【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 (刊行物1)社団法人日本物理学会、日本物理学会講演概要集、第66巻第1号(第66回年次大会)第2分冊、第194頁、冊子発行日2011年3月3日 (刊行物2)オンライン掲載日2011年5月23日、https://www.qub.ac.uk/icpeac2011/webpdffiles/de047d23f339252c86d300d7b2698f97.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献2または非特許文献1において提案されている蓋付きキャピラリーの作製工程においては、まず、ガラス製の筒状または管状のキャピラリーの先端部にガラス製の蓋(cap)または栓(plug)が装着される。次いで、キャピラリーの先端部において、中空の通路を囲む壁(側壁)と栓との材質が加熱により一体化される。最後に、収束イオンビーム(FIB)装置により側壁と栓の両者を切断して切り揃える整形処理を施すことによって、キャピラリーの内部の中空通路の延長における蓋の厚みが調整された先端部が作製される。特許文献2では、このようにして作製したガラス蓋付きキャピラリー(glass capped capillary; 以下本出願において「GCC」と略記する)が開示されている。
【0011】
GCCでは、先端部に耐圧性の膜となる蓋が形成されているため、荷電粒子が飛行してくるキャピラリーの内部の通路を減圧状態に保つことが可能となる。つまり、特許文献2に開示される手法では、GCCの内部を減圧し、先端部を被照射物である細胞等に対して実質的に接触させれば、蓋のみを透過させて被照射物に荷電粒子を照射することが可能となる。しかも、蓋の整形処理を適切に行なえば、数MeV程度のエネルギーを持つ荷電粒子を用いる場合であっても、目的の被照射物に対してブラッグピークの位置を合わせることが可能となる。このように、特許文献2に記載のGCCを採用すれば、被照射物とする細胞等を正確に狙ってマイクロビームを照射することが可能となる。例えば、被照射物である細胞にGCCの先端部を突き刺して、その細胞の内部の狙った細胞小器官に対してのみ荷電粒子を作用させることも可能となる。
【0012】
しかしながら、GCCを用いる従来のマイクロビームにおいては、照射される荷電粒子の単位時間あたりの個数、つまり荷電粒子ビームの照射に関する照射強度を照射途中で把握することができないという問題がある。もし、その荷電粒子のマイクロビームにおける荷電粒子ビームの強度を正確に把握することが可能となれば、上述した研究や実験において細胞等に与える照射量を決定することが可能となる。このような定量性は、荷電粒子が生体細胞に対して及ぼす影響についてのさらなる知見をもたらすばかりか、荷電粒子を利用する医療技術の精度を高めることにもつながる可能性をも秘めている。
【0013】
本発明は、上述したいくつかの課題の少なくともいずれかを解決するためになされたものであり、被照射物に照射される荷電粒子ビームの照射強度を測定することが可能なエネルギー付与用ノズルや、それに関連する装置またはシステムを提供することにより、上述した種々の用途における技術の発展に寄与するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本願の発明者は、GCCのうちの栓または蓋、つまり先端壁(end-wall)に注目した。この先端壁はGCCの先端部に位置しているため、荷電粒子の照射時には、被照射物に近接または隣接するように配置される。しかも照射される荷電粒子は、被照射物に入射する直前にこの先端壁を透過する。その透過の際に荷電粒子は先端壁の材質とも相互作用している。
【0015】
照射強度を把握するために、この先端壁を利用してビーム強度を測定すれば、荷電粒子のビームを被照射物に照射しながら実際の強度を測定することが可能となることに本願の発明者は思い至った。特に、GCCのガラス製の蓋に代えて、シンチレーシーターを含む材質によって先端壁を形成することが可能であれば、被照射物に対し照射される荷電粒子の実際の照射強度を、光学的手段によって定量的に検出することが可能となる。そして、発明者は、微細な筒状または管状の形状の先端部に対して先端壁を形成するために、シンチレーターを含む材質の微粒子を利用することがとりわけ有用であることを見出した。
【0016】
すなわち、本発明のある態様においては、内部に通路をなす筒状または管状の側壁を形成する工程と、荷電粒子の透過に応じてシンチレーション光を発するシンチレーターを含む材質の微粒子を、前記側壁の表面のうち、前記通路の一端または該一端の近傍の領域に付着させる工程と、前記微粒子の材質を少なくとも一時的に融解または軟化させることにより、前記微粒子の材質を含む先端壁により、前記一端または該一端の近傍にて前記通路を塞ぐ先端壁形成工程とを含むエネルギー付与用ノズルの製造方法が提供される。
【0017】
ここで、筒状または管状とは、典型的には、中空になっているパイプの形状をいう。この中空の部分は、筒状または管状の側壁の内部において通路となる。なお、側壁の内側面および外側面の代表的な形状は、例えば円筒状、テーパーの付けられた円筒状、円錐側面形状、および、これらの組み合わせである。ただし、側壁の形状は、筒状または管状である限り、各部の断面の形状、断面形状の軸方向位置における変化、壁の厚みなどが特段限定されるものではない。また、本出願において筒状または管状の側壁とは、それが囲む通路の両端のうち、少なくとも先端部となる端部(一端)が開放されているような、パイプ形状の側壁を指す。本出願においては、発明を明瞭に記載するために、側壁とはパイプ形状の側壁を指すこととし、側壁の一端が先端壁によって塞がれている側壁を含む部材をノズルと記すこととする。また、キャピラリーとの表現は、側壁自体を含む部材であって、先端壁のないものを指すこととする。したがって、ノズルは、典型的には、キャピラリーにおける側壁に先端壁を形成することによって構成される。
【0018】
荷電粒子は、典型的には、一般に高LET線などと呼ばれる荷電粒子である。本出願の荷電粒子は、例えば、陽子線、ヘリウムイオン(α線)、重粒子線などを含んでいる。本発明の各態様において、このような荷電粒子の生成手段は、明示した場合を除き特段制限されない。例えば、荷電粒子を生成し加速する手段として、ECR(電子サイクロトロン共鳴)イオン源や、ペレトロン加速器を用いることができる。また、荷電粒子の生成手段としては、密封または非密封放射線源などの他の手段を利用することもできる。
【0019】
シンチレーターは、荷電粒子が透過するときにその運動エネルギーの一部によってUV光や可視光を発する材質である。そのような性質を有する限り、シンチレーターには任意の物質を採用することができる。典型的なシンチレーターとして採用されるのは、プラスチック・シンチレーターであり、さらに典型例を挙げれば、ポリスチレン系(PS系)、ポリビニールトルエン系(PVT系)、等の各種のシンチレーターを採用することができる。シンチレーターを含む材質の微粒子の典型例は、シンチレーターの材質それ自体からなる微粒子や、シンチレーターの成分を含む微粒子、または、シンチレーターと他の添加物とを含む材質の微粒子である。ここで、添加物の典型例として、シンチレーターが発するUV光や可視光などの光(シンチレーション光)を、測定または観測に適する波長の光または電磁波に変換する蛍光色素などの波長シフターを挙げることができる。例えば、多くのシンチレーターはシンチレーション光として直接的にはUV光を発する。しかし、UV光を検出する検出器は、一般に、検出器の量子効率が低かったり、検出器までに通過する光学系による吸収が強かったりといった高感度の検出に不向きな性質を有することが多い。そのようなUV光を発するシンチレーターを採用する場合には、上記添加剤として、UV光を可視光に変換する蛍光色素を用いることが好ましい。
【0020】
微粒子とは、粒径や形状が特段限定されない微小な粒子である。単なる例示のために微粒子の粒径および形状の一般的な例を示せば、製造または分級された微粒子の平均粒径が、側壁が囲む通路の直径との比率で、下限が1/100程度好ましくは1/10程度、上限が100倍程度好ましくは10倍程度、といった範囲に含まれるようにされている。このため、生物学の各種の実験において細胞選別用途のために市販されている多種の微粒子から、適切な粒径や形状を選択したものを上記微粒子として採用することが可能である。なお、上記微粒子の粒径の分布にも特段の限定はない。また、微粒子の供給形態は、例えば何らかの分散媒に分散されていても、また、粉体として単体で提供されていてもいずれでも構わない。微粒子のサイズは、上述した一般的な範囲にある微粒子から適宜に選択される。その選択のために考慮に入れられるのは、微粒子のサイズが、微粒子の数、および側壁の内径と同様に、先端壁の厚みを規定する典型的なパラメータとなることである。
【0021】
微粒子が付着される側壁の表面とは、筒状または管状である側壁の任意の表面をいい、側壁の外側の表面である外表面、側壁の内側の表面である内表面、側壁の通路の軸方向の端部をなしている端部面のいずれかを含む表面である。
【0022】
微粒子を側壁に付着させるとは、特に限定されない手法によって側壁の表面に対して微粒子が留まる状態を実現することをいう。例えば微粒子は、側壁を近づけるだけで何らかの力によって側壁の表面に付着することもある。ここでの付着には、例えば静電気力が作用して微粒子自体が自ら付着することを含んでいる。また、微粒子が何らかの液体(分散媒)に分散されている分散溶液であるときには、例えば、その分散溶液の液滴を側壁の内側に導くことによって、分散媒とともに微粒子を側壁に対して付着させる。その他、重力、粘着力、ファンデルワールス力、などの化学的および物理的な任意の機構または機構の組み合わせが、微粒子を側壁の表面に対して付着させるための具体的メカニズムとして例示される候補である。
【0023】
微粒子の材質を含む先端壁により通路を塞ぐとは、流体すなわちガスおよび液体の出入りを実質的に防ぐ程度に通路を閉ざすことをいう。運動エネルギーを付与された荷電粒子が先端壁を透過するような場合であっても、流体の出入りを実質的に防げる程度に閉ざされている通路は先端壁によって塞がれていることに含まれる。また、例えば必要な程度の真空に通路を維持することができるなど、実質的に目的を果たしている限り、わずかなリークを伴うような塞ぎ方であったとしても、先端壁が通路を塞いでいるものとする。先端壁が通路を塞ぐ具体的形態には各種の形態が含まれている。典型的には、先端壁が通路をなす側壁の端面より通路側に入り込んで栓(plug)の部分を有する形態に形成される。また別の典型例としては、先端壁が、側壁の端面よりもさらに通路の延長方向の部分つまり蓋(cap)の部分を有する形態に形成されているものを挙げることもできる。栓と蓋の両方を含むような先端壁によって通路が塞がれていてもよい。
【0024】
本発明においては、エネルギー付与用のノズルも提供される。つまり、本発明の別の態様においては、内部に通路をなす筒状または管状の側壁と、前記通路の一端または該一端の近傍にて前記通路を塞ぐように配置され、荷電粒子の透過に応じてシンチレーション光を発するシンチレーターを含む先端壁とを備えるエネルギー付与用ノズルが提供される。
【0025】
また、本発明においてはエネルギー付与装置も提供される。つまり、本発明の別の態様においては、荷電粒子の照射により被照射物にエネルギーを付与するエネルギー付与装置であって、内部に通路をなす筒状または管状の側壁と、前記通路の一端または該一端の近傍にて前記通路を塞ぐように配置され、荷電粒子の透過に応じてシンチレーション光を発するシンチレーターを含む先端壁とを有するエネルギー付与用ノズルと、該エネルギー付与用ノズルを保持し前記通路の他端を塞ぐホルダーであって、該通路に連通するキャビティー部を有し、該キャビティー部の内部における該通路の前記他端に面する位置において荷電粒子の線源を保持するようになっているホルダーと、該線源から前記通路の前記他端までに至るいずれかの位置に配置され、荷電粒子を通過させるか遮断するかを制御するシャッターとを備えるエネルギー付与装置が提供される。
【0026】
そして、本発明の別の態様おいては、上述のノズルを用いることによって、検出機構と組み合わせることにより荷電粒子により被照射物へ付与される荷電粒子の照射強度を計測する荷電粒子照射強度計測システムも提供される。すなわち、本発明のある態様においては、上述の態様のエネルギー付与用ノズル、または、上述の態様のエネルギー付与装置のいずれかと、前記エネルギー付与用ノズルの前記シンチレーターから発せられるシンチレーション光または該シンチレーション光から波長シフトされた光のうちのいずれかを検出して測定信号を出力する光検出部と、該光検出部による該測定信号を受けて、前記先端壁を透過して前記被照射物に照射された荷電粒子の照射強度に関連する数値を出力する換算機構とを備える荷電粒子照射強度計測システムが提供される。
【発明の効果】
【0027】
本発明の各態様によれば、マイクロビームとしてノズルから照射される荷電粒子の実際の強度を測定しながら、荷電粒子を被照射物に照射することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施形態について説明する。以下の説明に際し特に言及がない限り、全図にわたり共通する部分または要素には共通する参照符号が付されている。また、図中、各実施形態の要素のそれぞれは、必ずしも互いの縮尺比を保って示されてはいない。
【0030】
本発明の実施形態の説明において、まず第1実施形態として、本発明において提供されるエネルギー付与用ノズルの構成を説明する。そこでは、荷電粒子の強度または強度の積算値を測定する原理および荷電粒子照射強度計測システムについても説明する。次に、本発明の第2実施形態として、本発明において提供されるノズルの製造方法を説明する。さらに、本発明の第3実施形態として、加速器を用いずに荷電粒子の照射を実施することが可能なエネルギー付与装置についても説明する。最後に、各実施形態に即した実施例として、第1および第2実施形態のための実施例1と実際の測定例について説明する。
【0031】
<第1実施形態>
[1 エネルギー付与用ノズルの構造]
[1−1 概略]
図1は、本実施形態のエネルギー付与用ノズル100(以下、「ノズル100」と記す)の構成を示す断面図である。
図1(a)はノズル100の全体を一部省略して示し、
図1(b)は、ノズル100の先端付近を拡大して示す。
図1(a)に示すように、ノズル100は、概して一方向に延びる棒状の形状を有している。そのノズル100の内部は、荷電粒子を通す中空の通路102となっている。その通路102は、
図1(a)に示すように、ノズル100の先端側の端部である一端104Tと、基部側の端部である他端104Bとを結ぶ中空の通路である。
図1(a)において通路102は、紙面上の左から右に向かって、基部から先端が延びるように描かれている。つまり、通路102の延びる方向を軸方向としたときに、この通路102の軸周りである側方が側壁106によって囲まれている。この側壁106は、典型的には、一端104Tに向かって通路102の断面積を減少させて絞られたテーパー形状にされている。荷電粒子は、通過可能な断面積が絞られながら、他端104Bから一端104Tに向かって通路102を通過する。通路102を一端104Tにむかって進むと、少なくとも一部に側壁106の材質が配置されていない領域が設けられ、その領域はノズル100の先端出口100Aとなっている。
【0032】
その先端出口100A付近、つまり、側壁106の材質が配置されていない通路102の当該一端104T、またはその一端104Tの近傍は、先端壁108(
図1(b))によって塞がれている。この先端壁108の典型的な形状は、一端104Tまたはその近傍において側壁106の先端出口100Aの内部に詰められている栓である。つまり、先端壁108は、
図1(b)に示すように、側壁106の内側面に接する部分を有している仕切りとなっている。本実施形態に含まれるノズルの先端壁の構造としては、この先端壁108のもの以外にも、例えば、側壁106の栓として詰められる部分と、側壁の開口を覆って被さる覆い蓋との両方を有しているような構造や、栓の部分がなく覆い蓋のみとなるような構造であってもよい。
【0033】
ノズル100の先端出口100Aは、使用時において典型的には、被照射物200に対して実質的に接する位置に配置される。他端104B側からノズル100に入射された荷電粒子は、通路102を通りその一端104Tまたはその近傍に配置された先端壁108を透過して被照射物200に照射される。被照射物200が例えば細胞である場合には、その細胞を静止させてノズル100の一端104Tに接する位置に固定するために、必要に応じてホールド用のキャピラリー(図示しない)を用いることも可能である。被照射物200は、荷電粒子を照射するより特定された領域(標的202という)となる物体または領域を含んでいる場合がある。標的202は、被照射物200が例えば細胞である場合には、例えば何らかの細胞小器官である。
【0034】
[1−2 側壁の構造・材質]
側壁106は、上述したノズル100の構造を実現するために任意の材質および製法によって作製される。典型的な側壁106は、いわゆるマイクロピペットのガラス管と同様に、ボロシリケイトガラス(borosilicate glass)や石英ガラスなどのキャピラリーを形成することが可能な材質の円管を加熱して引き伸ばし、切断することによって作製される。また、側壁106は、通路102の一端104Tにおける内径または外径が被照射物200や標的202の広がる範囲に合うによう作製されると好適である。例えば、被照射物200が100μm程度の範囲の広がりを持つ細胞であり、その細胞のエネルギー付与を行ないたい範囲が10μm程度の範囲に広がっている標的202のみである場合、通路102の一端104Tにおける内径が10μm程度とされる。この側壁106の内径または外径は、マイクロピペット・プーラーによる作製条件によって調整することが可能である。
【0035】
[1−3 先端壁の構造・材質]
本実施形態のノズル100において、先端壁108はシンチレーターを含む材質によって形成されている。ここで、このシンチレーターの典型的なものは、シンチレーション光であるUV光または可視光を発するプラスチックのシンチレーターである。このシンチレーション光は、荷電粒子の強度に応じた光量となる。シンチレーション光を直接検出する場合であっても、また、シンチレーション光から波長シフトされた光を検出する場合であっても、検出された光量は荷電粒子の強度に対応付けされる。このため、先端壁108を荷電粒子が透過することによって生じるシンチレーション光の光量を直接的にまたは波長シフトさせるなどして間接的に検出することにより、実際に先端壁108を透過する荷電粒子ビームの照射強度を測定することが可能となる。この荷電粒子の照射強度は、単位面積あたり単位時間あたりの荷電粒子の通過数に比例する。また、シンチレーション光または波長シフト後の光の光量を時間的に積算することによって、荷電粒子ビームの強度に対しても積算値を測定することが可能となる。つまり、光量の積算値は荷電粒子の照射量に関連づけられる。
【0036】
先端壁108の材質として採用されるシンチレーターは、荷電粒子が通過することによるエネルギーの一部を受け取り、UV光などのシンチレーション光を放出する性質を有する任意の材質である。このシンチレーション光は、通常はUV光であるため、感度の高い検出器が少なく、さらに光自体が周囲の物質や光学系によって吸収されやすいなど、高感度の検出に適さない場合がある。そこで、先端壁108を、ポリスチレン等のシンチレーターに加え、シンチレーション光によって励起されより長波長の光を放つ蛍光物質を混入させた材質によって作製することが好ましい。その蛍光物質は、波長シフトによってシンチレーション光に対応してより長い波長の蛍光を放射する。例えば、波長シフト後の光が410nm〜430nm程度の波長を有する光(青色を呈する可視光)であれば、可視域に感度を持つ量子効率の高い検出器を用いることが可能となり、UV光に比べて光学系や媒体により吸収もされにくい。
図1(b)においては、このシンチレーション光またはそれに対応する波長シフト後の光の光子の一部を、検出光hνとして明示している。この検出光hνは、
図1(b)に明示したように側壁106を通じて放射されることもあれば、また、例えば被照射物200を通じて放射されることもある。
【0037】
先端壁108の材質は、典型的なプラスチック・シンチレーターに限定されるものではない。先端壁108には、加熱した際の特性に着目することにより、シンチレーターを含む任意の材質のうちから適宜好ましい材質が選択される。具体的には、加熱した際に側壁106の材質が融解したり軟化したりしない低い温度で融解または軟化する材質が、先端壁108の材質として好ましい。例えば、先端壁108の材質が上記各種のプラスチックであり、側壁106がガラスであれば、この条件が充足される。
【0038】
また、本実施形態における先端壁108の厚みD(
図1(b))は、荷電粒子を透過させるような厚みの範囲のうち、荷電粒子の粒子数またはエネルギーの測定が容易に行える値に設定される。この厚みは一般には、厚くすると荷電粒子の通過に伴う発光が強くなるとともに、出射する荷電粒子の量が減少する、という関係があるためである。この調整については、製造工程の説明において後述する。
【0039】
[2 測定原理および荷電粒子照射強度計測システム]
図2は、本実施形態のノズル100を用いてエネルギー付与を実施するために用いる荷電粒子照射強度計測システム1000(以下、「計測システム1000」という)の構成を示す概略構成図である。本実施形態のノズル100は、典型的な使用状況において、顕微鏡システム300と組み合わせて用いられる。
図2において顕微鏡システム300の光学系は、主要な光学素子と光路のみを示している。細胞などの被照射物200は、例えばシャーレ(ペトリ皿)210の標本液220に分散されていたり、または、生体の一部となっている。標本液220に分散されている場合の被照射物200は、上述したように、ホールド用の追加のキャピラリー(図示しない)を用いて保持されていることもある。先端壁108は、
図1(b)に示したように、この被照射物200に接触して、または、ごく薄い厚みの液体薄層を通して隣接して配置されている。別の配置として、図示しないが、ノズル100が被照射物200に突き刺さって配置されていることによって、先端壁108とより特定された標的202との距離が調整されることもある。これらの配置のために、必要に応じて、ノズル100を被照射物200またはシャーレに対して移動させる粗動手段または微動手段(いずれも図示しない)が用いられることもある。このように配置されたいずれにしても、荷電粒子照射強度計測システム1000において、先端壁108を透過する荷電粒子が先端壁108の材質に含まれるシンチレーターを発光させると、そのシンチレーション光または波長シフト後の光が顕微鏡システム300を通じて検出される。
【0040】
顕微鏡システム300は、例えば倒立顕微鏡などの任意の顕微鏡システムである。この顕微鏡システム300には、典型的には、対物レンズ302と、リレーレンズまたは結像レンズ304および306と、光検出器320とが備わっている。ノズル100の先端壁108は、対物レンズ302の物体側の焦点面FP付近に位置している。光検出器320として採用可能なものは、ノズル100からの光を検出可能な任意の光検出器である。例えばシンチレーション光または波長シフト後の光が微弱である場合には、PMT(光電子増倍管)等の感度の高い光検出器を光検出器320として採用することが望ましい。光検出器320は、接眼レンズ(図示しない)が備えられる接眼鏡筒などの適当な取り付け部に、中間結像面等の任意の位置が光検出部に位置するようにして取り付けられる。
【0041】
光検出器320からの出力は、データ処理のために必要に応じてデジタル信号に変換され、コンピューター340に入力される。コンピューター340には、換算処理部342が、コンピューター340の機能手段として必要なプログラムにより実現されている。この換算処理部342は、シンチレーション光または波長シフト後の光の光量に基づいて荷電粒子の強度を算出する換算処理を実行する機能を果たす。そのために必要な数値として、シンチレーション光または波長シフト後の光の光量と荷電粒子の強度との間の関係とを結びつける任意のパラメータが用いられる。これらのパラメータは、荷電粒子の強度とシンチレーション光または波長シフト後の光の光量との関係に影響を与える任意の条件や条件の組み合わせごとに読み出せるようにしてパラメータ記録部344に記録されている。つまり、例えば、ノズル100ごと、ノズル100の配置ごと、荷電粒子の種類ごと、倍率などの対物レンズの種類ごと、といった実験条件の区分に応じてその条件や条件の組み合わせを指定して読み出し可能なデータとしてこれらのパラメータがパラメータ記録部344に格納されている。これらのパラメータは実験的または理論的な任意の手法によってあらかじめ決定されたものである。
【0042】
図2の顕微鏡システム300の光路は、対物レンズ302から光検出器320までの荷電粒子の照射強度を決定するための光路のみを図示している。この光路に加えて、ノズル100の観察もしくは記録が必要であれば、この光路と全部もしくは一部が一致する光路、または、別の光路が利用される場合もある。例えば、顕微鏡システム300を利用して、ノズル100と被照射物200との相対的な位置関係が観察しながら調整されたり、または、荷電粒子を照射することによる被照射物200や標的202の挙動が観察もしくは記録されたりする。これらの調整・観察・記録のため顕微鏡システム300には、図示しないビームスプリッターや、接眼鏡筒、接眼レンズといった必要な装置または光学素子が付加される場合がある。また必要に応じて、任意の追加の観察または記録のためのイメージャーが用いられる。このイメージャーとしては、CCD(電荷結合素子)イメージセンサーやCMOS(相補性金属酸化膜半導体)イメージセンサー等の固体撮像素子等が適宜採用される。
【0043】
以上のような構成の本実施形態のノズル100を含む計測システム1000を採用すると、光検出器320により、単位時間あたりに先端壁108を通過する荷電粒子の個数に直接対応する先端壁108のシンチレーター光またはそれに対応する波長シフターからの蛍光の光量を測定することが可能となる。すなわち、細胞などの被照射物200または標的202に対して照射中の荷電粒子の実際の照射強度を測定したり、その照射強度のある期間の積算値を計算したりすることが可能となる。したがって、ノズル100を含む計測システム1000を利用すれば、荷電粒子の照射の結果被照射物200が示す挙動を、その被照射物200に照射した荷電粒子の照射強度または強度積算値に対応させることが可能となる。
【0044】
なお、図示しないが、計測システム1000によって実際に荷電粒子の強度を測定する際には、測定精度を高めるための種々の工夫を行なうことが可能である。例えば、シンチレーターまたは波長シフターからの光を選択的に光検出器320に導くために、適当なフィルターを用いて、光検出器の出力における信号対ノイズ比(S/N比)を高める、といった実験上の工夫を行うことも好ましい。また、信号処理またはデータ処理によって、ノイズを除去したりする処理上の工夫を行なうことも好ましい。さらには、顕微鏡システム300を用いる構成により説明したが、本実施形態は顕微鏡システム300を必須とするものではない。例えば、光検出器320を
図2における対物レンズ302の位置に配置して、先端壁108からの光を可能な限り短い光路で光検出器320に入射させることにより測定感度を高めるような構成も本実施形態に含まれている。
【0045】
<第2実施形態>
[3 ノズルの製造方法]
次に、本発明の第2実施形態として、上述したノズル100の製造方法を
図3および
図4を参照しながら説明する。
図3は、本実施形態におけるエネルギー付与用ノズルの製造方法の概略の処理を示すフローチャートであり、
図4は、本実施形態の製造の各段階におけるエネルギー付与用ノズルの構造を示す概略断面図である。
【0046】
図3に示すように、ノズル100を製造する工程は、概して、側壁を形成する工程(S12)と、微粒子を付着する工程(S14)と、先端壁を形成する工程(S16)とに分かれている。
【0047】
側壁を作製する工程(S12)は、ガラス管を熱して、マイクロピペット・プーラーなどの装置を利用して側壁106を作製する工程である。ただし、この作製工程の具体的態様は本実施形態では特には限定されず、いわゆるマイクロピペットまたはそれに類似した構造の器具を作製するための任意の手法を採用することができる。側壁を作製する工程(S12)は、典型的には、
図4(a)および
図4(b)に示すような二つの段階の中間工程を含んでいる。
図4(a)は、加熱して引き伸ばされた状態のガラス管114を示している。このガラス管114を、所望の内径となっている付近で切断することにより、
図4(b)のように先端出口100Aを有するキャピラリー116が作製される。このキャピラリー116の管状または円筒状の部分が側壁106として利用され、切断によって形成される先端出口100Aが、通路102の一端104Tを画定することとなる。なお、ガラス管114の切断処理は、マイクロピペットを作製する従来の手法と同様に、マイクロフォージ(例えば、型式:MF−900、日本・株式会社ナリシゲ製)を用いることによって容易に実施することができる。
【0048】
次の微粒子を付着する工程(S14)は、プラスチック・シンチレーターの微粒子112を、通路102の一端104T付近の側壁106の表面に付着させる工程である。このような微粒子112は、端的には球形のプラスチックの微粒子である。
図4(c)には、微粒子112が側壁106の内側面に付着した状態のキャピラリー116を示している。ここで、プラスチック・シンチレーターの微粒子112として採用可能なものは、例えば微粒子のみの集合体のパウダーとして提供されているものや、微粒子が水などの分散媒に分散された分散液すなわちラテックスビーズとして提供されているものである。一例としてラテックスビーズを用いる場合を説明すれば、まず、顕微鏡下で観察しながらキャピラリー116の先端である通路102の一端104Tを、分散液中に分散されている微粒子112に近づける。そして、キャピラリー116をマイクロピペットとして動作させてその分散液を吸引することにより、必要な個数の微粒子112を側壁106の内側面に導いてその状態を維持する。この操作によって、微粒子112を所望の個数だけ分散媒を側壁106の表面のうち一端104T付近に付着させることができる。
【0049】
留意すべきは、本実施形態の製造方法の微粒子を付着する工程(S14)においては、側壁106の一端付近に付着される微粒子112が側壁106の内側面に位置していることは必ずしも要さないことである。つまり、後述する先端壁を形成する処理(S16)を経たのちに通路102の一端104Tを塞ぐ位置に配置されるような位置である限り、微粒子を付着する工程(S14)における微粒子112の位置は製造の詳細な条件に合わせて任意に選択される。例えば、側壁106の内表面に加え、側壁106の外表面や、側壁106端部表面に微粒子112が配置されていても、先端壁を形成する処理(S16)において問題なく先端壁108が形成される場合がある。そのため、微粒子112は、必ずしも側壁106の内側面に付着させることが可能なサイズや形状のものに限られないことにも留意すべきである。
【0050】
微粒子112を付着させると、次に、側壁106の囲む通路102の一端104Tに先端壁108を形成する(S16)。
図4(d)には、融解した微粒子112が先端壁108となっている様子を示している。この先端壁108の形成は、加熱および放冷処理によって行なわれる。加熱される領域は、典型的には側壁106のうち一端104T付近のみである。またその加熱は、微粒子112が融解または軟化する程度に行われる。この加熱および放冷処理は容易に行うことが可能である。例えば上述したマイクロフォージを利用して加熱すれば、側壁106の必要な先端部のみを加熱することが可能である。その加熱を中止すれば放冷も行なわれる。
【0051】
この加熱および放冷の具体的な処理は典型的には以下のようにして行なわれる。まず、マイクロフォージに付属している顕微鏡にて観察しながら、微粒子112が付着されている側壁106の一端104T付近を、マイクロフォージの加熱用ヒーターに付着している加熱用ガラス玉に接近させる。次に、その加熱用ヒーターに通電する。この通電によって加熱用ガラス玉から熱が放射され、その熱が、接近している一端104T付近の側壁106と微粒子112とに伝達される。このときの加熱の程度は、微粒子112を融解させるものの、例えば側壁106を変形等させない程度に行なわれる。ガラス材の軟化点(ボロシリケイトガラスでは820℃程度、石英ガラスでは1100℃程度)と微粒子112の融点等を考慮してこれらの材質を選択しておけばそのような加熱は容易に行なうことが可能である。この加熱により、側壁106が熱の影響を受けず形状を維持しており、微粒子112が原形をとどめずに融解または軟化している状態が実現される。微粒子112の融解等したものは、一端104Tまたはその近傍部分において側壁106の表面を濡らす。一端104Tの近傍において融解した微粒子112は、微粒子112を付着させた位置や数、また加熱の条件が適切であれば、毛管現象によって瞬く間に側壁106の内側面に導かれて、通路102の方向にある厚みを持つ液柱をなす。その液柱は、典型的には、両面がメニスカス(液注面)を有する栓のようになる。この際の加熱条件の調整は、加熱用ヒーターへの通電電流や通電時間、また、側壁106と加熱用ヒーターとの距離を適宜調整して実行される。その加熱を中止すれば、即座に放冷される。その加熱を停止すると放冷によって融解していた微粒子112が固化する。この固化によって先端壁108が形成される。
【0052】
先端壁108を形成するための加熱処理は、他の手法を用いることも可能である。例えば、微粒子112がポリスチレン系の材料であれば、例えば100℃程度のガラス転移点と230℃程度の融点を有している。このため、これらの温度と側壁106のガラス材の軟化点の温度とを目安にして、任意の加熱手段を用いて適宜加熱を行なえば先端壁108を形成することが可能である。なお、仮に微粒子112を付着させた段階で、微粒子112の供給のための分散媒が側壁106の一端104T付近に残存していたとしても、分散媒が水などであれば、この加熱によって揮発するため大きな問題は生じない。
【0053】
以上の各工程を実施することよって、
図1に示したノズル100が作製される。上述したように、本実施形態の製造方法において、微粒子112が熱可塑性のプラスチック材料などの加熱によって融解または軟化する材質であれば、先端壁108を形成する工程(S16)は容易に実施される処理である。
【0054】
しかも、先端壁の寸法精度、特に厚みD(
図1(b))は、粒径がある程度揃っているプラスチックビーズを制御された個数だけ用いることによって十分に高めることが可能である。すなわち、側壁106の表面に付着させる微粒子112の個数を増やすと形成後の先端壁108の厚みD(
図1(b))が厚くなる。また、微粒子112のサイズによっても厚みDが変化する。このため、微粒子を付着する工程(S14)において側壁106の表面に付着させる微粒子112の数やサイズはキャピラリー116の内径や厚みDに合わせて選択される。こうして、厚みDによって定まるLET曲線のブラッグピークの位置を、被照射物200や、必要であれば被照射物200内の標的202の位置に位置合わせすることが可能となる。
【0055】
なお、先端壁108の厚みDは、微粒子を用いて形成することによって多くの目的に適う十分な精度で作製することが可能であるものの、さらに厳密に制御された厚みに作製したい場合もある。そのような要望に対しては、例えば、先端壁108を形成して
図1(b)の状態のノズル100をいったん形成し、ノズル100の先端を、側壁106と先端壁108とが含まれる位置において事後的に切断することによって先端壁108の厚みが調整される。この切断処理に採用することができるのは、FIB(収束イオンビーム)法など、精密な位置制御を行って切断加工を行なうことが可能な任意の手法である。したがって、本発明の実施形態においては、FIB等を採用する事後的な先端壁108の形状加工は排除されていない。ただし、例えばFIB等による事後的な形状加工は高価な装置による長大な時間を要する。特に切断する位置の外径が100μm程度となると、その位置での切断に数日間の連続加工が必要となる場合もある。このため、事後的な形状加工は特別に必要な場合以外には通常は行われない。逆に言えば、本実施形態の製造方法を採用するノズル100では、ほとんどの場合において十分な精度の厚みの先端壁108が、事後的な形状加工なしに形成される。つまり、本実施形態の製造方法は、事後的な形状加工を要する状況が特段必要な場合に限定される、という利点も奏する。
【0056】
<第3実施形態>
[4 加速器を用いないエネルギー付与装置]
次に、ノズル100を採用する別の実施態様として、加速器を用いる代わりに密封型線源を利用してエネルギー付与を行なうエネルギー付与装置について説明する。
図5は、本実施形態のエネルギー付与装置500の構成を示す概略断面図である。
図5に示したように、エネルギー付与装置500には密封線源である線源502を利用する。この密封線源は、典型的にはα線(ヘリウムイオン)を放出するアメリシウム241(
241Am)の密封線源である。エネルギー付与装置500に採用するノズルは、第1実施形態にて上述したノズル100である。エネルギー付与装置500においては、そのノズル100の側壁106の囲む通路102の他端104Bに向かう位置に線源502が配置されている。線源502と他端104Bとが配置される空間すなわちキャビティー部Cは、真空保持のためのホルダー胴部512とホルダー蓋部514とにより外界から気密に仕切られている。ホルダー胴部512には突出部516が設けられており、突出部516には内部に貫通する支持孔518が設けられている。その支持孔518の内側面には、通路102の他端104Bに近いノズル100の外側面周囲を軸方向2カ所で気密に把持する2つのオーリング520、520が設けられている。これらのオーリング520、520は、ノズル100自体を突出部516の中心軸の延長線上に向けながら、キャビティー部Cを気密に保持する役割も果たす。
【0057】
また、ホルダー胴部512に内蔵される線源502のアメリシウム241は、量子力学的な確率に従うα崩壊によってα線を放射している。アメリシウム241のα線の持つエネルギーは5.44MeVおよび5.49MeVである。線源502がアメリシウム241を内包したものであり、また、線源502のアメリシウム241自体のサイズが直径1cmの場合には、線源502は100μCi(3.7×10
6Bq)程度の放射能を示すものがある。
【0058】
キャビティー部Cにおいて、ホルダー胴部512の突出部516と線源502との間には開閉可能なシャッター522が配置される。シャッター522の膜は、α線を遮蔽可能な金属板または金属箔などから作られている。シャッター522の開閉は、典型的には、ホルダー胴部512の外部から、シャッター522の膜の方向または位置を変位させることによって行なわれる。
図5には、膜の位置を変位させて開閉されるシャッター522を示している。このシャッター522は、線源502から通路102の他端104Bに向かうα線の通過を許容するか禁止するかを制御することにより、一端104Tからα線を被照射物(
図5において図示しない)に放射するかどうかを制御するために動作される。
【0059】
ホルダー胴部512には、突出部516とは逆の面に、線源502を出し入れするための開口524が設けられている。ホルダー胴部512とホルダー蓋部514とには、その開口524を必要に応じて気密に塞ぎ、また、開放することが可能となるような構造または機構が形成されている。その機構は、図示したように、典型的には互いに螺合される雄ねじおよび雌ねじである。
【0060】
ホルダー胴部512とホルダー蓋部514との内部すなわちキャビティー部Cは、大気などによってα線の飛程が短縮することがないよう、α線をノズル100から放射する際には減圧される。
図5に示すエネルギー付与装置500においては、そのための排気ポート526がホルダー蓋部514に設けられている。排気ポート526には、真空排気系統(図示しない)が接続されている。以上の構造のホルダー胴部512とホルダー蓋部514とを集合的にホルダー510と記す。
【0061】
上述した構成のホルダー510は、全体として、ノズル100の側壁106が囲んでいる通路102を真空状態に保持する真空保持機構として機能する。通路102とホルダー510内部とは、ともに1.0Torr(1.3×10
2Pa)程度の真空度に維持することが可能である。これには、通路102の一端104Tが先端壁108によって塞がれていることも関係している。したがって、線源502から放出されるα線は、ホルダー510の内部のキャビティー部Cから通路102を通って先端壁108に到達する。先端壁108に到達したα線は、第1実施形態にて説明したように、被照射物(
図5には図示しない)に対して照射される。
【0062】
本実施形態に説明したエネルギー付与装置500により、線源502を利用して、例えば
図1に示したような微小な被照射物200に合せた断面を持つ荷電粒子のマイクロビームを形成することや、被照射物200へのその荷電粒子によりエネルギー付与を行なうことが可能になる。したがって、エネルギー付与装置500は、加速器を用いることなく荷電粒子のマイクロビームの形成を達成するものといえる。このようなエネルギー付与装置500は、エネルギー付与を用いる研究領域を加速器を利用しない範囲にまで拡大することに寄与する。なお、本実施形態にて説明したエネルギー付与装置500に採用するノズル100は第1実施形態に説明した構成のものであるため、先端壁108にシンチレーターを含む材質を含んでいる。このため、線源502を利用しても荷電粒子の照射中にその強度や照射量を測定することが可能である。また、本実施形態のエネルギー付与装置500に含まれているノズル100の部分は、第1実施形態に説明した計測システム1000の一部として採用することも可能である。
【0063】
[実施例1]
以下、実施例1として、上述した第1および第2実施形態に即して作製したノズル100の構造を備える複数のサンプルの実施例を説明する。必要に応じてこれまで説明した図および符号を参照する。
【0064】
ガラス管としてボロシリケイトガラスであるパイレックス(登録商標)のガラス管を用い、マイクロピペット・プーラー(商品名:PE−21、日本・株式会社ナリシゲ製)および前記マイクロフォージを利用してマイクロピペット形状のキャピラリー116(
図4(b))を作製した。作製したキャピラリーは、小径のサンプルとして内径6.0μm、大径のサンプルとして内径100μmの側壁106を有するキャピラリー116とした。微粒子112は、小径のサンプルに対しては、OH修飾され蛍光色素を混入させた平均直径3.95ミクロンのポリビニールトルエンのビーズ(品名:estapor(登録商標) F4−U400、フランス・Merck Chimie S.A.S製)を用い、大径のサンプルに対しては、平均粒径68μmの乾燥粉末状のスチレン・ジビニルベンゼン共重合体の蛍光粒子(品名:35−9、米・Thermo Fisher Scientific社製)を用いた。なお、F4−U400は、水を分散液とする1%のラテックスビーズとして、つまり分散液として供給されているのに対し、35−9は、乾燥粒子として供給されている。
図6は、本実施例において実際に用いたラテックスビーズ(F4−400)をすくい上げた状態の光学顕微鏡像である。なお、
図6には、すくい上げるために用いた本実施形態とは無関係のガラス管も同時に撮影されている。
【0065】
次に、マイクロピペット形状のキャピラリー116によってプラスチックビーズ2個を通路102の一端104Tに吸引し、そのまま分散液からマイクロピペット形状のキャピラリー116を引き上げて乾燥させた。この操作により、
図4(c)に示した状態のように、マイクロピペット形状のキャピラリー116の通路102の一端104Tにプラスチックビーズを付着させた。さらに、キャピラリー116をマイクロフォージによって加熱することにより、付着している微粒子112を融解させた。加熱処理は、通路102の一端104Tに付着した微粒子112を観察しながら実施した。具体的には、微粒子112を観察しながら、微粒子112が融解できない程度の時間の短時間の加熱(パルス状加熱)を繰り返し、パルス状加熱の通電時間を徐々に長くしていった。そして、微粒子112の融解が確認された回のパルス状加熱で加熱処理を終了し放冷した。この処理によって微粒子112が一旦融解または軟化しその後固化することによって先端壁108が形成された。
図7は、本実施例において先端壁108が形成された時点でのノズル100のサンプルの光学顕微鏡観察像である。
図7(a)および
図7(b)は、それぞれ、ノズル100の小径のサンプルおよび大径のサンプルを実際に作製し、透過照明により撮影した光学顕微鏡像である。各サンプルにおいて、プラスチックビーズが溶融状態となり通路102の一端104T付近の内部に毛管現象によって導かれ、側壁106の内壁において通路102を塞ぐように先端壁108が形成されるように温度や加熱時間を調整した。
【0066】
次に、作製したノズル100の各サンプルを、荷電粒子のマイクロビームを照射するように配置した上で、
図2に示した顕微鏡システムによって撮影した。
図8は、作製したノズル100のサンプル(小径のサンプル)を、
図2の配置において図示しない落射照明装置によって照らしながら撮影した光学顕微鏡像である。
図2示した通り、対物レンズ302の焦点面FPには通路102の一端104Tが配置されている。なお、ノズル100は、焦点面FPに対して
図2の紙面の上方から伏角45°で延びているため、ノズル100の像は、一端104T付近のみにしか合焦していない。また、この撮影のために、顕微鏡システム300には、光検出器320に代えて、CCDイメージャー(図示しない)を取り付けている。
【0067】
次に、このノズル100に陽子ビームを通して先端壁108が発光することを実際に確認した。
図9は、本実施例において作製したノズル100のサンプルを通じて2.4MeVのエネルギーの陽子ビームを透過させた場合の先端壁108のシンチレーターの発光の様子を示す光学顕微鏡像である。
図9(a)および
図9(b)は、それぞれ、相対的に弱い陽子ビームと、相対的に強い陽子ビームを透過させた場合の光学顕微鏡像である。いずれの光学顕微鏡像も、ノズル100の配置や撮影条件は落射照明装置を消灯した以外は
図8を撮影した配置および条件を維持して撮影した。
図9(a)および
図9(b)において明るく撮影されているのはノズル100の先端壁108からのシンチレーション光から蛍光体によって波長シフトされた後の光である。
【0068】
なお、この光学顕微鏡像は、先端壁108が発光していることを明示的に確認する目的で、顕微鏡系の鏡筒に取り付けられたCCDカメラによって撮影が可能になる光量が得られるようにビーム強度を調整して撮影された。具体的には、
図9(a)は、陽子ビームの強度、つまり、単位時間あたり、単位面積あたりに照射される陽子の個数が少ない場合の顕微鏡イメージである。この場合には、先端壁108がわずかにシンチレーション光を発しており、そのシンチレーション光から波長シフトして生成された蛍光が、先端壁108やその周囲の側壁106を通じて外部に放出されていることが実際に確かめられた。次に、その陽子ビームの強度を増大させて撮影したのが
図9(b)に示す顕微鏡イメージである。この場合には、
図9(a)に比してより高い光量にてシンチレーション光に起因する蛍光が撮影されている。いずれにしても、光学顕微鏡像において光が記録されているのは先端壁108またはそのごく近傍のみである。
【0069】
このように、上述した実施形態の通りに作製された本実施例のノズル100のサンプルにおいて、陽子ビームに応じて先端壁108付近からシンチレーションに起因する光が観察されること、および、その光の光量が陽子ビームの強度に対応することが確認された。
【0070】
[測定例]
次に、各実施形態に従って実際に作製したノズル100を用いることにより、より高い感度において荷電粒子を測定した測定例について説明する。本測定例において、陽子ビームにおける水素イオン(陽子)の個々の粒子が実際に計数(カウンティング)されることが確認された。
【0071】
まず、事前検討として、ノズル100の先端壁108のシンチレーション光または波長シフト後の光を検出することによって先端壁108を通過する荷電粒子を計数することが可能かどうかを調査した。この事象として、実施例1と同様の2.4MeV程度のエネルギー帯にある陽子1個が先端壁108内においてエネルギーを失う事象を想定する。この事象では、先端壁108において荷電粒子(陽子)が失うエネルギーの量は約100keV程度である。この陽子1個分のエネルギーの損失にともなって、先端壁108の内部においては、シンチレーション光または波長シフト後の光の光子が約1000個生成される。この約1000個程度の光子は、光検出器320として感度の高いものを採用することにより十分に検出されるため、陽子1個ずつ測定する計数は十分に可能といえる。例えば、顕微鏡システム300(
図2)が、サンプル位置の光のうち6%程度を接眼鏡筒部に伝達するような顕微鏡システムであるとする。その場合、上記1000個程度の光子のうちの6%つまり約60個程度の光子が接眼鏡筒部に到達する。その光子を、その接眼鏡筒部に取り付けた光電子増倍管によって検出すると、一般に、光電子増倍管の量子効率が少なくとも10%程度であるため、光電子増倍管内部で6個程度の光電子が発生し、それに対応する出力信号が得られる。つまり、個別のイオン(陽子1個)が先端壁108を通過するごとに、その通過したことに対応する検出信号が光電子増倍管から出力される。検出器の時定数以内に複数の陽子が検出されると、陽子の個数に応じた検出信号も得られる。なお、ここに示した数値例を満たす顕微鏡システムとしては、例えば倒立顕微鏡IX71(日本・オリンパス株式会社製)に対物レンズLUCPLFLN60XPHを採用した顕微鏡システムを挙げることができる。また、顕微鏡システムに取り付け可能な典型的な光検出器320の例としては、光電子増倍管モジュールH10722−210(日本・浜松ホトニクス株式会社製)を挙げることができる。
【0072】
以上の事前検討を踏まえ、測定例として、ノズル100を通じて照射した個別のイオンを計数する実験を行なった。第1実施形態のノズル100を用いて計数可能性を確認するための実験の結果を
図10に示す。
図10は、1.5マイクロ秒のウインドウ期間に到来した荷電粒子の検出信号の実際の様子を示すオシロスコープ像である。
【0073】
計数される荷電粒子のビームの性質について説明する。この実験に用いる荷電粒子のビームは、加速器において一定強度のビーム束(beam bundle)として生成される。そのビーム束において荷電粒子が到来するタイミングは、一般に、確率に支配されているランダムな事象である。つまり、仮に一定強度のビーム束が生成されている場合であっても、ある期間(ウインドウ時間)にある断面に到来する粒子数の実現値は、完全に一定の粒子数にはならず、確率的な揺らぎが避けられない。ウインドウ時間が長く設定されていたり、荷電粒子が強くされたりしている等の理由によってウインドウ時間に多数の粒子数が到来する場合には、検出器に到来する粒子数は正規分布に従う。つまり、同じ長さの複数のウインドウ期間を測定対象として、各ウインドウ期間に到来する粒子数を測定する繰り返し測定を行なえば、測定された粒子数の示す分布が正規分布になる。逆に、ウインドウ時間が短くされていたり荷電粒子ビームが弱くされたりしている等によって到来する粒子数が少ない場合には、検出器に到来する粒子の数の分布はポアソン分布に従う。ここで、荷電粒子の個別の到来を区別して被照射物200に照射しそれを計数するような用途に適用する場合、ウインドウ期間を短くしたり弱いビームにするなどして粒子数が少なくされる。これを反映し、本測定例において確認したのは、ポアソン分布に従う程度に少ない粒子数の荷電粒子のビームを用いて、実際に荷電粒子ビームが計数されているかどうかである。荷電粒子のビームが適切に計数されていれば、ポアソン分布に従った計数値が得られるはずである。
【0074】
一般に、ポアソン分布に従う荷電粒子のビームでは、ビームの条件やウインドウ期間を調整して、到来する粒子数の平均値(平均粒子数)がλ個(λは正の実数)となる条件で繰り返しのビームを発生させても、(λ)
1/2程度の標準偏差つまり揺らぎが残存する。そのため、正しく計数された場合、検出信号にもその粒子としての揺らぎが現われる。逆に、このような揺らぎが避けられないからこそ、被測定物に照射される実際の粒子数を把握することに意義があるともいえる。加速器や線源が一定の強度のビームを生成するほど安定していない場合には、実際の粒子数の把握がさらに重要となる。
【0075】
また、本測定例では、上記の荷電粒子の粒子数を調整するためにはウインドウ時間を調整し、そのウインドウ期間を調整するために、被照射物200に対して照射するビームを時間的に限定した。一般に、荷電粒子の統計的な性質を調査する目的の上からは、一定強度のビームを照射し続けて、測定時間を区切ることによってウインドウ期間を調整し、そのウインドウ期間に到来する粒子数の統計を調査することも可能である。しかし、本測定例では、実際に被照射物200に対しての照射量(dose)を調整する場面を模擬するために、被照射物200に対して照射するビームを時間的に限定する。その時間的な限定は、一定の強度で継続して加速器にて生成されている荷電粒子のビームを通過させる平板電極対(図示しない)に与える電圧波形のパルス(ゲートパルスGP)を制御して行なう。その平板電極対は、荷電粒子のビームが、ノズル100に入射するまでの位置に配置される。
図10(a)には、1.5マイクロ秒のウインドウ期間が得られるように設定した1.5マイクロ秒の時間幅(デューティー期間)のゲートパルスGPの実際の波形を示している。このゲートパルスGPを用いて生成したパルス状の荷電粒子のビームを、他端104Bからノズル100に荷電粒子のビームを入射させ、そのノズル100の通路102を通して一端104Tから荷電粒子のビームを出射させる。
【0076】
このようなビームを用いた計数の確認のために、参照測定の目的でまず半導体検出器を用いた参照測定を行い、さらに、光検出器320を用いた測定を参照測定と対比した。これらの測定および対比により、光検出器320を用いた測定が半導体検出器と同等の計数が可能であることを確認した。
【0077】
図10(b)は、参照測定において半導体検出器によって検出した信号波形W1のオシロスコープ像である。参照測定として実施する測定は、被測定物200の位置(
図2)に半導体検出器(図示しない)を配置して、その半導体検出器によって荷電粒子の到来を計数する測定である。利用した半導体検出器は、ノズル100の先端壁108を透過した個々の荷電粒子を漏れなく検出するように動作する。半導体検出器には、上述したように、1.5マイクロ秒のウインドウ期間となるように生成したパルス状の荷電粒子のビームを入射させた。
図10(b)のオシロスコープ像は、平行電極対(図示しない)に印加される
図10(a)に示したものと同一のゲートパルスGPをトリガーとしてデジタル・ストレージ・オシロスコープに蓄積させた蓄積像を重ねて表示したものである。蓄積された波形は、半導体検出器の電流信号波形WS0〜WS13(以下、単に「波形WS0〜WS13」と記す)である。また、この蓄積像は、ゲートパルスGPを繰り返し生成し測定を行ないながら、約10秒間にわたって波形を蓄積した場合の蓄積像である。なお、波形WS0〜WS13と記す各符号は、波形WS0を除き、オシロスコープ像から読み取れる波形の各群に対して、その群に含まれる個別の波形それぞれに符号末尾の一桁または二桁の整数(WS1の「1」など)を割り当てている。
【0078】
図10(b)に示したような半導体検出器の信号波形においては、一般に、各波形のピーク値すなわち波高値は、半導体検出器が捕らえた荷電粒子の数を反映しており、波高値がほぼ同一の波形は、同一の粒子数に対して得られた信号波形となる。ただし、ごく少ない荷電粒子の個数の場合にまで信号波形の波高が個数に正確に比例していることを検証するためには、実際の測定系の細部、例えば電気信号のパイルアップの時間差、測定信号を増幅する増幅器の積分時間などの設定を考慮した厳密な検討が別途必要となる。ここでは、そこまでの厳密さをひとまず脇におき、測定されている波形から確実といえる事実に焦点を当てる。まず、波形WS0は、荷電粒子がウインドウ期間に1個も検出されなかった場合の波形の群である。これは、半導体検出器の効率が100%に近いことから確度が高い。次に、波形WS1〜WS3の群、波形WS4〜WS6の群、波形WS7〜WS10の群および波形WS11〜WS13の群は、それぞれの群の各波形において、ウインドウ期間に検出された荷電粒子の数が同一であり、別々の群では荷電粒子の数が別々であったものと発明者は解釈している。というのも、まず、ごく近似した波高をもつ複数の波形を同一の荷電粒子の個数に対応させることは自然である。そのため、波形WS1〜WS3の群、波形WS4〜WS6の群、波形WS7〜WS10の群および波形WS11〜WS13の群のそれぞれは、順に荷電粒子が増加するような波形の群とみることもまた自然である。測定に用いた半導体検出器の性質からもこれらの点は確度が高いと考えている。ただし、具体的な荷電粒子の数を対応させるためには、定量性を議論するだけの別途の検討が必要である。
【0079】
それでもなお確実にいえることは、半導体検出器を用いて、ごく少ない個数の荷電粒子が到来していることが
図10(b)の観察波形において確かめられていることである。つまり、例えば、波形WS1〜WS3の群、波形WS4〜WS6の群、波形WS7〜WS10の群および波形WS11〜WS13の群のそれぞれを、1、2、4および5個検出された場合の波形の群であり、荷電粒子が3個検出された波形はこの測定において記録されなかった、といったように解釈することが可能である。現状では、別の個数に対応させて解釈すべき余地は残っているものの、少なくとも、
図10(b)の各波形は、ごく少ない個数の荷電粒子の到来が測定されたこと、つまり計数が行なわれていることを示している。というのは、上述したように、測定信号波形が、波高が近似している波形の群に明確に分かれていることは、ごく少ない個数の粒子が到来して測定されていることに特有の揺らぎが反映されたものといえるからである。なお、より多くの個数の荷電粒子を入射させた予備測定の結果(図示しない)から、
図10(b)の縦軸に示した信号電圧値の範囲(6V)がここに示した個数の範囲に概ね相当していることは別途確認されている。以下の説明においては、説明を簡潔に行なう目的から、上述した荷電粒子の個数の解釈に基づいて説明を続ける。
【0080】
図10(b)の半導体検出器の波形には、固定されたウインドウ時間に対して測定のたびに荷電粒子の到来数が統計的に揺らぐ様子が表れている。具体的には、波形WS0のように、荷電粒子が全く出力されない場合もあれば、波形WS11〜WS13の群のように、荷電粒子が5個検出された場合もあった。ここで、上述したように同一の粒子数の荷電粒子に対して得られた波形の本数は、その粒子数の荷電粒子が検出されたウインドウ期間の実際の数である。例えば、波形WS11〜WS13の群の三つの波形は、いずれも、ウインドウ期間に荷電粒子が5個検出された波形である。このため、
図10(b)のオシロスコープ像において波形WS11〜WS13が蓄積されているということは、荷電粒子が5個検出されたウインドウ期間が3回存在したことを示している。したがって、荷電粒子の個数に対して得られた波形の群に含まれる波形の数は、十分に多数の波形を蓄積してその数を数えれば、ポアソン分布の確率質量関数(確率密度関数)に近付いてゆく。
【0081】
ところで、実際には加速器で生成される荷電粒子のビーム強度には時間構造があり、ビームを断続的に生成するバンチ(塊)様の動作を伴うという特性を持つことがある。この動作特性上、荷電粒子が全く検出されず波形WS0が測定されるような場合には、ウインドウ期間が加速器の生成する荷電粒子のバンチとバンチの間に一致したために、荷電粒子のビーム自体が生成されていない場合が含まれている。このため、波形WS0については除外することにより、荷電粒子のビームの持つ統計性が反映された実際の平均個数を決定することができる。このように、上記解釈を前提にした場合、参照測定において、1.5マイクロ秒のウインドウ期間に1個〜5個程度のごく少数の荷電粒子が到来し、その様子が計数されていることが確かめられた。
【0082】
次いで、参照測定と同一の条件の荷電粒子のビームを、今度はノズル100と光検出器320(
図2)とを用いて計数した例について説明する。
図10(c)は、参照測定と同じゲートパルスGPの期間に生成された同一条件の荷電粒子のビームを同じノズル100に入射させた場合の光検出器320の出力波形である。この出力波形は、光検出器320として光電子増倍管を用いて先端壁108の発光を測定した光電子増倍管の出力である。なお、光電子増倍管による測定では参照測定の半導体検出器の場合とは別の回路によって測定を行っているため、光電子増倍管の出力における各波形の減衰の様子やその形状は異なる。波形WD1およびWD2の群は、荷電粒子2個が先端壁108のシンチレーターを発光させた光を捕らえた信号を示している。同様に、波形WD3〜WD5の群は荷電粒子3個、波形WD6およびWD7の群は荷電粒子4個が先端壁108のシンチレーターを発光させた場合の光電子増倍管の出力である。なお、これらの荷電粒子の個数に関する解釈も、半導体検出器の場合と同様に、厳密な検証を別途行なうことによって確認することが必要である。
【0083】
ここでも確実に言えることは、先端壁108の光を光検出器320によって測定する場合であっても、ごく少ない個数だけ到来している荷電粒子に対して、それを計数する測定が行なわれていることである。つまり、測定信号波形が、近似した波高をもつ明確な群に分かれていることから、ごく少ない個数の荷電粒子の到来が実際に測定されていることは確実である。なお、より多くの荷電粒子の個数の予備測定の結果(図示しない)から、
図10(c)において縦軸に示した信号電圧値の範囲(0.3V)がここに示した1〜4個という粒子数に概ね相当していることは別途の予備測定により確認されている。
【0084】
このように、ノズル100の先端壁108の光を光検出器320によって検出する手法においても、半導体検出器を被測定物200の位置に配置した参照測定と同様に、個別の荷電粒子の到来を識別する計数が可能であることが確認された。
【0085】
なお、ゲートパルスGPの期間を、例えば
図10(a)に示したものから1/5程度、つまり0.3マイクロ秒程度に設定すれば、ゲートパルスGPの期間内の平均粒子数を例えば1個以下とすることは十分に可能である。そのような短いゲートパルスGPに対応して出射する荷電粒子も、ノズル100と光電子増倍管を用いる測定手法によって1個ごとに測定して計数することが可能である。
【0086】
さらに、被照射物200に対して照射する荷電粒子のある期間の積算値としての個数は、確率的ではなくより確定的になるように制御することも可能である。そのためには、ノズル100を用いて先端壁108の光を光検出器320の出力信号によって計数しながら、ウインドウ期間を繰り返し設けてゆき、実際の計数に応じてウインドウ期間の繰り返しを中止する。このように計数をしながらウインドウ期間の繰り返し回数を制御すれば、ポアソン分布の揺らぎを排除でき、より確定的な個数だけの荷電粒子が被照射物200に照射される。この場合、バンチ動作のために荷電粒子が出力されない期間を有するような加速器を用いたとしても、実用上は解決が図られている。
【0087】
なお、光検出器320の出力信号に基づいて荷電粒子数をより確定的にして照射を行ないうる本手法は、第3実施形態として説明したエネルギー付与装置500によって線源502から生成する荷電粒子ビームにも適用することができる。例えばシャッター522を電気的に駆動制御する等の工夫によってシャッター522の開閉動作の再現性を高め、その駆動制御を光検出器320の出力信号により制御する。この構成により、線源502からの放射線が示すポアソン分布の揺らぎを排除でき、より確定的な個数だけの荷電粒子を被照射物200に照射することが可能となる。
【0088】
以上、本発明の実施形態を具体的に説明した。上述の各実施形態および実施例は、発明を説明するために記載されたものであり、本出願の発明の範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものである。また、各実施形態の他の組合せを含む本発明の範囲内に存在する変形例もまた、特許請求の範囲に含まれるものである。