(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5789827
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】マラリア原虫類の感染治療及び予防剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/506 20060101AFI20150917BHJP
A61P 33/06 20060101ALI20150917BHJP
【FI】
A61K31/506
A61P33/06
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2011-56040(P2011-56040)
(22)【出願日】2011年3月15日
(65)【公開番号】特開2012-193113(P2012-193113A)
(43)【公開日】2012年10月11日
【審査請求日】2014年2月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110973
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100120293
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 智子
(72)【発明者】
【氏名】大村 智
(72)【発明者】
【氏名】乙黒 一彦
(72)【発明者】
【氏名】岩月 正人
【審査官】
石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2010/065118(WO,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0137843(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0137844(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−33/44
A61P 33/06
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)
【化1】
で表されるニロチニブ遊離塩基又はその塩
、及び、薬学的に許容される担体からなる、マラリア原虫類の増殖抑制用薬剤。
【請求項2】
下記式(I)
【化1】
で表されるニロチニブ遊離塩基又はその塩
、及び、薬学的に許容される担体からなる、
マラリア原虫類の増殖を抑制することを特徴とする、マラリア原虫類の感染治療用及び予防用薬剤。
【請求項3】
マラリア原虫類が、ヒト感染性マラリア原虫である請求項1又は請求項2に記載の薬剤。
【請求項4】
マラリア原虫類が、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫又はサルマラリア原虫である請求項1又は請求項2に記載の薬剤。
【請求項5】
マラリア原虫類が薬剤耐性マラリア原虫である請求項1〜4のいずれか1項に記載の薬剤。
【請求項6】
経口投与形態又は非経口的投与形態である請求項1〜5のいずれか1項に記載の薬剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノピリミジン系化合物ニロチニブ(nilotinib)遊離塩基又はその塩を有効成分として含有する、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫及びサルマラリア原虫を含むヒト感染性マラリア原虫類の増殖抑制剤、並びにマラリア原虫類の感染治療剤及び予防剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトに寄生するマラリア原虫類は、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)、三日熱マラリア原虫(Plasmodium vivax)、四日熱マラリア原虫(Plasmodium malariae)、卵形マラリア原虫(Plasmodium ovale)の4種類に分類され、さらに最近、サルマラリア原虫(Plasmodium knowlesi)がヒトに感染することが明らかとなった。これらの中で、最も厄介なものはマラリア感染者の80%を占める熱帯熱マラリア原虫であり、重症の場合には脳性マラリアになって死に至る。
【0003】
これらのマラリア原虫類に対する既存の抗マラリア剤としては、古典薬と呼ばれる主に1930年〜1960年代に開発された化学合成医薬品であるクロロキンやファンシダール(ピリメサミンとスルファドキシンとの合剤)等、及び、新薬と呼ばれる1980年以降に開発された生薬青蒿の有効成分であるアルテミシニン等が用いられてきた。しかしながら、現在クロロキンやファンシダールに対する薬剤耐性マラリア原虫がマラリア流行地域に広く蔓延している他、両薬剤に対して薬剤耐性を示す多剤耐性株も出現しており、これらの抗マラリア剤としての有用性はマラリア流行地域で著しく低下している。また、アルテミシニンは作用として速効性であり、一時治療薬として注目されたが、完治せずに再燃し易いという問題があった。
【0004】
このように、既存の抗マラリア剤に対する薬剤耐性株はマラリアが再興感染症として流行している一因でもあり、薬剤耐性株に有効な抗マラリア薬の開発が望まれていた。特に熱帯熱マラリア原虫の流行地域は、熱帯・亜熱帯と多岐にわたっており、これらの地域に属する開発途上国ではマラリアの流行は極めて深刻な問題であり、寄生虫感染症による死亡原因の第一位がマラリアによるとされている。さらに、最近における地球規模での温暖化によりマラリア原虫類の流行地域が開発途上国のみならず温帯地域をも含む先進国へと拡大傾向の様相を呈しており、今後抗マラリア薬の必要性は高まるものと考えられている。
【0005】
抗マラリア薬の開発においては、in vitroで効果が確認されても、in vivoでは効果が確認できないものや毒性が確認されるものが多く、薬剤耐性株に有効でかつin vivoで効果が確認できる薬剤はほとんど見出されていない。
【0006】
ニロチニブ(nilotinib)は抗癌剤として知られている公知の化合物である。例えば特許文献1には、ニロチニブの製造法及び性状が報告され、プロテインキナーゼのうちのチロシンキナーゼの阻害作用を有することが開示されていた。しかし、マラリア原虫のゲノム解析によれば、マラリア原虫にはチロシンキナーゼが存在しないことが報告されており(非特許文献1)、ニロチニブとマラリアとの関係は知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開2004/005281号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Doering,C;O.Billker,T.Haysted,P.Sharma,A.B.Tobin&N.C.Waters:Protein kinases of malaria parasites:an update.Trends in Parasitology 24:570−576,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
よって、本発明の目的は、ヒト感染性マラリア原虫類、例えば、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫及びサルマラリア原虫の感染治療及び増殖抑制のための新規の化学療法剤を提供することである。また、本発明の目的は、in vitroのみならず、in vivoで有効であり、臨床において適用可能なヒト感染性マラリア原虫類の感染治療剤を提供することである。特には、本発明は、これらの中でもクロロキンやファンシダール等の既存の抗マラリア剤に耐性を示すマラリア原虫に対して有効なヒト感染性マラリア原虫類の感染治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述の抗マラリア薬における種々の問題点を解決すべく、クロロキンやファンシダール等の既存の抗マラリア剤に耐性を示すマラリア原虫に対してin vitro及びin vivoの両方で有効な化合物について鋭意研究したところ、ニロチニブが薬剤耐性マラリア原虫類の増殖抑制に対して優れた有効性を有することを見出した。特に、本発明者らは、ニロチニブがマラリア原虫感染動物モデルにおいて優れた治療効果と安全性を示すことを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明者らは、上述の通り、ニロチニブのチロシンキナーゼの阻害作用が報告されていることから、他のチロシンキナーゼ阻害剤についても抗マラリア効果を有するか否かについて、本発明者らの抗マラリア活性評価系で確認したところ、エルロチニブ(erlotinib)、及びニロチニブ類縁のアミノピリミジン系化合物であるイマニチブ(imatinib)は抗マラリア活性をほとんど示さないことが判明した。よって、本発明者らは、ニロチニブによる抗マラリア活性はチロシンキナーゼ阻害作用によるものでないことを確認した。この結果は、上述のマラリア原虫のゲノム解析の報告における、マラリア原虫にチロシンキナーゼが存在しないことと一致していた。これらの結果から、本発明者らは、ニロチニブによる抗マラリア効果(特には、薬剤耐性マラリア原虫類の増殖抑制効果)が、ニロチニブのチロシンキナーゼ阻害活性とは異なる他の活性によるものであることを見出した。
【0012】
よって、本発明は、ヒト感染性マラリア原虫類、例えば、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫及びサルマラリア原虫(特にはこれらの中でもクロロキンやファンシダール等の既存の抗マラリア剤に耐性を示すマラリア原虫)の感染治療及び増殖抑制のための新規の化学療法剤として、ニロチニブ遊離塩基又はその塩を提供するものである。
具体的には、本発明は、下記式(I)
【0013】
【化1】
で表されるニロチニブ遊離塩基又はその塩を有効成分として含有する、マラリア原虫類の増殖抑制剤に関する。また、本発明は前記式(I)で表わされるニロチニブ遊離塩基又はその塩を投与することを特徴とするマラリア原虫類の増殖抑制方法に関する。
【0014】
本発明はまた、下記式(I)
【0015】
【化1】
で表されるニロチニブ遊離塩基又はその塩を有効成分として含有する、マラリア原虫類の感染治療剤及び予防剤に関する。また、本発明は前記式(I)で表わされるニロチニブ遊離塩基又はその塩を投与することを特徴とするマラリア原虫類の感染の治療方法及び予防方法に関する。
【0016】
本明細書において、ニロチニブ又はニロチニブ遊離塩基とは、化学名が4−メチル−N−[3−(4−メチルイミダゾール−1−イル)−5−(トリフルオロメチル)フェニル]−3−[(4−ピリジン−3−イル−ピリミジン−2−イル)アミノ]ベンズアミドであり、分子式C
28H
22F
3N
7Oで表される分子量529.52のアミノピリミジン系化合物である。
【0017】
また、本発明のニロチニブはアミン基を有することから、酸と反応して塩を形成することができる。本発明のマラリア増殖抑制剤、治療剤、及び予防剤は、このような塩を有効成分として含有していてもよい。本明細書において、ニロチニブの塩は、薬学的に許容可能な限りその種類は特に限定されず、例えば、塩酸、リン酸、硫酸、硝酸、ホウ酸等の無機酸との塩、及び、ギ酸、酢酸、乳酸、クエン酸、フマル酸、マレイン酸、酒石酸等の有機酸との塩を挙げることができる。
【0018】
本明細書において、「マラリア原虫類」とは、アピコンプレクサ門胞子虫綱コクシジウム目に属する原虫である。マラリア原虫類は、好ましくは、ヒト感染性マラリア原虫であり、熱帯熱マラリア原虫、三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫及びサルマラリア原虫を含む。
【0019】
本発明の化合物は、薬剤耐性マラリア原虫及び薬剤感受性マラリア原虫の両方に対して有効であることから、本明細書において、マラリア原虫類として好ましくは薬剤耐性マラリア原虫類であり、より好ましくは、薬剤耐性ヒト感染性マラリア原虫であり、よりさらに好ましくは、薬剤耐性熱帯熱マラリア原虫、薬剤耐性三日熱マラリア原虫、薬剤耐性四日熱マラリア原虫、薬剤耐性卵形マラリア原虫及び薬剤耐性サルマラリア原虫である。本明細書において、薬剤耐性とは既存の抗マラリア薬に対して耐性を示すことを意味し、特には、クロロキン及び/又はファンシダールに対して耐性を示すことを意味する。
【発明を実施するための形態】
【0020】
前記の式(I)で表されるアミノピリミジン系化合物であるニロチニブ遊離塩基は、国際公開2004/005281号パンフレット記載の方法に従って製造することができる。また、ニロチニブ遊離塩基は、市販品(例えば、LC laboratories社、米国)から購入することもできる。また、ニロチニブの塩は、当業者周知の方法を用いて製造することができる。
【0021】
本発明のマラリア原虫類の感染治療剤及び予防剤は、経口投与形態、又は注射剤、点滴剤等の非経口投与形態で用いることができる。本化合物を哺乳動物等に投与する場合、錠剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤等として経口投与してもよいし、又は、注射剤、点滴剤として非経口的に投与してもよい。投与量は症状の程度、年齢、疾患の種類等により異なるが、通常成人1日当たり50
mg〜500 mgを1日1〜数回に分けて投与する。
【0022】
本発明のマラリア原虫類の感染治療剤及び予防剤は、通常の薬学的に許容される担体を用いて、常法により製剤化することができる。経口用固形製剤を調製する場合は、主薬に賦形剤、更に必要に応じて、結合剤、崩壊剤、滑沢剤等を加えた後、常法により溶剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等とする。注射剤を調製する場合には、主薬に必要によりpH調整剤、緩衝剤、安定化剤、可溶化剤等を添加し、常法により皮下又は静脈内用注射剤とする。
【0023】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。なお、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【0024】
(実施例1)ニロチニブ塩酸塩のin vitroにおける抗マラリア活性試験
ニロチニブ遊離塩基(LC laboratories社、米国)を用いて常法に従い、ニロチニブ塩酸塩を調製した。すなわち、ニロチニブ遊離塩基49.6
mgを1、4−ジオキサン(関東化学社、日本)0.5mLに溶解し、4N−塩酸含有1、4−ジオキサン(渡辺化学工業株式会社、日本)2mLを滴下した。生じた黄色沈殿を濾別した後、得られた沈殿を1、4−ジオキサン1mLで3回洗浄したのち乾燥することでニロチニブ塩酸塩44.9
mgを得た。
【0025】
東京大学大学院医学系研究科の北潔教授より分与された、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)の薬剤耐性株であるK1株及び薬剤感受性株であるFCR3株を用いて、これらのマラリア原虫に対するニロチニブ塩酸塩のin vitroにおける抗マラリア活性を乙黒らの方法(Otoguro,K., Kohana,A., Manabe,C., Ishiyama,A., Ui,H., Shiomi,K.,Yamada,H. & Omura,S.:Potent antimalarial activity of polyether antibiotic,X−206.J.Antibiot.,54:658−663,(2001))に従って測定した。
【0026】
試験原虫の培養については、TragerとJensenの方法(Trager,W and Jensen,J.:Human malaria parasites in continuous culture,Science,193:673−677,(1976))を若干改変し、維持、継代を行ったものを用いた。すなわち、培養シャーレ内で、10%ヒト血漿を添加したRPMI1640培地と新鮮なヒト赤血球を用いて継代した原虫感染赤血球を希釈し(ヘマトクリット値:2〜5%、原虫感染赤血球率:0.25〜1%)、37℃にて3%O2−4%CO2−93%N2の混合ガス下で培養を行い、2〜3日毎に培地交換と新鮮な赤血球を添加して連続培養を行った。
【0027】
薬剤感受性試験は、Desjardinsらの方法(Desjardins,R.E., Canfield,C.J., Haynes,D.E. and Chulay,J.D.:Quantitative assessment of antimalarial activity in vitro by a semiautomated microdilution technique.Antimicrob.Agents Chemother.,16:710−718(1979))を改変して行った。被験化合物としては、上述の方法により調整したニロチニブの他、ニロチニブ類縁化合物であるイマチニブ、エルロチニブ、及び、培養熱帯熱マラリア原虫に対する既存の抗マラリア剤であるアルテミシニン(Aldrich社、米国)、アルテスネート(Cerbios Pharma社、スイス国)、クロロキン(Sigma社、米国)を用いた。具体的には、96穴プレートの各ウェルに前培養した原虫浮遊液(ヘマトクリット値:2%、原虫感染赤血球率:0.5又は1%)190μLと最終濃度100〜0.0001μg/mLとなるような濃度段階希釈した被験化合物の溶液(50%エタノール溶液)10μLを添加し、混和後、前述の混合ガス下で72時間培養を行った。
【0028】
原虫増殖の測定はMaklerらの方法(Makler,M.T., Rise,J.M., Williams,J.A., Bancroft,J.E., Piper,R.C., Gibbins,B.L. and Hinrichs,D.J.:Parasite lactate dehydrogenase as an Assay for Plasmodium falciparum drug sensitivity,Am.J.Med.Hyg.,48:739−741(1993))を改変し、Malstat試薬(Flow社、米国)にて原虫の乳酸脱水素酵素(p−LDH)を比色定量する方法を用いた。
【0029】
すなわち、培養72時間後に96穴プレートを直接−20℃下で18時間凍結後、37℃下で融解することにより、原虫感染赤血球を溶血させ、かつ原虫を破壊させて粗酵素液を調製した。新たな96穴プレートの各ウェルにMalstat試薬100μLと粗酵素液20μLを添加、混和し、15分間室温にて反応後、ニトロブルーテトラゾリウム(nitroblue tetrazolium)2mg/mL:フェナジンエトサルフェート(phenazine ethosulfate)0.1mg/mL=1:1溶液20μLを各ウェルに添加し、遮光条件下、室温にて2時間反応させた。
【0030】
反応により生じたブルーフォルマザン(blue formazan)生成物をマイクロプレートリーダー(Labosystems社、フィンランド国)を用いて、測定波長655nmでの吸光度を測定することにより、原虫の増殖の有無を比色定量した。化合物の50%原虫増殖阻止濃度(IC50値)は化合物濃度作用曲線より求めた。本発明に用いたニロチニブ塩酸塩、その類縁の化合物と既知の抗マラリア剤の培養熱帯熱マラリア原虫に対する抗マラリア活性は下記に示す通りであった。
【0032】
ニロチニブ塩酸塩は、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)の薬剤耐性株であるK1株に対してIC
50値:1.22μg/mLであり、既存の抗マラリア剤であるアルテミシニンやアルテスネートの1/244〜1/203倍程度の抗マラリア活性を示し、クロロキンの1/6.6倍の抗マラリア活性を示した。さらに、薬剤感受性のFCR3株に対してもIC
50値:0.64μg/mLであり、アルテミシニンやアルテスネートの1/640〜1/107倍程度の抗マラリア活性を示し、クロロキンの1/42.7倍の抗マラリア活性を示した。
【0033】
ニロチニブ塩酸塩は、薬剤耐性株であるK1株と薬剤感受性のFCR3株に対して同程度の活性を示し、両株に対する活性の差はアルテミシニンと同様に見られなかった。一方、クロロキンは両株に対する活性の差が見られ、FCR3株に比べ、K1株に対して約12倍の差が見られた。このことは、ニロチニブ塩酸塩が、薬剤耐性マラリア原虫におけるクロロキンの作用メカニズムと異なる作用メカニズムで抗マラリア活性有することが示された。一方で、ニロチニブの類縁化合物であるイマチニブ、及びエルロチニブはほとんど抗マラリア活性を示さなかった。
【0034】
(実施例2)ニロチニブ塩酸塩の細胞毒性試験
ニロチニブ塩酸塩の細胞毒性試験は前述の乙黒ら(2001)の方法に準じて行った。すなわち、Dr. L. Maes (Tibotec NV, Mechelen, ベルギー)より分与された、宿主細胞のモデルであるヒト胎児肺由来正常繊維芽細胞MRC−5細胞を10%牛胎児血清(FCS)及び抗生物質添加MEM培地にて維持、継代培養を行ったものを用いた。
【0035】
10%FCS−MEMにて1×10
3細胞/ウェルとなるように調整したヒト胎児肺由来正常繊維芽細胞MRC−5細胞浮遊液を、96穴プレートに100μL添加し混和後、37℃にて5%CO2−95%air下で24時間培養を行った。その後、各ウェルに10%FCS−MEM 90μLと最終濃度100〜0.1μg/mLとなるような濃度段階希釈した被験化合物の溶液(50%エタノール溶液)10μLを添加し、混和後、前述のガス下で7日間培養を行った。MRC−5細胞の増殖の有無はMTT法にて比色定量した。化合物の50%細胞増殖阻止濃度(IC50値)は化合物濃度作用曲線より求めた。その結果は下記の通りであった。
【0037】
ニロチニブ塩酸塩のヒト胎児肺由来正常繊維芽細胞MRC−5に対する細胞毒性(IC50値)は89.07μg/mLであった。ニロチニブ塩酸塩の抗マラリア活性との選択毒性比(細胞毒性のIC50値/抗マラリア活性のIC50値)は、薬剤耐性K1株及び薬剤感受性FCR3株でそれぞれ73及び139であり、高いマラリア選択的毒性を示した。
【0038】
(実施例3)ニロチニブ塩酸塩のin vivoにおける抗マラリア活性試験
ニロチニブ塩酸塩のネズミマラリア原虫P. berghei N株(薬剤感受性株)感染実験モデルに対するin vivoでの治療効果を前述の乙黒ら(2001)の方法及びPetersらの方法(Peters,W., Portus,J.H. and Robinson,B.L.:The chemotherapy of rodent malaria. XXII. The value of drug−resistant strains of P. berghei in Screening for blood schizonticidal activity.Ann.Trop.Med.Parasitol.,69:155−171,(1975))を若干改変して測定した。ネズミマラリア原虫P. berghei N株は、Dr. W. Peters(Northwick Park Institute for Medical Research,Meddlesex,英国)より分与を受けた。
【0039】
供試動物としてはICRマウス(日本チャールス・リバー社)の雄、体重18〜20gの一群5匹を用いた。in vivo passageにて維持・継代した原虫を2×10
6個の寄生虫感染赤血球を調整し、尾静脈接種にて感染させた。治療実験は4日間suppressive testで行った。感染日を0日目として、感染2時間後に化合物溶液(10%ジメチルスルホキサイド水溶液−Tween80)を腹腔内(i.p.)又は経口(p.o.)で投与し、以後1日1回3日間連続投与し(1〜3日目)、4日目に尾静脈より血液塗末標本を作成し、原虫感染赤血球率(parasitaemia)を観察し、化合物非投与群の感染率より治療効果(阻害%)を判定した。
【0041】
腹腔内投与試験の結果、ニロチニブ塩酸塩は、ネズミマラリア原虫P. berghei N株感染実験モデルに対して、60mg/kgの用量で薬剤無添加の対照群と比べ83.3%の原虫感染赤血球率の抑制効果を示し、感染治療効果が認められた。陽性対照として用いた既存の抗マラリア剤であるアルテスネートは10mg/kgの用量で86.7%の原虫感染赤血球率の抑制効果を示した。さらに、経口投与群においては、ニロチニブ塩酸塩60mg/kg投与群で薬剤無添加の対照群と比べ75.8%の原虫感染赤血球率の抑制あり、感染治療効果が認められた。陽性対照として用いたアルテスネート投与群では10mg/kgの用量で79.4%の原虫感染赤血球率の抑制が認められた。このことより、ニロチニブ塩酸塩は腹腔内投与又は経口投与でアルテスネートの約6倍程度の用量で同等の治療効果があることが示された。アルテスネートは、生体内で代謝され易いために、他剤との併用療法が行われている。本発明によりアルテスネートとの併用療法の可能性も見出された。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上説明したように、本発明に用いたニロチニブ遊離塩基又はその塩は、ヒト感染性熱帯熱マラリア原虫類に対して抗マラリア活性を示し、マラリア原虫感染モデルに対して治療効果を示すことから、抗マラリア剤として臨床応用できることが期待される。