ基やN末端アミノ基と糖のカルボニル基が反応し、シッフ塩基を生成後、アマドリ転位化合物が生成される。このようにして生成した生体内に存在する該前期段階反応生成物としては、例えば、HbA1c や糖化アルブミン等が知られており、さまざまな病態、特に糖尿病に関与していることが知られている。他方、後期段階の反応では、上記前期段階反応生成物がさらに酸化・脱水・縮合・環状化等の複雑な反応を経由して、蛍光性、褐色化、分子内・分子間架橋および生物学的認識のうち少なくともどれか一つの特性を有する後期反応生成物である糖化タンパク質といわれる最終糖化生成物(AGEs)が生成される。つまり、アミノ酸、ペプチドあるいはタンパク質のアミノ基は、還元糖のアルデヒド基と非酵素的に縮合・糖化され、糖化アミノ酸、糖化ペプチドあるいは糖化タンパク質(以下、「糖化タンパク質等」と略すこともある。)にそれぞれ変換することが知られている。
【0016】
上述したメイラード反応前期段階での反応性カルボニル生成物の一つであるメチルグリオキサール(以下、「MGO」と略すこともある。)は、特に血中に比較的多量に存在することが知られており、糖尿病患者での血清レベルが高値であること、またはストレプトゾトシンにより糖尿病を誘発したラットの眼球レンズに多量に存在することが報告されている(非特許文献2、3)。また、MGOは、生体内濃度レベルでタンパク質と反応して蛍光性の産物を生成し、AGEを生成する直接的なメディエーターとして機能するばかりではなく、糖尿病や老化との関連性(非特許文献4、5、6)あるいは インスリン抵抗性や血管障害との関連性(非特許文献7、8)なども報告されている。
【0017】
このような機能を有するメチルグリオキサール(MGO)は、タンパク質を構成するアミノ酸側鎖、特に塩基性のリジンやアルギニン側鎖と化学反応し、組織再構成に関与するプロテアーゼやコラゲナーゼの酵素反応を阻害し組織障害を引き起こす一方で、代謝・調節に関わる機能タンパク質の活性中心を構成するアミノ酸側鎖を修飾失活させて代謝毒性に関与しているといわれている。しかしながら、MGO は、通常の状態、つまり酸化ストレスが亢進していない状態では、グリオキサラーゼにより d−乳酸に解毒されるが、酸化ストレスが亢進しているとされる血糖管理状態では、MGO の解毒機構に支障が生じ、神経細胞や血管内に障害を与えて、神経障害や網膜症、腎炎等の糖尿病性合併症の原因になっていると考えられている(例えば、特許文献1参照)。
【0018】
上述したように、MGO を糖尿病性合併症の指標として測定することは非常に有用であるけれども、MGO は、化学的反応性が高く、またその含量変化のため制御困難などの理由から、その直接的な測定は極めて困難である。
【0019】
そこで、生体内で解毒代謝されないで残存している過剰な MGO の一部が、その高い化学反応性により、タンパク質のアルギニン側鎖と反応してメチルグリオキサール−アルギニン付加物(methylglyoxal-arginine adduct)を生成し、安定な AGE 構造体の1種であるアルグピリミジン(argpyrimidine: AP)を生成すること(例えば、非特許文献9、12参照)に着目して、このAPを測定してMGOを間接的に測定する試みがなされている。
【0020】
実際にMGOで修飾されたアミノ酸に対するポリクローナル抗体を使用した免疫組織学的研究では、ヒト動脈硬化病巣にはこのポリクローナル抗体により強く染色される部位が存在することが報告されている(例えば、非特許文献10参照)。さらに、アルグピリミジンを特異的に認識できるとされる抗モノクローナル抗体(例えば、特許文献1、3、4参照)を使用して、メチルグリオキサール−アルギニン付加物を測定した結果、糖尿病性腎症や虚血性脳梗塞における脳動脈障害部の特異的免疫染色に有用とする報告(例えば、非特許文献11参照)、糖尿病性網膜症発症部位との関連性を示唆する報告(例えば、非特許文献12参照)、および糖尿病患者における血管合併症発症に有用とされる報告(例えば、非特許文献13参照)がなされている。
【0021】
上述したような背景から、アルグピリミジンまたはその部位を特異的に検出することにより糖化タンパク質を検出することは、臨床学上あるいは分析方法上非常に有用であると考えられる。そこで、上記抗モノクローナル抗体を使用したメチルグリオキサール−アルギニン付加物の測定方法が提示されている(例えば、特許文献1、3、5参照)。これらの先行技術文献には、いずれも既に発症した(血糖値が明らかに上昇した)糖尿病又は糖尿病合併症用マーカーとして利用できる可能性については記載されているが、インスリン抵抗性によるIGTを引き起こしている糖尿病前症の診断マーカーとしての有用性については一切記載も、示唆もされていない。
【0022】
かかる AGE 構造体に対する抗体による免疫学的研究により、かかる AGE 構造体は、老化・糖尿病や、糖尿病性腎炎等で陽性であることが報告されている(例えば、非特許文献14、15、16参照)。また、かかる AGE 構造体の一つであるカルボキシメチルリジンが、既に発症した(空腹時あるいは随時血糖値が明らかに上昇した)糖尿病の合併症診断用マーカーとして利用できることも記載されている(例えば、特許文献2参照)。しかしながら、この AGE 構造体が、糖尿病前症に対する診断マーカーとして利用できるかどうかについては一切記載も、示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【特許文献1】特開2004−309147号(特許第4146264号)
【特許文献2】特開平9−178740号
【特許文献3】特開平11−246600号(特許第4013312号)
【特許文献4】特開平11−246599号
【特許文献5】特開2004−309147号(特許第4146264号)
【非特許文献】
【0024】
【非特許文献1】Bio Industry, Vol. 3, No. 7, p. 14, 1996
【非特許文献2】Biochem. Pharmacol., Vol. 46, pp. 805-811, 1993
【非特許文献3】Clin. Sci., Vol. 87, pp-21-29, 1994
【非特許文献4】Biochim. Biophys. Acta., Vol. 1270, pp. 36-43, 1995
【非特許文献5】J. Biol. Chem., Vol. 269, pp. 32299-32305, 1994
【非特許文献6】J. Biol. Chem., Vol. 267, pp. 4364-4369, 1992
【非特許文献7】Diabetes, Vol. 55, pp. 1289-1299, 2006
【非特許文献8】J. Cell Biochem., Vol. 103, pp. 1144-1157, 2008
【非特許文献9】Archives Of Biochemistry And Biophysics, 1997, Vol. 344, No. 1, pp. 29-36
【非特許文献10】FEBS Letters, Vol. 410, pp. 313-318, 1997
【非特許文献11】The Journal Of Biological Chemistry 1999, Vol. 274, No. 26, pp. 18492-18502
【非特許文献12】Current Eye Research 2001, Vol. 23, No. 2, pp. 106-115
【非特許文献13】The Journal Of Biological Chemistry 1998, Vol. 273, No. 12, pp. 6928-6936
【非特許文献14】J. Clin. Invest., 85, 380-384, 1990
【非特許文献15】J. Biol. Chem., 263, 3758-3764, 1989
【非特許文献16】J. Clin. Invest., 89, 1102-1112, 1992
【非特許文献17】Diabetes 55:1289-1299, 2006
【非特許文献18】Br. J. Pharmacol. 159:166-175, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明者は、糖尿病前症の診断を有効、迅速かつ簡便に実施する技術を開発するため鋭意検討・研究した結果、生体検体中のアルグピリミジン(AP)構造を有する生体内物質であるアルグピリミジン化合物(以下「AP化合物」ともいう)を診断マーカーとして測定することによって、インスリン抵抗性またはそれによるIGT(IGT)の検査を、有効、迅速かつ簡便に実施できるインスリン抵抗性またはIGT検査方法を見出すとともに、それに基づいた糖尿病前症の検査をする糖尿病前症方法、とりわけ一次健康診断において実施可能な糖尿病前症の検査方法を見出した。
【0026】
つまり、本発明者は、メチルグリオキサール(MGO)タンパク結合体であるAP化合物がIGT誘発因子として作用している可能性もあることに着目して鋭意研究・検討の結果、AP化合物の増加と、IGTの進行との間に密接な関連性を見出して、生体検体中のAP化合物の測定によってIGTの検査が可能となり糖尿病前症を一次健康診断で検査できることを見出した。
【0027】
また、本発明者は、AP化合物を選択的に認識可能なモノクローナル抗体を用いて、血中APと肥満による内臓脂肪の増加との関連性を調べた結果、血中AP化合物と内臓脂肪の増加との間に相関関係があることを見出した。したがって、この発明は、これらの知見を基にして完成するに至ったものである。
【0028】
さらに、本明細書で使用する用語「糖尿病前症」または「前症」とは、空腹時血糖(FPG)においては平常値または平常値よりやや高い値、つまり100mg/dL以上で 110mg/dl未満あるいは126mg/dL未満である場合にその発症が疑われ、糖負荷(OGTT)試験において糖負荷2時間後の血糖値が140−199mg/dlである場合に該当する(日本糖尿病学会ガイドライン2010/2009新区分)。つまり、糖尿病前症または前症の患者は、日本では、いわゆる糖尿病の予備軍といわれる患者である。ただし、米国糖尿病学会や世界保健機構では、前症は、すでに食後高血糖などによって動脈硬化が進行するリスクが高いれっきとした疾患であることを認めている。ちなみに、空腹時血糖(FPG)が126mg/dl以上であるか、または糖負荷(OGTT)による血糖値が200mg/dl以上である場合は、糖尿病と診断される。
【0029】
したがって、この発明の目的は、血液検体などの検体中のアルグピリミジン構造を有する生体内物質であるアルグピリミジン化合物(AP化合物)を測定することによってとりわけ糖尿病前症におけるインスリン抵抗性もしくはIGTの有無を検査することからなる糖尿病前症の検査方法を提供することである。
【0030】
この発明は、その好ましい態様として、AP化合物を特異的に認識する抗体、例えばモノクローナル抗体またはポリクローナル抗体を用いた測定系、好ましくはEnzyme-linked immunosorbent assay(以下、ELISA測定系と略すこともある)測定系を用いて、血液などの生体検体中のAP 化合物を測定することによる糖尿病前症の検査方法を提供することを目的としている。
【0031】
また、この発明は、そのより好ましい態様として、検体中のAP化合物と、抗メチルグリオキサールモノクローナル抗体などの一次抗体とを反応させる一次抗体反応工程と;血清アルブミン(BSA)などのタンパク質とメチルグリオキサール(MGO)とを反応させて得られるタンパク質−メチルグリオキサール(MGO)コンジュゲートを固相化する固相化工程と;該固相化タンパク質−MGOコンジュゲートに、該一次抗体反応工程で処理した該検体を添加して該タンパク質−MGOコンジュゲートのMGOと、該検体中の一次抗体とを反応させるMGO−一次抗体反応工程と;および該MGO−一次抗体反応工程で反応させた一次抗体を、標識二次抗体と反応させて、該標識二次抗体を測定する測定工程と;によって糖尿病前症の検査方法を提供することを目的としている。
【0032】
さらに、この発明は、そのより好ましい態様として、検体中のメチルグリオキサール(MGO)値を、標準サンプル中のメチルグリオキサール(MGO)値の検量線に基づいて定量される糖尿病前症の検査方法を提供することを目的としている。
【0033】
この発明は、別の形態として、上記の糖尿病前症におけるインスリン抵抗性またはIGT検査による結果に基づいて糖尿病前症を検査することからなる糖尿病前症の検査方法を提供することを目的としている。この発明の糖尿病前症の検査方法は、基準血糖値が特に110 mg/dl未満である血液検体についての検査が有用である。
【0034】
この発明は、さらに別の形態として、上記AP測定方法によって糖尿病前症を検査するためのAP測定用キットを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0035】
上記目的を達成するために、この発明は、血液などの生体検体中の一般式[I]:
【化1】
(式中、Rは、水素原子、ヒドロキシ基、タンパク質残基またはペプチド残基を示し、Rは、水素原子、アセチル基、タンパク質残基またはペプチド残基を示す。)
で表されるアルグピリミジン化合物を測定し、対照と比較して前記生体検体中におけるアルグピリミジン化合物濃度が高い場合とインスリン抵抗性又は耐糖能障害ありとを関連付けることにより糖尿病前症におけるインスリン抵抗性ならびに耐糖能障害(IGT)の有無を検査し、その結果を基にしてインスリン抵抗性又は耐糖能障害ありの場合と糖尿病前症とを関連付ける糖尿病前症の検査をする糖尿病前症の検査方法を提供する。
【0036】
この発明は、AP化合物を特異的に認識する抗体、例えばモノクロナール抗体またはポリクロナール抗体を用いた測定系、好ましくはELISA 測定系によって、血液などの検体中のAP化合物を測定することからなる糖尿病前症の検査方法を提供する。
【0037】
この発明の好ましいより具体的態様は、上記測定系が、検体中のアルグピリミジン化合物と、抗メチルグリオキサールモノクローナル抗体などの一次抗体とを反応させる一次抗体反応工程と;血清アルブミン(BSA)とメチルグリオキサール(MGO)とを反応させて得られる血清アルブミン(BSA)−メチルグリオキサール(MGO)コンジュゲートを固相化する固相化工程と;該固相化工程にて固相化した該BSA−MGOコンジュゲートに、該一次抗体反応工程で処理した該検体を添加して該該BSA−MGOコンジュゲートのMGOと、該検体中の一次抗体とを反応させるMGO−一次抗体反応工程と;および該MGO−一次抗体反応工程で反応させた一次抗体を、標識二次抗体と反応させて、該標識二次抗体を測定する測定工程と;からなる糖尿病前症の検査方法を提供する。
【0038】
この発明は、さらに好ましい態様として、測定したメチルグリオキサール値を、標準サンプルの検量線に基づいて検体中のメチルグリオキサール量を定量することからなる糖尿病前症の検査方法を提供する。
【0039】
この発明は、さらに別の形態として、上記の糖尿病前症におけるインスリン抵抗性またはIGT検査方法による結果に基づいて糖尿病前症の有無を検査することからなる糖尿病前症の検査方法を提供することである。この発明の糖尿病前症の検査方法は、基準血糖値が特に110 mg/dl未満である血液検体についての検査において有用である。
【0040】
この発明は、さらに別の形態として、上記AP測定方法によって糖尿病前症を検査するための下記組成からなる糖尿病前症の検査用キットを提供する:
【0041】
アルグピリミジン(AP)化合物;1次抗体;メチルグリオキサール(MGO)とウシ血清アルブミン(BSA)とのBSA−MGOコンジュゲートを固相化した固相化プレート;2次抗体;標識抗体ならびに標準検体の標準曲線。
【発明の効果】
【0042】
この発明に係るAP測定方法は、血糖値測定と同じ血液サンプルで簡便でかつ多検体処理を可能にするものであり、一次健康診断で実施される一回の採血で済む。これまでの二次健康診断での被験者の拘束時間や煩雑さあるいは危険性などの問題によりあまり普及していなかった 糖尿病前症診断が、ELISA など によりAP化合物 を測定する技術を用いることで容易かつ安全に実施出来るという大きな効果がある。従って、この発明は、糖尿病前症におけるインスリン抵抗性あるいはIGT検査をより簡便化し、血糖値などの測定だけでは困難である潜在的な糖尿病前症の早期診断を可能にすることで、米国糖尿病学会や世界保健機関が提唱する糖尿病前症から糖尿病への移行を防ぐための早期治療(糖尿病の未病治療)が実現可能となり、その後の糖尿病進展あるいは合併症の発症を予防可能となるばかりでなく、これらに関わる治療費の大幅な削減が可能となるなど、その効果は計り知れないものがあると期待される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1図1はB6 マウス6週齢を基準としたB6マウス 10 -27週齢の血糖値変化を示す。
図2図2は B6 マウス6週齢を基準としたB6マウス 10 -27週齢の血中インスリン値変化を示す。
図3図3は B6 マウス6週齢を基準としたB6マウス 10 -27週齢の内臓脂肪量変化を示す。
図4図4は、B6 マウス6週齢を基準としたB6マウス 10 -27週齢の血中AP値変化を示す。
図5図5は対照群ラットとフルクトース群ラットの糖(グルコース)負荷前(0分)ならびに糖負荷後の血糖値の時間的推移を示す。
図6図6は対照群ラットとフルクトース群ラットの各々血中AP値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0044】
この発明では、一次健康診断で採血される血液サンプル中に含まれる成分の生体内物質であるアルグピリミジン化合物(以下、「AP化合物」ともいう)を血液マーカーとして測定して、その測定結果から糖尿病前症におけるインスリン抵抗性ならびにIGTの有無を検査し、その結果を基にして糖尿病前症の検査をする糖尿病前症の査方法を提供している。
【0045】
この発明に係るインスリン抵抗性もしくはIGTの検査においては、血液などの生体検体中に含まれる一般式 [I]:
【化2】
(式中、R1は、水素原子、ヒドロキシ基、タンパク質残基またはペプチド残基を示し、Rは、水素原子、アセチル基、タンパク質残基またはペプチド残基を示す。)
で表されるアルグピリミジン構造を有する生体内物質であるアルグピリミジン化合物(AP 化合物)が測定される。
【0046】
この発明において、AP 化合物の測定は、AP 化合物を特異的に認識する抗体を用いた測定系を用いて行われる。かかる抗体としては、AP 化合物を特異的に認識する抗体であればいずれも使用することができ、またモノクローナル抗体であっても、ポリクローナル抗体であってもよい。また、測定系としては、上記AP化合物の特異的認識可能抗体を用いたELISA 測定系が好ましく、ELISA 測定系を使用することにより、血液中の AP 化合物を簡便かつ精度よく、しかも多数の検体を同時に処理することが可能である。なお、この発明に使用される ELISA 測定系は、当該技術分野で慣用されている測定系を使用することができるが、特定の ELISA 測定系に限定されるものではなく、AP化合物の特異的認識可能抗体を用いた測定系であればいずれも使用できる。
【0047】
この発明に係る糖尿病前症におけるインスリン抵抗性もしくはIGT検査方法における ELISA 測定系は:検体中のアルグピリミジン化合物と一次抗体とを反応させる一次抗体反応工程;
血清アルブミン(BSA)とメチルグリオキサール(MGO)とを反応させて得られる血清アルブミン(BSA)−メチルグリオキサール(MGO)コンジュゲートを固相化する固相化工程;
該固相化工程にて固相化した該BSA−MGOコンジュゲートに、該一次抗体反応工程で処理した該検体を添加して該BSA−MGOコンジュゲートのMGOと、該検体中の一次抗体とを反応させるMGO−一次抗体反応工程;および
該MGO−一次抗体反応工程でMGOと反応させた一次抗体を、標識二次抗体と反応させて、発色により該標識二次抗体を測定する測定工程;
とからなっている。
【0048】
この発明において、一次抗体を被験検体である血液検体に添加し、被験検体に存在するアルグピリミジン(AP)化合物と反応させる。この発明において一次抗体として使用する抗モノクローナル抗体としては、特に先行技術文献記載の抗 MGO モノクローナル抗体を使用するのがよい(例えば、特許文献1、2、3参照)。ただし、この発明に使用できる抗体は、抗モノクローナル抗体に限定されるものではなく、アルグピリミジン構造を認識できる抗体であればいずれも使用することができ、ポリクローナル抗体でもよい。
【0049】
一方、メチルグリオキサール(MGO)とウシ血清アルブミン(BSA)とを反応させてコンジュゲートを作成し、得られたBSA−MGOコンジュゲートをプレートのウェル中に常法により固相化する。この固相化BSA−MGOコンジュゲートに上記被験検体を添加して、上記被験検体に残存する抗MGOモノクローナル抗体を固相化BSA−MGOコンジュゲートのMGOと反応させて、MGOと抗MGOモノクローナル抗体とを反応させる。次に、固相化BSA−MGOコンジュゲートのMGOと反応させた抗MGO抗体を二次抗体としての標識抗体、例えばHRP標識抗体と反応させた後、発色させてMGOを測定する。
【0050】
他方、標準検体としてBOC−アルグピリミジンを含む溶液を作成し、上記と同様に処理して発色させてアルグピリミジン量を測定して、標準曲線を作成する。この標準検体の標準曲線に基づいて該検体中のメチルグリオキサール量を測定することによって被験検体中のアルグピリミジン量を算出する。これによって被験者の糖尿病前症を検査することができる。
【0051】
この発明において、糖尿病前症におけるインスリン抵抗性もしくはIGTの検査は、マウスモデルまたはラットモデルを使用してアルグピリミジン (AP) 値を測定することによっても行うことができる。使用するマウスモデルとしては、例えば、正常(対照)マウスおよび 加齢による糖尿病前症マウスなどを使用することができる。使用するラットモデルとしては、例えば、正常(対照)ラットおよびフルクトース負荷による糖尿病前症ラットなどを使用することができる。
【0052】
ただし、一般に、ELISAによる測定値は、用いる抗体や標準物質などによって変動すること、また同一の抗体と標準物質を用いてELISAで測定した場合でも、その値は種によって異なることが考えられる。そこで、アルグピリミジン (AP)測定 による糖尿病前症もしくは肥満糖尿病の診断方法としては、アルグピリミジン(AP) 実測値による方法の他に、アルグピリミジン (AP) の正常値と病態モデルの測定値の比を算出し、その比に基づいて糖尿病前症を検査する方法が考えられる。
【0053】
この発明において、マウスモデルまたはラットモデルを使用してアルグピリミジン (AP) 実測値による糖尿病前症におけるインスリン抵抗性またはIGTを検査することによって糖尿病前症を検査する場合は、測定したアルグピリミジン (AP) 値が下記の場合にインスリン抵抗性またはIGTありと判定することができ、さらにAP値の範囲に基づいて糖尿病前症を判定することができる。すなわち、
【0054】
(1)マウスモデルを使用する場合:
正常(B6マウス6週齢)マウスの場合、
アルグピリミジン (AP) 値=0.05〜0.08 nmol/mg protein以下;インスリン抵抗性またはIGTなし(−)。
糖尿病前症マウス(加齢B6マウス27週齢)の場合、
アルグピリミジン (AP) 値=0.10 〜 0.14 nmol/mg protein;インスリン抵抗性またはIGTあり(+)。
【0055】
(2)ラットモデルを使用する場合:
正常(対照)ラットを使用したとき、
アルグピリミジン (AP) 値が、0.10〜0.13 nmol/mg protein;インスリン抵抗性またはIGTなし(−)。もしくは
フルクトース負荷(境界型)ラットを使用したとき、
アルグピリミジン (AP) 値 = 0.13 〜 0.30 (好ましくは0.20)nmol/mg protein;軽度のインスリン抵抗性またはIGTあり(+)。
【0056】
この発明によれば、上記AP測定方法によって測定した結果に基づいてインスリン抵抗性またはIGTが陽性であるかどうかの評価をすることが可能である。したがって、この発明は、上記AP測定方法によってAPを測定することによって、その実測値あるいは正常値を1とした場合の比率から、糖尿病前症におけるインスリン抵抗性またはIGTの有無の評価を可能にし、空腹時血糖が正常もしくはほぼ正常範囲にあっても糖尿病前症と検査することができる糖尿病前症の検査方法を提供する。
【0057】
また、この発明は、上記AP測定方法にてインスリン抵抗性またはIGTの推移をモニターすることも可能である。さらに、この発明は、上記AP測定方法にてインスリン抵抗性またはIGTの程度をモニターすることによって、糖尿病とりわけ糖尿病前症の予防ならびに治療に有効な薬剤のスクリーニングをすることも可能である。
【0058】
さらにまた、この発明は、上記AP測定方法にてインスリン抵抗性またはIGTを検査するためのインスリン抵抗性またはIGTの検査用キットを提供する。このインスリン抵抗性またはIGTの検査用キットは、標準アルグピリミジン(AP)化合物と、1次抗体としての抗AP抗体、好ましくは抗APモノクローナル抗体と、メチルグリオキサール(MGO)とウシ血清アルブミン(BSA)とのBSA−MGOコンジュゲートを固相化した固相化プレートと、2次抗体としての抗メチルグリオキサール(MGO)抗体、好ましくは抗MGO抗体と、標識抗体(例えばHRP標識抗体等)ならびに標準検体の標準曲線とからなるのが好ましい。このような構成からなるIインスリン抵抗性またはIGTの検査用キットを使用することによって、血液中のアルグピリミジン(AP)化合物を簡便にかつ迅速に算出することができ、これによって糖尿病前症におけるインスリン抵抗性またはIGTを簡便にかつ迅速に検査することができると共に、糖尿病前症検査のためのインスリン抵抗性またはIGTの評価およびモニター/スクリーニングをすることができる。
【0059】
以下、この発明を実施例により具体的に説明する。なお、この発明は下記実施例に限定されるものでは一切なく、また下記実施例は、この発明をより詳細に説明するための例示的説明に過ぎず、この発明を限定する意図では一切ない。
【実施例1】
【0060】
本実施例では、糖尿病前症マウスの作製方法について説明する。
5週齢のC57BL/6J (以下、「B6 マウス」と略す) は、日本チャールス・リバー(株)より購入した。動物は入荷後、動物飼育室内に搬入し、12時間の明暗サイクル下、餌として実験動物固形飼料 (オリエンタル酵母(株)) を、飲料水として水道水を自由に摂取できるようにした環境下にて目的週齢まで飼育し、実験に用いた。
【実施例2】
【0061】
上記マウスにネンブタール注射液1mL/kg 体重を腹腔内投与して十分麻酔し、体重測定後、ヘパリン処理注射器にて心臓から採血した。得られた血液は4℃、1,000 gで10分間遠心分離し、血漿サンプルを得た。また、採血後に内臓脂肪を採取し、マウスを安楽死させた。採取した内臓脂肪量を測定し、その結果を図3に示す。
【実施例3】
【0062】
血糖値の測定はグルテストセンサー(株式会社三和化学研究所)を用いて行った。また、血中インスリン値の測定は、超高感度マウスインスリン測定キット (森永生科学研究所) を用いて行った。血糖値および血中インスリンの測定結果は図1および図2にそれぞれ示す。
【実施例4】
【0063】
血液APの測定は次のようにして行った。まず、固相化用タンパク質を調製し、マイクロプレートに固相化して調整した。固相化用タンパク質は、牛血清アルブミン (BSA) (1 μg//mL) とMGO (40 μM) を、遮光下37℃で24時間インキュベートさせて固相化用蛋白質であるBSA−MGO コンジュゲートを作成して調製した。このBSA−MGO コンジュゲートを0.5μg/ウエルとなるように10 mM リン酸緩衝液(pH 7.4)にて希釈し、96ウエルマイクロプレートの各ウエルに100μL添加した。次いで、37℃で2時間静置して固相化させた後、プレートを0.05% リン酸緩衝液−ツイーン(登録商標)で3回洗浄して、プレートをブロッキング液にてブロッキングした。
【0064】
次に、血漿サンプルあるいはスタンダード液を、1次抗体である抗メチルグリオキサール(MGO)モノクローナル抗体と反応させた。血漿サンプルは、リン酸緩衝液(pH 7.4)によってタンパク量が1μg/50μLになるように希釈調整し、その血漿サンプル200 μLを、10 mM リン酸緩衝液にて150倍に希釈した抗MGOモノクロナール抗体と37℃で1時間反応させた。一方、各種濃度のBOC−アルグピリミジンを含むスタンダード液を、上記と同様に、10 mM リン酸緩衝液にて150倍に希釈した抗MGOモノクロナール抗体と37℃で1時間反応させた。
【0065】
その後、上記で得られた血漿サンプルあるいはスタンダード液と抗MGO抗体との反応液を、プレートの各ウエルに100μL添加し、37℃で1時間静置して固相化タンパク質との競合反応を行なった。十分反応させた後、プレートを0.05% リン酸緩衝液−ツイーン(登録商標)で洗浄した。各ウエルにブロッキング液にて10,000倍に希釈したビオチン標識2次抗体を100 μL添加し、37℃で1時間静置した。洗浄後、プレートに発色用溶液を100 μL添加し、室温で15分程度静置した後、0.5 M 硫酸を100μL添加し反応を停止させた。反応停止後10分以内に、450 nmにて吸光度を測定した。測定結果は図4に示す。
【0066】
B6マウスの加齢による糖尿病前症化についての図1に示す結果から、B6マウス10−27週齢の空腹時血糖値は、B6 マウス6週齢の場合と差は無かった。しかし、図2に示すように、B6 マウス27週齢の血中インスリン濃度は、6週齢に較べて3倍以上に有意に増加していた。また、図3に示すように、B6マウス27週齢の内臓脂肪量は6週齢に較べて顕著に増加していた。さらに図4に示すように、B6マウス27週齢の血液AP値は6週齢に較べて最大で2倍程度にまで有意に増加していた。
【0067】
以上のように、B6マウス27週齢は、6週齢と較べて血糖値は変わらないにも拘らず、インスリン濃度が顕著に増加し、さらにインスリン抵抗性の主因と言われる内臓脂肪の蓄積が観察された。従って、B6マウス27週齢では6週齢時と較べて加齢による明白な糖尿病前症が生じており、27週齢時で増加を認めた血液APは糖尿病前症患者におけるインスリン抵抗性あるいはIGTの検査として有用であり、糖尿病前症の診断に用いることが可能と考えられる。
【実施例5】
【0068】
6週齢の雄性 SD ラットを、12 時間の明暗サイクルの下、実験動物固形飼料(オリエンタル酵母株式会社)ならびに水道水を自由に摂取できるようにして1週間予備飼育した後、実験に用いた。IR モデルラットは、水道水の代わりに15%フルクトース水を4週間自由飲水させることにより作製した(以下、フルクトース群と略すことがある)。他方、別のラットには水道水を自由飲水させた(以下、対照群と略すことがある)。
【0069】
上記ラットを用いて、糖負荷による耐糖能を調べるために次のような試験を行った。上記のように15%フルクトース水あるいは対照群として水道水で4週間飼育したラットを19 時間絶食し、尾静脈から AP ならびに空腹時血糖値(0分)測定用の血液サンプルを採取した。次に、糖(グルコース2g/kg)をラットの腹腔内に投与し、30〜120 分後に尾静脈採血し、それぞれ血糖値を測定した。血糖値測定にはグルテストセンサー(株式会社三和化学研究所)を用いた。その結果を、縦軸に血糖値、横軸に 糖負荷後の時間経過をとり、対照群とフルクトース群の血糖値の時間的推移を測定した。図5に示すように、フルクトース群では正常である対照群と較べて空腹時血糖値は変わらないものの、糖負荷30分後の血糖値は有意に上昇しており、IGTが認められた。このことから、フルクトース群では糖尿病前症が生じていることが確認された。
【実施例6】
【0070】
実施例5で別途採取調製したラットの血漿よりアルグピリミジン (AP) を測定した。ラットの尾静脈から採血した血漿サンプルにリン酸緩衝液(pH 7.4)を用いてタンパク量が 1μg/50μL になるように調整し、実施例4と実質的に同様に、処理して、その血漿アルグピリミジン (AP) 値を450 nmの吸光度で測定した。図6示すように、フルクトース群のAP値は、対照群よりも有意に増加した。
【0071】
以上の実験結果より、フルクトース群では糖尿病前症の発現が確認され、さらに血液APも増加していた。既にフルクトース投与によりネズミは高インスリン血症、インスリン抵抗性ならびにIGTなどを呈することが知られているが、さらに今回の結果も踏まえると、血液AP値の測定は糖尿病前症におけるインスリン抵抗性あるいはIGT検査として有用であり、本疾患の検査に用いることができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
この発明に係るAP測定方法は、一次健康診断において血糖値測定用のサンプルを用いることが出来、さらに簡便で多検体が同時に処理可能である。そこで、AP測定による糖尿病前症の検査が一次健康診断で実施されれば、血糖値などの測定だけでは検出が困難であるかくれ糖尿病などの糖尿病前症の早期掘り起こしが可能となる。このように一次健康診断で糖尿病前症の診断ができれば、二次健康診断でのOGTTなどのような、被検者に対する長い拘束時間や糖負荷による危険性を回避することが可能となる。その結果、糖尿病への移行を防ぐための早期治療、つまり糖尿病の未病治療が実現可能となり、その後の糖尿病への進展あるいは合併症の発症を予防可能となるばかりでなく、これらに関わる治療費の大幅な削減が可能となるなど、計り知れない効果をもたらすものと期待できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6