(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
下記式1で表される液体保持率が80%以下である支持体に、水および/または液体培地を保持させて発根床を調製し、前記発根床にナシ属植物またはビャクダン属植物のシュートを挿し付けて培養し、前記シュートから不定根を形成させるクローン苗の生産方法。
(式1)液体保持率(%)={支持体に保持され得る液体の飽和質量/(支持体に保持され得る液体の飽和質量+支持体の乾燥質量)}×100
【背景技術】
【0002】
種子から生じた苗を実生という。種子繁殖の作物ではこれを育てるが、果樹類やイチゴ等の栄養繁殖の作物では、実生は形質が雑多に分離するので、実生選抜法による育種目的以外には用いられない。主要果樹のほとんど、一部の花木、庭園樹、果菜類などでは、接ぎ木、つまり増殖を目的とする植物体の一部(接ぎ穂)を切りとって、他の植物体(台木)に接着させ、独立した個体に養成することで苗を作出している。また、繁殖目的の接ぎ穂が接がれる台となる植物体を台木という。接ぎ木における台木と穂は相互に影響しあう接ぎ穂の遺伝的特性は保持されるが、栄養的な変異を示す。
【0003】
一方、自らの栄養体の一部から発生する根を自根という。挿し木、取り木などで得た苗は自根苗と呼ばれる。通常は、実生または挿し木繁殖した場合の根系で、接ぎ木苗の場合と区別している。おもに自根によって養分吸収されている樹を自根樹という。
【0004】
挿し木を行う場合、挿し穂は、根圧の強い力による水分の補給がないため、乾燥には著しく弱い。また、切り口は表皮で覆われておらず、内部組織が露出した状態であるため、病菌が進入しやすく、抵抗性も著しく低い。さらに、新たな養分(肥料成分に加えて光合成など)の補給がなく、挿し木と同時に発根、萌芽などの生存維持のための消耗がはじまるが、挿し穂の中に含まれている養分の多少は挿し木の発根率に大きく影響を及ぼす。また、挿し床は切口の水分管理や病害の管理などの面から重要な要素である。
【0005】
挿し床の水分状態は、挿し穂の吸水能力と密接な関係がある。挿し穂の吸水能力は切口からの吸水に頼っているため、ある程度の加湿状態が必要となる。最も適した土壌水分量は、潅水直後の挿し床の液相に対して50〜60%程度の水分状態がよいと考えられている。この状態は、水分の補給だけではなく、発根過程の挿し穂への酸素の補給にとっても好適な条件となる。挿し床としては、三相分布の中で、液相と気相の比率がともに高い(例えば、液相と気相の比率の合計が80%以上)素材で、無菌的なものが適している。このように、一般的な挿し木では、挿し穂の発根床の含水量を高くする必要がある。
【0006】
挿し木の場合、接ぎ木における台木と穂のように栄養的な変異を示すことはない。しかし、ナシ属植物、ビャクダン属植物等の植物では、挿し木を行うことが難しい。よってこれらの植物においては挿し木以外の手段による増殖が行われている。例えばナシ属植物においては、接ぎ木による増殖が、ビャクダン属植物においては種子による増殖が、それぞれ行われている。しかし、接ぎ木苗は上述のように台木の影響を受けるため、栄養的な変異を受けて、均一な苗にはなり難いといった問題点がある。そのため、発根が難しい植物において、挿し穂の発根率を向上することが求められている。また、接ぎ木苗は、挿し木苗と比較して、根からの栄養分吸収などが大きく変わることから、その後の成長性や結実性に変化がみられるという問題点もある。さらに種子による増殖の場合には、すでに述べたように形質が雑多に分離するという問題点があった。そのため、挿し木により、自根苗を作出することは、農業発展に大きく寄与する可能性が大きい。
【0007】
発根が難しい植物の挿し穂の発根率を向上する方法としては、例えば、挿し穂を得る際に暗黒状態で挿し穂を萌芽させる方法(黄化処理)(The science reports of the Hyogo University of Agriculture.Series agricultural chemistry 4(1)pp.60−64,1959(非特許文献1)参照)、挿し穂を種々の植物ホルモン(オーキシン等)で処理する方法(The Bulletin of the Experimental Farm,Faculty of Bioresources,Mie University 12,pp.44−47,2001(非特許文献2)参照)、ポリビニルピロリドンを培地に混合し、挿し穂の切り口から出されるタンニン成分を除去する方法(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構平成11年度 関東東海農業研究成果情報「かきわい性台木の組織培養における発根促進技術」(非特許文献3)参照)が、これまでに報告されている。しかしながら、これらの改良によっても、発根率の向上が不十分とはいえない植物があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、植物のシュートからの不定根の形成を促進して、その発根率を向上させることにより、挿し木法などによるクローン苗、特に発根能が低い植物種に属するクローン苗の生産性を向上させることを目的する。さらに、クローン苗の大量かつ迅速な生産を可能として、その産業的利用に途を開くことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意研究の結果、支持体の液体保持率と、植物のシュートからの不定根形成の関係に着目し、前記シュートからの発根率を向上させることができることを見出した。具体的には、挿し穂の際に用いられる支持体は、通常、水や液体培地をよく吸収し保持できるものを使用するが、これに反して、水や液体培地を一定量しか吸収できない支持体が適していることを見出した。言い換えれば、特定の式で表される液体保持率が80%以下である支持体を用いてシュートを培養することにより、不定根形成や根の伸長が促進されることおよびシュートの枯死が抑制されることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明は、以下の〔1〕〜を提供するものである。
〔1〕下記式1で表される液体保持率が80%以下である支持体に、水および/または液体培地を保持させて発根床を調製し、前記発根床に植物のシュートを挿し付けて培養し、前記シュートから不定根を形成させるクローン苗の生産方法。
(式1)液体保持率(%)={支持体に保持され得る液体の飽和質量/(支持体に保持され得る液体の飽和質量+支持体の乾燥質量)}×100
〔2〕前記支持体の三相分布における固相の比率が40%以上である、上記〔1〕に記載のクローン苗の生産方法。
〔3〕前記支持体は、下記式2で表される液体保持性が90%以下である、上記〔1〕または〔2〕に記載のクローン苗の生産方法。
(式2)液体保持性(%)=(培養開始から6日後の支持体に保持される液体の質量/培養開始時に支持体に保持される液体の質量)×100
〔4〕前記培養は、密閉型の培養容器内で行われる、上記〔1〕から〔3〕のいずれかに記載のクローン苗の生産方法。
〔5〕前記植物が、ナシ属植物またはビャクダン属植物である、上記〔1〕から〔4〕のいずれかに記載のクローン苗の生産方法。
〔6〕下記式1で表される液体保持率が80%以下である支持体に、水および/または液体培地を保持させる、植物のシュート挿し付け用発根床の調製方法。
(式1)液体保持率(%)={支持体に保持され得る液体の飽和質量/(支持体に保持され得る液体の飽和質量+支持体の乾燥質量)}×100
〔7〕前記支持体の三相分布における固相の比率が40%以上である、上記〔6〕に記載の発根床の調製方法。
〔8〕前記支持体は、下記式2で表される液体保持性が90%以下である、上記〔6〕または〔7〕に記載の発根床の調製方法。
(式2)液体保持性(%)=(培養開始から6日後の支持体に保持される液体の質量/培養開始時に支持体に保持される液体の質量)×100
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、シュートからの不定根形成を促進させ、また、シュート、中でも挿し付け部位の枯死が抑制され、発根率を向上させることができるので、クローン苗の生産性を向上させることができる。本発明のこのような効果は、発根能が低い植物種、特にナシ属植物、ビャクダン属植物において顕著である。従って、本発明は、広く様々な植物種のクローン苗の大量かつ迅速な生産に寄与するものであり、特に、発根能が低い植物種であっても、クローン苗を大量かつ迅速に生産することを可能とし、その産業的利用に途を開くものである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
(対象植物)
本発明は、どのような植物に対しても適用することができる。中でも木本植物に適用されることが好ましく、草本植物よりも発根能が劣っている木本植物に適用されることが、本発明の効果を顕著に発揮できる点でより好ましい。木本植物としては例えば、ユーカリ属(Eucalyptus)植物、マツ属(Pinus)植物、サクラ属(Prunus)植物(サクラ(Prunus spp.)、ウメ(Prunus mume)、ユスラウメ(Prunus tomentosa)など)、アボカド属(Avocado)植物、マンゴー属(Mangifera)植物(マンゴー(Mangifera indica)など)、アカシア属(Acacia)植物、ヤマモモ属(Myrica)植物、クヌギ属(Quercus)植物(クヌギなど(Quercus acutissima))、ブドウ(Vitis)属植物、リンゴ(Malus)属植物、バラ属(Rosa)植物、ツバキ属(Camellia)植物、ジャカランダ属(Jacaranda)植物(ジャカランダ(Jacaranda mimosifolia)など)、ワニナシ属(Persea)植物(アボカド(Persea americana)など)、ナシ属(Pyrus)植物(ナシ(Pyrus serotina Rehder、Pyrus pyrifolia)など)、ビャクダン属(Santalum)植物(ビャクダン(サンダルウッド;Santalum album)など)が挙げられる。このうち、ユーカリ、マツ、サクラ、マンゴー、アボカド、アカシア、ヤマモモ、クヌギ、ブドウ、リンゴ、バラ、ツバキ、ウメ、ユスラウメ、ジャカランタ、ナシ、ビャクダン等に適用した場合に、より本発明の効果を発揮しうる。中でもユーカリ属植物、マツ属植物、マンゴー属植物、ナシ属植物、ビャクダン属植物が好ましく、特に、難発根性として知られるナシ属植物、ビャクダン属植物に本発明を適用すれば、大きな効果が得られる。
【0015】
(シュート)
シュートとは、発根能を有する組織全般をいう。該組織としては、枝、茎、頂芽、腋芽、不定芽、葉、子葉、胚軸、不定胚、苗条原基等が例示される。シュートの由来は特に限定されず、温室や屋外に生育している植物個体から得られたものでもよいし、組織培養法により得られた培養組織であってもよいし、天然の植物体の一部の組織であってもよい。また、クローン苗とは、これらの組織が発根して得られる苗をいう。
【0016】
シュートの由来は特に限定されず、温室や屋外に生育している植物個体から得られたものでもよいし、組織培養法により得られた培養組織であってもよいし、天然の植物体の一部の組織であってもよい。シュートは、挿し穂の母本植物や、多芽体から効率良く取得することができる。中でも、挿し穂(母本植物から得た挿し穂)、母本植物から採取した器官を無菌的に培養することにより得た多芽体、もしくは前記器官を無菌的に育成して得た茎葉であることが好ましい。植物個体から挿し穂を得る場合には、枝を切取り、これらを挿し穂として用いればよい。木本植物の場合は緑枝(当年枝)や熟枝(前年以前に伸びた枝)、草本植物の場合は芽や葉を用いるのが普通である。挿し穂として枝を用いる場合には、その枝についた葉の蒸散作用を抑制して不定根の形成をより促進させるため、葉の一部を切除することも有効である。
【0017】
組織培養により挿し穂を得る場合には、多芽体を誘導し、これらの組織から伸長してくる不定芽を、その根元付近から切取って、これを挿し穂として用いればよい。多芽体は、それぞれの植物において公知の方法を用い、誘導することができる。例えば、前記の木本植物から、多芽体を形成させて本発明で使用する挿し穂を取得するには、概次のようにして行う。
【0018】
まず、材料とする植物から頂芽、腋芽等の組織を採取し、採取した組織について、有効塩素量0.5〜4%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液又は有効塩素量5〜15%の過酸化水素水溶液に10〜20分間浸漬して表面殺菌を行う。次いで、これを滅菌水で洗浄し、固体培地に挿し付けて芽を開じょさせ、伸長してきたシュートを同じ組成の培地で継代培養することにより、多芽体を形成させる。ナシの場合には、固体培地は、ショ糖1〜5質量%、植物ホルモンとしてベンジルアデニン(以下、BAと略す。)0.02〜1mg/l、ゲランガム0.2〜0.3質量%もしくは寒天0.5〜1質量%を含有するムラシゲ・スクーグ(以下、MSと略す。)。こうして形成された多芽体からは活発に不定芽が分化し、伸長してくるので、本発明においてはこの伸長して来た不定芽を切取り、挿し穂として使用すればよい。多芽体自体は、適当に分割して多芽体形成に用いた培地と同一組成の培地で培養することにより維持し、増殖させることができる。
【0019】
(支持体・発根床)
本発明において支持体とは、植物のシュートを支持するための支持体であり、挿し床ともいう。支持体は、栽培の期間中シュートを挿しつけた状態で保持できるものが好ましい。支持体の素材は特に限定されないが、水および/または液体培地を保持できる素材が好ましく、水および/または液体培地を特定の割合で長期間保持できる(流出させない、蒸発させないなど)ものが好ましい。これにより、水および/または液体培地を長期間保持し、植物のシュートへの液体供給量を効率よく供給することができる。
【0020】
本発明の方法においては、まず、水および/または液体培地を支持体に保持させて発根床を調製する。支持体の液体保持率は下記式1で表され、これが80%以下となることが必要である。
(式1)液体保持率(%)={支持体に保持され得る液体の飽和質量/(支持体に保持され得る液体の飽和質量+支持体の乾燥質量)}×100
【0021】
支持体に保持され得る液体の飽和質量とは、支持体に水および/または液体培地を十分量潅水し、余分な水および/または液体を流出させた後に、支持体中に残存する液体の質量をいう。具体的には、支持体に水および/または液体培地(例えば4倍希釈B5液体培地)を潅水し、余分な水および/または液体培地を取り除いた状態で一定時間、例えば10〜30分、適当な温度(例えば20〜30℃の範囲の一定温度)、湿度(例えば50〜90%の範囲の一定湿度)、炭酸ガス濃度(例えば300〜2000ppmの範囲の一定の濃度)の条件下で放置した後の発根床の全質量を測定し、発根床の全質量から支持体の乾燥質量を差し引くことにより算出することができる。
【0022】
支持体の液体保持率の下限は、特に制限されないが、50%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、75%以上であることがとりわけ好ましい。
【0023】
本発明においては、支持体の三相分布における固相の比率が40%以上であることが好ましく、45%以上であることがより好ましく、50%以上であることがさらにより好ましい。上述の液体保持率が80%以下であり、さらに固相の比率が40%以上である支持体は、培養期間におけるシュートからの不定根形成を促進し、シュートの枯死を抑制し、発根率を向上させ得る。
【0024】
三相分布における固相の比率の測定方法は、水および/または液体培地を含ませた支持体について従来公知の方法で測定することができ、例えば、土壌三相計(大起理化工業社製、商品名DIK−1120)にしたがって行うことができる。
【0025】
なお、三相分布における、気相の比率及び液相の比率については特には制限がないが、気相の比率は5%以上30%以下であることが好ましく、5%以上15%以下であることがより好ましい。液相の比率は30%以上55%以下であることが好ましく、40%以上50%以下であることがより好ましい。なお、三相分布の各相の比率は、各比率の合計が100%である場合の比率であることは言うまでもない。
【0026】
支持体の素材は、水および/または液体培地を比較的低含量のまま長期間保持できる(流出させない、蒸発させないなど)ものが好ましい。支持体は、水および/または液体培地で浸潤され得るものが好ましく、中でも、水および/または液体培地により実質的に均一に湿潤され得るものが好ましい。
【0027】
また、本発明においては、支持体が、水および/または液体培地を一定の低い割合で長期間保持できることが好ましい。好ましくは、下記式2の発根床の液体保持性の上限は、特に制限されないが、90%以下であることが好ましく、80%以下であることがより好ましく、75%以下であることがさらにより好ましい。
(式2)液体保持性(%)=(培養開始から6日後の支持体に保持される液体の質量/培養開始時に支持体に保持される液体の質量)×100
【0028】
式2における「培養開始時に支持体に保持される液体の質量」(以下質量Aとする)は、本発明における培養開始にあたり発根床を調製する際に、支持体に含ませる水および/または液体培地の質量を意味し、「培養開始時の発根床に含まれる水および/または液体培地の質量」と言い換え得る。
【0029】
「培養開始から6日後の支持体に保持される液体の質量」は前記質量Aの水または液体培地を支持体に保持させて培養を開始し、その後水および液体培地の添加を行わずに6日間培養した後の、支持体に残存する液体の質量を意味し、「培養開始から6日後の発根床に含まれる(或いは残存する)液体の質量」と言い換えることもできる。
【0030】
「培養開始から6日後の支持体に保持される液体の質量」の測定は、実際には以下のようにして行い得る。
【0031】
上記液体保持性が90%以下である支持体を用いることにより、培養期間中、発根床が保持する水分量をより低い量で維持することができ、培養期間におけるシュートからの不定根形成を促進し、シュートの枯死を抑制し、発根率を向上させ得る。なお、式2の発根床の液体保持性の下限は、特に制限されないが、50%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましい。
【0032】
支持体の素材としては例えば、砂(川砂、山砂)、赤玉土、鹿沼土等の自然土壌;籾殻燻炭、ココナッツ繊維、バーミキュライト、パーライト、ピートモス、水ごけ、ガラスビーズ等の人工土壌、などが例示され、これらのうちの1種類を選択して使用できる。また2種類以上を選択し混合して調製することができる。中でも、赤玉土、バーミキュライト、パーライト、ピートモスが好ましく、赤玉土(中でも細粒赤玉土)とピートモスの組み合わせ、バーミキュライト、パーライト及びピートモスの組み合わせが好ましい。
【0033】
砂(川砂、山砂)、パーライトは、上記の液体保持率を低く調整するために、支持体の素材として使用され得る。砂および/またはパーライトの混合比率は、支持体の全質量に対して50質量%以上であることが好ましく、60質量%以上であることがより好ましい。
【0034】
自然土壌や人工土壌は、これを構成する微粒子の粒径が、0.5〜7mm程度であることが好ましく、0.7〜5.5mm程度であることがより好ましい。細粒赤玉土の場合は0.5〜4.5mmであることが好ましく、1〜3mmであることがより好ましい。バーミキュライト、パーライトの場合には、1〜5.5mm程度であることが好ましく、1.5〜5mmであることがより好ましい。
【0035】
培養容器を用いる場合には、支持体に直接、或いは必要に応じてトレー(プラグトレー、セルトレー等)に充填した状態で、シュートを挿し付けてから、培養容器内に入れ、水および/または液体培地を保持(例えば膨潤、湿潤)させることにより発根床が調製され得る。また、支持体(或いは上述と同様に支持体をトレーに充填したもの)に水および/または液体培地を保持させて、シュートを挿し付けてから、培養容器内に設置して発根床としてもよい。
【0036】
培養期間における支持体のpHは4〜8に調整することが好ましい。中でも、pH4程度(例えば、pH4〜6)の酸性に調整することにより、雑菌などの増殖を抑制することができるので、より好ましい。
【0037】
シュートから不定根を形成させるにあたっては、上記支持体に水および/または液体培地を保持させて調製された発根床にシュートを挿しつけて培養を行う。即ち、組織から切出されたこれらの挿し穂を、発根床に挿し付け、培養を行う。
【0038】
本発明において、シュートは、その基部を発根床に挿しつけて、培養する。植物は、本来的に頂部と基部とを認識し、不定根は、通常、その基部から形成されるため、このようにしてシュートを挿しつけることにより、形成された不定根はそのまま、必要な栄養素を含有する発根床中に伸長することができるからである。発根床の調製においては、水と液体培地の少なくともいずれかを支持体に保持させればよく、水と液体培地の両者を支持体に保持させてもよい。支持体に保持させる水および/または液体培地の量(すなわち、発根床に含まれる水および/または液体培地の量)は、支持体の飽和質量付近であることが好ましく、発根床の質量に対して200〜350%の量であることがより好ましい。
【0039】
液体培地は、発根に適したものであれば特に限定されない。例えば、ムラシゲ・スクーグ(MS)培地、リンスマイヤー・スクーグ培地、ガンボーグのB5培地、ホワイトの培地、ニッチ・ニッチの培地等、植物の組織培養用培地として一般的に良く知られた基本培地又はこれを希釈したものが例示される。このうち、B5培地又はこれを希釈したものが好ましく、B5培地を2〜6倍に希釈したものがより好ましく、3〜5倍に希釈したものがさらにより好ましい。これらの基本培地には、必要に応じ、植物ホルモン、炭素源、抗酸化剤、無機成分、ビタミン類、アミノ酸類などの成分から選ばれる1種類又は2種類以上が添加されていてもよい。
【0040】
植物ホルモンとしては、オーキシン類(例えば、ナフタレン酢酸(NAA)、インドール酢酸(IAA)、p−クロロフェノキシ酢酸、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4D)、インドール酪酸(IBA)及びこれらの誘導体等)が、サイトカイニン類(例えば、ベンジルアデニン(BA)、カイネチン、ゼアチン及びこれらの誘導体等)が例示される。このうちオーキシン類が好ましく、中でも、インドール酪酸(IBA)、ナフタレン酢酸(NAA)等が入手も容易であり使いやすいのでより好ましく、IBAがさらにより好ましい。植物ホルモンの基本培地に対する添加割合は、好ましくは1〜50mg/l、より好ましくは2〜10mg/lである。
【0041】
炭素源としては、ショ糖が例示される。ショ糖の基本培地に対する添加割合は特に限定されないが、通常は5〜30g/lである。なお、炭素源を添加した液体培地を使用する場合には、挿し穂の培養を無菌環境下で行うことが好ましい。これにより微生物の繁殖を抑制することができる。また、炭素源を用いる代わりに、炭酸ガスを培養環境中に付与することもできる。炭酸ガスの培養環境における好ましい濃度は、300ppm〜2000ppm、好ましくは300〜1500ppm、より好ましくは800ppm〜1500ppm程度である。これにより、挿し穂を無菌環境下で培養する必要がないので好ましい。
【0042】
抗酸化剤としては、アスコルビン酸や亜硫酸塩等が例示される。また、無機物質としては、窒素、リン、カリウム、硫黄、カルシウム、マグネシウム、鉄、マンガン、亜鉛、ホウ素、モリブデン、塩素、ヨウ素、コバルト等の元素、これらを含む無機塩が例示される。さらにビタミン類としては、ビオチン、チアミン(ビタミンB1)、ピリドキシン(ビタミンB4)、ピリドキサール、ピリドキサミン、パントテン酸カルシウム、イノシトール、ニコチン酸、ニコチン酸アミド及び/又はリボフラビン(ビタミンB2)が例示される。そしてアミノ酸類としては、グリシン、アラニン、グルタミン酸、システイン、フェニルアラニン、リジンが例示される。
【0043】
液体培地としては、上記の具体例のほか、市販の液肥などであってもよい。液肥としては、ハイポネックス(登録商標)が例示される。
【0044】
また、シュートを発根床に挿し付けたときに発根床と接する部分に、切断面又は切込み部を有していれば、そのシュートからの不定根形成は促進されるので好ましい。これは、シュートの切込みや切断により、その部位の細胞が傷つけられたことが生理的刺激となって、その近辺の部位からの不定根形成を促進させるためであると考えられる。このため、培養に先立ち、人為的に、シュートの発根床への挿し付け部に、カッター等で1以上の小さな傷をつけてもよいが、通常、シュートは、もとの個体や組織から枝を切出すことによって得られ、その基部には切断面を有しているので、普通は、単にシュートの基部を培地等に挿しつけるだけで、この効果は得ることができる。このとき、シュートを斜めに切出せば、細胞の傷害による刺激が大きくなると共に、その切断面と培養土との接触面積も大きくなるので、不定根の形成は一層促進される。
【0045】
さらに、培養前のシュートに対し、予めオーキシン処理を行っておくことで、シュートからの不定根形成を、促進することもできる。オーキシン処理は、シュートを、濃度5〜100ppmのオーキシン溶液に浸漬したり、タルク1gあたり1〜20mgのオーキシンを混合した粉末をシュートの切断面に塗布することによって行えばよい。
【0046】
(培養容器)
培養の際には、培養容器を用い得る。培養容器としては特に限定されない。例えば、密閉型(湿度を90%以上に保つことができるもの)でもよいし開放型でもよいが、密閉型のものが好ましい。密閉型の培養容器を用いることにより、シュートを高湿度下に置くことが容易となるので枝についた葉の蒸散作用が抑制され、従来行われていた葉の一部切除処理を省略することができるほか、湿度維持が容易となる。
【0047】
培養容器は、容器内への炭酸ガス供給が可能な容器であることがより好ましい。このような培養容器としては、二酸化炭素透過性の膜で蔽われた開口部を有する容器が例示される。開口部の形状は特に問わない。二酸化炭素透過性の膜の材料は特に限定されず、ポリテトラフルオロエチレンなどが例示される。また、膜の孔径も特に限定されず、約0.1μm〜約1μmのものなどが例示される。
【0048】
(培養条件)
本発明では、支持体に水および/または液体培地を保持させて調製した発根床にシュートを挿し付けて培養されれば、その他の培養条件(温度、湿度、培養期間、光強度など)は特に限定されない。例えば、温度は通常23〜28℃、平均湿度は通常40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは90%以上に設定し得る。通常、培養開始から4〜8週間で、シュートの基部より不定根が形成される。培養期間中、発根床(支持体)に水や液体培地を追加してもよいが、適当な時期(通常は培養期間の後半以降、たとえば培養期間が8週間のときは5〜6週間目の間)に最低限の量(例えば発根床を湿らす程度)の追加に抑えることが好ましい。
【0049】
光強度は、光合成有効光量子束密度として表され、約10μmol/m
2/s〜約1000μmol/m
2/sであることが好ましく、約50μmol/m
2/s〜約500μmol/m
2/sであることがより好ましい。いずれの場合でも、通常は約2週間〜約5週間で、シュートからの発根が観察されるようになる。
【0050】
また、培養は、650nm〜670nmの波長成分と450nm〜470nmの波長成分とを9:1〜7:3の割合で含む光の照射下で行うことが好ましく、これらの波長成分を9:1〜8:2の割合で含む光の照射下で行うことがより好ましい。かかる波長成分を含む光を照射して栽培を行うことで、シュートからの発根がより促進され得る。
【0051】
不定根が形成されたシュートは、これをある程度の期間、そのまま培養を続けて根を充実させた後、発根苗として育苗容器又は苗畑等に移植して育成することにより、使用可能な苗とすることができる。苗を育成する際の用土や、温度・光強度等の条件は、その植物に適するように適宜設定すればよい。なお、多芽体、培養組織由来の不定芽をシュートとした場合は、通常、育苗容器等への移植の前に、順化の過程を経る必要がある。
【0052】
[作用]
本発明では、植物のシュートを、液体保持率が80%以下である支持体に水および/または液体を保持させた発根床で培養することにより、前記シュートから不定根を形成させることができる。その理由は、以下のように推察される。
【0053】
植物のシュートを、発根床(すなわち、支持体に水および/または液体培地を保持させて調整されたもの)に挿し付けて培養すると、シュートのうち発根床(支持体)に接している部分から、支持体中に含まれる水や液体培地の成分がシュートに吸収され、不定根が形成される。このとき、支持体として、液体保持率が80%以下のものを用いることにより、挿し付け部位がカルス化し、不定根形成が促進されると考えられる。特に、ナシ属植物、ビャクダン属植物等の発根に要する期間が長い植物においては、不定根が形成されるまでに挿し付けされたシュートのほとんどが枯死してしまうことが多いことから、水分量の比率が低い環境で培養することでシュートの枯死が抑制され、さらに不定根形成が促進されると考えられる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【0055】
[実施例1]
豊水、幸水(Pyrus serotina Rehder)の当年生枝を挿し穂として用いた。なお、挿し穂の葉は、半分程度に切断して蒸散作用を抑制すると共に、挿し穂を密植した場合に、隣り合った挿し穂の葉と葉が重なり合わないようにした上で挿し付けた。
【0056】
一方、植物ホルモンとしてIBA2mg/lを添加した、支持体が保水しうる飽和質量の4倍希釈B5液体培地にて湿潤させた支持体(混合培土−1(バーミキュライト(粒径2mm以下):パーライト(粒径1.5〜5mm):ピートモス(直径10mm以下)=1:2:1))を、市販のプラグトレー(上径は縦5cm×横5.2cm、下径は縦2cm×横2.4cm、深さ7.8cm)に充填して発根床を調製した。この発根床に豊水67本、幸水45本の挿し穂を挿し付けた。このプラグトレーを長方体形状のポリカーボネート製の培養容器(最大寸法:縦48cm×横68cm×高さ20.8cm)内に設置した。この容器内の温度は28℃、湿度50%以上であった。炭酸ガス濃度1000ppm、温度25℃、湿度60%に調節した培養室内で、650〜670nmの波長成分と450〜470nmの波長成分とを、8:2の割合で含む光照射下(40μmol photons m−2 s−1)で培養した。
【0057】
支持体である混合培土−1の土壌三相分布を土壌三相計(大起理化工業社製、商品名:DIK−1120)で測定した結果を表1に示す。また、混合培土−1の乾燥質量および含水後質量、支持体に保持され得る液体の飽和質量、液体保持率、培養開始後6日後の液体保持性を、表2にそれぞれ示す。以上の条件で24日間培養し、支持体中に培養期間中に維持される液体量(液体維持率)の推移を、以下の式3で算出し、
図1に示した。
(式3)液体維持率(%)=(測定時に支持体に保持される液体の質量/培養開始時に支持体に保持される液体の質量)×100
【0058】
液体保持率は式1に従って算出したが、式1の各質量の測定は以下の手順で行った。まず市販の底部の口径がφ1.2cmで、その大きさの穴が開いたトレー(上部の口径は縦3cm×横3cm、深さ4.5cm)に所定の乾燥質量(表2参照)の各支持体を充填した。胴部がやや張出した立方体形状をしたポリカーボネート製の容器(最大寸法:縦11.5cm×横11.5cm×高さ6.5cm)内に、支持体を充填したトレーを設置し、容器内に150mlの水を注入して、約2時間底面潅水した。容器から支持体を充填したトレーを取り出して約10分間放置し、飽和質量の液体を保持する支持体の質量(表1の含水後質量)を測定した。係る質量から、支持体の乾燥質量を差し引くことにより、支持体に保持され得る液体の飽和質量(表1の液体の質量)を算出した。これらの数値を式1に代入し、液体保持率を算出した。
【0059】
また、液体保持性は式2に従って算出したが、式2の各質量の測定は以下の手順で行った。液体を保持させた支持体を上記の条件で6日間培養した。培養開始6日後の液体を保持する支持体の質量を測定し、係る質量から、支持体の乾燥質量を差し引くことにより、培養開始から6日後の支持体に保持される液体の質量を算出した。この数値、及び培養開始時に支持体に保持される液体の質量(表1の液体の質量)を式2に代入し、液体保持性を算出した。
【0060】
さらに、液体維持率は式3に従って算出したが、式3の各質量の測定は以下の手順で行った。液体を保持させた支持体を上記の条件で24日間培養した。培養開始から3日ごとに、測定時に液体を保持する支持体の質量を測定し、係る質量から、支持体の乾燥質量を差し引くことにより、測定時の支持体に保持される液体の質量を算出した。この数値、及び培養開始時に支持体に保持される液体の質量(表1の液体の質量)を式3に代入し、液体維持率を算出した。
【0061】
培養開始後、発根状況を観察し、挿し付けから8週間後、発根した挿し穂の数、発根率を表3(豊水)、表4(幸水)に示した。発根率は、豊水60%で、幸水62%であった。
【0062】
[実施例2]
実施例1と同様にナシ(豊水と幸水)の当年生枝を挿し穂として用いた。植物ホルモンとしてIBA2mg/lを添加した、支持体が保水しうる飽和質量の4倍希釈B5液体培地にて湿潤させた支持体(混合用土−2(細粒赤玉土(粒径1mm〜3mm):ピートモス=1:1))を、市販のプラグトレー(上径は縦5cm×横5.2cm、下径は縦2cm×横2.4cm、深さ7.8cm)に充填して発根床を調製した。この発根床に豊水45本、幸水90本の挿し穂を挿し付けた。このプラグトレーを長方体形状をしたポリカーボネート製の培養容器(最大寸法:縦48cm×横68cm×高さ20.8cm)内に設置した。
【0063】
炭酸ガス濃度1000ppm、温度25℃、湿度60%に調節した培養室内で、650〜670nmの波長成分と450〜470nmの波長成分とを、8:2の割合で含む光照射下(40μmol photons m−2s−1)で培養した。支持体である混合用土−2の土壌三相分布を実施例1と同様に測定した結果を表1に示す。また、混合用土−2について実施例1と同様に測定した乾燥質量および含水後質量、培養開始時の支持体に保持され得る液体の飽和質量、液体保持率、培養開始後6日後の液体保持性を、表2にそれぞれ示す。
【0064】
以上の条件で24日間培養した。支持体中に培養期間中に維持される液体量(液体維持率)の推移を、実施例1と同様に算出し
図1に示した。
【0065】
培養開始後の発根状況を観察し、挿し付けから8週間後、発根した挿し穂の数、発根率を表3(豊水)、表4(幸水)に示した。発根率は、豊水42%で、幸水19%であった。
【0066】
[比較例1]
実施例1と同様にナシ(豊水と幸水)の当年生枝を挿し穂として用いた。植物ホルモンとしてIBA2mg/lを添加した4倍希釈B5液体培地にて湿潤させた支持体(発泡フェノール樹脂製多孔性支持体、スミザーオアシス社製「オアシス(登録商標)」(縦2cm×横2cm×深さ3cm))を発泡スチロール製トレーに置き、それに豊水54本、幸水54本の挿し穂を挿し付けた。長方体形状をしたポリカーボネート製の培養容器(最大寸法:縦48cm×横68cm×高さ20.8cm)内に設置した。なお、この容器内の温度は28℃、湿度50%以上であった。
【0067】
炭酸ガス濃度1000ppm、温度25℃、湿度60%に調節した培養室内で、650〜670nmの波長成分と450〜470nmの波長成分とを、8:2の割合で含む光照射下(40μmol photons m−2s−1)で培養した。支持体であるオアシスの乾燥質量および含水後質量、支持体に保持され得る液体の飽和質量、液体保持率、培養開始後6日後の液体保持性を、表2にそれぞれ示す。以上の条件で24日間培養時の液体保持率を
図1に示した。
【0068】
培養開始後の発根状況を観察し、挿し付けから8週間後、発根した挿し穂の数、発根率を表3(豊水)、表4(幸水)に示した。発根率は、豊水0%で、幸水0%であった。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
【表4】
【0073】
[実施例3及び比較例2]
豊水の当年生枝を挿し穂として用い、プラグトレーを、湿度を90%以上に保てる密閉型の長方体形状のポリカーボネート製の培養容器(最大寸法:縦11.5cm×横11.5cm×高さ6.5cmの、胴部がやや張出した形状の立方体のもの。頂面には、孔径0.45μmのポリテトラフルオロエチレン製膜(ミリポア社製、商品名:ミリシール)を貼り付けた円形開口部1個が設けられている)内に設置したほかは、実施例2及び比較例1と同じように(それぞれ実施例3及び比較例2)試験を行った。なお、この容器内の温度は28℃、湿度90%以上であった。結果を表5、
図2に示す。
【0074】
【表5】
【0075】
実施例1〜3および比較例1〜2の結果から、本発明の方法により、ナシ属植物のシュートからの不定根形成が促進されること、シュートの枯死が抑制されること、及び、シュートからの発根率が向上することが明らかとなった。
【0076】
[実施例4、実施例5及び比較例3]
ビャクダンの当年生枝を挿し穂として用いたほかは実施例1、実施例2及び比較例1と同じように(それぞれ実施例4、実施例5及び比較例3)試験を行った。なお、実施例4、実施例5及び比較例3の液体保持性はそれぞれ、74.4%、77.0%、96.3%であった。結果を表6に示す。
【0077】
【表6】
【0078】
実施例4、実施例5および比較例3の結果から、本発明の方法により、ビャクダン科植物のシュートからの不定根形成が促進されること、シュートの枯死を抑制すること、及び、シュートからの発根率を向上させることが明らかとなった。
【0079】
以上の結果から、本発明の方法により、植物のシュートからの不定根形成が促進されること、シュートの枯死を抑制すること、及び、シュートからの発根率を向上させることが明らかとなった。