特許第5794550号(P5794550)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5794550
(24)【登録日】2015年8月21日
(45)【発行日】2015年10月14日
(54)【発明の名称】建造物の補強構造
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20150928BHJP
【FI】
   E04G23/02 F
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-82179(P2014-82179)
(22)【出願日】2014年4月11日
【審査請求日】2015年5月12日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】310013602
【氏名又は名称】一般社団法人 レトロフィットジャパン協会
(74)【代理人】
【識別番号】100076163
【弁理士】
【氏名又は名称】嶋 宣之
(72)【発明者】
【氏名】山口 啓三郎
(72)【発明者】
【氏名】阿部 秀幸
【審査官】 西村 隆
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−133637(JP,A)
【文献】 特開2013−181332(JP,A)
【文献】 特開2008−240368(JP,A)
【文献】 特開2009−221755(JP,A)
【文献】 特開2002−013297(JP,A)
【文献】 特開平10−115105(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層階の中間階における特定の1又は連続する複数の階を補強対象階とし、
この補強対象階の下の非補強対象階から上記補強対象階の上の非補強対象階まで連続する柱の周囲を、上記下の非補強対象階から上の非補強対象階までの各階において囲い鋼板で囲い、この囲い鋼板と上記柱との間にグラウト材を充填するとともに、
このグラウト材中に上記補強対象階の上側のスラブ及び下側のスラブを貫通し、上記下の非補強対象階から上記上の非補強対象階まで連続する軸方向筋を埋め込み、この軸方向筋の下端及び上端は、それぞれ、上記下の非補強対象階及び上記上の非補強対象階に設けたグラウト材内に非定着状態で位置させる構成にした建造物の補強構造。
【請求項2】
上記軸方向筋における上記各補強対象階に対応する部分の上端は、当該補強対象階の上の階に配置した囲い鋼板内のグラウト材で保持され、上記軸方向筋における上記各補強対象階に対応する部分の下端は、当該補強対象階の下の階に配置した囲い鋼板内のグラウト材で保持される構成にした請求項1に記載の建造物の補強構造。
【請求項3】
上記下の非補強対象階に設けた囲い鋼板の下端とこの下端に対向するスラブとの間に、所定の間隔を保った請求項1又は2に記載の建造物の補強構造。
【請求項4】
上記上の非補強対象階に設けた囲い鋼板の上端とこの上端と対向する梁との間に、所定の間隔を保った請求項1〜3のいずれか1に記載の建造物の補強構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、コンクリート柱を備えた既存の建造物を事後的に補強するための補強構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、事後的にコンクリート柱を補強する建造物の補強構造が知られている。
この補強構造は、既存のコンクリート柱の外側を、間隔を保って囲い鋼板で囲うとともに、この囲い鋼板と柱との間にグラウト材を充填して一回り太い柱にし、上記グラウト材内に柱の軸方向に沿った軸方向筋を配置したものである(特許文献1)。そして、上記軸方向筋の上下端を、それぞれ、梁の上のスラブや基礎に埋め込んで固定するようにしていた。
【0003】
しかし、多層階の建造物で、全ての階を同じように補強しなければならないとは限らない。例えば、建造物によっては、事後的に特定の階の強度が不足していることが分かる場合もある。そのような場合に、必要階のみを補強する方法として、図6に示す補強方法が考えられている。
図6に示す従来の補強方法は、補強が必要な階のみで既存の柱1を補強する補強構造であり、補強対象部分は床面側のスラブ2から梁3の上の天井側のスラブ4までの間である。
上記スラブ2からスラブ4の間において、柱1の周囲には間隔を保って囲い鋼板5を設けるとともに、梁3の部分にも間隔を保って図示しない梁用の囲い鋼板を設けている。そして、これら囲い鋼板5及び梁用の囲い鋼板の内側にグラウト材を充填する。
なお、図6は囲い鋼板5の正面側、梁用の囲い鋼板及び内部のグラウト材を省略したものである。
【0004】
また、上記グラウト材内には、床側のスラブ2から天井側のスラブ4まで伸びる軸方向筋6を配置している。
この軸方向筋6の上下端にはプレートナット7、8を取り付けている。そして、上記プレートナット7を介して、軸方向筋6の上端を梁3を覆うグラウト材で保持し、上記プレートナット8を介して、床側のスラブ2の上面に載置した軸方向筋6の下端を、上記囲い鋼板5内に充填したグラウト材で保持するようにしている。
なお、図6に示すように、スラブ2の上面には、上記柱1を囲む凹部9を形成している。この凹部9内に、起立させた上記囲い鋼板5の外周面を凹部9の内壁に接触させることによって、囲い鋼板5の位置決めと位置ずれ防止をしている。
【0005】
そして、上記軸方向筋6の下端を、上記スラブ2上に定着するため、スラブ2上に複数の軸方向アンカー10を打ち込むとともに、柱1の表面にも横方向アンカー11を打ち込んでいる。
また、図示していないが、軸方向筋6の上端を定着するため、天井側のスラブ4にも縦方向アンカー10を打ち込み、柱1及び梁3の表面に横方向アンカー11を打ち込んでいる。
これらアンカー10,11によって、上記囲い鋼板の内側に充填したグラウト材とスラブ2、4、柱1及び梁3との固着性が高くなり、結果としてグラウト材中の軸方向筋6の上下端部を定着させ、ずれにくくすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−240368号公報の図5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記図6に示す従来の補強構造では、特定の階のみに配置された軸方向筋を保持するため、柱1、梁3及びスラブ2,4など、既存の構造物に多数の縦方向アンカー10及び横方向アンカー11を打ち込まなければならない。
しかし、既存の構造物によっては、事後的に多数のアンカーを打ち込むと、それによって損傷し、かえって強度を損なってしまうものもあった。このようにアンカーを打ち込めない場合には軸方向筋の端部が定着できないため、十分な補強強度が得られないことがあった。
この発明の目的は、既存の柱などにアンカーを打ち込まなくても、軸方向筋を定着でき、十分な補強強度を得ることができる建造物の補強構造を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の発明は、多層階の中間階における特定の1又は連続する複数の階を補強対象階とし、この補強対象階の下の非補強対象階から上記補強対象階の上の非補強対象階まで連続する柱の周囲を、上記下の非補強対象階から上の非補強対象階までの各階において囲い鋼板で囲い、この囲い鋼板と上記柱との間にグラウト材を充填するとともに、このグラウト材中に上記補強対象階の上側のスラブ及び下側のスラブを貫通し、上記下の非補強対象階から上記上の非補強対象階まで連続する軸方向筋を埋め込み、この軸方向筋の下端及び上端は、それぞれ、上記下の非補強対象階及び上記上の非補強対象階に設けたグラウト材内に非定着状態で位置させる構成にしたことを特徴とする。
【0009】
なお、上記軸方向筋の端部の非定着状態とは、軸方向筋の端部がスラブに対して軸方向及びそれに直交する方向にずれないように固定されていない状態のことである。地震力が発生したとき、非定着状態の軸方向筋の端部側は、柱から離れてしまう可能性がある。
これに対し、軸方向筋の定着状態は、軸方向筋の端部が、軸方向及びそれに直交する方向にずれないように保持された状態のことである。
【0010】
第2の発明は、上記軸方向筋における上記各補強対象階に対応する部分の上端は、当該補強対象階の上の階に配置した囲い鋼板内のグラウト材で保持され、上記軸方向筋における上記各補強対象階に対応する部分の下端は、当該補強対象階の下の階に配置した囲い鋼板内のグラウト材で保持される構成にしたことを特徴とする。
【0011】
第3の発明は、上記下の非補強対象階に設けた囲い鋼板の下端とこの下端と対向するスラブとの間に、所定の間隔を保ったことを特徴とする。
【0012】
第4の発明は、上記の非補強対象階に設けた囲い鋼板の上端とこの上端と対向する梁との間に、所定の間隔を保ったことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
第1の発明によれば、補強対象階に対応する軸方向筋の上下端を、補強対象階の上下の非補強対象階に設けたグラウト材で保持して定着させることができる。そのため、軸方向筋を定着させるために、補強対象階の柱や梁、スラブなど、既存の構造物に、軸方向筋の両端部を保持するためのアンカーを打ち込む必要がない。したがって、アンカーを打ち込むことができないような場合にも、補強対象階の十分な補強が可能になる。
また、上下の非補強対象階においても、柱の周囲が囲い鋼板とグラウト材で囲まれているので、ある程度の補強効果が期待できる。上下の非補強対象階では、軸方向筋の一方の端部が非定着状態になっているため、その部分が地震発生時などにずれてしまうことがある。したがって、非補強対象階では、補強対象階と同様の補強強度は得られないが、例えば補強対象階の補強強度の50%程度の強度は得られ、建造物全体としての強度を上げることができる。
【0014】
第2の発明によれば、各補強対象階に対応した軸方向筋の両端が、当該補強対象階の上下の階のグラウト材で保持される。例えば、補強対象階が複数階にわたっている場合には、上下に連続する補強対象階の一方の階のグラウト材が他方の階に対応する軸方向筋を保持する機能を発揮するため、全補強対象階においてアンカーを打ち込む必要がない。
【0015】
第3の発明によれば、軸方向筋の下端側の囲い鋼板と対向するスラブとが離れているので、地震などで上記囲い鋼板と上記スラブとの間にずれが生じた場合にも、上記スラブが囲い鋼板を押圧して破壊してしまうことがない。
第4の発明によれば、軸方向筋の上端側の囲い鋼板の上端と対向する梁とが離れているので、地震などで上記囲い鋼板と上記梁との間にずれが生じた場合にも、上記梁が囲い鋼板を押圧して破壊してしまうことがない。
囲い鋼板が、破壊されると、グラウト材に対する囲い鋼板の拘束力がなくなってしまうため、内部のグラウト材が崩壊してしまう。しかし、第3,4の発明では、スラブや梁によって囲い鋼板が破壊されないようにできるので、グラウト材の崩壊も防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は第1実施形態の囲い鋼板の正面部分を省略した状態の正面図である。
図2図2は第1実施形態の特定の補強対象階の斜視図である。
図3図3図2のIII-III線断面図である。
図4図4は第2実施形態の囲い鋼板の正面部分を省略した状態の正面図である。
図5図5は第3実施形態の断面図である。
図6図6は従来例の囲い鋼板の正面部分を省略した状態の正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1〜3に示す第1実施形態は、連続する4階A〜Dのうち中間の階B,Cを補強対象階とし、上記4階のうちの最下階Aを下の非補強対象階、最上階Dを上の非補強対象階として補強する補強構造である。
図1に示すように、補強対象となる柱1は全階A〜Dを貫通しているコンクリート柱である。
この第1実施形態では、各階A〜Dにおいて、上記柱1の周囲を、間隔を保って囲い鋼板12で囲むとともに、階A〜Cの梁13a〜13cの部分にも間隔を保って梁用の囲い鋼板14を設け、内部にグラウト材16を充填している。
なお、図1中の符号15a〜15eはスラブである。
【0018】
そして、上記補強対象階Bでは、床側のスラブ15bから梁13bまでの間、補強対象階Cではスラブ15cから梁13cまでを囲い鋼板12及び14で囲っているが、下の非補強対象階Aでは、囲い鋼板12の下端と、床側のスラブ15aとの間に間隔s1を保ち、上の非補強対象階Dでは、囲い鋼板12の上端と梁13dとの間に間隔s2を保つようにしている。
上記したように下の非補強対象階Aでは、囲い鋼板12の下端に隙間s1を保っているので、この囲い鋼板12内にグラウト材16を充填する際には、囲い鋼板12の底面を押さえて塞ぐための図示しない封止部材を囲い鋼板12の下に設け、上記間隔s1にグラウト材16が流れ出ないようする。そして、グラウト材16が固化したら、上記封止部材を取り除くようにしている。
【0019】
なお、この第1実施形態では、図2に示すように、上記囲い鋼板12の軸方向長さを、各階において囲われる柱1部分の長さよりも短くして、複数の鋼板12を上下方向に積層して柱1の周囲に配置するようにしている。ただし、囲い鋼板12は軸方向に分割しないものでもかまわない。
さらに、上記囲い鋼板12は、図3に示すように、断面をL字状にした4つの単位鋼板で構成され、各単位鋼板の先端同士を重ね合わせて柱1の全周を囲うようにしている。ただし、補強鋼板12は4つの部材で構成されるものに限らず、柱1の周囲を囲むことが可能なものであれば、その形状はどのようなものでもかまわない。
【0020】
また、補強対象階B,C及び下の非補強対象階Aに設ける梁用の囲い鋼板14は、図2に示すようにコの字上の囲い部の左右両脇に止め部14aを備え、この止め部14aを梁13に止めねじ17で固定するものである。図2はスラブを省略した図であり、この図においては、各階の梁13a〜13cを梁13と表わしている。
なお、この第1実施形態では上記梁用の囲い鋼板14の幅を、柱1の部分のみを囲む囲い鋼板12の幅よりも大きくしているが、梁用の囲い鋼板14の幅は、上記囲い鋼板12と同等にしてもよい。また、上記梁用の囲い鋼板14を、例えば断面がL字状の一対の単位鋼板など、複数の単位鋼板で構成してもよい。
【0021】
さらに、図1では省略しているが、この第1実施形態では、囲い鋼板12、14の表面に帯状シート18を接着している(図2,3参照)。この帯状シート18を接着することによって、柱1の周方向に分割された単位鋼板同士を連結したり、積層された囲い鋼板12を上下方向に一体化したりすることができる。
また、囲い鋼板12,14の外周に帯状シート18を貼り付ければ、帯状シート18の引張強度を上記囲い鋼板12,14の強度に付加することができる。
なお、周方向や、上下に連続する単位鋼板同士は、上記帯状シート18ではなく、溶接やボルトなどを用いて連結するようにしてもよい。
【0022】
上記のように配置した囲い鋼板12,14の内側には、図2,3に示すように柱1の四隅に沿って鉄筋などの軸方向筋19を配置している。これら軸方向筋19は、下の非補強対象階Aの囲い鋼板12内から、上の非補強対象階Dの囲い鋼板12内まで連続し、途中階のスラブ15b,15c,15dに形成した貫通孔を貫通している。各スラブに形成された貫通孔は、軸方向筋19が柱1に沿って一直線状に配置される位置に設けられている。
また、軸方向筋19の下端19aは、下の非補強対象階Aの囲い鋼板12の下端よりも上に位置し、軸方向筋19の上端19bは、上の非補強対象階Dの囲い鋼板12の上端よりも下に位置するようにしている(図1参照)。軸方向筋19の下端19a及び上端19bの位置を上記のようにすることで、囲い鋼板12内にグラウト材16を充填したとき、軸方向筋19の上下端19b,19aが、完全にグラウト材16で覆われることになる。
【0023】
このように、囲い鋼板12,14内に軸方向筋19を配置したら、各階の囲い鋼板12,14内にグラウト材16を充填し固化させる。
グラウト材16が固化すれば、上記軸方向筋19はグラウト材で保持され、補強対象階B,Cに対応する軸方向筋19の下端及び上端が定着されることになる。
なお、ここでいう軸方向筋19の定着とは、軸方向筋19がスラブを貫通する位置で、軸方向及び軸に直交する方向にずれない固定状態のことを示している。
【0024】
具体的には、補強対象階Bに配置された軸方向筋19は、床側のスラブ15bより下方を、当該補強対象階Bの下の階である下の非補強対象階Aに配置された囲い鋼板12内のグラウト材16によって保持され、この補強対象階Bにおける軸方向筋19の下端が上記スラブ15bの貫通位置において定着されることになる。
また、補強対象階Bにおける軸方向筋19の上端は、当該補強対象階Bの上の階である補強対象階Cに配置された囲い鋼板12内のグラウト材16によって保持され、スラブ15cの貫通位置で定着されることになる。
【0025】
さらに、補強対象階Cにおける軸方向筋19も、上記補強対象階Bと同様に定着される。すなわち、この補強対象階Cにおける軸方向筋19の下端は、当該補強対象階Cの下の階である上記補強対象階Bに配置された囲い鋼板12内のグラウト材16によって保持され、スラブ15cの貫通位置で定着され、上端は、当該補強対象階Cの上の階である上の非補強対象階Dに配置された囲い鋼板12内のグラウト材16によって保持され、スラブ15dの貫通位置で定着されることになる。
【0026】
このように、補強対象階B,Cでは、軸方向筋19の上下が、上下の階に設けたグラウト材16で保持されるので、図6に示す従来例のように、上下端付近で柱やスラブなどに縦方向アンカー10及び横方向アンカー11を打ち込まなくても、軸方向筋19が定着される。したがって、多数のアンカー10,11を打ち込むことによって既存の柱1などを損傷することがない。
そのため、この第1実施形態の補強構造は、柱1などの既存の構造体にアンカーを打ち込むことができない現場でも実施できる。
【0027】
また、下の非補強対象階Aでも、柱1及び梁13aを囲い鋼板12,14で囲むとともにその内側に軸方向筋19を配置してグラウト材16を充填しているため、この非補強対象階Aも補強されることになる。
ただし、非補強対象階Aでは、軸方向筋19の上端側は、上記したように、補強対象階Bに設けたグラウト材16で保持されてスラブ15bの貫通位置で定着されるが、軸方向筋19の下端19aは囲い鋼板12内のグラウト材16内に位置しているだけで定着はされていない。そのため、例えば地震力が作用した場合に、軸方向筋19の下端19a側がずれてしまうことがあり、補強対象階B,Cと同等の補強強度は得られないことがある。
【0028】
さらに、上の非補強対象階Dも、囲い鋼板12とグラウト材16及び軸方向筋19によって補強されるが、軸方向筋19の上端19bが定着されていないので、上端19b側がずれる可能性があり、補強対象階B,Cと同等の補強強度は得られない。
言い換えれば、この第1実施形態の補強構造では、非補強対象階A,Dまでも、ある程度の補強強度が得られ、この強度が付加されることによって、建造物全体の強度を、補強対象階B,Cのみを個別に補強した場合よりも大きくできる。
【0029】
また、この第1実施形態では、下の非補強対象階Aにおいて、囲い鋼板12の下端と床側のスラブ15aとの間に間隔s1を保っている。このような間隔s1を保つようにしたため、地震などで囲い鋼板12の下端と床側スラブ15aとの間にずれが生じた場合にも、上記スラブ15aが囲い鋼板12を押圧して破壊してしまうことがない。
さらに、上の非補強対象階Dにおいて、囲い鋼板12の上端と梁13dとの間に間隔s2を保っている。このような間隔s2を保つようにしたため、地震などで囲い鋼板12の上端と梁13dとの間にずれが生じた場合にも、上記梁13dが囲い鋼板12を押圧して破壊してしまうことがない。
囲い鋼板12が破壊されると、内部のグラウト材16が崩壊してしまうので、補強構造が破壊してしまう。しかし、この第1実施形態のように、囲い鋼板12の下端及び上端に上記間隔s1,s2を保つことによってスラブ15aや梁13dによって囲い鋼板12が破壊されることを防止し、補強構造が維持されるようにしている。
【0030】
さらに、上記非補強対象階A,Dにおける囲い鋼板12内の軸方向筋19の長さによって、グラウト材16と軸方向筋19との接着面積、すなわち軸方向筋19の保持長さが変わる。非補強対象階A,Dでの軸方向筋19の保持長さが長くなれば、その分、重い軸方向筋19を保持できることになる。
そのため、上記非補強対象階A,Dにおける囲い鋼板12の軸方向長さや、内部に配置する軸方向筋19の長さは、保持すべき軸方向筋19の太さや長さ、重量に基づいて決める必要がある。
なお、ここでは、連続する2階層を補強対象階B,Cとする場合について説明しているが、補強対象階は2階にかぎらず、1階だけでもよいし、連続する3階以上でもよい。
【0031】
また、この第1実施形態では、梁用の囲い鋼板14で囲まれたグラウト材16内には、梁13に沿った横方向筋を設けていない(図2参照)が、これは図1,2に示すように、柱1の両側に一直線状に連続する梁13が連結されている構成では、梁13に沿った横方向筋を設けなくても、十分な補強強度が得られるからである。
しかし、柱1が角柱で、両側に梁が連結していない構成の場合には、梁用の囲い鋼板の内側に、梁に沿った横方向筋を設けることが好ましい。
【0032】
なお、上記軸方向筋19は、下の非補強対象階Aから上の非補強対象階Dまで連続しているが、初めからその全長を有する1本ものでなくてよい。搬送性、施工性を考慮すれば、軸方向長さが短い複数の軸方向筋を、補強工事の現場で連結して用いることが現実的である。そして、上記軸方向筋の連結には、例えば、専用の連結金具や、溶接、重ね継手など、連結後の軸方向筋19が一体化状態を保てるものならば、どのような方法を用いてもよい。
上記重ね継手とは、特別な連結金具などを用いなくても、連結すべき軸方向筋の軸方向位を重ねてグラウト材16に埋設することで両者を連結する方法である。このような重ね継手は、上層階よりも下層階側で柱の太さを太くした建造物の補強構造に有用である。
【0033】
図4に、上記重ね継手を用いた第2実施形態を示す。
この第2実施形態は、柱1の太さを補強対象階BとCとの間で変えた建造物の補強構造であり、第1実施形態の軸方向筋19を上下に分割した軸方向筋19’及び19”で構成している。その他の構成は第1実施形態とほぼ同じである。したがって、第1実施形態と同様の構成要素には、図1と同じ符号を用い、各構成要素の説明は省略する。
そして、下側の非補強対象階Aから補強対象階Cまでは、柱1の太い部分に合わせた囲い鋼板12で柱1を囲い、上側の非補強対象階Dでは、柱1の細い部分に合わせた囲い鋼板12で柱1を囲っている。
【0034】
また、上記囲い鋼板12の内側には、下側の非補強対象階Aから補強対象階Cの途中まで連続する軸方向筋19’と、上側の非補強対象階Dから補強対象階Cの途中まで連続する軸方向筋19”とを配置している。そして、上記軸方向筋19’、19”の上下端付近の軸方向位置を重ねてグラウト材16に埋設し、破線で囲んだ重ね継手Jを構成している(図4参照)。
この第2実施形態では、上記重ね継手Jの部分で、グラウト材16を介して軸方向筋19’,19”間で力が伝達されるので、分割された軸方向筋19’,19”は、連続する軸方向筋19として機能し、上記第1実施形態と同様の効果が得られる。
なお、上記重ね継手Jを構成するためには、軸方向筋19’,19”を一定長さ以上重ねる必要がある。この必要な重ね長さは、軸方向筋とグラウト材との付着力と軸方向筋の強度との関係によって決まり、構造計算によって求めることとができるが、構造計算をしない場合には、上記重ね長さを軸方向筋19’,19”の直径の40倍程度にすることが好ましい。
【0035】
図5に示す第3実施形態は、柱1の全周を囲い鋼板で囲みたくない場合や、例えば、柱1の両脇に壁が連続していて柱1の全周を囲めない場合などに有用な補強構造であって、上記第1実施形態のように柱1の全周を囲い鋼板12で囲う補強構造ではなく、補強対象階において柱1の特定の面のみを囲う補強構造である。
この第3実施形態は、図5に示すように、柱1の前面1aのみを囲い鋼板20で覆っている点が、上記第1実施形態と異なるが、その他の構成は、上記第1実施形態と同じである。そこで、以下の説明にも、図1を参照するとともに、図5において、上記第1実施形態と同様の構成要素には上記第1実施形態と同じ符号を用いている。
【0036】
図5に示す囲い鋼板20は、断面L字状の一対の単位鋼板21,22で構成され、各単位鋼板21,22は、柱1の前面1aに平行に配置される前面部21a,22aと、これらに直交する側面部21b、22bとからなる。そして、各単位鋼板21,22の軸方向長さは、対向する柱1の軸方向長さを複数に分割した長さにしている。
また、各側面部21b、22bには、ボルト孔21c,22cを形成している。
【0037】
上記のようにした一対の単位鋼板21,22の前面部21a,22aの先端同士を重ね合わせるとともにその幅を既存の柱1の幅に合わせ、これら前面部21a,22aを柱1の前面1aから所定の間隔を保って配置するとともに、上記側面部21b、22bを柱1の両側面に密着させて柱1を挟む。そして、上記ボルト孔21c,22cにボルト23を貫通させ、座金25を介してナット24を締め付け、側面部21b、22bを柱1の側面に固定する。
【0038】
また、上記単位鋼板21,22からなる囲い鋼板20を、柱1の上下方向に複数連続させて設置する。
さらに、各囲い鋼板20の表面には帯状シート18を接着して、この帯状シート18によって柱1の周方向に連続する一対の単位鋼板21,22を連結するとともに、上下に配置された鋼板20同士も連結するようにしている。
上記のような囲い鋼板20を、図1に示す第1形態の囲い鋼板12に替えて用いた以外は、上記第1実施形態と同様である。ただし、梁用の囲い鋼板14も、柱1の前面1a側のみに設けている。
【0039】
第1実施形態と同様の構成についての詳細な説明は省略するが、この第3実施形態の補強構造も、中間階層の補強対象階B,Cの柱1に沿わせた軸方向筋19を、下側の非補強対象階A及び上側の非補強対象階Dのグラウト材16によって保持し、補強対象階B,Cにおける軸方向筋19の両端部を定着させることができる。したがって、第3実施形態でも、図6に示す従来例のような縦方向アンカー10及び横方向アンカー11を柱1などに打ち込まなくても、補強対象階B,Cの十分な補強強度を得ることができる。しかも、非補強対象階A,Bにおいても、ある程度の補強強度を期待できる。
また、この第3実施形態のように前面1a側のみに囲い鋼板20を配置する補強構造は、上記囲い鋼板20を外壁側に配置した場合、室内側で柱1が太くなることがないので、室内空間を狭くすることなく、建造物を補強できるというメリットもある。
【0040】
なお、上記第3実施形態は、囲い鋼板20を構成する一対の単位鋼板21,22の側面部21b,22bを柱1の側面に固定する構造なので、柱1の側面が、両側に連続する壁面から前方へ突出していなければ実施できない。
例えば、上記前面1aと両脇の壁面とが面一で連続している場合には、上記囲い鋼板20を柱1の側面に固定できないことになる。しかし、柱1の側面に囲い鋼板20を固定できない場合には、ガイド部材を介して上記前面1aに囲い鋼板20を固定したり、上記前面1aに対向配置させた囲い鋼板20を、型枠等を利用して保持したりすればよい。
囲い鋼板の構成や、その配置を保つ方法がどうであっても、図1に示すように、補強対象階を挟んだ上下の非補強対象階間で連続する軸方向筋19を、各階におけるグラウト材16内に埋設することによって、既存の柱1やスラブなどに縦方向アンカー10や横方向アンカー11(図6参照)を打たなくても十分な補強強度を得ることができる。
【0041】
上記では、断面が矩形のコンクリート製の柱1の周囲を補強する第1,2実施形態について説明したが、柱1はコンクリート柱に限らない。例えば、H鋼などの鋼材柱であっても、その周囲を、囲い鋼板とグラウト材で囲い、軸方向筋を埋設することで、上記各実施形態の補強構造を適用できる。この場合にも、スラブや、上記鋼材柱などにアンカーを打ち込む必要はない。
【産業上の利用可能性】
【0042】
この発明は、多層階の建造物であって、特に中間階の補強が必要な場面で有用である。
【符号の説明】
【0043】
A (下の)非補強対象階
B,C 補強対象階
D (上の)非補強対象階
1 柱
12 囲い鋼板
13a〜13d 梁
15a〜15e スラブ
16 グラウト材
19 軸方向筋
19’、19” 軸方向筋
19a 下端
19b 上端
20 囲い鋼板
【要約】
【課題】 既存の柱などにアンカーを打ち込まなくても、軸方向筋を定着でき、十分な補強強度を得ることができる建造物の補強構造を提供すること。
【解決手段】 多層階の中間階における特定の1又は連続する複数の階を補強対象階B,Cとし、この補強対象階B,Cの下の非補強対象階Aから上記補強対象階の上の非補強対象階Dまで連続する柱1の周囲を、上記下の非補強対象階Aから上の非補強対象階Dまでの各階において囲い鋼板12で囲い、この囲い鋼板12と上記柱1との間にグラウト材16を充填するとともに、グラウト材16中に上記補強対象階の上スラブ及び下スラブを貫通し、上記下の非補強対象階Aから上記上の非補強対象階Dまで連続する軸方向筋19を埋め込み、この軸方向筋の下端19a及び上端19bは、それぞれ、上記下の非補強対象階A及び上記上の非補強対象階Dに設けたグラウト材16内に非定着状態で位置させる構成にした。
【選択図】 図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6