(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る車両の制動制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0025】
<本発明に係る車両の制動制御装置を搭載した車両全体の構成>
図1に示すように、この車両には、運転者が車両を減速するために操作する制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BP、各車輪の制動トルクを調整して各車輪に制動力を発生させる制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRK、BRKを制御する電子制御ユニットECU、及び、BRK、ECU等に電力を供給する電源としての蓄電池BATが搭載されている。
【0026】
また、この車両には、BPの操作量Bpaを検出する制動操作量取得手段(例えば、ストロークセンサ、踏力センサ)BPA、運転者によるステアリングホイールSWの操作角Saaを検出する操舵角検出手段SAA、車両のヨーレイトYraを検出するヨーレイト検出手段YRA、車両の前後加速度Gxaを検出する前後加速度検出手段GXA、車両の横加速度Gyaを検出する横加速度検出手段GYA、及び、各車輪WHLの回転速度(車輪速度)Vwaを検出する車輪速度検出手段VWAが備えられている。
【0027】
制動手段BRKには、電気モータMTR(図示せず)が備えられ、MTRによって車輪WHLの制動トルクが制御される。また、BRKには、摩擦部材が回転部材を押す力Fbaを検出する押し力検出手段(例えば、軸力センサ)FBA、MTRの通電量(例えば、電流値)Imaを検出する通電量検出手段(例えば、電流センサ)IMA、MTRの位置(例えば、回転角)Mkaを検出する位置検出手段(例えば、回転角センサ)MKAが備えられている。
【0028】
上述した種々の検出手段の検出信号(Bpa等)は、ノイズ除去(低減)フィルタ(例えば、ローパスフィルタ)の処理がなされて、ECUに供給される。ECUでは、本発明に係わる制動制御の演算処理が実行される。即ち、後述する制御手段CTLがECU内にプログラムされ、Bpa等に基づいて電気モータMTRを制御するための目標通電量(例えば、目標電流値、目標デューティ比)Imtが演算される。また、ECUでは、Vwa、Yra等に基づいて、公知のアンチスキッド制御(ABS)、トラクション制御(TCS)、車両安定化制御(ESC)等の演算処理が実行される。
【0029】
<制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRKの構成>
本発明に係る制動制御装置では、車輪WHLの制動トルクの発生、及び調整が、電気モータMTRによって行われる。
【0030】
図1のZ部の拡大図である
図2に示すように、制動手段BRKは、ブレーキキャリパCPR、回転部材KTB、摩擦部材MSB、電気モータMTR、駆動手段DRV、減速機GSK、回転・直動変換機構KTH、押し力取得手段FBA、位置検出手段MKA、及び、通電量取得手段IMAにて構成されている。
【0031】
ブレーキアクチュエータBRKには、公知の制動装置と同様に、公知のブレーキキャリパCPR、及び、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが備えられる。MSBが公知の回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTBに押し付けられることによって摩擦力が発生し、車輪WHLに制動トルクが生じる。
【0032】
駆動手段(電気モータMTRの駆動回路)DRVにて、目標通電量(目標値)Imtに基づき電気モータMTRへの通電量(最終的には電流値)が制御される。具体的には、駆動手段DRVには、パワートランジスタ(例えば、MOS−FET)が用いられたブリッジ回路が構成され、目標通電量Imtに基づいてパワートランジスタが駆動され、電気モータMTRの出力が制御される。
【0033】
電気モータMTRの出力(出力トルク)は、減速機(例えば、歯車)GSKを介して回転・直動変換機構KTHに伝達される。そして、KTHによって、回転運動が直線運動に変換されて摩擦部材(ブレーキパッド)MSBが回転部材(ブレーキディスク)KTBに押し付けられる。KTBは車輪WHLに固定されており、MSBとKTBとの摩擦によって、車輪WHLに制動トルクが発生し、調整される。回転・直動変換機構KTHとして、「滑り」によって動力伝達(滑り伝達)を行う滑りネジ(例えば、台形ネジ)、或いは、「転がり」によって動力伝達(転がり伝達)を行うボールネジが用いられ得る。
【0034】
モータ駆動回路DRVには、実際の通電量(例えば、実際に電気モータに流れる電流)Imaを検出する通電量取得手段(例えば、電流センサ)IMAが備えられる。また、電気モータMTRには位置(例えば、回転角)Mkaを検出する位置検出手段(例えば、角度センサ)MKAが備えられる。さらに、摩擦部材MSBが回転部材KTBを実際に押す力(実押し力)Fbaを取得(検出)するために、押し力取得手段(例えば、力センサ)FBAが備えられる。
【0035】
図2では、制動手段BRKとして、所謂、ディスク型制動装置(ディスクブレーキ)の構成が例示されているが、制動手段BRKは、ドラム型制動装置(ドラムブレーキ)であってもよい。ドラムブレーキの場合、摩擦部材MSBはブレーキライニングであり、回転部材KTBはブレーキドラムである。同様に、電気モータMTRによってブレーキライニングがブレーキドラムを押す力(押し力)が制御される。電気モータMTRとして回転運動にてトルクを発生させるものが示されるが、直線運動にて力を発生させるリニアモータでもあってもよい。
【0036】
ブレーキアクチュエータBRKは、電気モータMTRによって駆動される。そのため、MTRへの入力(通電量)とMTRからの出力(出力トルク)との間で状態量が分離され得る。制動操作量Bpaから目標通電量Imtに到るまでの状態量を入力側の状態量(入力状態量)Svtと称呼する。即ち、Imtは、入力状態量Svt(の何れか1つ以上)に基づいて演算される。一方、電気モータMTRの出力から回転部材(ブレーキディスク)KTBに対する摩擦部材(ブレーキパッド)MSBの押し力に到るまでの状態量(即ち、MTRからMSBまでの動力伝達経路内に位置する可動部材の実際の作動状態を表す状態量)を出力側の状態量(出力状態量)Svaと称呼する。BRKには、出力状態量Svaを取得(検出)するための取得手段(検出手段)SVAが備えられる。
【0037】
BRKの制御対象は、車輪の制動トルクであるため、電気モータの出力から押し力に到るまでの動力伝達経路における可動部材に作用する「力」が、上記取得手段によって、実際値として取得(検出)され得る。また、BRK全体の剛性(ばね定数)が用いられて、「可動部材の位置」から「可動部材に作用する力」が演算できるため、上記伝達経路における可動部材の「位置」が、上記取得手段によって、実際値として取得(検出)され得る。即ち、上記取得手段によって、出力側の状態量が実際値として取得される。
【0038】
「実際値に対応した目標値」として、実際値と同一物理量の目標値が演算される。具体的には、Mkaに対応して電気モータの目標位置Mktが演算され、Fbaに対応して押し力の目標値Fbtが演算される。さらに、電気モータの実際の出力トルクに対応する目標トルク、KTHにおける実際の推力に対応する目標推力、KTHにおける実際の位置に対応する目標位置、或いは、MSBの実際の位置に対応する目標位置が採用され得る。なお、規範値は、目標値に基づいて決定されるため、目標値と同一の物理量となる。表1に、上記の内容をまとめる。
【0040】
以下で説明される各実施形態では、実際値として電気モータの実際の位置Mka、目標値として電気モータの目標位置Mktが用いられる。実際値Sva、及び目標値Svtとしては、表1に示す出力伝達経路の各部位における各実際値、各目標値のうちで、少なくともいずれか1つ以上が用いられ得る。
【0041】
<制御手段CTLの全体構成>
図3に示すように、
図1に示した制御手段CTLは、目標押し力演算ブロックFBT、指示通電量演算ブロックIST、押し力フィードバック制御ブロックIPT、慣性補償制御ブロックINR、及び、通電量調整演算ブロックIMTにて構成されている。制御手段CTLは、電子制御ユニットECU内にプログラムされている。
【0042】
制動操作部材BP(例えば、ブレーキペダル)の操作量Bpaが制動操作量取得手段BPAによって取得される。制動操作部材の操作量(制動操作量)Bpaは、運転者による制動操作部材の操作力(例えば、ブレーキ踏力)、及び、変位量(例えば、ブレーキペダルストローク)のうちの少なくとも何れかに基づいて演算される。Bpaにはローパスフィルタ等の演算処理がなされ、ノイズ成分が除去(低減)されている。
【0043】
目標押し力演算ブロックFBTにて、予め設定された目標押し力演算特性(演算マップ)CHfbを用いて、操作量Bpaに基づき目標押し力Fbtが演算される。「押し力」は、制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRKにおいて、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTBを押し力である。目標押し力Fbtは、その押し力の目標値である。
【0044】
指示通電量演算ブロックISTにて、予め設定された演算マップCHs1,CHs2を用いて、目標押し力Fbtに基づき指示通電量Istが演算される。指示通電量Istは、制動手段BRKの電気モータMTRを駆動し、目標押し力Fbtを達成するための、電気モータMTRへの通電量の目標値である。演算マップ(指示通電量の演算特性)は、ブレーキアクチュエータのヒステリシスを考慮して、2つの特性CHs1,CHs2で構成される。特性(第1の指示通電量演算特性)CHs1は押し力を増加する場合に対応し、特性(第2の指示通電量演算特性)CHs2は押し力を減少する場合に対応する。そのため、特性CHs2に比較して、特性CHs1は相対的に大きい指示通電量Istを出力するように設定されている。
【0045】
ここで、通電量とは、電気モータMTRの出力トルクを制御するための状態量(変数)である。電気モータMTRは電流に概ね比例するトルクを出力するため、通電量の目標値として電気モータの電流目標値が用いられ得る。また、電気モータMTRへの供給電圧を増加すれば、結果として電流が増加されるため、目標通電量として供給電圧値が用いられ得る。さらに、パルス幅変調(PWM,pulse width modulation)におけるデューティ比によって供給電圧値が調整され得るため、このデューティ比が通電量として用いられ得る。
【0046】
押し力フィードバック制御ブロックIPTにて、目標押し力(目標値)Fbt、及び、実押し力(実際値)Fbaに基づき押し力フィードバック通電量Iptが演算される。指示通電量Istは目標押し力Fbtに相当する値として演算されるが、ブレーキアクチュエータの効率変動により目標押し力Fbtと実際の押し力Fbaとの間に誤差(定常的な誤差)が生じる場合がある。押し力フィードバック通電量Iptは、目標押し力Fbtと実押し力Fbaとの偏差(押し力偏差)ΔFb、及び、演算特性(演算マップ)CHpに基づいて演算され、上記の誤差(定常的な誤差)を減少するように決定される。なお、Fbaは押し力取得手段FBAによって取得される。
【0047】
慣性補償制御ブロックINRにて、BRK(特に、電気モータMTR)の慣性(イナーシャであり、回転運動における慣性モーメント、又は、直線運動における慣性質量)の影響が補償される。慣性補償制御ブロックINRでは、BRKの慣性(慣性モーメント、或いは、慣性質量)の影響を補償するための通電量の目標値Ijt,Iktが演算される。電気モータが停止、或いは、低速で運動している状態から運動(回転運動)が加速される場合に、押し力発生の応答性を向上させることが必要である。この場合に対応する加速時慣性補償通電量Ijtが演算される。Ijtは、慣性補償制御における加速時制御の通電量の目標値である。
【0048】
また、電気モータが運動(回転運動)している状態から減速して停止していく場合に、押し力のオーバシュートを抑制し、収束性を向上することも必要である。この場合に対応する減速時慣性補償通電量Iktが演算される。Iktは、慣性補償制御における減速時制御の通電量の目標値である。ここで、Ijtは電気モータの通電量を増加させる値(Istに加算される正の値)であり、Iktは電気モータの通電量を減少させる値(Istに加算される負の値)である。
【0049】
そして、通電量調整演算ブロックIMTにて、指示通電量Istが、押し力フィードバック通電量Ipt、及び慣性補償通電量Ijt(加速時)、Ikt(減速時)によって調整されて、目標通電量Imtが演算される。具体的には、指示通電量Istに対して、フィードバック通電量Ipt、及び、慣性補償通電量Ijt,Iktが加算されて、その総和が目標通電量Imtとして演算される。目標通電量Imtは、電気モータMTRの出力を制御するための最終的な通電量の目標値である。
【0050】
<慣性補償制御ブロックの第1実施形態の構成>
図4を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第1実施形態について説明する。
図4に示すように、慣性補償制御ブロックINRの第1実施形態は、目標位置演算ブロックMKT、制御要否判定演算ブロックFLG、減速時制御開始判定演算ブロックFLK、慣性補償通電量演算ブロックIJK、及び選択演算ブロックSNTにて構成されている。
【0051】
目標位置演算ブロックMKTは、変換演算ブロックF2M、及び制限演算ブロックLMTにて構成される。F2Mでは、目標押し力Fbt、及び、目標押し力演算特性(演算マップ)CHmkに基づいて目標位置(目標回転角)Mktが演算される。目標位置Mktは、電気モータMTRの位置(回転角)の目標値である。演算マップCHmkはブレーキキャリパCPR、及び、摩擦部材(ブレーキパッド)MSBの剛性に相当する特性であり、「上に凸」の非線形な特性として、電子制御ユニットECU内に予め記憶されている。
【0052】
LMTでは、Mktに対してBRKの最大応答の制限が加えられる。具体的には、遅れ要素演算によってBRKの過渡応答が考慮されるとともに、速度制限演算によって電気モータの最大速度に制限が加えられる。
【0053】
図5を参照しながら、ブレーキアクチュエータBRKの最大応答について説明する。BRKの最大応答とは、BRKが応答し得る最大限の性能である。BRKを駆動する電気モータMTRに対して、ステップ入力(目標通電量)が与えられた場合、その入力の変化に対して出力(電気モータの位置)が遅れて現れる。ステップ入力に対して追従し得る最大限の応答(入力の時間変化量に対応する出力の時間変化量の有様)が「最大応答」と定義される。具体的には、最大応答は、(所定の)目標通電量Imtがステップ的に入力された場合(従って、回転角の目標値Mktが所定量mks0まで瞬時に増加されるステップ入力がなされた場合)における回転角の実際値(出力)Mkaの変化に基づいて求められる。また、最大応答は、ステップ入力に対する実際の押し力Fbaの変化に基づいて求められ得る。最大応答(ステップ応答)におけるMka,Fbaの変化に基づいて、後述する時定数τm、むだ時間L、及び最大速度が同定され、これらを用いて後述する遅れ要素演算、速度制限演算がなされる。
【0054】
遅れ要素演算では、電気モータMTRの目標位置Mktに基づいて遅れ要素演算処理後の目標位置Mktが演算される。具体的には、ブレーキアクチュエータBRKの応答(即ち、電気モータMTRの応答)に相当する時定数τmを含んだ遅れ要素(例えば、一次遅れ要素)の演算処理が、電気モータの目標位置Mktに対して実行されて遅れ処理後目標位置Mktが演算される。遅れ演算処理がMktになされることによって、ブレーキアクチュエータBRKの応答(システムへの入力の時間変化量に対応する出力の時間変化量の有様)が、時定数を用いた遅れ要素をもつ伝達関数として考慮されて、その応答に対応した目標値であるMktが演算され得る。ここで、伝達関数はシステム(制御系)への入力に対する出力の関係を表す関数であり、時定数τmは遅れ要素の応答速さを示すパラメータである。
【0055】
遅れ要素として、n次の遅れ要素(nは「1」以上の整数)が用いられ得る。遅れ要素は、ラプラス変換を用いて表現され、例えば、一次遅れ要素の場合、伝達関数G(s)は、以下の(1)式で表される。
G(s)=K/(τm・s+1) …(1)
【0056】
ここで、τmは時定数、Kは定数、sはラプラス演算子である。
【0057】
また、遅れ要素が二次遅れ要素である場合には、遅れ要素演算における伝達関数G(s)は、以下の(2)式で表される。
G(s)=K/{s・(τm・s+1)} …(2)
【0058】
さらに、遅れ要素演算において、むだ時間Lが考慮され得る。むだ時間とは、入力に対して出力が応答し始めるまでに要する時間である。このとき、BRKの応答を表す伝達関数G(s)は、以下の(3)式、又は、(4)式で表現される。
一次遅れ、及び、むだ時間による遅れ要素演算についての伝達関数:
G(s)={K/(τm・s+1)}・e
−L・s …(3)
二次遅れ、及び、むだ時間による遅れ要素演算についての伝達関数:
G(s)=〔K/{s・(τm・s+1)}〕・e
−L・s …(4)
ここで、Lはむだ時間、eはネイピア数(自然対数の底)である。
【0059】
さらに、速度制限演算では、Mktに対して、電気モータの最大速度(最大回転数)が考慮される。具体的には、処理後目標位置Mktの時間変化量が最大速度に制限されて、新たな目標位置が演算される。制限演算ブロックLMTから、Mktに対して遅れ要素演算、及び速度制限演算がなされて、新たな(応答制限がなされた)目標位置Mktが出力される。
【0060】
再び
図4を参照して、制御要否判定演算ブロックFLGでは、慣性補償制御の実行が必要であるか、不要であるかが判定される。制御要否判定演算ブロックFLGは、電気モータの加速時(例えば、電気モータが起動し、増速するとき)での要否判定を行う加速時判定演算ブロックFLJ、及び、電気モータの減速時(例えば、電気モータが減速し、停止に向かうとき)での要否判定を行う減速時判定演算ブロックFLRで構成されている。制御要否判定演算ブロックFLGからは、判定結果として、要否判定フラグFLj(加速時),FLr(減速時)が出力される。要否判定フラグFLj,FLrにおいて、「0」は慣性補償制御が不要である場合(不要状態)を表し、「1」は慣性補償制御が必要である場合(必要状態)を表す。
【0061】
制御要否判定演算ブロックFLGは、目標加速度演算ブロックDDMKT、加速時判定演算ブロックFLJ、及び、減速時判定演算ブロックFLRにて構成される。
【0062】
目標加速度演算ブロックDDMKTでは、電気モータの目標位置Mktに基づき、その加速度(目標回転角加速度)ddMktが演算される。目標加速度ddMktは、Mktを2階微分して演算される。即ち、Mktを微分して目標速度dMktが演算され、さらに、目標速度dMktが微分されて目標加速度ddMktが演算される。
【0063】
加速時判定演算ブロックFLJでは、ddMktに基づいて電気モータMTRが加速する場合の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLjとして出力される。要否判定フラグFLjは、「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」に夫々対応している。演算マップDFLjに従って、ddMktが第1の所定加速度(所定値)ddm1(>0)を超過した時点で、加速時制御の要否判定フラグFLjは、「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に変更される(FLj←1)。その後、目標加速度ddMktが所定加速度(所定値)ddm2(<ddm1)未満となるときに、FLjは「1」から「0」に変更される(FLj←0)。なお、FLjは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0064】
減時判定演算ブロックFLRでは、目標加速度ddMktに基づいて電気モータMTRが減速する場合の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLrとして出力される。要否判定フラグFLrは「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」に夫々対応している。演算マップDFLrに従って、目標加速度ddMktが第2の所定加速度(所定値)ddm3(<0)を下回った時点で、減速時制御の要否判定フラグFLrは、「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に変更される(FLr←1)。その後、目標加速度ddMktが所定加速度(所定値)ddm4(>ddm3,<0)以上となるときに、FLrは「1」から「0」に変更される(FLr←0)。なお、FLrは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0065】
慣性補償制御の要否判定フラグFLj,FLrに関する情報は、制御要否判定演算ブロックFLGから慣性補償通電量演算ブロックIJK、及び減速時制御開始判定演算ブロックFLKに送信される。
【0066】
慣性補償通電量演算ブロックIJKでは、FLGにて慣性補償制御が必要であると判定された上で、制御開始が判定された場合における慣性補償通電量(目標値)が演算される。慣性補償通電量演算ブロックIJKは、電気モータの加速時(例えば、電気モータが起動し、増速するとき)の慣性補償通電量Ijtを演算する加速時通電量演算ブロックIJT、及び、電気モータの減速時(例えば、電気モータが減速し、停止に向かうとき)の慣性補償通電量Iktを演算する減速時通電量演算ブロックIKTにて構成されている。
【0067】
加速時通電量演算ブロックIJTでは、要否判定フラグFLj、及び、加速時演算特性(演算マップ)CHjに基づき、加速時慣性補償通電量(加速時通電量)Ijtが演算される。加速時演算特性CHjは、加速時慣性補償制御(加速時制御)の必要状態が判定された時点からの経過時間Tに対するIjtの特性(演算マップ)としてECU内に予め記憶されている。即ち、加速時制御においては、必要状態が判定された時点で制御が開始される。
【0068】
演算特性CHjは、時間Tが「0」のときから時間の経過に従い、Ijtが「0」から所定通電量(所定値)ij1にまで急峻に増加され、その後、時間の経過に従いIjtが所定通電量(所定値)ij1から「0」にまで緩やかに減少される。具体的には、CHjは、Ijtが「0」から所定通電量ij1にまで増加されるのに要する時間tupが、Ijtが所定通電量ij1から「0」にまで減少されるのに要する時間tdnよりも短く設定されている。
【0069】
また、
図4に破線で示すように、通電量が増加する場合には、Ijtは「上に凸」の特性で、初めに急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHjが設定され得る。また、通電量が減少する場合には、Ijtは「下に凸」の特性で、初めは急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHjが設定され得る。そして、要否判定フラグFLjが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替えられた時点をCHjでの経過時間の原点(T=0)とし、切替時点からの経過時間Tと加速時演算特性CHjとに基づき、電気モータ加速時の慣性補償通電量(加速時通電量)Ijtが決定される。
【0070】
Ijtの演算中に、要否判定フラグFLjが「1」から「0」に切り替えられても、演算特性CHjで予め設定されている継続時間に亘って加速時通電量Ijtは演算され続ける。なお、Ijtは正の値として演算され、Ijtによって電気モータMTRへの通電量が増加されるように調整される。
【0071】
減速時通電量演算ブロックIKTにて、後述する制御開始判定フラグ(開始判定フラグ)FLk、及び、減速時演算特性(演算マップ)CHkに基づき減速時慣性補償通電量(減速時通電量)Iktが演算される。減速時演算特性CHkは、IKTにて減速時慣性補償制御(減速時制御)の必要状態が判定された後、減速時制御開始判定演算ブロックFLKにて制御開始が判定された時点からの経過時間Tに対するIktの特性(演算マップ)としてECU内に予め記憶されている。FLKにおける減速時制御の開始判定については後述する。
【0072】
演算特性CHkは、時間Tが「0」のときから時間の経過に従い、Iktが「0」から所定通電量(所定値)ik1にまで急峻に減少され、その後、時間の経過に従いIktが所定通電量(所定値)ik1から「0」にまで緩やかに増加される。具体的には、CHkは、Iktが「0」から所定通電量ik1にまで減少されるのに要する時間tvpが、Iktが所定通電量ik1から「0」にまで増加されるのに要する時間tenよりも短く設定されている。
【0073】
また、
図4に破線で示すように、通電量が減少する場合には、Iktは「下に凸」の特性で、初めに急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHkが設定され得る。また、通電量が増加する場合には、Iktは「上に凸」の特性で、初めは急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHkが設定され得る。そして、後述するFLKにて演算された開始判定フラグFLkが「0」から「1」に切り替えられた時点をCHkでの経過時間の原点(T=0)とし、切替時点からの経過時間Tと減速時演算特性CHkとに基づき、電気モータ減速時の慣性補償通電量(減速時通電量)Iktが決定される。
【0074】
Iktの演算中に、開始判定フラグFLkが「1」から「0」に切り替えられても、演算特性CHkで予め設定されている継続時間に亘ってIktは演算され続ける。なお、Iktは負の値として演算され、Iktによって電気モータMTRへの通電量が減少されるように調整される。
【0075】
ここで、加速時慣性補償制御の演算特性CHj、及び、減速時慣性補償制御の演算特性CHkは、制動手段(ブレーキアクチュエータ)BRKの上記の最大応答に基づいて決定され得る(
図5を参照)。電気モータMTRに対して、(所定の)目標通電量のステップ入力(従って、回転角の目標値Mktが(所定量mks0の)ステップ入力)がなされた場合、回転角の実際値(出力)Mkaは、目標値(入力)Mktに追い着くように(遅れを伴って目標値に追従するように)変化する。CHj及びCHkは、このMkaの変化に基づいて決定される。
【0076】
装置全体の慣性(特に、電気モータの慣性)を補償するトルクは、電気モータの回転角加速度に比例する。この点を考慮し、慣性補償を適切に行うためには、慣性補償通電量が電気モータの実際の加速度(回転角加速度)ddMkaに基づいて演算される。そのため、MTRの位置(回転角)の実際値Mkaが2階微分されて、加速度(回転角加速度)ddMkaが演算され、ddMkaに基づいてCHj,CHkが決定される。例えば、CHj,CHkは、ddMkaに係数K(定数)が乗算されることによって設定され得る。
【0077】
CHjにおいて、Ijtが急峻に増加する際の増加勾配(時間に対するIjtの傾き)は、前記ステップ入力の開始時点u1から回転角加速度ddMkaが最大値ddmj0となる時点u2までの間におけるddMkaの増加勾配(時間に対して増加するddMkaの傾き)の最大値又は平均値に基づいて決定される。また、Ijtが緩やかに減少する際の減少勾配(時間に対するIjtの傾き)は、ddMkaが最大値ddmj0となる時点u2から概ゼロとなる時点u3までの間におけるddMkaの減少勾配(時間に対して減少するddMkaの傾き)の最大値又は平均値に基づいて決定される。
【0078】
また、最大応答(ステップ応答)におけるddMkaに基づいて(時点u1〜u2のddMkaの変化に基づいて)、通電量が増加される場合には、Ijtは「上に凸」の特性で、初めに急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHjが設定され得る。同様に、最大応答におけるddMkaに基づいて(時点u2〜u3のddMkaの変化に基づいて)、通電量が減少される場合には、Ijtは「下に凸」の特性で、初めは急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHjが設定され得る。
【0079】
CHkにおいて、Iktが急峻に減少する際の減少勾配(時間に対するIktの傾き)は、ddMkaがゼロから減少を開始する時点u4から最小値ddmk0となる時点u5までの間におけるddMkaの減少勾配(時間に対して減少するddMkaの傾き)の最小値又は平均値に基づいて決定される。また、Iktが緩やかに増加する際の増加勾配(時間に対するIktの傾き)は、ddMkaが最小値ddmk0となる時点u5から概ゼロに戻る時点u6までの間におけるddMkaの増加勾配(時間に対して増加するddMkaの傾き)の最大値又は平均値に基づいて決定される。
【0080】
また、最大応答(ステップ応答)におけるddMkaに基づいて(時点u4〜u5のddMkaの変化に基づいて)、通電量が減少される場合には、Iktは「下に凸」の特性で、初めに急減され、その後、緩やかに減少する特性として、CHkが設定され得る。同様に、最大応答におけるddMkaに基づいて(時点u5〜u6のddMkaの変化に基づいて)、通電量が増加される場合には、Iktは「上に凸」の特性で、初めは急増され、その後、緩やかに増加する特性として、CHkが設定され得る。
【0081】
選択演算ブロックSNTにて、電気モータ加速時の慣性補償通電量Ijtの出力、電気モータ減速時の慣性補償通電量Iktの出力、及び、制御停止(値「0」の出力)のうちから、何れか1つが選択されて出力される。選択演算ブロックSNTでは、加速時慣性補償通電量Ijt(>0)が出力されている途中で減速時慣性補償通電量Ikt(<0)が出力された場合には、Ijtに代えて、Iktが優先的に出力され得る。上記構成によれば、運転者が急制動を中止した際、加速時の慣性補償制御(Ijtの演算)が直ちに停止され、減速時の慣性補償制御(Iktの演算)に切り替えられる。そのため、押し力のオーバシュートが確実に抑制され得る。
【0082】
減速時制御開始判定演算ブロックFLKでは、電気モータ減速時の慣性補償制御が、FLRにて「必要状態(FLr=1)」と判定されたことを条件に、その制御を開始するか否かが判定される。FLKは、規範値決定演算ブロックREF、開始タイミング設定演算ブロックTSS、及び時間カウンタTMRにて構成されている。
【0083】
REFでは、減速時要否判定フラグFLr、及び電気モータの目標位置(目標値に対応)Mktに基づいて規範値refが演算される。ここで、規範値refは、減速時制御の開始を判定するための基準となる値である。具体的は、FLrが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替わった時点(FLr←1)におけるMktの値が規範値refとして決定される。そして、上記切り替り時点でのMTRの実際の位置(実際値に対応)Mkaと規範値refとの差が、位置偏差Δmkとして演算される。
【0084】
TSSでは、位置偏差Δmkに基づいて上記切り替り時点から減速時制御を開始するまでの時間(開始時間)Tssが設定される。具体的には、Δmkが大きいほどTssが長く設定される。そして、TMRにて、上記切り替り時点からの時間がカウントされて、Tssとなった時点で制御開始が判定される。このとき、開始判定フラグFLkが、「0(制御停止状態)」から「1(制御実行状態)」に切り替えられる(FLk←1)。即ち、減速時制御の必要状態が判定された時点から時間Tssを経過した後に、減速時制御(Iktの演算)が開始される。
【0085】
以上、説明したように、慣性補償制御ブロックINRの第1実施形態では、電気モータの実際の動きである実際値Mkaが監視され、その実際値Mktと、操作量Bpaから演算された目標値Mktから決定された規範値refとの比較結果に基づいて、減速時の慣性補償制御が開始される。従って、電気モータへの通電量の過不足が抑制され得る。これにより、車輪の制動トルクのオーバシュート、及びアンダシュートが好適に低減され得る。
【0086】
<慣性補償制御ブロックの第2実施形態の構成>
次に、
図6を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第2実施形態について説明する。慣性補償制御ブロックINRの第2実施形態は、減速時制御判定演算ブロックFLK以外は第1実施形態と同じである。以下、第1実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0087】
図6に示すように、第2実施形態におけるFLKは、規範値決定演算ブロックREF、及び開始判定演算ブロックKHEにて構成される。REFでは、第1実施形態と同様に、FLr及びMktに基づいて、減速時制御の必要状態が判定された時点の目標位置(目標値に対応)Mktが規範値refとして決定される。
【0088】
開始判定演算ブロックKHEでは、電気モータの実際の位置(実際値に対応)Mkaが規範値refを超過した時点で、開始判定フラグFLkが「0(制御停止)」から「1(制御実行)」に切り替えられて、減速時通電量演算ブロックIKT(
図4を参照)に送信される。即ち、電気モータの実際の位置(実際値)Mkaが規範値refよりも大きくなった時点で、減速時通電量Iktの演算が開始され、減速時制御の実行が開始される。
【0089】
Mkaがrefを超過したときには、電気モータの過渡運動状態(Bpaに基づいて演算される目標値に対して遅れている状態)が定常状態(目標値に対する実際値の時間的遅れが減少し、一致する状態)に近づいてきている。そのため、上記構成によって減速時の慣性補償制御が適切なタイミングで開始され得る。
【0090】
<慣性補償制御ブロックの第3実施形態の構成>
次に、
図7を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第3実施形態について説明する。慣性補償制御ブロックINRの第3実施形態は、通電量取得手段IMA、及び減速時通電量演算ブロックIKT以外は、第1、第2実施形態と同じである。以下、第1、第2実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0091】
電気モータMTRの応答性が考慮された値として加速時慣性補償通電量Ijtが出力されたとしても、電源電圧の状態によっては(例えば、電圧低下がある場合等)、電気モータMTRの実際の通電量が目標値と一致するとは限らない。例えば、電気モータMTRの起動時において実際の通電量が不足していた場合に、予め設定された減速時慣性補償通電量Iktが出力されるとブレーキアクチュエータBRKにおいて押し力の不足が生じる場合があり得る。そのため、本実施形態では、通電量取得手段(例えば、電流センサ)IMAが取得する実際の通電量(例えば、電流値)Imaに基づいて減速時慣性補償通電量Iktが演算され得る。
【0092】
図7に示すように、減速時通電量演算ブロックIKTには、データ記憶演算ブロックJDKが備えられ、Ijtが出力されている間に亘って、実際の通電量Imaに基づく時系列データJdkが記憶される。実際の通電量Imaは、通電量取得手段(例えば、電流センサ)IMAによって、加速時の慣性補償通電量Ijtに対応させて取得される。時系列データJdkは、Ijtに対応した実際の通電量Ijaの時間経過Tに対する特性として、データ記憶演算ブロックJDKに記憶される。そして、時系列データJdkに基づいて減速時慣性補償通電量Iktが演算される。
【0093】
減速時通電量演算ブロックIKTでは、先ず、実際の通電量Imaから、指示通電量Ist、及び、フィードバック通電量Iptが除かれて(減算されて)、加速時の慣性補償通電量(目標値)Ijtに相当する実際の通電量(実際値)Ijaが演算される。即ち、ImaからIstによる成分とIptによる成分が除かれて、Ijtに対応する通電量Ijaが演算される。そして、対応通電量Ijaに「−1」が乗算され(符号が反転されて)、更に、係数kijが乗ぜられて、データ記憶演算ブロックJDKに記憶される通電量Ikbが演算される。
【0094】
データ記憶演算ブロックJDKでは、記憶通電量Ikbが、加速時制御の要否判定フラグFLjが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」へ遷移した時点(T=0)からの経過時間(即ち、加速時の慣性補償制御の開始からの経過時間)Tと関連付けて、時系列データJdkとして記憶される。そして、実通電量Imaに基づく時系列データJdkが、Iktを演算するための特性(演算マップ)とされる。減速時制御の開始判定フラグFLkが「0(制御停止)」から「1(制御実行)」へ遷移した時点(T=0)からの経過時間T、及び、Jdkに基づいて減速時の慣性補償通電量Iktが演算される。
【0095】
加速時(特に、起動する場合)は電気モータMTRの軸受け等の摩擦に打ち克つトルクを発生させる必要があるが、減速時(停止に向かう場合)はその摩擦がMTRを減速させるように作用することに起因して、係数kijは「1」未満の値に設定され得る。
【0096】
前述の説明では、演算周期毎に記憶通電量Ikbが演算されるが、経過時間Tに対応したIma、Ist、及び、Iptの値が時系列データとして記憶されて、これらを用いて特性Jdkが演算され得る。即ち、時系列データJdk=(−1)×(kij)×{(Imaの時系列データ)−(Istの時系列データ)−(Iptの時系列データ)}の演算に基づいて特性(演算マップ)Jdkが決定され得る。
【0097】
この第3実施形態によれば、加速時の慣性補償制御が行われた際の実際の通電量Imaに基づいて減速時の慣性補償制御が実行される。従って、電源等の影響によって目標値と実際値との間に誤差が発生したとしても、適切な減速時の慣性補償制御が実行され得る。
【0098】
<慣性補償制御ブロックの第4実施形態の構成>
次に、
図8を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第4実施形態について説明する。第1実施形態では、目標角速度ddMktから求められる要否判定結果(FLjの演算)、及び予め設定された演算特性CHjに基づいて加速時慣性補償通電量Ijtが演算される。これに対し、この第4実施形態では、ddMktから直接的にIjtが演算され得る。即ち、
図4に示すFLJ及びIJTが、
図8に示す機能ブロックに置換される。
【0099】
具体的には、目標角速度ddMktに、係数(ゲイン)kmtrが乗算されて、加速時通電量Ijtが演算される。係数(ゲイン)kmtrは、目標加速度ddMktを電気モータの通電量に変換するための定数で、ゲイン設定ブロックKMTRに記憶されている。係数kmtrは、電気モータの慣性(定数)jmtrを、電気モータのトルク定数ktqで除算した値に相当する。
【0100】
<慣性補償制御ブロックの第5実施形態の構成>
次に、
図9を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRの第5実施形態について説明する。慣性補償制御ブロックINRの第5実施形態は、制御要否判定演算ブロックFLG以外は第1〜第4実施形態と同じである。以下、第1〜第4実施形態と異なる部分についてのみ説明する。
【0101】
図9に示すように、制御要否判定演算ブロックFLGでは、上記の第1乃至第4の実施形態と同様に、慣性補償制御の実行が必要であるか、不要であるかが判定されるが、その判定が制動操作部材BPの操作速度dBpに基づいて行われ得る。FLGからは、判定結果として、要否判定フラグFLj(加速時),FLr(減速時)が出力される。要否判定フラグFLj,FLrにおいて、「0」は慣性補償制御が不要である場合(不要状態)を表し、「1」は慣性補償制御が必要である場合(必要状態)を表す。
【0102】
制御要否判定演算ブロックFLGは、操作速度演算ブロックDBP、加速時判定演算ブロックFLJ、及び、減速時判定演算ブロックFLRで構成される。
【0103】
先ず、操作速度演算ブロックDBPにて、制動操作部材BPの操作量Bpaに基づいて、その操作速度dBpが演算される。操作速度dBpは、Bpaを微分して演算される。
【0104】
加速時判定演算ブロックFLJでは、操作速度dBpに基づいて電気モータが加速する場合(例えば、電気モータの回転速度が増加する場合)の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。その判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLjとして出力される。要否判定フラグFLjとして、「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」にそれぞれ対応している。加速時の慣性補償制御の要否判定は、演算マップCFLjに従って、dBpが所定操作速度(所定値)db1を超過した時点において、加速時の要否判定フラグFLjが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替えられる(FLj←1)。その後、要否判定フラグFLjはdBpが所定操作速度(所定値)db2未満となる時点で、「1」から「0」に切り替えられる(FLj←0)。なお、FLjは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0105】
更に、加速時慣性補償制御の要否判定には、操作速度dBpに加えて、制動操作部材の操作量Bpaが用いられ得る。この場合、Bpaが所定操作量(所定値)bp1を超過し、且つ、dBpが所定操作速度(所定値)db1を超過した時点において、要否判定フラグFLjが「0」から「1」に切り替えられる。Bpa>bp1の条件を判定基準に用いるため、dBpにおけるノイズ等の影響が補償され、確実な判定が行われ得る。
【0106】
減速時判定演算ブロックFLRでは、dBpに基づいて電気モータが減速する場合(例えば、電気モータの回転速度が減少する場合)の慣性補償制御が「必要状態(制御を実行する必要がある状態)」、及び、「不要状態(制御を実行する必要がない状態)」のうちで何れの状態であるかが判定される。判定結果は、要否判定フラグ(制御フラグ)FLrとして出力される。要否判定フラグFLrは「0」が「不要状態」、「1」が「必要状態」にそれぞれ対応している。減速時の慣性補償制御の要否判定は、演算マップCFLrに従って、dBpが所定操作速度(所定値)db3以上の状態から所定操作速度(所定値)db4(<db3)未満となる時点において、要否判定フラグFLrが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替えられる(FLr←1)。その後、dBpが加速時制御と減速時制御とが頻繁に繰り返されるのを防止するため、減速時制御の所定操作速度db3は加速時制御の所定操作速度db1よりも小さい値に設定され得る。なお、FLrは、制動操作が行われていない場合には、初期値として「0」に設定されている。
【0107】
慣性補償制御の要否判定フラグFLj,FLrに関する情報は、制御要否判定演算ブロックFLGから送信される。
【0108】
<作用・効果>
以下、
図10を参照しながら、慣性補償制御ブロックINRにおける慣性補償制御の各実施形態に共通の作用・効果について述べる。慣性補償制御は、慣性をもつ装置の可動部(MTR等)が加速運動、或いは、減速運動を行うために必要な力(トルク)に相当する通電量(Ijt,Ikt)を、目標通電量Imtに対して、調整する制御である。具体的には、電気モータが加速する場合には目標通電量を増加することによって補償(修正)し、電気モータが減速する場合には目標通電量を減少することによって補償(修正)する。
【0109】
時点t0にて、運転者が制動操作を開始すると、操作量取得手段BPAによって取得される制動操作量Bpaが増加する。Bpa(図中の一点鎖線で示す)に基づいて、電気モータの目標位置Mktが演算され、Mktに対して、遅れ要素演算、及び制限演算がなされて、最終的なMkt(図中の破線で示す)が演算される。遅れ要素演算(時定数を用いた遅れ要素、及びむだ時間が考慮された演算)、及び制限演算(最大速度に制限される演算)によってBRKの最大応答(例えば、ステップ入力に対する応答)が考慮され得る。
【0110】
Mktが2階微分されて、目標加速度ddMktが演算される。ddMktが所定加速度(所定値)ddm1を超過した時点(時点t0s)にて、電気モータが加速する場合(加速時)の慣性補償制御(加速時制御)の要否が「不要状態」から「必要状態」に切り替えられ(即ち、必要状態が判定され)、制御が開始される。加速時制御の判定フラグFLjが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替わった時点で加速時通電量Ijtが出力される。Ijtによって、目標通電量Imtが増加され、電気モータが加速する場合の慣性の影響が補償され得る。
【0111】
ddMktが所定加速度(所定値)ddm3を下回った時点(時点t1)にて、減速時の慣性補償制御(減速時制御)の要否が「不要状態」から「必要状態」に切り替えられる(即ち、必要状態が判定される)。このとき、減速時制御の要否判定フラグFLrが「0(不要状態)」から「1(必要状態)」に切り替えられる(FLr←1)。しかし、この時点で、減速時制御は未だ開始されない。減速時制御の必要状態が判定された時点(判定時点)における目標値Mktが規範値refとして設定される。ここで、規範値refは、減速時の慣性補償制御(Iktの出力)を開始するための基準である。上記判定時点(T=t1)にて、規範値refと電気モータの実際の位置(実際値)Mkaとの偏差Δmkが演算され、Δmkに基づいて開始時間Tssが設定される。そして、上記判定時点から時間カウンタが積算され、その積算時間がTssに到達した時点t2にて、開始判定フラグFLkが、「0(制御停止状態)」から「1(制御実行状態)」に切り替えられる(FLk←1)。この切り替り時点で、減速時制御が開始され、減速時通電量Iktが出力される。Iktによって、目標通電量Imtが減少され、電気モータが減速する場合の慣性の影響が補償され得る。
【0112】
減速時の慣性補償制御(減速時制御)は、押し力を発生させる電気モータの運動状態が、過渡状態から定常状態へ遷移する直前に行われることが必要である。さらに、目標通電量Imtを演算するための目標値Mktと、その結果として生じる実際値Mkaとの間に乖離がある場合に減速時の慣性補償制御が重要となる。減速時制御の必要状態が判定された瞬間(FLr←1)の目標値Mktが、過渡状態から定常状態へ遷移するときの規範値refとして設定される。この規範値refに基づいて実際値Mkaが過渡状態から定常状態へ遷移する時期が予測される。従って、電気モータの通電量において過不足のない慣性補償制御が、実際値Mkaが過渡状態から定常状態へ遷移する前の適切な時期にて開始・実行され得る。この結果、制動トルクのオーバシュート、アンダシュートが確実に抑制され得る。
【0113】
また、実際値Mkaが規範値refを超過した時点t3にて、減速時制御が開始され得る。この時点で、開始判定フラグFLkが、「0(制御停止状態)」から「1(制御実行状態)」に切り替えられ、減速時通電量Iktが出力され得る。これによっても、上記と同様に、減速時制御の必要状態が判定された瞬間(FLr←1)に、目標値Mktに基づいて規範値refとして設定され、この規範値refに基づいて減速時の慣性補償制御が開始されるため、通電量に過不足がない慣性補償制御が実行され得る。
【0114】
<目標値と実際値の説明>
以下、上述の「目標値」及び「実際値」について付言する。上記の各実施形態では、慣性補償制御において、目標値として電気モータの目標位置Mkt、実際値として電気モータの実際の位置Mkaが採用された。これに対し、実際値として、電気モータMTRの出力から、回転部材KTBに対する摩擦部材MSBの押し力に到るまでの状態量が取得(検出)され得る。即ち、表1に示す「出力状態量(出力側の状態量)」のうちで少なくとも1つが取得され得る。ここで、「出力状態量」は、「力」及び「位置」のうちの少なくとも何れか1つに係わる物理量である。BRKの制御対象は、車輪の制動トルクであるため、「力」(推力(押し力)、回転力(トルク))に係わる出力状態量が、実際値として取得される。例えば、電気モータの実際の出力トルク(回転力)、KTHにおける実際の推力、MSBの実際の押し力Fbaが、上記実際値として採用され得る。
【0115】
ブレーキキャリパCPR等BRK全体の剛性(ばね定数)が既知であるため、「位置」が取得(検出)されれば、上記「力」が演算され得る。そのため、上記「位置」に係わる出力状態量が、実際値として取得され得る。例えば、電気モータの実際の位置(回転角)Mka、KTHにおける実際の位置(ストローク)、MSBの実際の位置が、実際値として採用され得る。また、上記「剛性」を用いて、上記「力」と上記「位置」は変換されて演算され得るため、「力」から変換された「位置」に係わる出力状態量(推定値)、或いは、「位置」から変換された「力」に係わる出力状態量(推定値)も実際値として用いられ得る。例えば、Fbaから演算された位置推定値Mks、或いは、Mkaから演算された押し力推定値Fbsが、実際値として用いられ得る。
【0116】
「実際値に対応した目標値」として、実際値と同一物理量の目標値が用いられる。表1には、出力状態量(実際値)と入力状態量(目標値)との対応付けが示されている。具体的には、Mkaに対応する電気モータの目標位置Mkt、Fbaに対応する押し力の目標値Fbtが用いられる。さらに、電気モータの実際の出力トルクに対応する目標トルク、KTHにおける実際の推力に対応する目標推力、KTHにおける実際の位置に対応する目標位置、或いは、MSBの実際の位置に対応する目標位置が採用され得る。なお、規範値refは、目標値に基づいて決定される(FLr←1の時点の目標値がrefに設定される)ため、目標値と同一の物理量となる。
【0117】
さらに、上記の各実施形態では、制御要否判定演算ブロックFLGにおいて、ddMktに基づいてFLj,FLrが演算されるが、目標値Svtを2階微分して演算される目標加速度値ddSvtが用いられ得る。ddMktに基づいて判定演算する場合と同様に、演算特性DFLj,DFLr、及び、目標加速度値ddSvtに基づいて、慣性補償制御の要否判定フラグFLj,FLrが演算され得る。
【0118】
ブレーキアクチュエータBRKの最大応答が求められる場合においても、Mkaに代えて実際値Svaが用いられ得る。最大応答(ステップ応答)は、ステップ的な(瞬時に所定値まで増加される)目標通電量Imtが入力された場合における実際値Svaの変化であり、この変化に基づいて時定数τm、むだ時間L、及び最大速度が決定され得る。
【0119】
制限演算ブロックLMTにおける遅れ要素演算、及び速度制限演算のうちの何れか一方は省略され得る。また、制限演算ブロックLMTが省略され得る。この場合、FLG、及びFLKへは、F2Mから直接Mktが送信され得る。