(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
脂肪族不飽和炭化水素及び芳香族炭化水素から選択された少なくとも1種の炭化水素系化合物のガスを反応ガスとして供給し、且つプラズマCVDによってポリ乳酸の延伸成形体の表面に炭化水素系蒸着膜の成膜を行う工程を含む蒸着膜を備えたポリ乳酸成形体の製造方法において、
前記ポリ乳酸の延伸成形体として、広角X線測定の10°〜25°に出現するピーク半値幅が1.22°以下のシャープなX線回折ピークを示すものを使用し、
前記炭化水素系蒸着膜を形成する工程においては、成膜の初期段階を低出力のプラズマ処理により行うことにより、CH、CH2及びCH3の合計当りのCH2比が40%以上の高CH2層を形成し、次いで高出力のプラズマ処理を行うことによりCH、CH2及びCH3の合計当りのCH2比が35%以下の低CH2層を形成し、
前記低出力でのプラズマ処理に先立って、650W以上のトリガ出力を印加することを特徴とする製造方法。
【背景技術】
【0002】
従来、各種基材の特性を改善するために、その表面にプラズマCVD法による蒸着膜を形成することが行われており、包装材料の分野では、容器などのプラスチック基材に対して、プラズマCVD法により蒸着膜を形成させて、ガス遮断性を向上させることが公知である。例えば、有機ケイ素化合物と酸素との混合ガスを反応ガスとして用い、プラズマCVD法によりポリエチレンテレフタレート(PET)ボトルなどのプラスチック容器の表面に、酸化ケイ素の蒸着膜を形成させることによってガスバリア性を高めることが行われている。
【0003】
ところで、最近では、環境問題などの観点から各種分野で生分解性プラスチックとして代表的なポリ乳酸が注目されており、包装材料の分野でも、ポリ乳酸製のボトルが実用されている。ポリ乳酸ボトルは、PETボトルに比べてガスバリア性が劣るため、ポリ乳酸ボトルにおいても前述した蒸着膜を形成することにより、ガスバリア性等の特性改善の試みが行われている。
【0004】
しかるに、酸化ケイ素系蒸着膜を、PETボトルに適用した場合、優れたガスバリア性を発揮するが、ポリ乳酸製のボトルに適用した場合、ポリ乳酸ボトルのボトル壁の熱変形や熱劣化を生じ、ボトル内に異臭が発生するなどの問題を発生する。ポリ乳酸は、PETよりもガラス転移点が低く、耐熱性に劣るため、高出力で成膜が必要なガスバリア性酸化ケイ素系蒸着膜の場合、成膜時間のプラズマで発生する熱に耐えられず、加えて、蒸着過程で発生する酸素プラズマによりポリ乳酸が酸化劣化を生じるためである。
【0005】
このため、特に包装の分野では、酸化ケイ素膜以外の蒸着膜も検討されており、例えば、特許文献1,2には、ポリ乳酸ボトルの内面にダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜と呼ばれる炭化水素系蒸着膜を形成することが提案されている。
【0006】
このような炭化水素系蒸着膜は、酸化ケイ素膜と比較すると、低出力で且つ短時間で成膜が可能であるため、ポリ乳酸ボトルの熱変形や熱劣化を生じることなく、ボトル内面に成膜できる利点があり、また、酸化ケイ素膜に比して、水分に対するバリア性が高いという利点もある。しかしながら、炭化水素系蒸着膜は、固い膜質であると共に極性基を有していないため、ポリ乳酸基材に対する密着性が乏しく、デラミネーションを生じ易い。このように、基材・膜間の密着性の問題を抱えている。
【0007】
また、特許文献3には、ポリ乳酸基板(例えばポリ乳酸ボトル)の内面に酸素比率が低く調整された有機金属系蒸着膜(例えば酸化ケイ素膜)を形成し、この上に炭化水素系蒸着膜を形成することが提案されている。このようにして形成される2層構造の蒸着膜は、下層の有機金属系蒸着膜が低出力で形成されるため、成膜時のポリ乳酸基板の熱劣化や熱変形を有効に防止することができると同時に、この有機金属系蒸着膜は酸化度が低いため、柔軟性に富んでおり、従ってポリ乳酸基板との密着性に優れている。この結果、デラミネーションも有効に回避でき、その上に形成される炭化水素系蒸着膜の優れた特性を十分に発揮させることができるという利点がある。
【0008】
しかしながら、上記のような2層構造の蒸着膜は、成膜過程で反応ガスを切り替えなければならないという欠点がある。即ち、反応ガスを切り替えるため、連続蒸着が困難となり、生産性が低く、さらなる改善が必要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明の目的は、ポリ乳酸基材表面に炭化水素系蒸着膜が形成されたポリ乳酸成形体であって、反応ガスの切り替えを行うことなく、連続した一連のプラズマCVD工程により、ポリ乳酸基材の熱変形や熱劣化を生じせしめることなく、ポリ乳酸基材に対して高い密着性を示す炭化水素系蒸着膜を形成し、炭化水素系蒸着膜の特性が十分に発揮されるポリ乳酸成形体及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によれば、ポリ乳酸基材とプラズマCVD法によって該基材表面に形成された炭化水素系蒸着膜とからなるポリ乳酸成形体において、
前記ポリ乳酸基材は、広角X線測定の10°〜25°に出現するピーク半値幅が1.22°以下のシャープなX線回折ピークを示し、
前記炭化水素系蒸着膜は、前記ポリ乳酸基材表面に形成され且つCH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が40%以上の高CH
2層と、該高CH
2層上に形成され且つCH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が35%以下の低CH
2層との二層を含んでいることを特徴とするポリ乳酸成形体が提供される。
【0012】
本発明のポリ乳酸成形体においては、
(1)前記高CH
2層におけるCH
2比が44%以上60%未満の範囲にあること、
(2)前記高CH
2層の厚みが5〜15nmの範囲にあり、前記低CH
2層の厚みが15乃至100nmの範囲にあること、
(3)ボトルであること、
が好ましい。
尚、本発明において、炭化水素系蒸着膜におけるCH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比は、FT−IR測定によって算出することができる。具体的には、炭化水素系蒸着膜についてFT−IR測定を行うと、波数3200〜2600cm
−1の領域にはCH、CH
2及びCH
3に由来するピークが発現するが、これらのピークからCH
2比を算出することができる。その算出方法は、後述する実施例で示した。
【0013】
また、本発明によれば、脂肪族不飽和炭化水素及び芳香族炭化水素から選択された少なくとも1種の炭化水素系化合物のガスを反応ガスとして供給し、且つプラズマCVDによってポリ乳酸の延伸成形体の表面に炭化水素系蒸着膜の成膜を行う工程を含む蒸着膜を備えたポリ乳酸成形体の製造方法において、
前記ポリ乳酸の延伸成形体として、広角X線測定の10°〜25°に出現するピーク半値幅が1.22°以下のシャープなX線回折ピークを示すものを使用し、
前記炭化水素系蒸着膜を形成する工程においては、成膜の初期段階を低出力のプラズマ処理により行うことにより、CH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が40%以上の高CH
2層を形成し、次いで高出力のプラズマ処理を行うことによりCH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が35%以下の低CH
2層を形成
し、
前記低出力でのプラズマ処理に先立って、650W以上のトリガ出力を印加することを特徴とする製造方法が提供される。
【0014】
本発明の製造方法は、
(1)前記低出力及び高出力のプラズマ処理を、マイクロ波により行うこと、
(2)前記低出力のプラズマ処理を350〜600Wの出力で行い、高出力でのプラズマ処理を1000〜1400Wで行うこと、
(3)前記低出力のプラズマ処理を0.9〜3.0秒間行い、高出力でのプラズマ処理を0.4〜2.7秒間行うこと
、
(4)前記低出力のプラズマ処理工程及び高出力のプラズマ処理工程を通じて、同じ組成の反応ガスを供給すること、
が好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明のポリ乳酸成形体は、例えばボトル等のポリ乳酸基材の表面に炭化水素系蒸着膜が形成されているものであるが、この蒸着膜がCH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が多い高CH
2層(以下において高CH
2層を密着層と呼ぶことがある)とCH
2比が小さい低CH
2層(以下において低CH
2層をバリア層と呼ぶことがある)との2層を有しており、高CH
2層がポリ乳酸基材側に形成され、低CH
2層が高CH
2層上に形成されているという特徴を有している。
即ち、上記の蒸着膜がCH
2比で2つの領域に区分されていることから理解されるように、プラズマCVD蒸着に際して、反応ガスを切り替えることなく、単にプラズマ発光のための出力を変える操作のみで、一連の連続した蒸着工程で、このような2層構造の蒸着膜を製造することができる。CH
2比を変化させるためには、反応ガスの組成を変える必要がなく、反応ガスとして使用している炭化水素化合物の分解の程度に影響するマイクロ波の出力を変えればよい。また、この場合、反応ガスの流量も変化させる必要はない。
このように、本発明においては、一連のプラズマCVDによる蒸着を、一定の反応ガスを一定の流量で連続して流しながら行うことができるため、極めて生産性が高く、これは、本発明の大きな利点である。
【0016】
また、本発明においては、炭化水素系蒸着膜を、上記のような2層構造とすることにより、ポリ乳酸基材に対する優れた密着性を確保することができ、デラミネーション(膜剥離)を生じることなく、炭化水素系蒸着膜のバリア特性(例えば水分バリア性)を十分に発揮させることができる。
【0017】
上記のような層構造の炭化水素系蒸着膜では、高CH
2層と低CH
2層とが反応ガスを切り替えることなく成膜される炭化水素系膜であるため、両層の間に剥離はなく、しかも、基材側の高CH
2層が接着層として機能するため、ポリ乳酸基材に対する優れた密着性が確保され、デラミネーション(膜剥離)を有効に防止することが可能となる。
即ち、炭化水素系蒸着膜中にCH
2成分が多くなると、比較的ルーズな膜構造になり、ポリ乳酸基材の変形に対する追随性が増す。しかも、CH
2成分が多い構造は、低出力のプラズマCVDにより成膜することができる。そのため、蒸着に際して、基材であるポリ乳酸の熱分解が有効に防止され、高CH
2層とポリ乳酸基材との間に優れた密着性を確保できるものと本発明者等は考えている。例えば、蒸着膜中にCH
2成分が少ない場合は、蒸着に際し、高出力のプラズマCVDで蒸着する必要があるが、成膜と同時に、基材であるポリ乳酸分子鎖中のCα炭素(分岐炭素)部分の切断が生じてしまい、蒸着膜とポリ乳酸との間の親和性が損なわれ、密着性を確保することができないものとなる。
【0018】
さらに、上記の高CH
2層の上に形成される低CH
2層はバリア層として機能し、特に水分に対するバリア性に優れている。即ち、CH
2成分が少ないことは、分岐構造を多く含んでおり、膜が緻密となっていることを意味する。この結果、低CH
2層は、優れた水分バリア性を発揮することとなる。しかも、本発明においては、バリア層として機能する低CH
2層が、ポリ乳酸基材に密着している高CH
2層上に形成されているため、その優れた特性を安定して発揮することができ、デラミネーション等による特性低下が有効に回避されている。
【0019】
尚、本発明において、ポリ乳酸基材の表面に形成されている炭化水素系蒸着膜がCH
2組成比率の異なる2層から構成されていることは、紫外可視分光光度計を用い簡単に識別することができる。即ち、300〜900nmの分光波長範囲で入射角度0°反射法測定で得られた反射スペクトルにおいて、350nm〜550nm範囲で上に凸のスペクトルを示す場合は、炭化水素系蒸着膜が単層であり(例えば
図5参照)、下に凸の場合は多層である(例えば
図6参照)。このように、紫外可視分光光度計を用いることにより、多層であるか単層であるかを簡便に識別することができる。
【0020】
さらに、本発明においては、上述した炭化水素系蒸着膜が形成されているポリ乳酸基材の熱変形や熱劣化は有効に回避されている。即ち、本発明において使用されているポリ乳酸基材は、広角X線測定の10°〜25°に出現するピークの半値幅が1.22°以下のシャープなX線回折ピークを示すものであり、このことは、このポリ乳酸基材は、延伸成形されて配向結晶化し、且つ熱固定により、配向結晶量の増加と熱ひずみ緩和が施されており、高い耐熱性を有していることを意味する。このようなポリ乳酸基材の耐熱性に加え、蒸着に際して、始めに形成される高CH
2層は、低出力でしかも短時間で成膜することができるため、ポリ乳酸基材に与える熱的衝撃は極めて小さい。さらに、この高CH
2層の上に低CH
2層を形成する場合、高出力で蒸着が行われるが、この場合には、ポリ乳酸基材の表面に形成されている高CH
2層が断熱の機能を示し、ポリ乳酸基材を熱衝撃から保護する。従って、本発明では、蒸着時におけるポリ乳酸基材の熱変形や熱劣化が有効に回避されることとなる。
【0021】
このような炭化水素系蒸着膜を備えた本発明のポリ乳酸成形体は、特に包装の分野で有効であり、特に内面に蒸着膜を形成してボトルとして使用することが最適である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明のポリ乳酸成形体の断面構造を示す
図1を参照して、この成形体は、ポリ乳酸基材1と、その表面に形成されている炭化水素系蒸着膜3とからなっている。また、この蒸着膜3は、ポリ乳酸基材1の表面側に形成されている高CH
2層3aと、その上に形成されている低CH
2層3bとからなっている。尚、
図1の例では、ポリ乳酸基材1の一方の表面にのみ蒸着膜3が形成されているが、その両面に蒸着膜3が形成されていてもよい。
【0024】
<ポリ乳酸基材1>
本発明において、ポリ乳酸基材1は、
図2のX線回折チャートに示されているように、広角X線測定の10°〜25°に出現するピーク半値幅が1.22°以下のシャープなX線回折ピークを示すものであることが必要である。即ち、このようなシャープなX線回折ピークを示すことは、先にも説明したように、このポリ乳酸基材1が延伸成形され、且つ熱固定により、延伸成形による配向結晶が増加し、熱ひずみ緩和が施された成形体であり、高い耐熱性を有していることを意味する。
【0025】
例えば、広角X線測定の10°〜25°に出現するX線回折ピークが発現しなかったり、或いはピークが発現したとしても、広角X線測定の10°〜25°に出現するピーク半値幅が1.22°を上まわるブロードなピークの場合には、配向結晶の形成や熱固定が不十分であり、その耐熱性が極めて低く、従って、後述するプラズマCVDによる蒸着膜3の成膜時にポリ乳酸基材1の熱変形や熱劣化が生じてしまうこととなる。本発明では、上記のようなシャープなX線回折ピークが発現する程度まで延伸成形及び熱固定が施され、ポリ乳酸基材1の耐熱性が高められているため、成膜時におけるその熱変形や熱劣化を有効に回避することができるのである。
【0026】
また、上記のようなポリ乳酸基材1を形成するポリ乳酸としては、ポリ−L−乳酸或いはポリ−D−乳酸の何れであってもよく、上述したシャープなX線回折ピークを示すような配向結晶化が可能である限り、ポリ−L−乳酸とポリ−D−乳酸との共重合体であってもよい。好ましくは光学的異性体であるポリ−D−乳酸含量が4重量%未満のポリ−L−乳酸共重合体の使用が耐熱性の特性から良好である。
【0027】
さらに、前述したシャープなX線回折ピークが発現するように延伸成形及び熱固定がなされている限り、ポリ乳酸基材1の形態は特に制限されず、フィルムやシートであってもよいし、ボトル、カップ、チューブ等の容器やその他の成形品の形であってよく、その用途に応じて、適宜の形態を有するものであってよい。
【0028】
本発明においては、後述する蒸着膜3が優れたガスバリア性、特に水分バリア性を示すことから、特にボトルの形態とし、ボトル内面に後述する蒸着膜3を形成することが好適である。このようなボトルは、押出成形、射出成形等によってプリフォームを成形し、このプリフォームを二軸延伸ブロー成形し、次いで所定の温度に設定された金型に接触させることによって熱固定を行うことにより得られる。延伸倍率や熱固定温度(金型温度)等は、前述したシャープなX線回折ピークが発現するように設定すればよい。
例えば、金型温度は、ポリ乳酸の熱結晶化温度以上、融点未満の範囲に設定され、特に80〜100℃の範囲に設定されるのがよい。この範囲外では、十分な熱固定が行われないおそれがあるからである。
【0029】
<炭化水素系蒸着膜3>
高CH
2層3aと低CH
2層3bとからなる2層構造の炭化水素系蒸着膜3は、以下に述べる炭化水素化合物のガスを反応ガスとして用いての連続した一連のプラズマCVD、例えばマイクロ波や高周波を利用してのグロー放電によるプラズマCVDにより行われる。即ち、反応ガス種やその組成を変えずに、連続したプラズマCVDにより高CH
2層3aと低CH
2層3bとを形成することができる。
【0030】
尚、高周波による場合には、膜を形成すべきポリ乳酸基材1を一対の電極基板で挟持する必要があるため、ボトルなどの立体容器形状の基材1に蒸着膜3を形成するときには、マイクロ波によるプラズマCVDを実行することが好適である。即ち、一対の電極基板により容器壁を挟持するためには、装置構造が複雑になってしまうが、マイクロ波による場合には、このような不都合を回避できるからである。
【0031】
プラズマCVD用の反応ガスに用いる炭化水素化合物としては、例えば脂肪族不飽和炭化水素や芳香族炭化水素の少なくとも1種が使用される。
上記の脂肪族不飽和炭化水素としては、エチレン、プロピレン、ブテン、ペンテン等のアルケン類、アセチレン、メチルアセチレンなどのアルキン類、ブタジエン、ペンタジエン等のアルカジエン類、シクロペンテン、シクロヘキセンなどのシクロアルケン類を挙げることができ、芳香族炭化水素としては、ベンゼン、トルエン、キシレン、インデン、ナフタレン、フェナントレンなどを例示することができ、これらの化合物のガスは、それぞれ1種単独で使用してもよいし、2種以上を混合して反応ガスとして使用することもできる。本発明においては、膜特性などの観点から、脂肪族不飽和炭化水素が好適であり、特に、エチレン、アセチレンが最も好適である。
【0032】
また、上述した反応ガスとともに、希釈剤として各種のキャリアガスを用いて反応ガスのガス濃度を調整することもできる。このようなキャリアガスとしては、例えば、アルゴンガスやヘリウムガスなどの不活性ガスを例示することができる。
【0033】
ボトルを例にとってプラズマCVDを説明すると、例えば、チャンバー内に成膜すべきポリ乳酸ボトル(ポリ乳酸基材1)を配置し、該ボトルの内部を排気し、プラズマ発光可能な所定の真空度にボトル内を保持した状態で、ガス供給管を用いてボトル内部に上述した反応ガスを供給し、導波管等を用いて所定の出力でマイクロ波を供給することにより、プラズマCVDによる成膜を行うことができる。
尚、上記のようにして成膜を行う場合、チャンバー内のボトル外部も適度に排気して適当な真空度に保持し、内外圧差によるボトルの変形を防止するようにしておくことが好ましい。
【0034】
上記のようにしてボトルの内部に反応ガスを供給してプラズマCVDによる成膜を実行する場合には、全工程を通じて、反応ガスの流量を変動させる必要はないが、例えば520ml内容積のボトルの場合、反応ガスの流量は80〜200sccmの範囲に設定しておくことが好ましい。この流量が少なすぎると、成膜に際して分子当りのエネルギーが大きくなり、特に後述する低CH
2層3bの形成では、下層までアタックしてしまい、適正な蒸着膜の成形が困難となり、バリア性の低下を招いてしまうおそれがある。また、必要以上に流量を多くすると、分子当りのエネルギーが小さくなり成膜そのものが困難になる。
尚、ガス流量の単位である「sccm」は、「standard cc/min」の略であり、1atm(大気圧、1.013hPa)、25℃での値である。
【0035】
また、ガス流量/ボトル容積比(sccm/ml)は、全工程を通じて、0.27〜0.38の範囲に設定しておくことが好ましい。この比が小さいと、ボトル内の反応ガス一分子当りに加わる出力エネルギーが大きくなり、このため、発光強度が高くなりすぎ、膜質が不安定になるおそれがある。また、この比が大きいと、ボトル内の反応ガス一分子当りに加わる出力エネルギーが小さくなり、このため、発光強度が低くなり、特にバリア性の高い低CH
2層3bの形成が困難となるおそれがある。
【0036】
−高CH
2層3a−
本発明において、炭化水素系蒸着膜3の内、ポリ乳酸基材1の表面に形成されている高CH
2層3aは、CH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が40%以上、好ましくは44%以上60%未満の範囲にある。即ち、
図3のFT−IRチャートに示されているように、上述した反応ガスを用いてのプラズマCVDにより形成される高CH
2層3aでは、波数3200〜2600cm
−1の領域にCH、CH
2及びCH
3に由来するピークが発現している。これらのピークから算出されるCH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が上記範囲内である高CH
2層3aは、柔軟性の高いCH
2結合を多く含んでいると同時に、膜中の分子の枝分かれが少なく、ルーズな構造を有しているばかりか、低出力で成膜され、ポリ乳酸分子の分解(特にCα炭素部での開裂)が抑制された状態で形成される。この結果、この高CH
2層3aは、ポリ乳酸基材1の表面に対する密着性が優れ、所謂接着層として機能し、デラミネーション等を有効に防止することが可能となる。
【0037】
例えば、このCH
2比が上記範囲より小さいと、柔軟性が低下し、ポリ乳酸基材1の変形に対する追順性が低下し、ポリ乳酸基材1の表面との親和性が希薄となるばかりか、低出力での成膜が困難となり、結局、ポリ乳酸基材1の表面との密着性を高めることができない。また、CH
2比が上記範囲よりも大きいものは、更に低出力で成膜する必要があり、成膜が困難となるおそれがある。
【0038】
上記のような高CH
2層3aの厚みd1は、5〜15nmの範囲であることが好ましい。この厚みが厚すぎると、着色してポリ乳酸基材1の外観を損ね、商品価値を低下させる傾向があるばかりか、厚くすることで更なる効果が生まれるものでもない。一方、この厚みが薄すぎると、高CH
2層3aの高い密着性が有効に作用せず、デラミネーションの発生を防止することが困難となるおそれがある。
【0039】
本発明において、このような高CH
2層3aは、前述した反応ガスを流しながらのプラズマCVDにより行われるわけであるが、かかる高CH
2層3aは低出力で成膜されるため、発光が不安定になるおそれがある。このような不都合を防止するため、高CH
2層3aの成膜に先立っては(即ち、蒸着開始時)には、高いトリガ出力を印加し、安定なプラズマを生成させた後、連続して低出力蒸着を実施することが好ましい。
【0040】
一般に、このトリガ出力は、例えばマイクロ波によるプラズマCVDでは、650W以上に設定されるが、過度に高くすると、ポリ乳酸基材1の表面の熱劣化を生じてしまい、密着性が損なわれてしまうため、1300W以下の範囲とするのがよい。また、トリガは瞬時でよく、例えば10msec以下でよい。トリガ時間を長くすると、やはり、ポリ乳酸基材1の表面の熱劣化を生じ、密着性が損なわれてしまう。
【0041】
上記のようにしてトリガ出力を印加した後、低出力でのプラズマCVDによる成膜を行って高CH
2層3aの成膜が行われる。
かかる出力は、マイクロ波による場合、350W〜600Wの範囲である。即ち、この出力がこの範囲よりも低いと、発光が不安定となり或いは発光を生ぜず、成膜が困難となってしまう。また、この出力が上記範囲よりも高いと、ポリ乳酸基材1の表面の熱劣化を生じてしまい、またCH
2比が低くなり、密着性が損なわれるおそれがある。
【0042】
また、上記のような低出力での成膜は、高CH
2層3aの厚みを前述した範囲に設定するため、一般に、0.9〜3.0秒の範囲とすればよい。
【0043】
−低CH
2層3b−
上記のようにして形成された高CH
2層3aの上に形成される低CH
2層3bは、CH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比が35%以下、好ましくは31%未満の範囲にある。即ち、
図4のFT−IRチャートに示されているように、上述した反応ガスを用いてのプラズマCVDによって形成される低CH
2層3bにおいても、波数3200〜2600cm
−1の領域にCH、CH
2及びCH
3に由来するピークが発現している。これらのピークから算出されるCH、CH
2及びCH
3の合計当りのCH
2比は、前述した高CH
2層3aに比して小さい。即ち、この低CH
2層3bは、密で剛直な膜であり、高い密着性が得られず、デラミネーションを生じてしまうことを意味している。
しかるに、本発明では、ポリ乳酸基材1の表面には、前述した同じ反応ガスで成膜される高CH
2層3aが高い密着性で形成され、この上に低CH
2層3bが形成されているため、この低CH
2層3bは、しっかりと高CH
2層3aに保持され、デラミネーションが有効に防止されるのである。
【0044】
また、CH
2結合が少ないということは、この膜の分岐が多く、緻密な層であることを意味する。このことから理解されるように、この低CH
2層3bは、ガスバリア性が高く、特に水分に対して優れたバリア性を示すものである。
【0045】
例えば、CH
2比が前記範囲を上まわると、この層がルーズなものとなってしまい、バリア性が損なわれてしまう。
【0046】
上記の低CH
2層3bの厚みd2は、15〜100nmの範囲にあることが好ましい。この厚みが厚すぎると、高CH
2層3aの密着性のみで低CH
2層3bをしっかりと保持することが困難となり、デラミネーションを生じ易くなる傾向がある。また、この厚みが薄すぎると、水分等に対する優れたバリア性が不満足なものとなってしまう。
【0047】
本発明において、上記のような低CH
2層3bの成膜は、前述した高CH
2層3aの成膜に引き続いて連続して行われ、単なる出力調整により、高CH
2層3aの成膜から低CH
2層3bの成膜に切り替えられる。
【0048】
低CH
2層3bの形成のための出力は、マイクロ波による場合、1000W〜1400Wの範囲である。即ち、この出力がこの範囲よりも低いと、CH
2比が大きくなってしまい、この出力が上記範囲よりも高いと、高CH
2層3aのダメージ等によりデラミネーションを発生しやすくなってしまう。また、上記のような高出力での成膜は、低CH
2層3bの厚みを前述した範囲に設定するため、一般に、0.4〜2.7秒の範囲とすればよい。
【0049】
このように、本発明によれば、反応ガス種の切り替えなどの面倒な手段を講ずることなく、出力の切り替え操作によって、ポリ乳酸基板1の表面に密着層を成膜することができ、しかもその密着層の上にバリア層を成膜することによってバリア性に優れた2層構造の炭化水素系蒸着膜3を形成することができる。
本発明は、ボトル等の包装容器の分野に極めて有効である。
【実施例】
【0050】
(実施例1〜13、比較例1〜5、対照例)
表3に示す量(重量%)の光学活性異性体(D−乳酸)を含む重量平均分子量(Mw)が20万のポリーL−乳酸樹脂(PLA)を、射出成形機で有底プリフォームに成形し、外部赤外線ヒーターでプリフォームを加熱し、表3に示す温度に加熱したブロー金型を用い、二軸延伸ブロー成形し、520ml容量のポリ乳酸ボトルを作製した。
【0051】
得られたポリ乳酸ボトルをプラズマCVD装置にセットし、ボトル内面を所定の真空度に減圧後保持し、アセチレンを反応ガスとして2.45GHzのマイクロ波でプラズマを発生させ、ガス流量160sccmで表3に示す条件でボトル内表面に炭化水素系蒸着膜を成膜した。
成膜後、大気圧に圧力を戻し、プラズマCVD蒸着機からボトルを取り出し冷却した後に容器評価を行った。反応ガスは蒸着開始時から蒸着終了時まで同じガス種類で同じ流量であり、トリガ出力、高CH
2層蒸着、低CH
2層蒸着の順に出力を切り替えて所定時間蒸着した。トリガ出力時間は10msecで行った。
【0052】
上記のような成膜前のポリ乳酸ボトル及び蒸着膜が成膜されたボトルについて下記の方法で各種の評価を行い、その結果を表3に示した。
【0053】
(評価方法)
<X線半値幅測定>
蒸着前の延伸ブロー成形ボトル側壁中央部の平坦部パネル部を切り出し、20mm×15mm角のアパーチャーに固定後、広角X線測定装置(理学電気(株)会社製広角X線装置、RINT2000(Wide Angle X-ray diffraction spectrometer)で、Cu-Kα(30Kv,100mA)線源で測定した。2θ=10°〜25°範囲で観測された回折ピークの半値幅を求めた。
尚、実施例1で用いたポリ乳酸ボトルについては、そのX線回折チャートを
図2に示した。
【0054】
<蒸着層CH
2比率の測定>
未蒸着のポリ乳酸ボトルに表3に示す実施例、比較例のプラズマ条件で、高CH
2層、低CH
2層別々に蒸着処理を行い蒸着層CH
2比率の測定用ボトルを作製した。得られたボトルにクロロフォルムを入れ、振動攪拌後、クロロフォルム液を回収し、5A濾紙で濾過し、濾紙上に残査として残った蒸着膜を過剰なクロロフォルムで洗浄濾過し、KRS−5板上にクロロフォルムを滴下・乾燥させ、顕微赤外FT−IR装置を用い、周波数範囲:600cm
−1〜4000cm
−1で測定した。次に述べる処理で各層のCH
2比率を求め、表3に示した。
実測スペクトルの内、炭化水素系吸収ピーク領域として2600cm
−1から3200cm
−1範囲を用い、2600cm
−1部と3200cm
−1部を結びベースラインとした。
次に、D.S.Patil et al, Journal of Alloys and Compounds, 78(1998)130-134文献に従い、非対称振動モードの吸収ピークとして、以下の吸収帯:
CH
3吸収バンド;2960cm
−1
CH
2吸収バンド;2925cm
−1
CH吸収バンド;2915cm
−1
を選択し、さらに波形分離の都合上、対象振動モードの吸収バンド(CH
2とCH
3との混合吸収バンド):2860cm
−1も用い、カーブフィッテイングした。顕微赤外FT−IR装置付帯のカーブフィッテイングソフトを用いた。
【0055】
非対象振動モードである2960cm
−1(CH
3)、2925cm
−1(CH
2)、2915cm
−1(CH)のピーク強度(ピーク面積)にそれぞれのピークの吸光度係数(2960cm
−1:0.31、2925cm
−1:0.29、2915cm
−1:0.14)をかけ、それぞれのピーク強度値とした(参照文献:Polymer Analytical Handbook)。
吸光光度係数を掛けて得られたピーク強度補正後の値を用い、(CH
3):2960cm
−1、(CH
2):2925cm
−1、(CH):2915cm
−1の総和を100とし、下記式に従い、CH
2構造の組成比を求めた。得られたCH
2比を表3に示した。
[CH
2比](%)=(CH
2)×100/(CH+CH
2+CH
3)
【0056】
尚、実施例1で作成された蒸着膜については、解析結果の例として、高CH
2層のFT−IRチャートを
図3に示し、低CH
2層のFT−IRチャートを
図4に示した。
【0057】
<蒸着膜の膜厚測定>
ポリ乳酸ボトル内面に蒸着した蒸着膜の膜厚をUV−VIS反射測定で求めた。はじめに、高CH
2層と低CH
2層をそれぞれ別々のSi基板に単層蒸着した試料を作成し、斜入角X線測定にて膜厚を正確に測定した。次に、同サンプルをUV−VIS測定した。誘電関数モデル(Cauchy)のパラメーターシュミレーションを用い、斜入角X線で求めた膜厚値を導入し、光学定数(屈折率n(λ)・消光係数 k(λ))を求めた。光学定数は波長(λ)依存である。波長(λ)の単位はnmである。計算式及び光学定数を求める材料係数を下記表1及び2に示した。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
実施例及び比較例で成膜したボトル側壁について、紫外可視分光光度計(SCI社製 Film Tek3000SE 装置)でUV−VIS反射スペクトル測定し、同装置に付帯した誘電関数モデル(Cauchy)シュミレーションで、先に示した光学定数を用いてバリア層、密着層の膜厚を求め、表3に示した。このとき白色光源、Siレファレンス、入射角度0度反射法の条件で行った。
【0061】
尚、比較例1で成膜された単層の蒸着膜については、その反射スペクトルを
図5に示し、実施例1で成膜された2層の蒸着膜については、その反射スペクトルを
図6に示した。
図5及び
図6から理解されるように、波長範囲350nm〜550nmにおいて、単層蒸着膜では上に凸のスペクトルパターンを示し(
図5)、高CH
2層と低CH
2層とからなる2層の蒸着膜では下に凸のスペクトルパターンを示している(
図6)。
【0062】
<耐熱変形性>
プラズマCVD蒸着工程後のポリ乳酸ボトルにつき、ボトルの胴部形状を目視観察した。変形の認められたボトルにつき、次の基準で評価評点をつけた。
〇:変形なし。
△:わずかに変形があるが許容範囲内。
×:明らかに変形がある。
【0063】
<水透過性>
得られたポリ乳酸ボトル3本にそれぞれに500mlのイオン交換水を充填後、ゴム栓で密栓し、重量測定した。この重量を初期重量とした。次に、37℃-RH30%環境下にボトルを保存し、7日後に重量測定して経時重量を求めた。初期重量と経時重量の差を算出し、ボトル表面積の単位面積、且つ、一日あたりの水分透過度(g/m
2・day)を求めた。
【0064】
<耐デラミ性>
得られたポリ乳酸ボトル3本にそれぞれに500mlのイオン交換水を充填後、ゴム栓で密栓し、37℃-30%RH環境下に保存した。90日後にボトルを取り出し、100回振った後、ボトル外面から内面を目視観察した。ボトル内にせん光性を示す透明フレーク(蒸着膜切片)の有無により、蒸着膜の耐デラミ性を評価した。評価は3本のボトルの最も蒸着膜切片が多いボトルで評価した。
〇:透明フレークがなく、蒸着膜に外観不良はない。
△:透明フレークがないが、蒸着膜に島模様変色が発生。
×:透明フレークがある。
【0065】
<耐着色性>
得られたポリ乳酸ボトルの胴部を10mm×30mmに切り出し、日本分光社製紫外可視分光光度計を用い、色差計測にてb*値を求めた。
【0066】
【表3】