【実施例】
【0012】
図1は本発明の一実施例のLaB
6エミッターを準備するための装置(以下ではエミッターテストシステムとも言う)の構成を概念的に示す図である。この装置により準備されたLaB
6エミッターを、やはりその構成を
図2に概念的に示す電子銃に取り付けることにより、電子顕微鏡などに使用することができるLaB
6電子銃が提供される。また、
図1の装置によってLaB
6エミッターを準備して
図2に示すLaB
6電子銃を製造し、使用する手順を
図3のフローチャートに示す。
【0013】
図1に示すエミッターテストシステムは、チャンバー111内にLaB
6エミッター101を設置してこれを電子銃で使用できるように処理する。LaB
6エミッター101はLaB
6単結晶ナノワイヤーを使用するが、ナノワイヤーは直径が数10nm程度、長さが数10μm程度の極めて微小なものであるため、取扱いが困難である。そのため、実際には金属製の針等の基台の先端にLaB
6ナノワイヤーを取り付けたものをLaB
6エミッターとして使用してよい。そのような構造のLaB
6エミッターの実例のSEM像を
図4(a)に示す。
図4(a)ではタングステン(W)の針の先端側部にLaB
6ナノワイヤーを炭素(C)ボンディングにより貼り付けたものが示されている。ここに示された特定のLaB
6エミッターでは、W針の先端からLaB
6ナノワイヤーが5μm突出し、またナノワイヤーの直径は66nmである。しかし、ナノワイヤーの突出長と直径はこれに限定されるものではなく、例えば突出長は0.2〜20μm、直径は10〜300nmの範囲としてよい。なお、LaB
6ナノワイヤーの製造方法やその各種の特性、また当該ナノワイヤーを金属針などの基台先端部に取り付けること自体は当業者によく知られている事項であるのでこれ以上詳細な説明は行わないが、必要であれば例えば特許文献3、非特許文献3、あるいはそこで引用されている先行文献等を参照されたい。
【0014】
図1に戻って、LaB
6エミッター101は、電気絶縁性を有するが熱伝導率は高い特性を有する部材である電気絶縁体/熱伝導体105により、コールドヘッド107に取り付けられている。電気絶縁体/熱伝導体105は、これに限定するものではないが、例えばバリウム酸化物ベースのセラミック製の円盤状部材とすることができる。後述するように、LaB
6エミッター101から電子を効率よく放出できるための処理に当たっては、室温よりもはるかに低温まで冷却すると同時に高い電圧を印加して浄化等の処理を行う必要があるため、良好な電気絶縁性と熱伝導性の両方が必要となる。この高い電圧を与えるため、バイポーラ電源115が設けられ、LaB
6エミッター101に接続される。
【0015】
ここで
図3のステップ301(以下、ステップは全て
図3中に示されているため、単にステップ番号のみを示す)に示すように、LaB
6ナノワイヤーとして<001>方向を向いているものを使用するが、その先端は、
図4(b)のSEM像から明らかなように必ずしもこの方向に垂直な平面にはならないので、そこに常に(100)面が現れているわけではない。また、また同図に示すようにワイヤーには汚染物質が付着している。このため、作成されたままのLaB
6ナノワイヤーではエミッターとして使用するには不十分である。そこで先ずこのようなナノワイヤーに電界蒸発処理を施す。具体的には電気絶縁体/熱伝導体105を介してコールドヘッド107によりLaB
6エミッター101を80K以下に冷却する(ステップ303)。その後、水素ノズル109から水素ガスを導入し、LaB
6エミッター101に高電圧を印加して、H
2電界蒸発処理を行う。なお、電界蒸発は通常は高真空中で行われるが、ここではH
2電界蒸発処理、つまり微量のH
2(本実施例では1×10
−6torr程度)を添加した雰囲気中での電界蒸発を行った。H
2の存在下で電界蒸発を行うことにより、H
2を添加しない場合に必要とされる電界強度よりも小さな(通常60%程度)電界強度で電界蒸発を行うことができる。
図4(b)に示す処理前のLaB
6ナノワイヤーをH
2電界蒸発処理が完了した後の同じ箇所のSEM像を
図4(c)に示す。これら2つのSEM像を比較すると明らかなように、H
2電界蒸発処理を行うことにより、電界が集中するLaB
6ナノワイヤー先端部から特に多数の原子が蒸発することで先端部が半球状形状となるとともに、付着していた汚染物質も除去される。
【0016】
図5(a)に、十分なH
2電界蒸発処理を行った後のLaB
6エミッター101(
図4(c)の状態)先端のH
2FIM像を示す。中心にはLaB
6の(100)面が見えているが、この面はB終端された面である。また、同じ部分の電FEM像を
図5(b)に示す。既に説明したように、B終端(100)面の仕事関数は大きくなる。
図5(b)に示すように、観測対象のLaB
6エミッター101の中心のB終端(100)面からの電界放射がその周囲の他の方位の面からの電界放射よりも弱いことからも、当該(100)面がB終端となっていることが確認できる。
【0017】
なお、周知のように、FIM像を得るには、微量の結像ガス雰囲気中で針状の試料に高い正電圧を印加し、試料先端表面からのイオン流を電子/イオンイメージング装置103で可視像に変換する。FEM像を得るには、高真空状態で針状の試料に高い負の電圧を印加して、先端から放射される電子ビームを電子/イオンイメージング装置103で可視像に変換する。これらを使用して電界蒸発の進行を観測し、適切な電界蒸発用印加電圧(成形電圧)及び印加時間を定める。 より具体的に説明すれば、電界蒸発プロセスの進行はFIMにより直接観察できるので、FIM像を観察しながら先端の半球状への成形が終了したことを確認し、そこでH
2電界蒸発プロセスを終了する。電界蒸発が完了したら、そのとき使用した成形電圧V
sを記録する(ステップ305)。
【0018】
その後、ステップ307に示すように、H
2ではなくNe雰囲気中で、成型電圧よりも高い電圧を所定時間印加してNe電界蒸発処理を行うことにより、LaB
6エミッター先端にLa終端(100)面を形成する。なお、ここでもステップ305と同様にFIM像を観察しながら電界蒸発処理を行い、FIM像によりこの電界蒸発処理の終了時点を判断する。その後、今度はLaB
6エミッター先端のFEM像を観察することで、強い電子放射がその中心にある(100)面のみから出ていることを確認する(詳細は後述)。また、当該面を形成するために使用した電圧を極性形成電圧V
pとして記録する。
【0019】
図6(a)及び
図6(b)には、それぞれステップ307においてH
2の代わりにNeを使用して電界蒸発を行ったLaB
6エミッター先端から得られたFIM像及びFEM像を示す。
図6(a)のFIM像は、結像ガスとしてNeを使用して得られたものである。この電界蒸発処理を行った場合にはLaB
6エミッターの先端にはLa終端(100)表面が得られる。
図6(b)に示すFEM像では、中心部に明るい像が一つだけ観測されていることで、中心にある(100)表面が、周囲の他の方位の表面に比べて仕事関数の小さなLa終端(100)表面になっていることがわかる。従って、FIM像が
図6(a)に示すようになったことを確認してNe電界処理を終了し、次に、FEM像を観察することによってエミッター先端の中心部の狭い領域だけに明るい像が見られることを確認することで、先端部の(100)表面が仕事関数の小さいLa終端になったことを確認することができる。
【0020】
H
2を使用して電界蒸発を行った場合には、上述のように(100)表面はB終端となる。しかし、H
2電界蒸発の方がNe電界蒸発よりも小さな電界で電界蒸発が進行するため、LaB
6エミッター101(ナノワイヤー)の先端を半球状に成形するに当たってはH
2電界蒸発を使用するのが好ましい。また、先端の成形からLa終端面の形成まで一貫してNe電界蒸発で行おうとすると、処理過程でナノワイヤーの破損が発生しやすい。本実施例ではナノワイヤー先端の成形はH
2電界蒸発を使用し、このようにして成形されたナノワイヤー先端の(100)面をLa終端とする工程をNe電界蒸発で行うことによって、全工程の所要時間を短縮するとともにナノワイヤーの破損による歩留まり低下を防止した。なお、La終端(100)面をLaB
6エミッター先端に形成するため、本実施例ではNe電界蒸発を利用したが、ここでNeを使用することは必須ではない。この処理の本質はエミッター先端に大きな電界を印加することにあるので、La終端面を生成するために必要な電界を印加できるのであれば、他の任意の方法を使用してよい。
【0021】
この段階で、LaB
6エミッター101を
図1に示すテストシステムから取り外して、
図2の電子銃へ取り付ける(ステップ309)。電子銃でも
図1に示したのと同様に、LaB
6エミッター101は、電気絶縁体/熱伝導体205を介してコールドヘッド207に取り付けられる。この構成により、LaB
6エミッター101をここでも80K以下に冷却する(ステップ311)。
【0022】
LaB
6エミッター101をこのように所定温度に冷却した状態で、先ず、記録されている成形電圧V
sを印加してその先端を成形し、その後、やはり記録されている極性形成電圧Vpを印加して、先端にLa終端(100)面を形成する(ステップ313)。この状態ではLaB
6エミッター101の先端の(100)面はLa終端になっているため、その仕事関数は小さくなっている。従って、引出電極217に電界を印加することで、LaB
6エミッター101の先端からの電界放射により、大きな電流の電子ビーム213を得ることができる。しかしながら、この状態では電界放射の輝度は
図7に示すように、急激に低下する。電界放射開始時点では
図7(a)に示すようにLaB
6エミッター101の先端から高い輝度の電界放射が観測されたが、4分後には
図7(b)のように大きく輝度が低下し、20分後には
図7(c)に示す通り、電界放射はほとんど観測されなくなってしまった。 なお、
図7に示す電界放射の際の印加電圧は−400V、温度は100Kであった。
【0023】
このようなLaB
6エミッター101の急激な劣化を防止して、電界放射の輝度を長時間安定して大きい値に維持するため、LaB
6エミッター101に対して水素を用いた安定化処理を施す(ステップ315)。具体的には、本実施例では水素バルブ209から水素ガスを導入することにより、LaB
6エミッター101を10秒間水素ガスに暴露した。その後、
図7に示した実験と同じ電圧及び温度条件で電界放射の経時変化を観測した。放射開始後、それぞれ0分、15分、30分、45分、60分、75分、90分、105分、及び120分経過時点の安定化処理済みLaB
6エミッターからの電界放射輝度を、
図8の(a)〜(i)に示す。放射開始時点の輝度(
図8(a))と120分経過時点の輝度(
図8(i))を比較するとほとんど変化が見られないことから、本発明の処理により、LaB
6エミッターの本質的な利点を維持したままで、電子顕微鏡などにおける通常の使用状況で必要とされる時間、安定して動作させることができる。本発明によるLaB
6エミッターの長時間に渡る安定動作は、このエミッターからの電界放射による全電流を放射開始時点から25分間にわたって測定した結果のグラフである
図9からも確認できる。従って、安定化処理ステップ315の後、LaB
6エミッター101を、ステップ317に示すように実際の用途に供することができる。
【0024】
LaB
6ナノワイヤーの先端直径が30、45、60、80nmの場合の、適切な成形電圧Vs、当該成形電圧Vsを印加する成形時間、その後に印加する極性形成電圧とその印加時間である極性形成時間、その後の安定化処理のための水素曝露量とその際の温度である曝露温度を表にまとめたものを表1として示す。表1には更に、「ナノワイヤー先端直径」のカラムの各升目内の下段に丸括弧内に示す先端直径の範囲に対して、その右側の「成形電圧」、「成形時間」、「極性形成電圧」、「極性形成時間」、「水素曝露量」、「曝露温度」の各々についての好適な範囲も示す。この範囲の表記方法として、電圧については中心電圧に対する変化範囲を升目内の下段に%で表し、それ以外については数値範囲を同じく下段の丸括弧内に示す。
【0025】
【表1】
【0026】
なお、一旦実際の使用に供し始めたエミッターは使用中のあるいは保存中の汚染等により次第に劣化する。その際には、再度ステップ313、315に示す処理を施すことによりエミッターを再生することができる。また、
図3に示す手順においては、LaB
6エミッター101を電子銃に取り付けた後、その直前に行った成形電圧印加及び極性形成電圧印加を再度行っているが、このエミッターを電子銃へ移送して取り付ける間に汚染などのエミッター表面への悪影響が実質的に起こらないことが確実である場合には、電子銃の最初の使用の前にはこれらの電圧の印加を繰り返す必要はない。また、LaB
6エミッターを電子銃に設置した状態でステップ307までの処理を行うことができる場合には、
図1に示す装置を別途用意してエミッターの準備作業をその装置内で行う必要はない。