特許第5791641号(P5791641)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5791641
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】風味の良好な醸造食品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 1/238 20060101AFI20150917BHJP
【FI】
   A23L1/238 103A
   A23L1/238 103Z
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-2345(P2013-2345)
(22)【出願日】2013年1月10日
(65)【公開番号】特開2014-132855(P2014-132855A)
(43)【公開日】2014年7月24日
【審査請求日】2013年8月9日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】渡部 潤
(72)【発明者】
【氏名】茂木 喜信
【審査官】 吉岡 沙織
(56)【参考文献】
【文献】 特許第5616048(JP,B2)
【文献】 実開平04−019187(JP,U)
【文献】 中国特許出願公開第101756222(CN,A)
【文献】 韓国公開特許第2002−0024174(KR,A)
【文献】 協賛企業様のご紹介〜まるみ麹本店さま〜、[online],2012年 6月30日,[平成27年6月29日検索]、インターネット<URL:http://ameblo.jp/mamakuru2012/entry-11290273432.html>
【文献】 Brauwelt,1989年,Vol.129, No.47/48,P.2367-2368
【文献】 冷凍,1996年 4月15日,第71巻 第822号,P.55-61
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 1/00−035
A23L 1/202
A23L 1/238
C12C
C12F
C12G
C12H
C12J
C12L
A23B 7/00−9/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
醤油の製造法において、イオン発生装置を作動させ、イオンが存在する環境下で発酵及び熟成させる、産膜形成が阻害され、風味の良好な醤油の製造法。
【請求項2】
イオン発生装置として、マイナスイオン及び/又はプラスイオンを発生させることの出来る装置を使用する、請求項1記載の製造法
【請求項3】
イオン発生装置を具備した醤油製造用タンク
【請求項4】
イオン発生装置を併設した醤油製造用仕込蔵
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、醸造過程の一部あるいは全部の工程でイオン発生装置を作動させ、イオンが存在する環境下で発酵・熟成させることで、産膜酵母の産膜形成を特異的に阻害し、風味の良好な醸造食品の製造する方法、及びイオン発生装置を具備した醸造食品製造用タンク等の醸造設備に関する。
【背景技術】
【0002】
ジゴサッカロミセス・ルキシは、醤油、味噌などの食品の生産等において欠くことのできない有用な微生物であり、アルコールをはじめとする各種の香気成分を生成することにより、当該食品に特徴的な香味を付与する役割を担っている。
【0003】
しかし、ジゴサッカロミセス・ルキシの中には特定の条件下で産膜を形成し、不快臭成分を生成することで、当該食品の品質を著しく低下させる産膜性の株が存在することは古くから知られている(非特許文献1)。
【0004】
この産膜酵母の汚染を防止するため、例えば、防黴剤などの各種薬剤を用いる方法、あるいはグリセロ糖脂質、紅麹菌培養物など天然成分を添加する方法が提案されているが、安全・安心の高まりにより、添加物不使用が嗜好される現在の消費者事情からはかけ離れており、到底採用することはできない。
【0005】
薬剤等を使用しないで産膜酵母の生育を阻止する方法としては、醤油諸味に醤油油の油層を形成させる方法(特許文献1)、気体から液体を遮蔽する合成樹脂製シートで液面を覆う方法(特許文献2)、不活性ガスと接触させる方法(特許文献3)が考案されている。
【0006】
しかし、醤油諸味に醤油油の油層を形成させる方法や気体から液体を遮蔽する合成樹脂製シートで液面を覆う方法は、油や合成樹脂製シートが醸造食品と接触するため、醸造食品の香味や風味に悪影響を及ぼす可能性があり、好ましい方法とはいえない。また、不活性ガスと接触させる方法は、産膜酵母の抑制に密閉型のタンクと99.9%以上の高純度窒素ガスを必要とし、手軽に採用できる方法でない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−253848号公報
【特許文献2】特開2001−346511号公報
【特許文献3】特開2004−350602号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本醸造協会誌、92、783-859(1997)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者は、より簡便な方法で醸造食品の産膜酵母の汚染を防止し、風味の良好な醸造食品を製造する方法を提供することを目的とし、鋭意検討を重ねた。
【課題を解決するための手段】
【0010】
その結果、本発明者は、近年、空気清浄分野で注目を集めているイオン発生装置を醸造食品の製造に応用することにより、醸造に有用な微生物の成育や活動になんら影響を及ぼすことなく、産膜酵母の産膜形成のみを特異的に抑制可能であることを見出し、本発明を完成させるに至った。したがって、本発明は、以下の発明に関するものである。
【0011】
(1)醤油の製造法において、イオン発生装置を作動させ、イオンが存在する環境下で発酵及び熟成させる、産膜形成が阻害され、風味の良好な醤油の製造法。
(2)イオン発生装置として、マイナスイオン及び/又はプラスイオンを発生させることの出来る装置を使用する、(1)記載の製造法
(3)イオン発生装置を具備した醤油製造用タンク
(4)イオン発生装置を併設した醤油製造用仕込蔵

【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、醸造過程の一部あるいは全部の工程でイオン発生装置を作動させ、イオンが存在する環境下で発酵・熟成させることで、醸造食品に有用な乳酸菌や非産膜性酵母の生育を阻害することなく、同食品に悪影響を及ぼす産膜酵母の産膜形成のみを特異的に阻害することにより、風味の良好な醸造食品を製造することが可能になる。
【0013】
また、イオン発生装置を具備した醸造食品製造用タンク等を用いることにより、食品製造において不都合な微生物の生育を抑止し、官能的に良好な特性を有する醸造食品を簡便に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、イオンによる産膜形成防止効果を示したものである。
図2図2は、醤油醸造に有用な醤油酵母の生育がイオンによる影響を受けないことを示したものである。
図3図3は、醤油諸味におけるイオンによる産膜形成防止効果を示したものである。
図4図4は、生醤油におけるイオンによる産膜形成防止効果を示したものである。
図5図5は、小仕込試験におけるイオンによる産膜形成防止効果を示したものである。
図6図6は、イオン発生装置を作動させて醸造された醤油が優れた官能特性を有することを示す官能試験結果を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、上述したように、イオン発生装置を作動させ、イオンが存在する環境下で発酵・熟成させることにより、風味の良好な醸造食品を製造することを特徴としている。
【0016】
醸造食品としては、発酵・熟成の過程において、産膜酵母が増殖し、産膜を形成する可能性のある食品であればよく、特に制限されない。具体的には、醤油、味噌、梅干、漬物、ワイン、醸造酢、などを例示することできる。そのような醸造食品の中でも、醤油、味噌など含塩発酵食品が、本発明方法の効果の出やすい対象食品として挙げることができる。
【0017】
使用するイオン発生装置としては、マイナスイオン及び/又はプラスイオンを発生させることのできる装置であれば良く、具体的には、装置の安全性がメーカーの各種試験で担保されているシャープ株式会社製のプラズマクラスターイオン発生装置やパナソニック株式会社製のナノイーイオン発生装置が好ましい装置として例示される。
【0018】
このようなイオン発生装置を用いてイオンを発生させる時期あるいは時間としては、効率的に産膜酵母の産膜形成を阻止できるように醸造過程の一部あるいは全部の工程でイオン発生装置を作動させればよい。具体的には、醤油の場合を例に挙げ説明すれば、仕込みタンクに麹と塩水とを仕込んだ以降であればいつでもよく、特に産膜酵母の発生しやすい、仕込み後1ヶ月以降にイオン発生装置を作動させるのが効率的である。
【0019】
イオン発生装置を作動させた後は、これまでの製造方法と全く同一の方法により該食品を製造すればよい。イオン発生装置の稼働は常時稼働させることが好ましいが、節電の観点から間欠稼働であってもなんら問題ない。
【0020】
また、本発明では、上述した本発明方法を実施するための製造設備を提供する。具体的には、イオン発生装置を併設した醸造食品用仕込蔵やイオン発生装置を具備した醸造食品製造用タンクなどである。
【0021】
醸造食品用仕込蔵に併設するイオン発生装置は、小規模試験に基づき、仕込蔵あるいはタンク空隙部の体積に応じた出力を有する装置を選定すればよい。
【0022】
また、醸造タンクにイオン発生装置を取り付ける場合には、取り付ける部位に特段の制約はないものの、高濃度のイオンをタンク内部に導入するため、醸造タンク内部に設置するか、イオンがタンク内部に流れ込むような通気システムを併用すること好ましい。
【実施例】
【0023】
以下、実施例をあげて具体的に説明するが、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【0024】
実施例1:イオンによる産膜酵母の産膜形成の特異的な抑制
イオン発生装置から発生されるイオンが産膜酵母の産膜形成に特異的に働くことを確認するため、ジゴサッカロミセス・ルキシ(Zygosaccharomyces rouxii)の産膜株及び非産膜株を産膜形成培地(イーストエクストラクト1%、ペプトン2%、グルコース2%、食塩10%)で5−10日間、28度、9.8Lのポリプロピレン製容器内で静置培養し、イオン発生装置の作動の有無により、産膜形成に違いが見られるかどうかを確認した。その結果、イオン発生装置の設置により非常に効果的に産膜形成が阻害されることを確認した(表1、図1)。なお、イオン発生装置としては、シャープ株式会社製のプラズマクラスターイオン発生装置とパナソニック株式会社製のナノイーイオン発生装置を用い、それぞれ、「プラズマ」及び「ナノイー」と略称する。また、産膜形成の度合いは、産膜形成が見られない場合は−、見られた場合にはその程度を+、++、+++で表した(表2から4も同様)。
【0025】
【表1】
【0026】
また、非常に興味深いことに、イオン発生装置の作動より、醤油醸造に有用な非産膜性のジゴサッカロミセス・ルキシ株の生育はイオンを浴びせた開放試験区においても、イオンを阻害した遮蔽試験区においても差が認められず、生育阻害を受けないことが確認された(図2)。
【0027】
実施例2:醤油諸味又は生醤油における産膜形成の特異的な抑制
イオン発生装置から発生されるイオンが、醤油や醤油諸味においても産膜形成を阻害し、有効に機能するかどうかを確認するため、容器(ビーカー)に醤油諸味及び生醤油を入れ、産膜形成の有無を調査した。なお、醤油諸味はヤマサ醤油株式会社内の醸造タンクから採取し、そのまま使用し、生醤油はその諸味を濾紙濾過したものを用いた。28℃で30日間、醤油諸味及び生醤油を保温した結果、醤油諸味及び生醤油の両方において、イオン発生装置の作動により非常に効果的に産膜形成が阻害された(諸味:表2と図3、生醤油:表3と図4)。
【0028】
【表2】
【0029】
【表3】
【0030】
実施例3:小規模仕込試験における産膜形成の特異的な抑制
イオン発生装置から発生されるイオンが、醤油製造環境においても機能するかどうかを確認するため、小仕込試験を行った。すなわち、14リットル容量のステンレス製ポットを複数用いて、それぞれのポットに3.5キログラムの麹と食塩濃度24.2%(w/v)の食塩水5リットルを添加し、諸味を作製した。得られた諸味入りポットを二群に分け、一方はイオン発生装置の設置し、イオン発生させ、イオンが存在する環境下で発酵・熟成させた。なお、諸味管理は、仕込後2週間は15℃に、その後は28℃に管理した。効果をよりはっきりさせるため、仕込1ヶ月後に産膜性のジゴサッカロミセス・ルキシ株を醤油諸味1グラム当たり、10個添加し、その効果を確認した。その結果、小仕込試験においても、イオン発生装置によりイオンを発生させた群では、非常に効果的に産膜形成が阻害された(表4と図5)。
【0031】
【表4】
【0032】
次に、小仕込試験で製造された醤油の官能特性を評価するため官能評価を実施した。その結果、イオンが存在する環境下で発酵・熟成させて得られた醤油は、いわゆる産膜臭が少なく、香気特性に有意に優れていることが明らかとなった(図6)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6