(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0045】
(I)本発明で用いる用語の定義
本明細書におけるアミノ酸配列などの略号による表示は、IUPAC−IUBの規定〔IUPAc-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138; 9 (1984)〕、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0046】
本発明において「組織特異的幹細胞」とは、造血細胞、神経細胞、上皮細胞、表皮細胞、網膜細胞、脂肪組織細胞および間葉細胞等の特定細胞への分化能を備えている幹細胞を意味する。これらの幹細胞はいずれも未分化性を維持したまま増殖する能力である「自己複製能」と特定細胞に分化する能力である「多分化能」を併せ持つ。本発明において、組織特異的幹細胞として好ましくは造血幹細胞および間葉系幹細胞を挙げることができる。
【0047】
本発明において「造血幹細胞」とは、未分化性を維持したまま増殖する能力である「自己複製能」と、あらゆる血球系細胞及びリンパ球系細胞に分化する能力である「多分化能」を併せ持ち、数ヶ月以上の長期間にわたり造血を再構築する能力をもった細胞をいう。
【0048】
ヒト造血幹細胞は、幹細胞マーカーであるCD34を発現していることから、CD34 (+)として特徴づけることができる。このため、ヒト造血幹細胞としてCD34陽性細胞を用いることができる。また、ヒト造血幹細胞は、造血幹細胞に発現する細胞表面の抗原に基づいて、CD34に加えて、他の造血幹細胞マーカーで特徴付けることもできる。例えば、CD34を含む造血幹細胞マーカーとしては、Lin(-)、CD34 (+)、CD38(-)、DR(-)、CD45(+)、CD90(+)、CD117(+)、CD123(+)、及びCD133(+)を挙げることができる。これらは、1種単独で、または複数組み合わせて用いることができ、組み合わせの態様としては、Lin(-)CD34(+)CD38(-)、及びCD45(+)CD34(+)CD38(-)などを挙げることができる。一方マウス造血幹細胞は、胎生期と成体で細胞表面抗原の発現が変化することが知られており、胎生期造血幹細胞のマーカーとして、Lin(-)、CD31(+)、CD34(+)、CD41(+)、c-Kit(+)、成体造血幹細胞のマーカーとして、Lin(-)、CD31(+)、CD34(-/+)、CD45(+)、c-Kit(+)、Sca-1(+)、CD150(+)、EPCR(+)を挙げることができる。これらは、1種単独で、または複数組み合わせて用いることができ、組み合わせの態様としては、Lin(-)c-Kit(+)Sca-1(+)、及びCD45(+)c-Kit(+)Sca-1(+)などを挙げることができる。
【0049】
造血幹細胞は、骨髄、末梢血、および臍帯血にごく微量含まれていることが明らかとなっており、これらから上記の幹細胞マーカーを指標としてFACS(fluorescence activated cell sorting)等の慣用方法を用いて採取することができる。
【0050】
「間葉系幹細胞」は、骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、及び軟骨細胞などの間葉系に属する細胞への分化能をもつとされる幹細胞を意味する。
【0051】
「組織特異的前駆細胞」は、上記組織特異的幹細胞がやや分化してなるものの、終末分化しておらず、組織特異的幹細胞と同様に特定細胞に分化する能力である「多分化能」を備えた細胞をいう。本発明において、組織特異的前駆細胞として好ましくは造血前駆細胞および間葉系前駆細胞を、より好ましくは造血前駆細胞を挙げることができる。
【0052】
「造血前駆細胞」は、造血幹細胞に由来する細胞であって、終末分化していない細胞をいう。造血前駆細胞は、2〜3系統の血球に分化できる多能性造血前駆細胞、1つの血球に分化が限定された単能性造血前駆細胞に分類することができる。造血前駆細胞からは骨髄球系あるいはリンパ球系の2種類の前駆細胞が生じる。骨髄球系前駆細胞からは、赤血球、顆粒球 (好中球、好酸球、好塩基球)、単球、巨核球に最終分化する前駆細胞が生じる。またリンパ球系前駆細胞からは、T細胞、B 細胞やNK細胞に最終分化する前駆細胞が生じる。このため、造血前駆細胞は、骨髄球系細胞〔顆粒球(好酸球、好中球、好塩基球)、単球、マクロファージ、肥満細胞〕、赤血球系細胞〔赤血球〕、巨核球系細胞〔巨核球、血小板〕の前駆細胞、並びにリンパ球系細胞〔T細胞、B細胞、形質細胞〕の前駆細胞であり得る。これら各系列の前駆細胞は、自体公知の方法を用いて細胞マーカーを判別することにより分類することができる。例えば、骨髄系細胞のマーカーとしてCD13、単球及びマクロファージ系のマーカーとしてCD14、巨核球系マーカーとしてCD41、赤血球系マーカーとしてグリコホリン、B細胞系マーカーとしてCD19、T細胞系マーカーとしてCD3が知られている。さらに、造血前駆細胞は、多系列の血球に分化できる混合コロニー単位(mixed colony forming unit:CFU-Mix)、好中球、マクロファージ系のコロニーを形成する顆粒球−マクロファージコロニー形成単位(CFU-GM)、好中球コロニー形成単位(DFU-G)、マクロファージコロニー形成単位(CFU-M)、赤芽球系コロニー、バーストを形成する赤芽球コロニー形成単位(CFU-E)、赤芽球バースト形成単位(BFU-E)、巨核球コロニー、バーストを形成する巨核球コロニー形成単位(CFU-Meg)、巨核球バースト形成単位(BFU-Meg)、好酸球、好塩基球、マスト細胞のコロニーをそれぞれ形成する好酸球コロニー形成単位(CFU-EO)、好塩基球コロニー形成単位(CFU-Baso)、マスト細胞コロニー形成単位(CFU-Mast)などに対応する細胞に分類することができる。造血前駆細胞がいずれのコロニー形成単位に該当するかは、自体公知のコロニーアッセイ法(in vitro コロニー法)により定量的に測定することができる。
【0053】
「多能性幹細胞」は、多くの細胞に分化できる分化万能性を備えている幹細胞を意味する。かかる多能性幹細胞は「分化万能性」と、未分化性を維持したまま増殖する能力である「自己複製能」を併せ持つ。本発明において対象とする多能性幹細胞には、胚性幹細胞(ES細胞)と、体細胞に数種類の遺伝子を導入することで胚性幹細胞と同様に「分化万能性」と「自己複製能」を人工的に持たせた人工多能性幹細胞(iPS細胞)が含まれる。
【0054】
本発明でいう「多能性幹細胞由来細胞」とは、多能性幹細胞を多少分化させた多能性幹細胞由来細胞であって、少なくとも造血細胞に分化しえる分化能と自己複製能を備えた細胞を意味する。具体的には、中胚葉系細胞を例示することができる。
【0055】
本発明が対象とする組織特異的幹細胞(例えば、造血幹細胞、間葉系幹細胞)、組織特異的前駆細胞(例えば、造血前駆細胞)、及び多能性幹細胞は、脊椎動物に由来するものであることが好ましく、より好ましくは鳥類(ニワトリ等)または哺乳類(ヒト、マウス、ラット、ウサギ、サル、チンパンジー、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、ウシ、イヌ、ネコ、ワラビー、カンガルー等)に由来するものである。好ましくは哺乳類に由来する細胞であ、哺乳類の中でも特に好ましくは、ヒトまたは実験動物として汎用されるげっ歯動物(マウス、ラット、ウサギ等)である。
【0056】
「増幅」とは、細胞分裂により終末分化していない細胞の数を増加させることをいい、一方、「増殖」とは、終末分化していない細胞と終末分化した細胞の総数を増加させることをいう。従って「組織特異的幹細胞の増幅」とは、自己複製能と多分化能を有する組織特異的幹細胞が分裂することによりその数を増加することをいう。つまり組織特異的幹細胞の増幅とは、組織特異的幹細胞の未分化性を維持しながら、組織特異的幹細胞が自律増殖することを意味する。本発明でいう「組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞の増殖」には、上記組織特異的幹細胞の増幅が含まれる。また当該増殖には、組織特異的前駆細胞が終末分化しない状態で増殖することも含まれる。造血幹細胞及び造血前駆細胞の増殖は、前述する造血幹細胞マーカーを解析することにより(例えば、FACSによるCD34(+)に対応する細胞の計数)、コロニーアッセイ法に基づく定量的な解析等により評価することができる。また、間葉系幹細胞の増幅は、間葉系幹細胞マーカーを解析することにより(例えば、FACSによるCD9, CD13, CD29, CD44, CD55, CD59, CD73, CD105, CD140b, CD166, MHC Class I (+)に対応する細胞の計数)、コロニーアッセイ法に基づく定量的な解析等により評価することができる。なお、間葉系幹細胞マーカーとしては、他にVCAM-1, STRO-1, c-Kit, Sca-1, Nucleostemin, CDCP1, BMPR2, BMPR1A,及びBPMR1Bが挙げられる。
【0057】
「臍帯血」とは、哺乳類、好ましくはヒトの臍帯から取得できる血液のことをいう。「骨髄由来血液」とは、哺乳類、好ましくはヒトの骨髄中に存在する髄液に含まれる血液をいう。臍帯血及び骨髄は、それぞれ臍帯血バンク及び骨髄バンクから取得することができる。
【0058】
(II)新規ペプチド(本発明ペプチド)
本発明が対象とするペプチドは、下記に記載する作用のうち、少なくとも1つの作用を有することを特徴とする:
(1)造血幹細胞または造血前駆細胞の分化を抑制する作用、好ましくは、造血幹細胞または造血前駆細胞の骨髄球系細胞への分化を抑制する作用、
(2)間葉系幹細胞を増幅促進する作用、または
(3)多能性幹細胞から造血幹細胞を誘導する作用。
【0059】
かかるペプチドの一態様として、下記に示すアミノ酸残基からなるアミノ酸配列を有するペプチドを挙げることができる:
Cys Gln Lys Lys Asp Gly Pro Cys Val Ile Asn Gly Ser (配列番号1)。
【0060】
このペプチドは、全長383アミノ酸残基からなるヒトDlk1(delta-like 1 homolog)タンパク質(配列番号11)の24位〜303位に位置する細胞外ドメインの部分配列からなる。当該ペプチドを、以下、本明細書では便宜上「KS-13」とも称する。
【0061】
本発明が対象とするペプチドには、上記KS-13のアミノ酸配列(配列番号1)において、1又は複数、好ましくは1〜6つ程度のアミノ酸が欠失、置換または付加してなるペプチドであって、上記(1)〜(3)のいずれか少なくとも1つの作用を有するペプチドが含まれる。好ましいペプチドは、(1)〜(3)の作用のうち、(1)造血幹細胞または造血前駆細胞の骨髄球系細胞への分化を抑制する作用を有するものである。より好ましくは(1)の作用に加えて、(2)及び(3)のいずれか1方の作用、好ましくは(2)と(3)の両方の作用を有するものである。
【0062】
本発明が対象とするペプチドは、上記の通りであるが、60%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%乃至は90%以上の割合で、配列番号1に示されるアミノ酸配列と同一または類似のアミノ酸を有していることが好ましい。ここで「同一性」または「類似性」の割合は、配列番号1に示されるアミノ酸配列の全アミノ酸残基数に対して、それとオーバーラップする同一または類似するアミノ酸の割合から算出することができる。ここで「類似のアミノ酸」とは、物理化学的性質において類似したアミノ酸を意味し、例えば類似したアミノ酸は、芳香族アミノ酸群(Phe、Trp、Tyr)、脂肪族アミノ酸群(Ala、Leu、Ile、Val)、極性アミノ酸群(Gln、Asn)、塩基性アミノ酸群(Lys、Arg、His)、酸性アミノ酸群(Glu、Asp)、水酸基を有するアミノ酸群(Ser、Thr)、及び側鎖の小さいアミノ酸群(Gly、Ala、Ser、Thr、Met)に分類することができる。このような類似アミノ酸間での置換は、ペプチドの性質に影響を与えない可能性が高く、この意味で保守的なアミノ酸置換ということができる(例えば、Bowieら、Science, 247: 1306-1310 (1990)等参照)。
【0063】
このように配列番号1に示されるアミノ酸配列においてアミノ酸が他のアミノ酸で置換されている場合、または一部のアミノ酸が欠失若しくは付加されている場合、その置換、欠失または付加される位置は、その結果得られるペプチドが、上記の(1)〜(3)の作用のいずれかの作用を有していればよい。好ましくは、置換、欠失または付加によって得られるペプチドが、(1)造血幹細胞または造血前駆細胞の骨髄球系細胞への分化を抑制する作用を有するものであり、より好ましくは(1)の作用に加えて、(2)及び(3)のいずれか1方の作用、好ましくは(2)と(3)の両方の作用を有するものである。
【0064】
なお、置換、欠失または付加によって得られるペプチドが、造血幹細胞または造血前駆細胞に対して分化抑制作用を有することは、後述する実験例9に記載するように、造血幹細胞または造血前駆細胞のコロニー形成に対する作用を評価することで確認することができる。
【0065】
また置換、欠失または付加によって得られるペプチドが、間葉系幹細胞を増幅促進する作用を有することは、繊維芽細胞コロニー形成単位(CFU-F: Colony forming unit-fibroblast)を評価することで確認することができる。さらに置換、欠失または付加によって得られるペプチドが、多能性幹細胞から造血幹細胞を誘導し作製する作用を有することは、誘導した細胞のHPP-CFC(High Proliferative potential colony forming cells)形成、LTC-IC (Long-Term Culture-Initiating Cell)の存在、レシピエントマウスに移植し、マウスでは骨髄再構築能、ヒトではSCR(SCID-repopulating) cellsの存在を評価することで確認することができる。
【0066】
置換、欠失または付加によって得られるペプチドとしては、例えば、下記アミノ酸配列で示され、且つ上記作用を有するペプチドを例示することができる。
【0068】
かかるペプチドとして、具体的には、ヒトDlk1タンパク質のオルソログに相当するタンパク質の細胞外ドメイン領域の部分配列からなる、上記KS-13に相当するペプチドを挙げることができる。例えば、ヒトDlk1タンパク質のオルソログに相当するマウスDlk1タンパク質は、全長385アミノ酸残基からなるアミノ酸配列を有する(配列番号12)。当該マウスDlk1タンパク質のアミノ酸配列において24〜305位の領域が細胞外ドメインであり、その部分配列(124〜136位の13アミノ酸残基からなる配列:配列番号3)が上記KS-13に相当するペプチドである。
【0069】
マウスの他、ラットやドブネズミ等のげっ歯類、並びにブタ、ウマ、ヤギ、ウシ、ワラビー、及びオオカンガルー等の哺乳類;キンカチョウ、カモノハシ、シチメンチョウ、ニワトリ等の鳥類などの脊椎動物は、上記ヒトDlk1タンパク質のホモログまたはオルソログに相当するDlk1タンパク質を有している。これらのDlk1タンパク質の細胞外ドメイン内に位置する上記KS-13に相当する部分配列を、ヒト由来のKS-13、及びマウスのKS-13に相当するペプチドのアミノ酸配列と共に表1に示す。ヒト由来のKS-13と共通して保存されているアミノ酸残基には下線を付して表示する。
【0071】
例えば、ヒトとマウスやラット等のげっ歯類のペプチドの配列を比較すると、N末端から3番目のアミノ酸(配列番号2のアミノ酸配列中「XXb」に相当)は、LysとHisのいずれでもよく、5番目のアミノ酸(配列番号2のアミノ酸配列中「XXd」に相当)は、AspとAlaのいずれでもよいことがわかる。またヒトとブタのペプチドの配列を比較すると、N末端から10番目のアミノ酸(配列番号2のアミノ酸配列中「XXf」に相当)は、IleとMetのいずれでもよいことがわかる。またヒトとオオカンガルーのペプチドの配列を比較すると、N末端から3番目の3つアミノ酸は欠失していてもよく、またN末端から5番目のアミノ酸(配列番号2のアミノ酸配列中「XXd」に相当)はAspとGluのいずれでもよいことがわかる。さらにヒトとニワトリのペプチドの配列を比較すると、N末端から5番目の5つアミノ酸は欠失していてもよく、またN末端から9番目のアミノ酸(配列番号2のアミノ酸配列中「XXe」に相当)はValとIleのいずれでもよいことがわかる。
【0072】
本発明のペプチドにおいて、KS-13は最も好ましいペプチドであるが、上記配列番号2で示すように、当該アミノ酸配列において1〜6のアミノ酸(XXa〜XXf)のいずれかが、他のアミノ酸で置換されていてもよいし、またN末端またはC末端のアミノ酸が1つ少ない12個のアミノ酸残基からなるペプチド、あるいはさらにアミノ酸が1つ少ない11個のアミノ酸残基からなるペプチドであってもよい。N末端のアミノ酸は、最大で5個、または4〜3個まで欠失していてもよい。
【0073】
配列番号1に記載するアミノ酸配列において、1乃至複数個のアミノ酸が付加してなるペプチドとしては、上記アミノ酸配列のN末端および/またはC末端にもとのヒトDlk1タンパク質由来のアミノ酸が、5個、4個、3個、2個もしくは1個付加したのもが挙げられる。
【0074】
なお、KS-13のアミノ酸配列(配列番号1)において、1乃至複数のアミノ酸を置換、付加または欠失するための方法は、既に当業界では慣用化されており、例えば該ペプチドをコードするDNAを経由して行う場合には、例えばサイトスペシフィック・ミュータゲネシス〔Methods in Enzymology,154, 350, 367-382 (1987);同 100, 468 (1983);Nucleic Acids Res., 12, 9441 (1984);続生化学実験講座1「遺伝子研究法II」、日本生化学会編, p105 (1986)〕などの遺伝子工学的手法、リン酸トリエステル法やリン酸アミダイト法などの化学合成手段〔J. Am. Chem. Soc., 89, 4801(1967);同 91, 3350 (1969);Science, 150, 178 (1968);Tetrahedron Lett.,22, 1859 (1981);同 24, 245 (1983)〕及びそれらの組合せ方法などが例示できる。より具体的には、DNAの合成は、ホスホルアミダイト法またはトリエステル法による化学合成によることもでき、市販されている自動オリゴヌクレオチド合成装置上で行うこともできる。二本鎖断片は、相補鎖を合成し、適当な条件下で該鎖を共にアニーリングさせるか、または適当なプライマー配列と共にDNAポリメラーゼを用い相補鎖を付加するかによって、化学合成した一本鎖生成物から得ることもできる。さらに、本発明のペプチドは、ペプチド合成機を用いて固相合成法により合成することもでき、アミノ酸の置換、付加または欠失は、ペプチド合成機を用いる場合には保護アミノ酸の種類を変えることにより容易に行うことができる。又、D−アミノ酸やサルコシン(N-メチルグリシン)等の特殊なアミノ酸を導入することもできる。
【0075】
本発明のペプチドは、フリーの状態であってもよいし、また塩の形態であってもよいし、また水和物を含む溶媒和物の形態を有していてもよい。塩としては、生理学的に許容される、つまり薬学的に許容される酸付加塩や塩基塩を挙げることができる。かかる酸付加塩としては、塩酸塩、臭化水素酸塩、硝酸塩、硫酸塩などの無機酸塩;またはメタンスルホン酸、トルエンスルホン酸などのスルホン酸塩、トリフルオロ酢酸、コハク酸などの有機酸塩などが挙げられる。塩基塩としては、ナトリウム、カリウム、リチウムなどのアルカリ金属塩;またはカルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属塩などが挙げられる。
【0076】
本発明のペプチドには、C末端がカルボキシル基(-COOH)、カルボキシレート(-COO
-)、アミド(−CONH
2)、またはエステル(−COOR)であるペプチドが含まれる。ここでエステルにおけるRとしては、例えばメチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル等の炭素数1〜6のアルキル基;シクロペンチル、シクロヘキシルなどの炭素数3〜8のシクロアルキル基;フェニル、α-ナフチルなどの炭素数6〜12のアリール基;ベンジルやフェネチルなどのフェニル−C
1-2アルキル基;α−ナフチルメチルなどのα-ナフチル−C
1-2アルキル基などのC
7-14アラルキル基;ピバロイルオキシメチル基などを例示することができる。本発明のペプチドがC末端以外にカルボキシル基(またはカルボキシレート)を有している場合、そのカルボキシル基がアミド化またはエステル化されているものも本発明のペプチドに含まれる。また本発明のペプチドには、N末端のアミノ酸残基のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC
1-6アルカノイルなどのC
1-6アシル基など)で保護されているものや脂肪酸(C
8-18の飽和脂肪酸)で修飾されているもの、生体内で切断されて生成し得るN末端のグルタミン残基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば-OH、-SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基など)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC
1-6アルカノイル基などのC
1-6アシル基など)で保護されているもの、あるいは糖鎖が結合したいわゆる糖ペプチドなどの複合ペプチドなども含まれる。さらに本発明のペプチドには、イミダゾリル基またはSH基がアルキル化(例えばメチル化)、アラルキル化(例えばベンジル化)、アシル化(例えばアセチル化、ベンゾイル化)されたものも含まれる。なお、上記脂肪酸修飾物としては、N末端のアミノ酸残基のアミノ基がミリスチン酸で修飾されたミリストイル化ペプチドが含まれる。
【0077】
(III)造血幹細胞または造血前駆細胞の分化抑制進剤
上記のようにして得られる本発明のペプチドまたはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和はそのまま、あるいは必要に応じて細胞生理学的に許容し得る担体とともに混合して組成物とした後に、造血幹細胞または造血前駆細胞の分化抑制剤として用いることができる。なお、本発明のペプチドは1種単独からなるものであっても、2種以上のものを任意に組み合わせて用いることもできる。好ましくは、ヒト由来のKS-13(配列番号1)、げっ歯類由来のペプチド(配列番号3)、ブタ由来のペプチド(配列番号4)、ニワトリ由来のペプチド(配列番号10)であり、より好ましくはヒト由来のKS-13(配列番号1)、及びげっ歯類由来のペプチド(配列番号3)である。
【0078】
当該分化抑制剤は、例えば、本発明のペプチドまたはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和(以下、これらを総称して「本発明ペプチド」という)を、水もしくは適当な緩衝液(例、リン酸緩衝液、PBS、トリス塩酸緩衝液など)中に適当な濃度となるように溶解することにより調製することができる。また、必要に応じて、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0079】
本発明の分化抑制剤は、例えば、本発明ペプチドの有効量を培地に添加して、造血幹細胞または造血前駆細胞を培養することにより、造血幹細胞または造血前駆細胞を増殖するために用いることができる。したがって、本発明はまた、本発明ペプチドまたは本発明の分化抑制剤の存在下で造血幹細胞または造血前駆細胞を培養することを含む、造血幹細胞または造血前駆細胞の増殖方法を提供する。なお、当該増殖方法には、造血幹細胞を増幅する方法も含まれる。
【0080】
なお、本発明ポリペプチドの存在下で造血幹細胞または造血前駆細胞を培養することによって、これらの細胞を、分化を抑制しつつ増殖させることができる。このため、本発明ペプチドは、造血幹細胞および造血前駆細胞の生体外増殖用試薬キットの一成分としても利用することができる。
【0081】
(IV)間葉系幹細胞の増幅促進剤
上記本発明のペプチドまたはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和(本発明ペプチド)は、そのまま、あるいは必要に応じて細胞生理学的に許容し得る担体とともに混合して組成物とした後に、間葉系幹細胞の増幅促進剤として用いることができる。なお、本発明ペプチドは1種単独からなるものであっても、2種以上のものを任意に組み合わせて用いることもできる。好ましくは、ヒト由来のKS-13(配列番号1)、げっ歯類由来のペプチド(配列番号3)、ブタ由来のペプチド(配列番号4)、ニワトリ由来のペプチド(配列番号10)であり、より好ましくはヒト由来のKS-13(配列番号1)、及びげっ歯類由来のペプチド(配列番号3)である。
【0082】
当該増幅促進剤は、例えば、本発明ペプチドを、水もしくは適当な緩衝液(例、リン酸緩衝液、PBS、トリス塩酸緩衝液など)中に適当な濃度となるように溶解することにより調製することができる。また、必要に応じて、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0083】
本発明の増幅促進剤は、例えば、本発明ペプチドの有効量を培地に添加して、間葉系幹細胞を培養することにより、間葉系幹細胞を増幅するために用いることができる。したがって、本発明はまた、本発明ペプチドまたは本発明の増幅促進剤の存在下で間葉系幹細胞を培養することを含む、間葉系幹細胞の増幅方法を提供する。
【0084】
なお、本発明ポリペプチドの存在下で間葉系幹細胞を培養することによって、かかる細胞の増幅を促進することができる。このため、本発明のペプチドは、間葉系幹細胞の生体外増幅用試薬キットの一成分としても利用することができる。
【0085】
(V)造血幹細胞の誘導剤
本発明のペプチドまたはその薬学的に許容される塩若しくは溶媒和(本発明ペプチド)は、そのまま、あるいは必要に応じて細胞生理学的に許容し得る担体とともに混合して組成物とした後に、造血幹細胞の誘導剤として用いることができる。なお、本発明ペプチドは1種単独からなるものであっても、2種以上のものを任意に組み合わせて用いることもできる。好ましくは、ヒト由来のKS-13(配列番号1)、げっ歯類由来のペプチド(配列番号3)、ブタ由来のペプチド(配列番号4)、ニワトリ由来のペプチド(配列番号10)であり、より好ましくはヒト由来のKS-13(配列番号1)、及びげっ歯類由来のペプチド(配列番号3)である。
【0086】
当該誘導剤は、例えば、本発明ペプチドを、水もしくは適当な緩衝液(例、リン酸緩衝液、PBS、トリス塩酸緩衝液など)中に適当な濃度となるように溶解することにより調製することができる。また、必要に応じて、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0087】
本発明誘導剤は、例えば、本発明ペプチドの有効量を培地に添加して、例えば胚性幹細胞(ES細胞)または人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞を培養することにより、造血幹細胞を誘導し、作製するために用いることができる。したがって、本発明はまた、本発明ペプチドまたは本発明の誘導剤の存在下で多能性幹細胞を培養することを含む、造血幹細胞の誘導または作製方法を提供する。
【0088】
なお、本発明ポリペプチドの存在下で多能性幹細胞を培養することによって、かかる細胞の増幅を促進することができる。このため、本発明ペプチドは、造血幹細胞の生体外調製用試薬キットの一成分としても利用することができる。
【0089】
本発明が対象とするiPS細胞は、健常者から調製された健常者由来のiPS細胞だけでなく、何らかの疾患を有する患者から調製された患者由来のiPS細胞も含まれる。患者由来のiPS細胞は、上記培養に供するまえに、遺伝子導入等の組換え技術により予め当該疾患の原因が除去され正常化されておくことが好ましく、かかるiPS細胞から本発明の方法で誘導され作製された造血幹細胞は、当該患者の疾患を治療するために当該患者に投与して用いられる。
【0090】
(VI)組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞の生体外増殖方法(組織特異的幹細胞試験管内増幅法)
本発明の組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞の増殖方法には、(1)造血幹細胞または造血前駆細胞を分化抑制する作用、及び(2)間葉系幹細胞を増幅促進する作用のうち、少なくとも1つの作用を有する本発明ペプチドの存在下で、組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞を培養する工程を含む。
【0091】
組織特異的幹細胞として、好ましくは造血幹細胞及び間葉系幹細胞を、また造血前駆細胞として、造血前駆細胞を挙げることができる。このため、当該本発明の増幅方法には、(1)造血幹細胞または造血前駆細胞を分化抑制する作用を有する本発明ペプチドの存在下で、造血幹細胞または造血前駆細胞を培養する工程を含む方法;及び(2)間葉系幹細胞を増幅促進する作用を有する本発明ペプチドの存在下で、間葉系幹細胞を培養する工程を含む方法が含まれる。
【0092】
本発明の方法に用いる組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞としては、少なくとも組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞を含む細胞群が挙げられ、組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞のいずれか一方が単離されたものであってもよく、これらの両方であってもよい。また、組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞の少なくとも一方を含み、さらに他の細胞を含んでいてもよい。また、組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞を含む細胞群から分画された組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞を含む分画であってもよい。
【0093】
組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞の採取源としては、鳥類や哺乳類などの脊椎動物、好ましくはヒトやげっ歯類に属するマウス及びラット等の哺乳類の幹細胞を含む組織であればいずれでもよい。例えば、造血幹細胞及び造血前駆細胞は、造血幹細胞を含む胎児肝臓、胎児骨髄、骨髄、末梢血、臍帯血、またはサイトカインおよび/または抗癌剤の投与によって幹細胞を動員した末梢血等から採取することができる。また間葉系幹細胞は、間葉系幹細胞を含む骨髄、臍帯、胎盤、羊膜、尿膜、臍帯血、歯肉、脂肪、筋肉、その他間葉に由来する細胞から採取することができる。
【0094】
本発明ペプチドの存在下で組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞を培養するにあたっては、いわゆる培養用のプレート、シャーレまたはフラスコを用いた培養法が可能であるが、培地組成、pHなどを機械的に制御し、高密度での培養が可能なバイオリアクターによって、その培養系を改善することもできる(Schwartz, Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A., 88:6760, 1991; Koller, M.R., Bio/Technology, 11:358, 1993; Koller, M.R.,Blood, 82: 378, 1993; Palsson, B.O., Bio/Technology, 11:368,1993)。
【0095】
培養に用いる培地としては、組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞の増殖、生存が害されない限り特に制限されないが、例えば、造血幹細胞または造血前駆細胞の場合、約5〜約20%の胎児ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、IMDM培地、RPMI 1640培地、199培地、SF-02培地(三光純薬)、Opti-MEM培地(GIBCO BRL)及び造血幹細胞・前駆細胞培養用培地であるX-VIVO 10(Lonza)などが好ましいものとして挙げられる。また間葉系幹細胞の場合、約5〜約20%の胎児ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、IMDM培地、RPMI 1640培地、Opti-MEM培地(GIBCO BRL)及び間葉系幹細胞培養用培地であるMSCBM-CD(Lonza)、MesenCult(StemCellTechnologies)、MF培地(TMセルリサーチ)などが好ましいものとして挙げられる。培地のpHとしては、好ましくは6〜8程度を挙げることができる。
【0096】
培地には、必要に応じて細胞刺激因子(サイトカイン類)、EPO(エリスロポエチン)のような造血ホルモンやインスリンなどのホルモン類、Wnt(Thimoth, A. W., Blood, 89:3624-3635,1997)遺伝子産物のような分化増殖調節因子、トランスフェリンなどの輸送タンパク質、5azaDやTSA等の脱メチル化剤(Exp. Hematol. 34:140, 2006)、Fibronectin、Collagenなどの細胞外マトリックスタンパク質(Curr Opin Biotechnol. 2008 October ; 19(5): 534-540.; Cell 2007 June; 129(7): 1377-1388.)等をさらに含有させることができる。特に、本発明ペプチドとともに培地に細胞刺激因子を配合し、本発明のペプチドと細胞刺激因子の存在下で造血幹細胞または造血前駆細胞を培養することによって、これらの細胞を、分化を抑制しながら増殖させることができ、その結果、造血幹細胞をより効率的に増幅させることができる。細胞刺激因子とは組織特異的幹細胞や前駆細胞に増殖、分化、生存、遊走などの刺激を与える因子である。このような細胞刺激因子は、組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞の増殖を妨げないものであれば特に制限されないが、具体的には、SCF(幹細胞成長因子(stem cellfactor))、IL-3(インターロイキン−3)、GM-CSF(顆粒球マクロファージ・コロニー刺激因子(granulocyte/macrophage colony-stimulating factor))、IL-6(インターロイキン−6)、可溶性IL-6受容体、IL-11(インターロイキン−11)、Flt-3L(fms様チロシンキナーゼ−3(Flt-3)リガンド)、EPO(エリスロポエチン)、TPO(トロンボポエチン)、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)、TGF-β(トランスフォーミング成長因子−β)、MIP-1α(George, D., J. Exp. Med. 167:1939-1944, 1988)、Flt3/Flk2-ligand、FGF(繊維芽細胞増殖因子)等が挙げられる。これらの刺激因子などはGallard, R.E., The cytokine facts book, AcademicPress, 1994などに詳しい。
【0097】
培地に配合する細胞刺激因子は、1種類であっても、2種類以上であってもよい。好ましくは、SCF、G-CSF、IL-3、IL-6、sIL-6L、IL-11、Flt-3L及びTPOを挙げることができるが、とりわけSCFは必須である。培地に添加される細胞刺激因子の濃度としては、1〜500ng/mL、好ましくは5〜300ng/mL、さらに好ましくは10〜100ng/mLである。
【0098】
培養に際して、本発明ペプチドは、培地中の最終濃度が1〜500μg/mL、好ましくは5〜300μg/mL、さらに好ましくは10〜100μg/mLとなるように、上記培地に添加することができる。また、組織特異的幹細胞または組織特異的前駆細胞は、当分野で通常用いられる細胞密度となるように、上記培地に添加することができる。培養は、通常約30〜40℃、約5〜10%CO
2の雰囲気下で、所望の増殖が達成される時間行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
【0099】
(VII)造血幹細胞の生体外作製方法(造血幹細胞試験管内作製法)
本発明の造血幹細胞の誘導または作製方法には、(3)多能性幹細胞から造血幹細胞を誘導する作用を有する本発明ペプチドの存在下で、多能性幹細胞または多能性幹細胞由来細胞を培養する工程を含む。
【0100】
本発明の方法に用いる多能性幹細胞とは、胚性幹細胞(ES細胞)及び人工多能性幹細胞(iPS細胞)を含む細胞群が挙げられる。胚性幹細胞の採取源としては、鳥類や哺乳類などの脊椎動物、好ましくはヒトやげっ歯類に属するマウス及びラット等の哺乳類の胚盤胞の内部細胞塊を挙げることができる。また人工多能性幹細胞の採取源としては、上記脊椎動物、好ましくは哺乳動物の皮膚や血液を始めとするすべての組織を挙げることができる。
【0101】
本発明が対象とするiPS細胞は、健常者から調製された健常者由来のiPS細胞だけでなく、何らかの疾患を有する患者から調製された患者由来のiPS細胞も含まれる。患者由来のiPS細胞は、上記培養に供するまえに、遺伝子導入等の組換え技術により予め当該疾患の原因が除去され正常化されておくことが好ましく、かかるiPS細胞から本発明の方法で誘導され作製された造血幹細胞は、当該患者の疾患を治療するために当該患者に投与して用いられる。
【0102】
本発明ペプチドの存在下で多能性幹細胞または多能性幹細胞由来細胞を培養するにあたっては、いわゆる培養用のプレート、シャーレまたはフラスコを用いた培養法が可能であるが、培地組成、pHなどを機械的に制御し、高密度での培養が可能なバイオリアクターによって、その培養系を改善することもできる(Schwartz, Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,88:6760,1991; Koller, M.R., Bio/Technology, 11:358, 1993; Koller, M.R.,Blood, 82: 378, 1993; Palsson, B.O., Bio/Technology, 11:368,1993)。
【0103】
培養に用いる培地としては、多能性幹細胞、多能性幹細胞に由来する細胞、造血幹細胞及び造血前駆細胞の増殖及び生存が害されない限り、特に制限されないが、例えば、約5〜約20%の胎児ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、IMDM培地、RPMI 1640培地、199培地、SF-02培地(三光純薬)、Opti-MEM培地(GIBCO BRL)及び造血幹細胞及び造血前駆細胞培養用培地であるX-VIVO 10(Lonza)などが好ましいものとして挙げられる。培地のpHとしては、好ましくは6〜8程度を挙げることができる。
【0104】
培地には、必要に応じて細胞刺激因子(サイトカイン類)、EPO(エリスロポエチン)のような造血ホルモンやインスリンなどのホルモン類、Wnt(Thimoth, A. W., Blood, 89:3624-3635,1997)遺伝子産物のような分化増殖調節因子、トランスフェリンなどの輸送タンパク質、5azaDやTSA等の脱メチル化剤(Exp. Hematol. 34:140, 2006)、Fibronectin、Collagenなどの細胞外マトリックスタンパク質(Curr Opin Biotechnol. 2008 October ; 19(5): 534-540.; Cell 2007 June; 129(7): 1377-1388.)L-glutamine、Monothioglycerol、L-ascorbic acid 、抗生物質等をさらに含有させることができる。特に、本発明ペプチドとともに培地に細胞刺激因子を配合し、本発明ペプチドと細胞刺激因子の存在下で多能性幹細胞または多能性幹細胞由来細胞を培養することによって、これらの細胞の骨髄球系細胞への分化を抑制し、その結果、造血幹細胞への分化を誘導させることができる。血液細胞刺激因子とは造血細胞に増殖、分化、生存、遊走などの刺激を与える因子である。このような細胞刺激因子は、造血幹細胞または造血前駆細胞の増殖を妨げないものであれば特に制限されないが、具体的には、SCF、IL-3、GM-CSF、IL-6、可溶性IL-6受容体、IL-11、Flt-3L、EPO、TPO、G-CSF、TGF-β、MIP-1α(George, D., J. Exp. Med. 167:1939-1944, 1988)、Flt3/Flk2-ligand等等が挙げられる。これらの刺激因子などはGallard, R.E., The cytokine facts book, AcademicPress, 1994などに詳しい。
【0105】
培地に配合する細胞刺激因子は、1種類であっても、2種類以上であってもよい。好ましくは、SCF、G-CSF、IL-3、IL-6、sIL-6L、IL-11、Flt-3L及びTPOを挙げることができるが、とりわけSCFは必須である。培地に添加される細胞刺激因子の濃度としては、1〜500ng/mL、好ましくは5〜300ng/mL、さらに好ましくは10〜100ng/mLである。
【0106】
培養に際して、本発明ペプチドは、培地中の最終濃度が1〜500μg/mL、好ましくは5〜300μg/mL、さらに好ましくは10〜100μg/mLとなるように、上記培地に添加することができる。また、多能性幹細胞または多能性幹細胞由来細胞は、当分野で通常用いられる細胞密度となるように、上記培地に添加することができる。培養は、通常約30〜40℃、約5〜10%CO
2の雰囲気下で、所望の増幅が達成される時間行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
【0107】
培養に際して、本発明ペプチドは、培地中の最終濃度が1〜500μg/mL、好ましくは5〜300μg/mL、さらに好ましくは10〜100μg/mLとなるように、上記培地に添加することができる。また、多能性幹細胞または多能性幹細胞由来細胞は、当分野で通常用いられる細胞密度となるように、上記培地に添加することができる。培養は、通常約30〜40℃、約5〜10%CO
2の雰囲気下で、所望の増幅が達成される時間行なわれる。必要に応じて通気や撹拌を行ってもよい。
【0108】
(VIII)本発明の増幅及び作製方法により得られた造血幹細胞または造血前駆細胞を含有する細胞集団、及びその用途
前述する本発明の増幅方法(V)または作製方法(VI)により得られた「造血幹細胞または造血前駆細胞を含有する細胞集団」は、従来の骨髄移植や臍帯血移植に代わる血液細胞移植用の組成物(移植片)として用いることができる。
【0109】
ここで「造血幹細胞または造血前駆細胞を含有する細胞集団」(以下、単に「細胞集団」ともいう)とは、前述する本発明の増幅方法(V)または作製方法(VI)及びによって得られる造血幹細胞を含む細胞集団を意味し、造血幹細胞のみを単離・精製することを必ずしも要しない。一般に、多能性幹細胞及び多能性幹細胞に由来する細胞から造血細胞をエクスビボで作製すると、造血幹細胞のみを純粋に作製することはできず、得られる細胞集団には、様々な分化段階の中胚葉系細胞、外胚葉系細胞、内胚葉系細胞が含まれることが知られている。これらの細胞集団はFlow cytometryの技術を用いて各細胞集団を純化及び採取することが可能であり、作製した造血幹細胞を純化及び採取した後に治療目的でこれらを移植することが可能である。また、造血幹細胞をエクスビボで作製または増殖させると、造血幹細胞のみを純粋に作製または増殖することはできず、得られる細胞集団には骨髄球系およびリンパ球系細胞のすべての分化段階の細胞が含まれることが知られている。しかしながら、それらの細胞も生体にとって必要な細胞であり、増殖した細胞集団全体を生体に投与することで造血機能の改善が期待できる。特に、造血機能が障害された哺乳動物の治療を目的とする細胞移植においては、迅速な造血機能改善効果が要求されることから、均一な未分化の造血幹細胞を移植するよりむしろ、ある程度分化した多系統の血球系細胞群を含む不均一な細胞集団を移植する方が、優れた治療効果を期待できる。もちろん、未分化性を維持した造血幹細胞のみを含む均一な造血幹細胞集団もまた、上記細胞集団に包含される。このような均一な細胞集団は、上記不均一な細胞集団から、FACSなどを用いた自体公知の手法を用いて取得することができる。
【0110】
本発明の方法により作製及び増幅させた細胞集団は、白血病に対する全身X線療法や高度化学療法を行う際に、これらの治療と組み合わせる他、種々の疾患に用いることができる。例えば、固形癌患者の化学療法、放射線療法等の骨髄抑制が副作用として生じる治療を実施する際に、施術前に骨髄を採取しておき、造血幹細胞または造血前駆細胞を試験管内で増幅し、施術後に患者に戻すことで、副作用による造血系の障害から早期に回復させることができ、より強力な化学療法を行えるようになり、化学療法の治療効果を改善することができる。また本発明の細胞集団は、造血機能の障害を伴う疾患、例えば、再生不良性貧血、先天性免疫不全症、先天性代謝異常症、骨髄異形成症候群、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、骨髄線維症、慢性肉芽腫症、重複免疫不全症候群、無ガンマグロブリン血症、Wiskott-Aldrich症候群、後天性免疫不全症候群(AIDS)等の免疫不全症候群、サラセミア、酵素欠損による溶血性貧血、鎌状赤血球症等の先天性貧血、Gaucher病、ムコ多糖症等のリソゾーム蓄積症、副腎白質変性症等の予防および/または治療剤として使用され得る。
【0111】
かかる細胞集団は、本発明の方法によって増殖または作製した造血幹細胞及び造血前駆細胞の他に、必要に応じて薬理学的に許容し得る担体や緩衝液とともに混合して医薬組成物とした後に用いることもできる。
【0112】
ここで、薬理学的に許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、例えば、懸濁液剤における懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などとして配合される。また必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、増粘剤、安定化剤などの製剤添加物を用いることもできる。
【0113】
細胞集団またはそれから調製した医薬組成物の移植(投与)は、従来行われている骨髄移植や臍帯血移植と同様に行えばよく、例えば、非経口的な投与(例、静脈注射、局所注入等)を挙げることができる。医薬組成物の好適な製剤としては、水性及び非水性の等張な無菌の注射液剤が挙げられる。
【0114】
本発明の細胞集団またはそれから調製した医薬組成物の投与量は、本発明ペプチドの活性、病気の重篤度、投与対象となる動物種、投与対象の薬物受容性、性別、体重、年齢等によって異なり一概にいえないが、通常、成人1回あたり造血幹細胞の量として1×10
6細胞/kg以上、好ましくは1×10
6〜1×10
10細胞/kg、さらに好ましくは、2×10
6〜1×10
9細胞/kgである。
【0115】
(IX)本発明ペプチドの抗体
本発明はまた、前述する本発明のペプチドに対する抗体を提供する。
【0116】
本発明の抗体には、ポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体が含まれる。好ましくはモノクローナル抗体である。
【0117】
好ましい抗体として、本発明のペプチドのうちKS-13(配列番号2)に対する抗体(抗KS-13抗体)を挙げることができる。本発明のモノクローナル抗体は、鳥類やげっ歯類を含む哺乳類などの脊椎動物、好ましくはヒト、マウスまたはラット等の哺乳類のイムノグロブリンクラス及びサブクラスを有する抗体である。いずれのイムノグロブリンクラス及びサブクラスに属する抗体であってもよいが、好ましいクラス及びサブクラスはイムノグロブリンM(IgM)であり、より好ましくはIgM(κ鎖)である。
【0118】
モノクローナル抗体は、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Second Edition(Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989)等に記載されるような公知の方法に従って作製することができる。具体的な製造方法については実施例2で後述する。本発明のモノクローナル抗体は、ヒトに対する抗原性を軽減するという観点から、ヒト化抗体であることが好ましい。ヒト化抗体とは、ヒト以外の動物抗体の可変領域(又は超過変領域)以外の部分をヒト免疫グロブリンのアミノ酸配列に置き換えたキメラ抗体であり、本発明ペプチド、特にKS-13に対する親和性を保持しつつ、ヒトに対する抗原性が軽減された抗体である。ヒト化モノクローナル抗体は、公知の手法に従って作製することができる。
【実施例】
【0119】
以下、本発明を、実施例及び実験例を用いてより詳細に説明する。但し、本発明はこれらの実験例によって何ら制限を受けるものではない。
【0120】
ところで、細胞が分裂して細胞数が増加する現象には、分化及び成熟を伴う「分化増殖」と、分化及び成熟を伴わない「自律増殖」の2つがある。そこで、下記の実験例において、前者の現象を「分化増殖」、後者の現象を「自律増殖」(本発明でいう「増幅」に相当する)と称する。
【0121】
実施例1 ペプチドの作製
図1に示すように、胎生期肝臓において造血幹細胞(図中、緑に染色)は肝芽細胞(図中、赤に染色)に近接していることから、肝芽細胞は造血幹細胞の増幅に重要な役割を担っていると考えられる。そこでこの肝芽細胞を純化し採取するため、F1ow cytometryに使用可能な抗体の作製を試みた。肝芽細胞の細胞膜に発現する複数のタンパク質から細胞外ドメインに相当し、かつマウスとヒトの両方にホモロジーの高いペプチドを10種類デザイン(以下、ペプチドA−J)し、抗ペプチド抗体の作製を試みた。
【0122】
A: cqkkdgpcvings
Cys Gln Lys Lys Asp Gly Pro Cys Val Ile Asn Gly Ser(配列番号1)
B: yecscapgysgkd
Tyr Glu Cys Ser Cys Ala Pro Gly Tyr Ser Gly Lys Asp(配列番号13)
C: pcqhggtcvddeg
Pro Cys Gly His Gly Gly Thr Cys Val Asp Asp Glu Gly(配列番号14)
D: canngtcvsldgl
Cys Ala Asn Asn Gly Thr Cys Val Ser Leu Asp Gly Leu(配列番号15)
E: rashasclcppgf
Arg Ala Ser His Ala Ser Cys Leu Cys Pro Pro Gly Phe(配列番号16)
F: lcdrdvracssap
Leu Cys Asp Arg Asp Val Arg Ala Cys Ser Ser Ala Pro(配列番号17)
G: sgnfceivansct
Ser Gly Asn Phe Cys Glu Ile Val Ala Asn Ser Cys Thr(配列番号18)
H: pgqcictdgwdge
Pro Gly Gly Cys Ile Cys Thr Asp Gly Trp Asp Gly Glu(配列番号19)
I: pnpcendgvctdi
Pro Asn Pro Cys Glu Asn Asp Gly Val Cys Thr Asp Ile(配列番号20)
J: vtspgclhglcge
Val Thr Ser Pro Gly Cys Leu His Gly Leu Cys Gly Glu(配列番号21)。
【0123】
抗体作製の定法に従って、これらの各ペプチドをラットに免疫し、リンパ節細胞を採取し、細胞融合した後、ELISAを行った。その結果、ペプチドAについては作製した抗体の約70%に陽性反応が認められたが、ペプチドA以外のペプチドについては作製した抗体の10%以下しか陽性反応は認められなかった。
【0124】
このことから、ペプチドA(配列番号2)には何某かの生理活性を有するものであることが示唆された。これを、KS-13(13アミノ酸より構成)と名付け、以下の実験に使用した。
【0125】
実施例2 抗KS-13抗体の作製
(1)ラットの免疫及び抗体価の測定
KS-13の抗体(抗KS-13抗体)を作製するために、抗原として認識されやすいペプチドとしてKS-13のN末端のCysを欠失させた12アミノ酸残基からなるペプチド、及びキャリアタンパク質としてKLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)を用いて、定法に従って、ラットを2週間間隔で4回免疫を行い、その後、HRP標識抗ラットIgGを用いてELISAにより抗体価を測定した。その結果、十分な抗体価の上昇が認められた。
【0126】
(2)個体スクリーニング
3匹(No1, No.2, No.3)のラットを用いて、免疫前と、上記ペプチドとキャリアタンパク質を用いて免疫した後に、それぞれ血清を採取した。以下、免疫前の血清を用いた実験をコントロールという。
【0127】
胎齢12.5日目のマウス胎仔の肝臓から、造血幹細胞集団であるSca-1(+)c-Kit(+)CD45(+)細胞を採取し(1000 cells/well)、これをKS-13と上記血清(1.5〜10%)とともに、細胞刺激因子(SCF, IL-3, IL-6, G-CSF, GM-CSF)を添付した培地(X-VIV010)に添加し8日間培養した。培養後、総細胞数を測定し、コントロールよりも総細胞数が有意に増加していたラット(No.2)の血清は、KS-13の分化抑制効果を中和していると考えられた。
【0128】
(3)融合
Kohler GとMilstein C.の報告(Nature 1975;256:p495-p497) に従ってポリエチレングリコール法を用いて、抗体価上昇が認められ、且つKS-13中和活性が認められたNo.2の免疫ラットの脾臓細胞をミエローマ細胞(p3U1)と融合した。定法に従い、Maleimide Activate Plate(PIERCE)にKS-13を結合させた抗原塗布プレートを用いて培養上清を、その抗体価を指標にスクリーニングし、抗体価陽性株を5つ選抜した。これらの抗体価陽性株をさらに、上記個体スクリーニングと同様の方法でスクリーニングして、KS-13中和活性が確認された3株(51-2、5-2、5-3)を選抜した。
【0129】
(4)最終スクリーニングとサブクラスの確認
上記で得られた3株を、限界希釈法によりクローニングし、ELISAにより抗体産生を確認した後、最終的に6株(51-2-1、51-2-2、5-2-1、5-2-2、5-3-1、5-3-2)を取得した。RAT MONOCLONAL ISOTYPING KIT(Serotec)を使用して樹立した細胞株のサブクラスを確認したところ、サブクラスは全てIgM(κ鎖)であることが判明した。
【0130】
実験例1 造血コロニー形成細胞アッセイ
細胞刺激因子(50 ng/mL rm SCF, 10 ng/mL rm IL-3, 10 ng/mL rh IL-6, 3 U/mL rh EPO)(rm:組換え型、rh:組換えヒト型を意味する)を含む半固形培地(Methocult M3434;StemCellTechnologies社製)に、KS-13(10μg/mLまたは30μg/mL)を添加して、マウス胎仔肝臓造血幹細胞(CD45(+)c-Kit(+) Sca-1(+))(1000 cells/dish)を培養し、造血コロニー形成細胞アッセイを行い、細胞の造血能力を評価した。また比較のため、KS-13を添加しない液体培地を用いて(None)、同様に造血コロニー形成細胞アッセイを行い、細胞の造血能力を評価した。
【0131】
12日間培養した後にコロニー形成数を測定した結果を
図2(A)に、1ヶ月間長期培養した後に形成された混合コロニー(mixed colony)の形態〔KS-13非存在下及びKS-13(30μg/mL)存在下〕を観察した結果を
図2(B)に示す。
図2(A)から分かるように、細胞刺激因子の存在にも関わらず、KS-13の存在下では、10μg/mL及び30μg/mLと用量依存的に、造血コロニーの形成が阻害されることが確認された。この事から、KS-13は、細胞刺激因子の存在下で造血幹細胞(CD45陽性c-Kit陽性Sca-1陽性)の分化増殖あるいは自律増殖を抑制することが示唆された。
【0132】
また
図2(B)から分かるように、KS-13存在下で1ヶ月長期培養すると、KS-13非存在下に比べて、混合コロニーのサイズが大きくなる傾向が認められた。このことから、KS-13は、細胞刺激因子の存在下で造血幹細胞(CD45陽性c-Kit陽性Sca-1陽性)の自律増殖を抑制するよりも、分化増殖を抑制する可能性が示唆された。
【0133】
実験例2 KS-13添加によるヒト臍帯血CD34陽性造血幹細胞の増幅
(1)実験方法
(1-1)ヒト臍帯血CD34陽性造血幹細胞集団(造血幹細胞及び分化がやや進んだ造血前駆細胞が混在した細胞集団)を、KS-13(1μg/mL、10μg/mL)を添加した液体培地(SCF 50ng/mL, TPO 10ng/mL, Flt3L 20ng/mLを別添したリンパ球用無血清合成培地(X-VIVO 10:Takara))で培養して生体外増幅を試みた。対照試験(コントロール)として、KS-13を添加しない液体培地(SCF 50ng/mL, TPO 10ng/mL, Flt3L 20ng/mLを別添したリンパ球用無血清合成培地(X-VIVO 10:Takara))を用いて、また比較試験(陽性コントロール)として、各種細胞刺激因子の混合物(Full:SCF 50ng/ml、TPO 10ng/mL、FIt3L 20ng/mL、IL-6 20ng/mL、sIL-6R 20ng/mL)を添加した液体培地(X-VIVO 10:Takara)を用いて、それぞれヒト臍帯血CD34陽性造血幹細胞集団を培養し、培養開始時(培養0日目)、並びに培養開始から7日目及び11日目に、総細胞数、CD34陽性細胞数(造血幹細胞及び分化がやや進んだ造血前駆細胞の数)、及びCD34陰性細胞数(分化成熟した血球細胞の数)を測定した。なお、ここで陽性コントロールにおいて使用した細胞刺激因子は、既存のヒトCD34陽性細胞増幅法で使用されている因子であり、これらはヒト造血幹細胞の増殖に作用することが報告されている(Sui X, et al., Proc Natl Acad Sci USA,1995,92,2859-2863; Ebihara Y, et al., Blood 1997, 90, 4363-4368)。
【0134】
(1-2)細胞死の誘導を確認するため、各実験系について11日間液体培養した細胞を対象としてPI染色を行い、計測した死細胞数から、生細胞の割合を算出した。
【0135】
(1-3)培養開始から11日目に、さらに定法に従ってコロニー形成細胞アッセイを行い、各種の造血前駆細胞〔CFU-GEMM(colony forming unit-granulocyte/erythrocyte/macrophage/megakaryocyte)、BFU-E(burst forming unit-erythrocyte)、CFU-GM(colony forming unit-granulocyte/macrophage)、CFU-M(colony forming unit- macrophage)、CFU-G(colony forming unit-granulocyte)〕の数を計測した。
【0136】
(2)実験結果
総細胞数、CD34陽性細胞数、及びCD34陰性細胞数の経時的変化を、それぞれ
図3、
図4、及び
図5に示す。
【0137】
(2-1)総細胞数の経時的変化
図3に示すように、KS-13(1μg/mL、10μg/mL)の存在下でヒト臍帯血CD34陽性造血幹細胞集団を11日間培養した場合に得られる総細胞数は、培養開始時(0日目)よりも増加しているものの(KS-13 1μg/mL:27.50倍の増加、KS-13 10μg/mL:29.38倍の増加)、その増加率は、陽性コントロール(Full:細胞刺激因子存在下での培養)よりも、またコントロール(Basal)よりも低かった。各培養系(コントロール、陽性コントロール、KS-13[1μg/mL]添加、KS-13[10μg/mL]添加)で11日間培養して得られる総細胞数の増加率は、コントロールでの増加率を1とすると以下のようになる。
【0138】
[数1]
総細胞数の増加率
コントロール:陽性コントロール:KS-13[1μg/mL]:KS-13[10μg/mL]
=1:2.2:0.72:0.77 。
【0139】
このことから、KS-13には、細胞刺激因子のような細胞分化増殖活性はないことがわかる。コントロール(Basal)の条件でヒトCD34陽性細胞を培養すると、分化増殖と自律増殖の両方が認められると想定されるが、上記の結果から、KS-13はこれら分化増殖と自律増殖(増幅)の両方を抑制しているか(分化抑制作用、増幅抑制作用)、またはそのどちらかを抑制していると考えられる。
【0140】
(2-2)CD34陽性細胞数の経時的変化
図4に示すように、KS-13(1μg/mL、10μg/mL)の存在下でヒト臍帯血CD34陽性造血幹細胞集団を11日間培養することで、陽性コントール(図中「Full」と示す)条件下と比べるとかなり劣るものの、CD34陽性細胞(造血幹細胞及び分化がやや進んだ造血前駆細胞)の数は、培養開始時(0日目)よりも約8倍増加していた(KS-13 1μg/ml:7.96倍、KS-13 10μg/ml:8.38倍)。
【0141】
各実験系(コントロール、陽性コントロール、KS-13[1μg/mL]、KS-13[10μg/mL])におけるCD34陽性細胞数の増加率は、コントロールの場合の増加率を1とすると以下のようになる。
【0142】
[数2]
CD34陽性細胞数の増加率
コントロール:陽性コントロール:KS-13[1μg/mL]:KS-13[10μg/m]
=1:2.69:0.84:0.89 。
【0143】
(2-3)CD34陰性細胞数の経時的変化
図5に示すように、CD34陰性細胞(分化成熟した血球細胞)は、いずれの実験系(コントロール、陽性コントロール、KS-13[1μg/mL]、KS-13[10μg/mL])でも細胞播種時には存在しなかったが、ヒト臍帯血CD34陽性造血幹細胞集団を11日間培養すると、すべての実験系でCD34陰性細胞の生成とその細胞数の増加が認められた。
【0144】
各実験系(コントロール、陽性コントロール、KS-13[1μg/mL]、KS-13[10μg/mL])におけるCD34陰性細胞数の増加率は、コントロールの場合の増加率を1とすると以下のようになる。
【0145】
[数3]
CD34陰性細胞数の増加率
コントロール:陽性コントロール:KS-13[1μg/mL]:KS-13[10μg/m]
=1:2.04:0.68:0.73 。
【0146】
上記[数2]と[数3]に示すように、KS-13(1μg/mL、10μg/mL)の存在下でヒト臍帯血CD34陽性造血幹細胞集団を11日間培養した場合、コントロールと比較してCD34陽性細胞数もCD34陰性細胞数もいずれもその増加率は低下するが、CD34陽性細胞数の増加率よりもCD34陰性細胞数の増加率のほうが低かった。これは、KS-13の添加により、CD34陽性細胞(造血幹細胞や造血前駆細胞)の増加よりもCD34陰性細胞(分化成熟した血球細胞)の増加が強く抑えられていることを意味する。上記(2-1)において、KS-13には、造血幹細胞や造血前駆細胞に対して増幅抑制作用と分化抑制作用の両方または一方があることを示したが、上記の結果は、増幅抑制作用よりも分化抑制作用のほうが優性であることを示している。
【0147】
なお、上記するように、既存のヒトCD34陽性細胞増幅法で使用されている細胞刺激因子を用いた陽性コントロールでは、CD34陽性細胞、つまり造血幹細胞や造血前駆細胞も増殖するものの、同時にCD34陰性細胞である血球細胞も顕著に増加することが認められ、造血幹細胞や造血前駆細胞の分化増殖をも促進していることが確認された。
【0148】
(2-4)細胞死誘導の確認
各実験系(コントロール、陽性コントロール、KS-13[1μg/mL]、KS-13[10μg/mL])について11日間液体培養した細胞を対象として生細胞率{(生細胞数/(生細胞数+死細胞数)}を算出した結果を下記に示す。
【0149】
コントロール(細胞刺激因子非存在):96.7%
陽性コントロール(細胞刺激因子存在):98.1%
KS-13[1μg/mL]:97.5%
KS-13[10μg/mL]:97.6%
これから、KS-13は細胞死を誘導しないことが判明した。
【0150】
(2-5)コロニー形成細胞アッセイ(造血前駆細胞数の計測)
各実験系(コントロール、陽性コントロール、KS-13[1μg/mL]、KS-13[10μg/mL])について11日間液体培養した細胞を対象として、各種の造血前駆細胞のコロニー〔CFU-GEMM(colony forming unit-granulocyte/erythrocyte/macrophage/ megakaryocyte)、BFU-E(burst forming unit-erythrocyte)、CFU-GM(colony forming unit-granulocyte/macrophage)、CFU-M(colony forming unit- macrophage)、CFU-G(colony forming unit-granulocyte)〕の数を計測した結果を
図6に示す。
【0151】
図6に示すように、細胞刺激因子存在下(陽性コントロール、図中「Full」と表示)では、コントロール(図中「Basal」と表示)と比較して、すべての前駆細胞(CFU-GEMM、BFU-E、CFU-GM、CFU-M、CFU-G)の増幅が認められ、ヒト臍帯血CD34陽性細胞が分化増殖したことが伺えた。これに対して、10μg/mL濃度のKS-13は、コントロール(図中「Basal」と表示)と比較し、造血幹細胞に最も近いと考えられるCFU-GEMMは添加量依存的に2倍程度まで増幅し、また比較的分化・成熟が進んだ赤血球系前駆細胞であるBFU-Eは2.5倍程度増幅したものの(
図6(A))、比較的分化・成熟が進んだ骨髄球系前駆細胞であるCFU-GM、CFU-G、及びCFU-Mは増幅しなかった(
図6(B))。これらのことから、KS-13は、ヒト臍帯血CD34陽性細胞が骨髄球系細胞に成熟・分化する過程を抑制することで、多系列の血球に分化できる混合造血前駆細胞(CFU-GEMM)と骨髄球系以外の赤血球系前駆細胞(BFU-E)を増幅することが明らかになった。
【0152】
実験例3 骨髄造血細胞におけるKS-13の取り込み
(1)Flow cytometry解析
マウス骨髄細胞をビオチン標識したKS-13で処理し、次いで造血幹細胞のマーカーであるCD45抗体(CD45 conjugated with PE-Cy7:Biolegend)、c-Kit抗体(c-Kit conjugated with APC:Biolegend)、及びSca-1抗体(Sca-1 conjugated with PE:Biolegend)、並びに蛍光色素で標識したStreptavidin(Streptavidin conjugated with FITC:Biolegend)を用いて染色し、Flow cytometryを用いて解析した。
【0153】
結果を
図7(A)及び(B)に示す。
【0154】
図7に示すように、KS-13は、造血幹細胞を反映するCD45(+)c-Kit(+)Sca-1(+)細胞の一部へ取り込まれる事が明らかになった。
【0155】
(2)免疫染色法
造血幹細胞増幅器官である胎齢12.5日目マウス胎仔肝臓の凍結切片を作製し、ビオチン標識したKS-13を用いて染色を行った。具体的には、凍結切片をPBS(-)で洗浄後、1%BSA PBS(-)溶液で30分間ブロッキング(非特異的反応を抑える操作)を行い、抗マウスc-Kit抗体(R&D systems, AF1356 )とビオチン標識したKS-13で4℃、一晩反応した。反応後PBS(-)で洗浄し、Anti-goat IgG conjugated with Alexa 488 (Invitrogen)及びStreptavidin conjugated with Alexa 546 (Invitrogen)、TOTO-3 (Invitrogen)で室温30分反応し、PBS(-)で洗浄後、マウンティングメディウム(DAKO)でマウントし、共焦点レーザー顕微鏡(オリンパスFV-1000)で観察した。
【0156】
結果を
図8に示す。
図8に示すように、造血幹細胞の中には、KS-13を取り込む細胞と取り込まない細胞が存在し、上記(1)のFlow cytometryの結果(
図7)に一致した。また、KS-13はendocytosisにより造血幹細胞及び前駆細胞に取り込まれ、膜表面及び核内に到達することが示唆された。
【0157】
実験例4 マウスにおけるKS-13結合タンパク質の解析
ビオチン標識したKS-13を胎齢12.5日目マウス胎仔肝臓細胞と氷上で1時間反応し、PBS(-)洗浄後Streptavidin-Microbeads (Milteny 130-048-102)と反応した。この操作で、KS-13を取り込む細胞には、Microbeadsが結合したと考えられた。次に、このサンプルをMACSカラム(Milteny LS column)に通し、KS-13を取り込んだ細胞をカラムにトラップした。1% Triton(Wako chemical)をカラムに流して細胞膜を破砕し、続けて6-8M Urea溶液あるいは2.5M Glycin溶液をカラムに流してKS-13に結合する一連のタンパク群を抽出した。この抽出溶液をMudPIT(Multidimensional Protein Identification Technology)法を用いてKS-13に結合するタンパク質を解析した。
【0158】
図9に示すように、マウス造血幹細胞が赤血球に分化・成熟する過程で、細胞表面に発現するタンパク質が変化する(「Sca-1(+)c-kit(+)」→「Sca-1(-)c-kit(+)CD71(-)」→「Sca-1(-)/c-kit(+)/CD71(+)」→「Sca-1(-)/c-kit(-)/CD71(+)/Ter119(+)」→「Sca-1(-)/c-kit(-)/CD71(-)/Ter119(+)」)。この組み合せを用いて、Flow cytometryでこれら細胞集団を純化・採取し、mRNA抽出、cDNA合成を行った。次に、MudPITのデータより得られた遺伝子のprimerをデザインし、マウス造血幹細胞が赤血球に分化・成熟する過程における遺伝子発現の変化を、real-time PCR法で検討した。
【0159】
結果を
図10に示す。
【0160】
図10に示すように、造血幹細胞が赤血球へ分化する過程において、ある一定の遺伝子発現パターンが確認された。この遺伝子発現パターンは、造血幹細胞が赤血球へ分化するにつれて遺伝子発現が低下するパターンA(造血幹細胞の維持に重要であることが示唆される)、造血幹細胞が赤血球に分化する中間段階で遺伝子発現が亢進するパターンB(造血幹細胞が分化するために一過性に発現が亢進する)、造血幹細胞が赤血球へ分化するにつれて遺伝子発現が亢進するパターンC(造血幹細胞が赤血球へ分化するために重要であることが示唆される)に分類することができた。なお、パターンAに当てはまる遺伝子としてはRasGrp1及びHMGN2、パターンBに当てはまる遺伝子としてはHDGF、またパターンCに当てはまる遺伝子としてはProx2及びDppa3を挙げることができる。
【0161】
この結果から、KS-13へ結合するタンパク群が、分化に関与することが明らかになった。またこれから、KS-13は、組織特異的幹細胞またはその前駆細胞を増幅または作製するために使用できるだけではなく、新しい分化関連因子の同定に利用可能であることが明らかになった。またKS-13の抗体も同様に分化関連因子の同定に利用することができる。
【0162】
実験例5 Akt及びp53のリン酸化
KS-13がどのようなシグナル伝達経路を活性化するか検討するため、まず、ヒト臍帯血CD34陽性細胞をKS-13添加培地(X-VIVO 10)で2日間培養した。次にQproteome Mammalian Protein Prep Kit (QIAGEN, Cat No.37901)を用いてタンパクを抽出し、Phospho-Kinase Array Kit, Human, Proteome Profiler (R&D CatNo.ARY003)を用いて、様々なシグナル伝達経路のリン酸化を検討した。
図11の結果より、Aktのリン酸化サイトT308、p53のリン酸化サイトS15のリン酸化が認められた。このことから、KS-13はAktとp53のシグナル伝達経路を制御することが明らかになった。
【0163】
実験例6 コロニー形成線維芽細胞(CFU-F)アッセイ
マウス骨髄細胞(2x10
7 cells)を、KS-13を50μg/mLの割合で添加した液体培地(Mesencult:Stem Cell Technologies社)またはKS-13を添加しない同液体培地で培養して、コロニー形成線維芽細胞(CFU-F)アッセイを行い、間葉系幹細胞数の指標であるCFU-Fの形成数を測定した。
【0164】
結果を
図12に示す。
図12に示すように、KS-13を添加しない培養系(コントロール)では35.5のCFU-F、KS-13(50μg/mL)を添加した培養系では48.0のCFU-Fが形成された。KS-13を添加した群では、個々のCFU-Fの大きさは小さい傾向が認められた。このことから、KS-13は間葉系幹細胞を1.4倍増幅することが明らかになった。以上より、KS-13は造血幹細胞及び造血前駆細胞だけではなく、MudPITで同定された因子及びAkt、 p53の伝達経路を介して、間葉系幹細胞を始めとする他の組織特異的幹細胞(例えば神幹細胞や皮膚幹細胞などの組織特異的幹細胞)の増幅にも有効である可能性が示唆された。
【0165】
実験例7 多能性幹細胞からの造血幹細胞及び類似細胞の誘導
多能性幹細胞より造血幹細胞及び造血幹細胞に類似する造血前駆細胞を誘導するため、マウス胚性幹細胞より胚様体誘導後中胚葉系細胞をFlow cytometryで採取し、SCFとKS-13存在下で培養後、遺伝子発現解析及び造血能力の解析を行った(
図13)。
【0166】
マウス胚性幹細胞(CCE)6×10
4 cellsを以下の培養液で5日間培養し、胚様体を形成した。
【0167】
培養液組成:
15% FBS (Fetal Bovine Serum), 2mM L-glutamine(SIGMA-ALDRICH)0.0026% (vol/vol) monothioglycerol(MTG, Wako Pure Chemical Industries, Osaka, Japan), 50 mg/ml L-ascorbic acid (Wako Pure Chemical Industries), 10 U/ml penicillin, 10 mg/ml streptomycin (SIGMA-ALDRICH)。
【0168】
この胚様体をピペッティング後にCell Dissociation buffer (Life Technologies, Carlsbad, CA) で 37 ℃、30分間インキュベーションし、細胞塊をsingle cellにほぐした後、Alexa Fluor(登録商標)647-conjugated anti-CD324 (E-cadherin) Ab (eBioscience, San Diego, CA), Pacific Blue(商標)anti-mouse Flk-1 (VEGFR2) Ab (BioLegend, San Diego, CA), PE-Cy7-conjugated anti-mouse c-Kit (CD117) Ab (eBioscience)で氷上30分間反応し、PBS(-)で洗浄後、CD324(-)Flk-1(+)c-Kit(+)細胞をFlow cytometryで採取した。
【0169】
次に採取したCD324(-)Flk-1(+)c-Kit(+)細胞を、50 ng/mL rm SCF(Peprotech)と100μg/mLKS-13の存在下及び非存在下で数日間培養し、CD45、Runx-1、HoxB4遺伝子の発現をreal-time PCRで検討した。各々の遺伝子に関してはTaqMan probe(Life Technologies)を用い、解析はStepOnePlus(Life Technologies)で行った。
【0170】
結果を
図14に示す。
【0171】
図14に示すように、培養後4日目ではSCF単独培養、SCFとKS-13の共培養、また培養後5日目ではSCF単独培養において、造血細胞のマーカーであるCD45遺伝子発現が確認された。しかしながら、培養後5日目では、SCFとKS-13の共培養において、CD45遺伝子発現は認められなかった。SCFとKS-13の共培養群において、Runx-1、HoxB4遺伝子の発現を経時的に検討したところ、Runx-1の発現は培養後3日目でピークに達し、HoxB4遺伝子の発現は培養後4日目でピークに達した。CD45遺伝子は造血細胞発生における初期マーカーであり、本遺伝子陽性の画分は造血幹細胞を発生した可能性がある。Runx-1遺伝子は造血幹細胞の発生直前に発現が亢進する。またHoxB4遺伝子はES細胞へ導入すると造血幹細胞が誘導されるものの、過剰発現が持続すると白血病を発症する。
【0172】
以上の結果より、マウス胚性幹細胞から胚様体形成を経て誘導された中胚葉系細胞、CD324(-)Flk-1(+)c-Kit(+)細胞は、SCFとKS-13の添加培養4日後に造血幹細胞及び造血幹細胞に類似した細胞が誘導されたことが推定された。
【0173】
そこで、細胞刺激因子(50 ng/mL rm SCF, 10 ng/mL rm IL-3, 10 ng/mL rh IL-6, 3 U/mL rh EPO)を含む半固形培地(Methocult M3434;StemCellTechnologies社製)でこの細胞を培養したところ、1ヶ月後に直径10mmを越える大きさの、造血幹細胞に類似する細胞である、HPP-CFC(High Proliferative potential colony forming cells)が確認された(
図15)。
【0174】
以上の結果より、KS-13は、マウス多能性幹細胞より造血幹細胞に類似する細胞を誘導する効果がある事が明らかになった。
【0175】
本培養条件においてHPP-CFCが誘導されたことより、使用するES細胞をCCE株から移植実験に適切な近交系マウス・C57BL6由来であるBRC5株へ変更し、造血幹細胞活性の検討を行った。
【0176】
CCE株と同じ手法を用いて移植用細胞を調整した。C57BL6由来細胞の移植を拒絶しないLy-5.1マウスをレシピエントに用いた。このレシピエントマウスに7.5グレイ放射線照射し、BRC株由来細胞とレスキュー用1×10
5個のLy-5.1マウス骨髄細胞を混在し、骨髄及び尾静脈より細胞を移植した。
【0177】
結果を
図16、17、18に示す。
【0178】
図16に示すように、レシピエントマウス2匹の骨髄へ約2000細胞を移植し、3?4ヶ月後にFlow cytometryを用いて造血幹細胞活性を意味する骨髄再構築能を評価した。低いキメリズムにも関わらず、移植を受けた2匹において、骨髄の再構築が認められた(Control; CD45.2(+)Gr-1(+): 0.041%, CD45.2(+)Mac-1(+): 0.082%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0.085%, CD45.2(+)B220(+): 0.092% /No.1; CD45.2(+)Gr-1(+): 0.361%, CD45.2(+)Mac-1(+): 0.421%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0.090%, CD45.2(+)B220(+): 0.130% /No.2; CD45.2(+)Gr-1(+): 0.248%, CD45.2(+)Mac-1(+): 0.347%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0.109%, CD45.2(+)B220(+): 0.183%)。
【0179】
図17及び18に示すように、レシピエントマウス2匹の尾静脈へ約20000細胞を移植し、2ヶ月後にFlow cytometryを用いて造血幹細胞活性を意味する骨髄再構築能を評価した。移植を受けた2匹において、骨髄の再構築が認められた(Control; CD45.2(+)Gr-1(+): 0%, CD45.2(+)Mac-1(+): 0.018%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0%, CD45.2(+)B220(+): 0.005% /No.1; CD45.2(+)Gr-1(+): 0.356%, CD45.2(+)Mac-1(+): 0.925%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0.006%, CD45.2(+)B220(+): 0.077% /No.2; CD45.2(+)Gr-1(+): 0.548%, CD45.2(+)Mac-1(+): 1.90%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0.020%, CD45.2(+)B220(+): 0.132%)。
【0180】
このことから、KS-13は多能性幹細胞から造血幹細胞及び類似細胞の誘導に有効なことが明らかになった。
【0181】
実験例8 KS-13添加によるマウス造血幹細胞の増幅
胎齢12.5日目マウス胎仔肝臓より、Flow cytometry法を用いて造血幹細胞(CD45(+)c-Kit(+) Sca-1(+))を純化・採取し、KS-13(30μg/mL)を添加した液体培地(SCF 50ng/mL, TPO 50ng/mLを別添したリンパ球用無血清合成培地(X-VIVO 10:Takara))で培養して生体外増幅を試みた。対照試験(コントロール)として、KS-13を添加しない液体培地(SCF 50ng/mL, TPO 50ng/mLを別添したリンパ球用無血清合成培地(X-VIVO 10:Takara))を用いた。4日間培養後、放射線照射したレシピエントLy-5.1マウスへ、体外増幅した細胞(約10000細胞)とレスキュー用1x10
5個のLy-5.1マウス骨髄細胞を混在し、骨髄及び尾静脈より細胞を移植した(体外増幅群:3匹、コントロール:2匹)。移植5ヶ月後にFlow cytometryを用いて造血幹細胞活性を意味する骨髄再構築能を評価した。
【0182】
図19に示すように、骨髄の再構築はすべての血球系列においてコントロールよりも高いキメリズムを認めた(コントロール群 CD45.2(+)Gr-1(+): 0.534%, CD45.2(+)Mac-1(+): 1.1725%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0.0155%, CD45.2(+)B220(+): 0.1045% /体外増幅群; CD45.2(+)Gr-1(+): 0.546%, CD45.2(+)Mac-1(+): 1.69%, CD45.2(+)Thy1.2(+): 0.045%, CD45.2(+)B220(+): 0.181%)。
【0183】
このことから、KS-13は造血幹細胞の体外増幅に有効なことが示唆された。
【0184】
実験例9 KS-13修飾物の効果
細胞刺激因子(50 ng/mL rm SCF, 10 ng/mL rm IL-3, 10 ng/mL rh IL-6, 3 U/mL rh EPO)(rm:組換え型、rh:組換えヒト型を意味する)を含む半固形培地(Methocult M3434;StemCellTechnologies社製)に、KS-13(配列番号1)のN末端をミリストイル化したMyristoylated KS-13(30μg/mL)、コントロールペプチド(NQVSIGCPCDGKK:配列番号22)(30μg/mL)を添加して、マウス胎仔肝臓造血幹細胞(CD45(+)c-Kit(+) Sca-1(+))(1000 cells/dish)を培養し、造血コロニー形成細胞アッセイを行い、細胞の造血能力を評価した。
【0185】
12日間培養した後にコロニー形成数を測定した結果を
図20に示す。コントロールペプチド(コロニー数:111.1)とMyristoylated KS-13(コロニー数:93.9)を比較した場合、Myristoylated KS-13はコントロールよりもコロニー形成を阻害した。
【0186】
このことから、Myristoylated KS-13は細胞刺激因子の存在下で造血幹細胞(CD45陽性c-Kit陽性Sca-1陽性)の分化増殖を抑制する可能性が示唆された。
【0187】
実験例10 ヒトにおけるKS-13結合タンパク質の解析
ビオチン標識したKS-13をヒト臍帯血CD34陽性細胞と氷上で1時間反応し、PBS(-)洗浄後Streptavidin-Microbeads (Milteny 130-048-102)と反応した。この操作で、KS-13を取り込む細胞には、Microbeadsが結合したと考えられた。次に、このサンプルをMACSカラム(Milteny LS column)に通し、KS-13を取り込んだ細胞をカラムにトラップした。1% Triton(Wako chemical)をカラムに流して細胞膜を破砕し、続けて6-8M Urea溶液あるいは2.5M Glycin溶液をカラムに流してKS-13に結合する一連のタンパク群を抽出した。この抽出溶液をMudPIT(Multidimensional Protein Identification Technology)法を用いてKS-13に結合するタンパク質を解析した。
【0188】
以下、タンパク量を意味するemPAIの価が高い上位5つのタンパク質を、抽出法別に列挙する。
【0189】
Urea抽出:
0.58:Uncharacterized protein C20orf54。0.47:Ig lambda chain V-I region HA。0.47:Protein CGI-301。0.47:Protein transport protein Sec61 subunit beta。0.27:DNA-binding protein A。
【0190】
Glycin抽出
0.58:Small nuclear ribonucleoprotein G-like protein。0.39:Host cell factor C1 regulator 1。0.39:Keratin, type I cytoskeletal 16。0.28:Keratin, type I cytoskeletal 14。0.28:Tropomyosin beta chain。
【0191】
また上位ではないものの、マウスにおける解析と同様に、HDGF、ユビキチン関連因子などの分化・増殖を制御する因子も同定された。
【0192】
このことから、KS-13は、ヒトにおいても新しい分化関連因子の同定に利用可能であることが明らかになった。