(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記無機イオンが、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、塩化物イオンおよびマグネシウムイオンからなる群より選択された少なくとも1種である請求項4に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.用語の説明
本明細書において、「AUC」とは、濃度−時間曲線下面積(Area Under the concentration time Curve)をいう。具体的には、「AUC」は、生体内の所定の成分の濃度の時間経過を表したグラフで描かれる曲線(生体内成分濃度−時間曲線)と、横軸(時間軸)とによって囲まれた面積である。「AUC」は、所定期間内に生体内を循環した成分の総量を反映する。
【0017】
「ストレスマーカーAUC」は、生体内のストレスマーカーの濃度の時間経過を表したグラフで描かれる曲線と、時間軸とによって囲まれた面積である。かかる「ストレスマーカーAUC」は、所定期間内に生体内を循環したストレスマーカーの総量を反映する。
【0018】
「ストレスマーカー」とは、ストレスの指標となる因子をいい、ストレスの負荷によって組織液中における濃度が変動する因子をいう。ストレスマーカーとしては、視床下部−下垂体−副腎皮質系因子、性腺系因子、青班核/ノルアドレナリン系因子、免疫系因子、カテコールアミン系因子などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。
視床下部−下垂体−副腎皮質系因子としては、例えば、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、副腎皮質ホルモンなどが挙げられる。視床下部−下垂体−副腎皮質系因子の具体例としては、コルチゾール、デヒドロエピアンドロステロン、硫酸基結合型デヒドロエピアンドロステロンなどが挙げられる。
また、性腺系因子としては、例えば、性腺刺激ホルモン放出ホルモン、性腺刺激ホルモン、性腺ホルモンなどが挙げられる。性腺系因子の具体例としては、テストステロンなどが挙げられる。
青班核/ノルアドレナリン系因子としては、例えば、副腎髄質ホルモンなどが挙げられる。青班核/ノルアドレナリン系因子の具体例としては、例えば、クロモグラニンA、3−メトキシ−4−ヒドロキシフェニルグリコール、α−アミラーゼなどが挙げられる。
免疫系因子の具体例としては、分泌型免疫グロブリンAなどが挙げられる。
カテコールアミン系因子の具体例としては、ノルアドレナリン、アドレナリンなどが挙げられる。
これらのストレスマーカーは、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
なかでも、コルチゾールが好ましい。
【0019】
2.本発明のストレスの評価方法
つぎに、添付図面を参照しつつ、本発明のストレスの評価方法の実施の形態を詳細に説明する。
本実施の形態に係る評価方法では、被験者の組織液中のストレスマーカーの濃度を測定するために、被験者の皮膚に微細孔を形成する微細孔形成装置、被験者の皮膚から組織液を抽出し、蓄積するためのリザーバー部材、ストレスマーカーの濃度を測定する装置および補正用のナトリウムイオン濃度を測定する装置が用いられる。そこで、まず、本発明に用いられる微細孔形成装置である穿刺具の一例およびリザーバー部材の一例について、それぞれ説明する。
【0020】
〔穿刺具の構成〕
図1は、本発明の一実施の形態に係るストレスの評価方法において、皮膚への微細孔の形成に用いられる穿刺具の一例の斜視説明図である。また、
図2は、
図1に示される穿刺具に装着される微細針チップの斜視図である。この穿刺具は、被験者の皮膚の一部に多数の微細な孔を形成して当該被験者の皮膚からの組織液の導出を促進する装置である。本実施の形態では、組織液抽出促進のための微細孔が形成された被験者の皮膚から被験者の組織液が滲出する。この組織液には、被験者の体内のストレスマーカーおよびナトリウムイオンが含まれる。
【0021】
穿刺具100は、
図1および2に示されるように、滅菌処理された微細針チップ200を装着することができるように構成されている。穿刺具100は、筐体101と、この筐体101の表面に設けられたリリースボタン102と、筐体101の内部に設けられたアレイチャック103及びバネ部材104とを備えている。筐体101の下部101aの下端面(皮膚に当接する面)には、前記微細針チップ200が通過可能な開口(図示せず)が形成されている。バネ部材104はアレイチャック103を穿刺方向に付勢する機能を有する。アレイチャック103は下端に微細針チップ200を装着することができる。微細針チップ200の下面には、複数の微細針201が形成されている。微細針チップ200の下面は、10mm(長辺)×5mm(短辺)の大きさからなる。また、穿刺具100は、アレイチャック103をバネ部材104の付勢力に逆らって上方(反穿刺方向)に押し上げた状態で固定する固定機構(図示せず)を有しており、使用者(被験者)がリリースボタン102を押下することにより、当該固定機構によるアレイチャック103の固定が解除され、バネ部材104の付勢力によって当該アレイチャック103が穿刺方向に移動し、前記開口から突出した微細針チップ200の微細針201が皮膚を穿刺するように構成されている。なお、
図1において、105は筐体101の下部101aに形成された鍔部であり、穿刺具100の使用時には前記鍔部105の裏面が被験者の皮膚の所定箇所に当接される。
【0022】
微細針チップ200の微細針201は、穿刺具100によって微細孔を形成した場合に、当該微細孔が皮膚の表皮内にとどまり真皮までは到達しないような大きさを有する。
【0023】
〔リザーバー部材の構成〕
図3は、本発明の一実施の形態に係るストレスの評価方法に用いられるリザーバー部材の一例の断面説明図である。リザーバー部材400は、組織液を抽出するための溶媒(抽出溶媒)および組織液を保持する部材である。
【0024】
リザーバー部材400は、
図3に示されるように、上下に開口を有する筒状の支持部材401と、この支持部材401を皮膚に密着させる粘着層402とを備える。
支持部材401の開口部401aの大きさは、穿刺具100によって被験者の皮膚に複数の微細孔が形成される領域(微細孔形成領域)と同程度になるように設定されている。
粘着層402は、支持部材401の一方の端面に形成されている。そして、リザーバー部材400の使用前においては、粘着層402の表面に剥離可能な保護シート403が貼付されている。
リザーバー部材400の大きさは、特に限定されないが、通常、開口部の大きさ10mm(長辺)×5mm(短辺)、高さ8mmおよび側壁の厚さが3mm程度である。
【0025】
〔ストレスの評価方法の処理手順〕
つぎに、本発明の一実施の形態に係るストレスの評価方法の処理手順を説明する。
図4は、本発明の一実施の形態に係るストレスの評価方法の処理手順を示すフローチャートである。本実施の形態では、ストレスマーカーとしてコルチゾールを用い、無機イオンとしてナトリウムイオンを用いた例について説明する。
【0026】
まず、ステップS1において、被験者は、
図1に示される穿刺具100を用いて皮膚に微細孔を形成する。
具体的には、被験者は、アルコールなどを用いて皮膚を洗浄し、ストレスマーカーなどの測定結果の外乱要因となる物質(皮膚表面に付着した塵など)を除去する。つぎに、被験者は、皮膚における微細孔を形成する領域に穿刺具100の開口が位置するように、
図2に示される微細針チップ200を装着した穿刺具100の鍔部105を配置する。その後、被験者は、リリースボタン102を押圧する。これにより、固定機構(図示せず)によるアレイチャック103の固定が解除され、バネ部材104の付勢力によって当該アレイチャック103が穿刺方向に移動する。そして、前記開口から突出した微細針チップ200の微細針201が皮膚を穿刺する。これにより、被験者は、皮膚300に微細孔を形成することができる(
図5参照)。
このように、微細孔を形成することにより、皮膚300からの組織液の抽出を促進させることができる。また、微細孔は、低い侵襲性で形成させることができることから、被験者における痛みや心理的負担が抑制される。
【0027】
ステップS1では、皮膚300の表皮内にとどまり真皮までは到達しないような大きさとなるように、微細孔301が形成される(
図5参照)。
【0028】
つぎに、ステップS2において、被験者は、穿刺具100を皮膚300から離す。その後、被験者は、リザーバー部材400の保護シート403(
図3参照)を剥がし、微細孔301が形成された領域(微細孔形成領域)に、リザーバー部材400の開口部401a(
図3参照)が配置されるように、リザーバー部材400の粘着層402を皮膚300に貼付する(
図5参照)。
【0029】
ステップS3〜S6は、被験者の組織液を採取する工程である。
まず、ステップS3において、被験者は、リザーバー部材400内に抽出溶媒を添加する。その後、リザーバー部材400に、抽出溶媒の蒸発を防ぐカバー404(
図5参照)を取り付ける。
抽出溶媒は、組織液の抽出、コルチゾールおよびナトリウムイオンの測定を妨げないものであり、人体に負荷が少ない溶媒であればよく、特に限定されるものではない。かかる抽出溶媒としては、例えば、脱イオン水、塩化カリウム水溶液などが挙げられる。
リザーバー部材400内への抽出溶媒の添加量は、ストレスマーカーおよび無機イオンの測定方法の種類、リザーバー部材400の大きさなどに応じて適宜設定することができる。
【0030】
つぎに、ステップS4において、被験者は、皮膚上にリザーバー部材400を貼付した状態を維持することにより、抽出溶媒500中に組織液を抽出し、蓄積させる。なお、かかるステップS4における組織液の抽出は、前記ステップS3において、抽出溶媒をリザーバー部材400に添加することによって開始される。
【0031】
本ステップS4では、
図5に示されるように、体内から滲出するコルチゾールおよびナトリウムイオン(図中、「Na
+」)を含む組織液が、表皮に形成された微細孔301から、抽出溶媒500に抽出され、組織液中に含まれるコルチゾールおよびナトリウムイオンが抽出溶媒500中に蓄積される。
【0032】
その後、ステップS5において、被験者は、抽出溶媒500中への組織液の抽出の開始から所定時間経過するまで、皮膚上にリザーバー部材400を貼付した状態を維持する。
皮膚上にリザーバー部材400を貼付した状態を維持する時間(抽出時間)は、ストレスの評価の目的などに応じて、適宜設定することができる。通常、抽出時間は、例えば、30〜60分間程度である。
この間、評価の精度を向上させる観点から、被験者は、評価対象のストレスの要因以外の要因によるストレスなどを受けない状態を維持することが望ましい。
【0033】
ステップS5において、上記所定の抽出時間が経過した場合(Yes)は、つづくステップS6において、リザーバー部材400内のコルチゾールおよびナトリウムイオンを含む組織液(以下、「抽出溶液」という。)をピペットなどで回収する。
【0034】
なお、慢性的なストレスの場合、朝に採取したコルチゾールの量が最もその傾向を反映すると考えられている。コルチゾールの分泌量は、朝に最も多くなり、昼から夕方にかけて、徐々に減少する傾向にあるからである。
一方、急性的なストレスの場合、急性的なストレス負荷の前後に、組織液を採取することが望ましいことが知られている。
【0035】
ステップS7およびS8は、ステップS6において回収された抽出溶液中の組織液に含まれるコルチゾールおよびナトリウムイオンを分析し、被験者のストレスに関する情報を取得する工程である。
【0036】
ステップS7において、まず、測定装置を用い、抽出溶液のコルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naを測定する。前記抽出溶液のコルチゾール濃度C
Cor1は、組織液のコルチゾール濃度を反映することから、組織液中のコルチゾールの量に関する情報(組織液中のストレスマーカーの量に関する情報)である。また、前記抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naは、組織液のナトリウムイオン濃度を反映することから、組織液中のナトリウムイオンの量に関する情報(組織液中の無機イオンの量に関する情報)である。
つぎに、コルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液の体積V
1に基づいて、下記式に従い、コルチゾール抽出量M
Cを算出する。
M
C=C
Cor1×V
1
【0037】
これと並行して、ナトリウムイオン濃度C
Na、抽出溶液の体積V
1および組織液の抽出時間tに基づいて、下記式に従い、ナトリウムイオン抽出速度J
Naを算出する。
J
Na=C
Na×V
1/t
【0038】
前記コルチゾール濃度C
Cor1は、一般的なコルチゾールの定量法によって求めることができる。かかるコルチゾール濃度の測定には、市販の酵素免疫測定法(EIA)キット〔例えば、サリメトリックス(Salimetrics)社製、商品名:Cortisol EIA Kitなど〕などを用いることができる。
【0039】
前記ナトリウムイオン濃度C
Naは、イオン選択性電極法、イオンクロマトグラフィーなどによって測定することができる。かかるナトリウムイオン濃度の測定には、市販のナトリウムイオン選択性電極、陽イオン交換カラムなどを備えた電解質分析装置を用いることができる。
【0040】
つぎに、ステップS8において、ステップS7において取得された抽出溶液のコルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naに基づいて、コルチゾールに関する解析値A
1を得る。その後、コルチゾールに関する解析値A
1に基づいて、被験者のストレスに関する情報を得る。
【0041】
ここで、体内におけるコルチゾールの量は、ストレスの負荷によって増加する傾向がある。そのため、単位時間に抽出溶液中に蓄積されるコルチゾールの量は、一般的に、被験者が感じたストレスの度合いを反映すると考えられる。
しかしながら、微細孔の形成状態などにより、単位時間に得られる組織液の量が変動する。そのため、微細孔の形成状態などにより、単位時間に抽出溶液中に蓄積されるコルチゾールの量も同様に変動する。
一方、皮下のナトリウムイオン濃度は、ほぼ一定の値であることから、ナトリウムイオン抽出速度は、主に、単位時間に微細孔を介して抽出される組織液の量を反映すると考えられる。
したがって、コルチゾールの量に関する情報を、上記ナトリウムイオンの量に関する情報で補正することにより、体内のコルチゾール濃度を、より正確に反映させることができる。
【0042】
具体的には、複数人におけるコルチゾール透過率P
Corとナトリウムイオン抽出速度J
Naとの関係を示すグラフを予め作成し、近似直線式を求めておく。ここで、上記コルチゾール透過率P
Corは、コルチゾール抽出量M
Cと唾液のコルチゾールAUC(AUC
CorS)とに基づいて、以下の式(1)に従い、求めることができる。
P
Cor=M
C/AUC
CorS (1)
また、前記唾液のコルチゾールAUCは、以下のようにして求めることができる。まず、所定間隔に唾液を所定時間採取する。採取された唾液のコルチゾール濃度C
Cor2を測定する。そして、コルチゾール濃度C
Cor2に基づいて、唾液のコルチゾールAUCを算出する。コルチゾールAUCは、コルチゾール濃度の時間経過を表したグラフで描かれる曲線と、時間軸とによって囲まれた面積を台形近似法などで算出することによって求めることができる。
【0043】
前記近似直線式は、以下のとおりである。
P
Cor=α×J
Na+β (2)
なお、前記近似直線式中、αおよびβは、実験で求めることができる。この式(2)に、前記式(1)を代入すると、次の式(3)が得られる。
推定AUC
CorS=M
C/(α×J
Na+β) (3)
式中、「推定AUC
CorS」は、被験者のコルチゾール抽出量M
Cおよびナトリウムイオン抽出速度J
Naから推定される唾液中のコルチゾールAUCである。
【0044】
ステップS8では、被験者のコルチゾール抽出量M
Cおよびナトリウムイオン抽出速度J
Naに基づいて、予め作成した式(3)に従い、推定AUC
CorSを算出する。そして、得られた推定AUC
CorSをコルチゾールに関する解析値として用いる。ついで、上記推定AUC
CorSと予め設定された閾値とを比較し、推定AUC
CorSの値が予め設定された閾値を超えた場合、被験者がストレスを多く受けていると判定する。一方、推定AUC
CorSが閾値以下である場合、被験者はストレスを多く受けていないと判定し、被験者のストレスに関する情報を取得する。
【0045】
被験者のストレスに関する情報は、例えば、前記推定AUC
CorSを、非ストレス負荷時の被験者の唾液中のコルチゾールAUC(AUC
CorS0)または一般的な人の唾液中のコルチゾールAUCの平均値(AUC
CorSMean)と比較することなどによって得ることができる。
ここで、例えば、推定AUC
CorSがAUC
CorS0よりも大きい場合、被験者が通常の状態よりもストレスを受けていることを示唆する指標となる。
また、推定AUC
CorSがAUC
CorSMeanよりも大きい場合、被験者が一般的な人よりもストレスを受けているか、または被験者が一般的な人よりもストレスに対する耐性が低いことを示唆する指標となる。
【0046】
なお、上記のステップS8は、コンピュータシステムによって行なうことができる。このコンピュータシステムは、CPU、ROM、RAM、ハードディスク、読み出し装置、入出力インターフェース、画像出力インターフェース、通信インターフェース、入力部、表示部などを有する。
ハードディスクには、当該コンピュータシステムがステップS8の動作(オペレーション)を実行できるように適用される種々のコンピュータプログラムがインストールされている。かかるコンピュータプログラムとしては、例えば、測定装置で測定された抽出溶液のコルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naに基づいて、抽出溶液のコルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naを取得するプログラム、前記抽出溶液のコルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naに基づいて、推定AUC
CorSを取得するプログラム、前記推定AUC
CorSに基づいて、被験者のストレスに関する情報を取得するプログラム、取得された被験者のストレスに関する情報を表示部に出力するプログラムなどが挙げられる。
ハードディスクには、コンピュータプログラムの実行に用いるデータ、例えば、非ストレス負荷時の被験者の唾液中のコルチゾールAUC(AUC
CorS0)、一般的な人の唾液中のコルチゾールAUCの平均値(AUC
CorSMean)などが記録されていてもよい。
ユーザは、入力部を使用することにより、コンピュータシステムにコルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naを入力することができる。また、コルチゾール濃度C
Cor1および抽出溶液のナトリウムイオン濃度C
Naを、各種測定装置で測定する場合、これらの測定装置を通信インターフェースに接続することもできる。
【0047】
〔変形例〕
本発明においては、無機イオンは、体内で一定濃度に保たれ、且つ微細孔を介して導出する無機イオン、すなわち、微細孔の形成状態を反映する無機イオンであれば、ナトリウムイオン以外の無機イオンであってもよい。かかるナトリウムイオン以外の無機イオンの具体例としては、カリウムイオン、カルシウムイオン、塩化物イオン、マグネシウムイオンなどが挙げられる。
これらの無機イオンは、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
なかでも、組織液中に高濃度に存在することから、ナトリウムイオンが好ましい。
【0048】
また、上述の実施形態では、組織液を用いて測定されたコルチゾール抽出量に基づいて、唾液中のコルチゾールAUCを推定し、被験者のストレスに関する情報を取得している。しかしながら、本発明においては、唾液中のコルチゾールAUCを推定せず、組織液のコルチゾール抽出量およびナトリウムイオン抽出速度に基づいて、直接的に、被験者のストレスに関する情報を取得してもよい。この場合、コルチゾールに関する解析値として、〔組織液のコルチゾール抽出量/ナトリウムイオン抽出速度〕A
1を用いることができる。また、被験者のストレスに関する情報は、例えば、前記〔組織液のコルチゾール抽出量/ナトリウムイオン抽出速度〕A
1を、非ストレス負荷時の被験者の〔組織液のコルチゾール抽出量/ナトリウムイオン抽出速度〕A
0または一般的な人の〔組織液のコルチゾール抽出量/ナトリウムイオン抽出速度〕の平均値A
meanと比較することなどにより得ることができる。
ここで、例えば、前記A
1が前記A
0よりも大きい場合、被験者が通常の状態よりもストレスを受けていることを示唆する指標となる。
また、前記A
1が前記A
meanよりも大きい場合、被験者が一般的な人よりもストレスを受けているか、または被験者が一般的な人よりもストレスに対する耐性が低いことを示唆する指標となる。
【0049】
コルチゾールに関する解析値は、所定の基準値に対する変化率、比、標準偏差などであってもよい。
【0050】
また、前記実施の形態では、組織液の抽出に抽出溶媒を用いているが、組織液中のストレスマーカーおよび無機イオンを収集できるゲルなどの担体を用いてもよい。
【実施例】
【0051】
実施例により、本発明のストレスの評価方法の効果などを検証する。
検証においては、ストレスマーカーとしてコルチゾールおよび無機イオンとしてナトリウムイオンを用いた。
【0052】
5名の22〜26歳の健常な男性を被験者とした。なお、コルチゾールの分泌への影響を除外するため、被験者には、実験日の前日の就寝時間の確保(24時前の就寝)、実験日の前日からのアルコールの摂取の禁止ならびに実験中および実験前1時間の飲食、激しい運動、喫煙および入浴の禁止を遵守させた。
【0053】
検体として、組織液、唾液および汗を用いた。
【0054】
組織液の採取には、
図1に示される穿刺具100および
図3に示されるリザーバー部材400を用いた。穿刺具100の微細針チップ200は、樹脂製の基材〔10mm(長辺)×5mm(短辺)〕からなる。かかる基材の表面には、305本の微細針201を有する。かかる微細針は、高さ300μmおよび直径160μmの円錐状の針である。また、リザーバー部材400は、10mm(長辺)×5mm(短辺)×高さ8mmの合成樹脂製の角筒体から構成されている。抽出溶媒として、脱イオン水を用いた。
【0055】
組織液の採取は、起床時または夕方(15〜17時の時間帯)に、以下の操作を行なうことによって実施した。まず、被験者は、アルコールを含ませた綿で皮膚を拭き、汗、皮脂、塵などを除去した。つぎに、被験者は、皮膚における組織液を採取する部位〔
図6(a)中、部位Aおよび部位B参照〕に穿刺具100の開口が位置するように、穿刺具100の鍔部105を配置し、リリースボタン102を押圧することにより、皮膚に微細孔を形成した。つぎに、被験者は、微細孔形成領域にリザーバー部材400を貼付した。リザーバー部材400の壁部と皮膚とで囲まれた空間に脱イオン水100μLを添加し、すぐに、リザーバー部材400の上部に、抽出溶媒の蒸発を防ぐカバー(テープ)を取り付けた。そして、被験者は、脱イオン水の添加時(組織液の採取開始時)から所定時間経過後〔
図6(b)参照〕、前記空間内の溶液(抽出溶液)をピペットで回収した。これにより、組織液を含む抽出溶液を得た。
なお、穿刺具100による微細孔の形成を行なわずに、部位C〔
図6(a)参照〕にリザーバー部材400を貼付し、前記と同様に操作を行ない、抽出溶液を得た。
【0056】
唾液の採取は、被験者が以下の操作を行なうことによって実施した。まず、脱脂綿を口にふくみ、5分間に脱脂綿に自然に滲みこむ唾液を採取した。なお、前記脱脂綿は、5cm×5cmの大きさの脱脂綿シートを9等分した小片である。
【0057】
組織液または唾液を採取するスケジュールを
図6(b)に示す。唾液採取は、微細孔形成直後から3分間〔
図6(b)中、(I)〕、組織液の採取開始から25分間経過時から5分間〔
図6(b)中、(II)〕、組織液の採取開始から40分間経過時から5分間〔
図6(b)中、(III)〕および組織液の採取開始から55分間経過時から5分間〔
図6(b)中、(IV)〕行なった。組織液の採取は、部位Aでは60分間の抽出、部位Bでは30分間の抽出を2回行なった。また、対照溶液の採取は30分間の抽出を2回行なった。なお、洗浄は、リザーバー部材400内に、ピペットで新しい脱イオン水を出し入れすることによって行なった。
【0058】
ナトリウムイオン濃度は、ナトリウムイオン選択性電極〔堀場製作所製、商品名:カーディ専用Na+電極0221〕を接続したテスター〔日置電機(株)製、商品名:カードハイテスタ3244−50〕を用いて測定した。また、コルチゾール濃度は、酵素免疫測定キット〔サリメトリックス社製、商品名:Cortisol EIA kit〕を用いて測定した。
【0059】
(微細孔形成による組織液の導出に対する促進効果および抽出時間の検証)
まず、微細孔形成による組織液の導出に対する促進効果および抽出時間を検証した。組織液の採取部位とコルチゾールの濃度の平均値との関係を調べた結果を
図7に示す。また、組織液の採取部位とコルチゾール抽出量との関係を調べた結果を
図8に示す。
【0060】
図7に示された結果から、微細孔が形成された部位Aおよび部位Bで得られた抽出溶液のコルチゾール濃度は、微細孔が形成されていない部位Cで得られた抽出溶液のコルチゾール濃度と比べて、高いことがわかる。同様に、
図8に示された結果から、微細孔が形成された部位Aおよび部位Bにおけるコルチゾール抽出量は、微細孔が形成されていない部位Cでのコルチゾール抽出量と比べて、多いことがわかる。
【0061】
さらに、組織液の採取部位とナトリウムイオン抽出速度との関係を調べた結果を
図9に示す。部位Aでのナトリウムイオン抽出速度および部位Bでのナトリウムイオン抽出速度は、ほぼ同程度であることがわかる。これに対して、部位Cでは、ナトリウムイオンがほとんど抽出されていないことがわかる。
【0062】
これらの結果から、微細孔を形成することにより、皮膚からの組織液の導出を促進することができ、採取した抽出溶液中にコルチゾールが存在することがわかる。
【0063】
(組織液中のコルチゾールの量と唾液中のコルチゾールの量との間の相関性の検証)
つぎに、組織液中のコルチゾールの量と唾液中のコルチゾールの量との間の相関性を検証した。唾液中のコルチゾールの量は、朝がもっとも多く、夕方にかけて減少することが知られている(
図10参照)。
図10は、前記被験者5名について、唾液を採取するタイミングとコルチゾールAUCとの関係を調べた結果を示すグラフである。なお、
図10中、白色バーは、5名の被験者それぞれ30分間採取した唾液中のコルチゾールAUCの平均値、斜線バーは、5名の被験者それぞれ60分間採取した唾液中のコルチゾールAUCの平均値である。
図10に示された結果からも、夕方に採取した唾液中のコルチゾールAUCに対して、起床時に採取した唾液中のコルチゾールAUCは、高いことがわかる。
【0064】
そこで、前記被験者5名について、組織液を採取するタイミングとコルチゾール抽出量/ナトリウムイオン抽出速度の平均値との関係を調べた。組織液を採取するタイミングとコルチゾール抽出量/ナトリウムイオン抽出速度(コルチゾール/ナトリウムイオン)の平均値との関係を調べた結果を
図11に示す。
【0065】
図11に示された結果から、夕方に採取した組織液のコルチゾール/ナトリウムイオンの平均値に対して、起床時に採取した組織液のコルチゾール/ナトリウムイオンの平均値は、高いことがわかる。したがって、これらの結果から、検体として組織液を用いることにより、簡便に、且つ唾液を用いたときと同様に十分な精度でコルチゾールを測定できることがわかる。
【0066】
(組織液中の無機イオンによるコルチゾール抽出量の補正の検証)
微細孔の形成状態などによって組織液の抽出量が変動し、測定されたコルチゾール濃度と体内のコルチゾール濃度との間にずれが生じる可能性がある。そこで、体内において、ほぼ一定の濃度に保たれている無機イオンによるコルチゾール抽出量の補正を検証した。
【0067】
組織液の採取のタイミングおよび組織液の採取部位の種類毎に、コルチゾール抽出量と唾液のコルチゾールAUCとに基づいて、前記式(1)に従い、コルチゾール透過率を求めた。そして、ナトリウムイオン抽出速度とコルチゾール透過率との関係を示すグラフを作成した。ナトリウムイオン抽出速度とコルチゾール透過率との関係を調べた結果を
図12に示す。図中、黒矩形は起床時に、微細孔が形成された部位Aから組織液を採取したときのナトリウムイオン抽出速度およびコルチゾール透過率のプロット、黒四角は起床時に、微細孔が形成された部位Bから組織液を採取したときのナトリウムイオン抽出速度およびコルチゾール透過率のプロット、黒三角は起床時に、微細孔が形成されていない部位Cから組織液を採取したときのナトリウムイオン抽出速度およびコルチゾール透過率のプロット、白矩形は夕方に、微細孔が形成された部位Aから組織液を採取したときのナトリウムイオン抽出速度およびコルチゾール透過率のプロット、白四角は夕方に、微細孔が形成された部位Bから組織液を採取したときのナトリウムイオン抽出速度およびコルチゾール透過率のプロット、ならびに白三角は夕方に、微細孔が形成されていない部位Cから組織液を採取したときのナトリウムイオン抽出速度およびコルチゾール透過率のプロットを示す。
【0068】
図12に示された結果から、ナトリウムイオン抽出速度とコルチゾール透過率との間には、一定の相関関係があることがわかる。近似直線式は、以下のとおりである。
Y=0.57×X−0.04 (2’)
ここで、Yは、コルチゾール透過率を示し、Xはナトリウムイオン抽出速度を示す。この式(2’)に、前記式(1)を代入し、下記式(3’)を得た。
推定AUC
CorS=M
C/(0.57×J
Na−0.04) (3’)
【0069】
つぎに、抽出溶液中のコルチゾール抽出量およびナトリウムイオン抽出速度に基づいて、前記式(3’)に従い、60分間採取時の唾液中のコルチゾールAUCおよび30分間採取時の唾液中のコルチゾールAUCを推定した。そして、唾液中のコルチゾールAUC(実測値)と組織液から推定した唾液中のコルチゾールAUCとの関係を調べた。唾液中のコルチゾールAUCと組織液から推定した唾液中のコルチゾールAUCとの関係を調べた結果を
図13および
図14に示す。
図13は60分間採取時の唾液を用いたときの結果、
図14は30分間採取時の唾液を用いたときの結果を示す。
図13において、黒矩形は起床時に採取した唾液中のコルチゾールAUC(実測値)および起床時に部位Aから採取した組織液から推定した唾液中のコルチゾールAUCのプロット、ならびに白矩形は夕方に採取した唾液中のコルチゾールAUC(実測値)および夕方に部位Aから採取した組織液から推定した唾液中のコルチゾールAUCのプロットを示す。
図14において、黒矩形は起床時に採取した唾液中のコルチゾールAUC(実測値)および起床時に部位Bから採取した組織液から推定した唾液中のコルチゾールAUCのプロット、ならびに白矩形は夕方に採取した唾液中のコルチゾールAUC(実測値)および夕方に部位Bから採取した組織液から推定した唾液中のコルチゾールAUCのプロットを示す。
【0070】
図13および14に示された結果から、唾液中のコルチゾールAUC(実測値)と組織液から推定した唾液中のコルチゾールAUCとの間には、相関関係があることがわかる。したがって、これらの結果から、体内において、ほぼ一定の濃度に保たれている無機イオンの抽出速度により、コルチゾール抽出量を補正できることがわかる。
【0071】
コルチゾール以外の視床下部−下垂体−副腎皮質系因子や、性腺系因子、青班核/ノルアドレナリン系因子、免疫系因子、カテコールアミン系因子などの因子は、ストレスの負荷によって分泌量が変動する。また、これらの因子は、それぞれの分泌器官から組織液中に滲出すると考えられる。そのため、組織液中におけるこれらの因子の濃度は、ストレスの負荷によって変動すると考えられる。
以上の結果から、検体として組織液を用い、当該組織液中に含まれるコルチゾールなどのストレスマーカーの量を測定することにより、体内におけるストレスマーカーの量を反映したストレスの評価を行なうことができることがわかる。