【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載の発明の構造物の耐震制御構造は、
対向する梁、もしくはスラブと対向する柱を有する躯体に周囲から包囲されながら、前記躯体との間で面内方向の水平力が完全に伝達されない状態で前記躯体に制御壁が接続した構造物において、
前記制御壁はその周囲の少なくとも一部区間において前記躯体から分離し、地震時に前記躯体から受ける水平力が軽減された状態で前記躯体に接続し、前記制御壁には、前記制御壁に前記躯体から面内方向に前記水平力が作用したときの前記水平力を負担し、前記制御壁が負担すべき水平力を軽減すると共に、前記水平力の負担に伴う面外方向の変形を抑制し得る断面を持ち、前記水平力を受けたときの変形能力が前記制御壁より高い反力部材が
固定され、
この反力部材は前記制御壁の周囲の前記躯体の内、前記反力部材が前記水平力を負担する方向に垂直な方向の
両側である前記対向する梁、もしくはスラブの一方の梁、もしくはスラブから他方の梁、もしくは他方のスラブの付近までに、または前記対向する柱の一方の柱から他方の柱の付近までに跨り、
前記一方の梁、もしくはスラブ、または前記一方の柱に、前記反力部材の軸方向に一定の区間を持って固定されると共に、前記反力部材の軸方向に前記制御壁の中間部から前記他方の梁、もしくはスラブ、または前記他方の柱寄りまでの区間において前記制御壁に固定され、前記一方の梁、もしくはスラブ、または一方の柱への固定区間から前記制御壁への固定区間までの連続した区間において前記制御壁から分離していることを構成要件とする。
請求項2に記載の発明は請求項1に記載の発明において、前記制御壁の、前記反力部材が前記制御壁に固定される区間に前記反力部材を埋設可能な断面積を持つ厚肉部が形成され、前記反力部材の、前記制御壁に固定される区間はこの厚肉部内に配置されていることを構成要件とする。
請求項3に記載の発明は請求項1、もしくは請求項2に記載の発明において、前記反力部材が2本の鋼材から構成され、この2本の鋼材が前記制御壁に固定される区間においては互いに接合され、前記制御壁から分離している区間においては互いに分離していることを構成要件とする。
【0012】
「構造物」には既存構造物と新設構造物があり、既存構造物内に制御壁4と反力部材5が新たに付加される場合と、新設構造物において制御壁4と反力部材5が設置される場合がある。
【0013】
「躯体」は構造物を構成する柱1、梁2、耐力壁(耐震壁)、スラブ3等を指し、柱1・梁2からなるフレームの他、基礎(フーチング)、地中梁を含むが、少なくとも制御壁4が接続した躯体と反力部材5が接続した躯体の双方を指すから、
図4−(a)、(b)に示すように制御壁4を包囲するいずれかの躯体であり、制御壁4を含む場合もある。
図4−(a)は制御壁4
を柱1・梁2のフレームが包囲する場合、(b)は
図5に示すようにフレームを構成する梁2の軸方向中間部に接続する上下階の梁2としての小梁が包囲する場合を示している。
【0014】
例えば
図6に示すように同一構面内に制御壁4と反力部材5が配置されるフレームを構成する、対向する柱1、1、もしくは対向する梁2、2のそれぞれに制御壁4、4が接続し、両制御壁4、4に跨って反力部材5が配置される場合には、反力部材5の一方側と他方側が制御壁4、4に接続するから、反力部材5が固定される躯体には制御壁4が含まれる場合がある。
【0015】
請求項1における「躯体との間で水平力が完全に伝達されない状態で躯体に制御壁が接続する」とは、制御壁4自体にスリットが形成される等、面内の水平剛性が調整された構造を制御壁4自体が持つ場合と、
図1、
図2に示すように躯体との間にスリット6が形成される等により躯体との一体性が低下するか、一体性がない状態で制御壁4が躯体に接続する場合があることを言う。
図1、
図2ではスリット6をハッチングで示している。
【0016】
請求項1における「躯体との一体性が低下した状態で制御壁4が躯体に接続する」とは、具体的には「制御壁4がその周囲の少なくとも一部区間において周囲の躯体から分離すること」を言う(請求項
4)。制御壁4は周囲の躯体から分離することにより躯体との間で水平力が完全に伝達されない状態になる(請求項
4)。
【0017】
「分離」は構造的に絶縁されていることの意味であり、制御壁4と躯体との間での、曲げモーメント、せん断力等の力のやり取り(伝達)が実質的に生じなければよい趣旨であるため、
図1に示すように制御壁4と躯体との間にスリット6等の空隙が形成されることの他、単なる接触状態、あるいは非接触状態であることもある。スリット6が形成される場合、スリット6は空隙のまま存在する場合と、目隠し等の目的でスリット6内部に、圧縮力を受けて収縮自在で、圧縮力の解除により復元(膨張)可能なスポンジ等の弾性材料が充填される場合がある。
【0018】
請求項1における「制御壁の面内方向に作用する水平力を受けたときの変形能力が制御壁より高い反力部材」とは、反力部材5が柱1・梁2のフレーム、もしくは制御壁4の面内方向に作用する水平力(せん断力)を受けたときの、反力部材5の変形の程度が制御壁4の変形の程度より大きいことを言い、反力部材5が水平力を負担したときの変形能力が制御壁4より大き
いことの趣旨である。制御壁4と反力部材5の材料は同種の場合と異種の場合があり、異種には例えば
図1に示すように鉄筋コンクリート造の柱・梁のフレームと制御壁4に、鉄骨造の反力部材5が使用される場合がある。
【0019】
請求項1における「水平力を負担する方向に垂直な方向」とは、
図1に示すように反力部材5が軸を鉛直方向に向けて配置される場合のように、水平力を水平方向に負担する状態に配置されている場合には、「鉛直方向」を指し、
図6に示すように反力部材5が軸を水平方向に向けて配置される場合のように、柱1・梁2のフレームの面内方向の変形に伴い、反力部材5が水平力を鉛直方向に負担する状態に配置されている場合には、「水平方向」を指す。結局、「水平力を負担する方向に垂直な方向」は「反力部材5の軸方向」とも言い換えられるが、反力部材5は必ずしも軸方向に長い形状をするとは限らない。
【0020】
柱・梁のフレームの内周側に壁板が配置され、壁板の周囲がフレームに接続した通常(従来)の付帯フレーム付き耐震壁では、フレームの剛性に耐震壁(壁板)の剛性が付加されることで、剛性が大きくなり過ぎ、地震力を受けたときのフレームの初期の変形能力が低下し、同時に耐震壁自身の高い剛性に起因し、フレームからの反力を受けて損傷することがある。
【0021】
このような耐震壁の損傷を回避し、フレームの変形能力を生かす上で、壁(制御壁4)とフレーム(躯体)との間で水平力の伝達がされない(反力を及ぼし合うことがない)状態であることが望ましく、制御壁4とフレーム(躯体)との間で水平力が完全に伝達されない状態に互いに接合されていること(請求項1)が合理的である。
【0022】
請求項1では制御壁4がフレーム(躯体)との間で水平力の伝達が完全にされない状態でフレーム(躯体)に接続することで、制御壁4の剛性と耐力は架構(構造物)の剛性と耐力に寄与することが実質的にないため、制御壁4自体は構造耐力上、無力化されていることになる。この状態で、制御壁4とフレーム(躯体)との間に反力部材5が架設され、反力部材5が軸方向(水平力を負担する方向に垂直な方向)の中間部において制御壁4から、あるいは制御壁4と躯体から分離しながら、双方に固定されることで、制御壁4とフレーム(躯体)は反力部材5に水平力に対する反力を生じさせることになる。
【0023】
上記のように「躯体」は制御壁4と反力部材5を取り囲む柱1・梁2のフレーム、もしくはスラブ3等を指し、場合によっては制御壁4を含むから、請求項1における「反力部材5が軸方向の他方側において制御壁4を包囲する躯体に固定され」とは、前記の躯体である柱1、梁2、スラブ3等の他、制御壁4に反力部材5の他方側が固定されることを言う。
【0024】
また請求項1における「反力部材5が制御壁4から分離している」とは、前記の「制御壁4と躯体」との関係と同様、反力部材5と制御壁4が構造的に絶縁されていることの意味であり、実質的に反力部材5と制御壁4との間で力の伝達がされない状態にあることを言う。
【0025】
例えば
図1等に示すように反力部材5の表面、もしくは側面と、制御壁4を構成するコンクリートとの間に反力部材5の軸方向(長さ方向)に連続するクリアランス(スリット7)が形成され、反力部材5の表面が制御壁4の外部に露出する状態のこと、あるいは
図9に示すように単なる接触状態、または非接触状態であることを言う。クリアランス(スリット7)が形成される場合のクリアランス(スリット7)も空隙のまま存在する場合と弾性材料が充填される場合がある。
【0026】
反力部材5は制御壁4からの反力とフレーム(躯体)からの反力を同時に受けることで、水平力に対して抵抗力を発揮するため、フレーム(躯体)の剛性と耐力を補う働きをするが、「反力部材5の変形能力が制御壁4の変形能力より高い」ことで、反力部材5は制御壁4と同等程度の剛性を持つ訳ではないため、フレーム(躯体)の初期剛性を高くし過ぎることはなく、初期の変形能力を阻害することはない。
【0027】
図1に示すように制御壁4が鉄筋コンクリート造で、反力部材5が鉄骨造である場合において、軸方向(長さ方向:水平力を負担する方向に垂直な方向)が鉛直方向を向いて反力部材5が配置される場合、反力部材5は例えば軸方向の制御壁4側の一部区間において制御壁4内に埋設され、フレーム(躯体)側の一部区間においてフレームを構成する梁2、もしくは柱1内に埋設され(請求項
5)、中間部において制御壁4とフレーム(躯体)から分離する。「反力部材5が柱1内に埋設される」とは
図6に示すように反力部材5が軸方向(長さ方向)を水平方向に向けて配置される場合があることを言う。
【0028】
フレーム(躯体)が水平力を受けて変形するときには、フレーム(躯体)から構造的に分離する制御壁4がフレーム(躯体)との間で相対変形を生ずれば、反力部材5に水平力を負担させることができるため、前記のように反力部材5の「水平力を負担する方向に垂直な方向」である軸方向(長さ方向)が鉛直方向を向くか、水平方向を向くかは問われず、制御壁4が1フレーム内に1枚配置されるか、複数枚配置されるかも問われない。フレーム(躯体)内における例えば柱1と梁2への制御壁4の接合状態、すなわち制御壁4が梁2に接続しているか、柱1に接続しているか、の状態に応じて反力部材5の架設方向が決められる。
【0029】
制御壁4が例えば
図1に示すように上階側の梁2に接合され(接続し)、下階側の梁2と両側の柱1、1からスリット6を介して分離している場合には、制御壁4はフレームの面内変形時に下階の梁2との間で相対変形を生ずるから、反力部材5は軸を鉛直方向に向けて配置されることが合理的である。制御壁4がフレームを構成するいずれか一方の柱1に接合され(接続し)、上下の梁2、2と他方の柱1から分離している場合には、フレームの変形時に制御壁4は他方の柱1との間、または上下の梁2、2との間で相対変形を生ずるから、反力部材5は軸を水平方向に、または鉛直方向に向けて配置されることが合理的である。
【0030】
反力部材5がフレーム(躯体)と制御壁4のコンクリートに対し、
図1に示す埋設状態にある場合、フレームが面内方向の水平力を負担したときには、制御壁4への埋設区間(固定区間52)は変形することなく、埋設状態を維持するから、反力部材5の制御壁4からの分離区間51のみが曲げ変形、あるいはせん断変形等をすることになる。
【0031】
分離区間51は水平力の反力を制御壁4とフレームから受けるため、曲げモーメントとせん断力を負担し、反力の程度によって弾性変形から塑性変形へ移行し、塑性化によりエネルギ吸収能力を発揮する。反力部材5は
図3−(b)に示すように水平力と分離区間51の積に応じた分の曲げモーメントを受ける。
図3−(a)は
図1−(a)の反力部材5と制御壁4の接合状態を示し、
図3−(b)は反力部材5の分離区間51に生ずる曲げモーメントの様子を示している。
【0032】
反力部材5は水平力を負担する方向に垂直な方向の中間部において制御壁4とフレーム(躯体)から分離することで、この分離区間51の長さの調整により反力部材5が水平力を受けたときの有する剛性と抵抗力は自由に調整可能であるから、制御壁4を包囲するフレーム(躯体)の初期の変形能力を阻害しない程度の剛性をフレーム(躯体)に付与することは可能である。
【0033】
反力部材5は柱1・梁2のフレームの構面内に制御壁4と共に配置された場合には、制御壁4の面内方向に作用する水平力を受けたときに制御壁4より高い変形能力を持つことで、フレーム内の全開口を閉塞する面積を持つ板状の耐震壁(壁板)に代わり、フレームに適度な剛性と耐力を付与する機能を発揮する。
【0034】
図1のように鉄筋コンクリート造の制御壁4内と梁2内に反力部材5の一部が埋設され、中間部が双方から分離した状態にある鉄骨部材からなる反力部材5がフレーム構面内の水平力を受けて変形するときに水平力に対する抵抗力と剛性を発揮することで、制御壁4が周囲のフレームから水平力の反力を受けることから解放され、フレームからの過大な反力を受けることがなくなるため、制御壁4の損傷の可能性が低下するか、損傷が回避される。制御壁4は反力部材5を埋設している区間で反力部材5を保持(拘束)すればよいため、内部から反力部材5の反力を受けるだけになる。
【0035】
図1に示すように反力部材5の軸方向に垂直な断面形状が水平力を受ける方向に長い形状をしている場合には反力部材5は水平力を主として面内方向力として受ける状態にあるが、必ずしもその必要はなく、面外方向力として受ける状態に置かれることもある。
【0036】
反力部材5が水平力を受けて抵抗力を発揮し、剛性をフレームに付与しながらも、従来の耐震壁に相当する制御壁4が周囲のフレームから過大な水平力の反力を受けずに済むことで、地震時に制御壁4が負担すべき水平力が軽減され、反力部材5の固定状態の調整により制御壁4の負担分とフレームの負担分を調節(制御)することも可能になる。
【0037】
例えば従来の耐震壁のように壁板の周囲をフレームに剛に接合している場合には、壁板に水平力が集中することで、その水平力に対する補強の必要から、壁板内にせん断補強筋を密に配筋しなければならず、補強が不可能になることもある。
【0038】
これに対し、本発明では従来の耐震壁に相当する制御壁4の周囲をフレームから分離させた上で、制御壁4とフレーム(躯体)との間に反力部材5を架設し、その両側をそれぞれに固定することで、制御壁4への水平力の負担が軽減され、制御可能になるため、制御壁4へのせん断補強筋配筋の必要性が解消され、制御壁4を設計する上で、補強の困難性からも解放される。この結果、制御壁4の自由な強度設計が可能になり、併せてフレームを構成する柱1と梁2の水平力の分担割合の設定も可能になる。
【0039】
更にフレーム(躯体)と制御壁4との間への反力部材5の介在により、制御壁4を包囲するフレーム(躯体)に適度の剛性と耐力を付与することで、反力部材5の形状、大きさ、個数、制御壁4への埋め込み深さ(長さ)、あるいは分離区間51の長さの調整によりフレーム(躯体)、または構造物全体での耐震性能(剛性と耐力)、あるいは構造物の固有振動数を自由に設定し、制御することが可能である。この結果として構造物内での耐震壁、ブレース等の耐震要素の配置上の自由度も増し、同じく耐震要素としての柱・梁のフレームの断面積を縮小すること等の調整も可能である。