特許第5790592号(P5790592)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5790592
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】鋼種識別装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/223 20060101AFI20150917BHJP
【FI】
   G01N23/223
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-125585(P2012-125585)
(22)【出願日】2012年6月1日
(65)【公開番号】特開2013-250172(P2013-250172A)
(43)【公開日】2013年12月12日
【審査請求日】2014年8月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093469
【弁理士】
【氏名又は名称】杉岡 幹二
(74)【代理人】
【識別番号】100134980
【弁理士】
【氏名又は名称】千原 清誠
(72)【発明者】
【氏名】久保田 央
(72)【発明者】
【氏名】池田 正美
(72)【発明者】
【氏名】藤原 健二
【審査官】 藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−102698(JP,A)
【文献】 実開平06−033008(JP,U)
【文献】 特開昭57−059109(JP,A)
【文献】 特開2007−108165(JP,A)
【文献】 米国特許第5325416(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/223
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円柱状または円筒状の鋼材の鋼種を識別する装置であって、
鋼材にX線を照射するX線発生器および鋼材から放出される蛍光X線を検出するX線検出器からなる分析手段と、
該分析手段を内包し、鋼材を挿入するための挿入口を有する、X線が外部に漏洩することを防止するためのX線遮蔽手段と、
鋼材にX線が照射される際に、軸を中心として鋼材を回転させるための回転手段と、
鋼材の回転時に、鋼材と該分析手段との距離が変動するのを抑制するための振れ抑制手段と、
該分析手段によって得られたX線強度から鋼種を識別するための演算手段とを
備えることを特徴とする鋼種識別装置。
【請求項2】
前記振れ抑制手段が、鋼材を前記分析手段の反対側から回動自在に支持する回転板を有することを特徴とする請求項1に記載の鋼種識別装置。
【請求項3】
想定される鋼種に応じて、X線発生器における加速電圧、測定時間および鋼材と前記分析手段との測定距離から選択される1種以上を制御するための制御手段をさらに備えることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の鋼種識別装置。
【請求項4】
2種以上の元素の分析値の比を用いて鋼種を識別することを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかに記載の鋼種識別装置。
【請求項5】
CrおよびNiを含有する鋼材の鋼種を識別するに際し、CrおよびNiの分析値の比を用いて鋼種を識別することを特徴とする請求項4に記載の鋼種識別装置。
【請求項6】
あらかじめ前記X線遮蔽手段内に用意した標準試料を分析する機構を備えることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれかに記載の鋼種識別装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鋼材の鋼種識別装置に係り、特に、製造ラインの最終検査梱包出荷工程において、安全に蛍光X線分析方法を適用でき、さらには容易に保守点検できることが可能な高精度インライン鋼種識別装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ユーザーからの高度な性能要求を満たすために精緻な合金設計と製造条件設定の下で製造された鋼管等の鋼材が誤出荷された場合、その誤出荷鋼材が所定の性能を発揮することができずに、重大な事故を引き起こすおそれがある。したがって、出荷前にユーザー仕様と異なる鋼種の鋼材が混入していないか全数検査することが必要不可欠となっている。製造ラインによっては100種類以上の鋼種の鋼材が同一製造ラインを流れることもあり、それら全ての鋼種を高精度で識別する検査手法の確立が急務の課題となっている。鋼材の鋼種の判定検査には、非破壊で多種の合金元素の測定が可能な蛍光X線分析が有効である。
【0003】
最終検査梱包出荷ラインでは、既に、鋼材製品の測長、秤量、ステンシル、梱包等、複数の工程が集中しているため、新たに追加される鋼種識別装置は、コンパクトで、他の工程に悪影響を及ぼさないことが必須である。
【0004】
特許文献1には、携帯型X線分析装置および識別ラベル読取装置を用いた方法が提案されている。また、特許文献2には、蛍光X線分析計を鋼管に押し当てて合金成分を測定する材質分析装置が提案されている。さらに、特許文献3には、誤ってX線が照射されるのを確実に防止できる照射室開放型X線分析装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−320746号公報
【特許文献2】特開2011−102698号公報
【特許文献3】特開平10−221276号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されている方法は、X線分析および識別ラベルの読み取りは手動で行う必要があるため、処理本数が制約されるという問題があり、大量に製品が流れる製造ラインでの適用は困難である。また、鋼材表面を覆う酸化皮膜による分析値への影響はないと記載されているが、鋼種によっては酸化皮膜の影響は大きいため、正確に鋼種を識別できないおそれがある。
【0007】
特許文献2に記載された方法では、鋼管の外表面または端面に蛍光X線分析器を押し当てて測定するため、位置決め、押し付け力制御が複雑となり測定に時間がかかる。また、測定は自動で任意の一点を選択して行うため、特許文献1と同様に、酸化皮膜による分析値への影響が問題となる。さらに、X線漏洩には言及されておらず、安全性の面で課題が残る。
【0008】
特許文献3に記載された方法は、照射室開放型X線分析装置の照射窓に試料がない場合に安全回路が作動し、X線を照射しないことでX線の漏洩を防止するものであるが、製造ラインでのインライン測定を想定したものでないので、出荷前の鋼管の全数検査への適用は難しい。
【0009】
本発明は、鋼材の製造ラインの最終検査梱包出荷工程において、安全に蛍光X線分析方法を適用でき、さらには容易に保守点検できることが可能な高精度インライン鋼種識別装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋼管、丸鋼、棒鋼などの長尺の鋼材の鋼種識別装置について検討した結果、以下の知見を得た。
【0011】
(A)X線の漏洩を可能な限り抑制するためには、分析対象の鋼材の有無を検知する安全装置を備え、鋼材がなければX線が照射されないよう制御する方法が考えられる。しかし、この方法では、鋼材と分析装置との距離が一定以上離れた場合、X線が照射できなくなり分析が中断されるおそれがある。例えば、鋼材が長尺で曲がっている場合、その曲がり方向によっては、鋼材とX線分析装置との距離が離れてしまうことがある。また、上記の安全装置が故障した場合、X線が漏洩するおそれがある。
【0012】
(B)X線の漏洩量を安全基準値以下に抑制するためには、X線を遮蔽するカバーを用意し、その中で分析を行うことが望ましい。
【0013】
(C)鋼材の鋼種によっては、その表面に酸化皮膜が存在すると、皮膜の影響で正確な分析値が得られない場合がある。しかし、皮膜をグラインダー等で研磨するのは、時間を要するため、処理本数が制限されてしまう。
【0014】
(D)皮膜の影響を受けやすい鋼材が長尺の場合、その長手方向の軸を中心として鋼材を回転させながらX線分析を行うことで、酸化皮膜による影響を緩和し、分析値のばらつきを低減することができる。
【0015】
(E)一方、長尺の鋼材が湾曲している場合、それを回転させると半径方向に振れる。これにより、X線分析装置と鋼材との距離が大きく変動し、分析精度に影響するだけでなく、鋼材が分析装置に接触し、装置が破損するおそれがあるため、半径方向の振れを抑制するための機構を備える必要がある。
【0016】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、下記の(1)〜(6)に示す鋼種識別装置を要旨とする。
【0017】
(1)円柱状または円筒状の鋼材の鋼種を識別する装置であって、
鋼材にX線を照射するX線発生器および鋼材から放出される蛍光X線を検出するX線検出器からなる分析手段と、
該分析手段を内包し、鋼材を挿入するための挿入口を有する、X線が外部に漏洩することを防止するためのX線遮蔽手段と、
鋼材にX線が照射される際に、軸を中心として鋼材を回転させるための回転手段と、
鋼材の回転時に、鋼材と該分析手段との距離が変動するのを抑制するための振れ抑制手段と、
該分析手段によって得られたX線強度から鋼種を識別するための演算手段とを
備えることを特徴とする鋼種識別装置。
【0018】
(2)前記振れ抑制手段が、鋼材を前記分析手段の反対側から回動自在に支持する回転板を有することを特徴とする上記(1)に記載の鋼種識別装置。
【0019】
(3)想定される鋼種に応じて、X線発生器における加速電圧、測定時間および鋼材と前記分析手段との測定距離から選択される1種以上を制御するための制御手段をさらに備えることを特徴とする上記(1)または(2)に記載の鋼種識別装置。
【0020】
(4)2種以上の元素の分析値の比を用いて鋼種を識別することを特徴とする上記(1)から(3)までのいずれかに記載の鋼種識別装置。
【0021】
(5)CrおよびNiを含有する鋼材の鋼種を識別するに際し、CrおよびNiの分析値の比を用いて鋼種を識別することを特徴とする上記(4)に記載の鋼種識別装置。
【0022】
(6)あらかじめ前記X線遮蔽手段内に用意した標準試料を分析する機構を備えることを特徴とする上記(1)から(5)までのいずれかに記載の鋼種識別装置。
【0023】
なお、本発明における「鋼種識別」とは、化学組成に基づいて鋼種を識別することを意味し、例えば、化学組成に応じた既存の区分のいずれに該当するか判定すること、識別対象となる鋼材の組成が、想定される鋼種の設計範囲内であるかどうかの適否検査をすることを含む。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る鋼種識別装置によれば、製造ラインの最終検査梱包出荷工程において、蛍光X線分析方法を安全に適用して、インラインで高精度に鋼材の鋼種を識別することが可能となる。さらに、極力単純化された構造の装置であるため、故障のリスクが低く、メンテナンス性にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明に係る鋼種識別装置の一例を概略的に示した正面図である。
図2】鋼材を静止した状態で分析した場合と、回転させながら分析した場合との分析値のばらつきを比較した図である。
図3】本発明に係る鋼種識別装置の他の一例を概略的に示した図である。 (a)鋼材を挿入していない状態での平面図 (b)鋼材を挿入させた状態での正面図
図4】蛍光X線分析による分析結果の一例を示す図である。 (a)Cr分析値 (b)Ni分析値 (c)Cr/Ni比
図5】加速電圧に応じたX線強度の一例を示す図である。 (a)加速電圧35kV (b)加速電圧30kV
【発明を実施するための形態】
【0026】
図1は、本発明に係る鋼種識別装置の一例を概略的に示した図である。本発明の鋼種識別装置には、鋼材1の蛍光X線分析を行う分析手段2と、分析手段2を内包し鋼材挿入口11を有するX線遮蔽手段3と、鋼材1を回転させる回転手段4と、鋼材1と分析手段2との距離の変動を抑制する振れ抑制手段5と、得られたX線強度から鋼種を識別する図示しない演算手段が含まれる。各構成要素について、以下に詳細を示す。
【0027】
1.鋼材
本発明において鋼種の識別対象となる鋼材は、円柱状または円筒状の鋼材であって、特に、鋼管が好適である。識別を行う鋼材の鋼種については、化学組成が既知のものであれば特に制限はない。また、鋼材の大きさについても特に制限はないが、半径が10〜250mmで、長さが1〜20m程度の鋼材を識別対象とするのが好ましい。なお、鋼材の製造上生じ得る歪み、曲がり等は許容される。本発明に係る装置は、特に、表面が酸化皮膜で覆われた鋼材の鋼種識別に優れた効果を発揮する。
【0028】
2.分析手段
本発明に係る分析手段は、X線発生器およびX線検出器からなるものである。通常の蛍光X線分析装置(XRF)を用いることができる。蛍光X線の検出器は、エネルギー分散型と波長分散型の2つに大別され、どちらを採用しても良い。波長分散型X線分析は、高感度でエネルギー分解能に優れる利点を有する。一方、エネルギー分散型X線分析は、感度およびエネルギー分解能には劣るが、多くの元素を効率良く迅速に分析できる特長がある。そのため、本発明における分析手段としては、エネルギー分散型のX線分析装置を用いるのが好ましい。
【0029】
また、得られたX線強度から各元素の含有量を定量する方法については、検量線法、標準添加法、ファンダメンタル・パラメーター(FP)法等の通常の方法を用いれば良い。FP法を用いると、全主成分元素の分析値が得られることになるが、鋼種の識別には、全元素の分析値を用いても良いし、一部の分析値を選択して用いても良い。
【0030】
X線発生器における加速電圧(管電圧)については、特に制限はないが、適宜25〜35kVの範囲で調整すれば良い。また、測定時間については、長ければ分析精度は向上するが処理能力が低下する。そのことを考慮し、鋼種識別に用いる元素に応じて、5〜10s程度の範囲で適宜選択すれば良い。1つの鋼材について1回の分析でも良いが、精度向上のために2回以上としても良い。
【0031】
あらかじめ後述のX線遮蔽手段3内に用意した標準試料15を適宜分析するようにすれば、X線分析装置の感度の経時変化(ドリフト)の補正が可能となるだけでなく、分析装置の異常を発見することができるようになるため好ましい。標準試料としては、特に制限はなく、何を用いても良いが、測定対象となる鋼材に近い組成のものを選ぶのが好ましい。標準試料の測定は定期的に行うのが良く、例えば、鋼材を10試料分析する毎に標準試料を測定し、ドリフト補正を行うとともに、分析装置の異常の有無の確認を行うのが良い。
【0032】
3.X線遮蔽手段
上記のX線分析は、X線遮蔽手段3内で行うことで、X線が外部に漏洩するのを防止する必要がある。通常、分析対象となる鋼材が分析手段を覆った状態でX線が照射されるため、X線の漏洩はないと考えられるが、装置の不具合等のトラブルによって鋼材が装置内に挿入されていない状態でX線が照射されてしまったとしても、X線遮蔽手段によって、外部へのX線漏洩を防止することができる。X線遮蔽手段に用いられる素材については特に制限はないが、鉛を含有したアクリル製の透明カバー(厚さ12mm、鉛当量0.5mm)を用いるのが好ましい。
【0033】
X線漏洩量が多いとX線分析装置を設置する設備全てをX線管理区域とする必要が生じ、作業効率が著しく悪化するため、X線遮蔽手段の内側のみをX線管理区域とする必要がある。そのためには、分析時におけるX線遮蔽手段外へのX線の漏洩量を、管理条件の2μSv/h未満とする必要がある。実際の漏洩量は、0.2μSv/h以下となるのが好ましい。X線漏洩量が0.2μSv/h以下であれば、自然放射線量とほぼ等しく、実質的な装置からの漏洩量がないと言える。
【0034】
X線漏洩防止の観点からは、鋼材を完全に覆った状態で分析するのが好ましいが、長尺管等の場合、その全てをX線遮蔽手段で覆うのは困難であるため、本発明に係るX線遮蔽手段3は、鋼材挿入口11を有し、そこから鋼材1を挿入することで分析を行う。なお、この際、鋼材を移動させて装置内に挿入しても良いし、装置を移動させて鋼材が装置内に挿入されるようにしても良い。鋼材挿入口11は、常時開放状態であってもX線照射方向との位置関係を適切に調整すれば、X線漏洩量を上記の0.2μSv/h以下にすることはできるが、蓋を設け、鋼材が挿入されていない状態では蓋が閉じるような構成とした方が良い。
【0035】
4.回転手段
上述のように、鋼材の表面に酸化皮膜が存在する場合、皮膜の影響で正確な分析値が得られない鋼種がある。また、鋼材の曲がり具合によっては鋼材と分析手段との測定距離が離れてしまい、含有量の低い元素の測定に支障をきたすおそれがある。このような場合には、鋼材の長手方向の軸を中心として鋼材を回転させながら、分析手段2によるX線分析を行う。
【0036】
図2は、鋼材を静止した状態で分析した場合と、回転させながら分析した場合との分析値のばらつきを比較したものである。横線で示したのが鋼の真の分析値である。その結果、静止した状態での分析では、ばらつきが非常に大きく、相対標準偏差(RSD)の値が、20.2%となった。一方、回転させながら分析した場合、大幅に改善し、RSDが6.1%となった。この程度のばらつきであれば、鋼種の識別には問題ないと考えられる。
【0037】
回転速度については、特に制限はなく、測定時間との兼ね合いで適宜調整すれば良い。回転速度は、測定時間内に1周以上するように調整することが好ましい。しかし、鋼材に曲げが発生している場合、鋼材が分析手段に近づいた際に正確な測定が可能となるため、回転速度が速すぎると測定が困難となる。したがって、5〜6sの測定時間内に2周程度するよう設定するのが好ましい。
【0038】
鋼材を軸中心に回転させると同時に、軸方向に移動させれば、より広範囲の分析値の平均が得られることとなるため、さらに酸化皮膜による影響を緩和することとなり好ましい。
【0039】
鋼種によっては、酸化皮膜ができにくく、また測定距離が離れていても分析可能であるために、測定時の回転が不要な場合もある。そのような場合には、回転手段を停止した状態で分析しても良い。また、1回目の分析を回転手段を停止した状態で行い、その結果、想定された鋼種とは異なると判定された場合、回転させた状態で2回目の分析を行うようにしても良い。
【0040】
5.振れ抑制手段
特に、長尺の鋼材の場合、製造上避けることのできない歪み、曲がり等が生じ得る。例えば、長さが10m以上の鋼材であれば、管端において5mm程度の曲げが生じる場合がある。そうすると、回転に伴い、鋼材1は半径方向に振れ、分析手段2との距離が変動してしまうため、分析精度に悪影響を及ぼし、場合によって分析手段に接触し、装置の故障の原因となることがある。そのため、鋼材1と分析手段2との距離の変動を抑制する必要がある。なお、ここでいう鋼材と分析手段との距離の変動とは、X線の照射位置での距離をいう。また、鋼材と分析手段との距離の変動を抑制するとは、必ずしも、鋼材と分析手段との距離を完全に一定に保つ必要はなく、分析に支障のない範囲に抑制できるものであれば良い。
【0041】
振れを抑制するための構成については、特に制限はないが、図1に示すような回転板5aを分析手段2の反対側である上方に設け、鋼材の上方への振れを制限するようにするのが良い。回転板とすることで、鋼材との接触抵抗を低減させた状態で振れを抑制することができる。なお、回転板5aは、必ずしも鋼材と接触している必要はなく、例えば、鋼材の振れが少ない場合、鋼材から離れていても良い。
【0042】
図3は、本発明に係る鋼種識別装置の他の一例を概略的に示した図である。図3(a)は、鋼材1を挿入していない状態での本発明に係る装置の平面図であり、図3(b)は、装置を鋼材側に移動させ、鋼材1を挿入させた状態での本発明に係る装置の正面図である。図3に示すように、振れ抑制手段5である回転板5aは、鋼材1がX線遮蔽手段3の中に挿入されていない状態において、鋼材挿入口11の蓋としての機能を兼ねるようにすることができる。また、シリンダー12を用いることで、X線遮蔽手段3内での鋼材1の出入りに応じて、自動で鋼材挿入口11の蓋の開閉を行うことができるようにしても良い。上記の構成であれば、たとえシリンダーが故障によって自動開閉しなくても、鋼材が装置内に挿入される際に、蓋を円滑に押し開けることが可能である。
【0043】
振れ抑制手段5は、さらに、鋼材1が分析手段2と接触するのを保護するための保護部材を1つ以上有するようにしても良い。例えば、図3に示すように、保護部材として、保護用ローラー5b、保護用球面3点ローラー5cおよび保護用ステンレスケース5dを設けることができる。これらの保護部材を設けることで、万が一、鋼材1が振れによって分析手段2に接近したとしても、分析手段2の破損を防止することができる。
【0044】
6.演算手段
図示しない演算手段によって、分析手段2で得られた分析結果から、鋼種を識別する。演算手段としては、通常のPC等を用いれば良い。演算手段には、鋼材毎に定められた各成分の閾値が登録されており、検査対象の鋼材の分析値がその閾値内に入っているかどうかの確認を行う。そして、登録された鋼種と分析結果が一致するようであれば、出荷の過程に搬送するよう指示し、一致しなければ、分析条件を変更した上で再度分析を行うよう指示するように設定することができる。再検査を行っても登録された鋼種と一致しないようであれば、出荷せずに別の保管庫へと搬送するようにすることができる。
【0045】
鋼種の識別には、特定の1種以上の元素の分析値を用いても良いし、2種以上の元素の分析値の比を用いても良い。元素の分析値は、酸化皮膜の影響を受け得るが、その影響の度合いが近い元素同士の比を見れば、酸化皮膜の影響は相殺される。したがって、より正確な鋼種識別を行うためには、元素同士の分析値の比を用いるのが好ましい。この際、特定の元素の分析値による鋼種識別の結果と、元素同士の分析値の比による鋼種識別の結果が相違する場合、より確からしい分析値の比による結果を優先するようにしても良いし、識別不能のため、再検査するようにしても良い。
【0046】
上記の鋼種識別は、特に、CrおよびNiを含有する鋼材において、CrとNiとの分析値の比を用いる際に優れた効果を奏する。図4に、一例として、質量%で、Crを11.90%、Niを4.50%含有する種々の鋼管における、CrおよびNiの分析値、ならびにCr/Ni比を示す。実線で示したのが鋼の真の分析値である。また、図中の一点鎖線Lは、分析された鋼材の鋼種が、上記のCrを11.90%、Niを4.50%含有する鋼種Aであるか、Crを18.00%、Niを9.00%含有する鋼種Bであるかを判定するための基準線である。その結果、CrおよびNiの分析値のいずれにおいても、基準線Lによって鋼種Aと識別されていることが分かる。しかしながら、CrおよびNiの分析値のばらつきは大きい。一方、Cr/Ni比のばらつきは非常に小さことが分かる。このように、2種以上の元素の分析値の比、特にCrおよびNiの分析値の比を用いることは、高精度の鋼種識別を行う際に極めて有効である。
【0047】
7.制御手段
本発明においては、想定される鋼種に応じて、(i)X線発生器における加速電圧、(ii)測定時間および(iii)鋼材と分析手段との測定距離から選択される1種以上を制御するための制御手段をさらに備えることが好ましい。制御手段としては、通常のPC等を用いれば良く、前記の演算手段と同一のPCにより行っても良い。以下(i)〜(iii)のそれぞれについて一例を用いて説明する。
【0048】
(i)加速電圧(管電圧)
図5に、X線発生器における加速電圧が35kVおよび30kVのそれぞれの場合におけるTi、Cr、Fe、NiおよびMoのX線測定強度の一例を示す。加速電圧が大きい場合、重い元素であるMo(原子量95.94)のX線強度が相対的に大きく観測され、一方、加速電圧が小さい場合、軽い元素である、Ti(原子量47.87)、Cr(原子量52.00)、Fe(原子量55.85)およびNi(原子量58.69)のX線強度が相対的に大きく観測されることが分かる。つまり、測定対象元素に応じてX線発生器における加速電圧を調整するのが好ましい。
【0049】
(ii)測定時間
含有量が0.1%以下のVおよび0.2%以上のMoを含む試料について、VおよびMoのそれぞれを、測定時間4、6および10sとして、分析を行ったところ、含有量の低いVにおいては、10sでは、全ての試料で測定が可能であった。しかし、4sでは1/3程度の試料で、測定時間が短すぎるために測定不能であり、6sでは1/6程度の試料で測定不能であった。一方、比較的含有量の高いMoにおいては、4、6および10sの全てにおいて、全試料の測定が可能であった。このようなデータを蓄積し、それに基づいて、最適な測定時間を決定することができる。特に、鋼種識別に重要な元素の含有量が低い場合、測定時間を長くするように調整するのが好ましい。
【0050】
(iii)測定距離
含有量が0.1%程度のNbおよび0.2%程度のVを含む試料について、NbおよびVのそれぞれ測定距離を5、6および9mmとして分析を行った。含有量の低いNbにおいては、9mmでは1/3程度の試料で測定距離が遠すぎるために測定不能であり、6mmでも1試料について測定不能となった。5mmであれば全試料について測定が可能であった。一方、含有量が比較的高いVにおいては、測定距離によらず全試料において測定が可能であった。以上のように、含有量の低い元素の測定において、測定距離は重要な要素となる。なお、鋼材と分析手段との測定距離は、分析装置全体を鋼材に対して上下させることで調整することが可能である。
【0051】
前述のように、1つの鋼材について1回の分析でも良いが、精度向上のために2回以上としても良いが、1回目の分析によって、想定された鋼種とは異なると判定された場合、上記(i)〜(iii)の条件を変更して、2回目の分析を行うよう制御しても良い。
【0052】
8.安全性の確保
本発明に係る鋼種識別装置には、上記以外に、必要に応じて安全性を確保するための手段を設けても良い。図3に示すように、1つ以上の材料検知センサー13によって鋼管の存在を確認するようにするのが好ましい。また、鋼材が装置の奥に誤って衝突するのを防止するためのストッパー14を設けることもできる。上述の標準試料15は、X線遮蔽手段3内に設置しておくことができる。さらに、図示しないX線漏洩防止確認用センサーを複数取り付けることで、安全性を向上させることが望ましい。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係る鋼種識別装置によれば、鋼材の製造ラインの最終検査梱包出荷工程において、安全に蛍光X線分析方法を適用して、インラインで高精度に鋼種を識別できる。さらには、極力単純化された構造の装置であるため、故障のリスクが低く、メンテナンス性にも優れる。
【符号の説明】
【0054】
1.鋼材
2.分析手段
3.X線遮蔽手段
4.回転手段
5.振れ抑制手段
5a.回転板
5b.保護用ローラー
5c.保護用球面3点ローラー
5d.保護用ステンレスケース
11.鋼材挿入口
12.シリンダー
13.材料検知センサー
14.ストッパー
15.標準試料
図1
図2
図3
図4
図5