(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、溶融時に異方性を示す芳香族ポリエステルとは、90°直交した2枚の偏光板の間にある加熱試料台上にポリエステル試料粉末を置いて昇温していったときに流動可能な温度域において光を透過し得る性質を有するものを意味している。このような芳香族ポリエステルとしては、特公昭56−18016号公報や特公昭55−20008号公報等に示される芳香族ジカルボン酸、芳香族ジオール及び/又は芳香族ヒドロキシカルボン酸やこれらの誘導体からなるもので、場合により、これらと、脂環族ジカルボン酸、脂環族ジオール、脂肪族ジオールやこれらの誘導体との共重合体も含まれる。ここで芳香族ジカルボン酸としては、テレフタル酸、イソフタル酸、4,4’−ジカルボキシジフェニル、2,6−ジカルボキシナフタレン、1,2−ビス(4−カルボキシフェノキシ)エタン等や、これらのアルキル、アリール、アルコキシ、ハロゲン基の核置換体が挙げられる。芳香族ジオールとしては、ヒドロキノン、レゾルシン、4,4’−ジヒドロキシジフェニル、4,4’−ジヒドロキシベンゾフェノン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルメタン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルエタン、2,2−ビス(4−ヒドロキシフェニル)プロパン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルエーテル、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルホン、4,4’−ジヒドロキシジフェニルスルフィド、2,6−ジヒドロキシナフタレン、1,5−ジヒドロキシナフタレン等やこれらのアルキル、アリール、アルコキシ、ハロゲン基の核置換体が挙げられる。芳香族ヒドロキシカルボン酸としては、p−ヒドロキシ安息香酸、m−ヒドロキシ安息香酸、2−ヒドロキシナフタレン−6−カルボン酸、1−ヒドロキシナフタレン−5−カルボン酸等やこれらのアルキル、アリール、アルコキシ、ハロゲン基の核置換体が挙げられる。脂環族ジカルボン酸としては、トランス−1,4−ジカルボキシシクロヘキサン、シス−1,4−ジカルボキシシクロヘキサン等やこれらのアルキル、アリール、ハロゲン基の核置換体が挙げられる。脂環族及び脂肪族ジオールとしては、トランス−1,4−ジヒドロキシシクロヘキサン、シス−1,4−ジヒドロキシシクロヘキサン、エチレングリコール、1,4−ブタンジオール、キシリレンジオール等が挙げられる。
【0011】
これらの組み合わせの中で、本発明において好ましい芳香族ポリエステルとしては、例えば、(1)p−ヒドロキシ安息香酸残基40〜70モル%と上記芳香族ジカルボン酸残基15〜30モル%と芳香族ジオール残基15〜30モル%からなるコポリエステル、(2)テレフタル酸及び/又はイソフタル酸とクロルハイドロキノン、フェニルハイドロキノン、及び/又はハイドロキノンからなるコポリエステル、(3)p−ヒドロキシ安息香酸残基20〜80モル%と2−ヒドロキシナフタレン−6−カルボン酸残基20〜80モル%からなるコポリエステル等が挙げられる。
【0012】
これらの出発原料を用い、本発明にて用いる芳香族ポリエステルを得るには、そのままで、あるいは脂肪族又は芳香族モノカルボン酸又はそれらの誘導体、脂肪族アルコール又はフェノール類又はそれらの誘導体等によるエステル化により、重縮合反応を行う。重縮合反応としては、既知の塊状重合、溶液重合、懸濁重合等を採用することができ、得られたポリマーはそのままで、あるいは粉体状で不活性気体中、又は減圧下に熱処理して紡糸用試料とする。あるいは、一度押出機により造粒して用いてもよい。
【0013】
成分中には、その強力が実質的に低下しない範囲で、他のポリマーあるいは添加剤(顔料、カーボン、熱安定剤、紫外線吸収剤、滑剤、蛍光増白剤等)を含んでいてもよい。
【0014】
本発明における芳香族ポリエステルには、紡糸に適した分子量範囲が存在する。この溶融紡糸条件に適する分子量に対応する物性値として「流動開始温度」を用いる。「流動開始温度」は、島津製作所製のフローテスターCFT−500を用い、径1mm、長さ10mmのノズルで、圧力100kg/cm
2の状態で、芳香族ポリエステル試料を4℃/分で昇温し、試料がノズルを通って流動し、かつ4,800パスカル秒の見かけ粘度を与える温度で定義される。
【0015】
本発明の溶融紡糸に適した芳香族ポリエステルの「流動開始温度」は、305〜325℃が好適である。
【0016】
本発明の製造方法は、例えば、
図1に示すような溶融紡糸装置を用いることにより行う。
図1において、1は紡糸ヘッド、2は紡糸パック、3は紡糸口金、4はヒーター、5は保温筒である。
【0017】
溶融紡糸において、溶融異方性芳香族ポリエステルの溶融押出は公知の方法を用いればよい。溶融異方性芳香族ポリエステルは、溶融紡糸に適するように、通常ペレット化されており、エクストルーダー型の押出機を使用する。
押出された樹脂は、配管を通り、紡糸ヘッド1へ送られ、ギアーポンプ等の公知の計量装置(図示せず)で計量され、紡糸パック2内で、フィルターを通過した後、紡糸口金3に入る。ポリマー配管から紡糸口金3までの温度は、溶融異方性芳香族ポリエステルの融点以上、熱分解温度以下とすることが好適である。
【0018】
本発明の特徴の1つは、芳香族ポリエステルの溶融時の流動安定性を維持するため、紡糸口金直下にヒーター4を設け、紡糸口金孔の表面温度を融点−10℃から融点にコントロールすることである。
ここでいう融点とは、DSC曲線の融解吸熱ピークの頂点である。
ヒーターの紡糸方向の長さは、過度に長いと製糸性が悪くなるため、紡糸口金表面から100mmまでとすることが好ましい。
また、ヒーターとしては、雰囲気の温度を上げ、紡糸口金表面温度を厳密にコントロールするために、金属(真鍮、アルミニウム、鉄等)の鋳込ヒーターが好ましい。
また、紡糸口金直下全体を覆うように、円筒状、多角形筒状であることが好ましい。
紡糸口金表面温度を一定に保つことにより、紡出される繊維の繊維径を安定させることができる。
【0019】
本発明のもう1つの特徴は、保温筒5にて紡出された繊維を徐冷することにある。
【0020】
単糸繊度3dtex以下のマルチフィラメントを得るにあたって、紡糸口金孔から樹脂が出た後に、保温筒を設けて、徐冷すると共に、保温筒により外部と隔離し、外気によって紡糸口金表面温度及び紡糸口金下の雰囲気の温度分布が不安定になることを防ぐことで、安定した紡糸(断糸が頻発しない)が可能になる。すなわち、保温筒を設けることにより、紡糸口金孔から出た繊維がドラフトで細くなっていく過程を、安定化させることができる。
積極的に冷却する目的で、冷却風を吹き出すこと、または、ドラフトを容易にする目的で、温風または熱風を吹き出し、積極的に加熱することは、紡糸口金下の雰囲気温度が変動して、断糸を助長するものであり、本発明においては不適である。
【0021】
保温筒の長さは、徐冷するためには、紡糸口金面から1000mmまでとすることが好ましく、作業性を考慮すると、500mmまでとすることがより好ましい。一方、紡糸口金表面温度及び紡糸口金下の雰囲気の温度分布を安定化させるためには、200mm以上とすることが好ましく、250mm以上とすることがより好ましい。
【0022】
このように、ヒーター4と保温筒5とを設置することで、吐出された繊維の径を安定化させると共に、雰囲気の温度変化を抑えて、ドラフトでの細化を均一にし、糸切れや毛羽発生等がない安定した紡糸が可能となる。
【0023】
また、紡糸口金孔内の剪断速度を10
4〜10
5/秒とすることが好適である。本発明にいう剪断速度γは、次式により求める。
γ=4Q/πr
3
(但し、rは紡糸口金孔の半径(cm)、Qは単孔当たりのポリマー吐出量(cm
3/sec))
上記範囲を外れると、繊維の配向が不十分であったり、曳糸性の点から細繊度の繊維が得られず、目的の物性(強度)が得られなかったりする傾向にある。
【0024】
また、溶融異方性芳香族ポリエステルの場合、紡糸巻取り後の後工程で延伸することは困難であるため、単糸繊度3dtex以下のマルチフィラメントを得るためには、できる限り、細孔より樹脂を吐出することが好適である。
そのためには、紡糸口金の孔径(直径)は好ましくは0.2mm以下、より好ましくは0.18mm以下であることが好ましい。
【0025】
また、断糸を少なくするために、5μm以下のフィルターを使用することが望ましい。5μm以下のフィルターを使用することで、溶融時の溶融異方性芳香族ポリエステルの流動特性を均一化させる効果が期待され、断糸が少なくなると考えられる。
溶融異方性芳香族ポリエステルの場合、流動特性(紡糸時高温下での溶融異方性芳香族ポリエステル樹脂の粘度は50パスカル秒以下)により、5μm以下のフィルターを使用しても紡糸パック圧の上昇がなく、工業的に長時間の紡糸は可能である。
【0026】
上記のようにして紡糸された芳香族ポリエステル繊維は、油剤付与装置6で所定の油剤が付与された後、第一ゴデットロール7で引き取られ、第二ゴデットロール8を介して巻取ワインダー9に巻き取られる。
【0027】
得られた芳香族ポリエステル繊維は、そのままでも使用できるが、熱処理をすることで更に高強度化、高弾性化することができる。
【0028】
熱処理は、得られた芳香族ポリエステル繊維の融点以下の温度で行うこと
が好適である。
これにより、芳香族ポリエステル繊維は固相重合が進み、強度、弾性率を向上させることができる。繊維間の融着防止のためには、常温から融点以下の温度まで段階的に上げていくことが好適である。
【0029】
熱処理を工業的に実施するためには、通常、ボビン状で処理する。そのため、紡糸後のボビンを改めて熱処理用のボビン(ボビン側面に孔を空けて、均一に熱処理できるように加工したもの)に、嵩密度が、例えば、0.3〜0.5となるように巻き返す。
熱処理中、固相重合を安定的に進ませるため、窒素雰囲気下で行うことが好ましい。ただし、コスト面から乾燥空気を使用する場合には、予め露点−40℃以下に除湿することが望ましい。すなわち、固相重合時に水分が存在すると、加水分解を誘発し、強度が十分に上がらない場合がある。
【実施例】
【0030】
以下に実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
なお、実施例中の各評価は以下のようにして行った。
【0031】
1)引張り試験(強度、伸度、弾性率)
JIS L−1013(2010)に準じ、オリエンテック社の引張り試験機RTA−100を用い、試料長200mm、引張り速度200mm/分で10回測定し、その平均値で表した。
【0032】
2)紡糸状態
○・・・2時間以上糸切れがなく、安定的に紡糸ができた。
△・・・2時間の紡糸中に、5回以内の糸切れが発生した。
×・・・糸切れが多発して、巻き取りができなかった。
【0033】
(実施例1)
溶融異方性を示す芳香族ポリエステルとして、p−アセトキシ安息香酸40モル、テレフタル酸15モル、イソフタル酸5モル及び4,4’−ジアセトキシジフェニル20.2モルで重合した芳香族ポリエステルを用いた。この樹脂の物性は、融点340℃であった。
この樹脂を140℃の真空乾燥機中で24時間乾燥し、水分率5ppmとした後、直径25mmの単軸押出機にて溶融押出し、ギアポンプで計量して、紡糸パックに樹脂を供給した。このときの押出機出口から紡糸パックまでの紡糸温度は360℃とした。
紡糸パックには、金属不織布フィルター(フィルター孔サイズ 5μm)を用いて、樹脂をろ過し、孔径0.09mm、ランド長0.18mmの孔を48個有する紡糸口金より吐出量11.6cc/分(単孔あたり0.24cc/分)で樹脂を吐出した。吐出した樹脂を、長さ100mmの口金直下のヒーター(温度設定300℃)内を通過させた後、長さ500mmの保温筒内で徐々に冷却し固化させ、その後油剤を付与し、48フィラメント共に867m/分で捲き取った。このときの剪断速度は、56,000/秒、紡糸ドラフトは23とした。
約120分間の捲き取り中、糸切れは発生せず、製糸性は良好であった。
この繊維を、320℃で3時間、窒素中で処理したところ、総繊度144.3dtex、単糸繊度3.0dtex、強度26.0cN/dtex、伸度2.0%、弾性率1,005cN/dtexの繊維が得られた。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0034】
(実施例2)
実施例1で用いた芳香族ポリエステルを用い、捲き取り速度を1,300m/分にした以外は実施例1と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、56,000/秒、紡糸ドラフトは34とした。
約120分間の捲き取り中、糸切れは発生せず、製糸性は良好であった。
この繊維を、実施例1と同一条件で熱処理し、総繊度110.5dtex、単糸繊度2.0dtex、強度25.1cN/dtex、伸度2.1%、弾性率1,010cN/dtexの繊維が得られた。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0035】
(実施例3)
実施例1で用いた芳香族ポリエステルを用い、捲き取り速度を2,600m/分にした以外は実施例1と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、56,000/秒、紡糸ドラフトは68とした。
約120分間の捲き取り中、糸切れは発生せず、製糸性は良好であった。
この繊維を、実施例1と同一条件で熱処理し、総繊度55.1dtex、単糸繊度1.0dtex、強度25.1cN/dtex、伸度2.1%、弾性率1,002cN/dtexの繊維が得られた。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0036】
(実施例4)
実施例2において、ノズルを孔径0.075mm、ランド長0.15mmの孔を48個有する紡糸口金を用いた以外は実施例2と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、100,000/秒、紡糸ドラフトは21とした。約120分間の捲き取り中、糸切れは発生せず、製糸性は良好であった。
この繊維を、実施例1と同一条件で熱処理し、総繊度110.8dtex、単糸繊度2.0dtex、強度25.2cN/dtex、伸度2.1%、弾性率1,002cN/dtexの繊維が得られた。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0037】
(実施例5)
実施例2において、ノズルを孔径0.12mm、ランド長0.24mmの孔を48個有する紡糸口金を用いた以外は実施例2と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、24,000/秒、紡糸ドラフトは61とした。約120分間の捲き取り中、糸切れは発生せず、製糸性は良好であった。
この繊維を、実施例1と同一条件で熱処理し、総繊度110.0dtex、単糸繊度2.0dtex、強度25.0cN/dtex、伸度2.0%、弾性率1,001cN/dtexの繊維が得られた。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0038】
(実施例6)
実施例2において、ノズルを孔径0.16mm、ランド長0.32mmの孔を48個有する紡糸口金を用いた以外は実施例2と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、10,000/秒、紡糸ドラフトは108とした。約120分間の捲き取り中、糸切れは発生せず、製糸性は良好であった。
この繊維を、実施例1と同一条件で熱処理し、総繊度110.5dtex、単糸繊度2.0dtex、強度24.5cN/dtex、伸度2.0%、弾性率1,000cN/dtexの繊維が得られた。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0039】
(実施例7)
実施例2において、ノズルを孔径0.20mm、ランド長0.40mmの孔を48個有する紡糸口金を用いた以外は実施例2と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、5,000/秒、紡糸ドラフトは169とした。約120分間の捲き取り中、糸切れは2回発生し、製糸性は幾分低下した。
この繊維を、実施例1と同一条件で熱処理し、総繊度110.9dtex、単糸繊度2.0dtex、強度22.3cN/dtex、伸度1.9%、弾性率930cN/dtexの繊維が得られた。幾分物性は低下したが、実用上は問題ないものであった。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0040】
(比較例1)
実施例1において、保温筒を取り外した以外は実施例1と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、56,000/秒、紡糸ドラフトは23とした。
紡糸を始めてから10分以内に糸切れが発生し、とても実用に供し得るものではなかった。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0041】
(比較例2)
実施例2において、保温筒を取り外した以外は実施例2と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、56,000/秒、紡糸ドラフトは34とした。
紡糸を始めてから10分以内に糸切れが発生し、とても実用に供し得るものではなかった。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0042】
(比較例3)
実施例3において、保温筒を取り外した以外は実施例3と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、56,000/秒、紡糸ドラフトは68とした。
紡糸を始めてから10分以内に糸切れが発生し、とても実用に供し得るものではなかった。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0043】
(比較例4)
実施例2において、口金直下にヒーターを設置しない以外は実施例2と同一条件で紡糸した。このときの剪断速度は、56,000/秒、紡糸ドラフトは17とした。
口金直下にヒーターを設置しなかったため、ノズル表面温度は325℃で、設置した場合に比べて10℃低下した。紡糸を始めてから10分以内に糸切れが発生し、とても実用に供し得るものではなかった。
上記紡糸条件及び結果を表1に合わせて示す。
【0044】
【表1】