特許第5790906号(P5790906)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 新日鐵住金株式会社の特許一覧

特許5790906表面の導電性を有するチタン材又はチタン合金材、これを用いた燃料電池セパレータと燃料電池
<>
  • 特許5790906-表面の導電性を有するチタン材又はチタン合金材、これを用いた燃料電池セパレータと燃料電池 図000009
  • 特許5790906-表面の導電性を有するチタン材又はチタン合金材、これを用いた燃料電池セパレータと燃料電池 図000010
  • 特許5790906-表面の導電性を有するチタン材又はチタン合金材、これを用いた燃料電池セパレータと燃料電池 図000011
  • 特許5790906-表面の導電性を有するチタン材又はチタン合金材、これを用いた燃料電池セパレータと燃料電池 図000012
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5790906
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】表面の導電性を有するチタン材又はチタン合金材、これを用いた燃料電池セパレータと燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/02 20060101AFI20150917BHJP
   C22C 14/00 20060101ALI20150917BHJP
   H01M 8/10 20060101ALN20150917BHJP
【FI】
   H01M8/02 B
   C22C14/00 Z
   !H01M8/10
【請求項の数】3
【全頁数】26
(21)【出願番号】特願2015-524541(P2015-524541)
(86)(22)【出願日】2015年1月22日
(86)【国際出願番号】JP2015051665
【審査請求日】2015年5月13日
(31)【優先権主張番号】特願2014-9352(P2014-9352)
(32)【優先日】2014年1月22日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095957
【弁理士】
【氏名又は名称】亀谷 美明
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100128587
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 一騎
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 一浩
(72)【発明者】
【氏名】香川 琢
(72)【発明者】
【氏名】木本 雅也
(72)【発明者】
【氏名】今村 淳子
(72)【発明者】
【氏名】徳野 清則
(72)【発明者】
【氏名】黒田 篤彦
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2005−036314(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/038544(WO,A1)
【文献】 特開2010−236083(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/02
C22C 14/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン又はチタン合金の表面において、表面への入射角0.3°で測定したX線回折ピークにて金属チタンの最大強度(ITi)とチタン水素化物の最大強度(ITi-H)から求めたチタン水素化物の構成率[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が55%以上であり、その最表面に酸化チタン皮膜が形成されており、かつ、表面をアルゴンで5nmスパッタした位置でCが10原子%以下、Nが1原子%以下、Bが1原子%以下であり、以下の劣化試験1および劣化試験2にてその試験前後の接触抵抗の増加量がいずれも10mΩcm2以下であることを特徴とするチタン材又はチタン合金材。
劣化試験1:2ppmのFイオンを含んだ80℃のpH3の硫酸溶液中にて4日間浸漬。
劣化試験2:80℃のpH3の硫酸溶液中にて、電位1.0V(vs SHE)を24時間印加。
【請求項2】
請求項1に記載のチタン材又はチタン合金材で構成したことを特徴とする燃料電池セパレータ。
【請求項3】
請求項2に記載の燃料電池セパレータを備えることを特徴とする固体高分子型燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面が導電性を有し且つ耐食性に優れたチタン材又はチタン合金材に関する発明であり、特に電力を駆動源とする自動車、又は、発電システムなどに用いる低接触抵抗性の固体高分子型燃料電池セパレータに用いるチタン材又はチタン合金材、即ち、対カーボン接触導電性と耐久性に優れた燃料電池セパレータ用チタン材又はチタン合金材、これを用いた燃料電池セパレータ、及び、燃料電池好適である。以下、燃料電池セパレータを例に説明する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用燃料電池として、固体高分子型燃料電池の開発が急速に進展し始めている。固体高分子型燃料電池は、水素と酸素を用い、水素イオン選択透過型の有機物膜(無機物との複合化の開発も進められている)を電解質として用いる燃料電池である。燃料の水素としては、純水素の他、アルコール類の改質で得た水素ガスなどが用いられる。
【0003】
しかし、現状の燃料電池システムは、構成部品や部材の単価が高く、民生用へ適用するには、構成部品や部材の大幅な低コスト化が不可欠となる。また、自動車用途への適用では、低コスト化とともに、燃料電池の心臓部となるスタックのコンパクト化も求められている。
【0004】
固体高分子型燃料電池は、Membrane Electrode Assembly(以下「MEA」と記載することがある。)と呼ばれる固体高分子膜と電極及びガス拡散層が一体となったものの両側をセパレータが押し付ける構造をとり、これを多数積層してスタックを構成する。
【0005】
セパレータに求められる特性は、電子伝導性、両極の酸素ガスと水素ガスの分離性、MEAとの接触抵抗が低いこと、さらには、燃料電池内の環境で良好な耐久性を有することなどである。ここで、MEAのうち、ガス拡散層(Gas Diffusion Layer, GDL)は、一般に、炭素繊維を集積したカーボンペーパーでできているので、セパレータには、対カーボン接触導電性が良好であることが求められる。
【0006】
セパレータ用材料としてのステンレス鋼やチタン材料などは、そのままでは、一般に、対カーボン接触導電性が低いので、これを高めるために多くの提案がなされている。対カーボン接触導電性を高めるうえで、導電性の低い不動態皮膜の存在が障害になる。耐久性を犠牲にすれば解決できる課題とも言えるが、燃料電池内は厳しい腐食環境となるので、セパレータには非常に高い耐久性が要求される。
【0007】
このため、満足の行くセパレータ用の金属材料の開発は困難を極めているのが実情である。これまでは、カーボンセパレータが主流であったが、メタルセパレータが実用化されると、燃料電池自体をコンパクト化でき、さらには、燃料電池生産工程で割れが発生しないことを保障できるので、量産化と普及には、セパレータのメタル化が必須である。
【0008】
このような背景において、例えば、特許文献1には、薄肉、軽量化等の観点から、鋼材中に導電性を有する化合物を析出させた特殊なステンレス鋼を用いることで、ステンレス鋼の接触抵抗を有効に低減することのできる技術が開示されている。
【0009】
耐久性に優れたチタンをセパレータに適用する検討も行われている。チタンの場合も、ステンレス鋼と同様に、チタン最外表面の不動態皮膜の存在により、MEAとの接触抵抗が高い。それ故、例えば、特許文献2には、チタン中にTiB系析出物を分散させ、MEAとの接触抵抗を低減する技術が開示されている。
【0010】
特許文献3には、質量%で、Ta:0.5〜15%を含有し、必要に応じて、Fe及びO量を制限したチタン合金からなり、最外表面から深さ0.5μmまでの範囲の平均窒素濃度が6原子%以上であり、かつ、その領域に窒化タンタル及び窒化チタンが存在することを特徴とするセパレータ用チタン合金が開示されている。
【0011】
また、特許文献3には、セパレータ用チタン合金の製造方法において、窒素雰囲気中で、かつ、600〜1000℃
の温度範囲で3秒以上加熱することが開示されている。
【0012】
特許文献4、5、及び、6には、チタン又はステンレス製メタルセパレータの製作工程において、導電物質を、ブラスト法又はロール加工法で表層部に押しこむ技術が開示されている。この技術においては、金属表面の不動態皮膜を貫通する形で導電物質を配置する表面微細構造により、対カーボン導電性と耐久性を両立させる。
【0013】
特許文献7には、チタン表面に形成される炭化チタン又は窒化チタンを含む不純物を陽極酸化処理で酸化物に転換し、その後、メッキ処理を施す燃料電池セパレータの製造方法が開示されている。チタン表面に形成される炭化チタン又は窒化チタンは、腐食環境に曝されている間に溶解し、接触導電性を阻害する酸化物として再析出して、接触導電性を低下させる。
【0014】
上記方法は、発電時(使用時)における不純物の酸化を抑制し、耐久性を高めるものである。ただし、導電性と耐久性を確保するためには、高価なメッキ膜が必須となる。
【0015】
特許文献8には、周期律表の3族元素を合金化したチタン系合金を母材とし、その表面にBN粉末を塗布し、加熱処理を施して酸化皮膜を形成し、耐食導電性皮膜を形成する技術が開示されている。
【0016】
この技術は、チタン合金の不動態皮膜となる酸化物皮膜結晶格子におけるチタン原子の位置に不純物原子をドープして導電性を高めるものである。
【0017】
特許文献9及び10には、チタン製燃料電池セパレータを圧延加工する際、炭素含有圧延油を用いて圧延して、表層に炭化チタンを含む変質層を形成し、その上に、膜密度の高い炭素膜を形成して、導電性と耐久性を確保する技術が開示されている。
【0018】
この技術においては、対カーボンペーパー導電性は高まるが、耐久性は、炭素膜で維持することになるので、緻密な炭素膜を形成する必要がある。単純な炭素とチタンの界面では接触抵抗が高まるので、両者の間に、導電性を高める炭化チタンを配置している。しかし、炭素膜に欠陥があると、変質層(炭化チタンを含む)及び母材の腐食を防止できず、接触導電性を阻害する腐食生成物が生じ得る。
【0019】
特許文献11、12、13、14、及び、15には、特許文献9に記載の構造と類似するが、炭素層/炭化チタン中間層/チタン母材を主要な構造とするチタン及びチタン製燃料電池セパレータが開示されている。炭素層をあらかじめ形成し、その後に、炭化チタン中間層を形成するという製造手順は、特許文献9に記載の製造手順と異なるが、炭素層により耐久性を高める機構は同様である。
【0020】
特許文献16には、量産化のため、黒鉛粉を塗布して圧延し、焼鈍する技術が開示されている。この技術は、従来のカーボンセパレータの機能を、割れない母材チタン表面へ炭素層と炭化チタン中間層を付与することにより実現したものである。ただし、炭化チタン中間層には耐久性がないので、炭素層に欠陥があると、炭化チタン中間層及び母材の腐食を防止できず、接触導電性を阻害する腐食生成物が生成し得る表面構造になっている懸念がある。
【0021】
このような実情の中、導電性物質である炭化チタンや窒化チタンをチタン表面に配置し、チタンのみならず、これら導電物質をも不動態化作用のあるチタン酸化物で覆う技術が特許文献17に開示されている。この技術により、接触導電性の確保のみならず、耐久性も向上したが、燃料電池寿命をさらに伸ばすためには、導電物質を覆うチタン酸化膜の耐環境劣化性をさらに高める必要がある。
【0022】
そこで、本出願人は、特許文献18で、チタン酸化皮膜に、硝酸クロム酸等の酸化剤を含む水溶液中に浸漬する不動態化処理を施して耐久性を高めることを基軸にし、チタン又はチタン合金材の表面の酸化皮膜中に微細導電性物質である炭素や窒素を含むチタン化合物粒子を分散させて、対カーボン接触導電性を高めた燃料電池セパレータ用のチタン又はチタン合金材を提案した。
【0023】
特許文献19では、微細導電性物質としてタンタル、チタン、バナジウム、ジルコニウム又はクロムの炭化物、窒化物、炭窒化物、硼化物を適用し、かつ、水溶液中で不動態化処理後に安定化処理を施すことを提案した。この安定化処理は、アミン系化合物、アミノカルボン酸系化合物、リン脂質、澱粉、カルシウムイオン、ポリエチレングリコールのいずれか1種または2種以上含む天然由来物や人工合成物である、米粉、小麦粉、片栗粉、とうもろこし粉、大豆粉、酸洗腐蝕抑制剤などを含む水溶液を用いる。
【0024】
固体高分子型燃料電池の内部環境やその模擬評価条件について説明する。
【0025】
特許文献20、21、22、23、及び、24には、電解質膜にふっ素系固体高分子を用いると、微量のふっ素が溶出してふっ化水素環境が生じることが開示されている。炭化水素高分子を使用する場合は、電解質膜からのふっ素溶出はないと考えられる。
【0026】
また、特許文献24には、実験的に排出液のpHを約3とすることが開示されている。なお、特許文献10では、pH4で50℃の硫酸水溶液中で電位1Vを印加する定電位腐食試験を採用し、特許文献11、12、13、及び、14では、pH約2で80℃の硫酸水溶液中で電位0.6Vを印加する耐久性評価試験を採用している。
【0027】
特許文献25には、運転温度が80〜100℃であることが開示されている。特許文献21及び24では、評価条件として80℃を採用している。以上のことから、固体高分子型燃料電池を模擬する評価条件は、(1)pH2〜4で電解質膜の固体高分子によってふっ素が溶解している水溶液、(2)温度50〜100℃、(3)セル電圧変化0〜1V(未発電時には電圧0)であることが容易に想定される。
【0028】
一方、チタンの耐環境性の観点でみると、チタンがふっ化水素水溶液(ふっ酸)で溶けることが知られている。非特許文献1には、pH3の硫酸水溶液にふっ素を約2ppm又は約20ppm添加すると、チタンの変色が促進されることが開示されている。
【0029】
特許文献26には、白金族系元素(Pd,Pt,Ir,Ru,Rh,Os)、Au,Agの1種または2種以上の元素を含有するチタン合金を、非酸化性の酸に浸漬して表面にこれら合計で40〜100原子%の層を形成する方法が開示されている。特許文献27には、白金族元素を0.005〜0.15質量%および希土類元素を0.002〜0.10質量%含有したチタン合金を非酸化性酸で酸洗し表面に白金族元素を濃化させたセパレータ用チタン材が開示されている。特許文献28には、チタン材表面にチタン水素化物を含む層を有するチタン材が開示されている。
【0030】
特許文献25に記載された変色現象は、チタンが溶解して酸化物として表面に再析出することで酸化膜が成長した結果、干渉色を生じる現象である。上述のように、この再析出した酸化物は接触導電性を阻害する物質であるので、燃料電池でふっ素が溶出した環境は、チタンにとってより厳しい環境であり、接触抵抗を増大させないように耐久性をさらに高める必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0031】
【特許文献1】特開2000−328200号公報
【特許文献2】特開2004−273370号公報
【特許文献3】特開2007−131947号公報
【特許文献4】特開2007−005084号公報
【特許文献5】特開2006−140095号公報
【特許文献6】特開2007−234244号公報
【特許文献7】特開2010−097840号公報
【特許文献8】特開2010−129458号公報
【特許文献9】特開2010−248570号公報
【特許文献10】特開2010−248572号公報
【特許文献11】特開2012−028045号公報
【特許文献12】特開2012−028046号公報
【特許文献13】特開2012−043775号公報
【特許文献14】特開2012−043776号公報
【特許文献15】特開2012−028047号公報
【特許文献16】特開2011−077018号公報
【特許文献17】国際公開第2010/038544号
【特許文献18】国際公開第2011/016465号
【特許文献19】特願2012−170363号
【特許文献20】特開2005−209399号公報
【特許文献21】特開2005−056776号公報
【特許文献22】特開2005−038823号公報
【特許文献23】特開2010−108673号公報
【特許文献24】特開2009−238560号公報
【特許文献25】特開2006−156288号公報
【特許文献26】特開2006−190643号公報
【特許文献27】特開2013−109891号公報
【特許文献28】特許第4361834号公報
【非特許文献】
【0032】
【非特許文献1】Ti-2003 Science and Technology, G.LutjeringとJAlbrecht, Wiley-VCH Verlag GmbH & Co., Hamburg, 2004年、3117〜3124ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0033】
本発明は、対カーボン接触導電性の高い燃料電池セパレータ用のチタン材又はチタン合金材において、対カーボン接触導電性(低い接触抵抗)及び耐久性を高めて、燃料電池の寿命をさらに伸ばすことを課題とする。耐久性は、具体的には、酸性環境中における、(1)Fイオン(ふっ素イオン)に対する耐食性と、(2)印加電圧に対する耐久性である。
【課題を解決するための手段】
【0034】
従来、チタン及びチタン合金とカーボンとの接触抵抗を低減する技術は、炭素(導電性物質)層でチタン及びチタン合金の表面を被覆する技術、又は、該表面の酸化皮膜中にチタンやタンタル等の炭化物、窒化物、炭窒化物、及び/又は、硼化物を微細分散させる技術、白金族元素やAu,Agを表面に濃化させる技術が主流である。
【0035】
しかし、本発明者らは、従来技術に拘らず、上記課題を解決する手法について鋭意研究した。その結果、チタン材又はチタン合金材の表面構造が、対カーボン接触導電性及び耐久性に大きく影響することが判明した。
【0036】
そして、本発明者らがさらに鋭意研究した結果、炭素層(導電性物質)や、上記炭化物、窒化物、炭窒化物、及び/又は、硼化物、或いは白金族元素やAu,Agを活用する従来技術とは基本的に異なり、チタン及びチタン合金の表面に所要の形態のチタン水素化物が形成されており、かつ、最表面に酸化チタン皮膜を形成すれば、上記課題を解決できることを見いだした。なお、白金族系元素やAu、Agがその表面に含有されるか否かにかかわらず、本発明の効果が発揮されることも見いだした。
【0037】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]
チタン又はチタン合金の表面において、表面への入射角0.3°で測定したX線回折ピークにて金属チタンの最大強度(ITi)とチタン水素化物の最大強度(ITi-H)から求めたチタン水素化物の構成率[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が55%以上であり、その最表面に酸化チタン皮膜が形成されており、かつ、表面をアルゴンで5nmスパッタした位置でCが10原子%以下、Nが1原子%以下、Bが1原子%以下であり、以下の劣化試験1および劣化試験2にてその試験前後の接触抵抗の増加量がいずれも10mΩcm2以下であることを特徴とするチタン材又はチタン合金材。
劣化試験1:2ppmのFイオンを含んだ80℃のpH3の硫酸溶液中にて4日間浸漬。
劣化試験2:80℃のpH3の硫酸溶液中にて、電位1.0V(vs SHE)を24時間印加。
[2]
前記[1]のチタン材又はチタン合金材で構成したことを特徴とする燃料電池セパレータ。
[3]
前記[2]の燃料電池セパレータを備えることを特徴とする固体高分子型燃料電池。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、対カーボン接触導電性と耐久性に優れたチタン材又はチタン合金材と、対カーボン接触導電性と耐久性に優れた燃料電池セパレータを提供することができる。この燃料電池セパレータを用いれば、燃料電池の寿命を大幅に伸ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】チタン材又はチタン合金材の表面のX線回折プロファイル(XRD)を示す図である。(a)は、比較となる従来材の表面(一般的な硝ふっ酸酸洗後の表面)のXRDを示し、(b)と(c)は、本発明のチタン材又はチタン合金材(本発明材その1、その2)の表面のXRDを示す。
図2】本発明の二つのチタン材又はチタン合金材の表面のX線光電子分光分析(XPS)の結果を示す図である。(a)は、一方のチタン材又はチタン合金材の表面のX線光電子分光分析(XPS)の結果を示し、(b)は、もう一方のチタン材又はチタン合金材の表面のX線光電子分光分析(XPS)の結果を示す。
図3】本発明のチタン材又はチタン合金材の表面直下の断面の透過電子顕微鏡像を示す図である。
図4】チタン材又はチタン合金材の表面にて測定したX線回折結果から求めた[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100((1)式)の値と、その劣化試験後のカーボンペーパーとの接触抵抗、及び劣化試験前後の接触抵抗増加量との関係を示す図である。なお、上述の劣化試験1,2とも図示する。
【発明を実施するための形態】
【0040】
本発明の対カーボン接触導電性と耐久性に優れた燃料電池セパレータ用に好適なチタン材又はチタン合金材(以下「本発明材」ということがある。)は、その表面のX線回折ピークの強度が下記(1)式を満たし、かつ、その最表面に酸化チタン皮膜が形成されていることを特徴とする。水素化物の構成率[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100は、60%以上であることが好ましい。水素化物の構成率[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が60%以上であれば、後述の劣化試験1および劣化試験2にてその試験前後の接触抵抗の増加量がいずれも4mΩcm2以下となる。
[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100≧55% ・・・(1)
ITi-H:チタン水素化物(TiH、TiH1.5、TiH2など)のX線回折ピークの最大強度
ITi:金属TiのX線回折ピークの最大強度
【0041】
ITi-H/(ITi+ITi-H)は、チタン材又はチタン合金材の表面における金属チタンとチタン水素化物の構成率を表す指標であり、大きい方が、チタン水素化物を多く含む相構成であることを意味する。
【0042】
X線回折は、チタン材又はチタン合金材の表面に対して、X線の入射角を低角に、例えば、0.3°に固定して斜入射して行う。このX線回折で、表面直下の構造を同定することができる。
【0043】
本発明材においては、さらに、その最表面に酸化チタン皮膜が形成されていることを特徴とする。チタン材又はチタン合金材の表面をX線光電子分光分析を行うことによって、Ti2pスペクトルにてチタン酸化物であるTiO2の結合エネルギー約459.2eVの位置にピークが検出される。この検出で、酸化チタン皮膜の形成を確認することができる。
【0044】
酸化チタンの厚さは3〜10nmが好ましい。酸化チタン皮膜の厚みは、例えば、表面直下・断面の透過電子顕微鏡にて観察して測定することができる。
【0045】
本発明材を製造する製造方法(以下「本発明材製造方法」ということがある。)は、チタン材又はチタン合金材を、
(i)チタン材又はチタン合金材の表層にチタン水素化物を形成し、その後、
(ii)所定の水溶液中で、不動態化処理と安定化処理を施す
ことによって行われる。
【0046】
チタン材又はチタン合金材の表層にチタン水素化物を形成する処理(以下「水素化物形成処理」ということがある。)は、特に、特定の方法に限定されるものではない。例えば、チタン材又はチタン合金材を、(x)非酸化性の酸である塩酸や硫酸に浸漬する方法、(y)カソード電解する方法、及び、(z)水素含有雰囲気で熱処理する方法があげられる。これらのいずれの方法でも、チタン材又はチタン合金材の表層にチタン水素化物を形成することができる。
【0047】
不動態化処理に用いる水溶液は、硝酸やクロム酸等の酸化剤が添加された水溶液である。安定化処理に用いる所定の水溶液は、アミン系化合物、アミノカルボン酸系化合物、リン脂質、澱粉、カルシウムイオン、ポリエチレングリコールのいずれか1種又は2種以上含む天然由来物や人工合成物である、米粉、小麦粉、片栗粉、とうもろこし粉、大豆粉、酸洗腐蝕抑制剤などを含む水溶液であり、不働態化処理に用いる水溶液も、通常の水溶液である。
【0048】
本発明材においては、最表面の酸化チタン皮膜中及びその直下に、チタンの炭化物、窒化物、炭窒化物、及び/又は、硼化物がセパレータとして実用的に使用可能な範囲でコストも考慮して低減するように造り込まれている。
【0049】
C、N、及び、Bの少なくとも1種が、チタン基材中に不可避的混入元素として存在すると、熱処理過程で、チタンの炭化物、窒化物、炭窒化物、及び/又は、硼化物が形成される可能性がある。チタンの炭化物、窒化物、炭窒化物、及び/又は、硼化物の形成を極力抑制するために、チタン基材中のC、N、Bの合計含有量を0.1質量%以下にすることが好ましい。より好ましくは0.05質量%以下である。
【0050】
また、本発明材においては、酸化チタン皮膜中に、C、N、及び、Bの少なくとも1種を含むチタン化合物が存在しないことが好ましいが、大幅なコスト上昇を招くことからセパレータとして実用的に使用可能な範囲で低減することが好ましい。表面をアルゴンにて5nmスパッタした後、X線光電子分法(XPS)を用いて表面を分析した結果、Cが10原子%以下,Nが1原子%以下,Bが1原子%以下であれば、本発明の効果が得られる。
【0051】
ここで、アルゴンスパッタ深さは、SiO2をスパッタした際のスパッタレートから換算した値である。5nmスパッタした後の表面からも、Ti2pスペクトルにてチタン酸化物であるTiO2の結合エネルギー約459.2eVの位置にピークが検出されていることから、酸化チタン皮膜中の分析結果である。
【0052】
なお、データ解析にはUlvac−phi社製解析ソフトであるMutiPak V.8.0を用いた。
【0053】
従来、冷間圧延の油分が残存した状態や、窒素ガス雰囲気で加熱されて表面に導電性物質であるチタンの炭化物、窒化物、及び/又は、炭窒化物が分散した状態であると、その接触抵抗は比較的小さい値となることが知られている。しかし、そのままでは、実使用の酸性腐食環境に曝されている間に、これらのチタン化合物が溶解し、接触導電性を阻害する酸化物として再析出し、接触導電性を低下させる。
【0054】
以下、図面を参照しながら、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0055】
本発明材は、例えば、チタン基材の表面近傍に、水素化物形成処理によりチタン水素化物を形成し、その後、硝酸やクロム酸等の酸化剤が添加された水溶液中で不働態化処理を施し、さらに、所定の水溶液で安定化処理を施して得ることができる。
【0056】
図1に、燃料電池セパレータ用チタン材又はチタン合金材の表面のX線回折プロファイル(XRD)を示す。図1(a)に、比較となる従来材の表面(一般的な硝ふっ酸酸洗後の表面)のXRDを示し、図1(b)と(c)に、本発明の燃料電池セパレータ用チタン材又はチタン合金材(本発明材)の表面のXRDを示す。(b)に示す本発明例その1はチタン水素化物の構成率[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が63%、(c)に示す本発明例その1はチタン水素化物の構成率[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が55%である。
【0057】
X線回折ピークは、(a)従来材では、金属チタン(図中の●)の回折ピークのみが検出されるが、(b)と(c)の本発明材では、チタン水素化物(図中の▼)の非常に強いピークが検出される。このチタン水素化物は、回折ピークの位置からTiH1.5である。なお、グロー放電発光分析にて表面から深さ方向への元素濃度分布を測定し、水素が表層部に濃化していることを確認している。
【0058】
ここで、X線回折の測定方法と回折ピークの同定方法について説明する。チタン材又はチタン合金材の表面に対してX線の入射角を0.3°に固定する斜入射にて、X線回折プロファイルを測定し、その回折ピークを同定した。
【0059】
リガク製X線回折装置SmartLabを用いて、入射角0.3°で、ターゲットにCo−Kα(波長λ=1.7902Å)を使用し、Kβ除去法は、W/Si多層膜ミラー(入射側)を使用した。X線源負荷電力(管電圧/管電流)は、9.0kW(45kV/200mA)である。使用した解析ソフトは、
スペクトリス製 エキスパート・ハイスコア・プラスである。
【0060】
測定したX線回折プロファイルを、ICDDカードのNo.01−078−2216、98−002−1097、01−072−6452、98−006−9970などのチタン水素化物を標準物質としたデータベースと対比することによって、回折ピークを同定することができる。
【0061】
なお、上記測定条件でのX線浸入深さは、金属チタンで約0.18μm、チタン水素化物で約0.28μmであるので、X線回折ピークは、表面から約0.2〜0.3μm深さの構造を反映したX線回折ピークである。
【0062】
図2に、本発明材の最表面のXPSで測定したTi2pの光電子スペクトルを示す。図3に、本発明材の表面直下の断面の透過電子顕微鏡像を示す。図2に示すように、最表面から、チタン酸化物であるTiO2の結合エネルギー約459.2eVの位置に、非常に強いピークが検出されている。
【0063】
図3において、Ti1を覆っている明るい(白っぽい)膜状の部位2が酸化チタン皮膜である。この部位から、エネルギー分散分光分析(EDS)にてTiとOが検出され、この部位に酸化チタン皮膜が形成されていることが解る。
【0064】
従来材でも、酸化チタン皮膜に、所定の不動態化処理と安定化処理を施すと、単純な酸性環境への耐久性は高まるものの、ふっ素を含む腐食環境や電位が印加される使用環境においては、耐久性を維持できない場合がある。白金族元素やAu,Agが添加されたチタン合金においても同様である。なお、白金族元素の不純物レベルは0.005質量%未満であり、白金族元素やAu,Agの合計の含有量が0.005質量%未満である場合は、白金族元素やAu,Agが添加されたチタン合金(チタン)と見なす。
【0065】
カーボンペーパーとの接触抵抗は、ふっ素イオン濃度が2ppm以上になると、従来材では、約100mΩ・cm2以上へ増加しその増加量は約90mΩ・cm2以上にもなるが、本発明材では、ふっ素イオン濃度2〜5ppmでも10〜20mΩ・cm2以下と低く、その増加量は大きくとも10mΩcmm2以下、好適な場合には4mΩcm2以下に抑えることができ、ふっ素に対し高い耐性を示す。
【0066】
したがって、本発明材においては、pH3に調整した2ppmのFイオンを含んだ硫酸水溶液中に80℃で4日間浸漬する劣化試験1にて、カーボンペーパーとの接触抵抗の劣化試験後の増加量が、面圧10kgf/cm2にて、10mΩcm2以下である。好ましくは4mΩcm2以下である。参考までに、劣化試験1の後の接触抵抗の値は、20mΩ・cm2以下、好ましくは10mΩ・cm2以下である。
【0067】
また、80℃のpH3の硫酸水溶液中で電位1.0V(vsSHE)を24時間印加する劣化試験2にて、カーボンペーパーとの接触抵抗の劣化試験後の増加量が、面圧10kgf/cm2にて、10mΩcm2以下である。好ましくは4mΩcm2以下である。参考までに、劣化試験2の後の接触抵抗の値は、本発明材では20mΩ・cm2以下、好ましくは10mΩ・cm2以下と低く、電位を印加しても高い耐性を維持できる。一方、従来材では接触抵抗の値は約30mΩ・cm2とその増加量は約20mΩ・cm2にもなってしまう。
【0068】
劣化試験1,2は、その接触抵抗の増加量で、各々、ふっ素と印加電圧への耐性(安定度)を測ることができる。なお、十分に有意差を判別できる試験時間として、各々4日と24時間を選んでいる。一般的に、接触抵抗は試験時間とともにほぼ直線的に増加し、その値が約30mΩ・cm2以上になると、それ以降は急増して行く傾向が見受けられる。
【0069】
なお、接触抵抗は、使用するカーボンペーパーに依存して変化するので、劣化試験では、東レ株式会社製のTGP-H-120を用いて測定した接触抵抗を標準とした。
【0070】
本発明者らは、本発明材の接触抵抗が従来の接触抵抗に比べて低く安定な原因は、表層に形成されているチタン水素化物にあると発想した。図1に示すチタン水素化物からのX線回折ピークに着目し、金属チタン(Ti)のX線回折強度とチタン水素化物(Ti-H)からのX線回折強度の相関について鋭意検討した。
【0071】
その結果を図4に示す。横軸の[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100は、チタン又はチタン合金材の表面に対してX線の入射角を0.3°に固定する斜入射にて、X線回折プロファイルを測定し、その回折ピークを同定した結果から求めた。
【0072】
[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100は、チタン又はチタン合金材の表面における金属チタンとチタン水素化物の構成率の指標であり、値が大きい方が、チタン水素化物を多く含む相構成であることを定量的に表している。縦軸は、劣化試験1、2を行い測定した接触抵抗とその増加量である。なお、いずれも所定の水溶液中で、不動態化処理を施した後に安定化処理を施した。その後、上述の劣化試験1(pH3でふっ素イオン濃度2ppmの硫酸水溶液中に、80℃で4日間浸漬)と劣化試験2(pH3の硫酸水溶液中で電位1.0V(vsSHE)を24時間印加)を実施した。(vsSHE)は、標準水素電極(standard hydrogen electrode:SHE)に対する値を示す。
【0073】
図4に示すように、[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が55%以上で劣化試験1、2後の接触抵抗が極めて低くなっている。そして、本発明者らは、本発明材においては、金属チタン(Ti)のX線回折強度とチタン水素化物(Ti−H)からのX線回折強度の間に、上記(1)式の相関関係があることを見いだした。
【0074】
したがって、本発明材においては、[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100を55%以上とする。好ましくは、図4に示すように、劣化促進試験後(劣化試験1、2の後)の接触抵抗が低位安定する60%以上とする。その上限は、当然100%以下となる。チタン水素化物による脆化が懸念されることから、塩酸にて水素化物形成処理を施した[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が85%の材料にて曲げ戻し加工しても、本発明材の目的とする接触抵抗が得られている。
【0075】
チタン水素化物の作用としては、酸洗環境中のふっ素イオンによって最表面の酸化チタン皮膜がアタックされた際に、チタン中の水素は拡散が容易であることから壊された酸化皮膜の補修を促す作用、最表面の酸化チタン皮膜がチタン水素化物と接触することによって貴化される作用、溶け出したチタンイオンはチタン酸化物として表面に析出し通常は接触抵抗を高めてしまうがチタン水素化物の水素の働きによって酸化が進行せずに、導電性を有する析出物を形成する作用などが推測される。このような作用から、白金族元素やAu,Agが含有されているかどうかにかかわりなく、本願で規定する被膜構造を有していれば、十分に効果が得られると考えられる。
【0076】
いずれの作用であっても、その効果を発揮するためには、図4に示すように、所定量以上のチタン水素化物の存在が必要である。
【0077】
水素化物形成処理の後、所定の水溶液中で、本発明材に不動態化処理と安定化処理を施す。この処理によって、図2及び図3に示したように、最表面に酸化チタン皮膜が形成される。この酸化チタン皮膜の厚さは、初期の接触抵抗を低く抑え、かつ、晒される環境中のふっ素や電圧印加への耐久性を確保する点から、3〜10nmが好ましい。
【0078】
酸化チタン皮膜の厚さが3nm未満であると、ふっ素添加又は電圧印加した劣化試験後の接触抵抗が20mΩ・cm2を超えて、その増加量も10mΩ・cm2を超えてしまい、耐久性が不十分となる。一方、酸化チタン皮膜の厚さが10nmを超えると、初期の接触抵抗が10mΩ・cm2を超えてしまう場合がある。
【0079】
なお、最表面の酸化チタン皮膜の厚みは、表面直下・断面を透過電子顕微鏡にて観察して測定することができる。図3において、明るい(白っぽい)膜状の部位2が酸化チタン皮膜である。
【0080】
所定の水溶液中で実施する不動態化処理の条件と、その後の安定化処理の条件は下記の通りである。
【0081】
不動態化処理に用いる水溶液は、硝酸やクロム酸等の酸化剤を含む水溶液である。その酸化力によって、酸化チタン皮膜が緻密化されると考えられる。
【0082】
安定化処理に用いる水溶液は、アミン系化合物、アミノカルボン酸系化合物、リン脂質、澱粉、カルシウムイオン、ポリエチレングリコールのいずれか1種又は2種以上を含む、天然由来物や人工合成物である、米粉、小麦粉、片栗粉、とうもろこし粉、大豆粉、酸洗腐蝕抑制剤などを含む水溶液であり、曝露環境に存在する酸成分やハロゲンイオン(塩素、ふっ素など)などからのアタックを抑制する効果を奏する。
【0083】
従来材では、水溶液中で不動態化処理や安定化処理を施して形成した酸化チタン皮膜であっても、酸化チタン皮膜の中や、直下に多く存在するチタンの炭化物、窒化物、及び/又は、炭窒化物が、ふっ素が含まれる腐食環境や電位が印加され使用環境において溶出して、接触導電性を阻害する酸化物として再析出してしまう。
【0084】
一方、本発明材では、前処理として、冷間圧延後に酸洗によって炭化物形成の元になるC等を含む冷間圧延油分を除去するか、光輝焼鈍後に硝ふっ酸による酸洗や水素化物形成処理によって、光輝焼鈍にて表面に生成したチタンの炭化物、窒化物、及び/又は、炭窒化物を概ね除去できる。
【0085】
なお、上述したように、X線光電子分法(XPS)を用いて、表面をアルゴンにて5nmスパッタした後の表面を分析した結果、Cが10原子%以下,Nが1原子%以下,Bが1原子%以下であれば、本発明の効果が得られている。
【0086】
その後に所定の水溶液中で不動態化処理と安定化処理を行い、溶出し易いチタンの炭化物、窒化物、及び/又は、炭窒化物が、セパレータとして実用的に使用可能な範囲でコストも考慮して低減するような表面構造を形成する。この表面構造によって、ふっ素を含む腐食環境や電位が印加される使用環境における耐久性が著しく向上する。
【0087】
なお、所要の水溶液中で不動態化処理と安定化処理の双方を施さない場合には、初期の接触抵抗は低いが、劣化促進試験の後に、摂政抵抗が約30mΩ・cm2以上へと増加してしまう。
【0088】
それ故、本発明材において、劣化促進試験後の接触抵抗は20mΩ・cm2以下である。好ましくは10mΩ・cm2以下である。より好ましくは8mΩ・cm2以下である。
【0089】
次に、本発明材の製造方法の一例について説明する。
【0090】
チタン基材となる箔を製造する際には、その表面に、チタンの炭化物、窒化物、及び/又は、炭窒化物が生成し難いように、上述した成分設計を実施するとともに、冷間圧延、洗浄(酸洗も含む)、焼鈍(雰囲気、温度、時間など)の各条件を選択して行う。必要に応じて、焼鈍に次いで、硝ふっ酸水溶液(例えば、3.5質量%のふっ化水素+4.5質量%の硝酸)で酸洗洗浄する。
【0091】
その後、チタン基材に、(x)非酸化性の酸である塩酸や硫酸に浸漬する、(y)カソード電
解する、及び、(z)水素含有雰囲気で熱処理する、のいずれかの処理を施し、チタン又はチタン合金材の表層にチタン水素化物(TiH、TiH1.5、TiH2)を形成する。
【0092】
チタン基材の内部まで多量な水素化物が形成されると基材全体が脆化してしまう可能性があるので、比較的表面近傍のみに水素を濃化させることができる(x)非酸化性の酸である塩酸や硫酸に浸漬する方法が好ましい。
【0093】
次いで、チタン水素化物が形成された表層に不動態化処理を施す。不動態化処理は、例えば、チタン基材を、所定温度の硝酸、又は、無水クロム酸を含む混合水溶液で、例えば、硝酸30質量%を含む水溶液、又は、無水クロム酸25質量%と硫酸50質量%を含む混合水溶液に所定時間浸漬して行う。この不動態処理により、チタン基材の最表面に安定な不動態化した酸化チタン皮膜が形成されて、腐食が抑制される。
【0094】
上記水溶液の温度は、生産性の向上のため50℃以上が好ましい。より好ましくは60℃以上、さらに好ましくは85℃以上である。温度の上限は120℃が好ましい。浸漬時間は、水溶液の温度にもよるが、一般に0.5〜1分以上である。好ましくは1分以上である。浸漬時間の上限は45分が好ましく、より好ましくは30分程度である。
【0095】
さらに、不動態化処理を施した後、酸化チタン皮膜を安定化するため、所定温度の安定化処理液を用い、所定時間、安定化処理を行う。
【0096】
安定化処理液は、アミン系化合物、アミノカルボン酸系化合物、リン脂質、澱粉、カルシウムイオン、ポリエチレングリコールのいずれか1種又は2種以上を含む、天然由来物や人工合成物である、米粉、小麦粉、片栗粉、とうもろこし粉、大豆粉、酸洗腐蝕抑制剤などを含む水溶液である。
【0097】
例えば、酸洗腐蝕抑制剤[スギムラ化学工業株式会社製ヒビロン(登録商標第4787376号)AS−25C]を含む水溶液を用いることができる。安定化処理は、45〜100℃の安定化処理液を用いて、1〜10分行うのが好ましい。
【0098】
本発明材は、以上説明したように、優れた導電性と耐久性を備えており、燃料電池用セパレータ用の基材として極めて有用である。
【0099】
本発明材を基材とする燃料電池セパレータは、当然ながら、本発明材の表面をそのまま活かして使ったものである。
【0100】
本発明材の表面に、さらに、金などの貴金属系金属、炭素又は炭素含有導電性被膜を形成する場合も想定される。その場合、本発明材を基材とする燃料電池セパレータにおいては、金などの貴金属系金属や炭素膜又は炭素含有被膜に欠陥があっても、その直下に、本発明材の接触導電性と耐食性に優れた表面が存在するので、チタン基材の腐食が従来以上に抑制される。
【0101】
本発明材を基材とする燃料電池セパレータは、表面が従来のカーボンセパレータと同水準の接触導電性と耐久性を有し、さらに、割れ難いので、燃料電池の品質と寿命を長期にわたって保障することができる。
【実施例】
【0102】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0103】
(実施例1)
本発明中間材と本発明合金材の表面性状、及び、接触特性を確認するため、チタン又はチタン合金材(以下「チタン基材」という。)、前処理、水素処理(水素化物形成処理)、不動態化処理、及び、安定化処理の諸条件を変化させて、試験材を作製し、チタン基材の表面性状をX線回折で調査するとともに、劣化促進試験で接触導電性を測定した。X線回折結果は図3に示すとおりである。測定結果を諸条件とともに、表1〜7に示す。
【0104】
[チタン基材]
チタン基材(素材)は以下のとおりである。
【0105】
M01:チタン(JIS H 4600 1種TP270C)工業用純チタン1種
M02:チタン(JIS H 4600 3種TP480C)工業用純チタン2種
M03:チタン合金(JIS H 4600 61種) 2.5〜3.5質量%Al−2〜3質量%V−Ti
M04:チタン合金(JIS H 4600 16種) 4〜6質量%Ta−Ti
M05:チタン合金(JIS H4600 17種) 0.04〜0.08質量%Pd−Ti
M06:チタン合金(JIS H4600 19種) 0.04〜0.08質量%Pd−0.2〜0.8質量%Co−Ti
M07:チタン合金(JIS H4600 21種) 0.04〜0.06質量%Ru−0.4〜0.6質量%Ni−Ti
M08:チタン合金 0.02質量%Pd−0.002質量%Mm−Ti
ここで、Mmは分離精製前の混合希土類元素(ミッシュメタル)であり、使用したMmの組成は、55質量%Ce、31質量%La、10質量%Nd、4質量%Prである。
M09:チタン合金 0.03質量%Pd−0.002質量%Y−Ti
M10:チタン合金(JIS H4600 11種) 0.12〜0.25質量%Pd−Ti
注)JIS規格以外のチタン合金であるM08,M09は、実験室的に溶製し、熱延及び冷延して得た基材であることを意味する。
【0106】
[前処理]
チタン基材の前処理は以下のとおりである。
【0107】
P01:厚さ0.1mmまで冷間圧延し、アルカリ洗浄した後、Ar雰囲気にて800℃で20秒の光輝焼鈍を施し、その後、硝ふっ酸酸洗にて表面を洗浄
P02: 厚さ0.1mmまで冷間圧延し、硝ふっ酸酸洗にて洗浄し圧延油を除去した後、Ar雰囲気にて800℃で20秒の光輝焼鈍
P03:厚さ0.1mmまで冷間圧延し、アルカリ洗浄した後、Ar雰囲気にて800℃で20秒の光輝焼鈍
【0108】
なお、P01,P02の硝ふっ酸による表面洗浄は、ふっ化水素(HF)が3.5質量%、硝酸(HNO)が4.5質量%の水溶液に、45℃で1分間浸漬した。表面から約5μm深さを溶かした。
【0109】
[水素化物形成処理]
(x)酸洗
H01:濃度30質量%の塩酸水溶液
H02:濃度30質量%の硫酸水溶液
(y)カソード電解処理
H03:pH1の硫酸水溶液、電流密度1mA/cm2
(z)水素含有雰囲気中での熱処理
H04:20%水素+80%Arガスの雰囲気(450℃)
【0110】
[不動態化処理]
不働態化処理に使用した水溶液は以下のとおりである。
【0111】
A01:硝酸30質量%を含む水溶液
A02:硝酸20質量%を含む水溶液
A03:硝酸10質量%を含む水溶液
A04:硝酸5質量%を含む水溶液
A05:無水クロム酸25質量%と硫酸50質量%を含む混合水溶液
A06:無水クロム酸15質量%と硫酸50質量%を含む混合水溶液
A07:無水クロム酸15質量%と硫酸70質量%を含む混合水溶液
A08:無水クロム酸5質量%と硫酸50質量%を含む混合水溶液
A09:無水クロム酸5質量%と硫酸70質量%を含む混合水溶液。
注)いずれも固形分が生じた場合には、液中に分散した状態のまま使用した。
注)水溶液の温度は、40〜120℃、浸漬処理時間は、0.5〜25分の範囲で変化させた。
【0112】
[安定化処理]
安定化処理に使用した水溶液は以下のとおりである。
【0113】
B01:米粉0.25質量%、残部イオン交換水
B02:小麦粉0.25質量%、残部イオン交換水
B03:片栗粉0.25質量%、残部イオン交換水
B04:とうもろこし粉0.25質量%、残部イオン交換水
B05:大豆粉0.25質量%、残部イオン交換水
B06:ポリエチレングリコール0.02質量%、米粉0.05質量%、炭酸カルシウム0.0001質量%、水酸化カルシウム0.0001質量%、酸化カルシウム0.0001質量%、残部蒸留水
B07:酸洗腐蝕抑制剤[スギムラ化学工業株式会社製ヒビロン(登録商標第4787376号) AS−20K] 0.10質量%、残部イオン交換水
B08:酸洗腐蝕抑制剤[スギムラ化学工業株式会社製ヒビロン(登録商標第4787376号)AS−35N]0.05質量%、残部イオン交換水
B09:酸洗腐蝕抑制剤[スギムラ化学工業株式会社製ヒビロン(登録商標第4787376号)AS−25C]0.08質量%、残部水道水
B10:酸洗腐蝕抑制剤[スギムラ化学工業株式会社製ヒビロン(登録商標第4787376号)AS−561]0.10質量%、残部水道水
B11:酸洗腐蝕抑制剤[スギムラ化学工業株式会社製ヒビロン(登録商標第4787376号)AS−561]0.30質量%、残部水道水
B12:酸洗腐蝕抑制剤[キレスト株式会社製キレスビット(登録商標第4305166号)17C−2]0.01質量%、残部井戸水
B13:酸洗腐蝕抑制剤(朝日化学工業株式会社製イビット(登録商標第2686586号) ニューハイパーDS−1)0.04質量%、残部工業用水
注)いずれも固形分が生じた場合には、液中に分散した状態のまま使用した。
注)水溶液の温度は、45〜100℃、浸漬処理時間は、1〜10分の範囲で変化させた。
【0114】
[劣化試験]
劣化試験1:2ppmのFイオンを含んだ80℃のpH3の硫酸溶液中にて4日間浸漬して行う。
劣化試験2:80℃のpH3の硫酸溶液中にて、電位1.0V(vs SHE)を24時間印加して行う。
【0115】
[評価判定]
接触抵抗の増加量において、◎は4mΩcm2以下、○は4mΩcm2超で10mΩcm2以下、×は10mΩcm2超とする。なお、上述の条件で測定した接触抵抗の値は、◎の場合には10mΩcm2以下、○の場合には10超で20mΩcm2以下、×の場合には20mΩcm2超であった。
【0116】
上記条件を変えて作製した試験材から、所要の大きさの試験片を採取し、表面の特徴を計測するとともに、劣化試験1,2を行って接触導電性を測定した。測定結果を、諸条件とともに、表1〜7に示す。なお、表中の表面の特徴のうち、C,N,Bの濃度(XPSの結果)は、表面をアルゴンにて5nmスパッタした後のX線光電子分法(XPS)で分析した結果、○がCが10原子%以下かつNが1原子%以下かつBが1原子%以下、×がこれら元素のいずれか上記濃度を超えている場合である。
【0117】
チタン基材と前処理の条件を変化えた場合の結果を、表1に示す。
【0118】
【表1】
【0119】
水素化物形成処理において、処理方法、処理時間および処理温度を変えた場合の結果を
、表2に示す。
【0120】
【表2】
【0121】
不動態化処理において、処理時間と処理温度を変えた場合の結果を、表3に示す。
【0122】
【表3】
【0123】
不動態化処理において、処理液を変えた場合の結果を、表4に示す。
【0124】
【表4】
【0125】
安定化処理において、処理液を変えた場合の結果を、表5に示す。
【0126】
【表5】
【0127】
安定化処理において、処理温度を変えた場合の結果を、表6に示す。
【0128】
【表6】
【0129】
各種条件を変えた場合の結果を、表7に示す。
【0130】
【表7】
【0131】
表1〜7から、発明例の接触導電性は、比較例(従来材)の接触導電性に比べ、格段に優れていることが解る。
【産業上の利用可能性】
【0132】
前述したように、本発明によれば、対カーボン接触導電性と耐久性に優れた燃料電池セパレータ用チタン又はチタン合金材と、対カーボン接触導電性と耐久性に優れた燃料電池セパレータを提供することができる。この燃料電池セパレータを用いれば、燃料電池の寿命を大幅に伸ばすことができる。よって、本発明は、電池製造産業において利用可能性が高いものである。
【符号の説明】
【0133】
1 Ti(チタン又はチタン合金材)
2 酸化チタン皮膜
【要約】
チタン又はチタン合金の表面において、表面への入射角0.3°で測定したX線回折ピークにて金属チタンの最大強度(ITi)とチタン水素化物の最大強度(ITi-H)から求めたチタン水素化物の構成率[ITi-H/(ITi+ITi-H)]×100が55%以上であり、その最表面に酸化チタン皮膜が形成されており、かつ、表面をアルゴンで5nmスパッタした位置でCが10原子%以下、Nが1原子%以下、Bが1原子%以下にする。さらに、前記酸化チタン皮膜が、所定の水溶液中で、不動態化処理を施した後に安定化処理して形成された厚さ3〜10nmである。
図1
図2
図4
図3