特許第5791171号(P5791171)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5791171第1染色体長腕24領域、NEURL遺伝子、またはCUX2遺伝子の一塩基多型に基づく不整脈の検査方法
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  • 特許5791171-第1染色体長腕24領域、NEURL遺伝子、またはCUX2遺伝子の一塩基多型に基づく不整脈の検査方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5791171
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】第1染色体長腕24領域、NEURL遺伝子、またはCUX2遺伝子の一塩基多型に基づく不整脈の検査方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20150917BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20150917BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C12Q1/68 A
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-44157(P2011-44157)
(22)【出願日】2011年3月1日
(65)【公開番号】特開2012-179008(P2012-179008A)
(43)【公開日】2012年9月20日
【審査請求日】2014年2月25日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度 文部科学省、科学技術試験研究「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100100549
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 嘉之
(74)【代理人】
【識別番号】100090516
【弁理士】
【氏名又は名称】松倉 秀実
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 浩一
(72)【発明者】
【氏名】田中 敏博
【審査官】 柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】 Eur. Heart J., (2009), 30, [7], p.813-819
【文献】 Circulation, (2010), 122, [10], p.976-984
【文献】 Circ. Arrhythm. Electrophysiol., (2011.02), 4, [1], p.87-93
【文献】 Cardiovasc. Res., (2005), 67, [3], p.520-528
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
C12Q 1/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
BIOSIS/MEDLINE(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1〜20のいずれかの塩基配列の塩基番号61番目の塩基に相当する一塩基多型を分析し、該分析結果に基づいて
配列番号1の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でCの場合;
配列番号2の61番目の塩基に相当する塩基がヘテロ接合又はホモ接合でCの場合;
配列番号3の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号4の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号5の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号6の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号7の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でCの場合;
配列番号8の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でGの場合;
配列番号9の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でGの場合;
配列番号10の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でGの場合;
配列番号11の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号12の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号13の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号14の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でAの場合;
配列番号15の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でGの場合;
配列番号16の61番目の塩基に相当する塩基がヘテロ接合又はホモ接合でAの場合;
配列番号17の61番目の塩基に相当する塩基がヘテロ接合又はホモ接合でAの場合;
配列番号18の61番目の塩基に相当する塩基がヘテロ接合又はホモ接合でGの場合;
配列番号19の61番目の塩基に相当する塩基がヘテロ接合又はホモ接合でGの場合;又は、
配列番号20の61番目の塩基に相当する塩基がホモ接合でGの場合;
不整脈の発症または罹患リスクが高いと判定される、不整脈の発症および/または罹患リスクの判定方法
【請求項2】
前記不整脈が心房細動である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
配列番号1〜20から選ばれる塩基配列において、塩基番号61番目の塩基を含む15塩基以上の配列、又はその相補配列を有する不整脈検査用プローブであって、
配列番号1の61番目の塩基に相当する塩基がC;
配列番号2の61番目の塩基に相当する塩基がC;
配列番号3の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号4の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号5の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号6の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号7の61番目の塩基に相当する塩基がC;
配列番号8の61番目の塩基に相当する塩基がG;
配列番号9の61番目の塩基に相当する塩基がG;
配列番号10の61番目の塩基に相当する塩基がG;
配列番号11の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号12の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号13の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号14の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号15の61番目の塩基に相当する塩基がG;
配列番号16の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号17の61番目の塩基に相当する塩基がA;
配列番号18の61番目の塩基に相当する塩基がG;
配列番号19の61番目の塩基に相当する塩基がG;又は、
配列番号20の61番目の塩基に相当する塩基がG;
である、不整脈検査用プローブ
【請求項4】
配列番号1〜20から選ばれる塩基配列において、塩基番号61番目の塩基を含む領域を増幅することのできる不整脈検査用プライマー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心房細動等の不整脈の発症および/または罹患リスクを判定するための検査方法及び該検査方法に用いられる試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
不整脈(Arrhythmia)とは、心拍数や心拍リズムが一定でない症状をいう。不整脈は心拍数等に基づき様々な種類に分類されるが、中でも心房細動(Atrial fibrillation(AF))は、日本を含む多くの国において最も頻繁に見られる不整脈の一種である。心房細動とは、心房の脈数が不規則で、かつ高頻度になる症状をいい、罹患率・死亡率(morbidity and mortality)の増大を伴う。心房細動の危険因子としては、性別、年齢、高血圧、肥満、および他の心疾患が知られており、よってこれら危険因子に関連する遺伝要因は、心房細動のリスクを予測するための判断材料になる。また、心房細動の家系には固有の遺伝要因が存在すると考えられ、よって心房細動の家族歴が陽性であることは上記危険因子とは別個に心房細動のリスクを予測するための判断材料になる。
【0003】
心房細動の家系研究により、イオンチャンネルをコードするいくつかの遺伝子における変異が心房細動に関連して見出されたが、それらの変異は心房細動の全症例に当てはまるわけではなかった。
【0004】
近年、ゲノムワイド相関解析(GWAS)によって心房細動の発症に関連する遺伝子や一塩基多型(SNPs)を同定する試みがなされている。欧米人被検者を用いたGWASにより、これまでに、心房細動感受性をもたらす遺伝変異が染色体上のいくつかの箇所に存在することが示唆されている(非特許文献1〜5)。心房細動に関連するさらなる遺伝変異の同定や、心房細動に関連する複雑な遺伝要因を理解するためには、日本人等のアジア人やそれ以外の人種についてもGWASを行う必要がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Gudbjartsson DF. et. al., Nature. 2007 Jul 19;448(7151):353-357
【非特許文献2】Gudbjartsson DF. et. al., Nat Genet. 2009 Aug;41(8):876-878
【非特許文献3】Benjamin EJ. et. al., Nat Genet. 2009 Aug;41(8):879-881
【非特許文献4】Holm H. et. al., Nat Genet. 2010 Feb;42(2):117-122
【非特許文献5】Ellinor PT. et. al., Nat Genet. 2010 Mar;42(3):240-244
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、心房細動等の不整脈の発症リスクや発症を正確に検査する方法、及び該方法に用いられる検査試薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題の解決のために鋭意検討した結果、第1染色体長腕24領域、NEURL遺伝子、またはCUX2遺伝子に存在する一塩基多型(SNP)が心房細動と相関することを同定した。そして、これらの多型を調べることにより心房細動等の不整脈の発症リスクや発症の推定を正確に実施できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]
以下の(1)〜(3)のいずれかの領域に存在する一塩基多型を分析し、該分析結果に基づいて不整脈を検査することを特徴とする、不整脈の発症および/または罹患リスクの判定方法。
(1)第1染色体長腕24領域
(2)NEURL遺伝子
(3)CUX2遺伝子
[2]
前記一塩基多型が、配列番号1、2、または3の塩基配列の塩基番号61番目の塩基に相当する塩基、または該塩基と連鎖不平衡の関係にある塩基における一塩基多型である、[1]に記載の方法。
[3]
前記連鎖不平衡の関係にある塩基が、配列番号4〜20から選ばれる塩基配列の塩基番号61番目の塩基に相当する塩基である、[2]に記載の方法。
[4]
前記不整脈が心房細動である、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
配列番号1〜20から選ばれる塩基配列において、塩基番号61番目の塩基を含む10塩基以上の配列、又はその相補配列を有する不整脈検査用プローブ。
[6]
配列番号1〜20から選ばれる塩基配列において、塩基番号61番目の塩基を含む領域を増幅することのできる不整脈検査用プライマー。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、これまで予測が困難であった不整脈の発症リスク(罹患リスク)を正確かつ簡便に予測することができる。また、不整脈の発症を正確かつ簡便に判定することができる。したがって、本発明は不整脈の予防や早期治療に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】ヒト第1染色体長腕24領域(1q24領域)の連鎖不平衡(LD)マップおよび遺伝子を示す図。下向きの矢印は、rs639652の位置を示す。上段はHapMapプロジェクトの日本人のデータベース(JPT)に基づくLDマップ、下段はヨーロッパ人のデータベース(CEU)に基づくLDマップ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<1>本発明の方法
本発明の方法は、ヒトの第1染色体長腕24領域、NEURL遺伝子、またはCUX2遺伝子に存在するSNPを分析し、該分析結果に基づいて不整脈を検査することを特徴とする、不整脈の発症および/または罹患リスクの判定方法である。なお、本発明において、「検査」とは不整脈の発症リスクの検査及び不整脈の発症の有無の検査を含む。本発明の方法においては、SNPの分析結果を、不整脈の発症リスクおよび/または発症の有無と関連付ける。
【0012】
不整脈としては、頻脈性不整脈、徐脈性不整脈、期外収縮が挙げられる。頻脈性不整脈としては、洞性頻脈、心室性頻拍、心房細動、心房粗動、多源性心房頻拍、心室細動、心室粗動、上室性頻拍が挙げられる。徐脈性不整脈としては、洞房ブロック、房室ブロック、接合部性調律、洞不全症候群、呼吸性不整脈、脚ブロックが挙げられる。期外収縮としては、心房性期外収縮、心室性期外収縮が挙げられる。これらの中では、心房細動を検査するのが好ましい。
【0013】
ヒト第1染色体長腕24領域(1q24領域)に存在する具体的なSNPとしては、ヒトrs639652を挙げることができる。ここで、rs番号はNational Center for Biotechnology InformationのdbSNPデータベース(http//www.ncbi.nlm.nih.gov/projects/SNP/)の登録番号を示す。rs639652はGenBank Accession No. NT_004487.18の21103228番目の塩基におけるシトシン(C)/チミン(T)の多型を意味する。リスクアレルはCであるが、このSNPと不整脈との関連は劣性モデルであるため、ホモ接合であるCCの場合のみ不整脈の可能性または発症リスクが高くなる。
【0014】
また、染色体1q24領域においてrs639652の近傍にはPRRX1遺伝子が存在する。PRRX1遺伝子は、ペア型ファミリーに属するホメオボックスタンパク質をコードし、各種遺伝子の発現や筋肉の発生に関与する。rs639652は、PRRX1遺伝子のプロモーター領域に位置し、よって、PRRX1遺伝子の発現に関わると考えられる。したがって、PRRX1遺伝子に存在するSNPを解析することによっても不整脈を検査することができる。PRRX1遺伝子としては、具体的には、GenBank Accession No. NC_000001.10の170633313〜170708541の領域が挙げられる。
【0015】
NEURL遺伝子は、ヒト第10染色体長腕25.1領域(10q25.1領域)に存在する。NEURL遺伝子としては、具体的には、GenBank Accession No. NC_000010.10の105253735〜105352309の領域が挙げられる。
【0016】
NEURL遺伝子に存在する具体的なSNPとしては、ヒトrs6584555を挙げることができる。rs6584555はGenBank Accession No. NT_030059.12の24048137番目の塩基におけるシトシン(C)/チミン(T)の多型を意味し、この塩基がCである場合は不整脈の可能性または発症リスクが高い。また、アレルを考慮して解析した場合は、rs6584555がCC>CT>TTの順で不整脈の可能性または発症リスクが高い。
【0017】
CUX2遺伝子は、cut-likeホメオボックス2タンパク質をコードし、ヒト第12染色体長腕24領域(12q24領域)に存在する。CUX2遺伝子としては、具体的には、GenBank Accession No. NC_000012.11の111471828〜111788358の領域が挙げられる。
【0018】
CUX2遺伝子に存在する具体的なSNPとしては、ヒトrs6490029を挙げることができる。rs6490029はGenBank Accession No. NT_009775.16の2267966番目の塩基におけるアデニン(A)/グアニン(G)の多型を意味する。リスクアレルはAであるが、このSNPと不整脈との関連は劣性モデルであるため、ホモ接合であるAAの場合のみ不整脈の可能性または発症リスクが高くなる。
【0019】
なお、rs639652、rs6584555、およびrs6490029について、SNP塩基及びその前後60bpの領域を含む合計121bpの長さの配列を、それぞれ配列番号1、2、および3に示した。61番目の塩基が多型を有する。
【0020】
本発明においては、上記塩基に相当する塩基を解析する。「上記塩基に相当する塩基」とは、上記領域における該当塩基を意味する。すなわち、「上記塩基に相当する塩基を解析する」ことには、仮に人種の違いなどによって上記配列がSNP以外の位置で若干変化したとしても、上記領域における該当塩基を解析することが含まれる。
【0021】
また、本発明において解析する塩基は上記のものに限定されず、上記の塩基と連鎖不平衡にある塩基の多型を分析してもよい。ここで「上記の塩基と連鎖不平衡にある塩基」とは、上記の塩基とr2>0.5、好ましくはr2>0.8、さらに好ましくはr2>0.9の関係を満たす塩基をいう。また上記の塩基と連鎖不平衡にある塩基は、例えば、HapMapデータベース(http://www.hapmap.org/index.html.ja)等を用いて同定することができる。もしくは、複数人(通常は20−40人程度)から採取したDNAをシークエンサーにて配列解析し、連鎖不平衡にあるSNPを探索することにより同定することもできる。
【0022】
rs639652とr2>0.8で連鎖不平衡にある塩基としては、rs12760630、rs736791、rs541557、rs577676、rs763567、rs6658866、rs3903239、rs6677540、rs2022372、rs1234275、rs12755237、およびrs593560が挙げられる。これらSNP塩基及びその前後60bpの領域を含む合計121bpの長さの配列を、それぞれ配列番号4〜15に示した。61番目の塩基が多型を有する。これらSNPと不整脈との関連は劣性モデルであるため、リスクアレルのホモ接合である場合のみ不整脈の可能性または発症リスクが高くなる。
【0023】
rs6584555とr2>0.8で連鎖不平衡にある塩基としては、rs7904046、rs6584554、rs6584557、およびrs7069733が挙げられる。これらSNP塩基及びその前後60bpの領域を含む合計121bpの長さの配列を、それぞれ配列番号16〜19に示した。61番目の塩基が多型を有する。これらSNPは、リスクアレルのホモ接合体 > リスクアレルと非リスクアレルのへテロ接合体 > 非リスクアレルのホモ接合体の順で不整脈の可能性または発症リスクが高い。
【0024】
rs6490029とr2>0.8で連鎖不平衡にある塩基としては、rs916682が挙げられる。このSNP塩基及びその前後60bpの領域を含む合計121bpの長さの配列を、配列番号20に示した。61番目の塩基が多型を有する。このSNPと不整脈との関連は劣性モデルであるため、リスクアレルのホモ接合である場合のみ不整脈の可能性または発症リスクが高くなる。
【0025】
rs639652、rs6584555、またはrs6490029とr2>0.8で連鎖不平衡にある各塩基について、そのアレルの組み合わせ、およびリスクアレルを表1に示す。
【0026】
【表1】
【0027】
上記SNPの塩基の種類を調べ、得られた結果を上記のような基準に基づいて不整脈と関連付けることにより、不整脈を検査することができる。上記SNPは単独で解析されてもよいし、上記SNPの少なくとも1つを含む複数のSNPsをまとめて解析(ハプロタイプ解析)してもよい。例えば、上記SNPの複数をまとめて解析してもよいし、上記SNPの少なくとも1つと、不整脈と相関する既知のSNPs(非特許文献1〜5)や既知のSNPsと連鎖不平衡にあるSNPsとを組み合わせて解析してもよい。不整脈と相関する複数のSNPsをまとめて解析すれば、不整脈の検査の精度が向上する。なお、いずれのSNPも、二本鎖DNAのどちらの鎖を解析してもよい。例えば、PRRX1遺伝子、NEURL遺伝子、またはCUX2遺伝子の配列はセンス鎖を解析してもよいし、アンチセンス鎖を解析してもよい。
【0028】
SNPの解析に用いる試料としては、染色体DNAを含む試料であれば特に制限されないが、例えば、血液、尿等の体液サンプル、口腔粘膜などの細胞、毛髪等の体毛などが挙げられる。SNPの解析にはこれらの試料を直接使用することもできるが、これらの試料から染色体DNAを常法により単離し、これを用いて解析することが好ましい。
【0029】
SNPの解析は、通常の遺伝子多型解析方法によって行うことができる。例えば、シークエンス解析、PCR、ハイブリダイゼーション、インベーダー法などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0030】
シークエンス解析は通常の方法により行うことができる。具体的には、多型を示す塩基の5’側 数十塩基の位置に設定したプライマーを使用してシークエンス反応を行い、その解析結果から、該当する位置がどの種類の塩基であるかを決定することができる。なお、シークエンス反応の前に、あらかじめSNP部位を含む断片をPCRなどによって増幅しておくことが好ましい。
【0031】
また、SNPの解析は、PCRによる増幅の有無を調べることによって行うことができる。例えば、多型を示す塩基を含む領域に対応する配列を有し、かつ、3’末端が各多型に対応するプライマーをそれぞれ用意する。それぞれのプライマーを使用してPCRを行い、増幅産物の有無によってどのタイプの多型であるかを決定することができる。また、LAMP法(特許第3313358号明細書)、NASBA法(Nucleic Acid Sequence-Based Amplification;特許2843586号明細書)、ICAN法(特開2002−233379号公報)などによって増幅の有無を調べることもできる。その他、単鎖増幅法を用いてもよい。
【0032】
また、SNP部位を含むDNA断片を増幅し、増幅産物の電気泳動における移動度の違いによってどのタイプの多型であるかを決定することもできる。このような方法としては、例えば、PCR−SSCP(single-strand conformation polymorphism)法(Genomics. 1992 Jan 1; 12(1): 139-146.)が挙げられる。具体的には、まず、目的のSNPを含むDNAを増幅し、増幅したDNAを一本鎖DNAに解離させる。次いで、解離させた一本鎖DNAを非変性ゲル上で分離し、分離した一本鎖DNAのゲル上での移動度の違いによってどのタイプの多型であるかを決定することができる。
【0033】
さらに、多型を示す塩基が制限酵素認識配列に含まれる場合は、制限酵素による切断の有無によって解析することもできる(RFLP法)。この場合、まず、DNA試料を制限酵素により切断する。次いで、DNA断片を分離し、検出されたDNA断片の大きさによってどのタイプの多型であるかを決定することができる。
【0034】
また、ハイブリダイゼーションの有無を調べることによって多型の種類を解析することも可能である。すなわち、各塩基に対応するプローブを用意し、いずれのプローブにハイブリダイズするかを調べることによってSNPがいずれの塩基であるかを調べることもできる。
【0035】
このようにしてSNPがいずれの塩基であるかを決定することで、不整脈を検査するためのデータを得ることができる。
【0036】
<2>本発明の検査用試薬
本発明はまた、不整脈を検査するためのプライマーやプローブなどの検査試薬を提供する。このようなプローブとしては、上記SNP部位を含み、ハイブリダイズの有無によってSNP部位の塩基の種類を判定できるプローブが挙げられる。具体的には、配列番号1〜20から選ばれる塩基配列の61番目の塩基を含む配列、又はその相補配列を有する10塩基以上の長さのプローブが挙げられる。プローブの長さは好ましくは、15〜35塩基であり、より好ましくは20〜35塩基である。
【0037】
また、プライマーとしては、上記SNP部位を増幅するためのPCRに用いることのできるプライマー、又は上記SNP部位を配列解析(シークエンシング)するために用いることのできるプライマーが挙げられる。具体的には、配列番号1〜20から選ばれる塩基配列の61番目の塩基を含む領域を増幅したりシークエンシングしたりすることのできるプライマーが挙げられる。このようなプライマーの長さは10〜50塩基が好ましく、15〜35塩基がより好ましく、20〜35塩基がさらに好ましい。
【0038】
上記SNP部位をシークエンシングするためのプライマーとしては、上記塩基の5’側領域、好ましくは30〜100塩基上流の配列を有するプライマーや、上記塩基の3’側領域、好ましくは30〜100塩基下流の領域に相補的な配列を有するプライマーが例示される。PCRによる増幅の有無で多型を判定するために用いるプライマーとしては、上記塩基を含む配列を有し、上記塩基を3’側に含むプライマーや、上記塩基を含む配列の相補配列を有し、上記塩基の相補塩基を3’側に含むプライマーなどが例示される。
【0039】
なお、本発明の検査用試薬はこれらのプライマーやプローブに加えて、PCR用のポリメラーゼやバッファー、ハイブリダイゼーション用試薬などを含むものであってもよい。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0041】
(1)心房細動と相関するSNPsの同定
心房細動感受性を決定する遺伝的変異を同定するために、日本人被検者を用いてゲノムワイド相関解析(GWAS)を行った。GWASとは、疾患等の表現型に関わる遺伝的変異を探索する遺伝統計学的手法である。例えば、ヒトゲノム全体を網羅するような数十万〜100万ヶ所のSNPsを用いて、ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(コントロール)との間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定することで、疾患と関連する遺伝的変異を見出すことができる。
【0042】
<被検者>
GWASの1次試験に用いた心房細動の全被検者(ケース(Case))、および2次試験に用いた心房細動のほとんどの被検者は、東京大学医科学研究所のBioBank Japan (BBJ) (Nakamura, Y. The BioBank Japan Project. Clin Adv Hematol Oncol 5, 696-7 (2007))
に登録された心房細動の患者群から、臨床診断を経て採用した。2次試験に用いた心房細動の一部の被検者は、東京医科歯科大学の循環器内科から得た。なお、心房細動の被検者は全て、標準12誘導心電図(12-lead electrocardiogram(ECG))により心房細動であると診断された。
【0043】
GWASの1次試験の対照被検者(コントロール(control))としては、BBJに登録された2444名の心房細動以外の疾患の患者、および大阪御堂筋ロータリークラブで募集した906名の健康なボランティアを用いた。2次試験の対照被検者としては、BBJに登録された17190名の心房細動以外の疾患の患者を用いた。
【0044】
被検者について集団の階層化(population stratification)が認められないことを主成分分析(PCA)により確認した。すなわち、心房細動の被検者と対照被検者には、心房細動に相関する遺伝的要因以外には遺伝的相違が存在しないものとする。
【0045】
本研究は東京大学医科学研究所および理化学研究所横浜研究所の倫理委員会によって承認され、全ての参加者、あるいは参加者が20歳未満の場合はその両親からインフォームドコンセントを得た。
【0046】
<統計解析>
GWASの1次試験および2次試験において、常染色体上の各SNPと心房細動との相関は、コクラン・アーミテージ傾向検定(Cochran-Armitage trend test)により評価した。1次試験および2次試験を組み合わせた統計解析は、マンテル・ヘンツェル(Mantel-Haenszel)法により行った。
【0047】
<GWASの1次試験>
心房細動の被検者843名の遺伝型は、Human610-Quad BeadChip(Illumina社)を用いて解析した。対照被検者3350名の遺伝型は、HumanHap550v3 Genotyping BeadChip(Illumina社)を用いて解析した。対照被検者においてマイナーアレル頻度(MAFs)>0.01を満たす常染色体上の約43万個のSNPsについて相関解析を行った。
【0048】
GWASの結果、第4染色体長腕25領域のPITX2遺伝子近傍に位置するrs1906599が、ゲノムワイドな有意性(genome-wide significance)の閾値として設定されたP<1.0×10-7を満たし、心房細動と有意に相関することが確認された(表1)。rs1906599が存在する領域は、既に欧米人において心房細動との相関が報告されている。
【0049】
【表2】
「AF」は心房細動被検者、「CO」は対照被検者を示す。
「1」はメジャーアレル、「2」はマイナーアレルを示す。すなわち、「11」はメジャーアレルのホモ、「12」はヘテロ、「22」はマイナーアレルのホモを示す。
「OR」は、信頼区間(Confidence Interval;CI)95%でのアレルのオッズ比(Odds Ratio;OR)を示す。
【0050】
<GWASの2次試験>
1次試験の結果を検証するため、心房細動の被検者1600名と対照被検者17190名を用いて2次試験を行った。前立腺癌の被検者の遺伝型は、multiplex-PCR invader assay(Third Wave Technologies)(Ohnishi, Y. et al. J Hum Genet 46, 471-7 (2001))により解析した。対照被検者の遺伝型は、Human610-Quad BeadChip(Illumina社)を用いて解析した。なお、被検者はいずれもGWASに用いた被検者とは独立である。
【0051】
2次試験に用いるSNPsとして、GWASの1次試験においてP値の低い上位500個のSNPsを選択した。これら500個のSNPs間での連鎖不平衡係数(linkage disequilibium(LD)coefficient)(r2)を算出し、他のSNPとr2>0.8で高度に連鎖する150個のSNPsを除外した350個のSNPsを2次試験に供した。
【0052】
1次試験および2次試験のメタ解析の結果、さらに5ヶ所のSNPsが、ゲノムワイドな有意性(genome-wide significance)の閾値として設定されたP<1.0×10-7を満たし、心房細動と有意に相関することが見出された(表1)。当該5ヶ所のSNPsは、第1染色体長腕24領域(1q24領域)のrs639652、第10染色体長腕25.1領域(10q25.1領域)のrs6584555、第12染色体長腕24領域(12q24領域)のrs6490029、第7染色体長腕31領域(7q31領域)のrs6466579、および第16染色体長腕22領域(16q22領域)のrs12932445である。
【0053】
これらの内、rs6466579が位置するCAV1/CAV2遺伝子、およびrs12932445が位置するZFHX3遺伝子は、既に欧米人において心房細動との相関が報告されている。
【0054】
rs639652(P=1.1×10-9)は、染色体の1q24領域に位置し、具体的には、PRRX1遺伝子のプロモーター領域に位置していた。したがって、当該SNPはPRRX1遺伝子の発現に関連すると考えられる。rs639652の近傍領域約200kbの連鎖不平衡(LD)マップを図1に示す。LDマップは、HapMapプロジェクトの日本人のデータベース(JPT)およびヨーロッパ人のデータベース(CEU)それぞれに基づき、Haploview Software(Barrett, J. et al. Bioinformatics 21, 263.265 (2005))を用いて作製した。
【0055】
PRRX1遺伝子は、ペア型ファミリーに属するホメオボックスタンパク質をコードする。Prrx1タンパク質は共活性化因子(co-activator)であり、血清応答因子(serum response factor)のDNA結合能を向上させる(Grueneberg DA. et. al., Science. 1992 Aug 21; 257(5073): 1089-95)。血清応答因子は、成長因子(growth factor)や分化因子(differentiation factor)による各種遺伝子の発現誘導に要求される因子である。よって、PRRX1遺伝子は各種遺伝子の発現誘導に関与している。また、Prrx1タンパク質は、筋肉のクレアチンキナーゼを制御することから、中胚葉における種々のタイプの筋肉の発生に寄与していると考えられる(Cserjesi P. et. al., J Biol Chem. 1994 Jun 17; 269(24): 16740-5)。
【0056】
既に欧米人において心房細動との相関が報告されているPITX2遺伝子はRIEG/PITXホメオボックスファミリーに属する転写因子をコードし、ZFH3遺伝子はジンクフィンガードメインとホメオドメインを有する転写因子をコードする(非特許文献1〜3)。肺静脈と左心房の吻合部位では、心筋が袖状に肺静脈の周囲を取り巻きながら進展しており、この部位の心筋が心房細動を引き起こすことが知られているが、近年、Pitx2欠損マウスでは初期の肺静脈心筋細胞の形成が起こらず、肺静脈心筋が肺静脈に進展しないことが示唆されている(Mommersteeg MT. et. al., Circ Res. 2007 Oct 26; 101(9): 902-9)。また、ZFH3遺伝子はPOU1F1遺伝子の転写活性化に必要であり、POU1F1遺伝子がコードする転写因子はPitx2タンパク質と相互作用してPitx2タンパク質のDNA結合能と転写活性を促進する(Amendt BA. et. al., J Biol Chem. 1998 Aug 7; 273(32): 20066-72)。
【0057】
Prrx1タンパク質とPitx2タンパク質やZfh3タンパク質とは転写因子として類似しており、PRRX1遺伝子は、PITX2遺伝子やZFH3遺伝子と同様に心房細動に関与すると考えられる。
【0058】
rs6584555(P=5.3×10-12)は、染色体の10q25.1領域に位置し、具体的には、NEURL遺伝子に位置していた。
【0059】
rs6490029(P=2.6×10-8)は、染色体の12q24領域に位置し、具体的には、CUX2遺伝子に位置していた。CUX2遺伝子は、cut-likeホメオボックス2タンパク質をコードする。Cux2タンパク質は、ホメオボックス転写因子として機能すると考えられる。
【0060】
また、これらSNPsが位置するいずれの遺伝子間にも、有意な遺伝子間相互作用は認められなかった。
【0061】
以上の通り、心房細動と相関する3個のSNPsが新規に見出された。これらのSNPsは、心房細動等の不整脈の検査に有用である。
図1
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]