【実施例】
【0033】
次に、実施例および参考例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例の記載内容に何ら制限されるものではない。
以下の実施例および比較例では、下記の物質を用いた。
セルロース:市販の微結晶セルロース(Merck社製 Avicel)
イオン液体:各実施例・比較例に製造法を記載
【0034】
また、後述する方法で得られたイオン液体の構造は、核磁気共鳴スペクトル(日本電子(株)製JNM-500にて測定、500MHz:
1H-NMR、125MHz:
13C-NMR)で決定した。測定は重クロロホルム(CDCl
3)、重メタノール(CD
3OD)または重水(D
2O)を用いて行い、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準にした時のδ値(ppm)で示した。カップリングパターンはsinglet(s)、doublet(d)、triplet(t)、quartet(q)、multiplet(m)、broad(br)と略記した。
【0035】
[実施例1]
(イオン液体の製造)
(1)N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムブロミド(以下、[N
221ME][Br]と略記する。)の合成
【0036】
【化6】
【0037】
Ar置換した100mLの二口ナスフラスコにN,N−ジメチル−N−メチルアミン(ALDRICH製)(7.4g、85mmol)と2−ブロモメチルエーテル(東京化成製)(11.8g、85mmol)加え、60℃で24時間撹拌した。放冷後、ヘキサン(関東化学製)(20mL)で5回洗浄し、真空ポンプ(日立製SVR16F)を用いて減圧下60℃で3時間乾燥し、[N
221ME][Br](15.6g、69mmol)を収率81モル%で得た。NMRによる分析結果は、以下の通りである。
1H-NMR(500MHz、D
2O、ppm)
d=1.18(6H,t,J=6.8Hz),2.89(3H,s),3.26-3.30(7H,m),3.37-3.39(2H,m),3.74(2H,m)
13C-NMR(125MHz、CD
3OD、ppm)
d=8.34,48.63,58.61,59.27,61.29,66.94
【0038】
(2)アラニン=N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウム(以下、[N
221ME][Ala]と略記する。)の合成
【0039】
【化7】
【0040】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(50mL)を200mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(170mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに、前記(1)で合成した[N
221ME][Br](2.26g、10mmol)の脱イオン水(15ml)溶液を通して[N
221ME][OH]に変換した。200mLナスフラスコにアラニン(ALDRICHI製)(0.89g、10mmol)の脱イオン水(60mL)溶液を調製し、この水溶液に[N
221ME][OH]を0℃で滴下し、0℃で19時間撹拌したのち減圧濃縮を行い、セライト濾過を行い、アセトニトリル(和光純薬製):メタノール(和光純薬製)(9:1)混合液で洗浄した。濾液を凍結乾燥機(LABCONCO製 Freezone1(7740020))で凍結乾燥したのち、真空ポンプ(日立製SVR16F)を用いて減圧下50℃で5時間乾燥し、[N
221ME][Ala](2.24g、9.6mmol)を収率96モル%で得た。生成した[N
221ME][Ala]の構造確認をNMRで行った。その結果を
図2、
図3に示す。各ピークは以下の値である。
1H-NMR(500MHz、D
2O、ppm)
d=1.09(3H,d,J=7.5Hz),1.17(6H,t,J=7.4Hz),2.93(2H,brs),3.18(1H,q,J=6.9Hz),3.25(6H,s),3.27(4H,q,J=7.5Hz),3.37(2H,t,J=5.1Hz),3.72-3.73(2H,m)
13C-NMR(125MHz、CD
3OD、ppm)
d=8.28,22.04,53.02,58.52,59.26,61.22,66.94,183.23
なお、アラニンには不斉中心が存在する。L-体の合成方法を記載したが、D-体でもラセミ体でも合成方法は同じである。
(3)[N
221ME][Ala]の精製
上述したように、[N
221ME][OH]にアラニンを作用させて対アニオンをアラニンに交換したのち、減圧濃縮し、析出物をセライト濾過して除き、セライト層をアセトニトリル(和光純薬製):メタノール(和光純薬製)(9:1)混合液で洗浄することで[N
221ME][Ala]を得ることができる。この時、アセトニトリル:メタノール(9:1)混合液で洗浄することが重要である。通常のイオン液体はエーテルやヘキサン、あるいは酢酸エチルで洗浄をおこなうが、[N
221ME][Ala]はこれらの非水有機溶媒洗浄では純度を上げることができなかった。そこで、洗浄用の混合溶媒を探索したところアセトニトリルとメタノールの混合溶媒がよい結果を与えた。アセトニトリルのみでは、[N
221ME][Ala]が溶解しにくいため収率が減少し、メタノール比が高くなると対アニオンであるアラニンが外れ、特にメタノールのみで洗浄するとアラニンがメタノール溶液中に沈殿した。そこで、アセトニトリルとメタノールの混合比を(10:0から0:10)まで変化させたところ、[N
221ME][Ala]を洗浄するための混合溶媒の最適混合比はアセトニトリル:メタノール(9:1)であることがわかった。アミノ酸を対アニオンに持つ4級アンモニウム塩イオン液体について、殆どの場合、この混合溶媒が良い結果を与えたが、対アニオン、対カチオンの種類によって適時、アセトニトリルとメタノールの最適比率を選ぶ必要がある。
【0041】
(セルロースの溶解試験)
イオン液体([N
221ME][Ala])1gをサンプル管瓶にとり、撹拌子を入れ、高トルク低速撹拌機(アズワン社製 DC-300RM)で室温(25℃)にて撹拌した。この液体に微結晶性セルロース(Merck社製 Avicel)30mg(3質量%)を加え、目視で溶解を確認したところ、不溶であった。そこで、60℃に加熱して、溶解を確認し、更にAvicelを溶解できなくなるまで加え(合計60mg)た。次に100℃に昇温し、さらに溶解しなくなるまでAvicelを追加した(60mg)(合計120mg)。
各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を表1に示す。なお、溶解度は、イオン液体100gに対して溶解したセルロースのg数を%で表したものである。
【0042】
(再生したセルロースの構造解析)
前記で得られたセルロース溶液を冷却後、水で希釈してセルロースを沈殿させた。沈殿したセルロースを濾取し、水で洗浄後、真空ポンプ(日立製SVR16F)を用いて減圧乾燥をおこない、XRD測定((株)リガク製 Ultima IV)により結晶構造の変化を調べた。
図4に、上記溶解・沈殿処理後のセルロースと未処理のセルロースについて、XRD測定の結果を比較して示す。
なお、イオン液体の水溶液はエバポレータで減圧濃縮後、アセトン溶液として活性炭処理した後、真空ポンプ(日立製 SVR16F)を用いて水分を除去した後、再度、セルロース処理に利用した。5回以上、再現性良くセルロース溶解に使用できた。
【0043】
[実施例2から11まで]
実施例1と同様の方法で、アニオンまたはカチオンを変更した各種イオン液体を製造し、各温度におけるセルロースの溶解度を測定した。結果を表1に示す。なお、実施例11のイオン液体は、カチオンがアルコキシアルキル基を含むイミダゾリウムイオン([MEmim])である。
【0044】
[実施例12]
イオン液体([N
221ME][Ala])1.0gと微結晶性セルロース(Avicel)0.17gをサンプル管瓶にとり、120℃のオイルバスにいれて、目視で溶解を確認しながら適時攪拌して溶解させた。イオン液体に対するセルロース溶解度は17質量%であり、高濃度で溶解することを確認した。
冷却後、水を加えて析出したセルロースを105℃で乾燥した。乾燥したセルロースについて実施例1と同様にしてXRD測定((株)リガク製 Ultima IV)により結晶構造の変化を調べた。
図5に、上記溶解・沈殿処理後のセルロースと未処理のセルロースについて、XRD測定の結果を比較して示す。
【0045】
[実施例13]
イオン液体([N
221ME][Ala])1.0gとジメチルスルフォキシド(ALDRICH製)1.0gに微結晶性セルロース(Avicel)0.17gをサンプル管瓶にとり、110℃のオイルバスにいれて、1時間半適時攪拌しながら溶解させた。セルロースの溶解は目視で確認した。イオン液体に対するセルロースの溶解度は17質量%であった。なお、共溶媒として、ジメチルスルフォキシドを加えたので溶解液の低粘度化が図れた。
【0046】
[実施例14]
イオン液体([N
221ME][Ala])1.0gと1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(ALDRICH製)1.1gに微結晶性セルロース(Avicel)0.17gをサンプル管にとり、110℃のオイルバスにいれて、1時間半適時攪拌しながら溶解させた。セルロースの溶解は目視で確認した。イオン液体に対するセルロースの溶解度は17質量%であった。なお、共溶媒として、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンを加えたので溶解液の低粘度化が図れた。
【0047】
[実施例15]
([N
221ME][Ala]処理セルロースの酵素糖化)
イオン液体([N
221ME][Ala])5.0g、微結晶性セルロース(Avicel)0.9gを50ccナスフラスコに入れて、攪拌しながら120℃、2時間で溶解させた。その後、水を5g加えて析出させたセルロースを粉砕後、90℃の温水で洗浄した。洗浄後の析出セルロースをろ過し、一部を酵素糖化用の試料とした。
イオン液体([N
221ME][Ala])によって溶解後、再析出させた再析物348mgをバイアル瓶(内径2.5cm、高さ4.5cm、ガラス製)に入れ、更に3330μLの50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)および3.76mg/mLのAccellerase Duet(Genencor製)を322μL添加し密閉した。このバイアル瓶を50℃の恒温槽 NTT−2200(EYELA製)に浮かせ、酵素反応を行った。なお、再析物中に含まれるセルロース含量は17.24質量%であるので、セルロースとしての仕込み濃度は1.5質量%である。
分解率の経時変化を測定するために、各反応時間後、バイアル瓶をよく攪拌し、溶液を均一にした後、250μLを1.5mLマイクロチューブにはかり取った。これを30分間煮沸し、酵素反応を停止させた。遠心分離後、その上清を適宜希釈し、その溶液50μLを96ウェルマイクロプレートに添加し、更にグルコースCIIテストワコー(Wako製)の添付試薬200μLを添加した。室温にて30分放置後、マイクロプレートリーダー SUNRISE Rainbow Thermo(Wako製)を用いて505nmの吸光度を測定した。なお、0g/mLから375g/mLまでの範囲で調製したグルコース溶液から標準曲線を算出した。分解率は、反応前に含まれるセルロース量から換算されるグルコース量を100質量%とし、算出した。結果を
図6に示す。
【0048】
[比較例1]
イオン液体用化合物として、N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムクロリド([N
221ME][Cl]と略記する。)を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0049】
【化8】
【0050】
Ar置換した100mlの二口ナスフラスコにN,N-ジメチル-N-メチルアミン(8.8g、100mmol)と2-クロロエチルメチルエーテル(東京化成製)(9.5g、100mmol)を加え、60℃で撹拌し、37時間後にN,N-ジメチル-N-メチルアミン(4.4g、50mmol)を加え、さらに109時間後にN,N-ジメチル-N-メチルアミン(4.4g、50mmol)を加え、合計161時間60℃で撹拌した。放冷後、ヘキサン(20ml)で5回洗浄し、真空ポンプ(日立製 SVR16F)を用いて減圧下60℃で3時間乾燥し、[N
221ME][Cl](1.6g、8.9mmol)を収率9モル%で得た。NMRによる分析結果は、以下の通りである。
1H NMR(500MHz、D
2O、ppm)
d=1.17(6H,t,J=7.5Hz),2.88(3H,s),3.25-3.29(7H,m),3.35-3.37(2H,m),3.24(2H,m)
13C NMR(125MHz、CD
3OD、ppm)
d=8.27,49.17,58.53,59.24,61.21,66.92
上述の方法で得られたイオン液体([N
221ME][Cl])について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0051】
[比較例2]
実施例1で合成したN,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムブロミド([N
221ME][Br])からなるイオン液体を用いて、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0052】
[比較例3]
イオン液体用化合物として、N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウムプロピオネート([N
221ME][OPr]と略記する。)を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0053】
【化9】
【0054】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(35mL)を100mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(120mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに[N
221ME][Br](1.5g、6.63mmol)の脱イオン水(10mL)溶液を通して[N
221ME][OH]に変換した。空気雰囲気下、100mLの二口ナスフラスコにプロピオン酸(0.639g、8.62mmol)、脱塩水(3mL)を加え、室温で19時間撹拌した。減圧濃縮後、セライト濾過を行い、酢酸エチル(5mL×5回)、エーテル(5mL×5回)で洗浄した。減圧下60℃で3時間乾燥し、淡黄色固体として[N
221ME][OPr](1.21g、5.5mmol)を収率82モル%で得た。
上述の方法で得られたイオン液体([N
221ME][[OPr])について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0055】
[比較例4]
イオン液体用化合物として、カチオン部を、(2-メトキシエチル)トリブチルホスホニウム([P
444ME]と略記する。)とし、アニオン部をアラニンとした化合物を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0056】
【化10】
【0057】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(25mL)を100mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(100mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに[P
444ME][Br](1.02g、3.0mmol)の脱イオン水(10mL)溶液を通して[P
444ME][OH]に変換した。空気雰囲気下、100mLの二口ナスフラスコにアラニン(0.347g、3.90mmol)、脱塩水(3ml)を加え、室温で19時間撹拌した。減圧濃縮後、セライト濾過を行い、アセトニトリル−メタノール(9:1)混合液10mLを加えてセライト濾過した。減圧下60℃で3時間乾燥し、淡黄色油状物として[P
444ME][Ala](1.996g、2.84mmol)を収率95モル%で得た。
[P
444ME][Ala]について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0058】
[比較例5]
イオン液体用化合物として、カチオン部を、N-(2-メトキシエチル)ピリジニウム)([P
yME]と略記する。)とし、アニオン部をアラニンとした化合物を合成した。具体的には、以下の通りである。
【0059】
【化11】
【0060】
アンバーライトIRA400CL(オルガノ株式会社製)(25mL)を100mLカラムに充填し、1M水酸化ナトリウム(和光純薬製)水溶液(100mL)で活性化したのち脱イオン水で洗浄し、これに[P
yME][Br](0.654g、3.0mmol)の脱イオン水(10mL)溶液を通して[P
444ME][OH]に変換した。空気雰囲気下、100mLの二口ナスフラスコにアラニン(0.437g、3.90mmol)、脱塩水(3ml)を加え、室温で19時間撹拌した。減圧濃縮後、セライト濾過を行い、アセトニトリル−メタノール(9:1)混合液10mLを加えてセライト濾過した。減圧下60℃で3時間乾燥し、黒色油状物として[P
yME][Ala](0.629g、2.78mmol)を収率93モル%で得た。
[P
yME][Ala]について、実施例1と同様に各温度におけるセルロースの溶解度(質量%)を測定した。結果を表1に示す。
【0061】
【表1】
【0062】
[評価結果]
各実施例とも、所定のカチオンと所定のアニオンとからなるイオン液体を用いているため、セルロースの溶解度が高い。また、ハロゲンを含んでおらず装置の腐食や環境負荷の問題も少ない。それ故、本発明のイオン液体を用いると、セルロース系バイオマスの前処理用として好適であることが理解できる。
一方、比較例1ではイオン液体の構造にハロゲンを含むため、装置の腐食や環境負荷が問題となる。また、比較例2から5までのイオン液体はいずれもセルロースの溶解度が低く、セルロース系バイオマスの前処理が困難である。