【文献】
高橋貴文,外,フッ素レスNMRプローブを用いた微量フッ素の化学形態解析,Abstracts.Annual Meeting of the NMR Society of Japan,2010年11月15日,P.384−385
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記固体核磁気共鳴法における、マジックアングルスピニングの回転周波数が、10kHz以上であることを特徴とする請求項2または3に記載のフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量方法。
前記未知試料中の全フッ素濃度を、ランタン−アリザリンコンプレキソン法あるいはイオン電極法で定量することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量方法。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼業では、鉄鋼製造の精錬工程において、滓化促進材としてフッ化カルシウム(CaF
2)から成る蛍石が使用されている。この精錬工程の過程で発生するスラグにはフッ素が含まれる。このフッ素含有スラグと表層水(雨水、地下水)とが接触することにより、環境基準値を超えるフッ素が溶出されることが懸念されている。スラグからのフッ素溶出試験方法については、環境省(環境庁)告示第46号に規定されている。環境省(環境庁)告示第46号における環境基準値は0.8ppm以下とされている。フッ素の溶出量が環境基準値を超えたスラグは、セメントや路盤材等に再利用することが出来なくなる。その結果、全体としてスラグの資源化が滞ることになる。
【0003】
そこで、フッ素を固定化する方策として、スラグ改質剤となる化合物をスラグに添加する方法が提案されている。
例えば、特許文献1では、スラグ融体にアルミニウム化合物を添加し、その冷却過程においてスラグ改質剤として安定なCaO-Al
2O
3-F系化合物を添加することでフッ素を固定化する方法が提案されている。また、特許文献2には、酸化精錬時の溶銑に、フッ素含有スラグと、SiO
2及び酸化鉄の少なくとも何れか一方の酸化物とを投入し、スラグ成分を調製することで、フッ素の溶出を抑制する技術が開示されている。
【0004】
ただし、特許文献1および特許文献2に記載の方法は、スラグの発生量が増加するという問題を抱えている。これに対し、特許文献3では、CaO/SiO
2比を1.5以上2.5以下に調製したスラグを、出滓温度から500℃まで3℃/min以下の冷却速度で冷却することで、水和性の小さい鉱物相を生成させ、フッ素の溶出量を抑制する方法が提案されている。特許文献3に記載の方法では、複雑な成分調整は必要ないが、スラグ全体の冷却速度の管理が難しくなる。
【0005】
近年、これらの方法に代わり、フッ素を難溶性のフルオロアパタイト(Ca
5(PO
4)
3F)化することで固定化する技術が報告されている。
例えば、特許文献4には、製鋼スラグからのフッ素の溶出を抑制するために、製鋼スラグを常温まで冷却した後、燐酸または燐酸塩の水溶液を添加し、フッ素をアパタイト系化合物に固定化する技術が開示されている。
同様に、特許文献5には、スラグにリン酸成分含有の水溶液を散布し、リン酸とスラグ中のフッ素およびカルシウムとの化学反応によりフルオロアパタイトを生成させることでフッ素の溶出が抑制され、かつpH上昇も効果的に抑制できる技術が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献6には、スラグではなく排水中のフッ素固定化法として、pH4〜8の条件下において、リン酸水素アンモニウム二水和物と塩化カルシウムとをフッ素含有排水中に添加・混合して、排水中のフッ素をフルオロアパタイトとして不溶化させる技術が開示されている。
ただし、前記特許文献4〜6においては、フルオロアパタイトの存在を立証する手段については明記されておらず、しかも、フルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の割合も示されていない。
【0007】
粉末試料に含まれる化合物を特定して定量する方法として、粉末X線回折法、放射光を用いたX線吸収分光法(以下、XAFS法と称する)、電子スピン共鳴法(以下、ESR法と称する)、固体核磁気共鳴法(以下、NMR法と称する)、及び溶媒抽出法を用いる方法が考えられる。
粉末X線回折法は簡便かつ迅速な方法であり、リートベルト解析による定量的解析が可能である。
XAFS法は元素選択的であり、かつ結晶質であるか非晶質であるかに関わらず、混合物の構造解析に適用することが可能である。
NMR法も元素選択的であり、かつ材料の結晶性を問わない手法である。NMR法はXAFS法と比較して水素やフッ素などの軽元素の定量を得意とする方法である。
【0008】
粉末X線回折法の場合、フルオロアパタイトが主要な鉱物相でない場合には、フルオロアパタイトを検出することが出来ないか、あるいは、フルオロアパタイトの定量精度が著しく悪化するという問題があった。
XAFS法では、基本的に元素毎の吸収スペクトルを観測することができる。しかしながら、フッ素は、X線吸収エネルギーの低い軽元素である。よって、XAFS法では、入射X線の減衰と、より重い元素による妨害のため、フルオロアパタイトに由来するフッ素の検出が極めて難しくなるという問題点があった。
【0009】
これに対し、NMR法は軽元素の測定を寧ろ得意とする方法である。固体試料のNMR測定法としては、非特許文献1に示されるように、マジックアングルスピニング(magic angle spinning, MAS)法や交差分極マジックアングルスピニング(cross polarization magic angle spinning, CPMAS)法が知られている。例えば、固体試料中のフッ素を直接観測する場合には、
19F-MAS法の適用が考えられる。しかしながら、この方法では、フルオロアパタイトに起因するNMRスペクトルのピークと、Ca-F結合を有するカスピディン(Ca
5Si
2O
4F)に起因するNMRスペクトルのピークとが完全に重複してしまい両者を厳密に分けられない。このため、フルオロアパタイト中のフッ素を過剰に評価するか、逆に過小に評価するという問題点があった。
【0010】
また、
31P核のマジックアングルスピンニング(
31P-MAS)法においても、フルオロアパタイトに属するリン酸PO
4に起因するNMRスペクトルのピークの位置と、これ以外の化合物に属するリン酸PO
4に起因するNMRスペクトルのピーク位置とが一致し分離できない。このため、フルオロアパタイトの量を過剰に見積もり、その結果、フルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の量も過剰に評価してしまうという問題点があった。
【0011】
これと同様に、ESR法でも、フルオロアパタイトと、他のフッ素含有鉱物とを識別するには、ESRスペクトルの恣意的な分離に頼らざるを得なかった。
また、溶媒抽出法では、アルカリ溶液でCaF
2を選択的に溶解しフルオロアパタイトと分離することを狙うが、そもそもCaF
2を完全に除去することが極めて難しいという問題点があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、前述した問題点に鑑みてなされたものであり、共存するフッ素含有鉱物の影響を排除して、精度よくフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量を行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、前記の課題を解決するために、NMR法により、複数のフッ素含有鉱物相の中から、フルオロアパタイトのみを選択的に測定し、この鉱物相の中に存在するフッ素を定量する方法について、鋭意検討を行った。その結果、フルオロアパタイトの結晶中にリン原子とフッ素原子とが共存することに着目し、
31P[
19F] cross polarization magic angle spinning 法(
31P[
19F]交差分極マジックアングルスピニング法:以下、
31P[
19F]CPMAS法と称する)を用いたNMRの測定によって、フルオロアパタイトのみを観測できることと、予め作成した検量線を用いてフルオロアパタイトの量を定量し、この中に存在するフッ素の割合を定量できることと、を見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明の要旨とするところは、以下の通りである。
(1)フルオロアパタイト(Ca
5(PO
4)
3F)を存在形態とするフッ素の定量方法であって、未知試料中の全フッ素濃度を測定する工程と、既知量のフルオロアパタイトと、フッ素を含有しないマトリックス物質とを混合して標準試料を作製し、
31Pと
19Fとの間の双極子相互作用を利用した固体核磁気共鳴法により、該標準試料の固体核磁気共鳴スペクトルを測定し、その結果に基づいて、フルオロアパタイトに帰属される固体核磁気共鳴スペクトルのピーク積分強度に対するフルオロアパタイトの含有量の検量線を作成する工程と、
31P核と
19F核との間の双極子相互作用を利用した固体核磁気共鳴法により、前記未知試料の固体核磁気共鳴スペクトルを測定し、フルオロアパタイトに帰属される該固体核磁気共鳴スペクトルのピーク積分強度と、前記検量線とに基づいて、前記未知試料中のフルオロアパタイトの含有率を決定する工程と、前記全フッ素濃度と前記フルオロアパタイトの含有率とに基づいて、前記未知試料中における全フッ素のうち、フルオロアパタイトの元素組成となるフッ素の割合を求める工程と、を含むことを特徴とするフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量方法。
(2)前記固体核磁気共鳴法は、
31Pと
19Fの交差分極(cross polarization)マジックアングルスピニング(magic angle spinning)固体核磁気共鳴法であることを特徴とする、前記(1)に記載のフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量方法。
(3)前記固体核磁気共鳴法における、
31P核にラジオ波のパルスを照射する時間である接触時間が、0ms超40ms以下の範囲の時間であることを特徴とする、前記(2)に記載のフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量方法。
(4)前記固体核磁気共鳴法における、マジックアングルスピニングの回転周波数が、10kHz以上であることを特徴とする、前記(2)または(3)に記載のフルオロアパタイを存在形態とするフッ素の定量方法。
(5)前記接触時間tに対する固体核磁気共鳴スペクトルの強度M
0(t)の変化を、固体核磁気共鳴スペクトルのピーク積分強度の減衰に関する時定数T
1ρ
Fと、交差分極の効率を表す磁化移動定数T
P-Fと、前記接触時間に依存しない真の固体核磁気共鳴スペクトル強度M
cpと、をフィッティングパラメータとする下記の式(A)により回帰分析し、該回帰分析の結果から決定された前記接触時間に依存しない真の固体核磁気共鳴スペクトル強度M
cpを用いて前記検量線を作成することを特徴とする、前記(3)または(4)に記載のフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量方法。
M
0(t)=M
cp{exp(−t/T
1ρ
F)−exp(−t/T
P-F)}/(1−T
P-F/T
1ρ
F) ・・・(A)
(6)前記未知試料中の全フッ素濃度を、ランタン−アリザリンコンプレキソン法あるいはイオン電極法で定量することを特徴とする、前記(1)〜(5)のいずれか1に記載のフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、
31P−
19F間の双極子相互作用を利用した固体核磁気共鳴の測定法を用いて固体核磁気共鳴スペクトルを得る。したがって、リン原子Pとフッ素原子Fの原子間距離が近いフルオロアパタイトのみが選択的に固体核磁気共鳴スペクトルに観測され、固体核磁気共鳴スペクトル上に現れる構造情報が絞り込まれる。このため、
19F核のみ、または
31P核のみを観測するMAS法ではしばしば問題となる、固体核磁気共鳴スペクトルのピークの重なりと、固体核磁気共鳴スペクトルの各波形の分離に煩わされることがなく、精度良くフッ素の定量を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明を実施する一形態について以下に説明する。
最初に、試料中の全フッ素濃度(以下、トータルフッ素濃度と称する)を測定する。フッ素の測定方法としては、ランタン−アリザリンコンプレキソン法あるいはイオン電極法のいずれかで行うことが好ましい。蛍光X線分析等の他の分析法では誤差が大きく、精度を欠くからである。
【0020】
次に、試料のNMRスペクトル測定を実施し、NMRスペクトルデータからフルオロアパタイトに関する検量線を作成する。
NMRスペクトルの測定法として、
31Pと
19Fとの間の双極子相互作用を利用した
31P[
19F]cross polarization magic angle spinning(
31P[
19F]CPMAS法)を用いる。
図1は、
31P[
19F]CPMAS法の原理を説明する概念図である。具体的に
図1(a)は、試料に対するパルスの照射タイミングの一例を示す図である。
図1(b)は、
19F核のスピンと
31P核のスピンを概念的に示す図である。尚、CPMAS法の詳細については、例えば、非特許文献1に記載されている。
【0021】
ここで用いる
31P[
19F]CPMAS法では、
図1(a)に示すパルス系列から構成されるラジオ波(RF)のパルスを試料に照射してNMRスペクトルを測定する。尚、
図1(a)に示すFIDは、自由誘導減衰信号であり、この自由誘導減衰信号を高速フーリエ変換することによりNMRスペクトルが得られる。
最初に
19F核に対してRFパルスP1を照射し、
図1(b)に示すように、z軸方向に向いていた
19F核のスピンを90°倒し、y軸方向にする。
【0022】
次に、y軸方向に倒れた
19F核のスピンをy軸方向に保持するようなRFパルスP2(このパルスをスピンロックパルスという)を照射すると、
19F核はy軸方向に磁場H
1Fが掛かっている状態に置かれる。このとき、y軸と直角方向にあるz軸方向の静磁場H
0は無視できる。この状態でのゼーマン分裂は、γ
FH
1F(γ
F:
19F核の核磁気回転比)で表される周波数ω
Fに等しい間隔で生じる(これを回転系におけるゼーマン分裂という)。
【0023】
また、
19F核側にRFパルスP2(パルススピンロックパルス)が照射されている状態で、
31P核にもy軸方向にRFパルスP3(これをコンタクトパルスという)を照射すると、
31P核もy軸方向に静磁場H
1Pが掛かっている状態となる。この状態での回転系におけるゼーマン分裂は、γ
PH
1P(γ
P:
31P核の核磁気回転比)で表される周波数ω
Pに等しい間隔で生じることになる。ただし、
19F核と異なり、この段階で
31P核のスピンはy軸方向に倒れていないため、y軸方向の磁化は、実際には存在していない。このとき、
31P核と
19F核のゼーマン分裂が等しくなるように磁場H
1Fと磁場H
1Pが与えられると、以下の式(1)のHartmann-Hahn条件が満たされ、
19F核から
31P核への磁化移動が起きる。
γ
FH
1F=ω
F=ω
P=γ
PH
1P ・・・(1)
【0024】
このような
19F核から
31P核への磁化移動が起きる現象を交差分極(CP:Cross polarization)と呼ぶ。分子運動の速い溶液やそれに準ずる系では、分子運動が平均化されてしまうため、NMR法では交差分極(CP)を利用した測定を行うことはできない。また、交差分極(CP)は、
19Fと
31Pとが同じ試料中に含まれ、原子レベルで近い位置にないとNMRスペクトル(信号)を与えない。従って、フルオロアパタイトのようにリンPとフッ素Fの両方が結晶構造中に含まれない限り、
31P[
19F]CPMAS法ではNMRスペクトルが検出されない(以下、
31P[
19F]CPMAS法によるNMRスペクトルを
31P[
19F]CPMASスペクトルと称する)。
【0025】
これに対し、一般的な
19F-MAS法や
31P-MAS法では、各元素を含む化合物がすべて同一のNMRスペクトル上に観測されるため、フルオロアパタイトの定量を大きく妨害する。即ち、
19F-MASスペクトルでは、Ca-F系化合物の化学シフト値が−100ppm付近に集中して表れる、このため、Ca-F系化合物に起因するNMRスペクトルのピークと、フルオロアパタイトに起因するNMRスペクトルのピークとが重複してしまう。
図2は、
19F-MASスペクトルの一例を示す図である。具体的に
図2(a)は、ある酸化物Aの
19F-MASスペクトルを示す図であり、
図2(b)は、カスピディン(Ca
4Si
2O
7F)の
19F-MASスペクトルを示す図であり、
図2(c)は、フルオロアパタイトとCaF
2の
19F-MASスペクトルを示す図である。
図2に示すように、カスピディン(Ca
4Si
2O
7F)の
19F-MASスペクトルとフルオロアパタイトの
19F-MASスペクトルは、スペクトルのピークが重複する代表的なケースである。
図2(b)、
図2(c)に示すように、カスピディンの2つの
19F-MASスペクトルのピークのうち、一方は、フルオロアパタイトの
19F-MASスペクトルのピークと区別できない。その結果、
19F-MASスペクトルを波形分離しても、フルオロアパタイトを正確に定量することはできない。
【0026】
また、
31P-MASスペクトルにおいても、フルオロアパタイト中のリン酸PO
4に由来するピークと、それ以外のリン酸PO
4に由来するピークは、全く同じ位置に観測される。このため、
31P-MAS法でもフルオロアパタイトを正確に定量することはできない。
よって、本実施形態では、
31P[
19F]CPMAS法を採用した。
【0027】
次に、
31P[
19F]CPMASスペクトルから検量線を作成する方法の一例を説明する。
まず、既知量のフルオロアパタイトとフッ素未含有のマトリックス物質とを混合し、全体を秤量した標準試料を作成する。
フルオロアパタイトとマトリックス物質との割合を変えて、複数の検量線作成用の標準試料を準備する。各標準試料を別々のNMR試料管に詰め、NMRスペクトルの測定に供する。
【0028】
31P[
19F]CPMASスペクトルの測定は、10kHz以上の回転速度でNMR試料管を回転させて行う(すなわち、
31P[
19F]CPMASスペクトルの測定は、マジックアングルスピニングの回転周波数を10kHz以上として行う)。この回転速度が10kHz未満であると、
31P[
19F]CPMASスペクトルが広幅化し、十分な分解能が得られないからである。
31P[
19F]CPMASスペクトルの強度は、
31Pに照射するラジオ波パルスの強度とその照射時間(以下、コンタクトタイムと称する)とに依存して変化する。
【0029】
前述した磁化移動のためのコンタクトタイムtを長くしていくと、
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度は上昇し、PとFとの間の距離が近いほど、即ち双極子相互作用が強いほど、
31P[
19F]CPMASスペクトルの立ち上がりが急峻になる。このときの磁化移動定数(交差分極の効率を表す定数)をT
P-Fとする。あるコンタクトタイムに達すると、
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度は低下に転じる。
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度の減衰に関する時定数(フッ素の運動性を表す(フッ素の運動に起因する)時定数)をT
1ρ
Fとする。以上のパラメータ(M
cp、T
P-F、T
1ρ
F)を用いて、
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度M(t)のコンタクトタイム依存性を、次の式(2)で回帰分析し、交差分極の効率に依存しないピーク積分強度を求める。
【0031】
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度M
0(t)のコンタクトタイム依存性を測定する際には、0ms超〜40msの期間にコンタクトタイムtを2点以上設定して、1つの標準試料について複数のデータを測定する。この期間内に複数のデータがないと、フィッティングの精度が低下するからである。
図3は、
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度M
0(t)のコンタクトタイム依存性の一例を示す図である。
図3では、3つの標準試料No.1〜No.3から得られたものを示している。
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度M
0(t)のコンタクトタイム依存性を測定し、測定したデータに対し、式(2)でフィッティングすると、
図3に示すような曲線301〜303が得られ、その結果から真のピーク積分強度M
cp(式(2)の係数)を算出することができる。フルオロアパタイトの量が異なる複数の標準試料について同様のことを行い、
図4に示すように、
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpを横軸に、標準試料中のフロオロアパタイトの含有量を縦軸にとったグラフを作成し、線形回帰分析することによって、検量線401が得られる。
【0032】
尚、検量線401は、
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpと、標準試料中のフロオロアパタイトの含有量との関係を表す情報であれば、必ずしも数式(関数)である必要はない。例えば、
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpと、標準試料中のフロオロアパタイトの含有量とを相互に関連付けて記憶するデータテーブルを採用してもよい。このようにした場合、データテーブルにない値については、補間処理を行うことにより導出することができる。
【0033】
次に、別途秤量した未知試料をNMR試料管に詰め、
31P[
19F]CPMASスペクトルを測定し、そのピーク積分強度のコンタクトタイム依存性を式(2)により解析し、未知試料に関する
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpを求める。この
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpを、
図4に示す検量線401に代入することによって、未知試料中のフルオロアパタイトの量[g]を求めることができる。NMR試料管内の粉末試料の質量をa[g]、粉末試料中のトータルフッ素濃度をw[mass%]、フルオロアパタイトの分子量をA、フッ素の原子量をN、粉末試料中のフルオロアパタイト含有量をy[g]とすると、まず、NMR試料管に詰められた粉末試料の中で、フルオロアパタイトとして存在するフッ素量[g]は次の式(3)のように表現できる。
フッ素量=y×(N/A) ・・・(3)
【0034】
また、NMR試料管に詰められた粉末試料中のトータルフッ素量[g]は、次の式(4)のように表される。
トータルフッ素量=a×(w/100) ・・・(4)
従って、未知試料中の全フッ素のうち、フルオロアパタイトとして存在するフッ素の割合[mass%]は次式(5)で求められる。
【0036】
以上のように、本実施形態では、
31P核−
19F核間の双極子相互作用を利用したNMRの測定法を用いてNMRスペクトルを得るようにした。したがって、リン原子Pとフッ素原子Fとの原子間距離が近いフルオロアパタイトのみが選択的にNMRスペクトルに観測され、NMRスペクトル上に現れる構造情報が絞り込まれる。このため、
19F核のみ、または
31P核のみを観測するMAS法では、しばしば問題となる、NMRスペクトルのピークの重なりと、NMRスペクトルの各波形の分離に煩わされることがなく、フルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の定量を精度良く行うことができる。
【0037】
尚、以上説明した本発明の実施形態のうち、少なくともNMRスペクトルに対する処理は、コンピュータがプログラムを実行することによって実現することができる。また、前記プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体及び前記プログラム等のコンピュータプログラムプロダクトも本発明の実施形態として適用することができる。記録媒体としては、例えば、フレキシブルディスク、ハードディスク、光ディスク、光磁気ディスク、CD−ROM、磁気テープ、不揮発性のメモリカード、ROM等を用いることができる。
また、以上説明した本発明の実施形態は、何れも本発明を実施するにあたっての具体化の例を示したものに過ぎず、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されてはならないものである。すなわち、本発明はその技術思想、またはその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形で実施することができる。
【実施例】
【0038】
以下に、本発明の実施例を示す。尚、この実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
まず、フルオロアパタイトの定量のために用いる検量線を以下のように作成した。
電子天秤で、フッ素未含有のマトリックス物質とフルオロアパタイトとをそれぞれ秤量した後、混合し、両物質の混合比が異なる複数の標準試料No.1、No.2、No.3を作製した。表1に、各標準試料中のマトリックス物質とフルオロアパタイトの割合を示す。
【0039】
【表1】
【0040】
次に、
図3に示すように、標準試料No.1〜No.3の各標準試料について、
31P[
19F]CPMASスペクトルのピーク積分強度M
0(t)のコンタクトタイム依存性を測定し、測定したデータに対して式(2)によりフィッティングして、
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpを求めた。
図4に示すように、各標準試料中のフルオロアパタイトの含有量を縦軸に、
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpを横軸にとり、両者の相関を直線回帰分析することで検量線401を得た。その結果、フルオロアパタイトの含有量y[g]の検量線401は、次の式(6)で表された。回帰係数Rは0.99以上となり、非常に優れた直線性を有することから、定量に際し、高い精度が確保できる。
y=9.7317×10
-3×M
cp+6.3617×10
-4 ・・・(6)
次に、予めトータルフッ素濃度を測定しておいた測定用試料について、フルオロアパタイトとして存在するフッ素の割合を調査した。表2に、測定用試料SampleA、B、Cの化学組成(CaO、SiO
2、P
2O
5、Total F)を示す。予め秤量したNMR試料管に測定用試料を封入して再度秤量し、前後の差し引きからNMR試料管中の測定用試料の質量を求めた。
【0041】
【表2】
【0042】
図5は、測定用試料の一例としてのSampleAの
31P[
19F]CPMASスペクトルを示す図である。Sample Aの
31P[
19F]CPMASスペクトル501と同様に、SampleBおよびSampleCの
31P[
19F]CPMASスペクトルにも、フルオロアパタイトの化学シフト値と一致するピークが観測された。このフルオロアパタイトに相当するピーク積分強度M
0(t)のコンタクトタイム依存性から、
31P[
19F]CPMASスペクトルの真のピーク積分強度M
cpを求める。そして、式(6)で表される検量線401を用いて、各測定試料中のフルオロアパタイトの含有量を求めた。その上で、式(5)を用いて、各測定試料中でフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の割合を算出した。表3に、本実施例における定量結果と、後述する比較例における定量結果を示す。
【0043】
【表3】
【0044】
表3中の実施例1、2、3は、それぞれSampleA、B、Cに対し、前述した新規定量法により求めた値を示す。表3において、FinFAPは、測定試料におけるトータルフッ素濃度Total Fのうち、フルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の割合である(前述した式(5)を参照)。
一方、表3中の比較例1、2、3は、それぞれSampleA、B、Cに対し、従来の
19F-MASスペクトルを波形分離する方法により求めた値である。
図6は、測定用試料の一例としてのSampleAの
19F-MASスペクトルを示す図である。
SampleAの
19F-MASスペクトル601では、フルオロアパタイト(−100ppm)の他にカスピディン(−100ppm、−105ppm)に相当するピークが観測されている。
表3より、本実施例によって定量されたフルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の比率FinFAPは、比較例のそれよりも低い値であることが判る。フルオロアパタイトCa
5(PO
4)
3Fには、P
2O
5が1.5分子相当存在する。よって、フルオロアパタイト中のP
2O
5/F比は、11.2となる。フルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の比率FinFAPに、既知のトータルフッ素濃度Total Fを掛け、その値に11.2を掛けると、化学組成上、フルオロアパタイトに必要な酸化リンP
2O
5の濃度を求めることができる。
【0045】
表3の実施例、比較例に示す酸化リンの濃度(P
2O
5の欄を参照)は、このようにして求めた値である。表3の実施例および比較例の値より、新規の定量方法(本実施例)により決定されたフッ素の比率FinFAPから逆算した酸化リンP
2O
5の濃度は、化学組成上の酸化リンP
2O
5の濃度未満であるのに対し、比較例によるフッ素の比率FinFAPから逆算した酸化リンP
2O
5の濃度は、化学組成上の酸化リンP
2O
5の濃度を超過しており、リンが不足してしまうことが分かる。従って、比較例では、フルオロアパタイトを存在形態とするフッ素の比率を過剰に評価していることになる。これに対し、新規定量法(本実施例)では、マスバランスの観点からも妥当なフッ素の比率が得られており、より精度の高い解析方法となっている。