特許第5791791号(P5791791)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5791791
(24)【登録日】2015年8月14日
(45)【発行日】2015年10月7日
(54)【発明の名称】高弾性限非磁性鋼材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/46 20060101AFI20150917BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20150917BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20150917BHJP
【FI】
   C21D9/46 Q
   C22C38/00 302R
   C22C38/58
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-513854(P2014-513854)
(86)(22)【出願日】2014年2月27日
(86)【国際出願番号】JP2014054807
(87)【国際公開番号】WO2014133058
(87)【国際公開日】20140904
【審査請求日】2014年7月9日
(31)【優先権主張番号】特願2013-38502(P2013-38502)
(32)【優先日】2013年2月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(74)【代理人】
【識別番号】100076130
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
(72)【発明者】
【氏名】中村 定幸
(72)【発明者】
【氏名】広田 龍二
【審査官】 坂巻 佳世
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭61−213353(JP,A)
【文献】 特開2007−302972(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/062152(WO,A1)
【文献】 国際公開第2002/088410(WO,A1)
【文献】 特開平05−117813(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C21D 9/46
C22C 38/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.12%以下、Si:0.30%〜3.00%、Mn:2.0%〜9.0%、Ni:7.0%〜15.0%、Cr:11.0%〜20.0%、N:0.30%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式で定義されるNi当量の値が19.0以上となる成分組成を有し、オーステナイト平均結晶粒径をd(μm)とするとき、d-1/2(μm-1/2)が0.40以上であり、相当ひずみ0.50以上の冷間加工を付与した後の透磁率μが1.0100以下となる性質を有するオーステナイト系ステンレス鋼板に、圧延率40%以上の冷間圧延を施したのち、時効温度300℃〜600℃、かつ下記(4)式を満足する条件で時効処理を施す、靭性に優れた高弾性限非磁性ステンレス鋼材の製造方法
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si2 ・・・(1)
13000<T(logt+20)<16500 ・・・(4)
ただし、Tは絶対温度で表した時効温度(K)、tは時効時間(h)である。
【請求項2】
質量%で、C:0.12%以下、Si:0.30%〜3.00%、Mn:2.0%〜9.0%、Ni:7.0%〜15.0%、Cr:11.0%〜20.0%、N:0.30%以下を含有し、さらにMo:3.0%以下、V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Ti:1.0%以下、B:0.010%以下の1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記(3)式で定義されるNi当量の値が19.0以上となる成分組成を有し、オーステナイト平均結晶粒径をd(μm)とするとき、d-1/2(μm-1/2)が0.40以上であり、相当ひずみ0.50以上の冷間加工を付与した後の透磁率μが1.0100以下となる性質を有するオーステナイト系ステンレス鋼板に、圧延率40%以上の冷間圧延を施したのち、時効温度300℃〜600℃、かつ下記(4)式を満足する条件で時効処理を施す、靭性に優れた高弾性限非磁性ステンレス鋼材の製造方法
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si2+0.6Mo+2.3(V+Nb+Ti) ・・・(3)
13000<T(logt+20)<16500 ・・・(4)
ただし、Tは絶対温度で表した時効温度(K)、tは時効時間(h)である。
【請求項3】
質量%で、C:0.02%〜0.09%、Si:0.30%〜3.00%、Mn:2.0%〜9.0%、Ni:7.0%〜14.0%、Cr:16.0%〜20.0%、N:0.02%〜0.30%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式で定義されるNi当量の値が19.0以上となる成分組成を有し、オーステナイト平均結晶粒径をd(μm)とするとき、d-1/2(μm-1/2)が0.40以上であり、相当ひずみ0.50以上の冷間加工を付与した後の透磁率μが1.0100以下となる性質を有するオーステナイト系ステンレス鋼板に、圧延率40%以上の冷間圧延を施したのち、時効温度300℃〜600℃、かつ下記(4)式を満足する条件で時効処理を施す、靭性に優れた高弾性限非磁性ステンレス鋼材の製造方法
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si2 ・・・(1)
13000<T(logt+20)<16500 ・・・(4)
ただし、Tは絶対温度で表した時効温度(K)、tは時効時間(h)である。
【請求項4】
質量%で、C:0.02%〜0.09%、Si:0.30%〜3.00%、Mn:2.0%〜9.0%、Ni:7.0%〜14.0%、Cr:16.0%〜20.0%、N:0.02%〜0.30%を含有し、さらにMo:3.0%以下、V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Ti:1.0%以下、B:0.010%以下の1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記(3)式で定義されるNi当量の値が19.0以上となる成分組成を有し、オーステナイト平均結晶粒径をd(μm)とするとき、d-1/2(μm-1/2)が0.40以上であり、相当ひずみ0.50以上の冷間加工を付与した後の透磁率μが1.0100以下となる性質を有するオーステナイト系ステンレス鋼板に、圧延率40%以上の冷間圧延を施したのち、時効温度300℃〜600℃、かつ下記(4)式を満足する条件で時効処理を施す、靭性に優れた高弾性限非磁性ステンレス鋼材の製造方法
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si2+0.6Mo+2.3(V+Nb+Ti) ・・・(3)
13000<T(logt+20)<16500 ・・・(4)
ただし、Tは絶対温度で表した時効温度(K)、tは時効時間(h)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁性を利用して機能する各種機器・装置に使用される部品用に適した、過酷な加工を施しても非磁性を維持しうるオーステナイト系ステンレス鋼板、およびそれを素材に用いた靭性に優れる高弾性限非磁性ステンレス鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
SUS304に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼は良好な耐食性を有し、焼鈍状態で非磁性のオーステナイト組織を呈することから、非磁性鋼として各種機器・装置に使用されている。
しかしながら、用途によっては強度が要求されるために冷間加工を施して加工硬化させた状態で使用する必要がある。SUS304の場合、オーステナイト相が準安定であるために、冷間加工中にマルテンサイトの生成が誘起されて磁性を帯びるようになり、非磁性鋼としては使用できなくなる。高強度用非磁性鋼としては、N含有量が高いSUS304Nが使用される場合もあるが、この鋼も冷間加工後の非磁性維持に関しては不十分である。
【0003】
したがって、高強度非磁性用途にはオーステナイト相がより安定なSUS316系の鋼種が一般的に使用される。この鋼種はMoを多量に含有している。しかし、Moは耐食性に対して優れた効果を発揮するものの、強度、非磁性に対する寄与度は低い。高強度を重視する用途においてはSUS316系鋼種であっても非磁性の維持が難しい場合がある。
【0004】
近年、エレクトロニクス分野の急速な発達により、各種機器・装置に使用される部品として非磁性と高弾性限を呈する鋼板素材のニーズが高まっている。そのような鋼板素材は、調質圧延材に打抜き加工や曲げ加工を施して部品形状に成形した後、時効処理によって高強度化を図ることが一般的である。このため、大量生産での生産性を考慮すると、調質圧延材の段階では軟質で打抜き加工や曲げ加工の金型負担が小さく、その後の時効処理によって硬質化、高強度化できるとともに、高い弾性限を付与できる材料が求められている。
特許文献1には、加工硬化のみを利用した非磁性鋼高強度鋼として、過酷な加工を施しても非磁性を維持し、かつ強度、耐食性に優れた非磁性ステンレス鋼が開示されている。特許文献2には、バネ特性に優れた非磁性ステンレス鋼板が開示されている。特許文献3には、析出硬化型の高強度非磁性ステンレス鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭61―261463号公報
【特許文献2】特公平6―4905号公報
【特許文献3】特開平5―98391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の鋼板に通常の調質圧延および時効処理を施しても、必ずしも満足できる時効硬化特性は得られない。また、特許文献2の鋼板は調質圧延後に時効処理することにより優れたバネ特性を得ているが、この技術では調質圧延での硬質化が大きく、また、時効硬化特性についても満足できるレベルにない。特許文献3の鋼板は、調質圧延による硬質化が激しいために加工性が悪く、打抜き加工や曲げ加工を施して製造される部品用には適さない。
【0007】
加工硬化型のステンレス鋼は、溶体化処理にて30μm程度の結晶粒径に調整されたオーステナイト相を、冷間圧延等の加工ひずみによって高強度化するものである。しかし、一部のオーステナイト相は特定方向に結晶回転して集合組織を形成し、安定方位に至った結晶粒はそれ以上の変形を付与しても結晶回転を起こしにくくなる。そのため、オーステナイト相の一部には加工ひずみの導入が少ない結晶粒が残留することになる。加工ひずみの導入が少ないオーステナイト結晶粒が多数混在する集合組織では、その後の時効処理で高い弾性限界応力を得ることが難しい。
【0008】
従来の開示技術の合金成分設計と、高加工ひずみの導入および時効処理を利用した高強度化手法では、弾性限界応力をばね材として十分満足できるレベルに引き上げることは容易でない。単に弾性限界応力を上昇させるだけであれば、調質圧延率を増大させることである程度対応できる。しかし、調質圧延率の増大は硬質化を招き、加工性を阻害する。
【0009】
本発明は、このような問題を解消するために案出されたものであり、過酷な加工を施しても非磁性を維持でき、かつ時効処理によって弾性限界応力を顕著に向上させることができるオーステナイト系ステンレス鋼板を素材に用いて高強度、高弾性限、高靱性を有する非磁性鋼材を得る方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、質量%で、C:0.12%以下、より好ましくは0.02%〜0.09%、Si:0.30%〜3.00%、Mn:2.0%〜9.0%、Ni:7.0%〜15.0%、より好ましくは7.0%〜14.0%、Cr:11.0%〜20.0%、より好ましくは16.0%〜20.0%、N:0.30%以下、より好ましくは0.02%〜0.30%を含有し、さらに必要に応じてMo:3.0%以下、V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Ti:1.0%以下、B:0.010%以下の1種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ下記(1)式または(3)式で定義されるNi当量の値が19.0以上となる成分組成を有し、オーステナイト平均結晶粒径をd(μm)とするとき、d-1/2(μm-1/2)が0.40以上であり、相当ひずみ0.50以上の冷間加工を付与した後の透磁率μが1.0100以下となる性質を有するオーステナイト系ステンレス鋼板に、圧延率40%以上(例えば40〜80%)の冷間圧延を施したのち、時効温度300℃〜600℃、かつ下記(4)式を満足する条件で時効処理を施す製造方法によって達成される。
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si2 ・・・(1)
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si2+0.6Mo+2.3(V+Nb+Ti) ・・・(3)
ここで、Mo、V、Nb、Ti、Bの1種以上を含有する場合は(3)式、それ以外は(1)式を適用する。これらの式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。
13000<T(logt+20)<16500 ・・・(4)
ただし、Tは絶対温度で表した時効温度(K)、tは時効時間(h)である。
オーステナイト平均結晶粒径dは、板厚方向に垂直な断面(すなわち板面を研磨した面、以下「ND面」という)に観察される個々のオーステナイト結晶粒の円相当径を平均したものである。
効処理は連続ラインのみならず、各種部品に加工した後、バッチ処理で行うことができる。
【0011】
相当ひずみ(equivalent strain)は、多軸応力状態で与えられたひずみが、単軸応力状態でどのくらいのひずみ量に相当するかを示すものである。主ひずみをε、ε、εとするとき、相当ひずみεeは一般に下記(5)式で表される。
εe=[(2/3)×(ε+ε+ε)]1/2 ・・・(5)
圧延加工の場合の相当ひずみは、下記(6)式によって表すことができる。
εe=(2/31/2)×ln(h/h) ・・・(6)
ここで、hは圧延前の板厚(mm)、hは圧延後の板厚(mm)である。
【0013】
時効処理前の鋼板における圧延方向の弾性限界応力をσ0.01[0](N/mm)、時効処理後の鋼板における圧延方向の弾性限界応力をσ0.01[1](N/mm)とするとき、時効前後における弾性限界応力σ0.01の増加量Δσ0.01は下記(2)式で示される。
Δσ0.01=σ0.01[1]−σ0.01[0] ・・・(2)
上記本発明のオーステナイト系ステンレス鋼板の場合、上記時効条件に従ったとき、Δσ0.01は150N/mm以上となる。弾性限界応力σ0.01は、0.01%の永久ひずみが生じるときの応力であり、引張試験により測定される応力−ひずみ曲線からオフセット法により求めることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、各種機器・装置に使用される部品用として、過酷な加工を施しても非磁性を維持しうるオーステナイト系ステンレス鋼板を素材に用いて、容易に高弾性限を有する高強度鋼材とすることができ、その鋼材は靭性にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】平均結晶粒径の異なる焼鈍材をそれぞれ圧延率40%で冷間圧延した冷延材について、電子線後方散乱回折法EBSDによるND面のIPFおよびKAMマップを例示した図。
図2】Ni等量と透磁率の関係を示すグラフ。
図3】d−1/2とΔσ0.01の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、オーステナイト平均結晶粒径をd(μm)とするとき、d−1/2(すなわちdの二乗平方根の逆数)の値を「結晶粒径d−1/2」と呼ぶ。本発明者らは結晶粒径d−1/2を0.40以上に細粒化すると、オーステナイト結晶粒は加工変形によって特定方向に回転して集合組織を形成するが、導入されるひずみが均一かつ細分化することによって、弾性限界応力が向上することを見出した。
【0017】
図1に、後述表1のA1鋼を用いて、結晶粒径d−1/2=0.20(d=25μm)の焼鈍材および結晶粒径d−1/2=0.62(d=2.6μm)の焼鈍材をそれぞれ圧延率40%、圧延温度70℃の条件で冷間圧延した材料について、電子線後方散乱回折法EBSD(Electron Backscatter Diffraction)によるND面のIPFおよびKAMマップを例示する。KAMマップは結晶粒内の局所的な結晶方位変化を表しており、塑性変形量と比例関係があるとされている。つまり、KAMマップの色の濃淡がひずみ量の大小を表している。結晶粒径d−1/2=0.62(d=2.6μm)のものは、結晶粒径d−1/2=0.20(d=25μm)のものと比べて結晶粒内に蓄積されたひずみ量が大きく、また色の濃淡差が小さいことから、ひずみのばらつきも少ないと言える。このような、ひずみが均一かつ細分化した集合組織を有する鋼板は、時効処理によって弾性限を顕著に増大させることができる。
【0018】
本発明では、過酷な条件の加工を施してもマルテンサイトを誘起することなく、しかも使用環境下で非磁性を維持する要件を備えた鋼種を採用する。そのような要件を担保するための指標として、本出願人が先に提案した特許文献1のNi当量が有効である。
すなわち、非磁性を利用して機能する各種機器・装置に使用される部品用途に適用するためには、1kOe(79.58kA/m)の磁場中での透磁率が1.0100以下であることが望まれる。そのためには、下記(1)式または(3)式で定義されるNi当量の値を19.0以上にする必要がある。ここで、Mo、V、Nb、Ti、Bの1種以上を含有する鋼については場合は(3)式、それ以外は(1)式を適用する。これらの式の元素記号の箇所には質量%で表される当該元素の含有量の値が代入される。(3)式を適用する際、Mo、V、Nb、Ti、Bのうち、無添加の元素がある場合には、その元素記号の箇所には0が代入される。
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si ・・・(1)
Ni当量=Ni+0.6Mn+9.69(C+N)+0.18Cr−0.11Si+0.6Mo+2.3(V+Nb+Ti) ・・・(3)
【0019】
図2に、後述表1の各オーステナイト系ステンレス鋼を用いた80%冷間圧延材について、1kOe(79.58kA/m)の磁場中での透磁率に及ぼすNi当量の影響を示す。Ni当量の値が19.0以上の場合に、透磁率μが1.0100以下(μ−1が0.0100以下)の非磁性が維持されることがわかる。
Ni当量値を上げるためにはNi、Mnの増量が有効であるが、これらの元素の含有量が多くなりすぎると鋼の加工硬化能が低下するので、Ni当量は19.0〜21.0の範囲とすることが望ましい。
【0020】
上記規定の成分組成を有する鋼を、通常の熱間圧延工程および冷間圧延工程を経て冷延鋼板とし、これを焼鈍することによって本発明の鋼板を得ることができる。ただし、その焼鈍は、結晶粒径d−1/2が0.40以上となる条件で行うことが重要である。そのためには、焼鈍温度を700℃以上1000℃以下の範囲内に設定することが好ましく、700℃以上860℃以下の範囲内に設定することがより好ましい。焼鈍前の冷間圧延率を考慮して、結晶粒径d−1/2が0.40以上となる焼鈍条件を採用する。その焼鈍条件は、製造ラインに応じて予め予備実験により求めておくことができる。結晶粒径d−1/2を0.45以上とすることがより好ましく、0.50以上とすることが一層好ましい。ただし、オーステナイト結晶粒は再結晶粒で構成されている必要がある。
【0021】
このようにしてオーステナイト結晶粒径d−1/2を上記のように調整した本発明に従う鋼板は、打抜いた後に曲げ加工などの冷間加工を施して部品形状に成形し、その後、時効処理によって高弾性化することができる。その冷間加工において、相当ひずみが0.5以上であるような厳しい加工を施しても非磁性が維持される。一方、鋼板素材として高弾性限を有するオーステナイト系ステンレス鋼板製品を得る場合には、調質圧延によって板厚調整および高強度化を図った後、時効処理に供することができる。この場合、上記焼鈍は調質圧延前に行われる焼鈍であることから、本明細書では当該焼鈍を「調質圧延前焼鈍」ということがある。相当ひずみが0.5以上となる圧延率で調質圧延を行った場合でも非磁性が維持される。調質圧延率は40%以上((6)式による相当ひずみで0.59以上)とすることが高強度化にはより有利である。なお、調質圧延率の上限は特に規定しないが、過度の加工硬化はその後の部品加工等を困難にさせる場合もあるため、通常、圧延率80%以下((6)式による相当ひずみで1.86以下)の範囲で調質圧延を行うことが好ましい。相当ひずみが1.5以下の範囲となるように冷間加工量を管理してもよい。
【0022】
上述のように結晶粒径を微細化したオーステナイト系ステンレス鋼板は、調質圧延を施したときに加工ひずみの分布が均一化した集合組織が得られる。そのため、その後に時効処理を施したときに、弾性限の指標であるσ0.01を顕著に増大させることができる。時効処理条件は、時効温度300℃〜600℃、かつ下記(4)式を満足する条件を採用することが好ましい。
13000<T(logt+20)<16500 ・・・(4)
ただし、Tは絶対温度で表した時効温度(K)、tは時効時間(h)である。
本発明に従う鋼板の場合、この条件で時効処理を施すことによって、下記(2)式で表される時効処理前後のσ0.01の増加量Δσ0.01を150N/mm以上とすることができる。
Δσ0.01=σ0.01[1]−σ0.01[0] ・・・(2)
ここで、σ0.01[0]は時効処理前の鋼板における圧延方向の弾性限界応力σ0.01(N/mm)、σ0.01[1]は時効処理後の鋼板における圧延方向の弾性限界応力σ0.01(N/mm)である。
【0023】
以下、合金成分の含有量範囲について説明する。合金成分含有量に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
C:0.12%以下
Cは、強力なオーステナイト相安定化元素であるとともに加工による強度の向上に有効な元素である。0.02%以上のC含有量を確保することがより効果的である。C含有量が多くなると耐食性低下等を招く要因となるので、C含有量は0.12%以下に制限され、0.09%以下とすることがより好ましい。
【0024】
Si: 0.30%〜3.00%
Siは、高強度化に有効な元素であり、0.30%以上のSi含有量を確保する。しかし、Si含有量が高くなると、冷間加工後の透磁率が急激に上昇し非磁性が保てなくなる。種々検討の結果、Si含有量は3.00%以下に制限される。
【0025】
Mn:2.0%〜9.0%
Mnは、Niと同様にオーステナイト安定化元素であり、冷間加工による透磁率の上昇を抑制する。またMnはNの固溶度を高める元素である。これらの性能を発揮させるために2.0%以上のMn含有量を確保する。多量のMn含有は低温靭性を劣化させる要因となるのでMn含有量は9.0%以下の範囲とする。
【0026】
Cr:11.0%〜20.0%
Crは、ステンレス鋼の基本成分であり、耐食性を得るために11.0%以上の含有が必要である。16.0%以上とすることが耐食性向上にはより効果的である。Cr含有量が多くなるとδフェライトの生成量が増大し、非磁性を維持するうえで障害となる。Cr含有量は20.0%以下に制限される。
【0027】
Ni:7.0%〜15.0%
Niは、オーステナイト相の安定化に必須の元素である。冷間加工後の非磁性を確保するには7.0%以上のNi含有が必要である。多量のNi含有は冷間加工による強度上昇効果を低下させる要因となるので、Ni含有量は15.0%以下に制限され、14.0%以下とすることがより好ましい。
【0028】
N:0.30%以下
Nは、高強度化およびオーステナイト相安定化に有効な元素である。0.02%以上のN含有量を確保することがより効果的である。ただし、N含有量が多くなると健全な鋳片が得られない場合がある。本発明ではN含有量を0.30%以下に制限する。
【0029】
Mo:3.0%以下
Moは、耐食性の向上や加工硬化能の増大といった有用な作用があるので、必要に応じて添加することができる。Moを添加する場合、0.2%以上の含有量とすることがより効果的である。ただし、多量に添加するとδフェライト生成量が増加し非磁性を維持する上で不利となる。Moを添加する場合、3.0%以下の含有量範囲とする。2.5%以下とすることがより好ましい。
【0030】
V:1.0%以下、Nb:1.0%以下、Ti:1.0%以下
V、Nb、Tiは、ともに加工硬化能を高める作用を有するので、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。これらを添加する場合、Vは0.1%以上、Nbは0.1%以上、Tiは0.1%以上の含有量とすることがより効果的である。ただし、これらの元素の多量添加は、熱間加工性を劣化させるとともにδフェライト生成を招く。これらの元素の1種以上を添加する場合は、いずれも1.0%以下の範囲で行う必要がある。
【0031】
B:0.010%以下
Bは、熱間加工性を改善する効果があるので、0.010%以下の範囲で必要に応じて添加することができる。Bを添加する場合は0.001%以上の含有量とすることがより効果的である。
【0032】
その他、脱酸剤、脱硫剤として使用されるCa、REM(希土類元素)は合計0.01%までの混入が許容される。また脱酸剤として使用されるAlは0.10%までの混入が許容される。
【実施例】
【0033】
表1に示す化学組成の鋼を真空溶解炉で溶製し、熱間圧延を施した後、溶体化処理、冷間圧延を行い、中間焼鈍および冷間圧延を1回または複数回行い、仕上焼鈍(調質圧延前焼鈍に相当)を行い、その後、調質圧延を施して板厚0.2mmとし、さらに時効処理を施した。時効処理条件は500℃×1hとした。この場合、前記(4)式中のT(logt+20)の値は15460となる。仕上焼鈍温度、調質圧延率は表2中に示してある。なお、前記(6)式に従う相当ひずみは、圧延率40%の場合0.59、圧延率60%の場合1.06、圧延率70%の場合1.39となる。
【0034】
仕上焼鈍材について、ND面の組織観察を行い、画像処理によりオーステナイト結晶粒の平均結晶粒径dを円相当径として求めた。平均結晶粒径dおよび結晶粒径d−1/2を表2に示す。
調質圧延材について、板面のビッカース硬さを測定した。また、圧延方向に平行なJIS13B号試験片を用いて、ひずみ速度1.67×10−3(s−1)での引張試験を行い、弾性限界応力σ0.01、0.2%耐力σ0.2、引張強さσを測定した。また調質圧延材について振動試料型磁力計(理研電子株式会社製)を用いて1kOe(79.58kA/m)の磁場中での透磁率を測定した。これらの測定結果を表2に示す。
時効処理材について、上記調質圧延材と同様の手法で硬さ、σ0.01、σ0.2、σを測定した。また、引張試験後の試験片から破断部の断面収縮率(絞り)を求めた。時効処理によるσ0.01の増加量Δσ0.01を前記(2)式により求め、これにより弾性限の増大効果を評価した。これらの値を表2に示す。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
図3に、結晶粒径d−1/2と時効処理前後での弾性限界応力の増加量Δσ0.01の関係を示す。調質圧延前焼鈍でd−1/2が0.40以上となるようにオーステナイト結晶粒を細粒化した本発明例のものは、調質圧延後の時効処理において、弾性限界応力が顕著に増大することがわかる。また、表2に示されるように、本発明によれば、引張試験後の破断部の断面収縮率(絞り)が30%以上となり、時効処理後の靭性にも優れる。
図1
図2
図3