特許第5790507号(P5790507)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 味の素株式会社の特許一覧

特許5790507ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法
<>
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000003
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000004
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000005
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000006
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000007
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000008
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000009
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000010
  • 特許5790507-ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法 図000011
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5790507
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】ウリ科植物病害抵抗性増強剤およびそれを用いた植物病害防除法
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/44 20060101AFI20150917BHJP
   A01P 21/00 20060101ALI20150917BHJP
   A01N 25/00 20060101ALI20150917BHJP
   A01G 7/06 20060101ALI20150917BHJP
   A01N 43/36 20060101ALN20150917BHJP
【FI】
   A01N37/44
   A01P21/00
   A01N25/00 102
   A01G7/06 A
   !A01N43/36 B
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-549978(P2011-549978)
(86)(22)【出願日】2011年1月12日
(86)【国際出願番号】JP2011050302
(87)【国際公開番号】WO2011087002
(87)【国際公開日】20110721
【審査請求日】2013年11月29日
(31)【優先権主張番号】特願2010-5329(P2010-5329)
(32)【優先日】2010年1月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100549
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 嘉之
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 大亮
(72)【発明者】
【氏名】角谷 直樹
【審査官】 斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−080530(JP,A)
【文献】 特開平05−058831(JP,A)
【文献】 特開2003−342105(JP,A)
【文献】 特開2008−273850(JP,A)
【文献】 特開2008−044854(JP,A)
【文献】 特開2001−199812(JP,A)
【文献】 特開2002−204623(JP,A)
【文献】 特表2003−531839(JP,A)
【文献】 特表2002−528470(JP,A)
【文献】 特開2012−010694(JP,A)
【文献】 Annual Review of Phytopathology,1966年,Vol.4, No.30,P.349-368
【文献】 園芸学研究 別冊,2010年,第9巻 別冊2,127頁
【文献】 K. S. Park et al.,L-Alanine Augments Rhizobacteria-Induced Systemic Resistance in Cucumber,Folia Microbiol.,2009年,54(4),p.322-326
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 37/44
A01N 43/36
A01G 7/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルタミン酸を5〜100mM含み、さらにアラニン及び/又はスレオニンを2〜100mM含む、ウリ科植物の病害抵抗性増強剤。
【請求項2】
ウリ科植物がキュウリ、メロン、カボチャ、又はスイカである、請求項1に記載の病害抵抗性増強剤。
【請求項3】
病害が、キュウリうどんこ病、又はキュウリ炭疽病である、請求項1又は2に記載の病害抵抗性増強剤。
【請求項4】
前記グルタミン酸、アラニン、及びスレオニンがL−体である、請求項1〜のいずれか一項に記載の病害抵抗性増強剤。
【請求項5】
請求項1〜のいずれか一項に記載の病害抵抗性増強剤でウリ科植物を処理することを特徴とする、ウリ科植物の病害を防除する方法。
【請求項6】
前記病害抵抗性増強の施用量が、グルタミン酸とアラニン及び/又はスレオニンとの合計量で〜200mM/100〜5000L/ヘクタールである、請求項に記載の方法。
【請求項7】
前記ウリ科植物の処理が葉面又は根圏への散布である、請求項5又は6に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アミノ酸を有効成分として、環境負荷が少なく、かつ使用者および消費者にとって安全なウリ科植物病害抵抗性増強剤及び病害防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
農作物の病害を防除するために、殺菌剤など植物病原菌に直接作用させることで病害を防除する農薬のほかに、植物自体が有する病害抵抗性を高めることで作物の病害を防除する農薬(抵抗性誘導型農薬)が使用されている。殺菌剤など植物病原菌に対して直接作用するタイプの農薬は、病原菌に対して殺菌効果を示すものが多いが、継続的な使用により農薬に対して抵抗性変異株が出現する場合が多い。他方、抵抗性誘導型農薬は、直接病原菌に作用するのではなく、植物の抵抗性を誘導することで病害感染を防除することから、これまでにこのタイプの農薬に対する抵抗性変異株が出現した事例は認められていない。さらに、抵抗性誘導型農薬は、生物に対する殺菌作用が少ないために、植物以外の生物を含めた環境への負荷は比較的少ないと考えられている。
【0003】
これまで植物の病害抵抗性誘導を目的とした農薬として、プロベナゾール(商品名:オリゼメート。明治製薬(株))、ベンゾチアゾール系(BTH)のアシベンゾラルSメチル(ASM、商品名:バイオン。シンジェンタ ジャパン(株))、チアジアゾールカルボキサミド系のチアニジル(商品名:ブイゲット。日本農薬(株))が販売されている。
【0004】
また、病害抵抗性を誘導する天然物由来の物質としては、多糖体分解物(例えば、特許文献1)、セレブロシド類(例えば、特許文献2)、ジャスモン酸(例えば、特許文献3)、キチンオリゴ糖(例えば、非特許文献1)、β-1,3-およびβ-1,6-グルカンオリゴ糖(例えば、非特許文献2)、胆汁酸(特許文献4)、ペプチドグリカン(非特許文献3)、リポポリサッカライド(非特許文献4)などが報告されている。これらの物質はエリシターと呼ばれており、病原菌に対して抗菌活性をもつファイトアレキシン(phytoalexins)の蓄積、病原菌の細胞壁を溶解するキチナーゼやβ-1,3-グルカナーゼなどのPRタンパク質(Pathogenesis-related proteins)の蓄積、過敏感細胞死の誘導等の効果があることが知られている(例えば、非特許文献1)。
【0005】
また、コリネバクテリウム属細菌によるプロリン発酵液の上清の散布により病原菌の感染を防除する方法(特許文献5)、及び、微生物菌体を酸性溶液中で加熱処理することにより得られる抽出液を含む植物用病害耐性増強剤も開示されている(特許文献6)。
【0006】
アミノ酸に関しては、L−グルタミン酸(非特許文献5)、又はプロリン(非特許文献6)が、各々イネ又はトウジンビエの病害を防除又は抑制することが報告されているが、ウリ科植物については記載されていない。また、含硫アミノ酸(特許文献7、8)、アミノ酪酸(特許文献7)、又はグリシン(特許文献9)は、微生物やグルコース等と組合わせることによって、植物の病害を防除、又は病害抵抗性を高めることが報告されているが、アミノ酸単独の効果ではない。さらに、アミノ酸を含む混合肥料(特許文献10、11、12)の施用により植物病害を防除し得ることが報告されているが、これらもアミノ酸単独の効果ではなく、また、病害抵抗性誘導によるものではない。また、アミノ酸混合物(プロリン、メチオニン、フェニルアラニン)(特許文献13)、による植物病害防除も報告されているが、単独のアミノ酸による効果ではなく、病害抵抗性誘導によるものでもない。さらに、リジン又はグルタミン酸の発酵液による病害防除について報告されているが(特許文献14)、データは記載されておらず、有効成分が不明であり、病害抵抗性誘導によるものであるかも明らかではない。また、DL−フェニルアラニンでシコクビエの葉を処理するとフェノール物質の合成が促進されること、それをイネごま葉枯病菌の胞子発芽と発芽管伸長を阻害することが報告されているが(非特許文献8)、実際にフェニルアラニン処理が病原菌の侵入や感染を抑制するのかどうかは記載されていない。
【0007】
ウリ科植物であるキュウリに対するアミノ酸単独での病害抵抗性誘導に関しては、アラニンが報告されているが(非特許文献7)、他のアミノ酸については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5-331016号公報
【特許文献2】特許第2846610号公報
【特許文献3】特開平11-29412号公報
【特許文献4】特開2006-219372公報
【特許文献5】特開平6-80530号公報
【特許文献6】国際公開第WO/2009/088074号
【特許文献7】特開2003-34607公報
【特許文献8】特許第4287515号
【特許文献9】中国特許公開第1640233A
【特許文献10】中国特許公報第1316893C
【特許文献11】中国特許公開第1328769A
【特許文献12】中国特許公開第101182270A
【特許文献13】中国特許公開第101142925A
【特許文献14】中国特許公報第1155543C
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Yamada A. et. al., Biosci. Biotech. Biochem., 1993, 57(3):405-409
【非特許文献2】Yamaguchi, T. et. al., Plant Cell, 2000, 12:817-826
【非特許文献3】Gust, A.A. et. al., J. Biol. Chem., 2007, 282:32338-32348
【非特許文献4】Newman, M.A. et al., Plant J. 2002, 29:487-495
【非特許文献5】Voleti, S.R. et al., Crop Protection, 2008, 27:1398-1402
【非特許文献6】Raj, S.N. et al., Phytoparasitica, 2004, 32:523-527
【非特許文献7】Park, K.S. et al., Folia Microbiol. 2009, 54:322-326
【非特許文献8】Purushothaman, D. et al., Current Science, 1974, 43: 47-49
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、消費者および使用者に対して安全性が高く、安価な植物病害抵抗性増強剤とそれを用いた植物病害防除法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、植物の病害抵抗性誘導物質を探索したところ、アミノ酸に高い病害抵抗性誘導活性があることを発見した。特に、グルタミン酸、スレオニン、セリン又はプロリンを植物に施用することで病害抵抗性誘導活性の指標であるキチナーゼ活性の上昇が認められ、顕著な病害抵抗性誘導が引き起こされることを見出した。そして、これらのアミノ酸処理がキュウリうどん粉病菌やキュウリ炭疽病のような病害に対して高い防除効果を示すことを確認し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち本発明は、以下のとおりである。
(1)グルタミン酸、スレオニン、セリン及びプロリンからなる群から選ばれるアミノ酸を含むウリ科植物の病害抵抗性増強剤。
(2)前記アミノ酸がグルタミン酸であり、さらにアラニン及び/又はスレオニンを含む、前記病害抵抗性増強剤。
(3)葉面散布によりウリ科植物に施用される、前記病害抵抗性増強剤。
(4)ウリ科植物がキュウリ、メロン、カボチャ、又はスイカである、前記病害抵抗性増強剤。
(5)病害が、キュウリうどんこ病、又はキュウリ炭疽病である、前記病害抵抗性増強剤。
(6)前記アミノ酸を、各々1〜200mM含む、前記病害抵抗性増強剤。
(7)グルタミン酸を0.2〜100mM含み、さらにアラニン及び/又はスレオニンを0.2〜100mM含む、前記病害抵抗性増強剤。
(8)前記アミノ酸がL−体である、前記病害抵抗性増強剤。
(9)前記病害防除剤でウリ科植物を処理することを特徴とする、ウリ科植物の病害を防除する方法。
(10)前記病害防除剤を、前記アミノ酸を単独で含む場合は1〜200mM/100〜5000L/ヘクタール、複数種含む場合は合計量で0.4〜200mM/100〜5000L/ヘクタールの施用量で施用される、前記方法。
(11)グルタミン酸を含むウリ科植物の病害抵抗性増強剤であって、ウリ科植物の根圏に施用される、病害抵抗性増強剤。
(12)ウリ科植物がキュウリである、前記病害抵抗性増強剤。
(13)グルタミン酸を1〜200mM含む前記病害抵抗性増強剤。
(14)グルタミン酸がL−グルタミン酸である、前記病害抵抗性増強剤。
(15)前記病害防除剤をウリ科植物の根圏に施用することを特徴とする、ウリ科植物の病害を防除する方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】アミノ酸の葉面散布によるキュウリ子葉における病害抵抗性誘導効果を示す図。chitinase mU/g protein:キチナーゼmU/gタンパク質。control:コントロール。
図2】アミノ酸の葉面散布によるキュウリ本葉における病害抵抗性誘導効果を示す図。
図3】アミノ酸の葉面散布によるカボチャにおける病害抵抗性誘導効果を示す図。
図4】アミノ酸の葉面散布によるメロンにおける病害抵抗性誘導効果を示す図。
図5】アミノ酸の葉面散布によるスイカにおける病害抵抗性誘導効果を示す図。
図6】アミノ酸混合液の葉面散布によるキュウリ子葉における病害抵抗性誘導効果を示す図。
図7】アミノ酸の葉面散布によるキュウリうどん粉病の防除効果を示す図。colony number:コロニー数。
図8】アミノ酸の葉面散布によるキュウリ炭疽病の防除効果を示す図。lesion number:病斑数。
図9】アミノ酸の根圏施用によるキュウリ炭疽病の防除効果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のウリ科植物の病害抵抗性増強剤は、グルタミン酸、スレオニン、セリン、プロリンからなる群から選ばれるアミノ酸を有効成分として含む。病害抵抗性増強剤に含まれるアミノ酸は、グルタミン酸、スレオニン、セリン、プロリンのいずれでもよい。
また、病害抵抗性増強剤がグルタミン酸を含む場合は、さらにスレオニン及び/またはアラニンを含むことが好ましい。
前記各アミノ酸は、L−体、D−体のいずれであってもよく、L−体及びD−体を任意の割合で含む混合物であってもよいが、L−体が好ましい。
【0015】
前記アミノ酸としては、グルタミン酸、スレオニン、セリン、もしくはプロリン単独、又はグルタミン酸及びスレオニン、グルタミン酸及びアラニン、もしくはグルタミン酸、スレオニン及びアラニンの混合物からなることが好ましい。アミノ酸は、これらのアミノ酸以外のアミノ酸を含んでいてもよいが、含まないことが好ましい。
【0016】
グルタミン酸は、フリー体でもよく、アンモニウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩等の塩であってもよい。
【0017】
前記アミノ酸は、そのアミノ酸を含む限り形態は特に制限されず、一般に販売されている試薬、発酵法で製造した精製品又は粗精製品であってもよく、また、海産物からの抽出物、又はタンパク質の加水分解物など、前記アミノ酸を含む組成物であってもよい。
【0018】
実施例に示すように、グルタミン酸、スレオニン、セリン又はプロリン酸をウリ科植物に施用すると、植物の葉のような組織中のキチナーゼ活性が上昇する。また、グルタミン酸によるキチナーゼ活性上昇作用は、スレオニン及び/またはアラニンと組み合わせるとさらに高まる。
【0019】
植物病害抵抗性は、植物がしばしば細菌、糸状菌などの感染時にその拡大を防除する為に引き起こされる活性酸素の産生、抗菌タンパク質、抗菌化合物の蓄積、細胞壁の強化、キチナーゼ、グルカナーゼ等の殺菌酵素の蓄積に代表される一連の反応によって増強される。キチナーゼ活性と病害抵抗性増強との間には相関関係があることが知られている。例えば、Irving, H.ら(Physiological and molecular plant pathology, 1990, 37:355-366)は、K2HPO4をキュウリに葉面散布すると、全身獲得抵抗性(Systemic Acquired Resistance; SAR)が起きてキュウリ炭疽病を抑制できると記載しており、キチナーゼ活性の上昇をSARの指標として用いている。また、Schlumbaum, A.ら(Nature, 1986, 324:365-367)は、マメ科植物が病原菌に感染した際の応答として、抗菌酵素であるキチナーゼの活性が上昇することを報告している。
【0020】
そして、実施例に示すように、グルタミン酸またはセリンを単独で施用、またはグルタミン酸とアラニンの混合施用によって、キュウリ炭疽病及びキュウリうどん粉病に対する抵抗性が高まり、また、グルタミン酸、スレニオン、又はセリンの施用によって、メロン炭疽病に対する抵抗性が高まることが示され、キチナーゼ活性と病害抵抗性増強との相関関係が確かめられた。したがって、植物のキチナーゼ活性を上昇させる活性を有することが示されたプロリンも、病害抵抗性増強作用を有すると考えられる。
【0021】
植物病害抵抗性増強剤は、前記アミノ酸以外に、任意の成分を含んでいてもよい。このような成分としては、溶媒、担体、pH調整剤、植物体への展着力を高めるための展着剤、植物への浸透性を高めるための界面活性剤等の成分、肥効を高めるためのミネラル等の肥料成分、農薬成分、バインダー、増量剤等が挙げられる。これらの成分としては、本発明の効果を損わない限り、通常農薬、肥料等に用いられている成分を用いることができる。
【0022】
溶媒としては、水、アルコール等が挙げられる。担体としては、炭酸カルシウム、珪藻土、パーライト等の鉱物系担体や植物系担体が挙げられる。
上記のように、植物病害抵抗性増強剤は、アミノ酸及びその他の成分を含む組成物、すなわち植物病害抵抗性増強用組成物であってもよい。しかし、植物病害抵抗性増強剤は、アミノ酸のみからなるものであってもよい。
【0023】
また、使用に際して、固体状又は粉体状の植物病害抵抗性増強剤を、水等の溶媒に溶解又は分散させてもよい。
【0024】
植物病害抵抗性増強剤におけるアミノ酸の含量は特に制限されず、後述の施用量に応じて適宜設定することができる。例えば、植物病害抵抗性増強剤におけるアミノ酸の含量は、病害抵抗性増強に有効な量が施用できる限り特に制限されないが、アミノ酸を単独で含む場合は、例えば、通常1〜200mM、好ましくは2〜100mMである。アミノ酸を複数種含む場合は、各々のアミノ酸の含量は、通常、1〜200mM、好ましくは2〜100mMである。また、グルタミン酸と、アラニン及び/又はスレニオンを併用する場合は、グルタミン酸を0.2〜100mM、好ましくは1〜50mM、アラニン及び/又はスレオニンを単独で又は合計で0.2〜100mM、好ましくは1〜50mM含むことが好ましい。尚、前記濃度は、植物病害抵抗性増強剤が固形又は粉体状の場合は、使用時に溶液にしたときの濃度である。
【0025】
植物病害抵抗性増強剤の対象となるウリ科植物は特に制限されず、キュウリ、メロン、カボチャ、スイカなどが挙げられる。
【0026】
植物の一般的な病害抵抗性反応は病原菌に対して非特異的であることから、対象病害としては特に制限されず、例えば糸状菌、細菌、ウイルスを原因とする植物病害が含まれる。ウリ科植物の代表的な病害の例としてキュウリ青枯病、キュウリうどんこ病、キュウリ褐斑病、キュウリ黒斑病、キュウリ炭疽病、キュウリつる枯病、キュウリつる割病、キュウリ苗立枯病、キュウリ軟腐病、キュウリ根腐病、キュウリ灰色かび病、キュウリべと病、メロン青枯病、メロンうどんこ病、メロン褐斑病、メロン黒斑病、メロン炭疽病、メロンつる枯病、メロンつる割病、メロン苗立枯病、メロン軟腐病、メロン根腐病、メロン灰色かび病、メロンべと病などが挙げられる。これらの中では、特にキュウリうどん粉病、及びキュウリ炭疽病に有効である。これらの病害の病原菌としては、キュウリうどんこ病菌(Erysiphe polygoni)、キュウリ炭疽病菌[Colletotrichum orbiculare (syn. C. orbiculare)]などが挙げられる。
【0027】
病害抵抗性増強剤を、ウリ科植物に施用することにより、上記のような病害に対する抵抗性を増強することができる。施用の方法は特に制限されないが、植物体への散布、根圏への散布、例えば土壌への表面散布、潅注もしくは土壌への混合、又は植物体への塗布処理もしくは根への浸漬処理が挙げられる。これらの中では、植物体への散布、例えば葉面への散布が好ましい。また、病害抵抗性増強剤がグルタミン酸を含む場合は、根圏への散布も好ましい。
【0028】
また、本発明の植物病害防除法は、病害の予防を主な目的としており、病害が発生する時期に先駆けて使用することが好ましい。ただし、病害の発生後であってもその拡大を抑制したり、病害を減弱する効果は期待できる。
【0029】
病害抵抗性増強剤の施用量は、有効成分の濃度、施用時期、施用回数、植物の種類、栽培密度、生育段階、施用方法等によっても異なり得る。葉面散布では、施用量は、例えば、グルタミン酸、スレオニン、セリン、プロリン単独の場合は、通常1〜200mMを100〜5000L/ヘクタール、好ましくは2〜100mMを500〜1000L/ヘクタールであり、グルタミン酸及びスレオニン、又はグルタミン酸及びアラニンを併用する場合は、合計量で通常0.4〜200mMを100〜5000L/ヘクタール、好ましくは2〜100mMを500〜1000L/ヘクタールが好ましい。グルタミン酸及びスレニオンを併用する場合は、グルタミン酸及びスレニオンの量比(モル比)は通常10:1〜1:2、好ましくは5:1〜1:1が好ましい。また、グルタミン酸及びアラニンを併用する場合はグルタミン酸及びアラニンの量比(モル比)は、通常10:1〜1:2、好ましくは5:1〜1:1が好ましい。グルタミン酸、スニレオン及びアラニンを併用する場合は、上記施用量に準じて設定することができる。また、グルタミン酸を根圏に施用する場合も、施用量は上記のグルタミン酸単独での葉面散布と同様である。施用回数は、一回でもよく、複数回であってもよく、病害の発生又は予兆に応じて適宜設定することができる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。下記実施例で用いたアミノ酸はL−体である。
【0031】
〔実施例1〕酵素活性を指標とした植物病害抵抗性誘導の評価
(1)植物体の栽培と散布方法
キュウリの病害抵抗性誘導評価は、子葉と第一本葉を用いて行なった。子葉での評価では、キュウリ(品種「ときわ地這」)を園芸用培養土(パワーソイル; 呉羽化学工業株式会社)で播種後1週間栽培した植物を用いた。本葉での評価では、キュウリ(品種「四葉」)を園芸用培養土(パワーソイル; 呉羽化学工業株式会社)で播種後2週間栽培した植物を用いた。
かぼちゃ(品種「ほっこり姫」)、メロン(品種「レノン」)、スイカ(品種「紅こだま」)の評価は園芸用培養土(パワーソイル; 呉羽化学工業株式会社)で播種後2週間栽培した植物体の第一本葉を用いて行なった
【0032】
各植物は、培養庫内の温度は23〜25℃、日周は14時間明期、光強度はおよそ100μmol m-2 s-1で栽培した。通常の葉面散布処理において、展着剤としてアプローチBI(花王(株)。「アプローチBI」は同社の登録商標である。)を1/1000濃度で添加した。子葉への処理では、処理液をおよそ2μLずつ25箇所に滴下し、滴下した領域を酵素活性測定用試料として回収した。本葉への処理では、各溶液をおよそ1 mL/100 cm2程度霧吹きで噴霧処理し、葉の中心部分の2cm四方を酵素活性測定用試料として回収した。
【0033】
(2)酵素抽出
上記の酵素活性測定用試料をサンプリング後、直ちに液体窒素で凍結し、-80℃で保存した。凍結状態のまま植物破砕機MM300 MIXER MILL GRINDER (Retsch)により破砕し、300μLの抽出バッファー[100 mM NaH2PO4 / Na2HPO4(pH6.0), 1 mM DTT, protease inhibitor/complete mini EDTA free (Roche社)]に懸濁した。10,000 rpm 5分間の遠心分離後の上清を、0.22μmフィルターに通し不溶物を除去した。得られた画分を粗抽出画分とし、Bradford法によるタンパク質濃度測定後、酵素活性測定に用いた。
【0034】
(3)キチナーゼ活性測定
キチナーゼ活性は、McCreathらによる方法(McCreath, K. et al., J. Microbiol. Methods 14:229-237, 1992)により測定した。基質である4MU-(GlcNAc)3 (4-methylumbelliferyl-β-d-N,N',N''-triacetylchitobiose; SIGMA M5639)は、最終濃度0.4mMになるように50% エタノール中に溶解し、-20℃で保存した。使用時に10倍に希釈し、基質溶液とした。上記粗抽出画分を1μg/μLに調整した。各試料50μLずつを96穴プレート上で37℃10分間プレインキュベーションした後に、基質溶液50μLを添加し37℃で反応を開始した。
【0035】
キュウリ子葉を用いた実験では、反応開始後30分後、及び90分後、キュウリ、カボチャ、メロン本葉を用いた実験では反応開始後90分後、及び120分後、スイカ本葉を用いた実験では反応開始後60分後、及び120分後に、反応液に100μLの1M Gly/NaOH buffer (pH 10.2)を添加し、反応を停止した。反応、及び反応停止は96ウェルプレート上で行い、最終量200μLとした。液面の泡を完全に除去した後に、蛍光検出用プレートリーダーSpectraMax M2 (Molecular Devices)を用いて蛍光強度を測定した。蛍光測定では、360 nmエキサイテイーション、450 nmエミッションにより測定した。4MU(4-methylumbelliferone)を標準物質として求めた標準値にもとづき、1分間に1μmol反応する酵素量を1ユニットと定義した。
【0036】
(4)結果
各種アミノ酸溶液をそれぞれ単独の100 mM濃度でキュウリ子葉に施用し、48時間後の酵素活性を測定した結果を図1に示す。図1には、それぞれ3反復の実験の平均値とSDを示した。グルタミン酸ナトリウム(以下、「グルタミン酸」と記載する。)、セリン、プロリンに、病害抵抗性誘導のマーカーであるキチナーゼ活性を上昇させる効果があることが判った。
【0037】
各種アミノ酸溶液をそれぞれ20 mM濃度で、単独または混合してキュウリ本葉に施用し、48時間後の酵素活性を測定した結果を図2に示す。図2には、それぞれ3反復の実験の平均値とSDを示した。スレオニンに、病害抵抗性誘導のマーカーであるキチナーゼ活性を上昇させる効果があることが判った。また、グルタミン酸にアラニンとスレオニンが添加されることで活性が強化されることが判った。
【0038】
各種アミノ酸溶液をそれぞれ20 mM濃度でカボチャ、メロン、スイカ本葉に施用し、48時間後の酵素活性を測定した結果をそれぞれ図3図4図5に示す。図3図4図5には、それぞれ3反復の実験の平均値とSDを示した。グルタミン酸、スレオニン、セリン、プロリンに、病害抵抗性誘導のマーカーであるキチナーゼ活性を上昇させる効果があることが判った。
【0039】
グルタミン酸(5mMまたは10mM)とアラニンまたはスレオニン(2mMまたは5mM)を混合し、キュウリ子葉に施用し、48時間後の酵素活性を測定した結果を図6に示す。それぞれ2反復の実験の平均値を棒で、個別の値を丸で示した。前記濃度ではグルタミン酸単独ではほとんど効果が認められなかったが、アラニンまたはスレオニン(2mMまたは5mM)との混合液では明瞭な効果が認められた。
【0040】
〔実施例2〕キュウリうどん粉病およびキュウリ炭疽病の防除効果
(1)植物体の栽培と散布方法
実験には、キュウリ(品種「四葉」)を園芸用培養土(パワーソイル; 呉羽化学工業株式会社)で播種後2週間栽培した植物を用いた。培養庫内の温度は23〜25℃、日周は14時間明期、光強度はおよそ100μmol m-2 s-1で栽培した。各試料溶液を葉面散布後48時間後に、下記の各病原菌を噴霧接種した。散布溶液には、アプローチBI(花王(株))を1/1000量添加した。
【0041】
(2)キュウリうどん粉病防除評価
キュウリうどん粉病菌(Sphaerotheca fuliginea)は、圃場で自然発生した葉面から単離した。得られた病原菌は、23〜25℃の恒温培養器内で、播種後11日目の植物に2週間毎に感染させることで維持し、以下の実験に用いた。
50mMまたは20mMグルタミン酸、20mMセリン、20mMアラニン、20 mMグルタミン酸と20 mMアラニンの混合液、をそれぞれ播種後2週間後のキュウリの第一本葉に散布し、その48時間後にキュウリうどん粉病菌(Erysiphe polygoni)を接種した。接種は、分生胞子懸濁液(2×105 分生胞子/mL)を葉面に噴霧することにより行った。接種10日後に、各処理葉に発生したコロニー数を測定することで評価を行った。結果を図7に示す。それぞれ3から6反復の実験の平均値とSDを示した。対照と比較し、グルタミン酸、セリン、グルタミン酸とアラニン混合液の葉面散布により有意に病原菌の感染を防除できることが示された。一方でアラニンの葉面散布では病原菌の感染を防除できないことが示された。
【0042】
(3)キュウリ炭疽病防除評価
50mMグルタミン酸、20mMグルタミン酸と20mMアラニンの混合液、20mMグルタミン酸、20mMセリン、20mMスレオニンを、それぞれ播種後2週間後のキュウリの第一本葉に噴霧し、その48時間後にウリ類炭疽粉病菌[Colletotrichum lagenarium (syn. C. orbiculare)]を接種した。接種は、分生胞子懸濁液(1×105 分生胞子/mL)を葉面に噴霧することにより行った。噴霧接種後、暗所、湿室下に24時間静置することにより、ウリ類炭疽病菌を植物に感染させた。接種7日後に各処理葉に発生した罹病性病斑数を測定することで、評価を行った結果を図8に示す。それぞれ3反復の実験の平均値とSDを示した。図8に示すとおり、対照と比較し、グルタミン酸、グルタミン酸とアラニンの混合液、セリン、またはスレオニンの葉面散布により有意に病原菌の感染を防除できることが示された。
【0043】
〔実施例3〕メロン炭疽病の防除効果
(1)植物体の栽培と散布方法
実験には、メロン(品種「レノン」)を園芸用培養土(パワーソイル; 呉羽化学工業株式会社)で播種後2週間栽培した植物を用いた。培養庫内の温度は23〜25℃、日周は14時間明期、光強度はおよそ100μmol m-2 s-1で栽培した。各試料溶液を葉面散布後48時間後に、下記の各病原菌を噴霧接種した。散布溶液には、アプローチBI(花王(株))を1/1000量添加した。
【0044】
(2)メロン炭疽病防除評価
20mMグルタミン酸、20mMセリン、20 mMスレオニンを、それぞれ播種後2週間後のメロンの第一本葉に噴霧し、その48時間後にウリ類炭疽粉病菌[Colletotrichum lagenarium (syn. C. orbiculare)]を接種した。接種は、分生胞子懸濁液(1×105 分生胞子/mL)を葉面に噴霧することにより行った。噴霧接種後、暗所、湿室下に24時間静置することにより、ウリ類炭疽病菌を植物に感染させた。評価は罹病程度を発病度として数値化して比較を行なった。すなわち指標を[0:無病徴、1:葉の20%未満で発病、2:葉の20%以上で発病、3:部分的に枯死]の4段階として評価を行なった結果を表1に示す。それぞれ3個体に施用し、各個体の発病度を示した。表1に示すとおり、対照と比較し、グルタミン酸、スレオニン又はセリンの葉面散布により有意に病原菌の感染を防除できることが示された。
【0045】
【表1】
【0046】
〔実施例4〕アミノ酸の根圏施用によるキュウリに対するウリ類炭疽病の防除効果
播種後2週間後のキュウリの根を10mMグルタミン酸溶液に浸し、その48時間後にウリ類炭疽粉病菌[Colletotrichum lagenarium (syn. C. orbiculare)]を接種した。接種は、分生胞子懸濁液(1×105 分生胞子/mL)を葉面に噴霧することにより行った。噴霧接種後、暗所、湿室下に24時間静置することにより、ウリ類炭疽病菌を植物に感染させた。接種7日後に各処理葉に発生した罹病性病斑数を測定することで、評価を行った結果を図9に示す。それぞれ3反復の実験の平均値とSDを示した。図9に示すとおり、対照と比較し、グルタミン酸の根圏施用により有意に病原菌の感染を防除できることが示された。
【産業上の利用分野】
【0047】
本発明のウリ科植物の病害抵抗性増強剤は、安全性が高く、安価に製造することができる。また、本発明の方法により、ウリ科植物の病害抵抗性を効果的に増強することができる。
【0048】
殺菌剤のような植物病原菌に対して直接作用するタイプの農薬は、継続的な使用により薬剤に対する抵抗性変異株が出現することが多いが、抵抗性誘導型農薬は、薬剤の抵抗性変異株が出現しにくく、長期間にわたる使用が可能であることが知られている。本発明の病害抵抗性増強剤の有効成分であるアミノ酸は、病原菌に対する直接的な殺菌作用ではなく、病害抵抗性を誘導することによって病原菌の感染を防ぐものであり、抵抗性変異株が出現しにくく、長期間にわたる使用が可能であることが期待でき、産業上極めて有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9