特許第5788417号(P5788417)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5788417インビーボスクリーニングに使用されるシステムおよび方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5788417
(24)【登録日】2015年8月7日
(45)【発行日】2015年9月30日
(54)【発明の名称】インビーボスクリーニングに使用されるシステムおよび方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20150910BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20150910BHJP
   A01K 67/00 20060101ALN20150910BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20150910BHJP
【FI】
   C12M1/34 Z
   C12Q1/02
   !A01K67/00 D
   !C12N15/00 A
【請求項の数】39
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-555009(P2012-555009)
(86)(22)【出願日】2011年1月25日
(65)【公表番号】特表2013-520198(P2013-520198A)
(43)【公表日】2013年6月6日
(86)【国際出願番号】US2011022354
(87)【国際公開番号】WO2011106119
(87)【国際公開日】20110901
【審査請求日】2012年12月5日
(31)【優先権主張番号】12/713,263
(32)【優先日】2010年2月26日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】596060697
【氏名又は名称】マサチューセッツ インスティテュート オブ テクノロジー
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ヤニク モハメト エフ
(72)【発明者】
【氏名】ワサーマン スティーブン シー
(72)【発明者】
【氏名】パード カルロス
(72)【発明者】
【氏名】チェン ツンヤオ
(72)【発明者】
【氏名】ギレランド コディ エル
【審査官】 高山 敏充
(56)【参考文献】
【文献】 特表2005−512542(JP,A)
【文献】 特開2009−186490(JP,A)
【文献】 特表2006−526407(JP,A)
【文献】 特開2009−204657(JP,A)
【文献】 特開2008−119020(JP,A)
【文献】 特開2001−133694(JP,A)
【文献】 特表2001−500744(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00−3/10
CAplus/WPIDS/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液質媒体に入った生体標本の供給源であって、前記生体標本は硬骨魚である供給源と、
その供給源から液質媒体中の前記生体標本をガラス毛細管内に自動装荷する手段と、
撮像装置の視野内でガラス毛細管内の前記生体標本を自動位置決めする手段と、
前記ガラス毛細管を回動させて、前記撮像装置の視野内において前記生体標本を回動させるよう動作するモータおよび毛細管アセンブリと、
を備え、インビーボスクリーニングに使用される高スループットなシステム。
【請求項2】
請求項1記載のシステムであって、上記供給源が、生体標本が複数体入るリザーバを有するシステム。
【請求項3】
請求項1記載のシステムであって、上記供給源が、生体標本が複数体入るマルチウェルプレートを有するシステム。
【請求項4】
請求項2記載のシステムであって、上記供給源が、生体標本入りリザーバ及びそれに切り替わる液質媒体供給源を有するシステム。
【請求項5】
請求項3記載のシステムであって、位置決めステージによって上記マルチウェルプレート上で位置決めされる管アセンブリを備えるシステム。
【請求項6】
請求項5記載のシステムであって、上記管アセンブリが、上記マルチウェルプレートに液質媒体を注ぐ注入管と、当該マルチウェルプレートから生体標本を吸入する吸入管と、を有するシステム。
【請求項7】
請求項5記載のシステムであって、上記管アセンブリ及びマルチウェルプレートを封止する手段を備えるシステム。
【請求項8】
請求項1記載のシステムであって、1個又は複数個の光源及び1個又は複数個の光検知器を有する光透過型又は光反射型の自動検知器を備えるシステム。
【請求項9】
請求項8記載のシステムであって、上記自動検知器が、上記生体標本を気泡、デブリ又はその双方から弁別するシステム。
【請求項10】
請求項1記載のシステムであって、上記撮像装置が、撮像装置の視野内で上記管を回動させる1個又は複数個のモータを有するシステム。
【請求項11】
請求項1記載のシステムであって、上記撮像装置が、2個の対物レンズで同時撮像を実行するシステム。
【請求項12】
請求項1記載のシステムであって、上記撮像装置が、共焦点撮像、二光子撮像又は広視野撮像を実行するシステム。
【請求項13】
請求項1記載のシステムであって、上記撮像装置が、光切断、光活性化又は光励起に適したビームを発生させるレーザ光源を有するシステム。
【請求項14】
請求項1記載のシステムであって、遺伝子スクリーニングに使用されるシステム。
【請求項15】
請求項1記載のシステムであって、化学スクリーニングに使用されるシステム。
【請求項16】
液質媒体に入った生体標本の供給源であって、前記生体標本は硬骨魚である供給源を準備するステップと、
その供給源から液質媒体中の前記生体標本をガラス毛細管に自動装荷するステップと、
撮像装置の視野内でガラス毛細管内の前記生体標本を自動位置決めするステップと、
前記ガラス毛細管を回動させて、前記撮像装置の視野内において前記液質媒体内の前記生体標本を回動させるステップと、
を有し、インビーボスクリーニングに使用される高スループットな方法。
【請求項17】
請求項16記載の方法であって、上記生体標本を複数個の容器に仕分けるステップを有する方法。
【請求項18】
請求項16記載の方法であって、細胞のインビーボ計数に使用される高スループットな方法。
【請求項19】
請求項16記載の方法であって、形態変化のインビーボ計測に使用される方法。
【請求項20】
請求項16記載の方法であって、細胞形態の計測に使用される方法。
【請求項21】
請求項16記載の方法であって、細胞移動の計測に使用される方法。
【請求項22】
請求項16記載の方法であって、Ca2+信号の計測に使用される方法。
【請求項23】
請求項16記載の方法であって、レーザ光マイクロ切断を用いた細胞分解能光操作に使用される方法。
【請求項24】
請求項16記載の方法であって、イオンチャネルの光励起に使用される方法。
【請求項25】
請求項16記載の方法であって、化学物質及び蛋白質の光活性化又は光不活性化に使用される方法。
【請求項26】
請求項16記載の方法であって、始原細胞の増殖を増強する化学物質の再生スクリーニングに使用される方法。
【請求項27】
請求項16記載の方法であって、腫瘍化細胞のインビーボ増殖を標的とした阻害物質に関する腫瘍スクリーニングに使用される方法。
【請求項28】
請求項16記載の方法であって、変性疾患のモデルにおける細胞死を阻止又は抑制する保護物質に関するスクリーニングに使用される方法。
【請求項29】
請求項16記載の方法であって、毒性スクリーニングに使用される方法。
【請求項30】
請求項16記載の方法であって、発達及び器官形成に関する遺伝子及び化学スクリーニングに使用される方法。
【請求項31】
請求項16記載の方法であって、神経突起の分岐、成長、接続性、棘突起密度等、神経細胞の形態に関するスクリーニングに使用される方法。
【請求項32】
請求項16記載の方法であって、幹細胞移動に関するスクリーニングに使用される方法。
【請求項33】
請求項16記載の方法であって、循環器系の機能及び疾患に関するスクリーニングに使用される方法。
【請求項34】
請求項2記載の方法であって、微細損傷を経た個別組織の再生増強スクリーニングに使用される方法。
【請求項35】
請求項2記載の方法であって、個別細胞切断後の機能補償スクリーニングに使用される方法。
【請求項36】
請求項16記載の方法であって、細胞系列及び細胞分化に関するスクリーニングに使用される方法。
【請求項37】
請求項1記載のシステムであって、上記硬骨魚がゼブラフィッシュであるシステム。
【請求項38】
請求項1記載のシステムであって、上記生体標本が遺伝子導入生物であるシステム。
【請求項39】
液質媒体に入った脊椎動物幼体の供給源であって、前記脊椎動物幼体は硬骨魚である供給源と、
前記供給源からの前記液質媒体内の前記幼体をガラス毛細管内に吸入する手段と、
通過していく前記幼体を前記ガラス毛細管内の泡、デブリ又はその双方から弁別する手段と、
前記ガラス毛細管内の前記幼体を撮像するように構成された視野を持つ撮像装置と、
前記ガラス毛細管を回動させて、前記撮像装置の視野内において前記幼体を回動させるよう動作するモータおよび毛細管アッセンブリと、
を備え、脊椎動物の幼体を自動的にインビーボスクリーニングするシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、この参照を以て本願に包含されるところの2010年2月26日付米国特許出願第12/713263号に基づく優先権主張を伴う出願である。
【0002】
本発明はスクリーニング用の高スループットなプラットフォーム、特にゼブラフィッシュ稚魚、その他の硬骨魚等、生体標本を対象としたインビーボ(in vivo)な(生体内での)遺伝子スクリーニング及び化学スクリーニングを行える高スループットなプラットフォームに関する。
【背景技術】
【0003】
ゼブラフィッシュ(zebrafish:Danio Rerio)モデルをはじめとする小動物モデルは、組織の発達、神経の退化及び再生、幹細胞の増殖及び移動(migration)、循環器系、免疫系、内分泌系及び神経系の疾患、伝染病の進行、発生学、癌の進行、薬物の組織特異性及び毒性等、生体外(インビトロ:in vitro)で再現できない大規模且つ複雑なプロセスの研究に役立っている。ゼブラフィッシュが広く用いられるに至ったのは、体が小さい、透明である、水棲である、養殖が簡単である等、望ましい属性が幾つかあるためであり、人間が罹る疾病のうち幾つかについてはゼブラフィッシュによるモデルが既に開発されている(非特許文献1〜11;以下、文献番号を挙げて参照する諸文献については、その参照を以て本願に包含されるものとする)。疾病に対する効能に関しゼブラフィッシュモデルに従い化学物質ライブラリをスクリーニングすることで発見された鉛化合物は、哺乳動物・ゼブラフィッシュ間の薬物能保存性が高いことから薬品開発に役立っている(非特許文献12及び13)。様々な変異系統に対し様々な遺伝子操作、例えば遺伝子の過剰発現、ノックダウン、発現抑制等を施せることから、ゼブラフィッシュモデルは、遺伝子研究や新規化合物の標的細胞識別において強力なモデルとして役立っている(非特許文献1、14及び15)。大きな利点があることから、実験的研究におけるゼブラフィッシュモデルの利用は、ここ二十年に亘り指数的に増えてきている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許出願公開第2007/0207450号明細書(A1)
【特許文献2】米国特許出願公開第2004/0092002号明細書(A1)
【特許文献3】国際公開第2009/079474号パンフレット(A1)
【特許文献4】欧州特許出願公開第1479759号明細書(A2)
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Zon, L.I.,Peterson, R.T.,"In vivo drug discovery in the zebrafish." Nat Rev Drug Discovery 4(1), 35-44 (2005).
【非特許文献2】Amatruda, J.F., Shepard, J.L., Stern, H.M., Zon, L.I., "Zebrafish as a cancer model system." Cancer Cell 1(3), 229-231 (2002).
【非特許文献3】Rubinstein, A.L., Zebrafish: "from disease modeling to drug discovery." Curr Opin Drug Discov Devel., 6(2), 218-223 (2003).
【非特許文献4】Kokel, D., Peterson, R.T., "Chemobehavioural phenomics and behaviour-based psychiatric drug discovery in the zebrafish." Brief Funct Genomic Proteomic., 7(6), 483-490 (2008).
【非特許文献5】Langheinrich, U.,"Zebrafish: a new model on the pharmaceutical catwalk." Bioessays 25(9), 904-912 (2003).
【非特許文献6】Barros, T.P., Alderton, W.K., Reynolds, H.M., Roach, A.G., Berghmans, S., "Zebrafish: an emerging technology for in vivo pharmacological assessment to identify potential safety liabilities in early drug discovery." Br J Pharmacol., 154(7), 1400-1413 (2008).
【非特許文献7】den Hertog, J., "Chemical genetics: Drug screens in Zebrafish." Biosci Rep., 25(5-6), 289-297 (2005).
【非特許文献8】Lee, J.W., Na, D.S., Kang, J.Y., Lee, S.H., Ju, B.K.,"Differentiation of mouse p19 embryonic carcinoma stem cells injected into an empty zebrafish egg chorion in a microfluidic device." Biosci Biotechnol Biochem., 70(6), 1325-1330 (2006).
【非特許文献9】Buckley et al., "Zebrafish myelination: a transparent model for remyelination?." Disease Models & Mechanisms 1, 221-228 (2008).
【非特許文献10】McGrath, P., Li, C.,"Zebrafish: a predictive model for assessing drug-induced toxicity." Drug Discovery Today 13(9-10), 394-401 (2008).
【非特許文献11】Wen et al., "Visualization of monoaminergic neurons and neurotoxicity of MPTP in live transgenic zebrafish." Developmental Biology 314, 84-92 (2007).
【非特許文献12】King, A., "Researchers find their Nemo." Cell 139(5), 843-846, (2009).
【非特許文献13】Shin, J.T., Fishman, M.C., "From Zebrafish to human: modular medical models." Anna.Rev.Genomics.Hum.Genet, 3, 311-340 (2002).
【非特許文献14】Lieschke, G.J., Currie, P.D., "Animal models of human disease: zebrafish swim into view." Nature Genetics 8, 353-367 (2007).
【非特許文献15】Patton, E.E., Zon.L.I., "The art and design of genetic screens: zebrafish," Nature Genetics 2, 956-966 (2001).
【非特許文献16】Karlsson, J,.Hofsten, J.V., Olsson, P.E., "Generating Transparent Zebrafish: A Refined Method to Improve Detection of Gene Expression During Embryonic Development", Marine Biotech., 3, 522-527 (2001).
【非特許文献17】Zottoli, S.J., Faber, D.S., "The Mauthner Cell: What Has it Taught us?." The Neuroscientist 6(1), 26-38 (2000).
【非特許文献18】Bhatt D.H., Otto S.J.,Depoister B., Fetcho J.R., "Cyclic AMP-induced repair of zebrafish spinal circuits." Science 305(5681), 254-258 (2004).
【非特許文献19】Hutchinson T.H.,Williams T.D., "Culturing of fathead minnow larvae for aquatic toxicity testing: an observational note," Environ.Toxico.l Chem.13, 665-669 (1993).
【非特許文献20】HENRIKSEN, G.H.,et al., "Laser-assited patch clamping : a methodology," Pflueger Archiv : European Journal of Physiology,Springer Verlag, Berlin, DE, vol.433, 1January 1997, pages 823-841.
【非特許文献21】WENHUI H WANG ET AL., "High-Throughput Automated Injection of Individual Biological Cells," IEEE Transactions on Automation Science and Engineering, IEEE Service Center, New York, NY, vol.6, no.2, 1 April 2009, pages 209-219.
【非特許文献22】FUNFAK, A., et al., "Micro fluid segement technique for screening and development studies on Danio rerio embryos," Lab Chip, (2007) Vol.7, pgs.1132-1138
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
幾つかの企業・研究機関では、96ウェルプレート内で養殖されたゼブラフィッシュ稚魚の遺伝子スクリーニングや化学スクリーニングが実施されている(非特許文献1、2、4及び12)。しかしながら、ゼブラフィッシュがほとんど人手(マニュアル)で扱われるため、大規模スクリーニングを行うにしても、一般に一週間当たり数千化合物が限界である。また、サブ細胞分解能で分析するには、撮像乃至操作対象標本の狙いとする部位(注目領域)に対し光学的にアクセスする必要があるが、その手前に眼、心臓等の器官があると、明瞭なアクセス結果が得られないことが多い。卵黄等の器官は顕著な自家蛍光を呈するし、皮膚着色によって注目領域が隠されることもある。そのため、注目領域を撮像するには、多くの場合、適正になるようゼブラフィッシュの向きを調整してやる必要がある。従来も、寒天等の粘着性媒体内に埋め込む手法やピンセットで手動回動させる手法で、標本の向きを適正化する処置が執られてきたが、これらの処置は速度や信頼性が低く高スループットでのスクリーニングに適さない。更に、一旦固定されたら標本の向きを敏速に変えられないことが、様々な角度から組織を撮像する上で支障となっている。なお、標本の向きを適正化することやサブ細胞分解能での撮像が必要とな分析の例としては、脳、眼、心臓、膵臓、腎臓、肝臓等を形成する組織内での幹細胞の増殖及び移動、初期腫瘍増殖、神経細胞変成、神経突起再生等のインビーボモニタリングが挙げられる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ここに、本発明の一実施形態に係るシステムは、インビーボスクリーニングに使用される高スループットなシステムであって、液質媒体に入った生体標本の供給源と、その供給源から管内に生体標本を自動装荷(ロード:load)する手段と、撮像装置の視野内でその生体標本を自動位置決めする手段と、を備える。生体標本としては胚や水棲動物例えば硬骨魚を使用するのが望ましい。なかでも望ましい硬骨魚はゼブラフィッシュ稚魚である。また、生体標本の管内通過を検知する自動検知器を設けるのが望ましい。
【0008】
使用する生体標本がゼブラフィッシュ稚魚である場合、上掲の供給源としてはリザーバやマルチウェルプレートを使用することができる。リザーバとしては稚魚リザーバ及び液質媒体リザーバを設けるのが望ましく、マルチウェルプレートとしては、xy位置決めステージ上に座す形態で96ウェルプレートを設けるのが望ましい。また、自動検知器としては、発光ダイオード(LED)を2個、高速フォトダイオードを1個備える透過型又は反射型の自動検知器を設けるのが望ましい。撮像装置としては、生体標本を回動させる手段を備えるもの、例えば稚魚を毛細管内に受け容れその毛細管を回動させる一対のステッパモータを備えるものを設けるのが望ましい。その毛細管としては、ガラス又はテフロン(登録商標)製のものを使用するのが望ましい。
【0009】
撮像装置には、共焦点撮像用の水浸漬型20倍対物レンズ、明視野撮像用の上下反転型10倍対物レンズ、冷却電子増倍(EM)−CCDカメラ、並びにレーザ例えばフェムト秒レーザを設けるのが望ましい。フェムト秒レーザであれば、その動作次第で、顕微手術、光切断、光活性化等に適したビームを発生させることができる。そうしたシステムは、遺伝子乃至化学スクリーニングの実行に役立つものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】a及びbは本発明の一実施形態による遺伝子スクリーニング及び化学スクリーニングの手順を示す模式図である。
図2】a〜dは本発明の一実施形態に係るゼブラフィッシュスクリーニングプラットフォームの模式図である。
図3】a及びbはゼブラフィッシュの向き調整、撮像、フェムト秒レーザ顕微手術及び再生について説明するための顕微鏡写真である。
図4】a〜cは動物疾患の定量評価について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
ゼブラフィッシュに対するスクリーニングのスループットを劇的に高め且つ難度を劇的に下げるため、発明者は、ゼブラフィッシュ稚魚をより迅速に操作できるプラットフォームを開発した。以下、ゼブラフィッシュ稚魚を例に本発明のシステムについて説明する。その他の硬骨魚、その他の水棲動物、胚等を用いることも可能であり、ゼブラフィッシュ稚魚に限らず様々な生体標本が対象になりうる点をご理解頂きたい。図1に、遺伝子,化学両スクリーニングを実行可能な自動システムの例を示す。遺伝子スクリーニングの場合、リザーバから撮像用プラットフォームへと稚魚の変異体を装荷し、撮像が済んだ変異体を適宜マルチウェルプレート内に移すことで表現型に従いソートする。化学スクリーニングの場合、リザーバから撮像用プラットフォームへと稚魚を装荷し、個体数の計数や光操作(例.レーザ顕微手術)を実行し、供試物質入りのマルチウェルプレート内にその標本を吐出してその物質内で養殖し、そして撮像用プラットフォームに返送して表現型をチェックする。
【0012】
本システムで実行可能な遺伝子乃至化学スクリーニングの例としては、始原(profenitor)細胞増殖プロモータを探し組織再生を図るための化学スクリーニング、例えば肝臓、腎臓、膵臓、骨格筋、毛嚢、中枢神経系、抹消神経系等の組織に関するそれがある。別の例としては、腫瘍化細胞(tumorigenic)増殖を標的とする阻害物質に関するインビーボなスクリーニングがある。更に別の例としては、パーキンソン病、アルツハイマー病、ハンチントン病等、変性疾患のモデルで生じる細胞の発達不全や死を顕著に抑制又は阻止する保護物質に関するスクリーニングがある。組織に対する薬物の生物学的毒性を評価するためのスクリーニング、例えば肝臓、腎臓、膵臓、心臓、有毛細胞、中枢神経系の神経細胞、末梢神経系の神経細胞等に関するそれもある。系列トレーサたる蛍光レポータ蛋白質の光活性化を通じ諸細胞系列の分化・増殖や器官形成を調べる遺伝子及び化学スクリーニングも本システムで実行することができる。
【0013】
本システムには、ありふれたマルチウェルプレートを用いゼブラフィッシュ稚魚を大量に捌き育てる(incubationg)機能の重要性に鑑み、稚魚を自動装荷する手段や、個々のウェル内にその稚魚を自動返送する手段が設けられている。リザーバから稚魚を装荷する手段も設けられている。自動装荷後、その稚魚は光学的な撮像装置の視野内で位置決めされ、その装置による高速共焦点撮像や、操作装置による光操作に供される。標本をオンザフライ的に再配置、回動させるようにしているので、フェニルチオ尿素(PTU)処置等、手動操作及び侵襲的薬物を用いた皮膚着色抑制処理を不要にすることもできる。稚魚の向きが能動制御されるので、必要な作動距離が短い高数値開口(NA)対物レンズを使用すること、ひいては集光量を増やし、背景蛍光を抑え、また手前にある組織による散光・吸光を減らすことができる。本システムによれば、大規模なスクリーニングをサブ細胞分解能で実行することができる。
【0014】
図2aに、液質媒体リザーバ10及び稚魚リザーバ12を制御する流体弁14,16、稚魚リザーバ12内に泡を注入して撹拌させるバブルミキサ18、並びに図示しないシリンジポンプの働きで稚魚が吸入される管20を示す。2個ある弁14,16はコンピュータ制御下にあり、稚魚が管20内に入ると作動する。これにより、流体供給源が稚魚リザーバ12から液質媒体リザーバ10へと自動的に切り替わるので、複数匹の稚魚が同時に装荷されることを防ぐことができる。
【0015】
図2bに、稚魚入りのマルチウェルプレート21及びそれを支持するxy位置決めステージを示す。xy位置決めステージは、指定されたウェルが空気圧式ピストンの直下に来るよう両者間の位置決めを実行する二軸ステージである。その空気圧式ピストンは、直径1.0mmの装荷管と直径0.2mmの補給管を併せ2本あるシリコン管の端点を、そのウェル内の空間へと下降させる。シリコーンラバー塊22は、そのウェル内を減圧できるようウェルの開口部を封止する。装荷管は稚魚を吸い込む管、補給管は損逸分の液質媒体を補給する管であり、稚魚の吸入と液質媒体の補給は同時に実行される。
【0016】
図2cに、稚魚リザーバ12又はマルチウェルプレート21内セルを出たゼブラフィッシュ稚魚が送られる検知部を示す。これは、リザーバ12又はプレート21内セルから管20に稚魚が入ったことを自動認識する自動検知器であり、管20の周りに配された2個のLED24,26及び光検知器(PD)28を備えている。LED26は、発した光が稚魚を透過しPD28で受けるように配置されている。LED24は、発した光が散乱を経てPD28に届くようにずらして配置されている。システム側では、こうして得られる透過信号と散乱信号を同時にモニタし、通過していく稚魚を気泡や残骸(デブリ:debris)から弁別する。検知部によるサンプリングのレートは、素早く移動していく稚魚を確実に認識できるレート、具体的には2kHzに設定されている。
【0017】
図2dに、検知部を経た稚魚が送られる撮像装置を示す。同図では、稚魚30が、内径=約800μmのテフロン(登録商標)製毛細管32内で撮像装置の視野に捉えられている。毛細管32の屈折率は、画像歪が生じないよう水のそれと一致させてある。毛細管32をガラス製にすることも可能である。
【0018】
図2dに示した撮像装置は、直立,反転の2ポートを有する光学的な顕微撮像システムを構成している。直立ポート側のレンズ34は共焦点撮像が可能な水浸漬型の20倍対物レンズ(NA=1.0)であり、反転ポート側のレンズ36は明視野撮像が可能な気中型の10倍対物レンズである。直立ポート側の顕微鏡には、ビデオフレームレートで共焦点蛍光撮像を行えるよう、冷却EM−CCDカメラ38を伴う高速スピンディスク共焦点ヘッドが付設されている。反転ポート側の顕微鏡には、稚魚30の検知及び位置決めのため別のCCDカメラ40が付設されている。フェムト秒レーザ42で生じるビームは、顕微手術、光切断、光活性化又は光励起に適するビームであり、ダイクロイックフィルタを介し上側の光路に送出された後、20倍の対物レンズ34によって標本表面に合焦される。2個あるステッパモータ44,46は、毛細管32が捻られないよう、ひいては稚魚30の正確な位置がわかるよう、精密な制御の許で互いに逆方向に回動する。
【0019】
図2dに示した撮像装置の視野内に稚魚が入ると、コンピュータ制御下にある図示しないシリンジポンプを用い、その稚魚の毛細管32内粗位置決めが自動実行される。毛細管32の屈折率が水のそれに一致していて画像歪が生じないので、高速なEM−CCDカメラで得られる画像に基づき相応の自動画像処理アルゴリズムを実行することで、稚魚の視野内進入を検知すること及びその直後にシリンジポンプを停止させることができる。シリンジポンプで稚魚を粗位置決めした後は、本件技術分野で従来から知られている自動画像処理手法に従い、三軸位置決めステージで毛細管32のアセンブリを移動させることで、稚魚の頭部がカメラ視野の中央に来るよう両者間の位置決めを実行する。
【0020】
生体標本の向きは、一対のステッパモータ44,46による毛細管32の回動でオンザフライ的(休みなく)に調整される。モータ44,46は、そのシャフトが相対向するよう共通の支持構造上に配置されている。モータ44,46は、図示しないコンピュータに接続されたマイクロステップコントローラによって、ステップ幅=0.2°刻み、角速度=180°/sで動作するよう制御される。モータ44,46、毛細管アセンブリ、並びに上側の対物レンズが浸漬される貯水撮像チャンバが、3軸駆動型の位置決めステージ上に実装されているので、顕微鏡の視野内における稚魚の位置及び向きを1μm未満の精度で任意に設定することができる。この撮像装置では、また、広視野蛍光撮像と高速・高分解能でのスピンディスク共焦点顕微撮像とを同時に実行することができる。撮像システム装置に二光子撮像機能を持たせることもできる。
【0021】
図3aに、稚魚の向きを幾通りかの角度に亘り変えつつ共焦点撮像を行いマウスナー神経細胞の軸索(神経繊維)と正中線(midline)との交差を捉えた例を示す(非特許文献17)。正中線交差を視認できるのは後脳から見た場合のみであり(図中の0°)、他の角度でははっきりと見えていない(図中の15°及び45°)。スケールバーの長さは150μmである。
【0022】
本システムには、フェムト秒レーザ42を用いサブ細胞精度で励振する機能も備わっている。従って、そのレーザ42を精密自動位置決め及び向き調整機能と併用することで、蛍光レポータ及びイオンチャネルの局所活性化、化合物のアンケージング、レーザ顕微手術等の光操作を実行することができる。図3bに、レーザ顕微手術による加傷及びその後の神経細胞再生に関する研究での本システムの用例を示す。ゼブラフィッシュは高い再生能力を有しているので、それによるモデルは、再生機構の解明や再生を促す化学物質のスクリーニングに適した強力なモデルとなりうる。しかし、外科用メスでゼブラフィッシュに加傷する在来の分析手法は低速且つ侵襲的であるため、再生に関し高い信頼性で大規模な研究を行うことができない(非特許文献18)。これに対し、発明者が線虫の一種(C.elegans)での神経細胞再生に関し以前示した研究結果からわかるように(非特許文献13)、画像上で側神経細胞軸索繊維束が胴体沿いに張り出して見えるよう稚魚を横向きにし、近赤外フェムト秒レーザパルス(図3b中の白矢印)を合焦させるようにすれば、レーザ光による精密な軸索切断を実現することができる。近赤外波長では組織の透明度が高いけれども、極短レーザパルスの焦点で光子の非線形吸収が生じるので、その周囲の組織に傷を負わせることなく、1μmの精度で軸索を切断することができる。更に、本システムでは、こうした手術が高スループットで半自動的に実行される。この手順では、まず、グラフィカルユーザインタフェース上でのクリック操作を通じ、ユーザによって細胞体が指定される。次いで、所与アルゴリズムに従い、その細胞体から軸索沿いの切断対象点までの距離が推定される。更に、その点を含む軸索沿い領域を、位置決めステージによってレーザ42の焦点まで自動的に移動させる。そして、電気光学的レーザシャッタを開きレーザ42のパルスを自動送出させることで、その顕微手術が実行される。また、図3bには軸索切断から18時間及び24時間が経過し再成長した軸索繊維も示されている。軸索繊維の切断位置は体部から850μmの位置、切断に使用されたレーザパルスは波長=780nm、持続時間=100fs、パルスエネルギ=15nJ、繰返しレート=80MHz、パルストレイン長=10msの極短パルス、合焦に使用されたレンズはNA=1.0の20倍対物レンズである。スケールバーの長さは75μmである。
【0023】
撮像や操作が済んだ稚魚は、装荷とは逆の手順によってマルチウェルプレート内に吐出され、そこで更に養殖される。吐出される媒体の体積は10μLより高い精度になるよう水力学的に制御される。図4aに示すように、装荷から位置決め、回動及びサブ細胞分解能共焦点撮像を経て稚魚吐出に至るサイクル全体で費やされる時間は16秒未満である。これに対し、同様の分析を手動実行すると、約10分がかかるにもかかわらずかなり高い確率で失敗する。
【0024】
ゼブラフィッシュ稚魚は繊細であり、その卵黄はとりわけ扱いが難しい。発明者は、できるだけ稚魚を傷つけにくいシステムを実現するため、様々な手法及び流速について検討した。その結果、稚魚が最もひどく傷つくのは、稚魚リザーバ12やマルチウェルプレート21から管20内へと高速吸引された場合であることが判明した。反面、吸引速度を十分に高くしないと、スループットが許容水準まで高まらない。そこで、本システムでは、稚魚が傷つく機会が減るよう流速の初期値を低く抑えた上で、最初の稚魚が装荷管に入ってからその稚魚が検知部(図2c参照)で検知されるまでは、流速を42μl/sの一定加速度で増加させるようにしている。但し、330μl/sを流速の上限とする。管内にいる限りは、こうした高速でも稚魚に傷が付く恐れがない。稚魚が毛細管32内に入ったことが検知されたら、カメラ38による稚魚の自動認識を行えるよう、相応の制御ソフトウェアに従い吸引速度を83μl/sへと自動低下させる。図4bに、本システムを用い3通りの吸引速度で稚魚450匹をスクリーニングした結果を示す。ここに示したのは、36時間経過後の健康状態を、その稚魚の平常時心拍数、形態、並びに接触及び光刺激に対する反射的な反応を目視確認、評価した結果である。流速の初期値が最高のケース(330μl/s)では、稚魚の2.0%に形態異常が発生した。形態異常の判別は、脊柱前湾奇形、脊柱後湾奇形、脊柱湾曲症及び頭蓋顔面奇形に係る条件に従い行った(非特許文献19)。操作後の発達遅延は、浮き袋発現までに要した時間をモニタすることで計測した。図4cに示すように、本システムで操作された稚魚の発達と、(流速が最高のものを含め)比較対象となる稚魚の発達との間に顕著な差はない(P=0.94)。更に、若干低い装荷速度で本システムを作動させるようにすれば(1サイクルにかける時間を1秒長くすれば)、本システムの影響で生存率が低下することもなくなる。
【0025】
このように、発明者が開発したのは、細胞分解能撮像や生体標本操作(手術等)が可能な高スループットプラットフォームであり、神経細胞再生をはじめとする複雑なインビーボ分析を高いスループットで実行することができる。本プラットフォームは、順逆双方の遺伝子スクリーニングに加え化学スクリーニングにも使用することができる。本プラットフォームでは、生体標本の自動装荷元及び自動吐出先を、ゼブラフィッシュの大規模養殖等に必須なマルチウェルプレートにすることができる。生体標本の向きを1°制御でオンザフライ制御する構成にすれば、従来の高スループットスクリーニング技術ではアクセスできなかった深部構造及び表層構造を可視化、操作することが可能となる。生体標本の装荷から位置決め、向き調整、撮像及びレーザ光マイクロ操作を経て吐出に至る全プロセスを18秒以内で終えること、即ち既存手法に対しおよそ二桁以上改善することも可能である。本システムについては、媒体中に気泡、デブリ等の偽像源が存在している許でも非侵襲的且つ確実に作動することが、数百体の生体標本を対象にしたスクリーニングを通じ判明している。このように、本プラットフォームによれば、脊椎動物を対象とした高度な分析におけるスループットを顕著に高めることができる。
【0026】
なお、本件技術分野で習熟を積まれた方々(いわゆる当業者)が本発明に改良及び変形を施せること、並びにそうした改良及び変形を経たものも本発明の技術的範囲に包含されることに留意されたい。
図1
図2
図3
図4