特許第5794396号(P5794396)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5794396
(24)【登録日】2015年8月21日
(45)【発行日】2015年10月14日
(54)【発明の名称】疲労特性に優れる高周波焼入れ用鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20150928BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20150928BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20150928BHJP
   C21C 7/076 20060101ALN20150928BHJP
   B22D 27/02 20060101ALN20150928BHJP
【FI】
   C22C38/00 301A
   C22C38/14
   C22C38/54
   !C21C7/076 A
   !B22D27/02 W
【請求項の数】3
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2014-542195(P2014-542195)
(86)(22)【出願日】2013年10月18日
(86)【国際出願番号】JP2013078324
(87)【国際公開番号】WO2014061782
(87)【国際公開日】20140424
【審査請求日】2015年1月13日
(31)【優先権主張番号】特願2012-232141(P2012-232141)
(32)【優先日】2012年10月19日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】橋村 雅之
(72)【発明者】
【氏名】宮嵜 雅文
(72)【発明者】
【氏名】藤田 崇史
(72)【発明者】
【氏名】山村 英明
【審査官】 守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−069566(JP,A)
【文献】 特開2011−111668(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.45%〜0.85%、
Si:0.01%〜0.80%、
Mn:0.1%〜1.5%、
Al:0.01%〜0.05%、
REM:0.0001%〜0.050%、および、
O :0.0001%〜0.0030%
を含有し、
Ti:0.005%未満、
N :0.015%以下、
P :0.03%以下、および、
S :0.01%以下
に制限し、残部が鉄および不純物であり;
REM、O、S、および、Alを含む介在物であって、前記介在物にTiNが付着したアスペクト比が3以下の複合介在物を含有し;
前記介在物に付着せず独立して存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度と、最大径10μm以上のMnSの個数密度との合計が5個/mm以下である;
ことを特徴とする高周波焼入れ用鋼。
【請求項2】
化学組成が、質量%で、
C :0.45%〜0.85%、
Si:0.01%〜0.80%、
Mn:0.1%〜1.5%、
Al:0.01%〜0.05%、
Ca:0.0050%以下、
REM:0.0001%〜0.050%、および、
O :0.0001%〜0.0030%
を含有し、
Ti:0.005%未満、
N :0.015%以下、
P :0.03%以下、および、
S :0.01%以下
に制限し、残部が鉄および不純物であり;
REM、Ca、O、S、および、Alを含む介在物であって、前記介在物にTiNが付着したアスペクト比が3以下の複合介在物を含有し;
前記介在物に付着せず独立して存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度と、最大径10μm以上のMnSの個数密度との合計が5個/mm以下である;
ことを特徴とする高周波焼入れ用鋼。
【請求項3】
前記化学組成が、さらに、質量%で、
Cr:2.0%以下、
V:0.70%以下、
Mo:1.00%以下、
W:1.00%以下、
Ni:3.50%以下、
Cu:0.50%以下、
Nb:0.050%未満、および、
B:0.0050%以下
からなる群から選択された1種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の高周波焼入れ用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非金属介在物を微細分散させた、疲労特性に優れる、高周波焼入れ用鋼に関する。本発明は、特に、REM介在物の生成を制御することにより、TiN、MnS等の有害介在物の影響を解消し、良好な疲労特性を有する高周波焼入れ用鋼に関する。
本願は、2012年10月19日に、日本に出願された特願2012−232141号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
高周波焼入れ用鋼は、各種の産業機械や自動車などに使用される「玉軸受」や「コロ軸受」等の転がり軸受や、歯車等の転動部材に使用される。また、近年、磁気記録媒体であるハードディスク装置に使用されるハードディスク駆動用等の電子機器、家電製品や計器、医療機器等における軸受や、摺動部材としても使用されている。
【0003】
これらの転動部材や摺動部材に使用される高周波焼入れ用鋼には、優れた疲労特性が要求されている。しかしながら、高周波焼入れ用鋼に含まれる介在物の粗大化と多量化とが、疲労寿命に悪影響を与える。したがって、疲労特性の向上の目的から、介在物はできるだけ微細でかつ少量であることが望まれている。
【0004】
高周波焼入れ用鋼に含まれる介在物としては、アルミナ(Al)等の酸化物、硫化マンガン(MnS)等の硫化物、窒化チタン(TiN)等の窒化物が知られている。
【0005】
アルミナ系介在物は、転炉や真空処理容器で精錬された溶鋼中に多量に残る溶存酸素が、酸素と親和力の強いAlと結合して生成する。また、取鍋などはアルミナ系耐火物で構築されている場合が多い。したがって、脱酸時、溶鋼と耐火物との反応により、アルミナがAlとして溶鋼中に溶出し、再酸化されて、アルミナ系介在物となる。
【0006】
そこで、アルミナ系介在物の低減・除去は、RH真空脱ガス装置や粉体吹込み装置などの二次精錬装置を適用して、
(1)断気、スラグ改質などによる再酸化防止、
(2)スラグカットによる混入酸化物系介在物の低減
などを組み合せて行う。
【0007】
また、酸可溶Alを0.005質量%以上含有するAlキルド鋼の製造方法において、溶鋼中に、Ca、Mg、及び、REMの2種以上とAlからなる合金とを投入し、生成する介在物中のAlを30質量%〜85質量%に調整して、アルミナクラスターのないAlキルド鋼を製造することが知られている。
【0008】
例えば、特許文献1に開示されるように、アルミナクラスターの生成を防止するため、REM、Mg、及び、Caの2種以上を溶鋼に添加して、低融点の介在物を形成する方法が知られている。この方法は、スリバー疵を防止することに有効である。ただし、この方法では、介在物のサイズを、高周波焼入れ用鋼で要求されるレベルまで小さくすることはできない。その理由は、低融点の介在物は、凝集・合体して、より粗大化し易いからである。
【0009】
REMは、介在物を球状化し、疲労特性を向上させる元素である。必要に応じて溶鋼に添加するが、多く入れすぎると、介在物の数が増加し、かえって疲労特性の一つである疲労寿命が低下する。例えば、特許文献2に開示されるように、疲労寿命を低下させないためには、REMの含有量を0.010質量%以下にする必要があることが知られている。しかし、特許文献2には、疲労寿命低下のメカニズム及び介在物の存在状態については開示されていない。
【0010】
また、MnSなどの硫化物は、鍛造などの加工により延伸し、破壊起点となる疲労蓄積源となって、疲労特性を劣化させる。よって、疲労特性を改善するためには、硫化物の数及び大きさを制御する必要がある。
【0011】
一方、REMは、酸素と結合して酸化物を形成するとともに、硫黄と結合して硫化物を形成する。そして、酸素と結合する量以上のREMが存在すると、硫化物が生成し、介在物サイズが増大して、疲労特性に悪影響を与える。これを防止するため、介在物の大きさを制御する必要がある。
【0012】
介在物の大きさを制御するには、酸素含有量に見合った量のREMを添加する必要がある。そのためには、まず酸素含有量を低減させることが有効である。さらに、硫化物も疲労寿命を低下させる介在物の一つであるため、粗大な硫化物、特にMnSの生成の防止が有効である。そのためには、硫黄含有量を低減すること、そのうえで硫黄含有量に見合ったREMを添加し、酸硫化物を生成させ、MnSの生成を抑制することが有効である。つまりREMを酸素および硫黄の両者に見合っただけ添加することが有効である。しかしながら、これらの技術思想は、特許文献2等には何ら開示されていない。
【0013】
また、硫化物の生成を防止する方法として、Caを添加して脱硫する方法が知られている。しかし、Ca添加は、硫化物の生成を防止するには効果があるが、窒化物であるTiNの生成防止には効果がない。
【0014】
図2に示すように、TiNは、非常に硬質で、かつ、尖った形状で鋼中に晶出または析出する。このため、破壊起点となる疲労蓄積源となって、疲労特性に悪影響を与える。例えば、特許文献3に開示されるように、Tiが0.001質量%を超えると、疲労特性が悪化する。その対策として、Tiを0.001質量%以下に調整することが重要であるが、Tiは、溶銑やスラグにも含まれており、不純物としての混入は避けられない。したがって、Tiを安定的に所望のレベルまで低減することは難しい。
【0015】
そこで、Ti及びNを、溶鋼段階で低減又は除去することが必要となる。しかしながら、製鋼コストが上昇するので好ましくない。また、Caの添加で形成されるAl−Ca−O系介在物は、延伸し易く、破壊起点となる疲労蓄積源になり易いという問題を抱えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】日本国特開平09−263820号公報
【特許文献2】日本国特開平11−279695号公報
【特許文献3】日本国特開2004−277777号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、従来技術の問題点に鑑み、破壊起点となる疲労蓄積源になり易い、TiN、Al−O系介在物、Al−Ca−O系介在物、及び、MnSを無害化し、疲労特性に優れた高周波焼入れ用鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の要旨は、次の通りである。
【0019】
(1)本発明の第一の態様は、化学組成が、質量%で、C:0.45%〜0.85%、Si:0.01%〜0.80%、Mn:0.1%〜1.5%、Al:0.01%〜0.05%、REM:0.0001%〜0.050%、及び、O:0.0001%〜0.0030%を含有し、Ti:0.005%未満、N:0.015%以下、P:0.03%以下、及び、S:0.01%以下に制限し、残部が鉄及び不純物であり、REM、O、S、及び、Alを含む介在物であって、前記介在物にTiNが付着したアスペクト比が3以下の複合介在物を含有し、前記介在物に付着せず独立して存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度と、最大径10μm以上のMnSの個数密度との合計が5個/mm以下である高周波焼入れ用鋼である。
【0020】
(2)本発明の第二の態様は、化学組成が、質量%で、C:0.45%〜0.85%、Si:0.01%〜0.80%、Mn:0.1%〜1.5%、Al:0.01%〜0.05%、Ca:0.0050%以下、REM:0.0001%〜0.050%、及び、O:0.0001%〜0.0030%を含有し、Ti:0.005%未満、N:0.015%以下、P:0.03%以下、及び、S:0.01%以下、に制限し、残部が鉄及び不純物であり、REM、Ca、O、S、及び、Alを含む介在物であって、前記介在物にTiNが付着したアスペクト比が3以下の複合介在物を含有し、前記介在物に付着せず独立して存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度と、最大径10μm以上のMnSの個数密度との合計が5個/mm以下である高周波焼入れ用鋼である。
【0021】
(3)上記(1)または(2)に記載の高周波焼入れ用鋼は、さらに、前記化学組成が、質量%で、Cr:2.0%以下、V:0.70%以下、Mo:1.00%以下、W:1.00%以下、Ni:3.50%以下、Cu:0.50%以下、Nb:0.050%未満、及び、B:0.0050%以下からなる群から選択された1種以上を含有してもよい。
【発明の効果】
【0022】
本発明の上記態様によれば、Al−O系介在物をREM−Al−O系介在物に、又は、Al−Ca−O系介在物をREM−Ca−Al−O系介在物に改質して、酸化物系介在物の延伸や粗大化を防止することができる。さらに、REM−Al−O系介在物、又は、REM−Ca−Al−O系介在物にSを固定化して、REM−Al−O−S系介在物、又は、REM−Ca−Al−O−S系介在物を形成して、粗大MnSの生成を抑制することができる。また、REM−Al−O−S系介在物、又は、REM−Ca−Al−O−S系介在物にTiNを付着させて複合介在物を形成し、介在物に付着せずに独立して存在するTiNの個数密度を低減することにより、疲労特性に優れた、特に疲労寿命に優れた高周波焼入れ用鋼を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】REM−Al−O−S系介在物とTiNとが複合した介在物(複合介在物)の態様を示す図である。
図2】粗大MnS及び角張った形状のTiNの生成態様を示す図である。
図3】疲労試験片の形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、従来技術の問題点を解決するため、実験及び検討を鋭意行った。その結果、REMの含有量とこれに対するCaの添加量とを調整するとともに、脱酸プロセスを制御し、
(1)酸化物であるAl−O系介在物をREM−Al−O系介在物に、酸化物であるAl−Ca−O系介在物をREM−Ca−Al−O系介在物に改質することで、酸化物系介在物の延伸や、粗大化を防止できること、
(2)酸化物であるREM−Al−O系介在物、又は、酸化物であるREM−Ca−Al−O系介在物にSを固定して、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物、又は、酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物に改質することで粗大MnSの生成を抑制できること、
(3)酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物、又は、酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物にTiNを付着させて、付着せずに独立して存在するTiNの単独の個数密度を低減できること
を見出した。
【0025】
以下に、上述の知見に基づきなされた本発明の実施形態に係る高周波焼入れ用鋼とその製造方法とを詳細に説明する。
【0026】
まず、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼の成分組成とその限定理由について説明する。なお、下記の元素の含有量に関する%は、質量%を意味する。
【0027】
C:0.45%〜0.85%
Cは、高周波焼入れで硬さを確保して、疲労寿命を向上させる元素である。高周波焼入れにより、所要の強度と硬さとを確保するためには、Cを0.45%以上含有させる必要がある。しかし、C含有量が0.85%を超えると、硬さが上昇しすぎて、切削時の工具寿命が低下する。また、C含有量が0.85%を超えると、硬さが上昇しすぎて、焼割れの原因となる。したがって、C含有量は、0.45%〜0.85%とする。また、C含有量は、好ましくは、0.45%超〜0.85%、より好ましくは0.50%〜0.80%である。
【0028】
Si:0.01%〜0.80%
Siは、焼入れ性を高めて、疲労寿命を向上させる元素である。この効果を得るためには、Siを0.01%以上含有させる必要がある。しかし、Si含有量が、0.80%を超えると、焼入れ性向上効果が飽和し、さらに、母材の硬さが高くなって、切削時の工具寿命が低下する。したがって、Si含有量は0.01%〜0.80%とする。また、Si含有量は、好ましくは、0.07%〜0.65%である。
【0029】
Mn:0.1%〜1.5%
Mnは、焼入れ性を高めて強度を高め、疲労寿命を向上させる元素である。この効果を得るためには、Mnを0.1%以上含有させる必要がある。しかし、Mn含有量が、1.5%を超えると、焼入れ性向上効果が飽和し、母材の硬さが高くなって切削時の工具寿命が低下する。さらに、Mn含有量が、1.5%を超えると、母材の硬さが高くなって焼割れの原因となる。そのため、Mn含有量は0.1%〜1.5%とする。Mn含有量は、好ましくは、0.2%〜1.15%である。
【0030】
Al:0.01%〜0.05%
Alは、T.O(全酸素量)を低減する脱酸元素として、また、鋼の結晶粒径を調整する元素として、0.01%以上を含有させる必要がある。
【0031】
しかし、Al含有量が多いと、酸化物であるREM−Al−O系介在物やREM−Ca−Al−O系介在物、又は、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物やREM−Ca−Al−O−S系介在物よりも、Alが安定となり、Alから酸化物であるREM−Al−O系介在物やREM−Ca−Al−O系介在物、又は、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物やREM−Ca−Al−O−S系介在物への改質ができないと考えられる。そのため、Al含有量は0.05%以下とする。
【0032】
REM:0.0001%〜0.050%
REMは、強力な脱硫、脱酸元素であり、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼において、極めて重要な役割を担う。ここで、REMとは、原子番号が57のランタンから71のルテシウムまでの15元素に、原子番号が21のスカンジウムと原子番号が39のイットリウムとを加えた合計17元素の総称である。
【0033】
REMは、まず、鋼中のAlと反応して、AlのOを奪い、酸化物であるREM−Al−O系介在物を生成する。次いで、Caが添加されている場合は、Caと反応し、酸化物であるREM−Ca−Al−O系介在物を生成する。さらに、上述の酸化物は、鋼中のSを吸収して、REM、O、S、及び、Alを含む酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物を生成し、Caを含む酸化物がある場合は、REM、Ca、O、S、及び、Alを含む酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物を生成する。なお、酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物において、Caは、CaSとして酸硫化物とは別に独立して存在するのではなく、REM−Ca−Al−O−S系介在物の中に固溶している。
【0034】
本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼におけるREMの機能は以下の通りである。AlをREM、O、及びAlを含むREM−Al−O系介在物へと改質して、酸化物の粗大化を防止する。Caが添加されている場合は、REM−Ca−Al−O系介在物へと改質して、酸化物の粗大化を防止する。次いで、Al、REM、O、及び、Sを含むREM−Al−O−S系介在物、又は、Al、REM、Ca、O、及び、Sを含むREM−Ca−Al−O−S系介在物の形成によりSを固定化し、粗大なMnSの生成を抑制する。さらに、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物を核としてTiNを生成させることにより、REM−Al−O−S−(TiN)又はREM−Ca−Al−O−S−(TiN)を主たる構造とする、ほぼ球状の複合介在物を形成する。
【0035】
このほぼ球状の複合介在物は、例えば図1に示されるように、TiNを付着させているような様態をしている。また、このほぼ球状の複合介在物は、そのTiNに比較してかなり大きな体積を持っていることが分かる。そして、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物に付着せず、独立して存在している硬質で尖がった角張った形状のTiNの析出量を低減する。ここで、(TiN)は、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物の表面に、TiNが付着して複合化されていることを意味する。
【0036】
REM−Al−O−S−(TiN)又はREM−Ca−Al−O−S−(TiN)を主たる構造とする複合介在物は、例えば図1に示すように、表面の凹凸高さが0.5μm以下であり、ほぼ球状化している。そのため、この複合介在物は破壊起点とならない無害の介在物である。なお、TiNが、REM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sの表面に析出する理由は、TiNの結晶格子構造がREM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sの結晶格子構造に類似しており、即ち、TiNとREM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sとに結晶構造の整合性があることによると推察される。以下、REM−Al−O−S−(TiN)又はREM−Ca−Al−O−S−(TiN)を複合介在物と、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物を酸硫化物と言う場合がある。
【0037】
なお、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼のREM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物に、Tiは酸化物として含まれない。これは、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼のC含有量が0.45%〜0.85%と高いので、脱酸時の酸素レベルが低く、Ti酸化物の生成量が極めて少ないためであると考えられる。また、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物にTiが酸化物として含まれていないので、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物の結晶格子構造とTiNの結晶格子構造とが類似した関係になったと考えられる。
【0038】
さらに、REMは、Al−O系介在物又はAl−Ca−O系介在物を、高融点のREM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物に改質して、Al−O系介在物又はAl−Ca−O系介在物などの酸化物の延伸や粗大化を防止する機能を有する。なお、Caを含有させる場合、REMを含有させた後にCaを含有させるので、Ca系硫化物のCaSやCa−Mn−S系介在物等は生成しない。
【0039】
このような効果を得るためには、T.O量(全酸素量)に応じて、一定量以上のREMを含有させる必要がある。溶鋼に、一定量以上のREMを含有させなければ、REM−Al−O−S系介在物、又は、REM−Ca−Al−O−S系介在物に改質しないAl−O又はAl−Ca−Oが残存してしまうので、好ましくない。また、S含有量に応じて、一定量以上のREMを含有させる必要がある。一定量以上のREMを含有させなければ、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物を形成してSを固定することができなくなり、粗大なMnSが生成するので、好ましくない。
【0040】
さらに、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物は、一定量以上必要である。REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物の個数が少ないと、REM−Al−O−S−(TiN)系複合介在物又はREM−Ca−Al−O−S−(TiN)系複合介在物の生成が不十分となり好ましくない。
【0041】
これらの観点から検討した結果、REMが0.0001%未満では含有効果が不十分であることを実験的に知見した。したがって、REM含有量の下限を0.0001%とし、好ましくは、0.0003%以上、より好ましくは、0.0010%以上、さらに好ましくは、0.0020%以上とする。ただし、REM含有量が0.050%を超えると、コスト高となるだけでなく、鋳造ノズルの閉塞が発生し易くなり、鋼の製造を阻害する。したがって、REMの含有量の上限は0.050%とし、好ましくは0.035%、より好ましくは0.020%とする。
【0042】
O:0.0001%〜0.0030%
Oは、脱酸で鋼から除去される元素であるが、REM−Al−O−S−(TiN)又はREM−Ca−Al−O−S−(TiN)を主たる構造とする複合介在物を生成させるために必要な元素である。含有効果を得るためは、Oを0.0001%以上含有させる必要がある。しかしながら、O含有量が0.0030%を超えると、Alなどの酸化物が多量に残存し、疲労寿命が低下するので、O含有量の上限を0.0030%とする。また、O含有量は、好ましくは0.0003%〜0.0025%である。
【0043】
Ca:0.0050%以下
Caは、必要に応じ含有させてもよい。含有させたCaは、REM及びOと結合して、REM−Ca−Al−O−S−(TiN)を主たる構造とする複合介在物を形成する。そのため、好ましくはCaを0.0005%以上含有させる。より好ましくはCaを0.0010%以上含有させる。しかし、Ca含有量が0.0050%を超えると、粗大なCaOが多量に生成して、疲労寿命が低下するので、上限を0.0050%とする。また、Ca含有量は、好ましくは0.0045%以下である。
【0044】
以上が、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼の基本的な成分組成であり、残部は、鉄及び不純物である。なお、「残部は、鉄及び不純物である」における「不純物」とは、鋼を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから不可避的に混入するものを指す。ただし、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼において、不純物であるTi、N、P、及び、Sは、以下のように制限する必要がある。
【0045】
Ti:0.005%未満
Tiは、不純物であり、鋼中に存在すると、TiC、TiN、及び、TiSなどの介在物を生成する。これらの介在物は、疲労特性を劣化させるので、Ti含有量を0.005%未満に制限する。好ましくはTi含有量を0.0045%以下に制限する。
【0046】
特に、TiNは、例えば図2に示すように、角張った形状で生成する。このような角張った形状のTiNは、破壊起点になる。したがって、TiNは、REM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sに複合化させる。Ti含有量の下限は0%を含むが、0%にすることは工業的に困難である。
【0047】
なお、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼は、不純物であるTiを、0.005%未満の範囲であれば、従来知見の0.001%以下のレベルより多く含有しても、TiNがREM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sと複合介在物を形成するので、疲労特性を劣化させない。したがって、疲労特性が良好な高周波焼入れ用鋼を安定的に製造することができる。
【0048】
N:0.015%以下
Nは、不純物であり、鋼中に存在すると、窒化物を形成して疲労特性を劣化させ、また、歪時効によって延性及び靭性を劣化させる。N含有量が、0.015%を超えると、疲労特性、延性、及び、靭性の劣化などの弊害が著しくなる。そのため、N含有量の上限を0.015%に制限する。好ましくはN含有量を0.005%以下に制限する。N含有量の下限は0%を含むが、0%にすることは工業的に困難である。
【0049】
P:0.03%以下
Pは、不純物であり、鋼中に存在すると、結晶粒界に偏析して疲労寿命を低下させる。P含有量が、0.03%を超えると、疲労寿命の低下が著しくなる。そのため、P含有量の上限を0.03%に制限する。好ましくは、P含有量を0.02%以下に制限する。P含有量の下限は0%を含むが、0%にすることは工業的に困難である。
【0050】
S:0.01%以下
Sは、不純物であり、鋼中に存在すると、硫化物を形成する。S含有量が、0.01%を超えると、例えば図2に示すように、SがMnと結合して、粗大なMnSを形成し、疲労寿命を低下させる。そのため、S含有量の上限を0.01%に制限する。好ましくは、S含有量を0.0085%以下に制限する。S含有量の下限を0%にすることは工業的に困難である。
【0051】
上述の元素に加え、以下の元素を選択的に含有してもよい。以下、選択元素について説明する。
【0052】
本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼は、さらに、Cr:2.0%以下、V:0.70%以下、Mo:1.00%以下、W:1.00%以下、Ni:3.50%以下、Cu:0.50%以下、Nb:0.050%未満、及び、B:0.0050%以下の1種以上を含有してもよい。
【0053】
Cr:2.0%以下
Crは、焼入れ性を高めて、疲労寿命を向上させる元素である。この効果を安定して得るためには、Crを0.05%以上含有させることが好ましい。しかし、Cr含有量が2.0%を超えると、焼入れ性向上効果が飽和し、母材の硬さが高くなって切削時の工具寿命が低下し、また焼割れの原因となる。そのため、Cr含有量の上限は2.0%とする。また、Cr含有量は、好ましくは0.5%〜1.6%である。
【0054】
V:0.70%以下
Vは、鋼中のC及びNと結合して、炭化物、窒化物、又は炭窒化物を形成し、鋼の析出強化に寄与する元素である。この効果を安定して得るためには、Vを0.05%以上含有させることが好ましい。V含有量は、より好ましくは0.1%以上である。しかし、V含有量が0.70%を超えると、含有効果は飽和するので、V含有量の上限を0.70%とする。好ましくは、V含有量を0.50%以下とする。
【0055】
Mo:1.00%以下
Moは、鋼中のCと結合して、炭化物を形成し、析出強化により鋼の強度の向上に寄与する元素である。この効果を安定して得るためには、Moを0.05%以上含有させることが好ましい。Mo含有量は、より好ましくは0.1%以上である。しかし、Mo含有量が1.00%を超えると、鋼の被削性が低下するので、Mo含有量の上限を1.00%とする。Mo含有量は、好ましくは0.75%以下である。
【0056】
W:1.00%以下
Wは、硬質相を形成し、疲労特性の向上に寄与する元素である。この効果を安定して得るためには、Wを0.05%以上含有させることが好ましい。W含有量は、より好ましくは0.1%以上である。しかし、W含有量が1.00%を超えると、鋼の被削性が低下するので、W含有量の上限を1.00%とする。W含有量は、好ましくは0.75%以下である。
【0057】
Ni:3.50%以下
Niは、耐食性を上げることで疲労寿命の向上に寄与する元素である。この効果を安定して得るためには、Niを0.10%以上含有させることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.50%以上である。しかし、Ni含有量が3.50%を超えると、鋼の被削性が低下するので、Ni含有量の上限を3.50%とする。Ni含有量は、好ましくは3.00%以下である。
【0058】
Cu:0.50%以下
Cuは、母材の強化による疲労特性の向上に寄与する元素である。この効果を安定して得るためには、Cuを0.10%以上含有させることが好ましい。Cu含有量は、より好ましくは0.20%以上である。しかし、Cu含有量が0.50%を超えると、熱間加工時に割れが発生するので、Cu含有量の上限を0.50%とする。Cu含有量は、好ましくは0.35%以下である。
【0059】
Nb:0.050%未満
Nbは、母材強化による疲労特性の向上に寄与する元素である。この効果を安定して得るためには、Nbを0.005%以上含有させることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.010%以上である。しかし、Nb含有量が0.050%以上になると、含有効果が飽和するので、Nb含有量を0.050%未満とする。Nb含有量は、好ましくは0.030%以下である。
【0060】
B:0.0050%以下
Bは、粒界強化により疲労特性及び強度の向上に寄与する元素である。この効果を安定して得るためには、Bを0.0005%以上含有させることが好ましい。B含有量は、より好ましくは、0.0010%以上である。しかし、B含有量が0.0050%を超えると、含有効果は飽和するので、B含有量の上限を0.0050%とする。B含有量は、好ましくは0.0035%以下である。
【0061】
本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼においては、SがREM−Al−O−S系介在物、又は、REM−Ca−Al−O−S系介在物として固定される。そのため、10μm以上に延伸して疲労特性を阻害するMnSの生成が抑制される。通常、鋼中にMnSが存在する場合、図2に示すように、圧延によってMnSは延伸する。しかしながら、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼においては、REMがSを固定し、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物を生成させる。これら酸硫化物は硬質なため、圧延によっても、その大きさが変わらない。またREM−Al−O−S系介在物、又は、REM−Ca−Al−O−S系介在物としてSが消費されているため、MnSは生成しないか、その生成量が減少する。また、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼においては、図1に示すように、TiNがREM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物に付着し、REM−Al−O−S−(TiN)又はREM−Ca−Al−O−S−(TiN)を主たる構造とする、ほぼ球状の複合介在物が形成されている。
【0062】
ここで、「ほぼ球状」とは、例えば図1に示すように、介在物の表面の最大凹凸高さが0.5μm以下であり、かつ、介在物の長径を短径で除した値、即ち、アスペクト比が3以下であることを意味する。
【0063】
REM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sに付着せずに、鋼中に独立して存在する硬質のTiNは、例えば図2に示すように、最大径が1μm以上で角張った形状となる。そのため、REM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sに付着せずに、独立して存在するTiNは、破壊起点となるので、疲労寿命に悪影響を及ぼす。しかしながら、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼において、TiNは、REM−Al−O−S又はREM−Ca−Al−O−Sに付着して、REM−Al−O−S−(TiN)又はREM−Ca−Al−O−S−(TiN)を主たる構造とする、ほぼ球状の複合介在物を構成するので、複合介在物を形成していないTiNの形状による上述の悪影響は生じない。
【0064】
そして、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼において、疲労寿命を改善するためには、疲労寿命に悪影響を及ぼす「最大径10μm以上のMnS」及び「最大径1μm以上のTiN」の生成量を、個数密度の合計で5個/mm以下に抑制することが必要である。さらに、上記「最大径10μm以上のMnS」及び「最大径1μm以上のTiN」の生成量は少ないほど好ましく、4個/mm以下が好ましく、3個/mm以下がより好ましい。
【0065】
本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼の好ましい製造方法について説明する。
【0066】
本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼の製造方法において、溶鋼を精錬する際、脱酸剤を投入する順序が重要である。本製造方法においては、まず、Alを用いて脱酸を行う。次いで、REMを用いて5分間以上脱酸した後、真空脱ガスを含む取鍋精錬を行う。または、REMを用いた脱酸の後、必要に応じて、Caを添加し、その後に真空脱ガスを含む取鍋精錬を行う。
【0067】
REMでの脱酸に先立って、Al以外の元素を用いて脱酸すると、酸素量を安定して下げることができない。そのため、本製造方法において、Al、REM、又は、Al、REM、Caの順番で脱酸剤を添加する。その結果、酸化物であるREM−Al−O系介在物又は同じく酸化物であるREM−Ca−Al−O系介在物が生成する。このため、有害なAl−O系介在物又はAl−Ca−O系介在物の生成が防止される。また、REMの添加には、ミッシュメタル(複数の希土類金属からなる合金)などを用いることができ、例えば、精錬の末期に、塊状のミッシュメタルを溶鋼に添加すればよい。この際、CaO−CaFなどのフラックスを添加して、適宜、Caによる脱硫と介在物の改質とを行う。
【0068】
REMによる脱酸は5分以上行う。脱酸時間が5分未満では、一旦生成したAl−O系介在物又はAl−Ca−O系介在物の改質が進行せず、結果としてAl−O系介在物又はAl−Ca−O系介在物を減少することができない。さらに、最初に、Al以外を用いて脱酸すると酸素量を下げられない。また、フラックスを添加することで、溶鋼にCaを添加する場合も、REMによる脱酸は5分以上行う必要がある。
【0069】
脱酸のために、必要に応じてCaを添加する場合、REMより先にCaを添加すると、低融点で延伸し易いAl−Ca−O系介在物が多数生成する。このため、Al−Ca−O系介在物が多数生成した後に、REMを添加しても、介在物の組成を改質することは難しい。したがって、Caを添加する場合は、REMの後に添加する必要がある。
【0070】
上述した通り、本製造方法において、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又は酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物がSを固定するので、粗大MnSの生成が抑制される。そして、この酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又は酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物が、TiNを複合化するので、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又は酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物に付着せずに、独立して析出するTiNの個数が減少する。したがって、高周波焼入れ用鋼の疲労特性が向上する。
【0071】
ただし、特に本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼を軸受に用いる場合には、MnSの生成量と、独立して存在するTiNの生成量とが極めて少ないことが理想であるが、皆無とする必要はない。なお、MnSは、酸化物を核として単独に晶出する場合が多い。このため、酸化物がMnS中心部など内部に検出される場合がある。このようなMnSは、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又は酸硫化物であるREM−Ca−Al−O‐S介在物とは区別される。
【0072】
高周波焼入れ用鋼として要求される疲労特性を確実に向上させるためには、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物または酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物と、独立して存在するMnS及びTiNの生成量が、次の条件を満足することが必要である。即ち、最大径が10μm以上であるMnSの個数と、最大径が1μm以上であるTiNの個数との合計が、観察面1mm当りの合計で5個以下としなければならない。
【0073】
前述したように、MnSは圧延によって延伸する。延伸されたMnSは、繰返し応力が負荷された際に破壊起点となるので、疲労寿命に悪影響を及ぼす。したがって、長径、即ち最大径が10μm以上に延伸された全てのMnSは、疲労寿命に悪影響を及ぼすので、この最大径に上限はない。また、TiNは、MnSのように圧延によって延伸はされないが、その角張った形状が破壊起点となる。粗大なTiNは、MnSと同様に疲労寿命に悪影響を及ぼす。最大径が1μm以上の全てのTiNは、疲労寿命に悪影響を及ぼす。
【0074】
上記MnSの個数と上記TiNの個数との合計が、観察面1mm当り、合計で5個を超えると、即ち、個数密度が5個/mmを超えると、高周波焼入れ用鋼の疲労特性が劣化する。特に、本実施形態に係る高周波焼入れ用鋼を軸受に用いる場合には、上記MnSと上記TiNが疲労特性の劣化に大きく影響する。よって、観察面1mm当り、上記MnSと上記TiNとの合計個数は、5個以下が好ましい。より好ましくは、上記MnSと上記TiNとの個数の合計は、観察面1mm当り、4個以下、即ち、個数密度は4個/mm以下とする。最も好ましくは、上記MnSとTiNとの個数の合計は、観察面1mm当り、3個以下、即ち、個数密度は3個/mm以下とする。また、上記MnSと上記TiNとの合計個数の下限は、観察面1mm当り0.001個超である。
【0075】
さらに、疲労特性を確実に向上させるためには、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が50%以上であることが好ましい。介在物に付着せず独立して存在するTiNは、その角張った形状が破壊起点となる。また、介在物に付着せず粗大化したTiNは、MnSと同様に疲労寿命に悪影響を及ぼす。特に、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が50%未満であると、粗大なTiNが疲労特性の劣化に大きく影響する。したがって、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率は、50%以上であることが好ましい。
【0076】
上述のように、高周波焼入れ用鋼の疲労特性に悪影響を及ぼす有害な酸化物であるAlなどのAl−O系介在物と、Al−Ca−O系介在物は、主に、REMの添加効果により、酸化物であるREM−Al−O系介在物又はREM−Ca−Al−O系介在物へ改質するので、その存在量が低減する。また、有害介在物であるMnSは、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物に改質するので、その生成量が制限される。特に、Caにより、MnSの生成量は抑制される。
【0077】
そして、有害介在物であるTiNは、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又は酸硫化物であるREM−Ca−Al−O−S系介在物の表面に、優先的に晶出または析出する。上述のように、REMやCaの添加により、有害なMnSやTiNの生成を抑制することで、疲労特性に優れた高周波焼入れ用鋼を得ることが可能となる。
【0078】
酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物は、比重が6であり、鋼の比重7に近いので、浮上分離し難い。また、溶鋼を鋳型に注入する際、この酸硫化物は、下降流により、鋳片の未凝固層深くまで侵入して、鋳片の中心部に偏析し易い。鋳片の中心部にこの酸硫化物が偏析すると、鋳片の表層部においてこの酸硫化物が不足する。そのため、この酸硫化物の表面にTiNを付着させて、複合介在物を生成することが困難になる。したがって、TiNの無害化効果が、製品の表層部で損なわれる。
【0079】
そこで、本製造方法においては、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物の偏析を防止するために、鋳型内で、溶鋼を水平方向に旋回させて、これら介在物の均一分散を図る。鋳型内の溶鋼の旋回は、酸硫化物系介在物の均一分散をより図るため、0.1m/分以上の流速で行うことが好ましい。鋳型内の旋回速度が0.1m/分未満であると、酸硫化物系介在物が均一に分散し難くなる。したがって、溶鋼を撹拌して、酸硫化物系介在物の均一分散を図ってもよい。攪拌手段としては、例えば、電磁力などを適用すればよい。
【0080】
次に、鋳造後の鋳片を、1200℃〜1250℃の温度域で60秒以上60分以下保持することにより、上述の複合介在物を得ることができる。この温度域が、酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物、又は、REM−Ca−Al−O−S系介在物へのTiNの複合析出効果が大きな温度域であり、この温度域で60秒以上保持することが、TiNを酸硫化物であるREM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物の表面で充分に成長させるための好ましい条件である。しかしながら、この温度域での保持を60分以上行っても、TiNを所要の大きさ以上に成長させることはできないので、保持時間は60分以下が好ましい。このように、TiNを、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物に複合化させて、これらの介在物に付着せずに独立して生成するTiNの生成を抑制するためには、鋳造後の鋳片を1200℃〜1250℃の温度域で60秒以上、60分以下保持することが好ましい。
【0081】
なお、通常は、鋳造後の鋳片には既に晶出したTiNと今後、室温への冷却過程でさらにTiNの成長を助長する固溶Tiと固溶Nとが含まれている。その鋳片を1200℃〜1250℃の温度域で保持すると、固溶Tiと固溶NとがTiNとして既に核として晶出または析出している場所に分散して成長する。本発明でのTiNは、REM−Al−O−S系介在物又はREM−Ca−Al−O−S系介在物を核として晶出または析出しているため、1200℃〜1250℃の温度域で保持することで、より確実に鋼中に固溶しているTiと固溶しているNとをTiNとして分散して成長させることができると考えられる。このようにして、TiNの分散を促進させることで、単独で存在する粗大なTiNの生成を抑制できる。
【0082】
本製造方法において、鋳造後の鋳片を、加熱温度まで加熱した後、1200℃〜1250℃の温度域で60秒以上、60分以下保持した後、熱間圧延、又は、熱間鍛造を施して高周波焼入れ用鋼を製造する。そして、最終形状に近い形状に切削した後、高周波焼入れを施すことにより、表面の硬度を、ビッカース硬度600Hv以上にすることができる。
本発明の高周波焼入れ用鋼を用いた転動部材又は摺動部材は疲労特性に優れる。なお、転動部材又は摺動部材は、必要に応じて、研削などの高硬度でかつ高精度加工が可能な手段を用いて、最終製品に仕上げるのが一般的である。
【実施例】
【0083】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0084】
取鍋精錬での真空脱ガスにおいて、金属Al、ミッシュメタル、及び、CaO:CaF=50:50(質量比)のフラックスを使用し、必要に応じてCa−Si合金を使用して、表1に示す条件で精錬し、表2A、表2B又は表4A、表4Bに示す成分組成からなる溶鋼を得、その溶鋼を連続鋳造装置で、300mm角の鋳片に鋳造した。その際、表1に示す条件で電磁撹拌による鋳型内旋回を行い、鋳片を鋳造した。
【0085】
表1に示す条件で取鍋精錬及び鋳造した鋳片を、表1に示す条件で加熱及び保持した後、φ50mmの丸棒形状に熱間鍛造し、最終的にφ10mmに研削加工した。同一鋼種から試験片用素材の上記φ10mmの丸棒を複数個製造し、そのうちの1個は化学組成分析、介在物分析に供した。
【0086】
また、複数個製造したうちの残りの上記φ10mmの丸棒については、高周波焼入れ、焼戻しを施して用いる転動部材や摺動部材に適することを確認するための疲労試験に供するため、上記φ10mmの丸棒から疲労試験片形状より0.3mm程度大きな素材を切出し、その荷重負荷部分が均質に軸受用途材と同等の600Hv以上の硬度になるように高周波焼き入れを行い、180℃焼戻しを施した後、研削・研磨によって図3に示す形状の疲労試験片に仕上げた。一部の疲労試験片については荷重の負荷される部分からビッカース硬度測定用サンプルを採取した。
【0087】
前記の化学組成分析・介在物分析用の試料は、その延伸方向の断面を鏡面研磨し、選択的定電位電解エッチング法(SPEED法)で処理した後、表面から半径の1/2深さ、すなわち表面から2.5mmの深さを中心に半径方向に2mm幅、圧延方向長さ5mmの範囲の鋼中の介在物を走査型電子顕微鏡で観察し、EDXを用いて介在物の組成を分析し、試料の10mm内の介在物を計数して個数密度を測定した。また、疲労寿命は、上記疲労試験片を用い、超音波疲労試験により、繰返し応力をかけることで測定し、ワイブル統計を用いて、評価試料のうちの10%が破壊するサイクル数を疲労特性L10として評価した。疲労試験は、超音波疲労試験機((株)島津製作所USF−2000)を用いて行った。試験条件は、試験周波数:20kHz、応力比(R):−1、実荷重振幅:1000MPaとした。また、180℃焼戻しビッカース硬さ試験は、JIS Z 2244に準拠して行った。
【0088】
表1に、本実施例における、鋼の精錬条件、鋳造条件、及び、鋳造後の加熱保持条件の製造条件を示す。製造条件A、E、F、J、K、L、M、N、Oは、発明例に係る製造条件である。製造条件B、C、D、I、P、Qは、製造条件が好ましくなかったため発明例とならなかった際の製造条件である。
【0089】
表1に示す、加熱保持条件において、製造条件Bは、保持時間が好ましい範囲を下回っていた。製造条件Cは、保持温度が好ましい範囲より低かった。製造条件Dは、保持温度が好ましい範囲より高かった。また、製造条件Iは、取鍋精錬条件において、REMを添加した脱酸時間が、好ましい範囲を下回っていた。さらに、製造条件P及び製造条件Qは、脱酸工程において、REMの添加の順序が好ましくなかった。上述の製造条件B、C、D、I、P、及び、Qを採用したものは、各々、表4A、表4B及び表5A、表5Bの鋼種番号52、62、63、56、57、58に示される。いずれの鋼種も、化学組成は、表4A、表4Bに記載のように本発明の範囲に含まれる。しかしながら、表5A、表5Bに記載のように、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が、50%未満であり、最大径10μmのMnS、及び、単独で存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度が過剰となり、本発明の範囲を超えるため、高周波焼入れした場合の疲労特性L10において、発明例と比較して劣位となっていた。
【0090】
REMを過剰に含有した鋼種番号55は、表5A、表5Bに示すように、製造条件Aを採用する計画であったが、鋳造ノズルが閉塞してしまい、鋳造することができなかった。そのため、鋳造ノズル又はタンディッシュに残った鋼の残滓を採取して、化学組成分析した結果を、比較鋼の組成として表4A、表4Bに示す。その結果、鋼種番号55は、REMの含有量が本発明の範囲より過剰になっていることが判明した。
【0091】
表4Aに示す、鋼種番号54においては、REM含有量が本発明範囲を下回っていたため、表5Aに示すように、REMの添加効果がほとんどなくなり、Al−Ca−O系析出物が増えた。これらの鋼種番号52、54、56、57、58、62、63においては、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が50%未満となり、最大径10μmのMnS、及び、単独で存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度が過剰となり、本発明の範囲を超えるため、発明例と比較して、疲労特性L10において劣位となっていた。
【0092】
表4Aに示す鋼種番号60と61とにおいては、Caの含有量が過剰となり、各々の鋼種番号において、表5A、表5Bに示すようにAl−Ca−O等の析出が増え、介在物生成のバランスが崩れ、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が50%未満となり、最大径10μmのMnS、及び、単独で存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度が過剰となり、本発明の範囲を超えるため、疲労特性L10が発明例と比較して劣位となっていた。
【0093】
鋼種番号53と59とは、表4Aに示すように、Ti又はSが本発明の範囲を上回ってしまい、TiN及びMnS等が多数生成した。その結果、介在物生成のバランスが崩れ、介在物に付着せず独立して存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度と最大径10μm以上のMnSの個数密度との合計が5個/mm以上となっていた。また、表5A、表5Bに示すように、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が50%未満となり、疲労特性L10が、発明例と比較して、劣位となっていた。また、Pが本発明の範囲より過剰の鋼種番号70は、表5A、表5Bに示されるように、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率は50%以上となっているが、発明例と比較して、Pの粒界偏析のため疲労特性L10が低下していた。
【0094】
表4Aに示す鋼種番号65については、炭化物による析出強化の本質を担うCを本発明の範囲より過剰に含有していた。また、表4Aに示す鋼種番号67は、焼入れ性の確保に必要なSiを、本発明の範囲より過剰に含有していた。さらに、表4Aに示す鋼種番号69は、焼入れ性の確保に必要なMnを、本発明の範囲より過剰に含有していた。したがって、鋼種番号65、67及び69は、表5Aに示すように、高周波焼入れ時に焼割れが発生したので、化学組成の分析以外の評価を中止した。
【0095】
鋼種番号64は、表4Aに示すように、C含有量が本発明の範囲を下回っていた。また、鋼種番号66は、表4Aに示すように、Si含有量が本発明の範囲を下回っていた。さらに、鋼種番号68は、Mn含有量が本発明の範囲を下回っていた。これらの鋼種においては、表5A、表5Bに示すように、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率は確保されているものの、発明例と比較して、疲労特性L10及び180℃焼戻しビッカース硬度において劣っていた。
【0096】
Crは、焼入れ性を高める元素であるが、鋼種番号71は、表4Bに示すように、Cr含有量を本発明の範囲より過剰に含有していたため、表5Aに示すように、焼割れが発生した。そのため、鋼種番号71は、評価を中止した。
【0097】
鋼種番号72は、表4Aに示すように、Al含有量が、本発明の範囲を下回っていた。一方、鋼種番号73は、表4Aに示すように、Al含有量が、本発明の範囲を上回っていた。鋼種番号74は、表4Aに示すように、N含有量が、本発明の範囲を上回っていた。鋼種番号75は、表4Aに示すように、O含有量が、本発明の範囲を下回っていた。一方、鋼種番号76は、表4Aに示すように、O含有量が、本発明の範囲を上回っていた。したがって、これらの鋼種において、表5A、表5Bに示すように、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が50%未満となり、最大径10μmのMnS、及び、単独で存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度が過剰となり、本発明の範囲を超えるため、発明例と比較して、疲労特性L10において劣位となっていた。
【0098】
表4Bに示すMo含有量が本発明の範囲を上回っていた鋼種番号78、W含有量が本発明の範囲を上回っていた鋼種番号79、Cu含有量が本発明の範囲を上回っていた鋼種番号81、Nb含有量が本発明の範囲を上回っていた鋼種番号82、及び、B含有量が本発明の範囲を上回っていた鋼種番号83において、丸棒形状加工時に割れが発生したので、化学組成の分析以外の評価を中止した。
【0099】
本発明例は、表2A、表2B、及び表3A、表3Bにおいて、鋼種番号5〜48及び51として示している。表3A、表3Bより、発明例は、すべての鋼種において、介在物に付着せず独立して存在する最大径1μm以上のTiNの個数密度と最大径10μm以上のMnSの個数密度との合計が5個/mm以下となっていた。また、全介在物に対するTiNが付着した複合介在物の個数分率が50%以上確保されていることが解る。さらに、本発明例に、高周波焼入れを施し、180℃焼戻ししたものについては、繰返し応力によって評価した疲労特性L10において、10サイクル以上であり、本発明の範囲外である比較例となる鋼種より優位であった。また、本発明例は、180℃焼戻しビッカース硬度も600Hv以上であり、転動部材又は摺動部材として好適であることが解る。
【0100】
【表1】
【0101】
【表2A】
【0102】
【表2B】
【0103】
【表3A】
【0104】
【表3B】
【0105】
【表4A】
【0106】
【表4B】
【0107】
【表5A】
【0108】
【表5B】
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明によれば、Al−O系介在物をREM−Al−O−S系介在物に、又は、Al−Ca−O系介在物をREM−Ca−Al−O−S系介在物に改質して、酸化物系介在物の延伸や粗大化を防止することができ、さらに、REM−Al−O−S系介在物、又は、REM−Ca−Al−O−S系介在物にTiNを複合化させることによって、前記複合介在物に付着せずに、独立して存在するTiNの個数密度を低減することができ、かつ、Sを固定化することで、粗大MnSの生成を抑制することができるので、疲労特性に優れた高周波焼入れ用鋼を提供することができる。よって、本発明は、産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0110】
A REM−Ca−Al−O−S系介在物
B TiN
C 初析セメンタイト
D MnS
図3
図1
図2