【実施例】
【0097】
実施例1:ペプチドの合成
直鎖状ペプチドは、Multiple Peptide Synthesizer(SYROII, MultiSynTech GmbH, Witten)による固相Fmocプロトコルを用いて合成する。合成は、側鎖を保護したFmocアミノ酸誘導体を用い、Rink Amide樹脂又はRink Amide MBHA樹脂(Novabiochem-Merk Biosciences GmbH, Bad Soden)上で実施した。Fmocアミノ酸は、ジイロプロピルカルボジイミド/N-ヒドロキシベンゾトリアゾール又はベンゾトリアゾール-1-イル-オキシ-トリス-ピロリジノ-ホスホニウムヘキサフルオロホスフェートにより活性化される。
【0098】
固相上での環状ペプチドの合成のために、Fmoc-Glu-ODmab又は選択的に直角に切断され得る側鎖保護基を有する別のFmocアミノ酸を、直鎖状ペプチドのC末端に組み込む。N,N'-ジメチルホルムアミド中2%ヒドラジン一水和物を用いてDmab側鎖を選択的に除去した後、樹脂に結合した直鎖状ペプチドを、N,N'-ジメチルホルムアミド中のジイソプロピルカルボジイミド及びN-ヒドロキシ-9-アザベンゾトリアゾールの存在下で数時間処理する。環化は、サンプルを採取し、カイザー試験を実施し、そして必要な場合はこれらを反復することによって確認した。合成樹脂から環状ペプチドを切断してペプチドアミドを得、側鎖の保護基の除去は、この樹脂をトリフルオロ酢酸/トリイソプロピルシラン/エタンジチオール/水で2時間処理することによって行う。
【0099】
実施例2:動物モデル
本実施例及び本明細書中に記載される任意の他の実施例で使用した動物モデルは、そうでないことが示されない限り、ヒト類似ラットモデルである。ビソプロロール及び本発明の多種の化合物、より具体的には、式Icの化合物を用いて、このヒト類似ラットモデルをそれぞれ評価及び試験する前に、この動物を以下の通り処置した。
【0100】
抗β1受容体抗体を生成するために、この動物を第二β1受容体ループに対して免疫した。ビソプロロール又は本発明による任意のペプチドのいずれも与えない動物において、免疫の8ヶ月後に進行性の拡張型免疫性心筋症を観察した(
図6)。予防研究及び治療研究の両方において、全ての免疫動物は、高力価の刺激性抗β1-EC
II抗体を生成した。特異的抗β1-EC
II価は、この動物を4週間毎に継続的に追加免疫すること6〜9ヶ月で最大値に達した(
図4及び8)。
【0101】
実施例3:ビソプロロール又は本発明によるペプチドのいずれかを用いたヒト類似ラットモデルにおける免疫性心筋症の予防
式Icの環状ペプチド1mg/kgを4週毎に皮下投与(n=4)又は静脈内投与(n=4)のいずれかを行うことによるこの動物の予防的処置は、特異的抗β1-EC
II抗体価のさらなる増加を防止し、その後の研究経過においては抗体力価は継続的に減少すらした(
図4)。
【0102】
本発明者らが大いに驚かされたことは、
図4に示されるように、5ヶ月目以降は、4週毎の抗原追加刺激に対してそれ以上免疫応答が観察されなかったことである。このことは、継続的なアネルギーによる脱感作、すなわち、抗β1-EC
II産生B細胞の活性化の抑制又は減少という意味のある種の免疫寛容が起こったことを意味する。この「免疫学的アネルギー」の性質に関するさらなる分析は、環状ペプチドの存在下における抗原特異的抗体産生脾B細胞の重大な減少を明らかにした(
図20)。一方、調節性CD4
+ T細胞及び/又は他のT細胞誘導性の耐性機序は、この非応答状態を明確に説明するものではない(
図19a)。
図20は、特異的抗β1-EC
II産生B細胞が式Icの環状ペプチド1mg/kgで処置した動物の脾臓において有意に減少したことを示す。
【0103】
図5及び12に示されるように、環状ペプチドは心拍数及び血圧のいずれも低下させなかった。これとは対照的に、ビソプロロールの予防的投与は、これも
図5及び12に示されるが、心拍数を有意に低下させ、その有意水準はp<0.01であった。
図6から導き出し得ることは、予防的処置を行った抗β1-EC
II抗体陽性動物と処置を行わなかった動物との間には心エコー検査の表現型に有意差が存在することである。
【0104】
実施例4:ビソプロロール及び本発明によるペプチドを用いたヒト類似ラットモデルにおける免疫性心筋症の処置
本発明のペプチドIcを4週毎に投与すると、
図8a及びbに示されるように、驚くほど急激な特異的抗β1-EC
II価の減少が観察された。ペプチド処置動物と比較すると、ビソプロロールを与えられた群は、ずっと高いβ1抗体価を有していた。
図10及び11に示されるように、(免疫し、有意なLV拡張が発生した後の)ビソプロロール投与及び本発明のペプチドの投与の両方の場合とも、12ヶ月(これらの動物にこの種の処置を施した期間)の間に、心エコー検査により確認した限りでは未処置の抗β1-ECII抗体陽性動物と比較して進行は見られなかった。それ以上に驚かされたことは、全てのペプチド処置動物においてはLV拡張の有意な後退すら見られた(β1-ECII-16AAはβ1-ECII-25AA又はβ1-ECII-18AAよりも見かけ上の効果が小さかった)(
図11)が、単独治療剤としてビソプロロールを用いた場合はLV拡張を完全に逆転できなかったことである。これらの結果は、ビソプロロールのみによってこの疾患を安定化させ得ること、又は、本発明のペプチドを用いることによって心筋症の表現型の後退すら達成し得ることを示す。
【0105】
実施例5:本発明の環状ペプチド及びビソプロロールからなる組み合わせの投与
ラットモデル及びDCM患者のいずれにおいても、β1-EC
II抗体の刺激効果、すなわちアロステリック効果は、心選択性β遮断剤によって打ち消され得る(標準的な投薬法に従って使用された場合)。このことから、β1(自己)抗体陽性患者は、β1(自己)抗体陰性患者よりも本発明から多くの利益を享受すると言える。このことから、ビソプロロール及び本発明のペプチドからなる併用療法の効果は抗β1-EC
II抗体陽性患者に対してずっと高いことが示唆される。想定される付加的な機序は、特に、抗体誘導性の受容体ダウンレギュレーションの当該ペプチドによる保護と共に、β遮断剤(ビソプロロール又はメトプロロール等、
図18参照)による相乗的なβ1受容体アップレギュレーションであり得る。動物モデルにおける相乗的効果については、
図10c、11c及び13を参照のこと。
【0106】
実施例6:本発明の環状ペプチドの短縮型変異体(すなわち、16アミノ酸環状ペプチド対18アミノ酸環状ペプチド対25アミノ酸環状ペプチド)の投与
概して、アミノ酸の数、つまり一次構造の長さは、本発明のペプチドの生物学的効果にとって重要だと考えられる。26アミノ酸又はそれ以上のペプチド長(一次構造)は、免疫応答性のT細胞を直接的に、すなわち、担体蛋白質を使用せずに刺激することができ、従って、T細胞を媒介するB細胞の刺激を通じて抗β1受容体抗体の産生の逆説的な増加を惹起すると考えられる。従って、治療研究の枠組みで、25アミノ酸ペプチドIcの短縮型ペプチド変異体、すなわち、この環状ペプチドの18アミノ酸又は16アミノ酸のいずれかを含む変異体で、少数のパイロット動物を処置した。使用した構築体は
であった。本発明のペプチドの短縮型ペプチド変異体を4週毎に投与すると、特異的抗β1-EC
II価の急激な減少が治療の最初の6ヶ月の間に観察された。その後においては、循環の抗β1-EC
II抗体価は、25AA環状ペプチドIc又は18AA構築体のいずれによってもほぼ同程度減少し(
図8b参照)、両者はまた同程度の生物学的効果(すなわち、心筋症の表現型の逆転;
図10d参照)を有したが、16AA構築体は循環の抗β1-EC
II抗体価の持続的減少(
図8bの灰色のダイヤモンド参照;ペプチド注射によっても抗体価は減少せずに安定的である)及び生物学的効果(すなわち、2匹の処置ラットにおける曖昧な結果(一方の動物は心筋症の表現型を完全に逆転させたが、もう一方の動物は進行性のLV拡張及び機能不全を示した);
図10d及び11d参照)の両方について効果が小さい傾向があった。これらの予備的な結果は、この環状の受容体相同ペプチドの一定の長さがその有益な生物学的効果を獲得するのに必要と考えられることを示す。しかし、この種の処置を動物に施した12ヶ月の間に心エコー検査により確認されたように、16AAによっても、未処置の抗β1-EC
II抗体陽性動物と比較して少なくとも疾患の進行が停止又は安定化した(β遮断剤を用いた単独療法の効果に匹敵する)ことは留意されるべきである(
図10d)。
【0107】
実施例7:cAMP系を用いるβ受容体抗体の診断アッセイ
体液中のβ受容体抗体(抗β
1-Abs)のこの検出は、細胞内メッセンジャーである環状アデノシン一リン酸(cAMP)の濃度変化の光学的検出によりβ受容体が媒介するシグナル伝達に対する抗体の影響を測定することに基づく。このようなcAMP試験系は、原則的には、PCT出願WO2005/052186に記載される。
【0108】
β
1受容体媒介性のcAMP増加を誘導する能力により抗β
1-Absを検出するために、蛍光共鳴エネルギー転移を用いる新しい高感度cAMPセンサ(Epac1-camps)を用いる。この技術により、合計56人の患者血清及び40人の対照血清の集合を本法を用いて分析した。この患者集団は、1999年にJahnsらによりすでに公開され、β受容体抗体についてペプチド免疫アッセイ(ELISA)及び
125ヨウ素標識cAMPアッセイを用いてアッセイが行われたのと同じである(Jahns et al., Circulation 1999(前出))。この初期研究においてβ受容体抗体陽性であった患者(n=17)は全員、有意なEpac-1シグナルも示した(49±4%)。対照及び過去に抗β
1-EC
II陰性と判断されたDCM患者の約半数(17/39)由来のIgGは、細胞性cAMPに有意に影響しなかった。
【0109】
驚くべきことに、この新技術は、以前は抗体陰性と判断されたDCM患者の半数以上(22/39)において抗β
1-Absを検出したが、これらの抗体により誘導されたcAMPシグナルは、上述の群よりも概して低かった(31±5%)。β遮断剤は、抗体誘導性のβ
1受容体活性化を十分に防止できず、カルベジロールが他のβ遮断剤よりも有効であった。遮断実験は、「高」アクチベーターIgG又は「低」アクチベーターIgGが、それぞれ第二細胞外β
1受容体ループ又は第一細胞外β
1受容体ループに対応するペプチドによってより強く遮断されることを実証した。
【0110】
まとめると、全56人の患者のEpac-FRETシグナルの分析は、DCMにおける抗β1-Ab有病率がほぼ70%(n=39/56)であることを明らかにした。これは、ELISA、免疫蛍光法、及びcAMP-RIAによって検出された有病率よりもずっと高く、このことはDCM診断における本発明によるペプチドの適合性を証明するものである。Abs+群は、FRETデータに基づき2つの下位集団に分けることができる(「低」アクチベーター(FRETの振幅が最大イソプロテレノール(isomax)の20〜40%)及び「高」アクチベーター(FRETの振幅が最大イソプロテレノールの40%以上)に分類した)。新たに同定した2つのFRET陽性集団についてより詳細に研究した。その濃度反応相関を分析することで、本発明者らは、「低」アクチベーターIgGが、高濃度の場合でさえも、「高」アクチベーターIgGにより誘導されるのと同程度のcAMPレベルを達成しえないことを見出した(
図23)。この知見は、「低」アクチベーターの血清における抗β1-Absの力価の低さが「低い」cAMP反応を説明するものであるという可能性をむしろ低下させ、この類型の抗β1-Absの受容体レベルでの異なる作用機序を示唆するものである。抗体間のFRET活性の質的差異についての1つの理由は、異なる抗β
1-Absにより標的化される受容体エピトープの差異であり得る。これまでに、免疫法によりβ
1-EC
IIエピトープ及びβ
1-EC
Iエピトープに対する機能的抗β
1-Absを動物内で作製することに成功しているが、このことは、これら2つのエピトープの一定の抗原性を示唆するものである(Mobini R, et al., J. Autoimmun. 1999; 13: 179-186)。標的化された異なるエピトープが抗β
1-Absの「高度」又は「低度」のFRET活性化能を説明するものであるかどうかを分析するために、本発明者らは、β
1-EC
II又はβ
1-EC
Iに対応する合成ペプチドと共にこれらをインキュベートし、これらのペプチド各々の遮断効果を分析した。これらの遮断実験は、「高」アクチベーターIgGのFRETシグナルが、β1-EC
IIに対応するペプチドにより減衰され得るが、β
1-EC
Iペプチドによっては減衰され得ないことを明らかにした(7人の患者を試験した;
図24)。対照的に、「低」アクチベーターIgGは、β
1-EC
Iに対応するペプチドによってのみ阻害された(8人の患者を試験した;
図24)。「高」アクチベーター及び「低」アクチベーターの間のカットオフ値付近のcAMPシグナルを生ずる抗β
1-Absを有するDCM患者由来の全ての血清を、このような遮断実験において試験し、本発明者らの分類の精度を確認した。強いEpac-FRETシグナル(40〜60%のFRET反応)を示す過去にAbs判定された3人の患者は、「高」アクチベーター抗β
1-EC
II Absであることが確認され、試験した全「低」アクチベーターIgG(20〜40%のEpac-FRET反応を生じる)はβ
1-EC
Iペプチドにより阻害された。これらのデータは、「高」アクチベーター及び「低」アクチベーターのcAMP産生における差が、異なるエピトープが標的化されたこと、つまり異なる活性受容体配置が誘導されたことに依存する可能性が最も高いという仮説と一致する。抗β
1-Absの類型及び活性化能における差がDCMに起因する心不全の臨床過程に関連し得るかどうかの疑問に取り組むために、本発明者らは、10年間の経過観察期間をかけて本明細書で分析した56人のDCM患者における総死亡率に対する遡及分析において多変量Cox回帰を用いた。
図4は、「無」アクチベーター、「低」アクチベーター、及び「高」アクチベーターにグループ分けし、年齢、性別、ニューヨーク心臓協会の機能分類、血流力学的状態、及び投薬法について調整した生存曲線を示す。「低」アクチベーター群における死亡リスクは、活性化抗β
1-Absについて陰性の患者と有意な差がなかった。対照的に、「高」アクチベーターは、「低」アクチベーターよりも有意に高い死亡率であった。このことは、抗β
1-EC
II-AbsがDCMにおける予後の悪化と関連することを示唆する。これは、心不全における活性化抗β1-Absの潜在的な病態生理学的、臨床的関連性を裏付けるものである。
【0111】
βアドレナリン受容体に対する抗体についてのこのアッセイにおいて、抗体誘導性のcAMP産生を、例えば、βアドレナリン受容体を発現し(好ましくは0.15〜0.3pmol/mg膜蛋白質の濃度で)、Epac-1センサを一過的にトランスフェクトしたHEK293細胞又はCHW細胞等の単一細胞において測定する。
【0112】
使用したEpac-1センサは、Nikolaevら(JBC, 2004, 279 (36), 37215-8)の論文に記載される、Epac(exchange protein-1 directly activated by cAMP(cAMPによって直接的に活性化される交換蛋白質-1))並びに黄色蛍光蛋白質(YFP)及びシアン色蛍光蛋白質(CFP)に結合された結合ドメインE157-E316からなる融合蛋白質である。
【0113】
これらの細胞に、好ましくはリン酸カルシウム沈降によって、好ましくは10μg Epac-1センサ/10cm皿(直径)をトランスフェクトする。その培地を、好ましくはトランスフェクションの12〜18時間後に交換する。好ましくは、トランスフェクションの24〜48時間後に、Nikoaevら(前出)に記載される蛍光共鳴エネルギー転移を用いて細胞性cAMP価の変化を測定することにより、抗体誘導性の受容体媒介シグナル伝達を決定する。
【0114】
このアッセイは、好ましくは、拡張型心筋症に罹患した患者及び健常な対照の血清サンプルを用いて実施する。IgG抗体は、好ましくは、Jahnsら(Eur. J. Pharmacol., 1996, 113, 1419-1429)の論文に記載されるカプリル酸法を用いて血清から単離する。使用前に、好ましくはサンプルをPBS緩衝液で1:6希釈する。抗体を添加すると、約100〜150秒後に細胞内cAMPレベルの上昇が検出され得、これは(受容体の活性化に相当する)Epac-1センサへのcAMPの結合により生じる蛍光シグナルの減少により表される。この抗体誘導値を、βアドレナリン作動薬イソプロテレノールを5μM添加した際に得られる値の百分率として算出する。
【0115】
それとは別に、この特定のアッセイを用いて、2つのさらなる抗体陽性患者群を同定した:3人の患者は細胞内cAMPの上昇に対して同様の効果(44±2%)を有する受容体抗体を有し、別の19人の患者はcAMP上昇に対して有意に低い効果(31±5%)を有するEpac-1-FRET陽性抗体を有した。エピトープ相同ペプチドを用いた遮断実験は、第一群の抗体が第二細胞外β1受容体ループに対するものであり、第二群の抗体が第一細胞外β1受容体ループに対するものであることを示した。
【0116】
抗β1-Absを検出するこの新規の方法は、従来の方法よりもずっと迅速かつ高感度であることが証明され、さらに、多種の受容体ドメインに対する機能性β受容体抗体を同定するのに適している。本法はまた、抗β1-Ab誘導性の受容体活性化を防止する能力がβ遮断剤は不十分であることも明らかにした。これは、心不全における抗β1-Absに関する調査及び最終的な処置の選択にとっての新たな立場を提案するものである。
【0117】
本明細書、特許請求の範囲及び/又は図面に開示される本発明の特徴は、個別及びその任意の組み合わせにおいて、本発明をその多種の形態で実現するための材料であり得る。