(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5790776
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】流路切換バルブ
(51)【国際特許分類】
G01N 30/20 20060101AFI20150917BHJP
F16K 11/074 20060101ALI20150917BHJP
F16K 3/04 20060101ALI20150917BHJP
【FI】
G01N30/20 A
F16K11/074 Z
F16K3/04 Z
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-542898(P2013-542898)
(86)(22)【出願日】2012年10月11日
(86)【国際出願番号】JP2012076274
(87)【国際公開番号】WO2013069401
(87)【国際公開日】20130516
【審査請求日】2013年11月29日
(31)【優先権主張番号】特願2011-247387(P2011-247387)
(32)【優先日】2011年11月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 伸治
【審査官】
赤坂 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2009/003519(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/001941(WO,A1)
【文献】
実開昭58−19258(JP,U)
【文献】
特開平2−218954(JP,A)
【文献】
特開2001−205007(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/20
F16K 3/04
F16K 11/074
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステータと、該ステータに対して摺動しつつ回転するロータと、を備え、前記ステータは、ロータが回転摺動する摺動面に開口する複数の流路を有し、前記ロータは前記複数の流路のうちの2以上を連結するための流路溝を有する流路切換バルブにおいて、
前記ロータが、前記流路溝の縁のうち内径側及び外径側の縁において、前記ステータとの摺動面に120°より大きい接触角で接触していることを特徴とする流路切換バルブ。
【請求項2】
前記接触角が、140°以上160°以下であることを特徴とする請求項1に記載の流路切換バルブ。
【請求項3】
前記流路溝の側面の傾斜が、深さ方向に異なる領域を有していることを特徴とする請求項1又は2に記載の流路切換バルブ。
【請求項4】
前記流路溝の流路断面形状が、該流路溝の幅方向に非対称であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の流路切換バルブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフ等の、切り換え流路を有する分析装置で使用される回転式の流路切換バルブに関する。
【背景技術】
【0002】
液体クロマトグラフには、移動相中に導入する試料溶液の選択やカラムを洗浄するための洗浄液の導入等を目的として、流路を切り換えるための流路切換バルブが備えられている。液体クロマトグラフで用いられる流路切換バルブは、各流路に接続された複数のポート(開口)が形成されたステータに対して、流路溝が設けられたロータを押しつけ、それを回転摺動させることによりステータの各開口を接続する回転式のバルブが一般的である(特許文献1)。
【0003】
このような回転式の流路切換バルブでは、ステータとロータの間で液漏れが生じることを防止するために、ステータには通常、金属又はセラミックス等の硬い材料が、ロータには、ステータへの密着性を高くするために、樹脂等のステータよりも柔らかい材料が用いられ、両者の摺動面には高い面圧(例えば50MPa以上)が印加される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開WO2011/001941号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
回転式の流路切換バルブでは、常に高い面圧でロータをステータに押しつけながらロータを回転摺動させる。上記の通り、ロータはステータよりも柔らかい材料が用いられるため、両者の摺動面に印加された高い面圧と、回転する際のステータとの摩擦とによって、摺動面近傍のロータの組織には圧縮及び剪断の複雑な応力が加わり、徐々に塑性変形(クリープ)が生じる。このクリープによってロータの流路溝が狭くなり、流路切換バルブ内で流路詰まりが生じてしまうことがあった。
【0006】
流路切換バルブのロータは交換可能であるため、ロータが使用に耐えられなくなれば交換すれば良いが、交換の頻度が多いとユーザの手間とコストが増大する。また、移動相中に導入する液体試料を順番に切り換える液体クロマトグラフの連続分析の途中で、ロータ交換のために連続分析を中断せざるを得ないということも起こり得る。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、回転式の流路切換バルブにおいてロータの寿命を延ばすことである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、
ステータと、該ステータに対して摺動しつつ回転するロータと、を備え、前記ステータは、ロータが回転摺動する摺動面に開口する複数の流路を有し、前記ロータは前記複数の流路のうちの2以上を連結するための流路溝を有する流路切換バルブにおいて、
前記ロータが、前記流路溝の
縁のうち内径側及び外径側の縁において、前記ステータとの摺動面に120°より大きい接触角で接触していることを特徴とする。
【0009】
クリープによって流路溝が狭くなることを抑制するため、流路溝の縁において、ステータとの摺動面に接触するロータの縁を、摺動面側が広くなるように傾斜させる(ロータの縁の角度=接触角を120°にする)ことは、従来から行われていた。しかしながら、HPLC(高速液体クロマトグラフ)用の従来のバルブ(例えば耐圧60MPa以下)に比べて、UHPLC(超高速液体クロマトグラフ)用のさらに高耐圧のバルブ(例えば130MPa耐圧バルブ)においては、より高い圧縮及び剪断の複雑な応力が加わることにより、接触角120°の従来構造のロータを用いた場合でもクリープによってロータの流路溝が狭くなり、少ないバルブ切換回数(使用回数)で流路切換バルブ内で流路詰まりが生じてしまうことがあった。具体的には、PEEK(ポリエーテルエーテルケトンやポリイミド)等のロータ材料が膨潤し、僅かに強度低下を引き起こす非極性溶媒(クロロホルムやTHF(テトラヒドロフラン)等)を30MPa以下程度の低圧で送液する1分以下程度の短周期の連続分析条件において、使用回数5000回以下で流路詰まりを生じる場合があった。このように、低圧送液条件で特にクリープが生じるのは、送液圧力によるステータとロータ間の面圧の緩和や送液される液体の僅かな染み出しによる液体潤滑などの延命効果が、送液条件が低圧であるほど小さくなるためである。
【0010】
本発明者は接触角を様々に変化させたロータを作製し、実験を重ねた。その結果、接触角を120°より大きくすることにより、流路溝が狭くなることを抑制する効果がさらに高まり、ロータの耐用回数が増加することを突き止めた。例えば150°の接触角では、接触角が120°の従来のロータと比較して約3倍から約10倍程度にまでロータの耐用回数を増加させることできることが分かった。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る流路切換バルブでは、ロータの耐用回数を従来構造のものより増加させることができる。そのため、ロータ交換による手間やコストを低く抑えることができる。また、連続分析の途中で分析装置を停止させるようなことも起こりにくくなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】回転式流路切換バルブの一般的な構造を示す縦断面図。
【
図2】従来例のロータの構造を示す上面図(a)、及びそのA-A'断面図(b)。
【
図3】流路溝の変形を説明するための上面図(a)、及びそのA-A'断面図(b)。
【
図4】本発明に係る流路切換バルブの一実施例を示すロータの流路溝の流路断面図。
【
図5】本実施例の流路切換バルブのロータを説明するための流路溝の流路断面図。
【
図6】本実施例の流路切換バルブの変形例を示すロータの流路溝の流路断面図(a)及び(b)。
【
図7】本実施例の流路切換バルブの別の変形例を示すロータの流路溝の流路断面図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る流路切換バルブの一実施例について、従来例の流路切換バルブと比較しつつ、図面を参照して説明する。
図1は、一般的な流路切換バルブの構造を示す縦断面図である。この図に示すように、回転式の流路切換バルブは、外部の流路に接続可能な複数個のポート3が設けられたステータ1と、ポート3同士を連結するための流路溝4が設けられたロータ2と、を備える。ロータ2はバネなどの弾性部材(非図示)によって支持されたシャフト5によりステータ1に押しつけられており、この圧力によってステータ1とロータ2の間の摺動面6における液密性が保たれる。
【0014】
図2(a)はロータ2の上面図、
図2(b)は
図2(a)のA-A’断面図である。なお、
図2(a)では、ポート3と流路溝4の位置関係を示すために、ポート3の開口部の位置を点線で表示している。
図2(a)に示すように、ロータ2には、ステータ1の6つのポート3のうちの隣接する2つの開口部間を結ぶ3つの円弧状の流路溝4が設けられている。これらの流路溝4が隣接する2つのポート3を連結することによって、流路切換バルブに内部流路が形成される。また、ロータ2を回転中心7周りに回転させることにより、隣接する2つのポート3間の接続が変更され、流路の切り換えが行われる。
【0015】
ロータ2は、通常、流路溝4の縁8において、
図2(b)に示すようにステータ1との摺動面6に対して垂直に接触している。また ロータ2は通常、金属製又はセラミックス製のステータ1より材質が柔らかい樹脂(例えばポリエーテルエーテルケトンやポリイミド)製であり、高い面圧が印加されたまま回転摺動するため、ロータ2の摺動面6の近傍の組織でクリープが生じる。このクリープによって、
図3(a)の平面図及び
図3(b)の縦断面図に示すように、摺動面6の近傍における流路溝4の側面が内側に変形し、幅が狭くなる。これが更に進行すると、流路溝4が塞がってしまい、流路詰まりが生じる。
【実施例】
【0016】
図4は、本実施例の流路切換バルブにおけるロータ2の流路溝4の流路断面形状を示したものである。この図に示すように、本実施例のロータ2は、流路溝4の縁8において、ステータ1との摺動面6に120°より大きい接触角で接触するようにしたものである。
【0017】
図5に示すように、縁8におけるロータ2の接触角αを大きくすると、クリープによる流路溝4の内側への変形応力が縁8に集中せず、分散する。そのため、接触角が90°で流路溝4の側面が摺動面6に直交している
図2(b)の溝形状よりも内側に変形しにくくなり、流路溝4が狭くなることが抑制される。また、摺動面6における流路溝4の表面積が大きくなるため、クリープによるロータ2の変形に対する許容量が大きくなる(クリープが生じても、流路詰まりが生じにくい)。
【0018】
従来においても、接触角を90°より大きくすることは行われているが、接触角をあまりに大きくするとロータ2に印加される高い面圧により流路溝4の断面形状が変化し、流路断面積が縮小してしまうという考えがあった。そのため、従来の接触角は高々120°であった。本発明者はこのような仮説に疑問を抱き、接触角を様々に変化させたロータを作製し、実験を重ねた。その結果を以下の表1に示す。
【表1】
なお、表1の実験結果は、
図4に示す形状の流路溝4を有するロータ2に対するものである。
【0019】
表1に示すように、従来の接触角の最大値である120°では約3千回〜1万回でロータ2を使用することができなくなったが、接触角を150°とした場合では、約2万回から10万回までロータ2を使用することができることが判明した。また、接触角を150°とした場合でも、上記の流路断面積の縮小は特に生じなかった。このように、接触角を120°より大きくしても送液に特に不都合が生じることがないと共に、従来のものに比べてロータ2の寿命を大幅に延ばすことができる。なお、表1では本実施例のロータとして接触角が150°の結果のみを示したが、接触角が140°〜160°の場合にもほぼ同様の結果が得られた。
【0020】
ロータ2のクリープは、主にステータ1との摺動面6の近傍の領域において生じる。そのため、
図6(a)に示すように、摺動面6の近傍の領域における流路溝4の側面の傾斜を大きくし、それ以外の領域における流路溝4の側面の傾斜を小さくすることにより、クリープによって流路溝4の幅が狭くなることを抑制しつつ、流路溝4の流路断面積を大きくすることが可能となる。従って、接触角αを上記の160°より大きくすることも可能である。なお、流路溝4の側面の傾斜は緩やかに変わっていても良い(
図6(b))。
【0021】
また、
図4では流路溝4の両側の縁8におけるロータ2の接触角を同じとしたが、
図7に示すように、これらは異なる角度であっても良い。例えばロータ2に生じるクリープが、外径側の縁8bより内径側の縁8aの方が大きくなる場合、内径側の縁8aにおけるロータ2の接触角αを大きく、外径側の縁8bにおけるロータ2の接触角α’をαより小さくするように設計することが望ましい。
【0022】
以上、本発明に係る流路切換バルブについて実施例を用いて説明したが、本発明の趣旨の範囲内において適宜変更を加えることは当然可能である。
【符号の説明】
【0023】
1…ステータ
2…ロータ
3…ポート
4…流路溝
5…シャフト
6…摺動面
7…回転中心
8、8a、8b…縁