(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Sn:2.5〜11.0%、P:0.03〜0.35%、残部がCuおよび不可避不純物からなり、Brass方位:{0 1 1}<2 −1 1>方位の方位密度が3以下を満たし、Goss方位:{0 1 1}<1 0 0>方位の方位密度4以下を満たすことを特徴とする銅合金板条。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明を以下に詳細に説明する。
本発明において板条とはその幅と厚さの比を特に制限するものではない。板状に近いものも包含する。
【0011】
本発明の銅合金板条の合金組成において、Snは2.5〜11.0質量%、好ましくは5.0〜11.0質量%(以下特に断らないときは質量%を%という)である。Sn含有量が高いほど、同じ曲げ加工性で、より高い強度を得ることができる。したがって、曲げ加工性を低下させずに強度を改善する手段としてSn含有量を高くすることは有効であるが、原料コストが高くなるばかりでなく、導電率が低下する、鋳塊のSn偏析が顕著になり作業性が低下する等の問題がある。したがって、素材に要求される諸特性、許容できるコスト等を考慮し、Sn含有量を上記の範囲とする。
【0012】
Pは、0.03〜0.35%である。
P含有量が低すぎると、リン青鋳塊を溶製する際に、溶湯の脱酸が不十分となり、溶湯の粘度が高くなって、健全な鋳塊を製造しにくくなる。また、条を製造できたとしても、粗大な酸化物介在物が発生し、曲げ加工性が劣化する。一方、P含有量が高すぎると、導電率が低下する。
【0013】
本発明の銅合金板条ではBrass方位密度
およびGoss方位密度を所定範囲に制御する。
【0014】
本発明でいう集合組織の方位密度とは、ランダムな方位に対して各方位の強度を比率で表したものである。ここでいうランダムとは、結晶方位が均一に分散して集積がない集合組織を意味しており、ODF図上の方位密度(集積強度)の大きさが1に等しい。ランダムな方位の定義については、参考文献としての特開2008−303455号公報(特許文献3)にも同様の記載がある。また、方位密度が1以下の値については、方位が非常に低い確率で現れることを意味している。
ODF解析は方位分布関数:Orientation Determination Functionの略である。ODFはオイラー角の3変数(φ1,Φ,φ2)を直角座標軸にとった3次元方位空間に表示する。表示すべき角度範囲は、結晶の対称性および極点図の対称性に依存し、φ1は0°〜360°の値をとり得るが、圧延板のように極点図が上下左右に対称性をもち、1/4の極点図で表示できる場合にはφ1は0°〜90°の範囲となり、Φも同様に0°〜90°となる。φ2の範囲は結晶系に依存し、立方晶系では4回対称軸を持つため、一般に0°〜90°の範囲を表示する。ODFは本来3次元表示すべきであるが、等密度曲面で正確に表示することは難しいので、φ2またはφ1が一定である二次元断面を適当な間隔(通常5°間隔)で表示することが多い。1組のオイラー角(φ1,Φ,φ2)で与えられる点は1つの方位を表すので、ODFが極大値を示す位置のオイラー角を読み取れば、優先方位が正確に決定できる。このようにODF解析により集合組織を定量的に議論するため、方位分布関数を用いて複数の極点図(2次元情報)から3次元情報を取り出す解析をし、集合組織を定量できる。
【0015】
ODF解析を行うための極点図を求める方法として、X線極点図法および電子後方散乱回折像法(EBSD法)がある。EBSD法はElectron Back Scatter Diffractionの略である。X線極点図法は試料に対するX線の入射角を特定のブラッグ角(例えば111回折角)に固定し、試料を直行する2軸の回りに系統的に回転させることにより、極点図(pole figure)を得る。
【0016】
EBSD法とは、走査電子顕微鏡(SEM)内で試料表面の1点に電子線を入射させ、生じる反射電子回折模様(electron back−scattering pattern)を用いて局所領域の結晶方位や結晶構造を解析する方法をいう。
【0017】
以下、より具体的に測定方法を説明する。
本発明における方位密度の測定は、上記X線極点図法において、X線回折装置として(株)リガク製RINT2500を用い、管電圧:50kV、管電流:100mA、発散スリット:0.5°、散乱スリット:7mm、受光スリット:7mm、発散縦制限スリット:1.2mm、走査速度:360°/分、ステップ幅:5°の条件で行なった。各面において回折強度を測定した2θの範囲(θは回折角度)は、(111):38.0〜48.0°、(200):45.0〜55.0°、(220):69.0〜79.0°である。
一方、EBSD法において、上記試料に電子線を照射し、試料の表面近傍で非弾性散乱した電子線のうち、特定の結晶格子面に対してBragg反射の条件を満たすものは一対の回折線を形成する。この回折線の一部をスクリーン上に投影したものがEBSDパターンである。EBSD解析装置として(株)TSLソリューションズ製OIM−A5を用いた。
本発明の好ましい一実施形態においてBrass方位密度を3以下、好ましくは2以下とする。この値は1に近いことが好ましく、1以下であってもよいが、0.5以上であることが好ましい。
【0018】
方位密度は曲げ加工性に影響を与え、例えば、Brass方位など特定の方位が突出していない状態、つまり方位密度が小さい状態では曲げ加工性の改善に作用する。
本発明において好ましくは、Brass方位密度及びGoss方位密度の両者が上記の規定する範囲内にある。
また、本発明の好ましい実施の形態においてGoss方位:{0 1 1}<1 0 0>の方位密度を4以下、好ましくは3以下とする。この値が4を越えると曲げ加工性が悪化する。なお、Goss方位密度は、1に近いことが好ましく、1以下であってもよいが、0.5以上であることが好ましい。
本発明において好ましくは、Brass方位密度及びGoss方位密度の両者が上記の規定する範囲内にある。
【0019】
本発明においてはBrass
およびGoss方位密度は非対称圧延法によって圧延することにより目的の値に設定することができる。
図1に示すように、非対称圧延は上下ワークロール11,21の周速度V
1,V
2、ロール径D
1=2r
1、D
2=2r
2(r
1、r
2はそれぞれのロール半径を表す。)又は摩擦係数のいずれかに差を与えて圧延することができ、中立点の位置が両ワークロール11,21で異なり、板厚方向全体にせん断ひずみが生じ、{1 1 2}<1 1 1>方位などが発達するのが特徴である。
【0020】
この方位密度の制御は例えば以下のように非対称圧延方法を行って実施できる。
非対称圧延は、上下のワークロール径を同じとした場合、上下のワークロールの回転数を変更して異なる上下のワークロール周速(ワークロールの回転方向の表面速度)を与えることで実現できる。また上下のワークロールの回転数を同じとした場合は上下のワークロール径を変更して上下ワークロール周速を異なる速度とすることで実現できる。更にこれら異なる上下ワークロール径と異なるワークロール回転数を同時に変更して上下ワークロール周速を変更することでも可能である。そして更に上下ワークロール表面の粗度を変更して摩擦状態を変化させて上下ワークロールで圧延される材料の先進率を変更して板厚方向全体にせん断ひずみが生じさせることでも非対称圧延の効果を実現できる。非対称圧延はこれら上下ワークロールの異速、異径、異摩擦のいずれか1つでも実現できるし、これらの内、2つ以上組み合わせて実施しても可能である。
非対称圧延を行うことで材料の板厚方向全体にせん断変形を付与することができ、対称圧延とは異なる結晶方位を得ることができる。
非対称圧延は溶解鋳造後の鋳塊を均一化熱処理、表面面削を行った後、中間圧延と再結晶熱処理を繰り返し行った後の板厚0.4mm〜3mmから行うことができる。
非対称圧延は温間圧延で行うのが好ましい。温間非対称圧延とは、300℃以下の非再結晶温度域(好ましくは200〜300℃)での非対称圧延(本明細書では、このような200〜300℃の非再結晶温度域での非対称圧延を、“温間非対称圧延”と記載する)のことを指す。温間圧延を行うメリットは摩擦係数を上げられることと、変形抵抗を若干下げられることであり、低荷重で圧下率を大きく取れるが、圧延機の能力に余裕があれば特に温間圧延でなくてもよい。
【0021】
非対称圧延は、具体的にはロール周速比(上下ワークロールの圧延速度の比)で示させる。Brass方位密度を3以下にするには、ロール周速比は好ましくは1.2以上2.0以下である。Goss方位密度を4以下にするには、ロール周速比は1.2以上2.0以下である。非対称圧延法でない対称圧延法の場合、ロール周速比は1となる。
【0022】
本発明において、非対称圧延の圧下率は、1パスあたり好ましくは45%以上である。非対称圧延の回数は好ましくは1パス以上である。最終の板条までのトータル圧下率は好ましくは45%以上である。
圧延後に、低温焼鈍を行うのが好ましいが、その場合は低温焼鈍を290℃〜330℃の温度で行うのが良い。この温度範囲を外れると目的の曲げ加工性及び引張強さを損なうことがある。
また本発明において非対称圧延は表面面削後の中間圧延に使用しても良い。例えば表面面削後、中間圧延として非対称圧延を実施し、更に再結晶熱処理を施し、その後仕上げ圧延として再び非対称圧延を実施し、その後に低温焼鈍の工程を行っても良い。この場合、表面面削後の板厚、中間圧延の圧下率、仕上げ圧延の圧下率、低温焼鈍の温度等の各条件については、上述の範囲にあることが好ましい。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
次に本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0024】
下記の例中の評価試験法は次のとおりである。
(曲げ加工性の評価試験)
ここで、曲げ加工性の評価は、日本伸銅協会技術標準“銅および銅合金薄板の曲げ加工性評価方法”(JBMA、T307(1999))に準じ、厚み(t)が0.05〜0.5mm、幅が10mm、長さが30mmの試料を圧延方向に対して直角方向(Bad Way方向)に採取して、各種曲げ半径にて90°V曲げを行い、試料表面に割れが発生しない最小曲げ半径(r)を求め、r/tの値を算出した。r/tの値が小さいほど曲げ加工性が優れていることを意味する。
【0025】
(引張強度試験)
引張試験片はJIS Z2201に規定されているJIS5号試験片を使用し、Z2241「金属材料引張試験方法」に記載される試験方法を実施する。
【0026】
表1に示す化学成分組成で、以下の方法で銅合金薄板を作製した。
本実施例の場合、Sn濃度2.5〜11.0mass%、P濃度0.03〜0.35mass%、残部Cuからなるリン青銅材を用いて溶解鋳造後にソーキング(均一熱処理)を行い、表面面削加工を行った後、中間圧延と再結晶熱処理を繰り返して板厚1.2mmにした材料を使用した。材料は板厚1.2mm×板幅30mm×長さ150mmに切断し、アルゴン雰囲気中で450℃にて30分の熱処理を行った後、非対称圧延には異径ロールを用いて、300℃未満で温間圧延を行った。温間圧延はヒーターを内蔵したロールを使用し、温調を行った。非対称圧延のワークロールの周速比は1.2〜2.0で圧延を行った。圧延材の引張強さ:TSはTS>600MPaであることが好ましい。圧延後に低温焼鈍を290〜305℃の範囲で30分行ってから圧下率、Brass方位密度、Goss方位密度、およびBad Way方向の90°V曲げ加工性の試験を行なった。方位密度は前記のX線極点図法やEBSD法を用いて測定した。Brass方位密度は{0 1 1}<2 −1 1>方位に対応するODFの(Φ=45°φ1=35°φ2=0°)から15°回転範囲内にある部分をBrass方位密度とする。また、Goss方位密度は{0 1 1}<1 0 0>方位に対応するODFの(Φ=45°φ1=0°φ2=0°)から15°回転範囲内にある部分をGoss方位密度とする。曲げ加工性は曲げ表面に亀裂が発生しない最小曲げ半径を良好であると判断し、このときの曲げ半径と板厚の比(r/t)を求めた。r/tの評価は表2に示したとおり、材料組成のSn濃度によって評価レベルを分け(Sn濃度が高いほどr/tを大きくした)、亀裂が発生しない場合を○、小さい亀裂が発生した場合を△、大きい亀裂が発生した場合を×とした。また、表1に対応した材料の発明例を表3に、比較例を表4に示す。
上記表の結果より、発明例は非対称圧延を施すことで比較例である対称圧延に比べてBrass方位密度が3以下、Goss方位密度が4以下になっており、圧延方向に対して直角方向の曲げ加工性に優れていることがわかる。なお表3中の先行例には非対称圧延の記載が無いため対称圧延とし、低温焼鈍時の温度も一般的な温度(300℃前後)として曲げ加工性の評価結果を示した。
【0027】
(実施例2)
表1に対応した材料を使用し、表5に示した製造条件で銅合金薄板を作製した。圧延時のワークロールの周速比を変化させた以外は実施例1と同じ方法で実験および評価を行った。その結果を同表に示した。
表5の結果から比較例はロール周速比の下限を外れているためBrass方位密度、Goss方位密度が高くなり、曲げ加工性が悪いことがわかる。
【0028】
(実施例3)
表1に対応した材料を使用し、表6に示した製造条件で銅合金薄板を作製した。圧延時の圧延材の温度を変化させた以外は実施例1と同じ方法で実験および評価を行った。
表6の結果から比較例は圧延材の温度が上限300℃を超えているため、Brass方位密度、Goss方位密度が高く、曲げ加工性が悪いことがわかる。
【0029】
(実施例4)
表1に対応した材料を使用し、表7に示した製造条件で銅合金薄板を作製した。1パスあたりの圧下率最大値を変化させた以外は実施例1と同じ方法で実験および評価を行った。
表7に示した比較例は非対称圧延であるが、1パスあたりの圧下率最大値が45%未満であり、下限を外れているためにBrass方位密度、Goss方位密度が高く、曲げ加工性が悪いことがわかる。
【0030】
(実施例5)
表1に対応した材料を使用し、表8に示した製造条件で銅合金薄板を作製した。低温焼鈍時の温度を変化させた以外は実施例1と同じ方法で実験および評価を行った。
表8に示した比較例は非対称圧延であるが、低温焼鈍時の温度が200℃以下、もしくは350℃以上となっており、温度が低すぎると低温焼鈍がなされていないのと同じ様になり、引張強さは高いが曲げ加工性が悪くなった。逆に、温度が高すぎると、材料が鈍ってしまい、材料に再結晶が生じ、r/tが極端に小さくなるが、引張強さまで低下してしまった。
【0031】
(実施例6)
8%りん青銅を用いた実施例を示す。
溶解鋳造後にソーキング(均一熱処理)を行い、表面面削加工を行った後、冷間圧延と再結晶熱処理を繰り返して板厚1.2mmに加工した材料を使用した。材料を板厚1.2mm×板幅30mm×長さ150mmに切断し、アルゴン雰囲気中で450℃、30分の熱処理を行った後に
、比較例として温間対称圧延と
、実施例として温間非対称圧延を行った。温間圧延は材料を300℃に加熱して行った。
実施例としての非対称圧延は上下ワークロールの径が異なる異径圧延でロール回転数を同じとして行った。前記
図1の非対称圧延の模式図に示すように、非対称圧延で使用したワークロール径D
1、D
2および周速V
1、V
2は上ロール11がD
1=130mm、V
1=6.82m/分、下ロール21がD
2=90mm、V
2=4.72m/分、(異周速比:1.44)であ
る。一方、比較例としての対称圧延の場合はロール径D=100mm、周速V=5.24m/分、(異周速比:1.0)のワークロール(図示せず)を使用した。ワークロール表面粗度は対称圧延には0.8Sを用い、非対称圧延にはせん断ひずみを大きくするために6.3Sのダルロールを用いた。圧延プロセスは板厚0.3mmまで複数パスで圧延した後に低温焼鈍を行ってから、90°V曲げ試験を行い、曲げ加工性を評価した。
【0032】
図2に対称圧延および非対称圧延後に低温焼鈍(300℃、30分)を行った後の上述のX線極点図法による(111)正極点図を示す。X線極点図法では、前述と同様のX線回折装置として(株)リガク製RINT2500を用い、前述と同様の条件で測定を行なった。各面において回折強度を測定した2θの範囲(θは回折角度)は、(111):38.0〜48.0°、(200):45.0〜55.0°、(220):69.0〜79.0°である。
図2の極点図のパターンを形成する線は方位密度を示しており、対称圧延材の方位密度の最大値は19.6、最小値は1.3、非対称圧延材の方位密度の最大値は2.7、最小値は0.2であり、対称圧延材、非対称圧延材それぞれ方位密度の最大値と最小値間を均等に15分割して表示している。その結果、
図2に示すように、対称圧延材は、方位密度の最大値の位置がTD軸に対してほぼ対称なパターンとなり、銅合金で見られる圧延集合組織が発達していることを確認した。一方、非対称圧延材は、方位密度の最大値の位置がTD軸周りに若干回転し、TD軸に対して非対称になっており、非対称圧延材特有のパターンが発達していることを確認した。
【0033】
次に上記低温焼鈍を行った圧延材を用いて、Good Way方向(圧延方向:以下、GW方向という)とBad Way方向(幅方向:以下、BW方向という)で曲げ試験を行った。GW方向の曲げ加工性は良好であり、対称圧延、非対称圧延共にR/t≒0であった。次に、BW方向で曲げ試験を行った後の曲げ部表面のSEM像を
図3によって示す。
図3における判定基準は、亀裂が発生しない場合を○、小さい亀裂が発生した場合を△、大きい亀裂が発生した場合を×とした。
図3に示すように、対称圧延、非対称圧延では曲げ加工性に顕著な差が見られ、クラックが発生しないR/tは対称圧延:R/t=6.0、非対称圧延:R/t=3.3となり、非対称圧延を行うことで、曲げ加工性が改善されることが分かった.
【0034】
またその時のGoss、Brass方位密度は、
図4に示すように、非対称圧延ではGossが2.2、Brassが1.6となり、対称圧延ではGossが5.2、Brassが5.8となった。よって、対称圧延では、方位密度が高く、曲げ加工性が悪いことがわかる。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
【表3】
【0038】
【表4】
【0039】
【表5】
【0040】
【表6】
【0041】
【表7】
【0042】
【表8】