(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
Cu−Ni−Si系銅合金板からなる母材の表面に、Ni被覆層、Cu−Sn合金被覆層、Sn被覆層がこの順に形成され、材料表面はリフロー処理されていて、圧延平行方向及び圧延直角方向の算術平均粗さRaがいずれも0.03μm以上、0.15μm未満、前記Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率が10〜50%、前記Ni被覆層の平均厚さが0.1〜0.8μm、前記Cu−Sn合金被覆層の平均厚さが0.4〜1.0μm、前記Sn被覆層の平均厚さが0.1〜0.8μmであることを特徴とする嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板。
母材の表面の圧延平行方向の算術平均粗さRaが0.05μm以上、0.20μm未満、圧延直角方向の算術平均粗さRaが0.07μm以上、0.20μm未満であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載された嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板。
Cu−Ni−Si系銅合金が、Ni:1〜4質量%、Si:0.2〜0.9質量%を、Ni/Si質量比が3.5〜5.5となるように含み、残部Cu及び不可避不純物からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載された嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板。
Cu−Ni−Si系銅合金が、さらにSn:3質量%以下、Mg:0.5質量%以下、Zn:2質量%以下、Mn:0.5質量%以下、Cr:0.3質量%以下、Zr:0.1質量%以下、P:0.1質量%以下、Fe:0.3質量%以下、Co:1.5質量%以下の中の1種又は2種以上を含むことを特徴とする請求項5に記載された嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板。
Cu−Ni−Si系銅合金がCoを含み、NiとCoの合計含有量が1〜4質量%、(Ni+Co)/Si質量比が3.5〜5.5であることを特徴とする請求項6に記載された嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板。
【背景技術】
【0002】
自動車等の電線の接続に用いられるコネクタには、オス端子とメス端子の組み合せからなる嵌合型接続端子が使用されている。近年、部品の軽量化・小型化によりこの種の接続端子は小型多極化の傾向にある。
接続端子の嵌合は手作業で行っており、Sn被覆層付き銅合金板からなる接続端子は、極数が多くなると嵌合時の挿入力が高くなる。このため、作業者の負荷軽減の観点から、接続端子の挿入力低減が強く求められている。同時に、高温長時間経過後の電気的特性(低接触抵抗)の確保も求められている。
【0003】
この要求に対し、例えば特許文献1〜4に記載されているように、種々の提案がなされてきた。
特許文献1では、銅合金板表面にNi被覆層、Cu−Sn合金被覆層及びSn被覆層からなる表面被覆層をこの順に形成したSn被覆層付き銅合金板が提案されている。
特許文献2では、表面粗さを大きくした銅合金板表面にCu−Sn合金被覆層及びSn被覆層、又はNi被覆層、Cu−Sn合金被覆層及びSn被覆層からなる表面被覆層をこの順に形成し、最表面にCu−Sn合金被覆層を所定の面積率で露出させたSn被覆層付き銅合金板が提案されている。
【0004】
特許文献3では、銅合金板表面にNi又はCu下地めっき層とSnめっき層を形成し、リフロー処理することにより、前記表面被覆層に固い領域と軟らかい領域を混在させたSn被覆層付き銅合金板が提案されている。
特許文献4では、銅合金板表面にNi被覆層、Cu被覆層、Cu−Sn合金被覆層及びSn被覆層からなる表面被覆層を形成し、その表面にCu−Sn合金被覆層とSn被覆層を混在させ、かつCu−Sn合金被覆層の隣り合うCu−Sn合金粒子を一体化させたSn被覆層付き銅合金板が提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1のSn被覆層付き銅合金板は、高温長時間経過後の電気的特性は優れるが、摩擦係数の低減(挿入力の低減)が十分とはいえなかった。
一方、特許文献2のSn被覆層付き銅合金板は、最表面にCu−Sn合金被覆層が所定の面積率で露出しているため、摩擦係数(挿入力)のさらなる低減が可能である。しかし、めっき前に銅合金板母材の表面に凹凸を形成する工程が必要があり、コストアップとなっていた。
また、特許文献3のSn被覆層付き銅合金板は、めっき前に銅合金母材の結晶粒界に合金元素を偏析させ又は酸化物を形成させる熱処理工程が必要であり、特許文献4のSn被覆層付き銅合金板は、特殊なリフロー及び冷却条件が必要であり、いずれも製造するうえでコストアップを伴う。
【0007】
本発明は、嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板に関する上記従来の問題点に鑑みてなされたもので、特許文献2のSn被覆層付き銅合金板に比べて低いコストで、摩擦係数の低い、低挿入力のSn被覆層付き銅合金板を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、通常コルソン合金の名で知られるCu−Ni−Si系銅合金の薄板を常法に従って作製し、これを母材として、特許文献1に記載された発明に倣い、母材表面にNiめっき層、Cuめっき層及びSnめっき層をこの順に形成した後、リフロー処理を行い、Ni被覆層、Cu−Sn合金被覆層及びSn被覆層からなる表面被覆層を有するSn被覆層付き銅合金板を得た。なお、本発明においてリフロー処理前の各層を「めっき層」といい、リフロー処理後の各層を「被覆層」という。
母材であるCu−Ni−Si系銅合金板の表面粗さ(算術平均粗さRa)は、特許文献2の銅合金母材のように意図的に大きくしたものではなく通常レベルであり、特許文献3の発明のようなめっき前の特殊な熱処理は行わず、リフロー処理及びその後の冷却条件は、特許文献4の発明のように特殊なものではなくごく一般的な条件を採用した。
【0009】
しかし、本発明者が、得られたSn被覆層付き銅合金板の表面を子細に観察すると、最表面のSn被覆層の間から、Cu−Sn合金被覆層が圧延方向に沿って線状に露出していた。本発明者は、この露出形態が、一般的なCu−Ni−Si系銅合金板を母材とし、その表面にNi、Cu、Snの各めっき層をこの順に形成した後、リフロー処理を行ったとき安定的に発現することを確認した。
また、本発明者が、このSn被覆層付き銅合金板の摩擦係数を測定したところ、特に圧延直角方向において、材料表面全体がSn被覆層に覆われた従来のSn被覆層付き銅合金板より明らかに小さく、ちょうど特許文献1の発明と特許文献2の発明の中間程度と思われる値であった。
本発明は、本発明者のこの知見を基になされたものである。
【0010】
本発明に係る嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板は、Cu−Ni−Si系銅合金板からなる母材の表面に、Ni被覆層、Cu−Sn合金被覆層、Sn被覆層がこの順に形成され、材料表面はリフロー処理されていて、圧延平行方向及び圧延直角方向の算術平均粗さRaがいずれも0.03μm以上、0.15μm未満、前記Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率が10〜50%、前記Ni被覆層の平均厚さが0.1〜0.8μm、前記Cu−Sn合金被覆層の平均厚さが0.4〜1.0μm、前記Sn被覆層の平均厚さが0.1〜0.8μmであることを特徴とする。
【0011】
上記嵌合型接続端子用Sn被覆層付き銅合金板は、次のような望ましい実施の形態を有する。
(1)前記Cu−Sn合金被覆層が、材料表面に圧延平行方向に線状に露出している。
(2)上記(1)の形態において、母材の表面が圧延平行方向に沿ってバフ研磨されたものである。
(3)母材の表面の圧延平行方向の算術平均粗さRaが0.05μm以上、0.20μm未満、圧延直角方向の算術平均粗さRaが0.07μm以上、0.20μm未満である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るSn被覆層付き銅合金板は、表面被覆層の最表面に、Cu−Sn合金被覆層が所定の面積率で露出しているため、表面被覆層の全面がSn被覆層に被覆されている場合に比べて摩擦係数が低い。このため、このSn被覆層付き銅合金板を、嵌合型接続端子のオス端子又は雌端子の一方又は両方に用いたとき、嵌合の際の挿入力を低減することができる。
また、本発明に係るSn被覆層付き銅合金板は、高温長時間経過後の電気的特性(低接触抵抗)のほか、耐食性及び曲げ加工性にも優れている。
【0013】
本発明に係るSn被覆層付き銅合金板は、母材として一般的なCu−Ni−Si系銅合金板を用い、Niめっき、Cuめっき及びSnめっきをこの順に施し、次いでリフロー処理を行うことにより製造することができる。Cu−Ni−Si系銅合金板は通常の表面粗さのものを用いればよく、めっき前に特殊な熱処理等を施す必要もなく、リフロー処理及び冷却の条件についても通常のものでよい。従って、本発明に係るSn被覆層付き銅合金板は、特許文献2のSn被覆層付き銅合金板に比べて低い製造コストで製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係るSn被覆層付き銅合金板について、より具体的に説明する。
[Cu−Ni−Si系銅合金板]
(銅合金組成)
本発明に係るSn被覆層付き銅合金板の母材として、通常コルソン合金の名で知られるCu−Ni−Si系銅合金板を用いる。望ましい組成は、Ni:1〜4質量%、Si:0.2〜0.9質量%を含み、残部Cu及び不可避不純物からなり、必要に応じて、Sn:3質量%以下、Mg:0.5質量%以下、Zn:2.0質量%以下、Mn:0.5質量%以下、Cr:0.3質量%以下、Zr:0.1質量%以下、P:0.1質量%以下、Fe:0.3質量%以下、Co:1.5質量%以下の中の1種又は2種以上を含むこともできる。この組成自体は周知であり、ASTM規格のC64725(Cu-2%Ni-0.5%Si-1%Zn-0.5%Sn)、C64760(Cu-1.8%Ni-0.4%Si-1.1%Zn-0.1%Sn)、C64785(Cu-3.2%Ni-0.7%Si-0.5%Sn-1%Zn)、C70250(Cu-3.0%Ni-0.65%Si-0.15%Mg)、C70350(Cu-1.5%Ni-1.1%Co-0.6%Si)など、嵌合型接続端子として実用化されているものも多い。
上記組成について以下簡単に説明する。
【0016】
Ni,Siは、Ni
2Siの析出物を生成して強度を向上させる元素である。Ni含有量は1〜4質量%とし、Si含有量は0.2〜0.9質量%の範囲からNi/Si質量比が3.5〜5.5となるように、Ni含有量に対応した量を添加することが望ましい。Ni含有量が1質量%未満又はSi含有量が0.2質量%未満だと、強度が不足する。Ni含有量が4質量%を超え又はSi含有量が0.9質量%を超えると、鋳造時にNi又はSiが晶出又は析出し、熱間加工性が低下する。Ni/Si質量比が3.5未満又は5.5を超える場合、過剰となったNi又はSiが固溶することによって導電性が低下する。Ni含有量は望ましくは1.7〜3.9質量%である。Ni/Si質量比は望ましくは4.0〜5.0である。
【0017】
Snは組織中に固溶することによって強度特性及び耐応力緩和特性を向上させるが、3質量%を超えると導電率及び曲げ加工性が低下する。従って、Snを含有させる場合は3質量%以下とし、望ましくは2.0質量%以下とする。
Mgは組織中に固溶することによって強度特性を向上させるが、0.5質量%を超えると曲げ加工性及び導電率が低下する。従って、Mgを含有させる場合は0.5質量%以下とし、望ましくは0.30質量%以下とする。
Crは熱間加工性を向上させるが、0.3質量%を超えると晶出物を生成して曲げ加工性が低下する。従って、Crを含有させる場合は0.3質量%以下とし、望ましくは0.1質量%以下とする。
Mnは熱間加工性を向上させるが、0.5質量%を超えると導電率が低下する。従って、Mnを含有させる場合は0.5質量%以下とし、望ましくは0.3質量%以下とする。
ZnはSnめっきの耐剥離性を向上させるが、2.0質量%を超えると曲げ加工性及び導電率が低下する。従って、Znを含有させる場合は2.0質量%以下とし、望ましくは、1.5質量%以下とする。
【0018】
Zr,Feは結晶粒の微細化作用があるが、それぞれ0.1質量%、0.3質量%を超えると曲げ加工性を損なう。従って、Zr,Feを含有させる場合は、それぞれ0.1質量%以下、0.3質量%以下とし、望ましくはそれぞれ0.05質量%以下、0.1質量%以下とする。
Pは主として鋳塊の健全性向上(脱酸・湯流れ等)に寄与する元素である。従って鋳塊健全性を向上させたい場合は含有させるが、0.1%以上添加されると容易にNi−P金属間化合物を析出、凝集粗大化し、熱間加工時に割れが発生して加工性を低下させる。従ってPを含有させる場合は0.1重量%以下とし、望ましくは0.03質量%以下とする。
【0019】
Coは、Ni−Co−Si系の析出物を生成して、銅合金の強度をさらに向上させる元素である。しかし、Coの含有量が1.5質量%を超えると、鋳塊中の前記化合物の析出量が多くなり、鋳塊割れ、熱間圧延時の加熱割れ、熱延割れが発生しやすくなる。従って、Coの含有量は1.5質量%以下とする。Coを含有させる場合、Coの含有量は0.05質量%以上が望ましい。また、NiとCoの合計含有量が1〜4質量%、(Ni+Co)/Si質量比が3.5〜5.5、好ましくは4.0〜5.0となるように組成を決めることが望ましい。
【0020】
(銅合金板の製造方法)
本発明に係るCu−Ni−Si系銅合金板は、常法に従い、溶解・鋳造→均熱処理→熱間圧延→熱間圧延後の急冷→冷間圧延→溶体化を伴う再結晶処理→冷間圧延→時効処理の工程により製造することができる。冷間圧延では、特許文献2の発明のように粗面化したワークロールを用いる必要はなく、通常の表面粗さのものを用いればよい。高強度化のため、必要に応じて、溶体化を伴う再結晶処理→時効処理→冷間圧延の工程を選択することもできる。また、良好なばね性を得るため、最後に低温焼鈍を実施することもできる。
【0021】
Cu−Ni−Si系銅合金は比較的多くのSiを含み、表面にSi酸化物を含む強固な酸化膜が形成されるため、再結晶処理、時効処理及び低温焼鈍の後に、表面の酸化膜を除去するための研磨工程が行われている。この研磨工程には回転バフを用いるのが好適であり、一般的に用いられている。回転バフはその回転軸が圧延方向に直角に配置され、長手方向に連続的に移動するCu−Ni−Si系銅合金板の表面に押し当てられる。
以上の方法で得られるCu−Ni−Si系銅合金板は、一般的なCu−Ni−Si系銅合金板と何ら変わるところはない。表面粗さについても同様で、圧延平行方向の算術平均粗さRaが0.05μm以上、0.20μm未満、より一般的には0.07μm以上、0.15μm以下、圧延直角方向の算術平均粗さRaが0.07μm以上、0.20μm未満、より一般的には0.10μm以上、0.17μm以下である。
【0022】
[Ni、Cu、Snめっき層]
前記工程にて作製したCu−Ni−Si系銅合金板の表面に、Niめっき、Cuめっき、Snめっきをこの順に施し、続いてリフロー処理する。
Niめっき層は、リフロー処理後も平均厚さは実質的に変化しないので、平均厚さ0.1〜0.8μmの範囲内で形成すればよい。Cuめっき層とSnめっき層は、リフロー処理後にCuめっき層が消滅して、平均厚さ0.4〜1.0μmのCu−Sn合金被覆層が形成され、かつ平均厚さ0.1〜0.8μmのSn被覆層が残留するように、それぞれ適宜の平均厚さで形成すればよい。Niめっき、Cuめっき及びSnめっきのめっき浴及びめっき条件は、特許文献1に記載されたとおりでよい。
リフロー処理の条件は、Snの溶融温度〜600℃×3〜30秒間、好ましくは400〜600×3〜7秒である。リフロー処理に続く冷却は水冷である。これはリフロー処理条件及びリフロー処理後の冷却条件として通常のものである。
【0023】
[リフロー処理後の表面被覆層]
(Ni被覆層)
表面被覆層のうちNi層は、高温環境下にて母材のCuがSn被覆層中へ拡散するのを抑制する効果がある。しかし、Ni被覆層の平均厚さが0.1μm未満では拡散抑制効果は少なく、Sn被覆層表面でCu酸化物が形成され、接触抵抗の増加を引き起こす。一方、Ni被覆層の平均厚さが0.8μmを超えると、曲げ加工で割れが発生するなど、接続端子への成形加工性が低下する。従って、Ni被覆層の平均厚さは0.1〜0.8μmとし、好ましくは0.1〜0.6μmとする。
【0024】
(Cu−Sn合金被覆層)
表面被覆層のうちCu−Sn合金被覆層は、硬質であることから、表面に露出、及びSn被覆層の下に存在することにより、表面の硬さを増大させ、端子挿入時の挿入力を低減する効果を発揮する。また、Cu−Sn合金被覆層は、Ni被覆層のNiがSn被覆層へ拡散するのを抑制する効果がある。しかし、Cu−Sn合金被覆層の平均厚さが0.4μm未満では、高温環境下でNiの拡散を抑制できなくなくなり、Sn被覆層表面へのNiの拡散が進行する。これにより、Ni被覆層の破壊、破壊されたNi被覆層を通して母材のCuがSn被覆層表面に拡散することによる接触抵抗の増加、母材と表面被覆層の界面の脆弱化による表面被覆層の剥離などが引き起こされる。一方、Cu−Sn合金被覆層の平均厚さが1.0μmを超えると、曲げ加工で割れが発生するなど、接続端子への成形加工性が低下する。従って、Cu−Sn合金被覆層の平均厚さは0.4〜1.0μmとし、好ましくは0.4〜0.8μmとする。
【0025】
(Sn被覆層)
Sn被覆層が厚くなると挿入力が増大するため、Sn被覆層の平均厚さは0.8μm以下が望ましい。一方、Sn被覆層の平均厚さが0.1μm未満では、高温酸化などの熱拡散による材料表面のCu酸化物量が多くなり、接触抵抗が増大し易く、耐食性も悪くなる。従って、Sn被覆層の平均厚さは0.1〜0.8μmとする。
【0026】
(Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率)
特許文献1の発明に倣い、銅合金板を母材とし、その表面にNi、Cu及びSnめっきをこの順に行った後、リフロー処理を行うと、母材表面にNi被覆層、Cu−Sn合金被覆層及びSn被覆層からなる表面被覆層が形成される。母材の表面粗さが通常値(特許文献2の発明のように表面粗さを意図的に大きくしていない)の場合、Sn被覆層が表面被覆層の表面全体を覆い、Cu−Sn合金被覆層が材料表面に露出することはないと、一般的には考えられている。
【0027】
しかし、母材としてCu−Ni−Si系銅合金板を用いた場合、母材の表面粗さが通常値であっても、Cu−Sn合金被覆層が材料表面に露出する場合があり、しかも露出するときは圧延方向に沿って線状に露出する。このような現象が生じた理由は未だ解明できていないが、Cu−Sn合金被覆層が圧延平行方向に線状に露出することから、板表面に形成された微細な凹凸(圧延目やバフ研磨の研磨目)、あるいはバフ研磨で研磨し切れずに不均一に残留したSi酸化物を中心とする酸化膜が、リフロー処理時のCu−Sn合金の生成量や成長速度の増大、あるいはNiめっき層のバリア効果の局部的な低下をもたらし、その結果として、Cu−Sn合金被覆層の生成が局部的に促進され、材料表面に線状に露出したのではないかと、本発明者は推測している。
【0028】
Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率は、材料表面の単位表面積当たりに露出するCu−Sn合金被覆層の表面積をパーセンテージで表したもので、本発明では10〜50%とする。材料表面の残りの50〜90%はSn被覆層が覆っている。Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率が10%に満たないと、摩擦係数の低下が十分でなく、端子の挿入力低減効果が充分得られない。一方、Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率が50%を超えると、経時や腐食などによる材料表面のCu酸化物量が多くなり、接触抵抗を増加させ易く、高温長時間経過後の電気的特性(低接触抵抗)を維持することが困難となる。
Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率は、Sn被覆層の平均厚さが薄いほど大きく、厚いほど小さくなる。この材料表面露出率を10〜50%の範囲内に収める意味でも、Sn被覆層の平均厚さは0.1〜0.8μmとするのが望ましい。
【0029】
(Sn被覆層の圧延直角方向の最大幅)
近年の小型化した接合端子の接点部分のサイズを考慮すると、材料表面に観察されるSn被覆層の圧延直角方向の幅が200μm以上となると、挿入力低減効果が得られにくい。従って、本発明に係るSn被覆層付き銅合金板において、Sn被覆層の圧延直角方向の最大幅は200μm以下が望ましい。Sn被覆層の圧延直角方向の最大幅は、Sn被覆層の平均厚さが薄いほど大きく、厚いほど小さくなる。この最大幅を200μm以下に収める意味でも、Sn被覆層の平均厚さは0.1〜0.8μmとするのが望ましい。
【0030】
(材料表面の算術平均粗さRa)
上記Cu−Ni−Si系銅合金板を母材とし、これにNiめっき、Cuめっき及びSnめっきを施した後リフロー処理し、母材表面に上記Ni被覆層、Cu−Sn合金被覆層及びSn被覆層を形成し、本発明に係るSn被覆層付き銅合金板を製造したとき、材料表面の表面粗さは、圧延平行方向及び圧延直角方向共、算術平均粗さRaが0.03μm以上、0.15μm未満の範囲内にほぼ収まる。この表面粗さは、Cu−Ni−Si系銅合金板以外の銅合金板に、特許文献1に記載された発明を適用した場合に得られるSn被覆層付き銅合金板の表面粗さとほぼ同じである。
【0031】
[嵌合型接続端子]
本発明に係るSn被覆層付き銅合金板は、Cu−Sn合金被覆層が圧延平行方向に線状に露出している関係で、圧延直角方向に測定した摩擦係数が、圧延平行方向に測定した摩擦係数より低く出る。従って、嵌合型接続端子は、その挿入方向がSn被覆層付き銅合金板の圧延直角方向となるように、プレス打抜き及び成形することが望ましい。
【実施例1】
【0032】
Ni:1.8質量%、Si:0.4質量%、Zn:1.0質量%、Sn:0.2質量%、Mn:0.05質量%、Mg:0.04質量%、残部Cu及び不可避不純物からなるCu−Ni−Si系銅合金に、溶解・鋳造、均熱処理、熱間圧延、熱間圧延後の急冷、冷間圧延、溶体化を伴う再結晶処理、冷間圧延、及び時効処理の工程を施し、板厚0.25mmのCu−Ni−Si系銅合金板を作製した。溶体化を伴う再結晶処理及び時効処理後に、回転バフによる研磨を実施した。回転バフは回転軸を圧延方向に直角に配置し、長手方向に連続的に移動する銅合金板の表面に押し当てた。
【0033】
作製したCu−Ni−Si系銅合金板(母材)の表面粗さを下記要領で測定した。なお、回転バフの材質、砥粒の番手、回転バフの回転数を変えることで、No.1〜13の銅合金板(母材)の表面粗さ(Ra)を調整した。
[銅合金板の表面粗さの測定]
銅合金板の表面粗さは、接触式表面粗さ計(株式会社東京精密;サーフコム1400)を用い、JIS B0601−1994に基づいて測定した。表面粗さ測定条件は、カットオフ値を0.8mm、基準長さを0.8mm、評価長さを4.0mm、測定速度を0.3mm/s、及び触針先端半径を5μmRとした。表面粗さの測定方向は、圧延平行方向(‖)及び圧延直角方向(⊥)とした。
【0034】
続いて、銅合金板の表面に、下記条件でNiめっき、Cuめっき、Snめっきをこの順で行い、次いでリフロー処理を施し、表1に示すNo.1〜13の供試材(Sn被覆層付き銅合金板)を得た。なお、No.13はNiめっきを省略した。
Niめっきは、NiSO
4/6H
2Oを240g/lの濃度、NiCl
2/6H
2Oを30g/lの濃度、及びH
3BO
4を30g/lの濃度で含むめっき浴を用い、浴温度を45℃、電流密度を5Adm
2の条件で行った。
Cuめっきは、CuSO
4を250g/lの濃度、H
2SO
4を80g/lの濃度、光沢材を10g/lのの濃度で含むめっき浴を用い、浴温度を30℃、電流密度を5Adm
2の条件で行った。
Snめっきは、SnSO
4を50g/lの濃度、H
2SO
4を80g/lの濃度、クレゾールスルホン酸を30g/lの濃度、光沢材を10g/lのの濃度で含むめっき浴を用い、浴温度を15℃、電流密度を3Adm
2の条件で行った。
リフロー処理は450℃×12秒間の条件で行い、次いで直ちに水冷した。
【0035】
各供試材の表面粗さ、Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率、各被覆層の平均厚さを下記要領で測定した。また、各供試材について動摩擦係数の測定、高温放置後の接触抵抗の測定、耐食性試験、及び曲げ加工性試験を下記要領で行った。その結果を表1に示す。
[Sn被覆層付き銅合金板の表面粗さの測定]
Sn被覆層付き銅合金板の表面粗さは、前記[銅合金板の表面粗さの測定]に記載した方法により、圧延平行方向(‖)及び圧延直角方向(⊥)の算術平均粗さRaを測定した。
【0036】
[Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率の測定]
各供試材の表面をSEM(走査電子顕微鏡)で観察し、任意の3視野について得られた表面組成像(×200)を二値化処理した後、画像解析により前記3視野におけるCu−Sn合金被覆層の材料表面露出率の平均値を測定した。同時に、二値化処理した組成像から、Sn被覆層の圧延直角方向の最大幅を測定した。
図1にNo.3の供試材の表面組成像、
図2に二値化処理後の組成像を示す。
図1,2において上下方向が圧延平行方向であり、Cu−Sn合金被覆層(黒く見える部分)が圧延平行方向に線状に露出している。No.1,2,4〜12の供試材も、Cu−Sn合金被覆層が圧延平行方向に線状に露出し、No.13の供試材のみCu−Sn合金被覆層の露出がなかった。
【0037】
[Sn被覆層の平均厚さの測定]
まず、蛍光X線膜厚計(セイコーインスツルメンツ株式会社;SFT3200)を用いて、Sn被覆層の膜厚とCu−Sn合金被覆層に含有されるSn成分の膜厚の和を測定した。その後、p−ニトロフェノール及び苛性ソーダを成分とする水溶液に10分間浸漬し、Sn被覆層を除去した。再度、蛍光X線膜厚計を用いて、Cu−Sn合金被覆層に含有されるSn成分の膜厚を測定した。測定条件は、検量線にSn/母材の単層検量線を用い、コリメータ径をφ0.5mmとした。得られたSn被覆層の膜厚とCu−Sn合金被覆層に含有されるSn成分の膜厚の和から、Cu−Sn合金被覆層に含有されるSn成分の膜厚を差し引くことにより、Sn被覆層の平均厚さを算出した。
【0038】
[Cu−Sn合金被覆層の平均厚さの測定]
Cu−Sn合金被覆層の平均厚さは、上記の剥離液に供試材を浸漬しSn被覆層を剥離した後、蛍光X線膜厚計を用いて測定した。
[Ni被覆層の平均厚さの測定]
蛍光X線膜厚計(セイコーインスツルメンツ株式会社;SFT3200)を用いて平均厚さを算出した。測定条件は、検量線にSn/Ni/母材の2層検量線を用い、コリメータ径をφ0.5mmとした。
【0039】
[動摩擦係数の測定]
嵌合型接続部品における電気接点のインデント部の形状を模擬し、
図3に示すような装置を用いて評価した。まず、各供試材から切り出した板材のオス試験片1を水平な台2に固定し、その上にNo.13の供試材の半球加工材(内径をφ1.5mmとした)のメス試験片3をおいて被覆層同士を接触させた。続いて、メス試験片3に3.0Nの荷重(錘4)をかけてオス試験片1を押さえ、横型荷重測定器(アイコーエンジニアリング株式会社;Model−2152)を用いて、オス試験片1を水平方向に引っ張り(摺動速度を80mm/minとした)、摺動距離5mmまでの最大摩擦力F(単位:N)を測定した。摩擦係数を下記式(1)により求めた。なお、5はロードセル、矢印は摺動方向である。
摩擦係数=F/3.0 …(1)
オス試験片1は圧延平行方向が移動方向に平行(‖)又は直角(⊥)になるように配置し、摩擦係数をそれぞれ測定した。
【0040】
[高温放置後の接触抵抗の測定]
供試材に対し大気中にて160℃×120hrの熱処理を行った後、接触抵抗を四端子法により、解放電圧20mV、電流10mA、無摺動の条件にて測定した。
[曲げ加工性の評価]
試験片を圧延方向が長手となるように切出し、JISH3110に規定されるW曲げ試験治具を用い、曲げ線が圧延方向に対して直角方向となるように9.8×103Nの荷重で曲げ加工を施した。その後、断面観察を行った。曲げ加工性評価は、試験後の曲げ加工部に発生したクラックが銅合金母材へ伝播しないレベルを○と評価し、銅合金母材へ伝播し銅合金母材にクラックが発生するレベルを×と評価した。
【0041】
[耐食性の評価]
各供試材に対し、JISZ2371に基づき、5%NaCl水溶液を用いて35℃×6hrの塩水噴霧試験を行った。耐食性の評価は、塩水噴霧後の外観観察により腐食が認められないレベルを○、腐食が認められるレベルを×とした。
【0042】
【表1】
【0043】
供試材No.1〜12は、母材であるCu−Ni−Si系銅合金板の表面粗さ(算術平均粗さRa)が通常レベルか、わずかに高い(No.11の圧延平行方向の値)だけにも関わらず、Ni、Cu及びSnめっきを行った後、通常の条件でリフロー処理しただけで、Cu−Sn合金被覆層が所定の面積率で材料表面に露出した。
そして、リフロー処理後の表面粗さ(算術平均粗さRa)、Ni被覆層、Cu−Sn合金被覆層及びSn被覆層の平均厚さ、Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率が、本発明の規定範囲内に入るNo.1〜6は、材料表面のほとんどをSn被覆層が覆っているNo.12や材料表面の全てをSn被覆層が覆っているNo.13に比べて動摩擦係数(特に圧延垂直方向)が相当に低く、同時に高温放置後の接触抵抗、耐食性、及び曲げ加工性も優れる。
【0044】
一方、Ni被覆層の平均厚さが薄いNo.7と、Cu−Sn合金被覆層の平均厚さが薄いNo.9は、いずれも高温放置後の接触抵抗値が高い。Ni被覆層の平均厚さが厚いNo.8と、Cu−Sn合金被覆層の平均厚さが厚いNo.10は、いずれも曲げ加工性が劣る。Sn被覆層の平均厚さが薄いNo.11は、同時にCu−Sn合金被覆層の材料表面露出率が大きすぎ、動摩擦係数(特に圧延垂直方向)が小さいが、高温放置後の接触抵抗が高く、耐食性も劣る。Sn被覆層の平均厚さが比較的厚いNo.12は、Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率が小さすぎ、動摩擦係数(特に圧延垂直方向)が大きく、Sn層の圧延直角方向の最大幅も大きくなった。Cu−Sn合金被覆層が材料表面に露出していないNo.13は、動摩擦係数(特に圧延垂直方向)が大きく、また、Ni被覆層がないため、高温放置後の接触抵抗が高くなった。
【実施例2】
【0045】
表2のNo.14〜21に示す種々の組成のCu−Ni−Si系銅合金から、実施例1と同様の工程(回転バフによる研磨を含む)で板厚0.25mmのCu−Ni−Si系銅合金板を作製した。作成したCu−Ni−Si系銅合金板(母材)の表面粗さを、実施例1と同じ方法で測定した後、実施例1と同じ条件でNiめっき、Cuめっき、Snめっきをこの順で行い、次いでリフロー処理を施し、No.14〜21の供試材(Sn被覆層付き銅合金板)を得た。
各供試材の表面粗さ、Cu−Sn合金被覆層の材料表面露出率、各被覆層の平均厚さを実施例1と同じ要領で測定した。また、各供試材について動摩擦係数の測定、高温放置後の接触抵抗の測定、耐食性試験、及び曲げ加工性試験を実施例1と同じ要領で行った。その結果を表3に示す。
【0046】
【表2】
【0047】
【表3】
【0048】
表3に示すように、No.14〜21の供試材(Sn被覆層付き銅合金板)では、母材の表面粗さ(算術平均粗さRa)が通常レベルであるにも関わらず、Ni、Cu及びSnめっきを行った後、通常の条件でリフロー処理しただけで、Cu−Sn合金被覆層が所定の面積率で材料表面に露出した。また、No.14〜21の供試材では、No.1〜6と同等の低い動摩擦係数が得られ、同時に高温放置後の接触抵抗、耐食性、及び曲げ加工性も優れていた。