(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記従来の方法では、浸炭雰囲気ガスのカーボンポテンシャルの上限に制約があるので、浸炭時間を短縮しようとしても限界がある。
【0007】
本発明は、前記の如き事情に鑑みてなされたものであり、スーティングや異常組織の発生を抑制でき、浸炭時間も短縮できるガス浸炭方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明の発明者等は鋭意研究を重ね、その結果として、炭化水素系ガスと空気とを用いて生成された変成ガスからCO
2を低減させた組成に相当する組成を有するガスは、前記変成ガスよりもカーボンポテンシャル(CP値)が高く、且つ、処理品表面に炭素が浸入する速度が従来のエンリッチガスを用いた浸炭雰囲気ガスよりも遅いことを発見した。本発明は、このような知見に基づいてなされたもので、次の点に特徴を有する。
【0009】
すなわち、本発明に係るガス浸炭方法は、
炭化水素系ガスと空気とを用いて変成ガスを生成する工程と、この工程で得られた変成ガスにエンリッチガスを混合することなくCO2の含有量を全体の0.1体積%以下に低減させる工程と、を経ることで、浸炭処理温度において鋼の平衡状態図におけるγ相の飽和炭素量を超える1.3%以上のカーボンポテンシャルを有する浸炭雰囲気ガスを生成し、この浸炭雰囲気ガスを用いて、処理品表面にセメンタイトが析出することがない温度領域で浸炭を行うことを特徴とする(請求項1)。
【0010】
本発明によれば、浸炭処理温度でのγ相の飽和炭素量を超えるカーボンポテンシャルを有する浸炭雰囲気ガスを用いて浸炭を行うので、浸炭の効率が良く、浸炭時間が短縮される。
【0011】
また、本発明で用いる浸炭雰囲気ガスは、カーボンポテンシャルが
1.3%以上と高くても
、処理品表面に炭素が浸入する速度が遅く、且つ、比較的高温域において処理することで処理品内部に炭素が拡散する速度が速くなる。本発明の発明者等は、処理品表面にセメンタイトを析出させず、且つ処理品内部に炭素を拡散させ得る温度領域があることを見出した。
【0012】
さらに本発明では、処理品表面にセメンタイトが析出することがない温度領域で浸炭を行うので、処理品の品質も良い。エンリッチガスを用いないので、スーティングも起こりにくい。
【0013】
好適な実施の一形態として、前記温度領域が900〜1060℃である態様を例示する(請求項2)。さらに好ましい前記温度領域として、920〜970℃を例示する(請求項3)。
【0016】
好適な実施の一形態として、前記浸炭雰囲気ガスの炉内流速が1.5m/s以上の流速である態様(請求項
4)、及び、前記浸炭雰囲気ガスの炉内流量が炉内雰囲気置換回数29回/h以上となる流量である態様(請求項
5)を採用することもできる。これらの態様によれば、有効硬化層深さを確実に目標値に到達させることができるとともに、浸炭時間も短縮できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の一形態に係るガス浸炭方法について説明する。
【0019】
本発明の実施の一形態に係るガス浸炭方法は、炭化水素系ガスと空気とを用いて生成された変成ガスからCO
2を低減させた組成に相当する組成を有する低CO
2変成ガスを雰囲気ガスとして使用する。
【0020】
前記変成ガスは、従来公知の変成炉を用いて生成できる。変成炉で生成される変成ガスは、炭化水素系ガス(例えば、13Aガス、天然ガス、プロパン、ブタン等)と空気の混合比や、また目的とするガス組成、CP値によって様々であるが、概ね、CO:18〜25体積%、H
2:30〜41体積%、N
2:35〜50体積%、CO
2:0.12〜0.25体積%、H
2O:0.6体積%以下、CH
4:0.04体積%以下であることが好ましい。さらに、炭化水素系ガスとして13A(都市ガス)を用いた場合の変成ガス組成の一例を挙げると次の通りである(850℃、CP値0.8のとき)。
【0021】
N
2(窒素): 約39.85体積%
H
2(水素): 約36体積%
CO(一酸化炭素): 約24体積%
CO
2(二酸化炭素):約0.15体積%
前記低CO
2変成ガスは、前記変成炉で生成された変成ガスから、従来公知のCO
2吸着器を用いてCO
2を吸着分離することによって生成できる。したがって、前記低CO
2変成ガスは、CO
2の割合が前記変成ガスよりも小さくなる。具体的には、CO
2が0.15体積%未満、さらには0.1体積%以下、0.05体積%以下であることが好ましい。
【0023】
なお、本発明において、低CO
2変成ガスとは、CO
2がゼロの場合も含む。
【0024】
低CO
2変成ガスのCP(カーボンポテンシャル)は、前記変成ガスよりもCO
2が低減されたことで、前記変成ガスのCPよりも高くなり、これを浸炭雰囲気ガスとして用いることで浸炭力が高まる。また、変成ガスの浸炭力の弱さを補うために従来添加されていたエンリッチガスを使用する必要がなくなり、炭化水素系ガスの分解がなく、安定した浸炭雰囲気ガス中で浸炭が行われるので、浸炭むらやスーティングが生じにくい。この利点は、前記低CO
2変成ガスのみを雰囲気ガスとして浸炭を行う場合だけでなく、前記変成ガスと前記低CO
2変成ガスとの混合ガスを雰囲気ガスとして用いて浸炭を行う場合にも得られる。
【0025】
本発明の実施の一形態では、前記低CO
2変成ガスであって、浸炭処理温度において鋼の平衡状態図(Fe−C系平衡状態図)におけるγ相の飽和炭素量を超えるカーボンポテンシャルを有するものを浸炭雰囲気ガスとする。そして、この浸炭雰囲気ガスを用いて、処理品表面にセメンタイトが析出することなく処理品内部に炭素が拡散する温度領域で浸炭・拡散処理を行う。
【0026】
本発明の発明者等は、COとH
2とN
2の3種のガスを所定の割合(CO:24体積%、H
2:36体積%、N
2:約40体積%)で混合して、前記低CO
2変成ガスに相当する組成のガスを生成し、SCr420の被処理体(ワーク)に対してガス浸炭処理を行った。試験炉はゴールドファーネス、浸炭実施時間は2時間である。その浸炭条件(浸炭温度、CP値)と浸炭雰囲気ガス組成を表1に、浸炭結果を表2及び表3に示す。
【表1】
【表2】
【表3】
【0027】
表1〜3において、CP値は、「(CO濃度)
2/(CO
2濃度)×Kp(平衡定数)×飽和炭素量(浸炭温度での鋼の飽和炭素量)」の計算式で求めた。CP値は、1.6%、6.5%である。
【0028】
表1において、CO
2、H
2O、CH
4は、反応により微量生成されたものと考えられる。
【0029】
表2に示すように、比較例1〜3、実施例1〜3ともに、使用した浸炭雰囲気ガスは、浸炭処理温度でのγ相の飽和炭素量を超えるカーボンポテンシャルを有する。
【0030】
表2,3に示すように、比較例1〜3では、ワークの表面炭素濃度のピーク値が高くなりすぎ、処理品表面にセメンタイトが析出した。これに対し、実施例1〜3では、ワークの表面炭素濃度のピーク値が適正値に抑制され、処理品表面にセメンタイトの析出はなく、良好な浸炭が行えた。いずれの例でもスーティングの発生はなかった。
【0031】
図1は、前記比較例1、2、前記実施例1、2の各処理品において、処理品表面からの距離(深さ)と炭素濃度との関係を示したグラフである。同様に、
図2は、前記比較例3の処理品において、処理品表面からの距離(深さ)と炭素濃度との関係を示したグラフ、
図3は、前記実施例3の処理品において、処理品表面からの距離(深さ)と炭素濃度との関係を示したグラフである。
【0032】
これらの図を参照すれば、前記比較例と前記実施例における処理品表面の炭素濃度のピーク値の違いがより一層明らかとなる。
【0033】
また、
図1〜
図3より明らかなように、処理品内部への炭素の拡散の深さが、比較例1〜3のものよりも実施例1〜3のものの方が深くなっている。よって、実施例1〜3のものは、比較例1〜3のものよりも、処理品の内部にまで良好な浸炭が行われたといえる。
【0034】
図4は、前記比較例1〜3、前記実施例1〜3において、浸炭処理温度と表面炭素濃度のピーク値との関係、及び、浸炭処理温度とγ相の飽和炭素量との関係を示すグラフである。
【0035】
図4から分かるように、CP値1.6%の雰囲気ガスで処理を行う場合(比較例3、実施例3の場合)、浸炭処理温度を約920℃以上とすれば、処理品表面にセメンタイトが発生せず、浸炭深さも十分な処理品が得られる。同様に、CP値6.5%の雰囲気ガスで処理を行う場合(比較例1,2、実施例1,2の場合)、浸炭処理温度を約930℃以上とすれば、処理品表面にセメンタイトが発生せず、浸炭深さも十分な処理品が得られる。いずれの場合も、浸炭処理温度を高くしすぎると、粒界酸化の発生や処理品の軟化が起こるおそれがあるので、浸炭処理温度の上限は1060℃前後とする。
【0036】
CP値が1.6%より低い場合(例えば1.3%の場合等)には、浸炭処理温度は約900℃以上であればよいと考えられる。CP値が低すぎると浸炭能力が低いため、本願発明においては1.3%以上が好ましく1.4%以上がより好ましい。
【0037】
なお、エンリッチガスを変成ガスに添加して行う従来の浸炭では、浸炭雰囲気ガスのカーボンポテンシャルを、浸炭処理温度でのγ相の飽和炭素量より低く、且つ浸炭処理温度でのγ相の飽和炭素量に近い値にするのが、浸炭速度を上げるための常識であった。そうしなければ処理品表面にセメンタイトが発生してしまうからである。
【0038】
これに対し、本実施の形態では、低CO
2変成ガスの計算上のCP値は例えば1.6〜6.5%と高い値であり、浸炭処理温度でのγ相の飽和炭素量を大きく上回っている。にもかかわらず、浸炭温度を900℃以上や920℃以上、さらに好ましくは930〜970℃前後と、比較的高い温度領域で浸炭処理を行うことで、セメンタイト等の異常組織が生成せず、且つ、処理品の内部にまで適正な浸炭が行われる。
【0039】
本発明の発明者等は、連続浸炭炉を使用して、本発明の実施の一形態に係るガス浸炭方法と、エンリッチガスを添加する従来のガス浸炭方法とをシミュレーションにより検討し、その結果を比較した。浸炭条件とその結果を表4に示す。
【表4】
【0040】
表4において、比較例4,5が、従来のエンリッチ浸炭の例であり、実施例4が、本発明の実施の一形態に係るガス浸炭方法の例である。
【0041】
表4に示すように、実施例4では、比較例4,5と比べて浸炭時間が大幅に短縮(約20%短縮)される。処理品の品質は実施例、比較例とも同等である。
【0042】
以上述べたところから明らかように、本発明の実施の形態によれば、浸炭処理温度でのγ相の飽和炭素量を超えるカーボンポテンシャルを有する浸炭雰囲気ガスを用いて浸炭を行うので、浸炭の効率が良く、浸炭時間が短縮される。また、本発明で用いる浸炭雰囲気ガスは、カーボンポテンシャルが高くても、処理品表面に炭素が浸入する速度が遅いので、処理品表面にセメンタイトが析出しにくい。さらに、処理品表面にセメンタイトが析出することなく処理品内部に炭素が拡散する温度領域で浸炭・拡散処理を行うので、処理品の品質も良い。エンリッチガスを用いないので、スーティングも起こりにくい。
【0043】
さらに、本発明の発明者は、本発明の方法を実施する際の、浸炭雰囲気ガスの好ましい流速及び流量について探求した。
【0044】
まず、実験用の装置として、既存のゴールドファーネス炉に内管を取替え挿入できるものを作製し、該内管内を炉として用いる。前記内管として、様々な内径を有するものを準備し、前記内管を取り替えて管内径を変更することで、前記内管内を流れる浸炭雰囲気ガスの流速や流量が変わるようにする。
【0045】
図5は、この実験における処理工程図である。
図5に示すように、まず、窒素ガスを炉内(内管内)に供給し、10分で950℃まで昇温した。昇温後10分間保持した後CO
2ガスを供給し、N
2+CO
2の雰囲気でさらに5分間保持した。次に低CO
2変成ガス(ガス組成は表5参照)を炉内に供給し、雰囲気を安定させるために30分間保持した。その後、試験片TP(テストピース:SCr420)を炉内に挿入して70分間保持し、前記低CO
2変成ガスを連続的に供給しながら浸炭処理を実施した。浸炭処理後には、拡散処理14分、降温処理14分を実施し、その後焼入れ処理を実施した。様々な内径を有する内管(表6の管内径を参照)を用いることで、浸炭処理中における低CO
2変成ガスの流速と流量を様々な値に変えることができる。
【表5】
【0046】
前記実験の結果を表6に示す。
【表6】
【0047】
表6のうち、上から三つの例、すなわち、比較例1と実施例1,2が、流速を変更した場合(流量一定)の実験結果である。それ以下の例、すなわち、実施例3と比較例2〜4が、流量を変更した場合(流速一定)の実験結果である。
【0048】
表6を参照して、浸炭雰囲気ガスの好ましい流速と流量について考察する。
【0049】
<流速について>
CP値の高い前記低CO
2変成ガスで浸炭しても、比較例1のように流速が小さいと本実験の目標としたカーボン濃度が0.3wt%である試験片表面からの深さ(位置)0.75mm以上に達しないことが分かる。これに対し、実施例1,2より、流速が3.04m/s、5.98m/sの場合には目標とする十分な浸炭深さを得られ、従来よりも早く浸炭できる。この試験結果を用いて流速とカーボン濃度が0.3wt%である試験片表面からの深さ(位置)との関係をグラフにしたものが
図6である。
図6より、目標とする深さ(0.75mm)を得るためには、浸炭雰囲気ガスの流速を1.5m/s以上にすればよいことが分かる。
【0050】
なお、浸炭炉の浸炭室或いは拡散室内のワーク設置範囲内において浸炭雰囲気ガスの流速を1.5m/s以上とするために、浸炭室或いは拡散室にガス攪拌用のファンを上下、左右に必要に応じて設置して流速のバラツキを抑制することが好ましく、これにより安定した浸炭処理を実現することができる。
【0051】
ガス流速(風速)は風速計で測定することができる。また、流速を上げることで炭素移行係数(β値)が増加し、流速増加は流量(物質供給量)増加との関係はない。
【0052】
<流量について>
比較例2〜4より、浸炭雰囲気ガスの流量が小さい場合、すなわち、炉内ガス置換回数が1時間当たり5.1〜19回、流速約0.1m/sのときは、前記目標とする浸炭深さが得られないことが分かる。これに対し、実施例3のように流量が大きい場合は、目標とする浸炭深さが得られ、従来よりも早く浸炭できる。この試験結果を用いて流量とカーボン濃度が0.3wt%である試験片表面からの深さ(位置)との関係をグラフにしたものが
図7である。
図7より、目標とする深さ(0.75mm)を得るためには、浸炭雰囲気ガスの流量を炉内雰囲気置換回数29回/h以上となる流量にすればよいことが分かる。
【0053】
なお、炉内雰囲気置換回数は、炉内に供給する1時間あたりのガス流量を炉内体積で割った値である。炉内雰囲気置換回数を大きくするために、炉内に連続的に新しいガスを供給しても良いが、炉内ガスを循環させて炉内に供給することがコスト面から好ましい。また、流量(置換回数)を増加させると炭素移行係数(β値)が低下することがわかり、浸炭効率を向上させるためにはガス流量よりもガス流速を増加させる方が好ましい。