【実施例】
【0036】
ピストンリング溝の摩耗量確認試験: 本摩耗量確認試験では、排気量が10000cc、6気筒ディーゼルエンジンの実機試験を行い、ピストンリングの上面及び下面の面性状において負荷長さ率Rmr2の異なるものでピストンリング溝の摩耗量に違いが生じるか否かの確認をトップリングが装着されるピストンリング溝について行った。
【0037】
なお、本摩耗量確認試験を実施するにあたり、エンジンの運転条件は、全負荷(WOT)で回転数1800rpmで50時間行った。そして、ピストンリングの組み合わせは、トップリング、セカンドリング、オイルリングの3本構成とした。このときのトップリングは、17Cr鋼からなるキーストンリングとし、軸方向高さが3.5mm、径方向厚さが4.7mmのものにガス窒化処理を施したものを用いた。セカンドリングは、FCD材からなり、軸方向高さが2.5mm、径方向厚さが5.4mmのものを用いた。オイルリングは、軸方向高さ3.0mm、径方向厚さ2.35mmのものを用いた。
【0038】
トップリングを構成する17Cr鋼及びセカンドリングを構成するFCD700材に関して述べておく。ここで言う17Cr鋼は、炭素0.90質量%、ケイ素0.40質量%、マンガン0.30質量%、クロム17.5質量%、モリブデン1.10質量%、バナジウム0.12質量%、リン0.02質量%、硫黄0.01質量%、残部鉄及び不可避不純物の組成を備え、且つ、ガス窒化処理を施したものであり、外周摺動面にPVDを施したものである。すなわち、17Cr鋼は、JIS規格のSUS440B材に相当するものである。そして、ここで言うFCD材とは、炭素3.60質量%、ケイ素3.05質量%、マンガン0.65質量%、リン0.20質量%、硫黄0.02質量%、クロム0.10質量%、銅0.30質量%、残部鉄及び不可避不純物の組成を備えるFCD700材相当のものである。
【0039】
また、オイルリング本体は、炭素0.65質量%、ケイ素0.38質量%、マンガン0.35質量%、クロム13.50質量%、モリブデン0.3質量%、リン0.01質量%、硫黄0.01質量%、残部鉄及び不可避不純物の組成の所謂13Cr鋼(JIS規格のSUS410材相当)を用い、且つ、ガス窒化処理を施しているものを用いた。
【0040】
また、本摩耗量確認試験を実施するにあたり、ピストンは、炭素0.41質量%、ケイ素0.2質量%、マンガン0.75質量%、リン0.02質量%、硫黄0.02質量%、クロム1.1質量%、モリブデン0.21質量%、残部鉄及び不可避不純物の組成のDIN規格における42CrMo4(JIS規格のSCM440H)相当を用いた。
【0041】
そして、ピストンリング溝の上下面の粗さは、十点平均粗さRzJIS(JIS B 0601:2001)で2μm以下のものを使用した。
【0042】
上述した条件で、トップリングのピストンリング溝の摩耗量確認試験を行った結果を表1に示す。表1は、各エンジン運転時間毎のピストンリング溝の摩耗量をピストンリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2を本件発明の条件範囲内の実施例試料と本件発明の条件範囲外の比較例試料(従来品に相当)とで確認を行った結果を示している。そして、この結果として、
図3には、本件発明の実施例及び比較例における、リング溝摩耗比とエンジン運転時間(hr)との関係をグラフにて示す。ここで、リング溝摩耗比は、実施例試料の最大摩耗量を「1」として、これに対する相対比で表示している。
【0043】
なお、本摩耗量確認試験を実施するにあたり、ピストンリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2は、ピストンリングの上面及び下面において、径方向を触針のRが2μmの触針式表面形状測定器を用いて測定した。
【0044】
[実施例と比較例との対比]
以下に、ピストンリング溝の摩耗量確認試験を行った結果を示す表1及び
図3を参照しつつ、本件発明の実施例と、それに対する比較例との対比を行う。
【0045】
【表1】
【0046】
表1及び
図3より、特に、エンジン運転時間が10時間までの所謂馴染み期間において、実施例試料と比較例試料とでピストンリング溝の摩耗量に大きな差が生じる結果となった。例えば、表1より、エンジン運転時間10時間経過後において、実施例試料を用いた場合のピストンリング溝摩耗比が0.67であるのに対し、比較例試料を用いた場合のピストンリング溝摩耗比が7.19と大きな差異が生じている。そして、エンジン運転時間50時間経過後においては、実施例試料を用いた場合のピストンリング溝摩耗比が1.00であるのに対し、比較例試料を用いた場合のピストンリング溝摩耗比が9.69となり、その差異が更に拡大している。この結果より、ピストンリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2が本件発明の条件範囲を満足するピストンリングであれば、馴染み期間中においてピストンとの間に凝着摩耗が発生し難く、長時間経過しても優れた凝着摩耗の抑制効果が発揮されることが実証された。すなわち、この結果に基づけば、馴染み期間中におけるピストンリングの表面の凝着の発生を抑制することで、その後凝着の発生が顕著となるのを防ぎ、ピストンリング溝の摩耗の促進を抑えることができると考えることができる。
【0047】
以上をふまえ、ピストンリングの表面に凝着が起こるのを抑制するのに更に好ましい条件について以下に検討していく。
【0048】
馴染み期間におけるピストンリングの凝着発生確認試験: なお、本凝着発生確認試験を実施するにあたり、具体的な構成として、本件出願人が先に提供した特開2008−76132号に開示の「ピストンリングとピストンリング溝との双方又はいずれか一方の摩耗を評価する摩耗試験装置」を採用した。そして、本凝着発生確認試験において、駆動源の駆動周波数を33Hz、リング溝底温度を200℃になるように温度制御を行った。また、ガス圧を0.5MPaになるように制御した。そして、潤滑油を1ml/30secの供給量で30分間供給後、1時間経過する毎に潤滑油の供給量を少なくしながら潤滑油を継続して供給した。そして、本凝着発生確認試験を行う時間は、25時間とした。但し、試験開始から25時間に達する前に凝着の進行を意味するブローバイの増加する現象が起こり、ブローバイ量の測定が不能となった場合には、その時点で試験を終了した。
【0049】
そして、本凝着発生確認試験では、上述した条件で、それぞれピストンリングの表面性状に関して異なる6種類の試料を用いて試験を行った。このとき、ピストンリングは、上述したピストンリング溝の摩耗量確認試験と同様に、トップリング、セカンドリング、オイルリングを組み合わせたものを使用し、当該セカンドリング及びオイルリングに関しては当該摩耗量確認試験で使用したものと同一のものとした。また、本凝着発生確認試験を実施するにあたり、ピストン相当部に関しても、当該摩耗量確認試験で使用したものと同一のものとした。そして、本凝着発生確認試験で用いるトップリングに関しては、ピストンリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2の条件を除き、当該摩耗量確認試験で使用したものと同じ寸法形状のものを用いた。
【0050】
本凝着発生確認試験では、トップリングの上面及び下面の表面性状について、負荷長さ率Rmr2(Rmr(Co)=0.5%)を基準として、深さz(Co−Cn(μm))におけるRmr2の数値(%)の関係と凝着発生との関連について調査した。ここで、負荷長さ率Rmr2について、Rmr(Co)が0.5%である場合を基準としたのは、既に述べたように、経験則上、ピストンリングによるピストンリング溝に対する攻撃性を小さくし、凝着摩耗の発生を十分に抑制する効果を安定して得ることができるためである。
【0051】
表2には、本凝着発生確認試験を実施するに際し、この摩耗試験装置を用いて行った凝着摩耗確認試験の結果を示す。また、
図4は、表2のデータをグラフ化したものであって、各試料における、負荷長さ率Rmr2(Rmr(Co)=0.5%)と摩耗深さz(Co−Cn(μm))との関係を示したグラフである。なお、表2には、本凝着発生確認試験を行った結果について、凝着発生無しを「○」、変色発生を「△」、凝着発生を「×」として表示した。また、本凝着発生確認試験を行った結果の判定基準に関しては、全5回の試験の結果中ピストンリングの上下面に、1回でも凝着が発生した場合及び3回以上変色が発生した場合をNG、それ以外をOKとした。ここで、変色とは、ピストンリングの上下面の損傷により現れるものであり、凝着発生はしていないが、その前兆として考えられるものである。
【0052】
【表2】
【0053】
[凝着発生確認試験評価結果]
表2に示されるように、本凝着発生確認試験の結果、試料1〜試料3の判定は、OKとなり、試料4〜試料6の判定はNGとなった。ここで、試料1〜試料3のピストンリングに関しては、トップリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2が本件発明の条件範囲内となる表面性状を備えるものである。一方、試料4〜試料6のピストンリングに関しては、トップリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2が本件発明の条件範囲外となる表面性状を備えたものである。従って、この結果からも上記ピストンリング溝の摩耗量確認試験と同様に、ピストンリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2が本件発明の条件範囲を満足するピストンリングであれば、ピストンとの間に凝着摩耗が発生し難いことが実証された。
【0054】
そして、表2より、試料1及び試料2に関しては、全5回の試験の内、トップリングの上下面に1回も凝着が発生しなかった。また、試料3及び試料4に関しては、全5回の試験の内、トップリングの上下面に1回も凝着が発生しなかったものの、変色の発生が見受けられた。また、試料5及び試料6に関しては、全5回の試験の内、ピストンリングの上下面に凝着の発生及び変色の発生が見受けられた。ここで、試料3に関しては、変色の発生が2回のためOK、試料4に関しては、変色の発生が3回のためNGとなっている。この結果をふまえ
図4を参照すると、深さz(Co−Cn(μm))の増加に伴う表面負荷長さ率Rmr2の数値(%)の増加率の大きい試料ほど凝着発生の抑制効果の大きいことが分かる。すなわち、試料3と試料4とのデータからOKとNGとの臨界値を定めるにあたって、
図4を参酌することができる。
【0055】
図4をみるに、判定がOKである試料1〜試料3と、判定がNGである試料4〜試料6との違いが顕著に現れる要素として、各試料の深さz(Co−Cn(μm))とRmr2(%)との関係のデータ点に対して描かれる近似曲線の形状を考慮することが好ましい。例えば、
図4に示す、深さz(Co−Cn(μm))と、0.1〜0.3の範囲内のRmr2(%)との関係のデータ点の内、当該深さz(Co−Cn(μm))が0.1と0.3との各当該Rmr2のデータ点を結ぶ直線を引き、この直線の傾きを考慮することで、良好な性能を安定的に得ることができるようになる。表2には、当該zが0.1μmと0.3μmとの各Rmr2(%)のデータ点を結んだ直線の傾きの数値を示している。表2より、当該直線の傾きは、試料1が360、試料2が140、試料3が107、試料4が51、試料5が24、試料6が15である。すなわち、この結果より、試料1〜試料3の直線の傾きが、試料4〜試料6の直線の傾きよりも大きくなっているのが分かる。
【0056】
従って、
図4を参酌して試料3と試料4とのデータからOKとNGとの臨界値を定める場合には、深さz(Co−Cn(μm))が0.1と0.3との各当該Rmr2のデータ点を結ぶ直線の傾きから判断することが好ましい。そして、Rmr2(%)の条件においてみれば、
図4及び表2より、OKとNGとの臨界値は、試料3の条件と試料4の条件との中間に設定すべきと判断できる。よって、この直線の傾きに関しても、試料3の107という傾きと、試料4の51という傾きの中間に臨界的傾きがあると考えるのが妥当である。そして、発明者等の経験からしても、この直線の傾きが80以上となると良好な結果が得られることが判明している。即ち、本件発明に係るピストンリングの上下面の表面性状は、負荷長さ率Rmr2が、Rmr(Co)を0.5%としたときの、深さz(Co−Cn(μm))との関係において、当該深さzが0.1μmと0.3μmとの各当該Rmr2のデータ点を結んだ直線の傾きが80以上とすることが好ましい。なお、
図4には、この傾きが80の直線をイメージできるように、Y=80X+b(bは、zが0.1μmのときの素材毎に定まる固有値である。)の直線(図中破線)を外挿している。
【0057】
なお、本凝着発生確認試験においては、試料であるトップリングの材質を、上述したピストンリング溝の摩耗量確認試験と同様の17Cr鋼の他、13Cr鋼(JIS規格のSUS410材相当)を用いた試験も行った。しかし、本凝着発生確認試験の結果、トップリングの材質が13Cr鋼の場合も、表2に示す17Cr鋼の場合と同様の結果が得られた。
【0058】
以上のことから、ピストンリングの上面及び下面における表面の負荷長さ率Rmr2が本件発明の条件範囲内となる表面性状のピストンリングを用いた場合には、長時間経過しても優れた凝着摩耗の抑制効果を発揮することができる。