(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記コンピュータは、前記RLC回路出力のステップ応答に基づいて抵抗値を変化させるか否かを判定する、請求項3記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【背景技術】
【0002】
今日の情報通信技術は、電子の電荷を利用する半導体デバイス技術と、電子のスピンを利用する磁気デバイス技術が別々に技術開発されてきた。近年はそれぞれの技術が成熟度が増し、半導体デバイスの情報処理性能や、磁気デバイスの情報蓄積能力といった限界の壁にぶつかりつつある。この限界を解決するために、電子の電荷の自由度とスピンの自由度の両方を利用した相乗効果により、この限界を打破しようというスピントロニクス技術が注目されている。
【0003】
スピントロニクス素子の代表例が磁気抵抗素子(MTJ(Magnetic Tunnel Junction)素子)である。典型的なMTJ素子においては、磁化が一方向に固定された固定磁性層(磁化固定層ともいう)と、二方向に磁化方向が変化する自由磁性層(磁化自由層ともいう)を用い、これら磁性層の間にトンネルバリア層が形成される。1ビットの情報(0/1)は、自由磁性層の磁化に割り当てられ、二枚の磁性層の磁化が互いに平行(同じ向き)になる場合、トンネルバリア層を通過するトンネル電流が増加し(低抵抗状態)、逆に反平行(反対の向き)になる場合、トンネル電流は減少(高抵抗状態)する性質を利用して情報を取り出すことができる。MTJ素子にある一定以上の磁場を印加する、あるいはスピン偏極電流を流すことにより、自由磁性層の磁化方向を反転させることで1ビットの情報を書き換える。
【0004】
MTJ素子は二端子素子(
図1)と三端子素子(
図2)に大別される。
図1の二端子素子の場合、固定磁性層の磁化と自由磁性層の磁化が(a)平行状態(低抵抗状態)の時に、(b)下部電極n2から上部電極n1の方向に電流を流すと(電流の符号は負と定義する)、自由磁性層の磁化が反転して(c)反平行状態(高抵抗状態)となる。逆に、(c)反平行状態の時に、(d)上部電極n1から下部電極n2の方向に電流を流すと(電流の符号は正と定義する)、自由磁性層の磁化が反転して(a)平行状態(低抵抗状態)になる。
【0005】
三端子素子はさらに磁場書込み方式と磁壁移動方式による構造のバリエーションが考えられるが、
図2では磁壁移動方式によるMTJ素子構造を例示している。上部電極n1は固定磁性層と接続され、自由磁性層の両端にそれぞれ下部電極n20とn21を有しており、電極n20の上部磁性層は紙面に対し左向きに磁化が固定化され、電極21の上部磁性層は紙面に対し右向きに磁化が固定化されているとする(図示されていない)。固定磁性層の磁化と自由磁性層の磁化が(a)平行状態(低抵抗状態)の時に、(b)下部電極n21からn20の方向に電流を流すと(電流の符号は負と定義する)、自由磁性層の左側(n20側)にあった磁壁が右側(n21側)へ移動して(c)反平行状態(高抵抗状態)となる。逆に、(c)反平行状態の時に、(d)下部電極n20からn21の方向に電流を流すと(電流の符号は正と定義する)、自由磁性層の右側(n21)側にあった磁壁が左側(n20側)に移動して(a)平行状態になる。
【0006】
このスピントロニクスの分野では、MTJ素子を半導体デバイスに応用し、DRAM
(Dynamic Random Access Memory)に変わる大容量で高速、かつ不揮発性を兼ね備えた従来に存在しない性能を実現できる可能性のある磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM
:Magnetic Random Access Memory)が実用化段階に入っている。MRAMは従来の半導体メモリを不揮発化しようという試みであるが、さらに従来の論理回路にもMTJ素子を組み込んで演算機能と不揮発メモリ機能を同時に実現しようという試みも盛んである。例えば、非特許文献1でMTJ素子が持つビット情報と、電圧で入力されるビット情報とを論理演算するスピントロニクスの要素論理回路が開示されている。このような様々なスピントロニクス要素論理回路が複雑に結線されて、より大規模で複雑な演算を、従来のCMOS
(Complementary Metal Oxide Semiconductor)回路に比べて小面積で、且つ省電力で実現することができる。さらに、論理回路内部の論理情報は不揮発性であるので、電源切断前の演算結果が消失しない。よって、データバスにおける情報の転送量を削減できることによる高性能化と省電力化や、電源を高頻度に切断して近年増加の一途をたどる非動作時のリーク電流をゼロにでき、従来実現が困難であった低電力設計を可能にする技術としても期待されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
スピントロニクス素子を組み込んだ論理集積回路を設計するには、回路が仕様通りに動作するか回路シミュレータでシミュレーションして確認する必要がある。しかし、現在流通している商用の回路シミュレータ(一般にSPICEと呼ばれる)は、トランジスタや抵抗、容量、インダクタのモデルには対応するものの、MTJ素子のモデルに対応するものは存在しない。従って、MTJ素子の磁化反転過程、及び、抵抗特性を理想電源や理想トランジスタ(あるいは理想スィッチ)等を使って等価回路を作成し、それをサブサーキットとして利用する方法が考えられる。この方法では、1つのMTJ素子を再現するのに数10素子を要し、さらに端子数も数10に達する。このため、計算量が著しく増大し、シミュレーション時間が爆発的に増加してしまう。よって、大規模な論理演算回路の設計に適用することが困難である。
【0009】
また、上記の簡易的なMTJ素子のサブサーキット・モデルでは、実デバイス上の諸特性が様々なパラメータによってアナログ的に変化する振る舞いを完全に模擬することが不可能である。例えば、MTJ抵抗値が両端電圧によって変化するバイアス依存性や温度依存性、また、磁化反転に要する電流値が書込み電流のパルス幅や温度によって変化すること等があげられる。このMTJ素子特有の諸特性が高精度にモデル化されていないと、致命的な回路設計ミスを起こしかねない。例えば、動作電圧や温度を保証する設計が困難になったり、電流パルス幅が適切でないために書込み動作が不安定になる等、動作不良を未然に防ぐ設計をすることが困難である。このように、MTJ素子を実素子の特性に合わせて忠実に再現できるモデル化を行い、そのモデルを回路シミュレータに組み込んで高速にシミュレーションできるようにすることはスピントロニクス論理集積回路を設計する上で必要不可欠な技術である。しかし、磁化反転に係る過渡応答については、スピントロニクス分野の物理的な動作原理を、エレクトロニクス分野(電荷モデル)による計算手法を組み込んだ従来の回路シミュレータに組み込むのは多大な開発期間と費用を要してしまう。
【0010】
本発明は、回路シミュレーションのための抵抗変化素子の動作モデルを高精度に実現し、シミュレーション時間のオーバヘッドを少なくすることのできる、抵抗変化素子、及び、抵抗変化素子を含む回路の動作をシミュレーションする方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、MTJ素子等の抵抗変化素子に供給される書込み電流(あるいは電圧)を任意の時間刻み毎に計測し、上記書込み電流(電圧)によって時間刻み毎に変化する時定数を定義し、その時定数を用いて抵抗変化素子の抵抗値が変化するのに要する時間(書き込み時間)を計算することを含む抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法が得られる。
【0012】
また、一実施形態では、シミュレーションする方法は、書込み電流(電圧)から計算される前記時定数を有するRLC回路を仮想的に定義し、前記RLC回路に用いられる抵抗素子、容量素子、インダクタ素子の内、少なくとも一素子のパラメータを前記時定数に基づいて変化させることを含む。
【0013】
また、一実施形態では、シミュレーションする方法は、前記書込み電流(電圧)が任意のしきい値を超えた場合に、前記RLC回路へステップ波形を入力し、前記しきい値を下回った場合に、前記ステップ入力を停止することを含む。
【0014】
また、一実施形態では、シミュレーションする方法は、上記RLC回路出力のステップ応答から抵抗値を変化させるか否かを判定することを含む。
【0015】
また、一実施形態では、前記書込み電流(電圧)が任意のしきい値よりも大きい場合に、書込み電流(電圧)から前記時定数を計算し、前記しきい値よりも小さい場合は、予め規定された時定数に設定される。
【0016】
また、一実施形態では、上記しきい値を複数有し、上記書込み電流(電圧)と複数のしきい値との大小関係によってそれぞれ異なる計算式によって上記時定数が計算される。
【0017】
また、本発明によれば、MTJ素子等の抵抗変化素子に供給される書込み電流(あるいは電圧)を任意の時間刻み毎に計測し、上記書込み電流(電圧)によって時間刻み毎に変化する時定数を定義し、その時定数を用いて抵抗変化素子の抵抗値が変化するのに要する時間(書き込み時間)を計算することを含む抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法をコンピュータで実行するためのプログラムが得られる。
【0018】
また、本発明によれば、抵抗変化素子に供給される書込み電流(あるいは電圧)を任意の時間刻み毎に計測し、前記書込み電流(電圧)によって時間刻み毎に変化する時定数を定義し、前記時定数を用いて前記抵抗変化素子の抵抗値が変化するのに要する時間(書き込み時間)を計算することを含む抵抗変化素子の動作をシミュレーションする回路シミュレータが得られる。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、MTJ素子等の抵抗変化素子の磁化反転に要する電流値と時間との依存性が含まれるようにモデル化したもの
であって、このモデルは従来の回路シミュレータに組み込み易い。さらに、本発明によって高速、且つ、高精度に抵抗変化素子及び抵抗変化素子を含む回路の動作をシミュレーションすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施形態を説明する前に、典型的なMTJ素子における磁化反転電流と時間の関係について詳述する。
図3は非特許文献2に記載の磁化反転電流(本文献では臨界電流I
Cと称している)と磁化緩和時定数τpの関係を図示したものである。
図3の(1t)の線は、熱アシストモデルによる臨界電流I
Cを示しており、次式で表される。
【0022】
I
C=I
C0{1−(k
BT/E)ln(τ
P/τ
0)} (1)
ここで、k
Bはボルツマン定数、Tは絶対温度、Eはエネルギーバリア、τ
0は熱反転における試行時間(〜1ns)である。スピン注入磁化反転方式の場合は、τ
Pが20ns程度以上の場合において(1)式が実測値に良く合致することが知られている。
【0023】
また、印加磁場による磁化反転方式の場合は、
I
C=I
C0[{1−(k
BT/E)ln(τ
P/τ
0)}
0.5] (1’)
のように変形され、τ
Pが数ns程度以上の場合において(1’)式が実測値に良く合致することが知られている。
【0024】
さらに、
図3の(2s)の線は、スピン注入方式におけるスピントルク効果モデルによる臨界電流I
Cを示しており、次式で表される。
【0025】
I
C=I
C0[1+(τ
relax/τ
P)・ln{π/(2√(k
BT/E))}] (2)
ここで、τ
relaxは磁気モーメントの緩和時間である。
図3に示すように、τ
Pが20ns程度以下の場合において(2)式が実測値に良く合致することが知られている。
【0026】
磁化反転電流と電流印加時間(電流パルス幅)依存性を調べる実験においては、電流パルス幅tW(=τ
P)に対して磁化反転確率が63%となる電流値Iw(=I
C)を調査する。即ち、
図3のA線の方向で計測が行われる。しかし、回路シミュレーションを行う際には、MTJ素子に流れる書込み電流I
Wをモニタしながら磁化反転に要する時間tWを計算(
図3のB線の方向)する必要がある。本発明は、モデル化された物理パラメータから磁化反転時間tWを高精度に効率よく計算するためのアルゴリズムに係るものであり、以下、実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0027】
本発明による回路シミュレータにおけるMTJ素子の磁化反転時間を計算するアルゴリズムについて、
図4を用いながら説明する。先述したように、臨界電流I
Cは磁化反転緩和時定数τ
Pの式で表される。即ち、(1)〜(2)式を緩和時定数τ
Pを臨海電流I
Cの式で表すと、それぞれ以下のようになる。
【0028】
τ
P=τ
0・exp[(E/k
BT){1−(I
C/I
C0)}
n] (3)
τ
P=τ
relax・ln{π/(2√(k
BT/E))}/{(I
C/I
C0)−1} (4)
ここで、(3)式は(1)式、及び、(1’)式から導出された熱アシストモデルにおける逆算式であり、スピン注入素子の場合はn=1、磁場書き方式の素子の場合はn=2とする。(4)式は(2)式から導出されたスピントルク効果モデルにおける逆算式である。
【0029】
回路シミュレーションにおいて、MTJ素子に流れる電流I
Wを(3)式、(4)式のI
Cとして代入して得られるτ
Pの値は、電流I
Wが素子に印加された時刻からτ
P経過すると、磁化反転確率が63%となることを表している。即ち、電流印加時刻から時間t経過した時の磁化反転確率Pは次式のようになる。
【0030】
P=1−exp(−t/τ
P) (5)
もし、
図4に示すRC回路の時定数
をτ
Pと等しくすれば、そのステップ応答は磁化反転確率と等価的に見ても差し支えない。従って、任意の書込み電流I
WがMTJ素子に印加された場合の磁化反転時間の計算アルゴリズムはおよそ以下のようになる。
【0031】
(i)I
Wが任意のしきい値電流(Ic_min)を越えるとステップ入力をRC回路に印加する。ここで、しきい値電流Ic_minは式(1)においてτ
Pが1秒程度の時のI
Cの値を設定する。
(ii)(3)式、あるいは(4)式からτ
Pを求め、τ
P=R
PRB・C
PRBからR
PRBとC
PRBの値を決定する。
(iii)RC回路の出力電圧が任意のしきい値を越えると磁化反転したとみたて、MTJ素子抵抗値を変化させる。
【0032】
回路シミュレーションで過渡応答を計算する場合、時間刻みΔtで変化する時刻毎に上記(i)〜(iii)のアルゴリズムに基づいて計算を行う。より詳細な計算アルゴリズムを
図5に示す。ここで、シミュレーション上の時刻t
0からt
1=t
0+Δtに変化したと仮定する(A0)。また、書込み電流値I
Wは書込みデータに応じて正負の符号を持つが、平行化、及び反平行化のいずれの場合も同じ計算フローであるため、
図5では絶対値として取り扱うこととする。
【0033】
時刻t
1において、MTJ素子に流れる書込み電流値|I
W(t
1)|が任意のしきい値電流値|Ic_min|よりも大きいか否かを比較する(A1)。もし、書込み電流値がしきい値電流値よりも大きい場合はRC回路にステップ入力、即ち、|V
RCIN(t
1)|=|V
H|の電圧を印加する(A2)。同時に、τ
Pの算出を行い(A3)、R
PRB(t
1)、あるいはC
PRB(t
1)の値を変更する(A4)。RC回路のステップ応答が任意のしきい値電圧|P
TH|に対して、|V
RCOUT(t
0)|<|P
TH| かつ、|V
RCOUT(t
1)|≧|P
TH|であれば(A5)、MTJ素子の磁化を反転させる(A6)。
【0034】
上記A1の分岐で、もし書込み電流値がしきい値電流値よりも小さい場合はRC回路にステップ入力を印加しない。即ち、|V
RCIN(t
1)|=|V
L|=0Vのままである(B2)。また、τ
Pは磁化反転しない固有の時定数τ
NOSWに設定され(B3)、その時定数に応じてR
PRB(t
1)、あるいはC
PRB(t
1)を変更する(B4)。この場合、磁化反転はさせず磁化状態を保持する。
【0035】
図6は、
図5のフローチャートに基づいて過渡応答をシミュレーションした場合の概略図を示している。MTJ素子の磁化を平行化するため、時刻T0からT1の期間において書込み電流パルスI
W0を正の方向に印加している。さらに、磁化を反平行化するために時刻T2からT3の期間において書込み電流パルスI
W1を負の方向に印加している。
【0036】
時刻T0においてI
W0>Ic_min0であるから、(3)式よりτ
P0が計算され、R
PRB(C
PRBは固定値と仮定)が計算される。(τ
P0とR
PRBはシミュレーション時間刻み毎に再計算され更新される。)さらに時刻T0において、RC回路にステップ波形(V
RCIN=1V)が入力される。RC回路のステップ応答V
RCOUTが、予め規定されたしきい値P
THよりも大きくなるタイミング(時刻TR0)でMTJ素子の磁化を反転させ、MTJ素子抵抗は低抵抗のR
Pとなる。時刻T1に達すると、書込み電流の供給が停止され(I
W0>Ic_min0)、RC回路の時定数は予め規定されたτ
NOSWに設定される。同時にRC回路へ入力されていたステップ波形が停止となる(V
RCIN=0V)。
【0037】
時刻T2においてI
W1<−Ic_min1であるから、(3)式よりτ
P1が計算され、R
PRBが計算される。さらに時刻T2において、RC回路にステップ波形(V
RCIN=−1V)が入力され、そのステップ応答V
RCOUTが、予め規定されたしきい値−P
THよりも小さくなるタイミング(時刻TR1)でMTJ素子の磁化を反転させ、MTJ素子抵抗は高抵抗のR
APとなる。時刻T3に達すると、書込み電流の供給が停止され(I
W0<−Ic_min1)、RC回路の時定数は予め規定されたτ
NOSWに設定される。同時にRC回路へ入力されていたステップ波形が停止となる(V
RCIN=0V)。
【0038】
以上、本発明によるMTJ素子の磁化反転を組み込んだ過渡応答シミュレーションの計算アルゴリズムを説明したが、
図6の例では書込み電流波形が単純なパルス波形であった。実際には、
図7に示すように電流波形の立ち上がりがなまっていたり、リンギング波形であったりする。本計算アルゴリズムでは、シミュレーション時間刻み毎に時定数τ
Pを変化させることが可能であるから、電流波形形状による磁化反転時間を正確に計算することが可能である。
【0039】
また、先述したサブサーキット・モデルを用いた場合は一つのMTJ素子につき計算を要する端子数が数10端子にも及んだ。本発明による計算方法によれば、計算を要する端子数の増分をわずか2端子(
図4では、VRCINとVRCOUT)に抑えられるため、大規模な回路シミュレーションにも適用できる。さらに、
図4のRC回路の過渡応答式をプログラムに組み込むことでさらに高速化を図ることが可能である。
【0040】
先の第一実施例では、磁化反転が数10nsの領域である熱アシストモデル(
図3の(1t)の特性)、及び、式(1)、(3)に基づいて説明を行った。スピン注入方式のMTJ素子の場合は、磁化反転が数nsである領域はスピントルク効果モデルも考慮する必要がある。即ち、回路シミュレーションの計算過程、具体的にはτ
Pの計算において、書込み電流値によって式(3)と式(4)を使い分ける必要がある。この場合の計算アルゴリズムを
図8に示す。また、書込み電流値I
Wは書込みデータに応じて正負の符号を持つが、平行化、及び反平行化のいずれの場合も同じ計算フローであるため、
図8では絶対値として取り扱うこととする。
【0041】
図8に示すように、本実施例では書込み電流値が|Ic_min|よりも大きいか否かだけではなく、式(2)の|I
C0|よりも大きいか否かもモニタする。時刻t
1において書込み電流値|I
W(t
1)|≧|Ic_min|である場合(A1)、RC回路にステップ入力、即ち、|V
RCIN(t
1)|=|V
H|の電圧を印加する(A2)。さらに、|I
W(t
1)|≧|I
C0|である場合(A7)、スピントルク効果モデルの式(4)を使ってτ
Pを計算する(A3’)。もし、|I
W(t
1)|<|I
C0|であれば、熱アシストモデルの式(3)を使ってτ
Pを計算する(A3)。その後の計算フロー(A4〜A6)は第一実施例と同じであるので説明を省略する。また、ステップA1で|I
W(t
1)|<|Ic_min|であった場合の計算フロー(B2〜B6))についても第一実施例と同じであるため説明を省略する。
【0042】
本実施例の計算アルゴリズムによると、過渡応答シミュレーションにおける磁化反転時間tWの精度がさらに向上する。例えば、
図9のように書込み電流波形が変化した場合を考える。時刻T0からT1の期間は、書込み電流値I
WはIc_minよりも大きく、且つ、I
C0よりも小さいので熱アシストモデルの式(3)からτ
Pが計算される。時刻T1からT2の期間は、I
WはI
C0よりも大きくなるのでスピントルク効果の式(4)からτ
Pが計算される。時刻T2からT3の期間は、I
WはIc_minよりも大きく、且つ、I
C0よりも小さいので熱アシストモデルの式(3)からτ
Pが計算される。
図9の実線は、この方法によって計算されるτ
Pを表し、点線は第一実施例によるτ
Pを表している。本実施例による計算方法では、I
W≧I
C0の条件下(時刻T1−T2)において、式(4)から計算されるτ
Pスピンが、式(3)から計算されるτ
P熱よりも大きい値になる。即ち、I
W≧I
C0の条件下では磁化反転特性がスピントルク効果に支配的になる
図3の特性に合っていることを意味しており、シミュレーション精度が向上する。
【0043】
本発明の実施
例によれば、回路シミュレーションのためのMTJ素子の動作モデルを高精度に実現でき、且つ、シミュレーション時間のオーバヘッドを最小限にする計算アルゴリズムが得られ、さらに、MTJ素子モデルを適用できる回路シミュレータを最小限のプログラム変更で実現できる。
【0044】
本発明は上記実施例に限定されず、本発明の技術思想の範囲内において、各実施例は適宜変更され得ることは明らかである。例えば、上述の実施
例は二端子のMTJ素子(
図1)を例に説明したが、
図2に記載の三端子のMTJ素子は書込み電流経路が異なるだけであり、この素子への適用も本発明の範囲内にあることは明確である。また、上述の実施例では、書込み電流(電圧)から計算される時定数を有するRC回路を仮想的に定義し、RC回路に用いられる抵抗素子、容量素子の内、少なくとも一素子のパラメータを前記時定数に基づいて変化させることにしたが、RC回路は、RLC回路であってもよい。この場合、RLC回路に用いられる抵抗素子、容量素子、インダクタ素子の内、少なくとも一素子のパラメータを前記時定数に基づいて変化させる。
【0045】
上述した実施
例の
一部又は、全部は、以下の付記のようにも記載できるが、これらには限らない。
【0046】
(付記1)抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法であって、前記抵抗変化素子に供給される書込み電流(あるいは電圧)を任意の時間刻み毎に計測し、前記書込み電流(電圧)によって時間刻み毎に変化する時定数を定義し、前記時定数を用いて前記抵抗変化素子の抵抗値が変化するのに要する時間(書き込み時間)を計算する回路シミュレータの計算アルゴリズムによって抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0047】
(付記2)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、書込み電流(電圧)から計算される前記時定数を有するRLC回路を仮想的に定義し、前記RLC回路に用いられる抵抗素子、容量素子、インダクタ素子の内、少なくとも一素子のパラメータを前記時定数に基づいて変化させることを特徴とする付記1記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0048】
(付記3)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、 前記書込み電流(電圧)が任意のしきい値を超えた場合に、前記RLC回路へステップ波形を入力し、前記しきい値を下回った場合に、前記ステップ入力を停止することを特徴とする付記2記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0049】
(付記4)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、前記RLC回路出力のステップ応答から抵抗値を変化させるか否かを判定することを特徴とする付記3記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0050】
(付記5)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、前記書込み電流(電圧)が任意のしきい値よりも大きい場合に、書込み電流(電圧)から前記時定数を計算し、前記しきい値よりも小さい場合は、予め規定された時定数に設定されることを特徴とする付記2記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0051】
(付記6)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、前記しきい値を複数有し、前記書込み電流(電圧)と複数のしきい値との大小関係によってそれぞれ異なる計算式によって前記時定数が計算されることを特徴とする付記5記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0052】
(付記7)前記抵抗変化素子が磁気抵抗素子(MTJ素子)であることを特徴とする付記1記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0053】
(付記8)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、書込み電流(電圧)から計算される前記時定数を有するRC回路を仮想的に定義し、前記RC回路に用いられる抵抗素子、容量素子の内、少なくとも一素子のパラメータを前記時定数に基づいて変化させることを特徴とする付記1記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0054】
(付記9)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、前記書込み電流(電圧)が任意のしきい値を超えた場合に、前記RC回路へステップ波形を入力し、前記しきい値を下回った場合に、前記ステップ入力を停止することを特徴とする付記8記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0055】
(付記10)付記1乃至9のいずれか1に記載の抵抗変化素子の動作シミュレーション方法によって抵抗変化素子の抵抗値を変化させるタイミングを計算する回路シミュレータ・プログラム。
【0056】
(付記11)前記回路シミュレータの計算アルゴリズムは、前記RC回路出力のステップ応答から抵抗値を変化させるか否かを判定することを特徴とする付記8記載の抵抗変化素子の動作をシミュレーションする方法。
【0057】
(付記12)抵抗変化素子に供給される書込み電流(あるいは電圧)を任意の時間刻み毎に計測し、前記書込み電流(電圧)によって時間刻み毎に変化する時定数を定義し、前記時定数を用いて前記抵抗変化素子の抵抗値が変化するのに要する時間(書き込み時間)を計算することを含む抵抗変化素子の動作をシミュレーションする回路シミュレータ。